ウルトラマグナスが出ます!
(ようやく2010感が…(笑))
―2029/7/7 5:17 The Moon―
どれほど時間が経っただろう。
いや、せいぜいが半日程だと言うことくらいは感覚で解るのだが、軟禁された状態でいると一時間が一日にも一週間にも思える。
ましてここは月面裏の、設備もぎりぎりの予備基地だ。窓もない一室の電力は、捕虜一人のために消費できるほど余裕はないらしく、照明も空調も早々と途切れてしまった。目を閉じていれば闇に代わりはないから構わないが、地球人サイズの椅子に後手で括りつけられた体勢では眠ることもままならない。
イタリア製の高いスーツだったのに、皺になるな‥‥かかるクリーニング代に思いを馳せてから、ふとランダーは馬鹿馬鹿しさに苦笑する。
これじゃあ、本当に地球人のようだ。
月面へ連行される間も、この擬態を解いてトランスフォーマーの姿に戻るよう再三再四求められたが、従う気になれず拒否し続けたおかげで、通信機を没収されただけで済んだ。あれを破壊されたら自己防衛機能が働いて、意志に関係なく本来の姿に戻ってしまうのだが、まだ地球人の形態でいられると言うことは、その仕組みが知られていない証拠だった。
手荒な真似はしないと言いつつ両手を縛り上げたのは、元に戻られるのを警戒しての措置なのだろう。確かに、この予備基地まで手抜かりで失ってしまったら目も当てられない。
「あいつ等、逃げ切ってるだろうな‥‥」
ランダーが着くのと入れ代わり、ビクトリーレオがゴッドマスターを率いてサイバトロンを離脱したという話しが混乱の内に聞こえてきた。スターセイバーはどこに行ったものか不在らしく、陣頭指揮を執るブレインマスターの面々が、騎士達の間に走る動揺と流言の火消しに躍起になっている。
それはそうだろう。宇宙軍総司令官の合体パートナーが自ら軍を離れるなど、前代未聞の不祥事だ。しかもそれが、捕縛命令に晒された友人達の逃亡を補助する為だとしたら、尚の事。
しかし、これだけ時間が過ぎても何の情報も届かないところをみると、ビクトリーレオ達は無事にダイバーや他の皆を退避させたに違いないと、ランダーは安堵していた。誰か一人でも捕まっていたら、その事実だけは耳に入るはずだ。
捕虜になった場合に最も厄介なのが、仲間の命を盾に使用される事だ。抗うのはかなり、自身の良心を傷付ける。
(俺にとっても、そうなのか?)
傷付く良心が残っているかと自問して、急に己を嘲りたい気持ちになった。
椅子に縛り付けられる時、周りを囲む若い騎士達に「俺は〝ルーター〟だ」と笑いながら言うと、意味が解らない彼等は一様に首を傾げて不思議そうな顔をしていたのである。
「同族殺しの威厳まで、地に落ちたもんだな。まったく」
昔はその名を聞くだけで、誰もが震えながら目を逸らしたものなのに。時代が変われば何もかも過去になってしまう。
そんなものか?
