流石にもう死に戻りたくない   作:Tena

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9〜

 幸せってなんだろう。

 

 俺は確かに、幸せであった。

 みんなのおかげで、幸せになれた。

 過去形だ。

 

 じゃあ、俺がこれから幸せになるにはどうすればいいのだろう。

 ここまで考えれば、自然と気付くことができる。

 

 そもそも、どうして俺は、俺達は、幸せを目指すのだろう。

 まるで呪いのように、それを求めて彷徨うのは。

 

 ──そして、俺はその答えをもう知っている。

 

 

 

 

「──よし、行くか」

 

 

 

 


 

 

 

 

 8度の死に戻りを経て、これまでの何周かが嘘のように俺は涙もろくなった。

 あるいは情緒が乱れてしまっていたのかもしれないが、それは泣けないということよりもよほど健全なことであるように思った。

 

 たとえば、たまの贅沢に鳥を丸々一羽焼いて食べる時。

 首を折るのも羽を毟るのも、お袋よりは力の強い俺が代わりにやってあげた。別に行為としてはなんら特別なことではなかったのだが、夕飯でおもむろに口に運んだ瞬間、ぽろぽろと唐突に涙が溢れはじめたのだ。

 

 罪悪感ではない。あえて言葉を与えるとするなら「感謝」なのだろうが、あまりにも淡く澄んだその感情は、軽率に名前を付けるべきでないと思った。

 俺の命なんかよりも、この肥えた鳥一羽の命の方がよほど尊い。この世界にただ一つの命として生まれて、たとえそこが管理された鳥小屋だったとしても、生きるという行為を全うした。

 じゃあ、それを限りなく価値の低い存在である俺が食むのはどうなのかと思うかもしれないが、「食べる」という行為は、いまや食べる側と食べられる側の話だけではない。

 この鳥を育てた人間は、誰かの腹を膨らませて幸せにしてやりたいという願いを込めて育てた。売った人間も、調理したお袋もまた然り。命が大切だから食べないなどという主張は視野の狭い倒錯に違いなく、命のためなら願いは蔑ろにされていいのかと問われれば、多くの人は首を横に振るだろう。

 

 だから、善悪ではないのだ。

 命を繋ぐために命を糧とする。互いの命に優劣はなく、結果がそうであっただけだ。そこには犠牲があるし、願いがあるし、感謝がある。それを不味いなどと言えるはずもなく、あるいはただ美味しくて感動したから涙が出たという実に単純な話なのかもしれない。

 まあ、突然泣いたもんだから親には驚かれたけど。

 

「兄さんはほんと泣き虫だねー」

「泣き虫じゃない。涙もろいんだ」

 

 怪我をしたって、辛いことがあったって、そうそう泣くことはない。

 もっと「痛い」ことを俺は知っているからだ。

 ただ、純粋なものに触れた時、美しいものに触れた時、優しいものに触れた時。

 そうやって泣くのは、何度だって許されてほしいと思う。

 

「あなたはとても穏やかな目をしている。私よりもよほど、悟っていらっしゃるようだ」

「俺が? まさか。俺はきっと、この国で最も浅ましい人間のひとりですよ」

 

 傭兵になってから、いつもの牧師さんに変なことを言われた。

 誰かのために生きても無駄になると知っているから、俺は自分のためにしか生きない。ロクな結末に繋がっていないと分かった上で、浅ましく生にしがみつく。

 俺は自分の幸せのためにしか生きていない。誰かを導くことも出来ないだろうし、いずれ訪れる「死」を心の底から恐れている。悟りからは一番遠いところにいるだろう。

 

 教会に来るのも、神に祈るためなどではない。ただ、ここを訪れる人間が好きなのだ。

 多くの人が誰かのために純粋な気持ちを捧げて祈る。そうした「願い」を眺めることが好きだった。

 時たま俺を牧師と間違えて相談してくるやつがいたが、彼らの話を聞くのも楽しかった。まあ、どう見ても神父の格好ではないと思うんだけど。藁にもすがる思いなのだろうか。

 

「彼氏が母親に手を出していて……!」

「あ、それは専門外です」

 

 恋愛相談だけはやめてくれ。

 まともな恋愛観してるやつだったら、人生繰り返す度に女の子とっかえひっかえしたり、仲間二人と同時に関係持ったりしないから。

 

 

 

 


 

 

 

 

 傭兵になったのは、結局、こちらの方が強くなるのに都合良いからだ。

 戦場に身を置けば、必要な勘が磨かれる。自由な時間も多いから好きなだけ鍛えられるし、生き残り方というものを理解していれば金だって荒稼ぎできる。

 まあ、使わないから大抵仕送りか教会経営の孤児院に流したが。

 

 代わりに、時折孤児院の方で夕飯を頂いている。

 子供というのは不思議なほどに純粋な生き物だ。深い闇を抱えてしまった子だって当然存在するが、心のケアは孤児院が十分にしているし、子供たちを眺めていると優しい気持ちになれる。愛おしい小さな命が、必死に生を繋ごうとしているのだ。

 あとは、自炊はしていないから食事は基本外食になるのだが、外食を選ぶとどうしても騒がしい環境で食う羽目になる。たまにはゆっくり静かに食いたい。

 

「アンタ、ロリコンなのか?」

「なわけねえだろバカ」

「そっか。ロリコンだってんならぶった斬るか距離おいてたわ」

「あ、じゃあロリコンなんで距離おいてもらっていいですか?」

「厄介払いしようとすんな!!」

 

 というかまあ、こいつのことだ。

 

 ダフネには、もうどうやっても絡まれるから諦めた。

 どんなに孤独を貫こうとしたって、隅っこで飯を食ってたら勝手に絡んでくるのだ。まあ孤独ってのも特別いいもんではないしな。彼女がうるさく騒いでくれるお陰で、俺は変にひねくれたやつにならずに済んでいるのかもしれない。

 酒だけは絶対一緒に飲まねえけど。

 

「けどさ、流石にガキが飯食ってる姿見て泣き出すのはやべぇ奴だと思うぜ?」

「あーうん……、この年になるとあの光景だけで、な」

「アタシの方が年上なんだが」

 

 まだ20にも満たねえだろ。こちとら400歳じゃぞ。ワンチャン500いってるかも。

 つか、爺さん婆さんが語尾に「じゃ」って付けるのってアレいつからやればいいの? いまいちタイミング分からんから、結局何回生まれ変わっても口調が変わらん。

 人格だって、何百歳っていうおとぎ話みたいな年齢に達したというのに、ちっとも成熟していない。そりゃあ色々な人を見たし、様々なことを考えて、種々の世界に触れてきた。こんな簡単な言葉遊びだってお手の物だ。

 だけど、誰もが想像するような、理知的で深みのある心優しい賢者になんてなれそうにない。それどころか、頭のどっかにはやっぱり世界への怨嗟が渦巻いているし、判断力が向上した分打算的な行動だって増えている。

 

 今回俺がやろうとしてることなんて、打算の中でも最底辺にクソッタレなことなのだから。

 

 

 

 


 

 

 

 

「誰だ?」

「……」

 

 ジッと立ち尽くしてこちらを見つめる老夫に深く一礼をした。

 深い森の中。王国の辺境に位置し、魔王の本拠地に一番近い街の外れにその家屋はある。

 つまりは、魔王の復活と同時に勇者が発見された場所である。

 

「なんだ、それじゃあ、あの子が次の勇者だと? そんな話誰が信じるものか」

「信じなくとも、それは直に起こります。王都には未来を識る者がおりますゆえ」

「……嘘はついていないようだな。不気味な目をしていて、本心は見えんが」

 

 勇者の育ての親と思われる老夫は、ジロリとこちらを睨みながら納得した。……え、早くない? もっと説得の材料持ってきてたんだけど?

 「嘘はついていない」って、見抜ける能力でも持ってるのか? 魔法、それとも仕草から判別しているのだろうか。サッパリ分からん。

 

 勇者の発見場所を訪れたのは、今回やりたいことが、彼女との信頼関係が十分でなければ難しいことであったからだ。

 魔王が復活したとき同時に勇者の力が覚醒し、その膨大な力が観測されることで勇者は発見される。そして、彼女が魔王を倒すことで、その与えられた力が徐々に失われていく。現象だけ見ると魔王絶対殺すマン(ウーマン)が降臨してるみたいでなんか怖いな。

 さて、ここで「与えられた」というのと、「失われる」というのが重要だ。勇者の力は、肉体が進化したわけではなく、やはりこれも魔法的な部分での変化によるものだろう。肉体が進化しただけで雷操るとか素直に無理だと思うので。

 と、いうことはだ。つまるところ、個人の魔法的な部分には、「書き換える」という行為が存在する。それも、自身の存在のあり方を大きく変えてしまえるほどに。

 俺みたいに、生命に許される範囲を飛び越えるような変化はしていない。だがそれでも、死に戻りを解決する手がかりになると思う。

 

「なあ、傭兵君」

「なんでしょう」

「儂には、どう見てもあの子はひとりの子供にしか見えんよ」

「……そうですね」

 

 定期的に老夫の元を訪れ、野山の獣たちと戯れる勇者を眺めながら少し語らった。

 その姿は勇者などという大業を背負わされている者からは程遠く、反射神経や運動能力の高さに血の片鱗は現れているけれど、どこからどうみても幼いひとりの少女であった。

 と、ぼうっと勇者と自然を眺めていると、意外そうな顔をして老夫が俺を見つめていた。

 

「なんですか?」

「……いや、そのような優しい眼差しもできるのだな、君は」

 

 なんだそりゃ。

 いや、まあ、庇護者の眼差しってやつかもしれない。親とか、神父とかが浮かべるアレ。

 

 どう考えたって、血という理由だけでこの純粋な少女が血で血を洗う世界に身を捧げなければいけなくなるのは間違っている。

 腕が付け根から吹き飛んでもピクリとも反応しないような、魔物を殺すためだけの存在を生み出してしまったのは、加護ではなく俺達自身だ。というか、こうして幼少期の勇者を見るまで、俺も何ら疑うことなくそういうものだと受け入れてしまっていた。

 勇者は機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)ではない。ひとつの命を持った、ひとりの人間だ。

 なら、彼女が負ってきた傷を、今度は俺が代わりに引き受けるから。人間じゃない、俺が。

 

「……その気味の悪い眼差しは君らしいが、儂は好きになれそうにない。先程のようなものの方がよい」

 

 なんだそりゃ。

 そういや、爺さんはいつから一人称変えました? あ、最初から儂? キャラ濃いっすね。

 

 

 

 


 

 

 

 

「じいちゃん、死んじゃった」

「そうだな」

 

 不格好な、手作りの墓の前で勇者が座り込んでいる。

 初めての他者の死ということもあり、実感がないのだろう。泣いていないのはもちろんのこと、人が死ぬということがどういうことか測りかねているように見える。

 

 まだ12歳か。ここから魔王が復活するまで3年ほど、己の力だけでここで生活していたのだろうか。そりゃあんな自由気ままな性格に育つわ。

 

「死ぬって、どういうことなの?」

 

 それを俺に聞くか。

 多分この世界で一番それから遠い存在なんですが。

 

「……まあ、大したことないよ、自分自身にとってはな。死を恐れるのは、他者だ。会えなくなるから悲しい。声が聞けなくなるから寂しい。そういう感情に共感するから人は死を恐れるけど、実際には単なる生き物の『生』の一部だ」

 

 だからまあ、俺が生き物かどうかが怪しいわけでして。

 死ぬことで初めて生き物になれるってのは皮肉な話である。

 

 死ぬ理由なんてない。

 生きる理由だってもちろんない。

 生きるということそれ自体に、一切の意味はない。

 自然に与えられる意味なんて、この世界にはどこにもない。

 

「でも、ボク、じいちゃんとまだ一緒に居たかった」

 

 それでいい。

 何がしたい。何が欲しい。

 一度きりしかないから、そこには後悔が生まれ、時に満足する。

 

 死を恐れないことになんて何の価値もない。

 修行僧が悟りを開くために人間関係を断つとして、それで生への執着が薄れるのは当然だ。先に述べた通り、繋がりがあるからこそ死は恐ろしくなるのだから。

 そんなことで得られる悟りに興味はない。

 俺が興味あるのは、俺が好きなのは、嬉しい時に笑って、悲しい時に泣いて、人並みにみっともなく後悔できる「人」だ。

 

「……、……っ、ふぐっ、うぁ、ぁぁあ……」

「お前は、美しいよ。ニケ」

 

 こみ上げるように嗚咽する少女の頭をガシガシと撫でながら、俺も涙を浮かべて微笑した。

 この涙は、知己を失った悲しみのものではない。誰かのために泣ける少女の純粋さへの感動と、もはやそれができない自分自身の不甲斐なさだ。

 

 生きるんだ。

 生きろ。生きろ。生きろ。

 自分の生を取り戻せ。

 

 ──そのために、俺は、お前だって利用する。

 

 

 

 


 

 

 

 

 魔導の研究が盛んであるのは、機械技術よりも研究が容易なことにある。

 

 機械技術は物質に依存する。そのために空間的な制約が生まれてしまうし、何らかの小さな物体を観測しようとしたとして、物体を観測するための機械はまた全く別の知識と技術によって作られる必要がある。

 まあ端的に言って、科学技術は単体の分野では成立し得ないのだ。複数の分野が順調に育って、それらを組み合わせることで今まで触れられなかった世界に手が届く。

 

 反面、魔法の研究をしたければ、必要なものは知識と魔力くらいのものである。薬学など魔導と科学の間にある分野はその限りではないが、必要な計測なんかも、魔法陣を描くことさえできれば後は何もいらない。

 魔法陣を描く技術はただ魔法を扱うのとは若干異なる知識が必要になるが、そもそも描けるだけの知識がなければ専門の研究などおこなえない。

 つまるところ、知識さえ持ち越せていれば、死に戻ったとて魔法の研究は引き継げるのである。

 

「ねえ師匠、ちゃんと寝てる?」

「寝てる寝てる。四捨五入すれば熟睡してる」

「いや四捨五入したら一切寝てないよね!? け、研究が大変なのは分かるんだけど、もっと手軽にできないの?」

 

 爺さんの代わりに面倒を見つつ、定期的に採血させてもらって研究をする。

 保護者と言うよりかは同居人。生活リズムは俺が壊れているから、食事の時間なんかもたまにしか合わない。

 

 勇者には、彼女が勇者に覚醒することを伝えてある。

 死に戻りについて話したわけではない。勇者もどうやって自分が選ばれると分かったのかについては興味ないらしく、散々驚いた後に勝手に修行モドキを始めた。中々どうして適応能力が高い。

 

 そして、彼女が勇者を受け入れたところで、俺が呪われているということについて話した。その呪いを解除するために、勇者の肉体を調べたいとも。

 勇者としての加護がいつ与えられるのか、それは徐々に体が変化するのか、はたまた一瞬の出来事なのか。その判断がつかなかったから、定期的に調査を継続する必要があるのである。

 知らない人間に血を寄越せと言われて何度も渡すような奴はいないだろう。だから、知っている人間……勇者の身内になった。言葉を選ばなければ、彼女の「情」を利用して協力させた。血も涙もない話である。

 

 魔法的情報を調べるのは生体情報を調べるのに比べてよほど簡易である。だからこそ前回一度だけで自分自身の構造を理解できたのだが、果たしてそれを幸運と呼んで良いのかは分からない。

 勇者から血液をもらった後は、魔法陣の定位置にそれを塗り、あとはひたすら示される情報群の中から必要な部分を記録する。大体これに丸一日使い、その精査にもう一日使う。魔法陣が起動するのに結構時間が空くので、その合間の時間に勇者に稽古をつけていたら師匠と呼ばれるようになった。

 

「手軽……お前が魔法陣の上で全裸で寝転がるってんならもうちょい速くやれるけど、流石にそれはなぁ」

 

 その方法なら、魔法陣を書き換えて必要な部分だけ確認するようにできるけど、勇者からすれば時間的にも精神的にも負担が大きい。

 いつの間にかふらっと現れて、いつの間にかふらっと保護者やってるようなオッサン相手にそこまでは期待できないだろう。

 

「別にいいけど」

「……はぁ!?」

「それって、お昼寝代わりに魔法陣のところで寝てれば良いんでしょ?」

 

 拝啓、爺さん。

 あなたの育てたガキンチョは、無事脳筋へと成長を遂げました。

 願わくは、もう少し淑女の嗜みも教えてあげてほしかったです。

 

「あのな、女の子がむやみやたらと男に肌を晒すもんじゃない」

「え、師匠ロリコンなの──」

「──違うが?」

「食い気味だね……」

 

 お前の裸なんて、12だろうが20だろうが興奮しないが?

