「ここは…どこだ?貴方は…誰ですか?」
「マジか…そんなんあるのかいな…」
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ハチマン君がいなくなった。
ボクたちのいるヘスティア・ファミリアの一番槍と呼ばれた彼はオラリオの中でも頂点に近い家族愛を持っているとも囁かれていた。それ故、噂に信ぴょう性が感じられなくとも街中でヘスティア・ファミリアのメンバーを見た冒険者はその暗さを隠した表情を見て疑念から核心へと変えていた。
ー愛想を尽かされたのではないか
ー彼の凶暴性をコントロールしきれなくなったのか
ー食の好みが別れたのではないか
ーあまりもの浪費家の女神に呆れたのか
ー街で彼を見掛けたがまるで別人のようだった
根も葉もないが知らない人にとってはそれらしい様々な憶測が飛び交うも真実は全く違かった。
しかし世界は残酷に回り続ける。
クエストが記された1つの封筒がそれでも前に進めと背中を押すのだから。
「強制任務…!」
ウィーネ君を連れて20階層のとある場所に行く趣旨の手紙がホームに届いた。
「こんな時にですか!ギルドは一体何を考えてるんですか…!それにウィーネ様がいる事がどこで漏れたんでしょう…」
「ギルドにだって話は来てるはずだ…俺達を試してるつもりか?」
「命ちゃん…」
「大丈夫です…春姫殿…きっと、きっと…」
「ウラノスは一体何が狙いなんだ…?」
眉間に皺を寄せるヴェルフ君と、努めて冷静でいようとしながら口調に余裕がないサポーター君。指令書に目を通しているベル君も、また深刻な表情で黙りこくっている。ウィーネ君はこの場にいなく、部屋で寝息を立てている。椅子にも座らず、全員が広間に立ち尽くしている。
「行くしか…ありません、強制任務を受けなければヘスティア・ファミリアに重いペナルティが課せられます…戦力的にはギリギリ行ける範囲です、ハチマン様がいなくても…不可能ではありません」
ギルドという都市の管理組織にボク達のファミリアの内情が筒抜けである以上、逃げ道は塞がれているも同然だ。ばオラリオからの脱出も許されはしないだろう。相手はボク達が喋れるとは言えモンスターを匿っている事実を公式に発表するだけでヘスティア・ファミリアを村八分にして抹殺することなんておちゃのこさいさいだ。現状、行く以外の選択肢は許されず存在しない。抵抗は無意味、退路は断たれて喉元にナイフを突き立てられている状況だ。
「ゴメン…皆を巻き込んで…」
「後悔しないで下さいベル様…ウィーネ様を助けた事実を否定する事になってしまいます…」
「言うな…ファミリアだろ?」
どうやらハヤマ君に言われた現実を受け止めた子供達は引っ掛かる所はあれどそれでも前に進もうとしている。ハチマン君、君にも見せてあげたいよ…。
「よーし!そうと決まれば直ぐに準備しよう!出発は明日の朝イチ!人気の無い時間を狙うよ!!ハチマン君に情けない所は見せてられないからね!!」
「「「「「はい!!」」」」」
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【ロキ・ファミリアのホームにて】
「食堂に集合したら重大発表って…団長はロキ様から何か聞いてますか?」
「僕も聞かされてないよ…一体何をする気なんだか…」
廊下を競歩で歩く団員からの質問に呆れ半分疑問半分で答えるフィン・ディムナは後ろを歩くリヴェリアを案じていた。
「………」
「どうしたんだい、リヴェリア?」
「!!、いや、なんでもない」
嘘なのは長年の付き合いである彼には分かりきっていた。ヘスティア・ファミリアのハチマン・ヒキガヤが居なくなったという噂が流れてからリヴェリアをはじめ、アイズなどがどこか上の空だ。
「よーし!皆揃ったなー!今から超重大発表だからなー!」
「ロキー、引っ張らないでよ〜」
「まーまー!そう急かすなやティオナ。えー、コホン、今日から新しいコック兼掃除夫兼事務員が住み込みで働く事になったでー!みんな驚くと思うけどせーしゅくにするよーに!!それじゃーはいりー!」
ガラガラ、と扉を開けて入ってきた男にロキ・ファミリアの面々は目を見開き、口をあんぐりと開けていた。
「きょ、今日から働かせていただきましゅ…す。比企谷八幡です…よろしく、お願いします…」