気付かぬ内に、随分と歳を取ったらしい。
ランダーは天井を仰いで盛大に溜息を吐いた。
ふっと呼吸を止め、目を閉じて五感を研ぎ澄ます。体中のあちこちに張り巡らせていた細い糸を縒り合わせるような要領で、神経を一箇所に、鋼の針を形作るように集中させる。ただ細く細く。鋭く。冷たく―意識だけで狙い定めた相手を刺し貫けると思えるほどに。
無駄な感情と意識を削ぎ落とすと、凝りとなって残るのは殺気だけだ。無我の境地などありはしない。自我あるものとして生まれたからには、最も深く根付いてしまった「反射」のみが浮かび上がってくる。ランダーにとってはそれが〝ルーター〟としての己だった。
今、これから目に付く者を残らず殺そうと自分で決めたら、迷わず完遂できる確信がある。かつてはそうして、闘技場に引き出される間際まで己に暗示をかけ、その通りに実行してきたのだから。
もしサイバトロンそのものがこの先、フェニックスを救うことの妨げになるとしたら―
ガツン、と扉を叩く鈍い音がしてランダーは咄嗟、身に溜め込んだ気を霧散させた。手動で細く引き開けた扉の向こうから通路からの明かりが線のように差し込んで、ランダーの座る椅子の足元辺りを照らしている。
実際の地球人と違い、擬態はしていても視力はいい。ブレインマスターの一人、ブレイバーのボディを彩る鮮やかなブルーがちらりと見えたと思う内、人ひとり通れるだけの隙間から、小柄な白衣姿の地球人が滑り込んできた。
「‥‥ランダー小父さん」
やや強張った呼びかけが相手の顔立ちを明確にする。ランダーはつい知らず微笑んだ。
「ジャンか?」
「はい‥‥御無沙汰しています」
面差しは少年から青年へと変わりつつあったが、明るい茶の髪と躍動的な鳶色の眸はそのままに、南風ジャンは頷いてランダーの前へ歩み寄った。
スターセイバー総司令官の養子となっている南風ジャンは、生物学的には生粋の地球人である。わずか三歳の時、鉱物学者である父母と共に火星へ向かう途中、探査船がデストロンによって襲撃され、ジャン一人が救命ポッドで難を逃れたのだ。救助に当たったスターセイバーは孤児となったジャンを連れ帰り、手元で養育した。四年前、スターセイバーの第一方面軍赴任に伴って地球圏へ戻ったのだが、飛び級でハイスクールを卒業した十六歳の今は、V惑星の星立大学で医学を学んでいるはずであった。
当時、ジャンは地球に戻るに当たって、マスターフォース戦役に従事し、尚且つ同じ地球人である秀太達とスターセイバーを通じて知己を得、慣れない地球式の生活を学んだ。ランダー達プリテンダーともその頃に出会い、以来、時折連絡を交わす間柄である。
心ならずも捕虜扱いされているランダーを痛ましげに見やって言葉を失っていたジャンは、やがて気を取り直したように屈み込むと、手に持っていた小さな医療ケースを床に広げて言った。
「少し診察します。構いませんか?」
「構うも構わないも、この格好じゃなぁ‥‥いつV惑星から戻ったんだ?」
「ブラッカーが大怪我したと聞いて、医療チームに入れてもらったんです。ブレインマスターの身体構造は勉強済みだったから。それに顔見知りだし、地球人だし」
ランダーの両手首を戒める緊縛用の機械が負担をかけていないか丁寧に確かめながらジャンは言い、肌に擦れた辺りに潤滑剤を塗っていった。
「僕がいた方が、何かと役立つだろうと思って。トランスフォーマーの治療技術を専攻してる地球人は僕だけだから、地上で何かあっても対処に向いてるでしょ?」
そうなのだ。ジャンが星立大学で習得に勤しんでいるのは、これまで同族以外になり手のなかったトランスフォーマーの治療修復医学なのである。トランスフォーマー専属の医師になってサイバトロンに従事するのが目下、ジャンの希望であるらしかった。
「ジャンは優秀だからな。総司令官も鼻が高いだろう。‥‥で、ついでに俺も診て来いって?」
皮肉混じりの問いに、ジャンの眉根がぎゅっと寄る。
「ブレイバー達も本音は動揺してるんだよ。それに小父さんがこの姿だとどうしても、地球人を痛めつけてるみたいに思えて居た堪れないって、連行してきた騎士達がうろたえてるみたい」
「身体はともかく、精神的苦痛の方が大きいって言っておいてくれ。ああ、それと後でクリーニング代請求するから、ドルで用意しとけってな」