 イリスの真っ白ぼでぃと、ディオネの褐色ぼでぃと、アリアのぐらまらすぼでぃで鍛えられた童貞なめないでもろて。脳筋のお猿さんになんて欲情しねえから。

 

「別に、お風呂だって、水浴びだって、散々裸見られてるし今更じゃん」

「まあ確かにそうだが、少なくとも魔王を倒すまでは俺はこの研究を続けるつもりだし、成長してから恥ずかしいからヤダって言われても困る」

「その頃はもう師匠おじいちゃんでしょ。恥もクソもないよ」

 

 長期的な戦いと思っているらしいが、あいにく5年程度で終わる。おじいちゃんまではいかん。

 あとクソって言うな。丁寧な言葉で喋りなさい。おクソって。

 

「はいはい……。恥もおクソもないし、あとボクとしては、師匠の研究時間が縮まって、師匠がちゃんと寝て、稽古の時間ももっと増えてくれれば嬉しいよ」

「お前……、良い子に育ったなぁ……」

「えへへ、良いじいちゃんと良い師匠に育てられたものでして」

 

 なんで、定期的に血を寄越せって言ってくる老害吸血鬼みたいな俺の健康にまで気を配ってくれてんだろう。勇者という名のもう一人の聖女だったか。これはたまげた。

 自分のために人間の心も利用するような俺になんて、優しさを分けてやる必要ないのに。

 

「さ、流石に少し恥ずかしいかもしれない……」

 

 一糸纏わず、魔法陣の中心に体を寝かした勇者が顔を覆う。

 人並みの羞恥心はあったか。良かった。

 当然ながら一切興奮はしなかった。やはり俺はロリコンじゃない。良かった。

 というかぶっちゃけ、罪悪感で興奮どころじゃないのだが。

 

 勇者の肚、へその下の部分には、この魔法陣と連動させるための小さな紋様が描いてある。これによって、対象を素材としてではなく、スキャンをおこなうように情報を調べることができる。

 魔法陣を起動。このまま一時間ほど放置。室温は少し高めにしてあるし、風邪を引くことはないだろう。

 

「……あ、こいつマジで寝やがった」

 

 こんな男を疑わないなど、どこまでも脳筋馬鹿な弟子である。

 

 

 

 


 

 

 

 

「聖女様、恋バナしましょうよ、恋バナ」

「こいばな、ですか……?」

 

 部下の一人、聖騎士のダフネが聖女様に話しかける。

 任務中であれば咎めるところであるが、あいにくと休憩時間であり、また護衛対象である聖女様も興味を示しているようだから、アグライアは成り行きを眺めることにした。

 ダフネも礼は失していないようであるし、蝶よ花よと育てられた聖女様が恋の話をしてそう長続きするとも思えなかった。

 もし盛り上がったとて、男ばかりの聖騎士団で聖女様と恋愛ごとの話をできるような人物はダフネくらいしかいないであろうし、アグライア自身、自分がそういった話題は不得手だから、彼女に任せるのが良いであろうと考えた。

 

(魔法が得意とは言え、男衆に劣らぬ実力を備えたダフネは流石だな。本人からすれば傭兵時代とさほど変わらないのだろうが……そもそも女が一人で傭兵をやっていた時点で異常、傑物のそれだ)

 

 とは言え、アグライアとて剣の才に愛されていたため、膂力で男に敵わなくとも戦う術が存在しているのは理解していたが。

 自分は家柄上戦う運命にあったが、ダフネはどうやって己の才を見出したのやら。

 

「──ですよねぇ。教官はどうなんすか?」

「……ん? 何の話だ?」

「勇者サマの師匠、強くて渋くてイイ男だって話してたんですよ」

「わっ、私はそこまでは言っておりませんが……!?」

 

 聖女様が赤面しながら否定する。さっき耳に入った言葉に「顔を見るとドキドキする」というものがあった気がするが。親と子の年齢差なのに大したお姫様である。

 勇者の師匠……あの男か。確か、聖騎士団の団長になることを断って、傭兵を続けることを選んだとかいう。名前と簡単な経歴だけはアグライアも知っていたが、いつの間に勇者と巡り会っていたのやら。

 

「実力は認めるが……あの男、中々顔を出そうとしないからな。ロクに話したこともなければ、異性として見ることはない」

 

 興味がないと言えば嘘になるが。

 それでも、見た目や雰囲気だけに釣られる乙女のような思考回路は流石に持ち合わせていない。

 

「ですよねえ。実はアタシ、あいつと傭兵の頃よくつるんでたんですよ。一方的にでしたけど。アタシのことに気付いてんのかいないのか、特に聖女様には全然近付こうとしないですよね。聖女様、嫌われてんじゃないですか?」

「え、えぇ!?」

「ダフネ、失礼が過ぎるぞ。弁えろ」

「私、勇者のお師匠様に嫌われているのでしょうか……?」

 

 不安げな顔をして聖女様が泣きそうな声を出す。

 休憩中とは言え、自らの役職と身分差を理解しない行動は認められない。アグライアは手を広げてパーの形にした。

 

「あ、じょ、冗談ですってば! 待って、教官、その指はなんすか!? 5!? 罰走5周!?」

「50周だ」

「いや死ぬ!!」

「冗談だ」

 

 分かりにくい! とダフネが叫んだ。まあ、半ば本気だったからな。

 走らせなかったのは、ひとつ気になることがあったからだ。

 

「しかし、かつて一緒に傭兵をしていたというのは本当か?」

「ほんとですよ。ま、アタシの依頼押し付けて一緒にやらせてた感じですかね。あいつ優秀なんで、それだけですげえ楽なんですよ。それこそ報酬半分貰うのが申し訳ないくらい」

「それは……凄いな。傭兵の仕事と一口に言っても、厳しいものも多かったろう」

 

 アグライアも、戦功稼ぎ、あるいは実戦の勘を鈍らせないために何度か傭兵向けの依頼を受けたことがあるが、気の抜けない、激しいものばかりであった。

 確かに、ひとり飛び抜けて優秀な傭兵がいた。よくよく考えればあの男であったか。

 あの頃もアグライアとはわざとらしいくらい距離をとっていたし、孤独を愛すか、あるいは脛に傷を持つ人物なのかもしれない。経歴上は、確かただの農村出身であるはずだが。

 

「優しすぎるんですよね、あいつ。傭兵としてもしばらく姿を見せてませんでしたが、勇者の師匠やってる方がまだ似合ってます。できれば、一緒に聖騎士やれたら良かったんですけど」

 

 優しいのか、あの男は。

 癒えない悲しみを湛えたようなその眼差しの奥では、一体何を思っているのだろう。

 

「……出会い方によっては、私達の隣に立っていたのかもしれないな」

 

 そうして、もしかすれば、惹かれ合うことさえあったのかもしれない。

 もしも、の話である。

 

 

 

 


 

 

 

 

 おっぱい!!!!

 

 疲れた。流石に性欲がやばいから山奥でおっぱいって叫んで鬱憤を晴らしてきた。

 どうも俺は、三十代から四十代までの間の性欲の(さか)り具合がひどいらしい。まあ周回するうちに気付いてはいたけど。

 特に前々回でアリアの豊満な肉体を隅々まで知ってしまったため、おっぱいが人類の救済になり得るということを理解してしまった。しかし今回はその救いがどこにもない。

 

 故に俺は叫ぶ。

 

「おぉぉっぱぁい!!!」

「師匠うるさい!!」

「うるさい一枚岩! 石は石らしく黙っていなさい!」

「はぁぁっ!? いいもんね、そんなこと言うならもう研究付き合ってあげなーい!」

「ごめんなさい許してくださいつい魔が差したんです」

 

 魔王との戦いを目前に控えた野営にて。

 いや、あれだよ、初めての魔王との直接対決だから、緊張してつい荒ぶったんだよ。

 魔物を呼び寄せてしまうから、実のところマジで静かにしたほうが良かったりする。まあ、寄ってきたら脳筋弟子が殺してくれるけど。

 

「……だいたいさぁ、おっぱいならさっきだって見てたじゃんか」

「……?」

「ムカつくなぁその不思議そうな顔! ボクのおっぱい! いつも見てるでしょ!」

「……?」

 

 俺の胸筋より膨らみのないそれはおっぱいではなく虚無と呼ぶのではなかろうか。

 胸部でなく、虚無。

 

「へー、そんな朴念仁ぶっちゃって。いいんだ? 本気でゆーわくしちゃおっかなー?」

「……ははっ」

「やめて。乾いた笑いやめて。一番刺さる」

 

 本気で苦しそうな顔をする勇者。情緒豊かな子に育ってくれて師匠嬉しいよ。

 

 研究は相変わらず続けている。とある神樹の一部を元に作らせてもらった紙に竜の血で魔法陣を描き、実験の際はそのスクロールを広げて真ん中に勇者を寝かす。

 とりあえず、加護を得るときの魔法的情報の変化を調べて分かったことは、変化は一度に起こるものでなく、連続的に起こる変化ということだ。世界そのものから魔力が流れ込み、新しい部品が取り付けられるかのように、魔法的情報の記述が増えていく。

 また、同時に体中の情報が書き換えられるわけでなく、ひとつひとつのゲノムについて変わっていっているようで、時間が経つほど書き換えられたゲノムの割合が増す。勇者の力が成長したり覚醒したりするのは、この辺りのことに起因すると考えてよいだろう。おっぱいが覚醒しないのもこのためだ。おっぱいの情報は変わらないからね。

 

 あとは、勇者の力が削がれていく過程を調べられれば研究は終わる。

 与えられた力の失い方。それさえ分かれば、俺の死に戻りの力を失う方法に近付けるはずだ。

 

「いいもん。どうせ師匠の雄っぱいに負ける汚っぱいだもん」

「いや、綺麗だとは思うぞ」

「……っ、あのっ、さあ! ……ああもう、この、胸筋モンスターめ!」

「あっ、やめっ、胸触っちゃ……アンっ」

「え……、キモ……」

 

 戯れだ。師匠と弟子の。

 そんな名前すら、本当は似つかわしくない関係であるけれど。

 

 身内だと刷り込み、隣にいることを当たり前と思わせ、自分の目的のために利用する。無自覚であるならともかく、それを意識的におこなう。

 ただの、屑だ。だから。

 

「師匠、気持ち悪っ! ぷっ、あははっ!」

 

 だから、そんな、心を許しきったような目を向けないでほしい。

 

 

 

 


 

 

 

 

maosama……oyurushi、wo……

 

 人間よりは巨大な、しかし他の魔物を考えれば巨体とは呼べない程度の大きさの騎士が崩れる。

 一息つきたいところだが、その間にも他の雑魚敵たちが集まってくる。外で戦っている仲間たちのことを考えれば時間を取られている暇はないし、回復をしながら駆ける。

 二人がかりで戦ったことで、勇者の損耗が殆どないのは僥倖だ。元々ひとりでこいつと魔王を倒しているのだから、俺が余計なことをしなければ勝てるのは当然である。

 

「ししょー、ボクも回復―」

「自分でやれと言いたいところだが……お前の魔力は少しでも魔王用に残しておきたいし、仕方ない」

「ありがと! ……えへへ、師匠の魔力だ」

 

 ふてぶてしく回復を要求する勇者に魔法をかけてやれば、素直に礼が返ってくる。俺はロクな教育をした覚えがないし、爺さんの努力の賜物である。

 

「誰の魔力とか分からんだろ」

「分かるよ? 匂いというか、温度というか……触り心地?」

 

 勇者の力か、天性のものか、魔力の違いが分かるらしい。凄い。

 無駄口を叩く内に、大きな扉の前に到達する。ヤバそうな気配がするし、この奥にいるのだろう。

 

「「扉は蹴り破るものォ!!」」

 

 二人して、左右の扉を同時に蹴り飛ばす。

 飛距離、測定。はい、四捨五入しても俺の勝ち!

 

「師匠助走つけてた! ずるいよ!」

「レギュレーション遵守なんで」

 

 そもそもレギュレーションねえし。

 

……sawagashina

 

 女がいた。

 騒がしい俺らと対称的に、空気そのものが凍っているかのような静けさを纏った女。

 

「なぜ来た、人間」

「──ボクたちの、平和を取り戻すため」

「ハッ、さんざ我が同胞を殺しておいて、平和を唱えるか」

 

 10代の少女のような、美しさと愛らしさを両立させた相貌だが、何よりも深く澱みきった瞳が印象的であった。その色は、見覚えのあるもので。人類に向けたものか、底知れぬ憤怒と絶望、失意が読み取れる。

 あくまで部外者である俺は、勇者と魔王の掛け合いに口を挟まない。魔王が人語を使ったことに驚きを覚えたが、この場では些細な問題だろう。

 

「放っておけば、魔物は人を傷付ける。それも、あなたの加護を受けて強大な力を備えて。だからボクは、あなたを殺しに来た」

「諦めろ、人間。どうせ我は復活する。キサマに我は殺せぬよ」

「殺すよ──そのための、力だ」

 

 与えられた力。

 神の加護か、あるいはただの自然現象なのか、今の俺には判別がつかない。

 

「カカ、前回の勇者もそう言っておったぞ。その結果がこれだ」

「それでもあなたは勝てなかったんだろう? 負け犬の遠吠えなんて興味ないね。100年限りだろうと、平和のために勇者(ボク達)は何度でもあなたを殺すよ」

「……その先に待つのも、結局キサマらの敗北なのだがな」

 

 魔王が予言するように吐き捨てる。

 その言葉は、思い込みや意気込みなどではなく、どこかで人類の敗北を確信している者のそれであった。

 

「嗚呼。本当に愚かじゃよ、キサマらは」

 

 そう呟いて細められた目は、やはりこの世のあらゆるもの、あるいは世界そのものに対する憎しみが込められていて、俺はどうしようもなく既視感に囚われた。

 既視感──つまり、まるで鏡を見ているようで。

 

koroserunara……koroshitekure

 

 ──魔王を中心として、黒い炎が放たれるッ!!

 

 

 

 


 

 

 

 

 空に光の柱が立った。

 

 ──いや、正確には、立っているのだろう。外から見れば。

 近くにいるだけで焼かれているような感覚に陥るほどの熱量。俺の眼前で放たれたその技は、直視すれば視力をいくらか失うことになっただろうから、俺は顔を腕で覆いながら背けていた。

 ただただ全身の毛が逆立つようなその輝きに、俺は勇者や魔王といった理外の存在との隔絶を感じるばかりであった。

 

雄ォォォォォォォオオオ!!

 

 外からは歓声が聞こえてくる。勝鬨だ。

 ニケの負傷はかつて俺が見たものよりはよほど浅い。俺がサポートとしてチマチマ回復やバフをかけてたからな。ぶっ倒れずに、剣を支えにして魔王の方を油断なく見据えている。

 

 天に穴を開けたままスウッと消えていく光の柱の中からは、最初のときのような人型でなく、巨大な黒龍の姿が現れ、そしてドサリと大地に伏した。

 人型のときは技巧的な戦いで俺も混ざることができたのだが、この第二形態になってからは無理だった。巨大な体躯から放たれる攻撃は物理・魔法どちらも絶望的な破壊力を伴い、体を覆う龍鱗はどんな攻撃も弾いてみせた。

 圧倒的な力はあらゆるを捻じ伏せる。それを打ち破るには、やはり同等以上の力でゴリ押すしかなかった。

 

「師っっ匠ぉぉぉおおおおおうう!!」

「はぶっっっ!?」

 

 魔王の死を見届けた勇者が俺にタックルしてきた。痛い。やめれ。

 

「師匠、師匠っ、ししょーっ!!」

「ええい、人の言葉を喋れワンコ!!」

 

 お互い体がバキバキだろうに、頭をグリグリ擦り付けてくる。

 勇者はすわ呪いかと疑うレベルでシショーとしか言わなくなっているが、勇者の勝利を確信していた俺はそこまでの興奮を覚えてはいない。むしろ、俺からすればここからが本番なのだ。如何にして勇者はその力を失うか。

 

「ご無事ですか、勇者御一行!」

 

 ひっついてくる勇者を引き離していると、イリスを連れた聖騎士団が姿を現す。ダフネもおり、魔王の敵討ちをばと俺達に群がろうとする雑魚達を斬り伏せている。

 ……どうしよう。気まずいな。某大規模作戦の時以外にも、いくつか大きな怪我を治してもらう時にイリスには世話になってるんだが、あんまり関わりすぎないよう会話も控えてたから非常にやりづらい。情を深めないほうが良いのだ。お互いに。

 

 勇者をイリスに押し付け、俺は自分自身に治癒の魔法をかけながら隠れるように魔王の骸に近寄った。サンプル回収のためである。

 勇者の能力は、魔王の復活に伴って目覚め、次第に成長し、魔王が倒されるとともに失われていく。十中八九、勇者と魔王の力には相関関係があると考えて問題ないだろう。魔王を倒して今後勇者のゲノムに変化があるとして、同時に魔王側でも何か情報が得られるかもしれない。

 まあ、それだけじゃないんだけど。

 

──失敗じゃ! 失敗じゃ! 失敗じゃ!