黒く濁った瞳には以前の触れる物全てを破壊せんとする強迫観念にも近い迫力は無く、自信のなさと斜に構えたような濁ったものだった。不安定な白黒の髪色ではなく、アホ毛が特徴の真っ黒な髪。服装は派手な紫のコートではなくI♡千葉とプリントされたTシャツ。以前までのイメージ全てを破壊したソレがオドオドと立っていた。
『『『『えーーーーー!!!??』』』』
ざわつきは暫く起こり、真相を知ろうと静まりを取り戻したファミリアの構成員を一通り見回して主神のロキは続けた。
「ロキ、どういうことだ?他のファミリアの構成員じゃないか」
「いーや違うで、フィン。このヒキガヤハチマンにはどチビのヘスティアの恩恵も無ければオラリオについて、お前達の事について、あまつさえ自分の事さえ知らんのや。ただの一般人や」
「ちょ、言い方…好物に出身とか一般常識は兼ね備えてますよ」
「でもその一般常識もここじゃ通用せんで?」
「ぐ、それはそうですけど…」
「取り敢えず…煮え切らない皆になんか作ったれや!」
「無茶ぶり…ではないですけど、この人数なら…2時間で作ります」
「てなワケで皆2時間後にもっかいしゅーごーや!質問とかはいっぺんに言っても邪魔やから幹部に代理でしてもらうように!」
そう言い手をパンと叩くとゾロゾロと退室する構成員達。それはそのまま指揮系統の潤沢さを表していた。残った幹部陣はじっと八幡を見つめる。
「ホントに儂らの事は覚えちょらんのか」
「すいません…ここに来たのだってロキさんに無理やり連れてこられて…」
心底申し訳なさそうにしてる彼の表情は打算や企みを一切感じさせなく、より一層彼に孤独感を感じさせるだけだった。
「君の事を教えてくれないか?分かる範囲でいいから」
「はぁ、それなら全然大丈夫です」
エプロンに着替えて台所に立つ彼にリヴェリアが質問する。
調理を進めながら彼はポツリポツリと自身についてうち明かす。
「名前はさっきも言った通り比企谷八幡です。年齢は17歳の高校生、男。誕生日は8月8日の血液型はA型。家族は父親と母親と妹の小町と猫のカマクラ。趣味は読書と人間観察です。出身は日本の千葉県…総武高校出身で奉仕部ってとこに所属してます」
「奉仕部…とは?」
「やましい部活じゃないですよ、生徒の悩みを聞いてその解決策に導く事です。なんていうか、『魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える方針』ですね」
「なるほど、面白い方針だな」
「恐縮です」
ふむ、と一呼吸置いたリヴェリアはその読心術をもってしても彼が嘘をついてなく、本心で話してるのを汲み取った。
「ここに来るまでの記憶を無理のない範囲で教えてくれないか?」
「えと、最後は学校にいて、修学旅行で京都に行くことになって…それで、気が付いたら知らない路地裏にいて…何か…人じゃない何かが目の前に立ってて…気を失って…ロキさんに拾われました」
こめかみを抑えながら答えた内容に一同が顔を見合わせる。
「人じゃない何かってのはなんだよ…」
「翼が生えてて、角があって…赤い目で…アレは、悪魔だった」
「悪魔とは?」
「ここにはいないんですか?魔界から人を殺しに襲ってくる人知を超えた化け物。この前だってレッドクレイブって街の住人達何万人って死んだんですよ」
シャカシャカ、と手を動かしながら言葉を紡いでいく。知性なき獣のモンスターに加え、それ以上の被害を見込ませる悪魔がこのオラリオに現れたとなるととてつもない災害が起こる事がロキ・ファミリアの重鎮には分かっていた。
「質問はその辺にしといたれや、次から質問はウチを通してくれや」
「それどこのプロデューサー?いや、気にしないでください…俺は別になんともないですから」
知りたい事が多い彼等彼女等であったがそれ以上口を出す事は無かった。一人を除いて…。
「私の事は覚えてないの?」
「すみません…」
「初めて会った時の事も?」
「………」
「私と約束した事も?私が君にしてしまった事も…?」
「………何も」
「ッッ!!」
「アイズ!!」
思わず立ち上がり走り去るアイズ。
リヴェリアが彼女を呼び止めても彼女は止まらず食堂を飛び出してしまった。机には一粒の雫が乗っていた。
「すみません、俺が不甲斐ないばかりに」
「いいんだ、アイズも君に相当入れ込んでたからな。それより手を止めるとダメじゃないのかい?」
「は、はい…」
見守られる中、約束の時間が来るとファミリアの構成員達はゾロゾロとやってきた。
「時間の都合上、今回作ったのはプリンです…口に合えばいいんですが」
