【ロキ・ファミリアのホームにて】
「これを、そう、そこに入れるんだ。計算は苦手だと言っていたが出来ない事はないな…飲み込みも早いし、優秀だよ君は」
「あ、ありがとうございます」
リヴェリアの自室にいる比企谷八幡は彼女からかのファミリア内での収支整理をしていた。各団員がまとめた経費での買い物の際の領収書を見て帳簿に書き込むのだがこれが中々の量がある。机を挟んで紙を眺めて計算して書き込んではまた紙をめくる作業だ。
「…………」
リヴェリアは彼に対して大きな興味がある。彼の捻くれているにも関わらない優しさや彼の嘘偽りのない全くの未知である地名等の用語。例えば『日本の千葉県』と言っていたがありとあらゆる地図を眺めてもそんな場所が無かった。ロキに聞いても『ウチも知らんけど嘘じゃなかったで』と言われ益々興味が膨らんだ。
「君の故郷について、教えてくれないか?」
「別にいいですけど…面白い事なんてないですよ?」
「君の口から聞きたいんだ」
「文明はここより幾分か進んでますね」
「ほう、文明レベルで違うのか…!」
リヴェリアの耳と脳に新しい情報が追加されていく。コンクリートと呼ばれる建築素材や電気という魔石に変わるエネルギー、車や電車という馬車を遥かに超えるスピードで走る移動手段。それが当たり前になっているのだからオラリオでは到底適わないと本能が結論付ける。
「取り引きとか、考えてました?」
「考えなかった訳じゃないが、こうも差を聞かされると到底対等な立場を築けないと思うよ」
「魔石とかなら代替エネルギーとしてはいいのかもしれませんけど、俺がオラリオ側だったら絶対取り引き相手にはなりませんね」
「その訳を聞かせてくれないか?」
「簡単ですよ、異種族で常人より遥かに強いからです」
ピタリとリヴェリアの手が止まる。
そして申し訳なさそうな顔をしてる八幡は作業しながら話していく。
「俺の元いた世界ってのは、信仰するもの、話す言葉、肌の色一つ違うだけで長らく戦争と虐殺を繰り返すような所です。戦争があったから文明が発達したと言っても間違いじゃ無いですからね…そんな醜い場所に俺はオラリオにもこの世界の人達にも関わって欲しくないですよ」
「すまない、興味のあまり君のデリケートな部分に触れてしまった」
「いいんですよ、俺が話したくて話しましたし。それにリヴェリアさんは俺が異世界の人間だって勘づいてますよね」
「バレていたか…」
「そりゃあ、賢くて聡明だって話があちらこちらか聞こえてきますから…確かめたくて俺をここに連れてきたんですよね」
「半分正解で半分不正解だ。君は知らないだろうが私はそれなりに君の事を信頼しているしそれなりに君の事を好いている」
「す、好ッ!?お、俺…リヴェリアさんに何したんですか…」
「フフ…親に挨拶に行った仲だよ」
「………え」
八幡の顔から血の気がさぁっと引いていく。決してリヴェリアとの年の差を気にしている訳ではなく、こんな自分がハイエルフとこんな関係であるという衝撃のカミングアウトをされたからである。
「ダーリンなんて呼んだらハニーと君は返してくれたんだけどな」
フフっ冗談だと言おうとするリヴェリアだったがそれよりも早く比企谷八幡は軽やかに飛び上がり正座するように座り両手を八の字になるように地面に付けて頭を地面のスレスレになるまで下げた。