「……は?」

 

 何だこの声。

 サンプルを回収しようと魔王の骸に触れた瞬間、音というよりは頭に思念が流れ込むように聞こえてきた。

 

「お前、まだ生きてんのか……?」

──……。……勇者、のオマケか。言ったじゃろう、我は死なぬよ。いいや、死ねぬ。この身体が朽ちようとも、どうせまた次の身体に生まれる。

 

 そりゃまあ、従来の流れからしてそうなんだろうけど。

 不倶戴天の敵。人類にとって永遠の災禍。それが魔王という存在だ。

 死という生命の絶対を無視しているという点では、俺とそう変わらない。……その秘密についてなにか知っているなら、教えてほしいものだが。

 

──人間の欲しがる智慧など、ひとつたりともやるものか。我は更に力を得て舞い戻るぞ。此度の勇者の使った雷撃は、次に会うときにはもう効かなくなっていることじゃろう。絶望しろ。絶望しろ、絶望しろ! キサマらが死力を尽くすほど、次の我は力を得ることじゃろう

「はあ……凄いっすね」

 

 なんだ、つまり、死ぬ度に前世で受けた攻撃への耐性を得て復活すると? そりゃ凄い。人類の未来は暗そうだ。

 だが、まあ、俺は死ねば生まれた時に戻るわけでして。そんな俺の死んだ未来の人類の話なんてされても、そもそもそこに流れ着く時間軸に生きてないんだよなぁとしか。

 俺は俺にできることをするだけで、人ひとり救うことすら苦労しているのだから、未来の人類の命運なんて託されても困る。

 

──なんじゃ、つまらん。もっと怯えよ。もっと畏れよ。キサマら人間の浅ましさをここに示せ

「俺は、俺のいない世界のことまでは考えらんねえよ」

──ハッ、仲間意識すら希薄なのか。どこまでも哀れな生き物じゃな

 

 浅ましいのも哀れなのも否定しないけどさ。

 ……やっぱ、こいつなんだろうなあ。

 

「……覚悟しとけよ、魔王。俺はお前も利用するぞ。たとえ人類を裏切ったって、お前がその尻尾を振るまで懐柔してやる」

──何を、言っている? そもそも、我は誰にも気を許さん

「どうだろうな。俺のことを産業廃棄物呼ばわりした女は、気付けば嫁さんになってたぞ」

 

 結局、人と人の関係は出会い方や関わり方次第でどんな風にも変わるのだ。

 魔王だって、これだけ意思疎通ができるのなら、問題ない。

 

──傲慢だな、ニンゲ──

 

 ……えっ。

 落ちた。首が。黒龍の首が、ズルリと胴体から離れた。

 切り口の向こう側に立っていたのは……怪我を全て癒やし終わった勇者である。

 

「良かった、雌蜥蜴が師匠に何してるのかと思った」

 

 えっ、あの。

 無慈悲な確殺を入れておきながらニッコリ笑っている勇者が怖いです。

 いやまあ、敵だからそれが正しいんだろうけど。

 

「さ、師匠。帰ろ?」

「……はい」

 

 

 

 


 

 

 

 

 魔王を二人きりで倒した勇者様とその師匠は、宴で散々腹を満たしたあと、「パレードと授賞式がめんどくさいので旅に出ます、探さないでください」という書き置きを残して姿を消した。

 国民の感情を考えれば探し出すべきなのだが、聖女様の進言もあり、彼女らの望み通りそっとしておこうという結論に落ち着いた。

 二人のために用意されていた席があったらしいのだが、そこには他の人物が据えられた。たとえば宮廷騎士団団長の席には、副団長であった教官、もといアリアが、という風に。

 

 自分勝手なアイツらしいな、と思いながらアタシは森を歩いていた。

 確かな役職も、実力も、金も手に入れ、魔王という人類全体の仇敵もいなくなったので、自分の過去に立ち返っていたのだ。

 生きていれば、今頃勇者様や聖女様と同じくらいの年だ。少女期を終えて、ひとりの人間として自立を始めた頃。今更アタシが会いに行っても、追い返されるだけかもしれない。もしかすれば、野垂れ死んでしまっているかもしれない。

 それでも向き合いに行こうと思えたのは、自分が無力な少女から成長できた証拠だと信じたい。

 

「あれ、聖騎士団の……ええと、ダフネさんじゃん」

「……え、マジ? なに、やっぱパレード逃げ出したのやばかった? うわマジじゃん。すいませんつい出来心だったんです逮捕だけは……」

「……」

 

 森の奥へ入って、ひとつのロッジに辿り着いて(まみ)えたのは勇者とアイツだった。

 ぽかんと口を開けたまま、アタシはひとつの当然な問いかけをした。

 

「ええと、アンタら、旅に出るって、ここ?」

「ううん。えっとね、ボクが元々ここで育ったんだ」

 

 なんだ、逮捕じゃないのか? などと呟くアイツは放っておいて、アタシは一旦思考の整理をする。

 あの子を捨てたのは、ここで間違いないと思う。この家には子供がいないと分かって、老夫に託したのだ。しかし、勇者様はここで育ったと言う。

 つまり──

 

「──なんだ、そういうことか! アハハハハッ、なんてこった!」

 

 アタシにも、勇者の血が流れているってわけか!

 

「え、こわ……」

「いや、ダフネは元々こういう壊れた感じだぞ」

「ぶっ飛ばすよアンタ」

 

 まあ、アタシじゃアンタには勝てないだろうけど。優しいコイツなら、不意を付けば一発くらいは入れられるか。

 それから、少し話があると言って家の中に入らせてもらった。話した結果どうなろうと構わなかった。たとえ嫌われようと、この子が無事に成長してくれて、魔王まで倒したとなれば母親冥利に尽きる。心残りはないし、好きに生きて好きに死ねる。

 

「アタシはさ、ガキの頃人攫いに遭ったんだ」

 

 思い返すだけで吐き気を催す。

 かすかな記憶を辿れば、幼少期はお嬢様みたいな生活をしていたような気もする。どこかで見た夢かと思っていたが、勇者一族ならそのくらいの富もあったのかもしれない。

 

 人攫いと言うか、街の元締めとかの方が正しいのかもしれない。旅行で訪れた、身なりの良い格好をしたアタシらがカモに見えたのだろう。父親も母親も殺され、ボスに見初められたアタシはその女となった。

 クソッタレなそのロリコン野郎は、他にも数人の少女を囲っていた。気に入らない所があれば殺すし、成長すれば当然殺す。少しでも長く良い思いをしたければ、必死に奉仕をして気に入られなければいけない。

 少女を孕ますのも趣味のひとつらしく、月のものが始まった途端アタシはそれまで以上に執拗に抱かれた。そうして生まれたのが勇者──ニケだ。

 

「……っと、ごめんよ。知りたくないか、こんな話」

「いや遅いし……まあ、いいよ。ボクの話なんだ、聞くよ」

 

 じゃあ続けさせてもらって……。

 月のものが始まったということはつまり、アタシの「使用期限」が近いということでもある。ゆっくりと迫るその時に、少しずつアタシの精神は削られていった。

 結局、アタシは逃げ出すことを決めた。そう簡単なことじゃあなかったし、小娘一人で追手を殺せたのは勇者の血が助けてくれたのかもしれない。

 

 ニケを連れ出した理由はよく分からない。母親の情なんてものじゃないことは確かだ。

 強いて言えば、その時のアタシはボスを愛していると思い込んでいたんだろう。そう思っていなければやっていられないような環境にずっと身を置いていたから。愛しい人との子なら、自分の手元に置いておきたいし、助けたいと思うものだ。

 まあ端的に言って、狂っていたんだろう。「愛しい」のに逃げ出したんだから。マトモじゃない環境にいれば、人の思考なんて簡単にマトモじゃなくなる。

 

 一人じゃ子供を育てられないと思ったアタシは、森を彷徨った結果この家に辿り着いた。そして、赤子だけ置いて自分は更に逃げていった。ちゃんと育ててくれたあの老夫には感謝してもしきれないけど……そうだよね、流石にもう亡くなっているか。

 いつしか王都に辿り着いて、傭兵なんてのに成り下がって、アンタと出会って。そこからは大体知っているだろう。

 

「女性なのによくやるもんだと思ったら、お前も勇者一族だったのか。そりゃ強いし聖騎士団入れますわ」

「勇者の条件が血だけとは限らないけどね。アタシは魔王が復活しても特に力に目覚めなかったわけだし、過去には血に関係なく突然現れた勇者もいる」

「まあボクだし?」

「バカ、調子に乗るなバカ」

「痛い! 叩かないでよバカ師匠! 背が縮む!」

 

 ……本当に、良かった。

 こうやってまっすぐ育ってくれて。偶然か運命か、この人に出会ってくれて。

 そして、幸せそうに笑っている。

 

「……おお、ダフネが母親の眼差しになっている」

「そんなこと言うなら、アンタだって時々父親みたいな眼差しになってるよ」

「あん? なわけないだろ、それはアレだ、ちょっと違うんだよ」

「ぷぷ、師匠がお父さんだって!」

 

 からかうニケを見てひとしきり笑ってから、ボソリと呟いた。

 

「……お母さんって、呼んでほしいなぁ

 

 それに気付いてか気付かずか、キョトンとした顔でニケがアタシを見た。

 

「──どうしたの、お母さん?」

 

 ──嗚呼。

 

 駄目だ。景色が、滲む。

 そんな、母を名乗る資格もない女なのに。

 

 逃げ続けたアタシを、まだ母と呼んでくれるのか。

 

「……ごめん、ごめん、ごめん。……あり、がとぅ。本当に、よく、よく……っ」

「い、た……痛いよ、お母さん」

 

 少女のように泣いた。いや、少女として泣いた。

 あの時老夫に手放したニケを抱きしめながら、幼かったひとりの少女として泣いた。

 痛いと言いながら、突き放して拒絶しないニケがどうにも愛おしかった。

 

 しばらくして落ち着いてから、隣で気まずそうに頬を掻いている存在に気付いて笑った。

 

「気まずそうにしてどうしたんだい、()()()()?」

「は? お父さんじゃないが?」

 

 あくまでも拒絶する姿にカラカラと笑う。流されたっていいだろうに。

 と、抱かれるままになっていたニケが、ピクリと反応してアタシの腕をするりと離れた。

 

「……駄目だよ、お母さん。この人は、ボクのだから」

「は? お前のじゃないが?」

 

 そう言ってアイツの腕に抱きつく。拒絶されてるけど。

 ……へぇ?

 

「知らないのかい? 子供のものは全部親のものなんだよ?」

「なんだそのトンデモ理論」

「アンタは黙ってて」

「えぇ……」

 

 そもそも、見つけたのだってアタシが先だ。

 しばらくいくつかの依頼を一緒にこなす内に気に入った。それと同時に、アタシがボスに抱いていた感情が、恋愛感情などでなく恐怖に矯正された欺瞞であることに気付いた。

 悪党に孕まされたって、傭兵に身を(やつ)したって、心の中に少女のような理想はある。一度くらい好きな奴に抱かれながら愛を噛み締めてみたいし、なんならその子を孕んでみたい。

 

「何度か酔ったところを狙おうとしたんだけど、アンタ全然酒飲まないから」

「……狙われていて飲む奴がいるか」

「気付いてたのか?」

 

 流石はトップクラスの傭兵をやっていただけある。気付かれていたのか。

 だけど、ここまでの身の上話を聞いた上でも拒絶するだろうか。この優しい人は。

 

「一度だけでいいんだ。好きな男に、抱かれたい」

「ちょっとお母さん!? ……師匠、断るよね!?」

 

 ニケの反対側の腕を取って、ねだる彼女のように囁いた。

 けれど……まあ、無駄だろう。

 

 こちらを見つめながら様々な表情を浮かべてから、苦しそうな声が絞り出された。

 

「……駄目だよ、ダフネ。それは同情で買うものじゃないし、与えられるべきものじゃない」

「……知ってたさ。そう言うアンタだから、好きになったんだ」

「なら、諦めろ」

 

 アンタが受け入れる義理なんてどこにもない。

 だというのに、本当に辛そうに答える姿が、それだけでアタシを大切に思ってくれていることが伝わって嬉しくなる。

 だから諦められないんだ。

 

「……お母さん。ほんとは師匠だけ誘うつもりだったんだけどさ、一緒に旅に出ない?」

「「へ?」」

 

 突然のニケの提案に、アタシ達は素っ頓狂な声を出した。

 

「師匠はボクのだけど……お母さんも、時間かけてじっくり攻めれば堕とせるよ」

「は? お前のじゃないが? 堕ちないが? そもそも、ならお前ら二人で旅行けよ。親子の絆元通りにしてこい。そしたらいつも通りの流れだし」

 

 旅。そうか、書き置きのあれは一応本気だったのか。

 いいかもしれない。元々ろくでもない育ちだし、聖騎士団の解体後に王都で正規の仕事をさせられても堅苦しい。

 傭兵の頃のような、それよりももっと自由な、そんな旅を娘と好きな人とする。とても楽しそうだ。

 

「よしきた、みんなで旅に行こう!」

「いや俺行かないよ? 研究あるし」

「残念! 師匠はボクがいないと研究進まないんだから、一生ボクから離れられないのでした! 知らなかった?」

「……」

 

 苦々しげな、笑ってしまうくらい悔しそうな顔を浮かべてから、ゆっくりと溜息をつくのが分かった。

 

「──分かったよ、行こうか」

 

 そうやって、最後には優しい微笑みを浮かべてしまうのが好きだ。

 ニケと一緒に笑いながら、これは簡単に堕とせそうだな、と予想するのであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「とんだクソ野郎だ俺ぁ……」

 

 嘆きの声を漏らした。

 旅も終わり、帰ってきてからしばらく経ったある日のことである。

 

 母娘(おやこ)同時攻めの誘惑には勝てなかったよ……。

 

 いや、正確に言えば3年ほどは耐えた。最初の1年を耐えた辺りで二人が結託を始め、旅の多くは野宿であるから、プライバシーもクソもない環境で美女二人の誘惑に晒された。

 「クスクス、水浴び覗いちゃ駄目だよ?」みたいな誘惑はかなり程度が低い。当たり前のように毎日やってくる。個人的にキツかったのは、極寒の大地で「暖を取るため」という大義名分を掲げられた状態で抱きつかれながら寝たときとか。脚を絡められて、前後挟まれて、「これだけやっても手を出さないの? どーてーさん」と煽られた時は、コイツ喘ぎ泣かせたろうかとキレかけたが、それもなんとか耐えた。二人が巨乳だったらやられてた。

 決め手はやはり理性の喪失である。とある森林地帯で、催淫性の花粉を吸った後がヤバかった。二人も発情していたし、俺もほとんど記憶が残っていない。気付いた時にはすべてが終わっていた。というか、前回までの周回の、俺無しで旅してた頃は、二人はどうしていたんだろう。

 

 とりあえずイリスやディオネ、アリアのいるであろう王都の方角に土下座し、腹を括った。最初は普通に結婚していたのに、セフレだったり親子丼だったりと死に戻る度に業が増している気がするのはどうしてだろう。気の所為であってほしい。

 

「お母さんの夫だからお父さんって呼ばれるのと、ボクの夫だからお父さんって呼ばれるのどっちがいい?」

「師匠のままでいいよ」

「師匠と弟子の禁断の関係がお好みと……メモメモ」

「もうやだこの弟子」

 