「良いスーツだもんね」
ランダーのいつもと変わらない口振りに、ジャンもやっと微かな笑みを見せる。
ジャンをわざわざここに寄越したのがブレイバー達なら、軟禁しながらもランダー自身に危害を加えるつもりがないのは本当だと信じられる。スターセイバーの命令とビクトリーレオの離反に挟まれて動揺しているのも事実だろう。
「小父さん、黙ってよく聞いて」
ランダーの様子を隈なく確認するように椅子の後ろへ回ったジャンが、すっと身を低くしてさりげなく囁いた。
「フェニックス小父さんが、コルカタで姿を見られたらしいよ。聖トーマス教会って知ってる?」
忘れるはずのない、アグネスの亡骸が安置された教会の名に、ぎくりとランダーは強張った。
「知ってるんだね。それで、地上部隊はインドに集結したらしいけど、また発見できなかったみたいだ」
「あの教会で、あいつが何を―」
「報道規制がかかってるから地上には流れてないけど、床を壊してったって。詳しくは僕も教えてもらえなかった」
「お前、どうしてそんな事、俺に教えるんだ?」
「僕だってもう子供じゃない。サイバトロンが小父さん達にしてる事と、小父さん達がしようとしてる事、どっちが正しいかってくらいは判断できる。スターセイバーの命令でもこんな―おかしいよ。これじゃ、フェニックス小父さんを助けるなんて絶対出来ないじゃないか」
「軍人になったら、そんなこと言ってられないぞ。現にブレインマスターは総司令官に従ってる」
だから余計に腹立たしいんだとジャンは言って、固い口調で付け足した。
「‥‥グランドさんが、小父さんを助けるために基地に残ってる。僕、その手伝いをするよ」
「ジャン!」
思わず出た声を慌てて飲み込む。ランダーは頭を振って制した。ジャンがそんな企てに加担したと知れたら、養父であるスターセイバーの立場も危うい。
それだけは止してくれと懇願したが、ジャンは首を縦にしなかった。自分が為すべき事を見つけると、これほど地球人は強情なのかと思うくらいに頑とした視線が返って、ランダーを圧倒する。
「大丈夫。きっと上手くやるから、それまで待ってて。その代わりフェニックス小父さんを絶対に助けてあげて欲しいんだ」
「ジャン‥‥」
「フェニックス小父さんを救えば、〈サイコ〉って敵から地球も救える。そうなんでしょ?だったら、これが一番正しいんだよ」
「正しいかどうかは‥‥保障できないぞ」
「僕が正しいと思うんだ。ビクトリーレオも多分、そう思ったから―」
無言を互いの返事に代えて、ジャンは決意と共に部屋を出て行った。再び圧し掛かるように満ちた闇の中で、ランダーは固く目を閉じる。
ここを出る時には、今度は自分が決めておかなければならない。為すべき事を―その為に生きてこられたのだと、感じられる事を。
足を踏み入れると、狭い室内はひんやりとしていた。
スターセイバーが惑星アセニアの統合本部を訪れるのは、宇宙軍総司令官の任を拝命して以来、数えるほどしかない。元老院の影響が多大に及ぶ弊害を慮って自身の地盤が固いV惑星に宇宙平和連合の本部を置いたことで、自然、サイバトロンの軍中枢もそちらに移行されてしまったから、アセニアの統合本部は形ばかりで、大半がパーセプターを主任に擁する医療部従事者達の研究施設となっているのである。もっとも、軍事的にも政治的にも遠ざけられた場所でそれぞれの研究に没頭できる今の環境は、彼等にとって願ったり叶ったりのようで、ここ数年、医療技術面の発展は目覚しい。
トランスフォーマーの医者になりたいと言っているジャンも、いずれこの医療部で研鑽を積むことになるのだろう。スターセイバーは感慨深く思いを馳せながら、医療部のフロアの一角にひっそりとあるこの部屋の、バトルアップ外装を解いた身体でも幾分か窮屈に感じる薄暗い内部をもう一度見回した。
元はパーセプター所有の研究室の一つだったと聞いている。
狭い室内の中央には長方形のポッド。恐らく治療用の溶液槽だろう。中身が抜かれているせいで、どこか『白雪姫』に出てくるガラスの棺に似ていなくもない。側面には壁面の機器とを繋ぐチューブの接続部があるが、今はどれも稼動されなくなって久しいようで、僅かな熱も感じられなかった。
〝嘆きの部屋〟―その名で呼ばれるようになったのは何時なのか。
