今一度自問する。
モンスターとは?ダンジョンに潜る俺たち冒険者や街で暮らす人々にとって必ず相対する絶対悪or人ならざる者を総称したもの。
「分からんなぁ…」
では逆の立ち位置から考えてみよう、人ってなんだ?と。人、群れを成しその欲をぶつけてくる者達。やられるからやり返すとすぐ被害者振る。食物連鎖の頂点に君臨するがその実感が無いのだろう、ベート・ローガはその点を重々理解しているからあの物言いになるのだろう。
「どうしたの?ハチマン」
「俺、冒険者向いてないのかなぁ」
モンスターを狩る冒険者としてあってはならない考えをしている。きっとベルや皆も同じ思いを抱いているのではないのだろうか?
「そーんな才能や武器を所持しているんです。そのつぶやきはここだけにしないと嫉妬に駆られた冒険者様に後ろから刺されますよ?」
「ハチマンだいじょーぶ?」
「あぁ、心配ない…」
リリルカに軽い忠告を喰らうがそもそもの悩みの種はベルの膝に乗っている彼女が原因なのだ。ウィーネ、珍しいとされるヴィーブルだけでは飽き足らずさらに珍しいであろう喋るモンスターときた。もしベル達と出会った時彼女を追っていた連中が諦めていなかったら厄介だな。消すのも手だな、どうせ汚いヒトなのだから…そんな奴らが死んだ所で悲しむ人なんかいないだろう。
「ハチマン?どうかしたか?」
ヴェルフが顔を覗き込んでくる。
流石ファミリアの兄貴肌、良く俺達を見ている。嬉しい反面ちょいとやりずらさを感じる。
「や、この後4人でダンジョンに潜るだろ?後衛の方に控えようかなって思ってな」
「珍しいですね、いつもは先頭で大暴れしてらっしゃるのに」
「俺だって病み上がりだから足引っ張るよりかは後衛に徹した方がいいと思ってな」
チクっと刺さる視線の方を見ると命さんがうんうんと頷いていた。これは彼女に以前に提案された俺が探索に同行する妥協案だ。
「確か19階層だよな、だったらサラマンダーウールを着た方がいいのか…ちょっと待っててくれな、赤のコートに着替えてくる」
部屋に戻るべく廊下を歩いていると後ろから後を追うようにヴェルフがやって来た。
「ヴェルフ、どうかしたか?」
「ハチマン…お前、今回も無理をするのか?」
隠し通せていなかった、いや、それなりに付き合いが長いのだ。これくらい見透かされるだろう、これが仲間ってやつなのかな。
「しなくていい無理はしないようにする。お前達に何かあったらヘファイストスさんやタケミカヅチ様やソーマに合わせる顔が無いし。それに俺は、ほら、頑丈だし傷の治りも早いからな…ただでさえ少ないファミリアの団員が減ったら俺だって悲しい」
だから、と言葉を紡ぐ。
「俺は俺に出来ることを可能な限りするだけだ」
そう、ファミリアのメンバーは勿論ウィーネも害から守り抜く。彼等彼女等の冒険にケチも邪魔も作られた舞台も要らない。
部屋に戻りクローゼットを開ける。目当てのものを取り出し紫のコート と取り替える。赤いコートを着ると何故かダンテさんを思い出す。『気楽にやればいいだろ?』とか今にでも聞こえそうだ、そんな場合じゃないのに。
「さてと、行くか」
「その前に!ハチマン様、18階層とは言え4人での探索ですのでこのリストのアイテムを買ってきて欲しいのですがよろしいでしょうか?」
「?、分かった」
「それでは1時間後にいつもの所で集合です!」
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俺を子供か何かと勘違いしているのだろうか。買い物なんて人混みの中でも針の穴を通すように歩ける俺には20分もあれば余裕である。
「……」
しかしやはり現状最も危惧するべきなのはこの不調がいつまで経っても良くならない事だ。
「いらっしゃ…ハチマン・ヒキガヤ…」
「ども…えっと、カサネさんと、ダフンドラさん?」
「ダフネとカサンドラ!!全く…人の名前くらい覚えなさいよ!」
やってきたのは【ミアハ・ファミリア】の店、カウンターの奥に人影を感じる。神威は感じないからミアハ様は居ないのだろう。…好都合だ。
「至急で頼みたい薬があるんです…レシピと金はここに」