 当初は利用し尽くすつもりであったニケも、逆に研究対象であることを利用して俺を旅に引っ張り出したし、罪悪感がほぼ無くなっている。

 本当にクソッタレな野郎である。俺という人間は。その上主体性がない。一度掴まえられたとて、本当に嫌なら逃げ出してしまえばいいのだ。それができないくらいダフネやニケという女性の人間性に惹かれてしまっているのだから話にならない。

 あの二人は俺の女だ、手放せない、と執着してしまっているのだ。

 

「その方が、ギャングの親玉っぽくていいと思いますよ」

 

 皺を刻んだ、立ち姿の美しい女性が述べる。お互い老いたが、ダフネは俺よりずっと正しく老熟したように見える。特に、言葉遣いが丁寧になった。まあこれは前までも手紙でやり取りしてたし知ってたけど。

 

 帰郷した俺達は、森のロッジでなく麓の街で暮らすことにした。つまり、ダフネが人攫いに遭った街だ。辺境の街にしては整備されているように思ったが、街の孤児院の経営を助けている内に気付いた。

 この街の平和は、裏にいる元締めの組織によって保たれている。つまり、ダフネを玩具にしたクソ野郎とその組織がまだ生き残っているのだ。

 それでもダフネが「終わったことだからもう良い」と言うから関わっていなかったが、息子に遺伝したのか本人が爺になっても懲りないのか、孤児院の少女に手を出そうとしたから叩いた。

 結果、そこの頭になってた。訳分からん。

 

 まあ、かつての手紙にも書いてあったが、元締めがいなくなると均衡が崩れて困ることが生まれるのだ。成長してしまった組織は飼い殺したほうが問題が少なかったりする。

 

「いまが幸せで、死ぬのが少し怖いですね。ニケと、あなたのせいですよ」

「せいって何さ、せいって」

 

 ニケが口を尖らせる

 おかげはお陰。何かが、嫌なことや悪いことを遮ってくれている。けれどそこに意思は介在しない。

 だからせい……いや、所為。俺がダフネと一緒にいることを選んだ。俺の選択で誰かが幸せになったと言うなら、それはとても嬉しいことだと思う。

 選ばなかったことで不幸になった人もいるかもしれないが。

 

「……なあダフネ。幸せってなんだと思う? もっと言うなら、俺達はどうして幸せを目指すんだと思う?」

「変な問いかけですね。……私にとっての幸せはあなたと一緒になることでしたが、でも、そもそも私は幸せを目指していませんよ。あなたの隣にいられれば、それだけで」

「……そうだよな」

 

 俺は力を抜いてふっと笑った。

 きっとダフネは知っている。俺も知っている。ニケはどうだろう。

 

 俺が分からないのは、俺の幸せだけだ。

 

 ──あるいはきっと、それは死ぬことで。

 

 

 

 

*****

 

10.

 

 

 気が付いたときには、赤子になっていた。

 

 ……はぁ、ふぅ。

 色々な思いが渦巻いている。

 

 達成感。あの辺境の街は、十分に活性化された。必要な技術者だって雇ったり呼び寄せたりしたし、王都までも二本の道路と一つの街を経由すればすぐに到達する。開墾も進み、未開拓地域だった場所への進出もおこなわれた。

 きっと、次に魔王が蘇る頃までには戦える街になるはずだ。魔王も強化されてるらしいけど。人間は最終的にはどうなんのかね。勇者の成長に上限があって魔王が無限に強化されるんだったら、負けてしまうんだろう。

 

 後悔。あれだけかつての妻達に操を立てておきながら、今度は勇者一族の貧乳親子丼とか刺されても文句言えない。多分世界で一番潔癖から遠い場所にいるぜ、俺。いやでも少女を集めて玩具にしていたクソ野郎も存在する世界か。一番かは分からないな。

 

 罪悪感。畜生なことを言えば、知りたくなかった。どうやったって、俺があの男を殺せるより先にダフネは穢されるし、それがなければニケは生まれないかもしれない。そもそも、殺せたとしてもそれはあの街を丸ごと混乱させることに繋がる。

 世界に不幸なんて溢れている。手の届く限り救おうとしたって、死に戻る度に他者の「不幸」を知る俺では手が足りない。それに、誰かにとっての不幸はもっぱら誰かにとっての幸せなのだ。

 結局は流石にもう死に戻りたくないという結論に辿り着くのだが、それを言ってもしょうがないし、違う生を送るほど俺の中の罪悪感は増していくのだろう。ともすれば、世界がまるごと滅びてしまえという考えにすら繋がりかねない。

 

 希望。勇者の体を調べたことで、また魔王のサンプルを調べたことで、死に戻りの解決には一歩前進した。勇者の力の失われ方は、中和とでも呼ぶべきものであった。

 魔王が死んだことで、その体から大量のエネルギー、というか魔力が放たれる。それはゆっくりと勇者に取り込まれ、打ち消し合うように覚醒した力が失われていくのだ。より正確に言えば、その力に直結するゲノムの魔力的な部分が。

 勇者が殺されれば、逆に魔王の力が中和されるのだろう。だから、魔王が無限に強くなることはないんじゃないかと思っている。まあ無限に強くなるなら諦めましょう。

 俺にとって重要なことは、魔力的情報の書き換え、もとい消去は、中和という手段を取れば少なくとも部分的に可能であるということだ。

 

 そして、絶望。大したことあるのかないのかは分からないが、まあ、いつもの。前回勇者の横に並べ立てたような「師匠」はもういない。練り上げられた、全能感すら感じたあの力は失われた。そういうものだと割り切れたつもりになっていても、気を抜けば生への意思を根こそぎ奪われそうな絶望がある。

 早く死に戻りを終わらせなければ、俺はこの絶望に飲まれてしまうだろう。そうやって「生きる」ことすら諦めるのは嫌だ。「生きて」、そうやって、死にたい。

 

 最後に、不安。これはもうどうしようもない。前々回の時がトラウマとして刻まれている。調べて調べて、最終的に辿り着いた場所で理不尽を突きつけられたあの絶望感。

 たとえ進めたとて、結論が「死に戻りは治せません」だったらどうすればいい。勇者のように中和を目指すというのなら、死に戻りの対となる魔力を秘めている人物を探し出せというのだろうか。勇者のように宿命付けられた相手もいないというのに、この広い世界で。

 

 他にも、世界そのものへの憎しみだのといった様々なくだらない感情もある。ありきたりだし、言っても仕方ないし、挙げんけど。

 兎にも角にも、これらを飲み込んでぐっちゃぐちゃになっている俺の頭はとっくに狂っているんだと思う。いつもの「発散(オルゴス)」で自殺をするのも特に躊躇しないし、自分の目的のためならどんな犠牲も厭わないのではないだろうか。

 どんな犠牲も、というか。

 

 犠牲になってくれ────人類。

 

 俺の大好きな人達が生きている時代は救うからさ。

 未来の人類がどうなるかなんて、知ったこっちゃねえよ。

 手が届く限りを救うって、つまりこういうことだろう?

 

 

 

 


 

 

 

 

「いい天気だな門番くん! 俺、人類裏切ってきたから、魔王に会わせてくんね?」

 

 王都の守衛にでも声をかけるかのように挨拶をした。相手は魔王城の入り口にいる石像。返事は凝縮された熱線である。熱い気持ちが伝わってきた。

 

 魔王が誕生する、俺が30になる頃までにかつての力を取り戻すのは不可能ではなかった。四捨五入すれば可能であった。

 実際、到達点というものが分かっていれば、何も知らない頃よりもそこに早く到達することができる。俺に必要な力は魔王とタイマンを張れるだけのものではなく、この城まで到達し、即座に殺されてしまわない程度のものであった。

 それに、ある程度以上の戦闘能力というのは、単純な力ではなく意識の差によるところが大きい。引き際、攻めどころ、癖や技の見極め、遮蔽物の利用。それらは鍛え上げると言うよりかは「取り戻す」もので、十年以上戦場に身を置けば問題にならなかった。

 

 だがそれでも、もう一度同じ時間を過ごしたいとは思えない。既に精神は擦り切れている。それこそ笑顔で人類裏切り宣言を叫べるくらいには。

 今回で終わらなければ、自分がどうなるか分かったもんじゃない。魔王の協力を得たとして、それで死に戻りが解決しないことが分かれば絶対に壊れる。あはははははってひたすら笑い転げて、その後はアーしか言わない物体になると思う。

 というか既にそうしたい。ひひぁ。うひひ。

 

aishiteru!! aishiteru!! aishiteruuuu!!」

 

 集まってきた魔物たちの攻撃を交わしつつ、今回のために覚えた魔物の標準的な言葉を話す。友好を示す言葉だ。

 人間とて、無害な魔物が「仲良くしよう! 仲良くしよう!」って叫んでれば気を許すと思うんだ。いやどうだろう。不安になってきた。むしろ怪しいな。

 

 流石に一時間ほど繰り返してウンザリしたのか、困惑したような門番や魔物たちは攻撃をやめ、一人の兵士らしき魔物を連絡に走らせ俺にジェスチャーで待つように示した。

 いい奴やんお前ら!

 

 しばらく待って、通してくれることになったらしい。

 武器は没収された。

 両手も拘束された。

 それでもヘラヘラ笑っていたら、後頭部からガツンという衝撃。

 気が付いたら、牢屋にぶち込まれていた。

 

 ……だよなぁ!(納得)

 

 

 

 


 

 

 

 

 そりゃまあ、常識に照らし合わせればこうなる。

 まず第一に、怪しい。というかむしろそれに尽きる。「味方裏切ったから王様に会わせてー」とか直球で言ってきたらそりゃもう警戒される。というか門番たちはこっちの言葉理解してないのか。敵対勢力が友好的な顔して近寄ってきたらそりゃ捕らえられますわ。

 正直なところ、マトモに思考が働いていない。特攻くらいか思いつかなかった。なんか他にいい方法とかあるのだろうか。ありそうだけど……駄目だな、脳がイカれてるからか愉快な方面の手段しか思いつかん。人間の王様の首持ってくとか。HAHAHA!

 

「不気味とは聞いたが……捕らえられて笑いこけるか、人間よ」

 

 やっべ、ニヤニヤしてるとこ見られた。

 声をかけてきたのは仮面を着けた女。流暢な人間の言葉を使いながら、俺の様子にドン引きしているようである。

 というか、魔王じゃん。

 

「魔王じゃん。なにやってんの?」

「……!?」

 

 仮面の奥でわずかに動揺をした気配。

 しかし、振る舞いにはほとんどそれを漏らさないのだ。流石は敵の総大将。

 

「……魔王様は、人間などに姿を見せない」

「いや、魔王じゃん。なにやってんの?」

「……」

「なにやってんの?」

 

 押し黙った魔王に、俺は友好的態度を崩さぬよう笑顔をキープしながら問いかける。

 流石に怪しい奴の前に総大将出しちゃ駄目だと思うんだけど。

 

「……なぜ気付いたかは、今は置いておこう。人間の言葉など理解できる者の方が少ないからこそ、尋問役として我が直々に相手をしてやることにした。名誉に思え、人間」

 

 なるほど。人手不足。世知辛いねぇ。

 そもそも出現したばかりだろうに、実に勤労な魔王様だな。

 まあ、尋問するならなんだって聞いてくれ。人類を裏切ることに決めたのだ。知っていることなら全部答えよう。

 

「キサマは本当に気味悪いな……。だがまあ、裏切ったというのなら洗いざらい吐いてもらおう。まずは……そうじゃな、当代の聖女と勇者について」

「あ、それは無理です」

 

 嫁なので。

 そう答えるが早いか、地面から一本の細い棘が飛び出して俺の右足を貫いた。

 

「い゛ひ゛っ」

 

 痛みに悶えたわけではないのだが、喋っている途中に衝撃が来たもんだから変な声が出た。

 魔王の仮面の隙間から、見下すような冷めた視線を向けられる。

 

「聞こえなかったか? これは対話でなく、尋問だ」

「言わなかったっけ? 俺は交渉をしに来たんだけど」

「そうか」

 

 どこまでも冷たい声。俺に何も期待していないのが分かる。

 次の瞬間、景色が白くなり一瞬意識が飛んだ。

 

「あまり図に乗るな、人間。元々大した情報が得られるとは思っていないが、勢い余って殺してしまいかねん」

 

 どこからか変な声が聞こえるなと思い、意識が現実に戻って、自分の叫び声であることに気が付いた。

 目だ。麗しの魔王様は、俺の右目をピンポイントで炙ったらしい。右側がてんで見えないが、目の痛みよりは割れるような頭痛の方がキツい。

 

「……クヒッ」

 

 それでも自然と笑ってしまうのは、不思議と生を実感できたからだ。

 生きているからこそ、痛みは新鮮に映える。

 もしかしたら、今回は何もできずにこのまま尋問もとい拷問で殺されてしまうかもしれない。そうなると、死ぬ気で取り戻した戦闘の勘もリセットされてしまうかなぁ……。それはやだなぁ。

 

「……気持ち悪い」

 

 そりゃまあ、痛めつけられて笑ってるやつがいたら俺だってキモいと思うけどさ。

 そんな心底怯えるような声音で言わなくったっていいじゃないか。流石に傷つく。

 

 俺としては魔王に教えてやりたいことが山ほどあるというのに、まずは脅威の排除だとばかりに魔王がイリスやニケの情報ばかり集めたがるものだから、その度に俺がジョークで答えて、致命傷とならない部位を破壊された。

 あるいは、程々に殺し、程々に回復させる。もしも回復魔法のない世界があったら、その世界の尋問官は相手を殺さないように加減するのが難しいだろうなぁなどと思案。いやまあ、人間みたいな強かな生き物だったら、そういう殺さずにいたぶる手法を考え出すか。

 暴力的な手段一辺倒による尋問というのは、ある種耐えやすいものであった。

 

 心が限界を迎えたのは、俺が魔王の元を訪ねてから半月経った頃のことである。

 俺? 俺の心は多分とっくに壊れてるさ。耐えきれなくなったのは、魔王の方だ。存外、まともな思考回路をしているらしい。

 

「おはよう魔王。俺考えたんだけどさ、今日は酸を使ってみたらどうかな。部位ごとに、どの程度弄ったら壊れるかはもう分かっただろ? でも溶かされるって経験はしたことないし、俺も結構辛いと思うんだ」

「……もう、よい」

「え、待て待て。殺すのはもうちょっと耐えてくれ。やり直すのは本当に大変なんだ、もうちょっと親交を深めてからその上で考えてくれ」

 

 そこまで言い切ったところで、俺は魔王の仮面から除く目が、心底怯えきっていることに気付いた。

 

「人間。キサマは、弱い。キサマに我を殺すことはできないであろうし、我が望めば、たとえどのような装備をしていてもキサマ程度なら殺せよう」

「何だ藪から棒に。失礼だぞ」

「……それじゃ。その心の強さだけ、理解出来ん。端的に言って、気持ち悪い。関わり合いになりたくない」

 

 そう言って、魔王の白く美しい手が俺に向けられた。

 すわ殺されるか!? と身構えたが、パキリという音の後に、拘束用の枷が全て解かれる。

 

魔王城(ここ)に来たのは何か目的があるのじゃろう。もし本当に人類を裏切ったというのなら、好きに過ごすが良い。そうでないと分かったら、即座に殺す」

「今殺さないのか?」

「キサマらと一緒にするな」

 

 ふえぇ……。なんか自由の身になったらしい。シャバの空気が美味い。

 好きに過ごせと言われても困るのだが。

 

 それに、俺の目的って魔王とお話することなんですけど。

 それを伝えると、最後に、魔王は仮面を外してから震える声を漏らした。

 

「……あまり、残酷なことを言うな」

 

 そうやって立ち去る少女の顔立ちはやはり秀麗で、しかしその眼差しは凍てつくようであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 晴れて自由の身となり、次の日。

 太っ腹なのか何なのか、寝床と飯まで用意されている。あいつが何したいのか分からん。あいつも俺が何したいのか分からないんだろう。

 一応は客人扱いなのだろうかなどと考えていたが、そんなことはなかった。

 

 今、目の前にいるのは三人の魔物。ニヤニヤと笑いながら連れ込まれた物陰で、俺は彼らに囲まれている。

 まさか異種男色姦とかいうニッチな趣味の三人組ではあるまい。察するに、むかつく人間にリンチをしようといったところか。

 要するに、分からせである。

 

 しかし、多対一で狭い場所に連れ込むのは馬鹿なのだろうか。分かってねえな、やるなら広い場所でやらんと数の利が息してないぞ。

 そう言う意味合いを込めて、俺は広場の方を親指でクイクイっと指す。憤慨する魔物たちだが、幹部レベルならともかく、こんなクソ雑魚ナメクジには負ける気がしない。どちらが格上か教えてやる必要がある。

 要するに、分からせである。

 

bukkorose!!」

「異種族平等パンチ!!」

 

 分 か ら せ 完 了(ミッション・コンプリート)

 

 マッチョポーズを取り勝利の余韻に浸っていた俺だが、下手に広場で騒いだのが悪かった。

 音を聞きつけた他の魔物たちが、同胞が人間にやられているのを見て襲いかかってきた。

 

aitsu chousinotteruzo!」

kakome kakome!!」

「オラ全員分からせてやんよぉ!!」

 

 次第に分からせの効果が出てきたのか、殴りかかってくる魔物の数は減っていく。

 ……と、言うより、ギャラリーが集まり、一人倒される度に別のやつが名乗りを上げ挑戦し、また次のやつが……という見世物みたいになってきている。

 

「……tsugiha sessyaga

a areha……!」

 

 ほらなんか「次は某が……」みたいなノリでまた一人出てきたし。

 解説役っぽいモブが新しい魔物が名乗りを上げる度に何か紹介している。言葉分かんねえから何言ってんのかサッパリだけど。

 オイそこ賭け始めてんじゃねえよ。やるなら俺にも分け前よこせ。

 

washinodebanka……」

 

 やめろ!! なんか重鎮っぽく腰を上げるムーブやめろ!!

