部屋に戻り土産袋を開ける。
一番最初に目につくのはビニルに包まれたよく見なれた服だった。黒のブレザーに白縁。1年と半分程度着てきた総武高校の制服だった。袋から出して壁に引っ掛ける、いつそれに袖を通すかも分からずに。
「?」
袋の中を見てみれば葉山の言っていたノートの他に簡単なメモが入っていた。広げてみるとどうやら地図のようでとある場所に印が付いていた。
「…明日、行ってみるか」
ノートから目を逸らして机に仕舞いつつメモを明日着る服の胸ポケットに入れる。そのままベッドに寝そべり葉山の言葉を思い出しながら目を瞑る。
「おはようございます、比企谷さん!」
「おはよーさんです」
朝、いつも通り台所に立ちロキ・ファミリアの朝ごはんを作り待ちわびてる団員達に配る。
なんて事ない日課になりつつある動作だ、1度も苦に思ったことは無い。
「買い出し行ってきまーす」
「お気を付けて!最近喋るモンスターが町に出るらしいので!」
「そんときゃよろしく頼んますよ」
嘘だ。食料なんてこの前買ったばかり何だから潤沢にある。そんなの分かってるはずなのに送り出してくれるのは気遣いなのかはたまたアホなだけなのか。
「ここ…しか無いよな。どうしよう、入りたくない…」
指定された場所はアラル共同墓地。入口の門には『歓迎!ここがアラル共同墓地だヨ!』と丁寧な日本語で書かれている。
「背に腹だ…!入るか…」
錆びかけてる扉を開けて敷地に入る。
敷地内をウロウロしているととあるお墓の前で膝を着いている人物を発見した。紫のコート、オールバックの白髪、血色の悪い白い肌。どこか噂で聞いた『亡影』に似ていた。
「心に矛盾を感じる」
「!」
「望みに限りなく近いものを手に入れたもののそれが敷かれたレールの上を歩いてるようで釈然としないのだろう?」
心を見透かされている。その言葉で八幡は目の前の人物がヒトではなく悪魔であり八幡の魂と共存していてつい最近切り離された物だと理解する。
「そういうアンタこそ、久しぶりに会った子供はどうだった?」
咄嗟に出た言葉はその悪魔の心情そのもの。互いに身体を共有していた為何か考えていれば共有できるのをこの短いやり取りで気付く。
「そうだな…私の腰までしか無かった子供達が随分逞しく育ったと喜びを感じるだけだ」
その先の感情を知られていても悪魔は伏せる。話してしまえば意味が無くなるような気がしたからだ。
「時代に残された力ある私と、現状に寄生する力無き貴様…」
「シンパシーを感じるな、同じ体に同居してただけあるかもな」
「……近いうちこの街で騒乱が起こる。それまでに覚悟を決めておく事だ」
「出来れば平和でも保って欲しいんだけどな…救世の悪魔サマ」
「…孫のネロから、お前にプレゼントだ」
「どうも…」
教会を後にしようとすると悪魔、スパーダからかなり大き目の箱を渡される。中々重く人一人分よりは気持ち少し小さい位だ。そこで開けるのも少しいたたまれない為一旦ホームに持ち帰る。
「義手と剣?…グリップとトリガーが付いてる…変なの」
部屋で箱を開けると剣、義手、そして羊皮紙の手紙が入っていた。
『やりたい事をやりきれ!!』
たった1文、なんじゃこりゃと思い机の上に置く。
なんとなく気になる為訓練場に義手と持っていく事にする。
試し振りだからこれは…少し闘いに興味がある訳じゃないから。
「ははッ…」
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疲れを癒すべく街並みを練り歩いていると腹も空いてきた為適当な店を物色してると見覚えのあるウェイトレスがビラ配りしてた。
「新作出るニャー!寄ってってニャー!」
あのウェイトレスのいる店にはあまりいい思い出もない為スルーしようとすると既に捕捉されてたのかまだ戦闘にすらなっていないのに回り込まれてしまった。
「はぁ、なんすか」
「ふみゃ〜、ダルそうにして欲しくないのにゃー」
「キャッチならお断りですよ…」
「ミア母ちゃんがこの前のお詫びにタダにしてやるって言ってたにゃ、ハチマンも寄ってくにゃ!」
「ふむ、タダか…」
ロキ・ファミリアに居候してお小遣いは貰ってるが節約した方がいいに越したことはないだろう。
「分かりました、行きますよ」
「ニャ!!1名様ご案内ニャー!」
背中を押されて入店する。この時間の店は繁盛しておりどこもかしこも埋まってるように見えたがポツンと空いてる大き目のテーブル席が一つだけあった。