そう言い1枚の紙と材料に大きな麻袋に入った金を渡す。所詮カジノでぼろ儲けした金だ。惜しくはない。
「わ、分かったよ」
金の多さに気圧されたのかダフネさんが奥に引っ込んでから暫くするとナァーザさんがすっ飛んできた。
「ハチマン…いくら何でもこれは受けきれないよ…」
「いいや出来ます、【調合】のスキルを持つ貴方ならば」
「こんなの…何に使う気?」
「自分以外に何があると?」
「だったら、尚更ダメ…」
「立派な医者気取りですか…だったらもっと金を積みましょう」
懐からさっきの金袋の一回り大きい袋を取り出す。
「いくらお金を積まれても…」
「ナァーザさん、そういえば今月の取り立てはもうそろそろでしたよね?」
「!?」
「ダフネさんやカサンドラさんがファミリアに参加して収入が増えた所で莫大な借金の前には焼け石に水…更に加えてミアハ様は店の品をばら撒き赤字続き。簡単な事ですよ…リスト通りの薬を渡してくれれば当分は借金に困ることも無い…ミアハ様との時間も増えるんですよ?」
それは彼女にとっての悪魔の囁きだった。ミアハ様に恋する彼女にとってメリットでしかないその条件は釣り針の無い餌と同意義だった。ポーションを薄めて定価の3倍の値段で売りに出してまで稼がなくてはいけなかった彼女はこれを受けざるを得ない。
暫く熟考したナァーザさんは店の奥に引っ込む。4〜5分した後戻ってきた彼女の手には箱があった。
「多用は厳禁…本当に死にそうな時しか使っちゃダメ。使用後落ち着いたら暫く休む事。それなら…渡せる」
「了解しました…勿論、自分の体なのでそこは分かってますよ」
箱を受け取り中身を見る。小さな小瓶が20個…中にはオレンジ色の液体が入っている。
「教えて、何をする気なの?」
「できる無茶をするだけです…」
そう残して店を後にする。
「ねぇナァーザ、【亡影】に渡した薬は?」
「………」
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「お待たせ、待った?」
いつもの噴水前でポケーっとしていると慌ただしく駆け寄ってくるベルを始めリリルカとヴェルフ、そしてリューさんとアイシャさんがいた。
「いや、全然…後ろの2人は?」
「今回の探索を円滑に進める為に頼んだら…」
少し胃をキリキリさせたリリルカの説明を遮る。
それ以上はいけない、ベルのヒロインレースは倍率が高いからね。
「まぁ、なんとなく読めた…それじゃあ、よろしくお願いします」
まったく、ベルも罪な男だな。
ダンジョンに足を踏み入れた俺たちは前衛に経験値を稼ぎたいヴェルフとベル、そのカバーにリューさんとアイシャさん。その後ろにリリルカと挟み撃ちにならないよう対応する殿の俺。
しかし後ろから来るモンスターは少なくヴェルフ達が率先して片っ端から倒してしまう。
「………」
後ろから見るベルの戦う姿は何処か辛そうでその理由は十中八九ウィーネにあるだろう。
気持ちは分かるがそれで死んでしまっては元も子もない。
「くっ…!」
ほら見ろ、攻撃が一瞬疎かになった隙にモンスターが攻撃を繰り出そうとする。
バァン!!
モンスターの脳天に穴が開き素材と化す。ベルが申し訳なさそうに見てくるが顎でクイッと前を刺し集中して探索することを促す。
「ベルさん、何かあったのですか?」
何かを察したリューさんが質問を投げかけてくる。
「さぁ…思春期なんじゃないんですか?成長が楽しみですね」
「はぁ…?」
ベルの変化を感じ取りながらやってきたのは18階層。ちょっと前までは死に物狂いでやっと到達したというのに…頼れる助っ人達のお陰もあるだろうが着々と『力』を得ている実感を感じる…いや、感じていたのだが今の俺の状況を考えると少しやるせなさを感じる。
「じゃあリリ、お願いね」
「かしこまりました!」
リューさんとアイシャさんを引き止める役のリリルカが既に営業スマイルで2人をリヴィラの街へ連れ込んで時間を稼ぐ。
「確かここ辺りで会ったんだよ」
深い森の中、ウィーネと出会ったと思われる場所で俺達は辺りを見渡す。やはりそう上手くはいかないか、と思いっていると木の影からフードを被った謎の人物が歩いてきた。
(冒険者か?)