 どうせぶっ飛ばされるんだから大人しくしとけおじいちゃん!!

 最初にリンチしようとしてきた三人組の一人が「アイツはこんなんでやられるタマじゃねえぜ」みたいな顔で、俺を顎で指してくるのもムカつく!! 誰だよお前!!

 

yacchimae!」

bukkorose!!」

 

 観客の声援も何種類か覚えてきた。

 多分、世界一物騒な言語教室だと思う。

 おおよそのノリは分かる。要するに闘技場みたいなもんで、「やれ」だの「ぶっ殺せ」だの叫んでいるのだろう。

 サービスだ。俺も魔物の言葉で挑発してやろう。

 

aishiteru!!」

aitsu nametennoka!」

bukkorose!!」

 

 異種族平等パンチ!!

 

 

 

 


 

 

 

 

「……っぁ、……あー、あぁ?」

 

 目を開くと、何処か見覚えのある天井。

 魔王から与えられた部屋のベッドにいた。

 

 ……あぁ、気絶したのか。んで誰かがご丁寧にも部屋まで運んでくれたと。怪我も治ってるし、回復魔法まで使ってくれたらしい。

 最後に覚えている相手は、俺が1周目のときに刺し違えた大将首の奴だ。その時点で割とボロボロだったのもあるが、やはり正面からの殴り合いだと勝ちようがなかった。だって俺が殴っても意に介さず殴り返してくるんだもん。質量差的に、大抵俺はふっ飛ばされるし。

 畜生、良いように殴りやがって。ボコボコにしてやる。いつかニケが。

 

「……おい」

「うわぇい!? ま、魔王」

 

 突然横から声がしたので驚いて顔を向けると、いつもの冷たい瞳をした魔王がいた。人型がデフォなんだろうか。

 

「昨日の騒ぎは、なんのつもりじゃ? 人類を裏切っても、我らの仲間になる気はないと? ……ならば、殺すまでなのじゃが」

「待て待て。あれは魔物のやつから喧嘩をふっかけてきたんだ。正当防衛だ!」

 

 禍々しいまでの殺気に当てられ、焦りながら弁明に走る。

 喧嘩を売られたから買ったというのに、それで殺されてはたまらない。そもそも、結局ボロ雑巾になるまで叩きのめされたのだ。それを、最初から抵抗せずサンドバッグになれというなら流石に文句を言いたい。

 俺の焦る姿を見てか、そもそも本気でなかったのか、そこまで聞いて魔王はフッと威圧を解いた。

 

「だろうな。死者も出ていないし、何よりあいつらが殺気立っていなかった。じゃがまあ、我はキサマとあまり関わり合いになりたくないのでな、問題は極力起こすな」

「安心しろ、俺は手加減を知る男だ。なんなら俺が死にかけたまである」

「そのまま死んでくれれば手間が省けたのう」

 

 部下の教育なってないんじゃないすか魔王さん、と言いそうになったのは流石に我慢した。あんまり調子乗ると普通に殺される気がする。

 正直なところ、どうして生かされているのかは分かっていない。魔王博愛主義者説を唱えるか。

 とは言っても、そのまま死ねと言われて不満がないわけもなく、ジロリと責めるような視線を送る。

 

「……冗談さ。まあ、あやつらも楽しそうであったし、また相手をしてやってくれ」

「次はマジで死ぬと思う」

 

 俺の返事を聞いているのかいないのか、役目は終えたとばかりに魔王はするりと部屋を出ていった。魔物たちのことを話すときだけ眼差しの温度が幾分か上がるのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

oi yaruzo!!」

「ファッ!?」

 

 部屋を出た途端また魔物に絡まれた。解せぬ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「魔王様、あの人間のことは、結局どうなさるつもりですか」

 

 投げかけられた声に振り返れば、鎧をまとった巨体。魔王に次ぐ実力を持つ黒騎士だ。参謀と呼ぶには能力が戦闘面にばかり振られてしまっているため、侵入者に対する最後の迎撃役として任命されている。

 

「お前はどう思う?」

「……気を許してしまうにはあまりに危険ですが、内通者と考えるにはあまりに気が抜けていて、こちらが戸惑ってしまいます。現に今では、昼に彼と殴り合った魔物が夜は肩を組んで一緒に酒を飲んでいますね」

「カカ、『彼』、とな」

 

 黒騎士の述べた通り、始めの頃は生意気な人間に痛い目を見せてやろうと意気込んでいた魔物たちだが、その確かな実力と曲がりない信念のようなものを感じ取ったのか、人魔の境も忘れて杯を交わすようになった。

 最初の数日は、ボコボコにされた後にボロ雑巾のようにいつまでも広間の隅に転がっていたものだが、今では程々に殴り合ったあとには仲良く会話して、そのまま晩餐に連れられる。どこまで言葉が通じているのか分かったものではないが、あの人間はこちらの言葉を理解しようと意欲を見せているし、カタコトなら話せるのかもしれない。

 黒騎士とて、「彼」と呼んでしまう程度には愛着を抱きつつあるのだ。

 

「……失礼しました、私も気付かぬうちに(ほだ)されていたようです」

「まあ、よい。人間との戦い方を覚える良い機会と言えるじゃろうし、毎晩ボロ雑巾のまま放置されては我が……」

「我が?」

「……なんでもない。気にするな」

 

 毎回部屋まで運ぶ身にもなってほしいと言いかけたが、やめた。わざわざ黒騎士に話すことでもないだろう。

 

「まあ、面白い人間じゃよ、アレは」

「魔王様の悠久の時に刺激をもたらすのであれば、それは喜ばしいことですね」

「……ああ、そういえばお前は知っていたな」

 

 魔物と笑顔で肩を組み、酒を酌み交わすことのできる人間。

 かつての時に、すべての人間があのようであれば争いなど必要なかったのだろう。

 

 けれどそれは、無意味な仮定だ。

 だって、あの人間は狂ってしまっているのだから。

 狂っているから()()なのだ。正常な人間はあの人間のようにはなれないし、ならない。

 

 思い出すだけで体が震える。勇者を前にした時のそれとは種類の異なる、理解不能な存在への恐怖。

 人並みに痛覚は存在していたはずだ。尋問の過程で泡を吹いて気絶することもあれば、痛みに絶叫を上げることも度々あった。

 

 なぜ怒らないのか? 恨みの籠もった目をこちらへ向けないのか?

 分からなくて、不安で、いっそ殺してしまったほうが気が楽になるのではと思い浮かべながら、それでもこれほどの異常者だからこそ握っている鍵があるのではないかと疑いもした。

 そして、何もかも理解できない中で、一つだけ理解した。

 

 怒りだ。

 この人間は、自分や魔物、あるいは他の人間などではなく、もっと別のなにかに対して憎悪という憎悪を煮詰めたかのような怒りを抱え続けているのだ。

 

 尋問をする──痛みを与える魔王など、端から眼中にない。

 そんなものへぶつけられるほど、あの人間の抱く怒りは安くはなかった。

 あの人間はあの人間なりの信念があって、意志があって、そのためになら何もかも笑い飛ばしてみせるほどの覚悟があった。その覚悟のために、魔王城(ここ)を訪れたのだ。

 

 途端に、自分のしていることがとても陳腐に思えた。

 あるいは、奴らがしたことと同じことを、今自分はやっているのではないかとさえ思えた。

 

 だから、あの人間を解放した。

 自由な身で何をするのか興味があった。今まで不当に傷付けたことに対し侘びの一つでも入れるべきであったが、それは魔王という立場故に憚られた。

 そも、魔物を束ねる王としてなら、怪しい人間は殺してしまうべきで、自分は魔王失格なのかもしれない。気付けば座っていたこの場所に自分は不釣り合いではないか、そう思うことは何度もある。

 けれど、それを問えば誰もが決まってこう返すのだ。

 

「だって、魔王様が一番強いじゃないですか」

 

 まったく、単純な話である。

 そう言ってしまえる魔物たちだからこそ、あの人間といま笑い合っていられるのだろう。

 

 

 

 

「──だけどさ、こんな力……

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──ああ、人間と変わんねえんだな。

 

 そう気付いた瞬間、背中がゾクリと冷えた気がした。

 それは、途端に、今まで「人間を救う」という大義名分を掲げて殺してきた魔物の命に、無垢な価値が与えられたからだ。

 

「なあ、おまえ、よめ、あるか?」

「嫁ぇ? そうだな、ざっと5人くらいか。一人はいま腹に子供がいる」

「……そっか」

 

 ようやく覚えつつある魔物たちの言葉、カタコトで所帯の有無を問えば、人間の感覚としては少々多いが答えが返ってきた。

 獣にさえ脳はあるのだから、言語や戦術を解している魔物に意思や感情があるのは当然であった。当然であるけれど、俺達人間はそのことに気付かなかったし、たとえ気付いたとしても切り捨ててきた。

 それはきっと、「善」や「正義」ではなかったのだろう。

 

「……あぁ、だけど、『人間を救う』ってのは違ぇか」

 

 俺の大義名分は、もっと別のものだった。

 最初は、人間を救おうと思っていたのかもしれない。今となってはしがない兵士一人になにがという笑い話だが、当時はその綺麗な言葉に酔いしれていた。

 次のときは、イリスを救おうと、ただそれだけを思っていた。実際それは果たされたのだ。ただし、「その先」が存在していたせいで、俺の大義名分は意味を失った。

 今となっては、ただ自分を救うため、それだけだ。人類とか、イリスとか、あるいは別の誰か。たとえそれらを救おうと、最後に自分が救われなければ満足しないのが俺という奴で、あるいは人間という生き物なのだろう。

 

 誰かを救うのも、突き詰めれば利己に辿り着く。

 だから、誰かのために生きようとする人を見ると涙が溢れる。

 それは、哀れみか歓喜か、羨望か感動か──はたまた怒りか。

 

「さて、流石にそろそろ魔王と話したいな」

 

 魔王城に来て一月。城内の動向を見るにまだ侵攻は始めていなさそうだが、戦火が上がる前に魔王に交渉しなければならない。

 なのだが、どうも魔王に避けられていて話す機会も得られない。いや、そもそも王ってそんな暇なのか分かんないけど、たまにブラブラしてる姿見るし暇なんじゃないだろうか。

 おかしいな。取り調べの期間中フレンドリーに接したから、好感度はそれなりに稼げていると思ったんだけど。俺の想像だと既にマブダチになっている計算だったのだが、蛇蝎のごとく嫌われている。

 フレンドリーさが足りていなかったのかもしれない。マオマオって呼んだら仲良くなれるかな。絶対なれないよな。もう俺悪くないよ、あいつ絶対友達少ないって。

 

 顔を見るたび逃げられてしまうのなら、どうすればよいか。

 人間の生み出してきた文化の一つに、答えがあった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「入れ」

「おはよう、魔王」

 

 扉を軽くノックして入室してから、挨拶は人生の基本だからと朗らかに声をかけたのだが、魔王は気まずそうな、どこか余所余所しい態度で顔を顰めただけであった。

 魔物の世界にも挨拶の文化はあるみたいなんだけどな。魔王のパパ上とママ上はちゃんと教育しなかったのかな。

 

「……手紙は読んだ。まあ、座ると良い」

「ああ、わざわざ時間を取ってくれてありがとう」

「別に、くだらない話であればすぐにでも蹴り出すし、何なら今晩から宿も無くなると思え。どれだけの時間を割くかはキサマ次第じゃよ」

 

 そう、俺が選んだのは手紙という手段である。

 これまでの何度かの人生でも文通は様々な相手とおこなってきた。それは家族だったりダフネだったり、普通に職務上の手紙をしたためたことも何度もある。

 すぐ側にいる人物に送ったのは初めてだが、そういう手紙があってもいいだろう。なお、内容については余白が足りないので割愛する。ざっくり言えば、魔王自身にも関わることで一つ話があるから時間がほしい程度の内容だ。あとは仲良くなるための冗句(ジョーク)いくつか。ウケたかは知らん。

 

 あとは、脅しているつもりなんだろうけれど、むしろどうして今日まで客人扱いを受けているのか不思議である。まあその客人ボコボコに虐められてるけど。体の良いサンドバッグを設置したぐらいのつもりなのかもしれない。

 だがまあ、そうした細々とした違和感を鑑みるに、この魔王はお人好しというやつなのだろう。言い換えれば、無駄に優しい。

 ある意味、俺がギリギリまだ死に戻っていないのも、それどころかそこそこ上手く懐に入り込めているのも、魔王の優しさにつけ込んでいる部分が多い。が、特に気にするつもりはない。とことん堕ちるつもりなのだから。

 

 それに、彼女は随分と理知的であると思われる。

 ほとんどの魔物は直情的かつ能力至上主義。強い奴は偉い。その程度の価値観しか無く、戦況の判断をできるような人材もほとんどいないように思われる。

 ならば、あれだけ人類を脅かしたのもすべてこの魔王の策謀によるものなのだろう。参謀でもいるのかもしれないが、見たことないし。側付きみたいなあの黒騎士は脳筋成分多めだし。

 それだけ賢ければ、俺が彼女の優しさもとい甘さを利用していることにも何らかの形で勘付いていることだろう。その上で許容するというのなら、それは俺ではなく彼女の問題だ。俺が気に病む必要はあるまい。

 

 そんなことを思い浮かべながら表情を緩ませた。

 どこから話そうかな、だなんて。もうずっと前から何を話すか散々考えてきたくせに、わざとらしく心の中で唱える。

 

「長くなるかもしれないんだけど」

「構わん。飽きたら叩き出す。正直今は、力を蓄えること優先で他にすべきことも少ない」

 

 全部。全部だ。

 賭けとも言えるし、死に戻れることを思えば賭けではないのかもしれない。

 とにもかくにも、俺は一人では駄目な人間だ。いつだってそうだった。他者が己を導いてくれた。

 ならば、知恵を借りる、利用するくらいの気持ちで。

 

「一言でまとめると、流石にもう死に戻りたくないって話なんだけど──」

 

 

 

 


 

 

 

 

 いつの間にか、陽がすっかり傾いてしまっていた。

 

 それに気付いたのは、空腹を知らせる虫が俺の腹で鳴いたからであった。

 不思議と、それだけ長い時間自分が話していることが負担にならなかった。

 叩き出すなどと言っていた魔王も、話を遮ること無く、冷ややかだがどこか聞き心地の良い声音で相槌を打つのみであった。

 

「人は食わねば死ぬというのをつい忘れておった。食事をここに持ってこさせよう」

 

 そう言って、魔王は虚空に囁く。

 誰かに呼びかけているらしいが、彼女は念話か何かでも使えるのかもしれない。

 

「凄いな、それ。魔法か?」

「風の魔法の一種だな。魔法はもとは我々のものであるから、人間よりこういった小技に長けているのじゃよ」

「そうか。食事はありがたいんだが、俺の分だけか?」

「我に食事は必要ない」

「一緒に食おう。そっちのほうが美味い」

 

 俺が真顔で主張すると、魔王は「我らの食料なのだが」と呆れた顔をしてから、少し顔を緩めてもう一度声を伝える魔法を使った。

 もしかしたらあれは、彼女の笑顔だったのかもしれない。

 