フォートレス・ロードから、総司令官の肩書きと共にこの部屋の存在を伝えられた時、スターセイバーは担がれているのかと疑ったほどだった。
サイバトロン宇宙軍総司令官のみが入室を許された部屋。
そして同時に、入る必要がないままかもしれない部屋。
ぶるりと両膝が震えて、スターセイバーは惧れを感じている自分に驚いた。
通路に端然と残ったパーセプターから告げられた一言が蘇ってくる。
―何が待ち受けているのかは、私も知りません―
しかし、これは正確ではないなとスターセイバーは軽く頷く。待ち受けているのは、自分の方だ。
これ以上はないほど深く一呼吸すると、スターセイバーは顔を虚空に向け、声を発した。
「サイバトロン宇宙軍総司令官、〝ヴァーチャーズ〟スターセイバーが参りました」
名乗った声音が静寂に取り込まれる。
刻が過ぎた。静けさが聴覚を狂わせるのか、何拍分が流れ去っていったのかも判らなくなった頃、一点の青い灯が暗がりの底からゆらりと中空に浮かび上がった。
胸底を射抜くような清浄な青。
目にすることも触れようとすることも畏れ多く感じられるそれは、スターセイバーが見守るうちに球状の光輝を生み出し、中心を抱いた細胞核のごとく硬質な物体の欠片に凝縮されていく。
室内を埋めていた闇が、同じ空間に現れ出たその存在に平伏すような勢いで駆逐され、遁走する。スターセイバーは、青い光芒を透かした先に形作られていく人型の輪郭を凝視したまま、無意識に拳を握り締めていた。
これが―
《―スターセイバー総司令官閣下―この〝嘆きの部屋〟になぜ参られたか、お聞かせください》
樹陰から吹き寄せる穏やかな涼風に似た声音は、すでにその、英雄と讃えられた生き身を失った者のそれとは思えぬほどに優雅な韻律を刻んで、微笑みと共にスターセイバーへ向けられる。
「守護士―ウルトラマグナス様‥‥ッ」
突如、そうあることが当然のように竦んでいた身体が動き、スターセイバーは冷えた床にふわりと膝を折っていた。
サイバトロンの守護者。そして叡智マトリクスの一片を抱くことを許された、真の
地球暦二〇一一年に非業の戦死を遂げながら、マトリクスの加護によって高位の霊体へと転移した、かつての宇宙軍副司令官ウルトラマグナスが、生前と何一つ変わらぬ様子でそこに佇立しているのだった。
ウルトラマグナスは己の胸元で輝く蒼の結晶を撫でるように右手を滑らせる。と、目映いほどだった光芒が、芯を絞られたランプの灯のようにチラチラと弱まった。
《私などに額ずく必要はありません、閣下。私の存在意義はサイバトロンと、総司令官閣下とをお支えすることにあるのですから》
どうか、と、本来なら言葉を交わすことすら出来るはずのない英霊に柔らかく促され、スターセイバーはおずおずと立ち上がったが、真正面に向かい合う不敬を躊躇って半歩だけ身を引きながら一礼した。
「お言葉を頂くのはこれが二度目です、ウルトラマグナス様。御存命の折、統合本部の会議場で‥‥」
軍籍にあっても、サイバトロン発足時から常に上層階級に名を連ねていたウルトラマグナスと、ブレインマスターとは言え一騎士から始まったスターセイバーとでは、ほとんど面識など無いも同然だった。無論、スターセイバーがウルトラマグナスの姿を垣間見たことは数え切れないほどある。しかしそれは一方通行の尊崇や憧憬であり、近しい訳ではなかった。騎士に叙せられ、多大な戦功を挙げて初めて言葉をかわせたほどの、遠い存在なのである。
《もちろん、覚えています。当時から貴方の戦術理論には目を引くものがありましたから、私も期待していました。ぜひ、総参謀の席にと》
意外な賛辞にスターセイバーは恐縮し、舌をもつれさせた。
「それは―こ、光栄です。私などに」
《こう申し上げてはなんですが、総司令官職は時に非情であらねばならない。戦績を見るにつけ、貴方には少し荷が勝ち過ぎると思っていました。それでも立派に職務を全うしておられるのであれば、フォートレス・ロードが見込まれた通り、間違いなかったようだ》
零れた笑みに、スターセイバーははっと目を伏せる。