「不束者ですが…記憶のないこんな俺ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます…」
「頭を上げてくれ!冗談…ではないが誤解だ!話を聞いてくれ!!」
「へ?」
リヴェリアから里帰りする際の偽物の恋人役をした趣の真相を聞く。しかし彼の中では誤解は誤解であっても解が出てしまった。これは揺るぎない事実であるのが彼も彼女も分かっていた。
(しかしさっきの台詞…青い所はあったが言い表せない感情を覚えたのは事実だ…もし、この誤解を解かずにゴールインしていたらどうなっていたのだろうか…)
『お、おはよう、ダーリン♡』
『おはようハニー、今日も可愛いね。世界中の小鳥達もそう囁いているよ☆』
『照れるわよ…そんなの。それに私は貴方だけに囁いて欲しい…な///』
『………』
『キャッ!ダーリン、昨日も一杯愛してくれたじゃない…また、するの?』
(なんて…考えてしまうな…)
この時、全世界のエルフが嫌な予感を覚えたのは誰も知る由もなかった。
「リヴェリアさん、ここ、どう計算しても合わないんですけど…」
「あ、あぁヘファイストス・ファミリアの備品か…領収書を持って問い合わせに行ってくれないか?何かしらの手違いだから直ぐに済むだろう」
「あ、はい…」
「地図と項目をメモしておこう…それと、噂の事もあるから軽い変装道具と一応の事情を手紙にして置いたから知り合いを名乗る輩に絡まれたらこれを読ませるんだ」
「あ…はい…それじゃあ」
「行ってらっしゃい」
得体の知れない感情を差し向けられた八幡はリヴェリアの部屋を後にして街へ繰り出す。
「メガネって…これで誤魔化せるのか…?ジロジロ見られてる気がするが…」
比企谷八幡は知らない、メガネを掛けた彼は整った顔のパーツを台無しにしているその目の腐り具合が緩和されてイケメソになっている事を。
周りの目線にビクビクしながらバベルのヘファイストス・ファミリアの店に足を踏み入れる。
「いらっしゃませぇええええ!!??ぼっぼぼぼぼっ『亡影』!?」
「すみません、ロキ・ファミリアのお使いで来たんですけど椿・コルブランドさんはいらっしゃいますか?」
「は、はぁ…今呼びますので少々お待ちください」
情緒が反復横跳びしてる店員が奥に引っ込むと奥の部屋からドンガラガッシャーンとものすごい物音が響き、それらしい人物がやってきた。
(ちょ、目のやり場に困る人だ…何ここ、街でもそうだったけど痴女が蔓延ってるの?いいぞ、もっとやれ!)
「久しいな、『亡影』…噂を聞いた時は驚いたぞ」
「比企谷でいいです…これ、リヴェリアさんの手紙と領収書の件です」
「やけに他人行儀だな…どれ…!?」
手紙を受けとった彼女は読み進めていくうちに顔から血の気が引いていった。
「少しばかり付き合え…」
有無を言わさず手を引かれて先程の部屋に入れられる。覗き窓から覗いていたヘファイストスがそっちの部屋に向かう椿を確認すると慌てて引っ込んでいった。
「あの人も知り合い…だったんですか?」
「特に親しかったから心配してたんだが、今の手前がその状態だとどうなるんだろうな」
「俺用事思い出したんで帰りますお世話になりましたッ!」
「待たんか、用事はここにしか無いはずだぞ」
首根っこを掴まれ苦渋の退散もさせてもらえなかった。
(ていうか力強っ!何なのこの人、痴女みたいな格好してるくせにこの馬鹿力は!?ステータスってのはここまでなのか…!)