「散々話したけどさ、俺は沢山の魔物を……お前も、殺したんだ」

「そうみたいじゃな」

「俺を殺そうとは思わないのか?」

「思わんな」

 

 二つ、と魔王は指を立てた。

 一つは、そもそも、俺の話を丸っきり信じるわけではないから。狂人の言葉と切り捨てたほうが無難なのはよく分かる。しかしそうできないのは、俺の知識が明らかに尋常のものではないから。

 もう一つは、俺が本当に死に戻るというのなら「殺す」ということが一番危険だから。死に戻りを繰り返して最終的には懐に入られるのなら、あるいは、開き直られて延々と嫌がらせでもされたら堪らないから。

 殺すとしたら、不都合があるからだ。しかしいま俺を抱え込むことにさほどの負担はなく、いわゆる「期待値」の考え方で言えば生かしておくべきなのだとか。

 

「まあ正直、そんな打算はどうでもよい。まだ飽きておらんから、続きを話せ」

「そうだな、それじゃあ……」

 

 そうして、会話と言うにはかなり一方的なその交流は続いた。

 途中、喋りすぎて疲れていると、見かねた魔王が代わりに魔物たちの文化なんかについて話してくれた。それはとても興味深いものであったし、魔物という生き物と人間の思考回路の違いだとか、その総称があまりに一括りにしてしまっていることだとか、彼らを理解する一助となる知識を得られた。

 

 次第に、互いの語りは会話と呼べるものへと変わっていく。決して交流が深まったとは言えないと思う。友好度がマイナスからゼロに辿り着いたというところだろう。魔王は俺の個人的な話まで知っているが、俺が知ったのはあくまで魔物という生き物の話で、彼女についてはほとんど知らない。

 知っていることと言えば、食事がいらないことと、睡眠もいらなさそうなことか。

 

「なぁ、マオマオって呼んだら怒るか」

「怒りはしないが、心底気持ち悪いと思うし、軽蔑するな」

「一番キツいやつじゃん」

 

 あくびを噛み殺しながら尋ねた質問への答えは実に彼女らしい、冷ややかなものであった。

 先程からまぶたが重く垂れ下がってきている。そろそろ終えたほうが良いのかもしれない。

 

「眠そうだな人間。最後に一つ、質問として尋ねよう」

「ん」

「キサマが死ぬ度生まれ直すという話は、疑うが、信憑性は高いものとして覚えよう。それで、その上で、キサマは何を求めてここへ来た?」

 

 一番したかった話を、魔王が最後に尋ねた。あるいは、気付いていたのかもしれない。

 

「俺は、自分勝手な人間だから。だからさ、俺の大切な人達を、どうか、傷付けないでほしい……争わないでほしいんだ」

「人間共と争うなということなら、無理な相談だ」

「……違うよ。100年間、俺が愛した人達が死に絶えるその日までは、和平でもなんでも、どうか争いを止めてほしいんだ。──その後の人類は、知ったこっちゃない」

「……傲慢で、強欲で、夢見がちな提案じゃな」

 

 分かっている。

 そんな事は分かっているけれど、もしこれで彼女たちが傷付くのなら、俺はもう二度と魔王に付くことはないし、これから先何度だって魔王を殺す側に立つ。

 

「もはや、脅迫まがいのものであることには気付いているか?」

「……」

「しかしその脅迫、失敗しておるぞ」

「……は?」

 

 そう言って、魔王はわざとらしく作ったような、酷薄な笑みを浮かべる。

 

「キサマの『大切な人達』とやらへの想いはよく理解した。……ならそれだけ話して、そやつらが人質となる可能性は考えなかったか? たとえばディオネという村娘。あるいは、アグライアとやらであれば、今の我でも確実に殺せるし、四肢をもいだまま生かして捕らえてもよいなぁ」

 

 瞬間、眠気など覚めるほど、頭が真っ白になった。

 それは見落としかもしれない。あるいは、俺にすら甘い魔王だからと油断していたのかもしれない。

 

「……そう怯えた顔をするな、もっと虐めたくなる。キサマは恐怖という感情を失くしてしまっているのかと思っていたが、安心したよ」

「……頼む、それだけは──」

「──馬鹿者。せんわ、そのようなこと。我が一番嫌いな類の卑劣じゃからな。そも、我を睨むぐらいなら、先にそのような発想を生み出したキサマの先祖共を恨め」

 

 キョトンとする俺に、魔王は肩をすくめる。

 

「更に人間、もう一度同朋を恨め──和平を結ぶ上で一番の障害となるのは、キサマら人間自身じゃぞ」

「どういうことだ?」

「さあな。それでも目指すというのなら、キサマに任せよう」

 

 それを最後に、終日続いた魔王との対話は終わりとなった。

 疲労を覚えながら倒れ込む寝床の中で、俺は彼女の言葉の意味を反芻し、ゆっくりと瞼を下ろした。

 朝日はどこで見ようとも美しい。

 

 

 

 


 

 

 

 

 驚くぐらい和平の交渉が上手く行ったのは、仲介役の俺が、傭兵として稼いでいた名声が思っていた以上に大きなものであったことと、同時に各方面の権力者の性格を熟知していたことが影響しているのだと思う。あとは、無駄にガタイの良くなったこの身体も、何らかの威圧感をもたらしたのかもしれない。

 

「おい魔王普通に上手く行ったぞどういうことだ」

「知らん知らん。別に和平が成立せんとは言っとらんじゃろう」

 

 うーんこの。

 ……まあ、いいか。これからは、頑張って魔王に気に入られて、死に戻りを終わらせる手伝いをしてもらおう。

 魔王の方からも、色々と厄介な俺が死ねば楽になるとの理解を得ているので、俺を殺すための手伝いは受けられると思う。もっとも、俺が死んだあと世界は続くのかとか、俺が死に戻るのは世界も一緒に戻っているのか(俺の人生が本流で、世界がそれに付き合わされているのか)とか不明なことはあるが、少なくとも俺を殺せることによる魔王へのデメリットはないだろう。

 

「魔王せんせぇ、まほーじんについておちえて!」

「……心底気持ち悪いと思う」

「それでも教えてくれるあたりその優しさの源泉が気になる」

「うるさい」

 

 アリアに散々罵られ冷たい目で見られてきた俺からすれば、魔王のポーズのようなSっ気は可愛いものである。そも魔王は大抵の相手に対し目線が冷ややかであるし、単に表情筋が死んでいる可能性が考えられる。

 俺はと言えば何度発狂して鬱になって躁になっても表情筋まで死に戻るらしく、今日もプリティな笑顔を浮かべて魔物たちと殴り合っている。

 

 和平を許し、また俺の研究への協力をする条件として、俺は自殺することを封じられた。

 魔法陣による「契約」という種類の魔法らしいが、俺は自分の意志が伴う形で死ぬことができない。他人に頼んだり、意図的に悪意を集めることもおそらくできない。やろうとしたことがないので実際にどうなるのかは分からないが。この魔法は、「精神」に干渉する魔法らしい。

 今回の人生に関してはかなり魔王に委ねなければどうにも進まないことが多すぎるので、この条件は飲むほかなかった。死に戻りという手段を奪われたのはキツいし、この上で魔王に裏切られたらどうしようもないが、魔王は信じられると決めての行動である。

 

 件の魔法を封じる魔法陣のように、「精神」だったり「魂」だったりという非物質的なものに対し制限をかけるのは非常に複雑で、そうした魔法をおこなう際は、緻密な計算と入念な準備を重ねた幾つもの魔法陣を重ねることによってようやく可能になるらしい。

 どうして魔法陣を選ぶのか聞くと、10桁×10桁の暗算を10個並列でできるか、と問われた。つまりそういうことらしい。想像できん。

 「魂」にはたらきかけるものともなれば魔王でも作るのが難しいらしく、件の魔法陣はかつて高度な技術を持った存在によって設置されたもので、たまたま魔王が見つけたのだとか。

 

 俺は魔法陣全体の模様は知っていたが、それが幾つのどのような魔法陣を重ねた結果生まれた魔法陣なのか分からなかったため使うことができなかった。それは魔王も同様なようで、先人の偉大さに感服するのみである。

 

「先人が真に立派であれば、世界は今このように荒れておらん。あまり信仰するのはやめておけ」

 

 とは、魔王の言である。もっともだ。俺の尊敬を返せ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「人間。勇者と魔王はどちらが先に生まれると思う?」

「トリと卵みたいな話か? あれってどっちが正解なんだっけ」

 

 城内でたまたま魔王に会ったので話をしていると、なにやら哲学的な質問をされた。

 研究所時代にそういう話大好きな同僚がいたんだよな……。俺は空想力があまりないから苦手だが。

 たしか、遺伝的形質の決定されるタイミングからして、卵が先なんだっけか。

 

「その話は知らんが……」

「ああ、すまん。でもまあ、魔王が先なんじゃないか? 魔王のいない世界の勇者ってなんだか想像できないけれど、勇者のいない世界の魔王はいそうだ」

「そうじゃな。実際、我が魔王であるなどとは他者が決めたことで、我が魔王でなかった時代もある」

 

 へぇ。つかこいつ、いつから生きてるんだろう。

 先代魔王がいたという話は聞いたことがない。それだけこいつが長生きなのか、そもそも先代魔王自体存在しないのか。

 魔王は、勇者によって封印されるもの。それでもなお、100年の後に復活する存在。それが俺たち人間の共通認識で、逆に言えば、それ以外のことはまったくと言っていいほど知らなかった。ともすれば、教皇くらい偉ければ知っていることもあったのかもしれないが、魔王に今直接聞いてしまったほうが早いだろう。

 

「お前はいつから魔王なんだ? まさか生まれた時からじゃあないだろう」

「いつか……明確な区切りはないが、強いて挙げるなら、人間と魔物が争いをやめるため、魔物側の旗頭として立ったときじゃろうか」

「今回の和平ではなく?」

「それよりもずっと前さ。人間が初めて国などというものを持った頃の話じゃ」

 

 そもそも国がない世界というのが想像できん。

 国ってのはどうやってできるんだろうか。領土とか誰が誰に対して決めてるんだ? 「ここ俺の陣地ね!」って先に言ったほうが勝ち? あぁでも、貴族ってのは建国時の主要メンバーの血統が多いんだっけか。アリアが言ってた気もする。

 何度人生を繰り返しても、その度に新しい知識が出てくるし、自分が随分と曖昧な土台の上に生きているものだと思い知らされる。

 「絶対」は絶対じゃない。どれだけ言い聞かせても、「絶対」の中にいる内は気付けないものである。ただ、自分の信じ切っていることにノイズを感じたら、それを追うことだけは忘れないようにする。それくらいしかできることはないように思う。

 

「当時の和平がどうなったか、興味はないのか?」

 

 魔王が小首を傾げる。

 興味はあるが、そもそも問う意味がない。ついこの間まで争い合っていたこと、それが答えだろうから。

 それよりも。

 

「それよりも……じゃあ、ニケが、勇者が死んでも、魔王は力を失わないのか」

「──あぁ、勿論」

 

 ……どうやら、将来的な人類の敗北は決定事項だったようである。

 

 

 

 


 

 

 

 

「なぁ人間。なぜ我の部屋で寛いでいる」

「我の部屋って……執務室みたいなもんだろ、ここ」

「だとしても、キサマにはキサマの部屋が与えてあるじゃろう」

「お前にあまりにも庶務をさせられるものだから、こっちにいた方が都合良いかな、と」

 

 某日。執務室で茶を飲む俺に魔王が溜息をつく。

 魔物たち……魔王軍とでも呼ぶべき軍団には、どうやら本格的にブレインが足りていないらしい。

 

「お前を手伝えるのが一人もいないってヤバくないか?」

「いないわけではない。が、そういう者には前線など地方で動いてもらう必要がある」

「結果中央がお前一人になるって……」

「睡眠が必要ないから、意外と時間は余るぞ」

 

 まあ俺と喋ってる時間があるくらいだし本当なんだろうけど……。

 あるいは、そもそも組織というものが魔王軍内部にハッキリと存在していないから、戦いの時の指揮さえできれば問題ないのかもしれない。元騎士団勤めとしては想像の外の世界の話だ。

 

「てか、食わない寝ない、死んでも復活するって、お前本当に生物かよ」

「エロいことはできるぞ」

「マジか」

「マジだ」

 

 じゃあ生物なんだろうか。

 けれど、俺は知っている。世の中にはとんでもない変態が存在するし、非生物に興奮する奴なんてごまんといる。五万いたら困るな。

 ともかく、非生物とでもエロいことができる人間は存在するのだ。ならば、このエロいことはできると言う美少女だって、もしかすると非生物なのかもしれない。

 

「人間は度し難い一面があるな」

「探せば魔物にもいるだろう。しかし、魔王ともなればやっぱりエロいこと仕放題なのか?」

「仕放題じゃろうな。だが、自分が勝ったら嫁になれと挑む輩はいても、全員返り討ちにしてきたから実のところしたことがない。逆に、キサマこそ何人も妻がいたのならエロいこと仕放題じゃったろう」

「仕放題だったな。うん、仕放題だった。…………仕放題だったな」

 

 特に、絶望に打ちひしがれているときほど人は単純な快楽を求める。

 だから、俺は弱いのだ。そのくせ妙にしぶといから、楽になることもできない。

 

「話を戻すが……、神を喰らったことがあるから、もしかすれば、我は生物の域を超えているやもしれんな」

「はい?」

 

 魔王が涼しい顔で言い放った言葉に戸惑う。基本的に無表情な少女なので、涼しい心象かどうかは分からない。

 

「古代には、神を名乗る上位者が多く地上にいたからな。我はその内の死にかけていた一匹を喰らって、気付いたらこのような体質じゃ」

「上位者?」

「この世界には、我など比べ物にならないほどの力を持つ存在がいる。今はもう姿も現さないし、知る者も少ないが、だからこそ神と呼ぶほかあるまい」

 

 神っていうと、教会なんかで信仰されている、俺にとって役に立たないアレのことしか分からない。

 魔王の言うソレは、きっとまた別の存在だ。分かりやすい呼び方をすると「神」と呼ぶほかなくなるだけで。

 

「いいや、もしかすると変わらないかもしれないよ」

「魔王?」

「……すまん、気にするな。じゃが、キサマらの神も、我が喰らったアレも、今となっては空想上の存在ということに変わりないさ」

 

 まあ、空想上の存在であってほしいね。

 実在しているというなら、一発殴ってやりたい。けれどそれは土台無理な話であるし、ならば存在しないほうがありがたい。

 

 

 

 


 

 

 

 

 平和条約と言うよりかは、休戦協定。

 魔王と人間の王の間でなされた和平はそのようなものだ。

 

 そもそも、文化的な発展の度合いがまるで違う。人間の社会が王都を中心として商業に農業、その他芸術家まで細分化されているのに対し、魔物が蔓延る領土のほとんどは、村というよりも生息地という呼び方のほうが似合う具合だ。

 魔王とて、人が想像する「王」というよりはむしろ、生態系の頂点に君臨する絶対者という立場なのだ。それに魔物が従うのは「強いのが偉い」という思想のためであり、気に入らないことがあれば殴り込みに来る。

 

 そんなわけで最近の魔王の仕事は、もっぱら和平に納得行かない魔物をシバくことに終止している。

 人間が国力の増強に努めている横で、魔物たちは喧嘩に明け暮れているというわけだ。

 

 人間と魔物の間に争いはなくなった。

 野生動物レベルで知性のない魔物は魔王の管理から外れているから、領土の境界付近では戦闘があるらしいけれど、カテゴリで言えば狩りみたいなものだ。

 

 けれども、争わないということは、仲良くするという意味では決してなかった。

 お互いに関わらない。握手も、挨拶も、言葉も覚えない。

 俺からすれば、目的には沿っているわけで問題はないのだけれど。

 

 人間は魔物がどう過ごしているかを知らない。

 当然、魔物も人間がどう過ごしているか知らない。

 端的に言って、その平和は気味が悪かった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 そして、驚くほど簡単に、和平は破棄された。

 

 

 

 


 

 

 

 

 なんなんだよ。

 

 なんで、そんな。

 

 そりゃ、よく分かんねえ奴が隣で生きてたら怖えよな。

 自分とチガウ奴と手を取り合うなんて恐ろしくてたまんねえよな。

 

 見た目が違う。

 言葉が通じない。

 そもそも考え方が違う。

 ──いままで散々殺し合ってきた。

 