頭の隅にずっと残って離れない疑念を見透かされたような、そんな気がした。総司令官としての責務と、人としての正義。それは思わぬところで相反しスターセイバーを―これまでの総司令官たる者達を―苦しめ続けてきたはずだった。三人の総司令官の影となり、片腕として傍らで彼等の生き様を見届けてきたウルトラマグナスならば、知りすぎるほど知った現実だろう。
サイバトロンは正義を―だが、正義を説くには傷を負いすぎている、と。
ウルトラマグナスはスターセイバーの伏せられた目元を見やると、己の心が痛みでもするように声を曇らせた。
《‥‥しかし、こうして私の元へ参られたからには何事か、閣下のお心を苛む問題が起きたのですね?》
スターセイバーは項垂れ、呻きながら、事の経緯を余さず正確を期して報告した。
一言一言が棘のように、ウルトラマグナスの穏やかだった面を刻まれる皺で険しくさせる。これで充分に説明できただろうかとスターセイバーが思い返せたのは、全てを話し終えた後に流れた深い沈黙の最中だった。
手足が冷え切っている。体内温度の調節に初めて意識を向けて、スターセイバーはようやくサイバトロンの守護士へしっかりと目線を結び直した。
フォートレスが言った。ウルトラマグナスだけが今の自分達が助けを乞える、ただ一人の相手だと。元老院の楔を受けずに動ける存在であるからこそ。
「お力をお貸しください。〈サイコ〉を倒し、囚われたサイバトロン騎士の命をも救うには、私達の手から彼等を守るものが必要なのです」
ウルトラマグナスが頷くと、胸先の光輝がほんの瞬きほど強さを増して、床に落ちたスターセイバーの影を濃く縁取った。
《離反した者達を閣下のその手が傷付けぬよう、彼等の盾になれとお望みなのですね?》
「私達は元老院の進言を受けました。どう引き伸ばしても遅かれ早かれ〈サイコ〉と‥‥造反とみなされたプリテンダー達とも、戦闘状態に入ります。これは不可避ですが、誰も納得していない。と言って、私達の誰かが表立って彼等に手心を加えれば、すぐさま元老院の知るところとなるでしょう」
戦闘の混乱の中でそんな事態が起きれば、互いの猜疑心からサイバトロンそのものが瓦解してしまう。〈サイコ〉の戦闘力を知った後では、それが大敗への引き金になるだろうことも容易に予測がつく。スターセイバーの為すべき仕事は、それが本心に反していても、サイバトロン軍総司令官として〈サイコ〉を討伐し、離反したビクトリーレオ達を捕縛する、それだけだ。
「私達は全力で〈サイコ〉と戦うつもりです。だが、そうなれば必ず、彼等も持てる力すべてで私達を阻止しようと向かってくる。ですから、」
《私が最前線でサイバトロンの一翼を担うことが、すなわち、彼等との正面衝突を回避する唯一の手段》
「決して正しい方法とは言いません。それ以外に考え付かないだけで、私のこの考えは卑怯な偽善かもしれない」
傷付けたくないと思いながら、その頭上に剣を振るわなくてはならないなら、これが偽善でなくてなんだろう。
短い吐息が聞こえた。ウルトラマグナスがそっと、形の良い意思の固そうな唇を真一文字に引き絞る。
《―何も知らぬ者が、それを罪なく偽善と言おうとも、私は閣下のお考えに賛同します》
蒼を溶かした眸の奥に映り込んでいたスターセイバーの不安げな表情が、ウルトラマグナスの力強い言葉を受けて、ようやく安堵に掻き消えた。
―1993/10/29 12:03 Mount’ St.Hilary―
休火山の山麓部に船体のほとんどをめり込ませた格好で止まっている探査船アーク―アイアコーンブリッジは、秋の穏やかな陽を浴びて黄金色に照り映えていた。
現在の所この、不恰好と言っては失礼かもしれない旗艦が地球に於けるサイバトロン宇宙軍の前線兼駐留基地である訳だが、中に通されると軍事基地といった様子よりもむしろ、その大半が騎士達のプライベート空間に充てられており、巨大な余暇施設のような雰囲気に満たされていた。
「驚かれたでしょう?なんか、緊張感なくて」
内面の気概を写したような赤の色彩が特徴的なアイアンハイドが、肩越しに振り返って苦笑する。ウルトラマグナスは「いや、そんな事は」と否定しながらも、艦の中心を突っ切る通路の両脇に並んだ部屋々々を覗き込む度、自身の内に困惑が深まっていくのを自覚していた。