奥に入ると碇ゲンドウよろしくのポーズをとっているヘファイストスが待ち構えていた。
「何か言う前に主神…これに目を通してくれ」
リヴェリアさんからの手紙を読み進め、やはり彼女も顔を白くしていく。
「記憶喪失…?」
「そう、らしいで…すぅ」
(アカン、この赤髪の女性から平塚先生みたいな匂いがするッ!独神的な感じじゃなくて大人の女の色気みたいなのを…)
「そう…貴方が私との記憶を無くしたのは悲しいけれど…寧ろそれで良かったのかも知れないわね…」
どこか聖母のような微笑みを浮かべながら彼女は立ち上がって彼に近付く。女性に対して自称警戒心MAXの八幡もその表情に悪意を微塵も感じないがそれでも彼女との記憶が無い八幡は後ずさる。それはこの後予想される彼女の行動を甘んじて受けようとした自分への戒めだった。
「優しいんですね、ヘファイストスさんは。貴方にとっての俺は死んだも同然なのに…」
「貴方に分けてもらったのよ、私の目を素敵だといった貴方が私の心の鉄を熱く熱してくれた。貴方の言葉の一つ一つが私の鉄を貴方の形にしてくれた…貴方は『俺は死んだも同然』って言ったけど、ほら、私を見てくれてるでしょ?私が傷付かないように言葉を選んでくれてるでしょ?」
話を続けながら眼帯を取ってその目の隠された部分を露わにする。
「そんな事は…」
「いいの、貴方の心の形が変わってしまった所でそれは貴方であることに変わりは無いのだから…今度は、今度こそは戦わなくてもいいんじゃないのかしら」
「俺は戦えませんよ…恩恵もなければ技術も失ったのでね」
「そうなのね、それなら今後何するか後悔のないように決めなさい」
「はい、じっくり考えてみますよ…」
書類の方にサインを貰い店を後にする八幡はロキ・ファミリアの日当として貰ったお小遣いで何を買おうか決めあぐねていた。
「ん?この匂いは…ま、まさかッ!!!」
僅かに鼻腔を撫でたソレは諦めかけていた渇望を蘇らせて全身の神経がそれを欲するように体を動かせる。行動に移すまでゼロコンマ1秒を無駄にすることなく人の並を針の穴をくぐり抜けるようにくぐり抜けそこに辿り着く。
「いらっしゃ…い」
どこか驚いた様子の店主に疑問を抱きつつ適当な席に着くとコト、とすぐさまコーヒーの入ったマグカップを出される。
甘い匂いの正体に感づきつつ、恐る恐るソレを口に入れる。
「これだ…この甘ったるさ…完璧にマックスコーヒーだ…」
「泣くほどかい…」
呆れたながら言葉を漏らす店長?らしき人に視線を戻すと親指で店に張り出してるポスターを見るようにジェスチャーを取っていた。
『この顔にピンと来たら!ヘスティア・ファミリアまで連絡を!!ハチマン・ヒキガヤという名前です!』
ご丁寧な似顔絵と特徴をまとめた張り紙がデカデカと貼られており事が大きくなっているのに少し戸惑う。
「マジかよ…」
「あたしにゃアンタの事情なんて知らないけど、家出も程々にするんだね」
「家出って言われてもね…何も覚えてないですよ」
目を伏せて暗く答えると店主は目を見開いて頬を緩めた。
「お代は結構だよ…その代わり地図を書いてやるからそこに行って確かめな」
「はぁ…どうも」
カランカラン、 と乾いた鈴の音を背に地図通りの場所にゆっくりと足を進める。
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「カフェを出たな…」
「ホームの方向じゃない、どこに行くんだろう…」
「なんか持っとるな〜」
カフェを出た八幡。どこかに歩き出す彼を影から見つめる影が幾つもあった。その見事な変装で周りを欺いているがオラリオで初めてのおつかいが心配で着いて来ていたリヴェリア、目を離すとどこかに行ってしまいそうで気が狂いそうになるのを抑えているアイズ、面白そうだから付いてくるロキだった。
「メモ?」
「店に入るまでは持ってなかったな」
「店主の入れ知恵やな、記憶を戻そうとしとるのか?」
「「………」」
本当に彼の記憶が戻っていいのだろうか。