 じゃあそれ、生きてるあんたら自身よりも大切なことかよ。

 大切なことなんだろうな。

 誰かの命なんかよりよっぽど、自分が安心して過ごせる日々が。

 

 命は平等じゃない。自分の命の価値は高いし、大切な人の命の価値は高いし、どうでもいい人の命の価値は微塵もない。

 だから俺も、人間を売ったのだ。

 

「全部救うなんて、無理なんだから」

 

 そもそも、「救う」なんて言葉が烏滸がましい。

 

「もう、分かんねぇよ」

 

 人間に、魔物に、関われば関わるほど、惨めになる。

 だって、どうしようもない。俺の言葉になんて、大した力もない。

 

「いや、違うか」

 

 そんなまともなこと思ってなんかいない。

 俺はそんな立派な人間じゃない。

 

 お前ら、勝手に争ってんじゃねえよ。

 殺し合ってんじゃねえよ。憎み合ってんじゃねえよ。

 んなことしてる暇あんなら俺を救えよ。

 お前ら全員、下らねえことで小競り合ってんじゃねえよ。

 

 それを本心から思っている。

 だから、俺はこの世界で最も浅ましい人間のひとりだ。

 

 それだけを語った俺に、魔王は一言問うた。

 

「他に言い残すことは?」

「ない」

「そうか。次の人生は、上手く死ねるといいな」

 

 

 

 


 

 

 

 

 先に戦線の火蓋を切ったのがどちらだったのか、本当のところを俺は知らない。

 

 人類は魔物が先に襲ってきたと主張し、魔物は人間が軍を投入したと主張した。

 

 おそらくは、人類側が先だったのだと思う。けれども、それを予期していたかのように、魔王は見事なまでに迎え撃った。

 俺が結んだ和平など、端から期待していなかったのだろう。

 結局、争いは混戦となり、俺が知っているような戦争の流れに段々と近づいた。

 

 知っている運命を、成り行きに任せるわけには行かなかった。

 イリスのことを救わなければならなかった。救った。救えたはずだ。彼女にとっての救いとは果たして何だったか。

 彼女を襲った魔物たちをぐちゃぐちゃにして、温かい血に塗れて、死骸の中に見知った顔を見つけた。

 

「何も、わかんない」

 

 そう呟いて自殺した。死んだつもりの俺の目の前には、魔王がいた。

 彼女が俺に施した自殺防止の魔法は、ただ食い止めるだけでなく、同時に俺を彼女の元へ召喚する効果があった。

 彼女はいつもと変わらぬ冷めた目で、頭を抱えてうずくまる俺を眺めた。

 

「誰にも死んでほしくないんだ」

「ああ。その手で、我が同胞を沢山殺したな」

「どうしてみんな争うんだ」

「お前が一番知っておるじゃろう」

 

 そこから、浅ましく救いだの命の価値だのを語って。

 最後には、彼女の手で首を落とされた。

 

 温情か、同情か。ほとんど痛みも感じないくらい、綺麗にスッパリと。

 ものすごい気持ちが楽になった。

 

 全部どうでもよくなった。

 

 

 

 

*****

 

11.

 

 

 気が付いたときには、赤子になっていた。

 

 言葉が話せなくなった。

 息が上手く吸えなくなった。

 

 なんだ。鬱期か。

 

 いいや、じゃあ、このままで。

 

 どうせそのうち、元気になる。

 勝手に立ち直れる。悩もうが悩むまいが、いつしかどこかに希望を見出して、前へ歩こうだなんて決意する。

 

 壊れたら直るしかない。世界は俺に壊れたままでいることを許さない。

 何にも意味がないって分かっていたって、いつしかどこかに意味を見出して、それを(よすが)にまた飽きるまで生きるのだ。

 

 限界を迎えそうなのは分かっている。

 でも、俺は、その迎えた先の世界を知っている。

 限界を迎えて折れたとしても、その先が続く限り、必ず修繕される。

 それに絶望しても、またいつか。

 壊れるのは簡単だ。けれど、壊れたら直るしかないのだから、俺は絶対に壊れる寸前でこらえる。直るくらいなら、「壊れそう」を維持するほうがマシだ。

 

 声を出して嗚咽したいというのに、喉は言うことを聞かない。

 音を出すことを、世界と関わることを本能が拒否するのだ。

 関われば関わるほど、辛くなるのだから。

 

 助けて。

 

 そう呟くことすら、今は許されない。

 だというのに、なぜ。

 

 

 

 

「──助けようか、人間」

 

 

 

 

 ここにいるはずのない少女が。

 

「長い物語も、ここで終わりにしよう」

 

 復活も迎えていないはずの彼女が、なぜ現れたのか。

 

 

 

 


 

 

 

 

「このような愛い赤子が筋骨隆々の戦士になるなど、想像もつかんなぁ」

 

 突如我が家に現れて、暴虐のごとく俺を連れ去った魔王は、暇をつぶすように俺の頬をつついた。親父やお袋がどう思うかなんてことは考えていないように見える。あるいは、人攫い程度のありふれた不幸は気にするまでもないという姿勢なのかもしれない。

 赤子の俺に取れる意思疎通など頷くか首を振るくらいのもので、ほとんど状況を理解できていない。

 

「我の言葉が理解できているのなら、人間、首を縦に一度振れ」

 

 その指示に従い、コクリと一度頷く。

 

「よし。キサマは我に首を刎ねられて、11度目の人生が始まった。間違いないか?」

 

 もう一度頷いた。

 

「それでは、キサマが死んだ後の『それから』について話すとしよう。赤子に無理は言わん。気の遠くなるような長い話じゃから、眠くなったら眠るがよい」

 

 そう言って、魔王は俺が死んだ世界の話を始めた。

 流石にもう死に戻りたくない。その想いの、向こう側の話を。

 

 俺を殺した後、魔王は俺の遺骸を喰らった。その意図するところについては、初め語らなかった。

 俺が最後に果たしたイリスを生かすという仕事は、他の回と同じく人類側の勝利に著しく貢献したらしく、その戦争において魔王はニケに倒された。当然、死んだわけではないが。

 

 倒される度に耐性をつけて蘇る魔王は、その後数度の戦争を経て、遂にどんな能力を持つ勇者にも負けることがなくなった。

 そうして訪れたのが、魔物の時代である。人間は奴隷としての扱いを受け、人間よりも数段遅い歩みで養われていた魔物たちの文化も、次第に花開いていった。

 科学的な考え方も培われ、倫理観や哲学もだんだんと変わっていく。

 

「するとなぁ、不思議と、人間にも権利を認めるよう主張する者が出てくるのじゃ」

 

 最初は異端とされたその活動も、100年200年と時が経つ内に広まっていき、妥当な考え方ではないかと思われるようになり、遂には人間を奴隷として扱うことが禁じられた。

 その頃の人間といえば、過去の栄光も忘れ去られ、魔物の言葉を話し、違いといえば見た目程度のものしかなかったのだ。種族的な差は、力か知恵かといったもの程度。

 

 そうして、差別、怨恨、様々な問題を残しながらも、平和は成った。

 

 発展する技術は魔法すら科学し、500年ほど経つ頃にはその成長速度を異常なものとしていた。魔王曰く、人々の認知すら超える瞬間、技術的特異点というものに達そうとしていたらしい。

 達したか、達していないか。その判断は人にはつかない。ただ、「時間遡行の技術が開発されてからしばらくして、酷い戦争が起きた」と魔王は言った。

 そうして、発展した文明は、今の俺達の時代程度のものまで後退した。

 それが3度繰り返された。

 

「なぁ、どうして我が何もしなかったと思う?」

 

 魔王は顔を伏せて呟いた。

 赤子の俺から見ても、その姿はひどくちっぽけなものに見えた。

 

「自由に過去に戻れるというのなら、どうして何もかも思いのままにしなかったと思う?」

 

 俺は黙って見つめることしかできなかった。

 抱き締めたくなるような弱々しい少女に、この身ができることはなかった。

 

「したんじゃよ、我は。何もかも自分の都合の良いようにした。キサマが生まれることすら捻じ曲げた。世界を掌握したし、半恒久的な平和も実現した」

 

 吐き捨てるように言う。

 そこには誇るような態度の一切もなく、まるで罪を告白する盗人のようであった。

 

「それで、どうなったと思う」

 

 もしも、魔王が何度も過去に戻ったというのなら。

 

「キサマなら分かるじゃろう。……いや、キサマにしか分かるまい」

 

 その先に待ち受けているものは、優に想像できた。

 

 

 

 

「──なぁんにもなかったんじゃ。そこには」

 

 

 

 

 何も待ってなどいない。震えるほどの孤独だけが残る。

 だってそれは、不死性など関係のない、「生」の放棄であるから。

 

 せめて何か、と思い、俺は彼女の指を握った。

 それに気付いて小さく微笑み返す少女に、初めての笑みを見せる彼女に、魔王がそれだけ変わってしまったということを実感した。

 

「なぜ、神が、上位者共がこの世界から去ったか。あるいは、どこにも存在しなくなってしまったか。……きっと、孤独に耐えきれなくなって、死んじゃったんじゃないかなって思うんだ」

 

 魔王の口調からは威厳が失われ、俺の目の前にいるのは、もはやただの少女であった。

 

「この世界はつまらない。この世界には意味がない。こんな世界で生きるのなんて嫌になる。だから死んじゃおって思って……、キミのことを思い出したんだ」

 

 この世界はつまらない。

 この世界には意味がない。

 それは、そうかもしれないけれど。

 

「キミに出会った頃は、稀有な体験をしている人間って、そんな風にしか思ってなかった。……でも、違うね。独りで歩む人生は、こんなにも苦しいんだ。これでも、当時も何かしら助けてやろうとは思ってたんだよ? だから死んだキミを食べて、私の一部にしてあった。それが功を奏してね、今こうして、君の死に戻り先にやってきたんだ」

 

 魔王はクシャリと笑った。

 寂しさと優しさの詰まった悲しい笑顔だった。

 

「──助けてあげるよ、人間。キミの魔法的な遺伝情報を書き換えてあげる。それでキミが死ぬのを見送ったら、私も死のうと思う」

 

 突如現れた野生の魔王によって齎されたのは、その宣言通り、長い物語の終幕であった。

 求めていたものを前にして、俺はひどく、体のどこかが渇いているような気がした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 20になった。

 魔王との二人での生活は、魔王城ではなく、どことも知れない山奥でひっそりとしたものであった。

 

 少年にまで成長した頃にようやく、魔王は俺が失声症を患っていることに気が付いた。

 

『まあ、治るまで気長に待とうではないか』

 

 魔法で治せるのではないか、筆談だってできる。そんな風に思ったが、魔王は随分と気長な性格になったようである。

 

 俺は俺で、与えられたチャンスを受け入れることができないでいた。

 だって、俺はもっと、発見と発展を繰り返して、命が果てるギリギリに解法を見出して、達成感なんかを味わいながら死を受け入れるものだと思っていたのだ。

 それが、死に戻ってすぐに「いつでも言えば終われるよ」なんていう状況になったのだ。

 こんな呆気なくていいのか。そう思った途端、足がすくんでしまった。

 

 死ねるようになった瞬間、死に方を選ぶようになったのである。

 

「なあ、人間。何を悩む? この世界には意味などないのじゃから、どんな死に方にも違いはないじゃろうに」

 

 確認を取るように魔王が問うた。

 特段、答えは求めていないようであった。

 

「……俺、は」

 

 掠れた声が出た。

 ほとんど生まれてから初めてとも言える発声は、か細く、汚く、聞くに堪えないものであった。

 けれど、魔王はその続きを興味深そうに待った。

 

「俺は、さ……」

 

 前回の最期。「何も、わかんない」と言って、俺はぐちゃぐちゃになった思考回路を無理やり止めた。

 自分が何を救いたいのか分からなくなった。

 イリスを救うことの意味を初めて疑問視した。

 そんな自分に気が付いて絶望した。

 もはや、自分自身を救うことすら不可能だと気付いた。

 だけど、それでも。

 

「俺は、幸せになりたい」

 

 言葉にしてしまえば、ありふれた、誰もが思っているようなことだ。

 自信満々に言えば、何を当たり前のことをと困惑した目で見られることだろう。

 

 けれど、違うのだ。

 なぜ人は幸せを追い求めるのか、という問い。

 それはきっと、間違っている。

 

 人は、幸せを求める必要なんてない。

 それは、全然当たり前のことなんかじゃない。

 だって、この世界に自然に与えられる意味なんてないんだから。

 

「魔王、この世界に意味はあるよ。それは、俺達が自分で世界に与えるものだ」

 

 当たり前のことなんて、全然当たり前じゃない。

 

 言え。叫べ。声に出せ。

 一度だって本気でそれを願ったか。渇望して叫んだか。

 

 思っているだけのことなんて。口に出せない願いなんて。

 誰かに伝えることを恥じらうのならば、それはまだ偽物だ。

 

 俺は、俺だけは本気で願うのだ。

 

「俺は、幸せになる」

 

 かつて、俺を幸せにしてくれた人達がいた。

 その幸福すら塗りつぶそうと、世界は絶望を与える。

 

 それを乗り越えるには、どうすればいい。

 俺にとっての幸せは一体何だ?

 

 それが分かるまで、この物語を終わらせるわけにはいかない。

 

「一人では死に戻りすら乗り越えられん人間が、本当に幸せになれると思うか?」

「なれるとか、なれないとかじゃないんだ。なる。それをいま、俺の根っこに据えた」

 

 幸せになりたい。

 「生きて」みたい。

 「死んで」いたくない。

 

 ぼんやりと思っていた。

 死に戻る度にそのことについて思いを巡らせた。

 けれど、それじゃあ足りない。

 声に出して。世界にぶつけて。大気を吐息一つ分震わせて。

 

「俺は幸せになるよ、魔王。それが俺の、世界に与える意味だ」

「……キサマの幸せも、意味も、意思もすべて、数千年の後には何もかもその意味を失うのじゃぞ。この世界は広い。(そら)は果てしない。けれど、何もない。キサマも我も巨大な情報の海に漂う塵のひとつで、塵がどれだけ変わろうと何の影響もない」

 

 きっと魔王は正しい。

 彼女は正しく絶望している。

 

 最果てまで覗いてきて、その上で何もないと絶望するのならそれは真実なのだろう。

 

 だから、絶望するなとか、希望を持てとか、お前も幸せになれなんて言葉は、ただの押しつけでしかない。

 

「……けどさ、悔しいだろ。このどうしようもない世界で、どうしようもないからって絶望して、絶望を理由にして死んでたら、悔しいだろ」

「それはきっと、キサマが『強い』からじゃよ。悔しさなど残っておらん。あるのは、諦めにも似た自嘲だけじゃ」

「俺は、強くなんてないよ。しぶといだけだ」

「いいや、強いよ、強い。そのしぶとさこそ、強さと呼べる。だから、弱き者のことを想像できない。……よかろう。キサマが幸せになるのを見届けたら、すべてを終わらすとしよう」

 

 それは。

 それが、彼女の選択だというのなら。俺が口を出せることなんてないのだろう。

 

 諦めてしまった姿は、あまりにも悲しいものであるけれど。

 

 

 

 


 

 

 

 

「まずな、美味しい飯が幸せの第一条件なんだ」

「そうか」

 

 俺がそう言うと、魔王は指をパチンと鳴らした。

 美しく彩られた、王城でしか見ることのないような豪勢な食事が現れた。

 

「……んまい」

 

 絶品である。

 なんか……、なんか違う気がするんだけど……。

 てか今日までの食事ってもしかして全部こうやって用意されてた?

 

「しょ、食事の他には、安心できる寝床とか」

「なるほど」

 

 指パッチン。

 なんかめちゃめちゃフニャフニャしたベッドが現れた。に、人間工学?