彼がそう言うもロキ・ファミリアは知っていた。彼の料理の腕前を、そして期待していたのだ。記憶を無くしても毎日続けていた料理という経験だけは無意識に根付いているのを。
『『『『やっぱり…美味い〜〜』』』』
頬を落とす一同を見て一応の信頼を得た事に安堵する八幡。たった一つ余ったプリンをどうしようか決めあぐねているとロキがやってきた。
「もってったりや」
「だけど…」
「部屋かくかくしかじか、こう行くんやで。次泣かせたらタダじゃおかないで」
「はい…!」
プリンとスプーンを持って食堂を後にする八幡。
「よかったのか?アイズに悪い虫が付くのが嫌じゃなかったのかい?」
「悪い虫なら…嫌やな」
「しっかし、戦いを知る前の『亡影』はあんなに笑える男じゃったとは驚きじゃな!リヴェリアもうかうかしてられんぞ?」
「なッ!!何を言ってる!」
「もうバレバレじゃぞ。素直にならんとこのまま独り身じゃのぉ!!ガッハッハッ!!」
「そこに直れドワーフ、消し炭にしてくれる!」
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ロキさんに教えてもらった道を辿りその部屋の前に着く。耳を傾けると少しすすり泣いてるような声が聞こえる。
(男を決めるんだ、比企谷八幡。俺は女の子を泣かせてしまったんだ)
コンコンコン、とノックをすると部屋の中からした音はピタリと止んだ。
「あ、アイズさん…比企谷です。その、プリンが出来上がったのでできれば食べて欲しくて…」
「いらない…」
「それでも…食べて欲しい」
「………」
「俺、最低ですよね。アイズさんとの約束を忘れて、ノコノコと目の前に現れて…それでプリンなんかで機嫌とろうとして…本当に、申し訳ないです」
「最低だよ…私」
「え?」
「君が記憶を無くしたのに私は君に戻ってもらおうとしちゃった。今の君を殺そうとしちゃった…」
「そんなの、当然ですよ…知ってる人が知らない人になったら戻そうとするのなんて当然です」
扉に背中を当てて座る。
「ううん、きっと私との約束で君は無茶して強くなろうとしたのかもしれない。そうじゃないのかもしれないけど、そのせいで君は記憶を失ったのにまた君にそれを押し付けようとした…」
足音がして扉の前で止まり座るような布の擦れる音がする。
「きっと、アイズさんのせいじゃありません…きっと俺は、餌を取ろうと必死になって取るべき餌を間違えたんです。その結果がこうなのだから自業自得です。それに、無茶したお陰でこうして話せるんですから、結果オーライ」
「それが、本当の君なんだね」
指がなぞる音がして扉越しに背中にそっと手が当てられる。
「どれも本当の俺です。ここにいてこうして話してるのが比企谷八幡であって貴方達の知るハチマン・ヒキガヤなんです。俺はオンリーワンなんですから」
「約束して」
「はい」
「もう、私の事を忘れないって」
「忘れません…」
「プリン食べさせて」
「はい…え?」
ガチャ、と扉が開き後ろに倒れそうになるのを太ももでキャッチされる。鍛えられているはずの太ももはシン・八幡史(5時間前に誕生)に刻まれる柔らかいものランキング堂々のトップに躍り出た。
「す、すみません!」
久々に顔を赤くして起き上がった八幡は奇跡的に無事だったプリンをスプーンですくい上げそれをアイズの口に運ぶ。
「あー、んっ」
「………」
まじまじと眺める同世代の女の子の口内に謎の劣情を抱いて自己嫌悪に陥りながらも次から次へと明鏡止水、無の境地に近い感情でスプーンを運び続ける。そして最後のひと口を食べ終えたアイズは満足そうな表情を浮かべる。
「指に何か着いてるよ?」
「え、どこですか?」
「ちょっと、貸して?」
強引に左手を取られその左薬指を根元まで口の中に咥えられる。
「な、何して…ッ!」
第2〜第3関節に少し強目に噛みつかれて若干の痛みを感じつつ指先に舌のヌルッとした感じにより集中してしまう。
甘噛みされて約1分、やっと解放された指は液状の糸を引き噛まれた部分は軽く内出血を起こし、無理にでも指輪を彷彿とさせた。
「やくそく、忘れないで」
顔を隠した彼女の赤い耳を見逃さなかった八幡は部屋から出される。呆然としながら食堂に戻り洗い物を始める。
「なぁ八幡、どうして左手ポッケに突っ込んどるん?ちゅーにびょうかいな?」
「そう、かもしれません」
八幡の口調が敬語なのは距離感が分からないから