争い、傷付き、強さを求めた果てがコレならもう彼を血生臭い世界から遠ざけるべきなのではないか…そんな考えが2人の頭に浮かび上がる。
「ロキは、どうして八幡に気を掛けるの?」
「あぁん?なんやアイズたん、嫉妬しとんのか!?」
「してない、はぐらかさないで」
「そうやなぁ、タダの勘や」
「嘘、八幡が『糸目キャラは何考えてるか分からないから気を付けろ』って言ってた」
「チクショー!!」
「2人とも静かにしろ!監視に気付かれるだろ」
やいのやいのと騒ぐ2人を他所にリヴェリアだけは片時も目を離さず八幡を眺めていた。
「む、アソコは…」
ねりねりと地図と見比べながら練り歩いていた八幡が足を止めた場所は路地裏にひっそりと放置された崩れている廃教会だった。
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「ここがそうなのか…?」
あの店主に行ってみろとだけ言われたそこはただの倒壊寸前な廃教会…教会自体行ったことない為疑い半分期待半分でその敷地に足を踏み入れる。
やや埃が積もっており長らくこの建物が使われていないことが分かるが崩れているように見えてこれ以上倒壊しないようにしっかりと柱が固定されている。
「壊れたままで保存してる…普通なら建て直すはずだ。……施設として機能させてないって事はそれ以外の用途があるのか…?」
辺りをくまなく探していくと床に点々と見える茶黒いシミを見つける。ひと目で分かる。ここで戦闘があった事が。
「うッ!!」
脳裏に知らないビジョンが流れる。
『っ…もうダメだよハチマン君、これ以上戦ったら死んじゃうよ!?』
『家がなくなった、俺達のかえるいえが…せめてお前たちだけでも…なくしたくない』
ボロ雑巾のような俺に顔がモヤがかかって見えないが若い男の声が響く。
体には刀傷や矢が刺さっている。人間なら確実に死んでるのが素人でも分かる。
「なんなんだ…今のは…ん?」
埃の積もってない場所…誰かが手を加えたであろう地下室への入口を見つける。扉を開けて石造りの階段を降りて行く。
「………」
キッチン、ソファ、ベッド、洗面所、机。質素な部屋でそれ以外感じることは無いはずなのにモヤッとする。
『ハチマン!どこに行くの?』
『んー、ポレポレ』
『じゃあ僕も行くよ!』
『ベル、新作が出来たんだ、甘党じゃなくても食えるチョコだ』
『うん!美味しいよ!お店開いてもいいんじゃない!?』
『褒め過ぎだ、このヤロー』
「うッ…!!」
突然頭に入ってくる情報に耐えきれなく胃から込み上げてきたものを台所に吐き出す。
「確かベルって言ったな…」
洗面所の鏡に手を付け顔を上げる。
「張り紙にはヘスティア・ファミリア…俺の今までいた場所か…確かめてみよう」
地下室を後にして地上に出るとバツが悪そうに待っていたアイズとリヴェリア、そして物珍しそうに物色するロキがいた。
「付けてきたのか?」
「ごめんなさい…」
「別に、寧ろ安心だ…いざって時に守ってくれるからな」
「うん…絶対に守る」
「あのどチビもハチマンもこない所で暮らしてたんやな…今度会ったら少し優しくしたろ…」
「どチビって…女神ヘスティアの事ですか?」
「ん?あぁ、何か思い出したんか?」
アイズとリヴェリアの視線が八幡に刺さる。一気に2人の警戒心が引き上げられるのを彼も感じていた。
「ベル…って奴の事。それと、ここで死にかけてる時の事位ですかね」
「戻りたいと思った?」
「いんや、でも、知りたいと思った」
「「……」」
「ほら、暗くなってきたんで帰りましょ…酔っ払いに絡まれると勝てませんし」
「うん、帰ろう」
「それもそうだな」
「帰ったら酒飲むでー!」
4人で帰る中、それぞれが考えていた。
(ベル…ベル・クラネル…一体どんな奴なんだろうか)
(八幡にはここにいて欲しい…何をすればいいんだろう)
(今の八幡の状況を考えればずっとロキ・ファミリアに在籍させるのは困難か…ヘスティア・ファミリアからどうやって引き取ろうか)
(ドロドロしてきたなー)