 

「だめになるぅ……」

 

 体が溶け込むかのような寝心地である。

 なんか……、うん、凄い寝やすそうなのは分かるんだけど、なんか。

 

「あとは、適度な娯楽?」

「ふむ」

 

 指ン。

 謎の箱が現れた。え、分からん。何これ。げぇむ? なにそれ。

 

「ボタンが多い……!」

 

 操作が分からなかった。キャラクターを動かすところまでは良かったが、すぐ死ぬ。俺より死ぬ。とても業の深い遊戯である。

 

 未来人マオマオは「これで幸せか?」と問い、俺は首を捻った。

 

「とりあえず、あれだ。魔法を禁止にしよう。そこからな気がする」

「……しかし、そうすると食料も用意しなければいけなくなるし、家だって老朽化に備える必要が出てくるぞ?」

「一時期は農民やってたんだ。土いじりは得意さ。家だって、古くなったら修理するよ」

 

 そうして、少しずつ魔王の魔法に頼らない生活へとシフトしていった。

 不便そうにするかと思っていたが、生活の機微に頓着しなくなっているらしく、魔王は平然とした態度で俺が畑を耕すのを眺めていた。

 

「……んまい。生っぽいが」

「ああ、美味いな」

 

 初めての収穫物によるシチューは、魔王が魔法で出したものよりずっと劣るけれど、どこか懐かしい味がした。

 

「農家を見るのは初めてかもしれん」

「俺別に農家じゃないけどな」

「畑で何かしているのは知っていたが、こうして目の前で一連の仕事を見たのは初めてだ」

 

 生物離れした体質の魔王サマは、存外、生き物の営みというものを深く知らないで生きてきたようである。

 まあ、必要なければ知ることもないよな。俺も、漁師が何やってるかとか知らないし。

 

「寝床はまあ、多少固いけどしょうがないよな。家の中で寝れるってだけで上出来だ」

「屋根がそんなに大切か」

「そりゃまあ」

 

 フム、と顎を押さえた魔王は、しばらく考え込んでから俺の手を引いて外に出た。

 少女の手の小ささに一瞬ドキリとし、続いてその温度がほとんどないことに気が付いた。こういうところも生物離れしてるんだな、魔王は。

 

 芝の上に座り込んだ魔王は、ポンポンと自分の太ももを叩いた。

 HIZAMAKURA?

 

「待て」

「芝の上で眠るのは気持ちが良いと、黒騎士が昔言っていた。枕代わりにはなるじゃろう」

「いや待て」

 

 そんな真面目な顔で提案されても困る。

 というか、心の中の嫁達が「浮気?」って聞いてきている気がする。

 

「なんだ、お前、俺のこと好きなのか」

「唯一同じ苦しみを知っている者同士じゃからな。協力は惜しまぬつもりだ」

 

 うーん……。これは……。

 多分、人として好きってやつだ。ラブじゃなくてライク。つまりセーフ。

 俺も別にこいつのことラブじゃないし、膝枕されてもセーフ。浮気じゃない。

 

 それじゃあ失礼して……、あっ、柔らかぁい……。

 

「寝心地はどうじゃ」

「正直、畏れ多くて落ち着かん」

 

 魔王の膝枕である。自分の首を瞬時に吹き飛ばせる存在の膝の上である。断頭台か?

 まあ、よく考えたら、膝の上であろうとなかろうと首はいつでも飛ばされうるのか。ならいつもと変わんないな。

 

 いつもと変わんない状況で、柔らかな感触に頭を包まれて、風のそよぐ芝の上。

 柔らかな日差しに、意識はたちまち蕩かされた。

 

 

 

 

「こやつ、寝おった……」

 

 

 

 


 

 

 

 

「なぁ、ここって地図で言うどこなんだ?」

「聖女が気になるか」

 

 なんで分かるんだよ。

 

 日々を過ごしながら気になっていたのは、結局、俺がどうにかしなければイリスが傷付けられるということであった。

 逆に、無邪気に、何も考えずあの場の魔物を殺すことが、本当に俺のするべきことかどうかも分からなくなってしまったが。

 

「復活するはずの我がおらんからな。もしかすると、戦争自体ロクに起こらないかもしれんな」

「え」

 

 イリスを殺すための計略を練ったのは魔王だ。だが、こうして俺の死に戻り先へやってくるために、彼女はこの世界で生まれるはずだった彼女の存在を上書きしたのだという。実際にはもう少し複雑らしいが。

 そも、戦いを率いる彼女がいなければ、戦争にならないかもしれないとのこと。

 では何になるのかと言えば、力を蓄えた人間による、魔物たちの領土への侵攻と虐殺だろうが。

 

「お前は、いいのか。魔物は仲間だろう」

「考え方が変わるんじゃよ。我がいようがいまいが、千年後の世界はほとんど変わらん。一万年後にはすべて消え失せるじゃろう。我はもう、この世界にいたくない。我がいた証拠すら消し去りたい。意思を残すことを望まない」

 

 その気持ちはよく理解できた。

 魔王は、この世界に生まれたことすらなかったことにしたいのだ。

 俺がそう思えなかったのは、この世界で生きたいと思ったのは、それでも大切な人達に出会えたからだ。

 

 ……ああ、そうか。

 

 だから、彼女の姿はとても悲しく見えるのだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「それで、幸せにはなれたのか」

 

 35。魔王が倒され、戦争が終わるはずの年になって魔王が問うた。

 不思議と鳥獣に好かれる魔王は、小鳥に餌付けをしている。最近は農作業も覚え、手伝ってくれている。

 ちなみに、俺も鳥獣には好かれる。長生きが秘訣なのかもしれない。

 

「どうかな」

 

 結局、戦争は起こらなかった。

 人間は首を傾げて、その後、先代の勇者を大きく称えた。

 

「分からないけどさ、だから、確かめに行こうと思うんだ」

 

 この年になっても戦争が起こらないのなら。

 あの大規模作戦が無くなるのなら。

 

 その時、俺と彼女達の繋がりは途絶える。

 関わる必要がなくなる。赤の他人になる。

 

 そうしてやっと、俺は最後の人生を、一度きりの人生を歩むのだと思った。

 

「魔王も、来ないか。一緒に」

「ふむ。よかろう」

 

 とっくに死を受け入れていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「やぁ、あなたも祝言に?」

「ええ、めでたいことですから。遠くから駆けつけてきましたよ」

「一言でも、聖女様と言葉を交わせるなど一生モノの思い出になりますからね。おや、お連れは奥様ですかな」

「はは、まあそんなところです。九生の思い出に、ケリを付けに来ました」

 

 聖女の出産が無事成功した。赤子は女の子であるから、次期聖女だ。

 国はこれを祝うために祭りを開き、一定額以上の祝儀を送った者へは聖女と話す機会を設けた。

 

「二度目に時計が鳴ったら終了です。初めは挨拶からお願いいたします」

 

 注意事項を受け、壮年の男とその幼妻は入室していった。

 一足先に聖女に挨拶できる二人の背中を、男は羨ましげに見送る。

 

「はじめまして、聖女様。この度は、ご出産おめでとうございます」

「ええ、ありがとうございます。沢山の方に祝っていただけて、本当に嬉しいです」

「はは、それにしてはややお顔が優れないようだ。連続して初対面の人と話すのは疲れるでしょう、私は手短に終えさせていただこうと思います」

 

 肉体的な疲労は魔法で癒やすことができる。だというのに、精神面での疲労を顔色から読み取った男にイリスは驚いた。

 

「凄いのですね……。お医者様でしょうか?」

「まさか、そんな大した者ではありません。……ただ、このくらい分からなければ叱られてしまいます」

 

 誰に、とは言わなかった。

 けれど、自分を見つめる眼差しがとても柔らかくて、大切な人を思い浮かべているのだろう、とイリスは悟った。

 

「色々話したいことはあるけど、言いたいことは一つなんだ」

 

 口調を変えて、どこか親しげに男は微笑んだ。

 それがどこか懐かしくて、イリスは動揺した。

 

「──ありがとう。キミに逢えてよかった」

 

 今まで、何度もお礼を言われたことはあった。

 治してくれて、守ってくれて、助けてくれて、生まれてきてくれて。

 

 言われ慣れていた。

 

 顔も知らぬ相手に突然お礼を言われても、その理由はなんとなく予想がつくし、笑って返した。

 当然嬉しかったはずだけれど、初めて誰かに感謝されたときよりずっと、その喜びは弱くなっていた。

 

 ただ、この人のお礼だけは理由が分からなくて、意味が分からなくて、困惑と、動揺と、言葉にならない何かが混じって、途端に涙が溢れた。

 

「──え、……ごめっ、なさ……。なんで……。そんな、ごめん、なさっ……、泣くつもりなんて、なかったのです……!」

 

 ぽろぽろと流れ落ちる宝石に、その場にいる誰もが固まった。

 いや、ただ一人だけ、困ったような笑みを浮かべていた。

 

「泣かないで、イリス」

「泣いて……っ、ません……っ、これは、ちょっと、驚いた、だけです……!」

「はは、やっぱり強情だ」

 

 ぽんぽん、と頭を撫でられた。

 少しも不快に感じなかった。

 けれど、涙はより一層湧き出た。

 

「ぶ、無礼者!」

「あ、やべ」

 

 聖女の頭に触れた男は、当然警備にしょっぴかれていった。

 相も変わらず、困り顔のままで。

 

「あの馬鹿者め……。聖女、愛されておるな」

「訳が分かりません!」

 

 呆れたような顔をして、男の連れはのんびり退室していった。

 時間は優に余っていて、次の挨拶が来るまでの時間、イリスは自分を落ち着かせるのに終始するのであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 無礼な男を叩き出そうとしたアグライアは、その体幹の強さに驚いていた。

 この程度の男、振り回せるものかと思っていたのだ。だというのに、引き摺るどころか、男が自分の意志で動かなければ部屋から連れ出すこともできなかった。

 

「……なぜ、素直に追い出された」

「いやあれは俺が悪いよ。一般人が聖女を泣かせて頭撫でたんだ。祝いの最中でもなけりゃ首刎ねていいと思う」

 

 当然、という顔で男が答える。

 そのトンチンカンな態度に、アグライアも困惑してしまう。

 

「それにさ、こうしてお前とも話す時間が取れたし、むしろ追い出されてよかったんだ」

「……? なんだ、実力者かと思っていたが、卑劣な悪漢であったか? 私の権限であれば、今ここで貴様を斬り殺すこともできるのだぞ」

「うるせえクソ教官。悪漢殺す暇があるなら、弱すぎるケツ穴鍛えとけ」

「分かった。今殺そう」

「待って待て待て待て待って下さいごめんなさい出来心だったんです!!」

 

 言い訳を聞くつもりはなかった。

 神速で引き抜かれた直剣は、常人ならば反応できない速度のまま男の首が存在していた場所を通過する。

 だが、そこに手応えはなかった。

 男はアグライアの剣を躱し、そのまま土下座したのである。

 

 躱した上で己の尊厳を投げ捨てるその行為に苛立ちが募り、しかしここでもう一度この男を殺そうとすることは、もはや自分の剣の価値を下げる行為であると考え納刀した。

 

「何なのだ、貴様は。無礼の権化か? 今なら見逃してやるから、さっさとこの街を出ていけ」

「一つ訂正させてくれ」

「なんだ」

「クソ教官じゃなくておクソ教官だった、すまん」

「分かった。今殺──」

「──ごめんなさい!!」

 

 いや、やっぱ殺しておいたほうが世のため人のためなのではないだろうか。

 アグライアは長く逡巡してから、もう一度だけため息と共に納刀した。

 

「……なんてな。懐かしくてつい、調子に乗った。本当にすまん」

「懐かしい? 初対面だろう」

 

 男は何も言わず、穏やかな瞳を浮かべていた。

 それが気持ち悪くて、しかし、それ以上にこのやりとりに自分まで懐かしさを感じてしまっていることが気持ち悪くて、アグライアはそっぽを向いた。

 

「おいおい、人と話すときは相手の目を見るもんだぞ」

「……ぐっ、正しいが、貴様に言われると無性に腹が立つな」

 

 もはや、初対面だとは思えなくなっていた。

 が、その目を見つめ返して、後悔する。

 

「──ありがとう、アリア。お前のおかげで笑えるようになった」

 

 顔が熱い。よく分からないけれど、これ以上この男と一緒にいたくない。

 

「……っ、もういい! 早く出ていけ!」

「はいはい。……あ、お前、マジで急がないと行き遅れるからな。今年の内に相手見つけといたほうが──」

 

 うん。

 顔が熱いのは怒りで、一緒にいたくないのは不快感からだ。

 殺そう。

 

 

 

 

「どうした、人間。土に埋まるのがお前の幸せか?」

「……女の婚期は、触れたらいかんな」

「それはそうじゃな」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 雪が舞って、花が咲い、若葉がざわめいて、すべて散った。

 

 月明かりを集めて唄にして、時折り清流に足をさらす。

 

 揺蕩う雲を数えては風を食み、青草に横たわっては微睡んだ。

 

 幾人かの知己と初めて出会い、ただ一人記憶を噛み締める。

 

 それは物語と呼ぶにはあまりに寂しく、淡々と為される確認事項のよう。

 

 けれどもそこに孤独はなく、隣にはいつも人がいた。

 

 気付けば顔に刻まれた皺も増え、私ばかりが立ち止まっている。

 

 

 

 

 そうしてキミは満足気に、勝手に死んでいった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「少年」

 

 呼び止められて、思わず立ち止まった。

 涼やかで、ずっと聞いていたくなるような声だった。

 振り返ると、大人びた黒髪の女の子がいた。18よりは若いだろうか。

 年上の美しい女性との会話に緊張しながら、子供はハイと元気よく返事した。

 

「キミはいま、幸せかい」

 

 初対面でかけられる質問ではないことに少年は戸惑った。

 怪しい宗教の勧誘かもしれない。そうでないにせよ、こんな綺麗な人と話していて不幸な訳がないから、少年はもう一度ハイと返事した。

 

 そう答えるなり、女性はニコリと微笑んで立ち去った。

 角を曲がった女性を慌てて追いかけて、その先には誰もおらず、少年は首をかしげるばかりであった。

 

 

 

 

「──上手く死ねたんだね」

 

 

 

 


 

 

 

 

 首をかしげる少年を眼下に捉えながら、最後の会話を振り返った。

 

『本当はさ、多分。お前が赤子の俺の元に来てくれたとき、その時もう死んでよかったんだ』

 

 会話と言っても、ほとんど一方的なものであったけれど。

 あれだけうじうじ悩んでいたくせに、人間は最初から答えは出ていたと話した。

 

『だってさ、俺の幸せは、一緒に歩いてくれる誰かがいることだったんだから』

 

 いつか、彼が語っていた。

 人は、歴史の共有ができなければ生きてゆくことができない。

 たったひとりでは存在証明ができない、どこまでも弱い生き物なのだと。

 

『お前は、恋人じゃないし、友達でもないし、仇敵ってほどいがみ合ってもいない、なんて名前をつけたらいいか分からない関係だけどさ』

 

 そう前置きをしてから、人間は明朗な笑顔を浮かべた。

 

『それでも、俺と一緒に歩んで(死に戻って)くれた。それで十分だ。ありがとう、魔王』

 

 何もかもを得て、その度に何もかもを失って。

 そうやって彼が最後に望んだのが、もう何もいらないから、ずっと(・・・)隣りにいてくれる人なのだろう。

 それは、ありふれた存在のようであって、彼にとっては一番得難い存在であった。

 

『言ってしまえば、誰でも良かったんだ。一緒に歩んでくれる誰か。それが俺の幸せで、こんな最低で身勝手な願い、そりゃあ自力で気付けるはずもない』

 

 幾度となく重なった死に戻りを通して、何度も何度も自分という人間を見つめさせられて、どうにも彼には自己否定的な側面が生まれてしまっていた。

 自嘲して魔王に問いかける。

 

『軽蔑するか?』

 

 しないさ。

 よく分かるから。

 

『身勝手な願いだけどさ、魔王、お前にも幸せになってほしいよ』

 

 そう願う人間を見て己の幸せについて考えないというのは、魔王には些か難しいことであった。

 

『それでさ、最後にこう言うんだ』

 

 ざまあみろ、という副音声が聞こえてそうなくらい恨みをたっぷり込めて、男はニヤリと笑う。

 

『──愛してるぜ、世界』

 

 

 

 


 

 

 

 

 時が経った。

 

 あとしばらくもすれば、年も明け、また新たな一年が始まる。

 

 私は一人で歩いている。

 

 きっと、ずっと一人で歩いている。

 

 でも、色々な人と笑って話をしよう。

 

 色々な仕事をこの手でやってみよう。

 

 キミが教えてくれた、畑の耕し方のように。

 

 知らない人と知り合って、知らないことを知りにいこう。

 

 キミが願った私の幸せを探しに行こう。

 

 そうして、愛してるぜ世界、と言ってやろう。

 

 恨みと感謝をたっぷり込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 




対戦ありがとうございました。
後書き諸々は活動報告に投げておきます。
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