「ゆっくりしてニャー!」
埋まってるカウンターに埋まってるテーブル席。そこに1人だけでテーブルに座るとどうなると思う?答えは死ぬ程気まずいのだ。
「アーニャがごめんね、今回はミア母さんの奢りだからジャンジャン食べてってよ」
「ありがとう…ございます」
常識人っぽい人に適当に注文してそれを待つ。その間頬杖をしてどこかよく分からない場所を見ながらくつろごうと試みる。
「あー、ちょっといいかな〜」
さっきの常識人っぽいウェイトレスがやってくる。
頼んだ料理もなく一体どうしたのかと思ってると彼女は心底申し訳なさそうな表情をしている。
「どしたんスか」
「回転率上げるために他のお客と同席…ってしてもらってもいいかな」
「え、いやd『メキッ』…全然いいですよ」
俺は見た。嫌だと言おうとしたら彼女の拳が有り得んほど強く握られたのを…同時にそれは彼女が冒険者である事を示して俺との間に絶対的な壁を作ったのだ。
「ホント!?ありがとう!気さくな連中だから気まずく思わずに済むよ!!」
スッタカターと入口に戻り客を案内してくる。さて、料理が来たら速攻で平らげて帰ろうか。
「失礼しまーす…」
「あ、はい…どうぞ」
冒険者らしからぬよそよそしい態度でやってきた同席の客達はなんだか他の冒険者たちのような強欲そうな雰囲気は無く、全く見たことないタイプ…分からないファミリアのようだ。まぁ話す事なんて何も無い為もしもの為に持ってきた本でも読んでおこう。
「「「「「「………」」」」」」
驚く程視線を感じる。本から視線を上げて視線を追うと周りの冒険、つまり同席した人達が様々な感情の表情をしている。
「どうしたんですか…?」
「い、いやっ、ジロジロ見てすすすすみません!」
なるほど、この白髪赤目の冒険者もコミュ障なのか。異物混入してたらそりゃキョドるのも無理はない。安心してくれ、料理が来たら爆速で食べて帰るから」
「よく噛んで食えよな…」
赤髪のあんちゃんがツッコミ気味に喋る。溢れる面倒見が良さそうな感じが…って思考を読まれた?ええい、冒険者は化け物か!?
「補足しますけど、お客様、思いっきり喋ってましたからね?」
「失敬…」
ちっこい子の補足で真実を知るがそれでもあの小声を聞きとるなんてやっぱり凄いな、と感じる。
「あ、初めまして!リリルカ・アーデといいます!」
「比企谷です、自己紹介が出来るなんて偉いね、何歳?」
「むぅ!リリはパルゥムで15歳です!」
「パルゥム…フィンさんと同じ種族か…失礼、ここに来て日が浅いんだ」
プクー、と頬を膨らませるリリルカとやら。彼女に続いて赤髪のあんちゃんも自己紹介する。
「ヴェルフ・クロッゾだ。俺は17歳だぞ?宜しくな」
「同い年ですか…宜しくする程会う機会なんて無いと思うけど…まぁ、初めまして。クロッゾさん」
ヴェルフの出した右手を静かに掴む。そんな彼の表情はどこか懐かしそうで、どこか悲しそうだった。
「じ、自分の名はヤマト・命です!」
黒髪で雪ノ下とはまた違う真面目さを感じる。初対面なのに犬のような感じがしてその気になれば犬にすら見える。
(この人どこか見覚えがあるな…牛若丸?)
「はぁ、どうも…極東の出身なんですか?」
「!、ええ!そこの春姫殿と同じ故郷でして、紆余曲折ありましたが今はこうして共にいます!」
『紆余曲折』辺りに何かしらの感情が見え隠れしたがその正体に気付くことはなく、春姫と紹介された金髪の狐の獣人の子の方に目線を移す。
「サンジョウノ・春姫です。あの、いえ…お元気ですか?」
「体は至ってすこぶる健康ですよ…あの、どうかしました?」
「いえ、何も…大丈夫です」
辛そうな表情をしてる彼女に困惑して他のパーティメンバーを見ると一同似たような顔をしていた。
「待たせたねぇ!トマトパスタだよ!!」
「あの、トマトパスタは頼んでませんけど」
「ごちゃごちゃ文句付けんじゃないよ!お残しは…許さないよ!!」
「ヒェッ…」
相席した奴らが苦笑する中、目の前に山となっているパスタに息を飲む。
カウンターの方をチラリと見るとこちらを見ている店主の大女。
「い、いただきます…」
フォークにパスタを絡めて口に持っていく。
「ん、美味いな…!トマトは嫌いだったがこれは別格だな…!」
何故かホッと胸を撫で下ろす周りの奴ら。
山を攻略しているうちに頭痛が走る。
「ぐッ!!