「━━同胞ノ臭いがすル」
声を聞いた途端一斉に距離をとる。
「同胞ヲ攫っているのハ、貴方達か?」
「「「ッ!!」」」
獰猛な獣のような殺気をピリピリと感じつつ俺は言葉を選ぶ。
「…同胞?一体何の話だ」
「…いや、違ウ。血の臭いがしなイ。もしや、貴方達ガ、フェルズの言っていた方々ですか?」
必死で選んだ言葉も無視され麗しい女性の声をしたソレは次々と言葉を発する。
「貴方達ニ聞きたい。我々は共生できるト思いますか?」
その言葉で疑問は確証へと変わった。彼女も喋るモンスターだ。
「我々ハ、手ヲ取り合えるト思いますカ?」
「なっ…」
絶句するヴェルフとベル。
かく言う俺も冷や汗をかいている。
「貴方達ハ私達ヲ殺す。私達も貴方達ヲ殺す。…定め、なのでしょうか。わかり合えないのでしょうか?私ハ…日の光ヲ浴びたい。この閉ざされた奈落デはなく、光の世界で羽ばたいてみたイ」
そう言い彼女はフードを取る。それはウィーネと同じく整った顔立ちをしていた。
「分からない…俺達は殺さなくても他の奴らは殺すのかもしれない、アンタ達が殺さなくても他の奴は殺すかもしれない。答えなんて当事者達との間でしか存在しない」
1歩、彼女に近付くと釣られて彼女は1歩下がる。
「きっと、それも答えなんだ」
「そう、ですネ…貴方達ハ、何か違うような気がする…少シ、期待しています」
そして、両膝を深く折って屈んだ瞬間、彼女は跳んだ。宙高く舞い弧を描いて何処かに飛んで行った。
「冗談だろ…本当に、あいつ…」
「ウィーネと同じ…」
後ろにいるベルとヴェルフの声を聞きつつ地面に落ちた彼女の『羽』を拾い上げる。
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18階層から帰っている途中、5人組のパーティーとすれ違った。
赤い槍を持ってゴーグルをした男が先頭に立っていた。
「………」
ただの同業者に何とも思わず目線を前に戻すと明らかにベルが緊張していた。
(あぁ、あれがきっとウィーネを追っていた連中なのだろう)
そうと決まれば早速決行だ。
曲がり角を曲がって奴らの視界から外れた所でクイックシルバーを発動させる。
(こんな体じゃいつまでもつか分からない…)
時間との勝負だ、走って奴らの元まで向かいつつ幻影剣を構える。実体のある剣だと足が着いてしまいそうだからだ。
「1つ…2つ…3つ…4つ…」
断頭、四肢切断、胴体分断、縦二分割…惨い殺し方をしていく。できるだけモンスターの仕業に見せかけるように。
「最後だっ…うぅッ!!?」
全身が刺されるように痛む。頭は鈍器で何度も叩かれ脳みそを鷲掴みされたような感覚に陥る。
「タイムアップか…せめてッ!」
ベオウルフで天井や壁を蹴っては殴り傷を付ける。丁度亀裂の奥にはモンスターが見え、もうすぐ突き破って来る勢いだ。
ベル達の元に全速力で戻りクイックシルバーを解除する。
「ぁぁぁぁぁ…!!」
遥か後方から余りにも小さい叫びを聞き届け地上へと戻る。
「ッふふふふ…」
ふと乾いた笑いが込み上げてくる。
「ハチマン、どうしたの?急に笑い出して」
「いや、ただの思い出し笑いだ…気にしないでくれ」
モンスターの彼女やウィーネですら歩み寄ろうとしていたのに俺はそれすらせずに邪魔者の排除に取り掛かる。
(これじゃあ、どっちがモンスターなんだろうな)
ナァーザさんに作って貰った薬を飲み干す。
ホント、嫌な役だな。