「どうかしたんですか!?」
脳裏に蘇る知らない情景…モヤで分からないがロキ・ファミリアではない事は確信できる誰かと並んで飯を食べる光景。並んでダンジョンに挑む姿。何かしらを話し合う姿。そのどれもが懐かしさと今にない感情を孕んでいた。
「依存するのもムリないよな…」
記憶を失う前の自分が計り知れない負の感情を抱いていたのならこの光景は前を向かせる格好の劇薬に等しい。しかし劇薬も行き過ぎれば毒にもなりうる。最高の希望を守ろうとして身を滅ぼしたのかもしれない。
「どうかしたんですか?」
「自分の馬鹿さ加減に気付いただけだ。そういえば聞きそびれたな…アンタ、名前は?」
「…ベル・クラネルです」
「そうか、アンタが【亡影】の……ここ、セッティングしたのか?随分手が込んでるのな。そこまでハチマン・ヒキガヤを取り戻したいのか?」
さっきまで騒いでた客達は各々秘めた表情を浮かべながらコチラ向いている。
「ううん…ボク達は家族の背中を押しに来たんだよ」
カウンター席に座っていたツインテールの女神が歩み寄ってくる。何故か釣られて一歩下がる。
「何を言って…」
「覚えてないと思うけど…傷付いて、迷って、苦しんで、身を粉にして足掻いて、また苦しんで…それでも君はボク達に楽をさせようとしてくれたんだよ」
恐らくヘスティア・ファミリアの主神であるヘスてなのだろう。酔ったロキが『ドチビ』って言ってたから記憶に新しい。
「そんなの『君の思う君じゃなくても!』…」
「僕達は同じ釜の飯を食べて、同じ屋根の下で眠って、同じ竈火を囲った家族なんだ!
「今更…情に、罪悪感に訴えかけるのか。そこまで戦力が欲しいならスカウトでも募れば良いんじゃないのか?」
「生憎ボクには2億ヴァリスの借金があるからね!団員なんて来やしないよ!!」
「に、2億…!?」
普通に聞き慣れない単語が出てきた為軽く頭痛が走る。
「そんなボクでも誰1人居なくなる事はなかったよ!誰も幻滅しなかった!」
「だからって今の俺がはいそうですか、って戻るわけないだろ…」
「そうさ、戻りたくなければ戻らなくてもいいさ」
「何がしたいんだよアンタらは!」
支離滅裂な会話にイラついた八幡はヘスティアに声を荒らげる。
久々の怒りか、体は熱くなり、眉間に皺が寄る。
それはモザイクが掛かっても胸に込み上げてくるいつの日かの情景があるからだろう。
「受け入れるさ!」
「何を!?」
「キミが迷ってるなら背中を押すさ、ロキの所に居るなら悔しいけど送り出すし、こんなボクのところに戻って来てくれるのなら暖かく迎えようと思う。だからお願いだよ、ボク達の事もスパーダの事も何も関係ない…キミの思い描く比企谷八幡になっておくれ」
「〜〜ッ!……帰る、ごちそうさんでした」
金を置いて扉をくぐる。
足早に【黄昏の館】に戻り部屋に戻るべく廊下を歩く。
「やあ、珍しく気が立ってるね」
「ヘスティア・ファミリアと…接触したんです」
「それで、どう思いどう感じたんだい?」
「良い人達でした、底抜けに明るくて…規律より絆だぜって感じの集まりでこの中に俺もいたんだなって感じました。」
「僕は君がここに居てくれてるお陰で外食の費用も抑えられたし、士気も中々上がってるんだよ。皆ね、なんやかんや言って君の頑張りを認めてるんだよ」
「はぁ…そうですか…部屋、戻ってもいいですか?」
「ごめんね時間取っちゃって…でも理解して欲しいよ、君はココに居ていいって認識して欲しいな」
「…………」
部屋に戻りベッドに倒れ込む。
壁に立て掛けてある『ネロ』さんとやらの贈り物の剣と謎の義手が視界に入る。これは戦う力だ。恩恵とかそんなのはよく分からないが訓練しでは自分でも思った以上に動けた。しかし何のために戦う?アイズやリヴェリアさんとか、ロキ・ファミリアの団員達のため?どうして?守るって言ったって対象はオラリオの中でも指折りの実力者。
「俺が出しゃばってどうにかなるもんじゃないよな…」
寝ようと思うもどうも寝付けない。酒場での出来事が原因なのは十中八九だろう。黒歴史が出来たって俺は少ししか泣かない自信があるのに、どうしてこうも…涙が溢れるのだろうか。
『キミの思い描く比企谷八幡に』
現代社会に生きていた俺にとって思い描く自己像というのを実現させるのは至極困難である。社会的要素、経済的要素、そして何より自身の周りを取り巻く環境的要素。
そう言えば1人いたな…失言も暴言も吐くけど嘘だけはつかない奴が…確か、葉山の渡してくれた物にあったな…。