地球暦一九九〇年。サイバトロン宇宙軍総司令官の地位にあったコンボイが、資源探査の為にセイバートロン星を出立したまま消息を絶って、およそ四百万年後。この太陽系第三惑星から全宇宙の同胞に向けて、総司令官覚醒の報が発信されたのは誰の記憶にも新しい。
コンボイ不在の間、デストロンとの長期的戦況は大きな変化を見せていた。コンボイと共にデストロン破壊大帝メガトロンもまた消息を絶っていた為、両軍はそれぞれの頂点を欠いた状態で戦端を維持しなければならなかったのである。セイバートロン星は荒廃の一途を辿り続け、サイバトロンはやむなく、母星に残った民間人を一手に引き連れて惑星アセニアや他の惑星系に移住した。結果としてデストロン参謀レーザーウェーブ率いる一隊に母星の支配権を明け渡す形になり、以降、この歴史的事実は『セイバートロン星虜囚』と呼称されている。
コンボイとメガトロン、この両雄の復活はこうした膠着状態を劇的に打破するものだった。現に、地球と言う新たな戦闘区域でこの数年繰り返されている戦いによって、良いにつけ悪いにつけ宇宙全体の現況すら刻々と動いている。
ウルトラマグナスは、かつてコンボイの指揮下に籍を置きながら、資源探査の任から外されたことによって母星に残された騎士の一人であった。その後、コンボイ不在の軍と政府を繋ぐ機関として創設された元老院に乞われ、元老院付直属艦隊の総司令官となっていたが、コンボイの復籍を知って矢も盾も堪らず地球での勤務を志願したのだ。
もっとも、艦隊総司令を辞して宇宙軍総司令官の一麾下に就くなどと言うことは、一般的に見て降格に当たる不当な人事だと元老院から叱責を受け、転属が延びに延びて今日に至った訳である。
それにしても、確かにここには最前線の緊迫がない。一時期の激烈な戦況が落ち着き、停滞状態にあると聞いてはいたが、駐留騎士達は驚くほどにのんびりとして穏やかだ。
再びコンボイの元で働けると意気込んできたウルトラマグナスの心情からすれば、言い方は悪いが、肩透かしを食ったと思いたくなるのが本音だった。無論、最前線では神妙にしていろ、などと言いたい訳ではないが。
ウルトラマグナスの困惑を表情から素早く読み取ったらしいアイアンハイドは、自分が恥ずかしいような素振りで頭を掻いた。
「何しろ、コンボイ司令がああいう方ですからね。いざって時に命を張るんだから、それ以外の時間は自由に楽しく暮らして欲しいって。まあ、そう言う御自分も自由を満喫してるんですけど」
「よく解るよ。昔から戦いより大事なものを、まず大切にされる方だった。セイバートロンから遠く離れている分、士気を維持するためにはある程度の自由は必要だろう」
「たまに度を越す奴もいて、もめるんですけどね」
そう言うものの、アイアンハイドの苦笑にはどこか、深い絆で結ばれた同胞を誇る気持ちが滲んでいる。
羨ましい、と素直に感じている己にウルトラマグナスは驚いた。誰の目にも完璧に仕事をこなし、騎士達の規範になることが自らに課してきた生き方だというのに、心のどこかではここで営まれる自由で満たされた―死地に立ち向かう為の英気を養うような暮らしに憧れているのかと。
通路の隅に転がったまま忘れられている小さな丸い球に目を止めて、ウルトラマグナスは地球へ来る前に詰め込んだ情報と視覚映像を照らし合わせ、それがバスケットボールと呼ばれる地球人の遊具だと認識した。ここではこれも、あまりにありふれた光景の一つなのだろう。そう考えるとつい笑みが零れた。
「三年も暮らせば、地球のしきたりや文化にも大分親しむのだろうね。私も早くそうなりたいものだ」
はは、と笑って、アイアンハイドが軽く肩を竦める。
「いやあ、俺達もまだ知らないことばかりですよ。大概のアメリカ文化って奴はスパイクやカーリー達に教えてもらうんですけど」
「ああ、我々に助力してくれていると言う地球人だね。私も早く会いたいと思ってるんだ」
コンボイ達が覚醒後に遭遇した最初の地球人青年、スパイクとその父スパークプラグ等は、サイバトロンの重要な協力者としてすでに全軍の騎士達に名が知れている。いずれは地球とサイバトロンをつなぐ役割を担う存在になるであろう事が明白な人物であり、ウルトラマグナスの今回の転属に伴う任務の内には、彼等との今後の協力体制を維持するための関係作りが含まれているほどである。
「彼等はちょくちょく基地へ来ると聞いたが、今日は?」
「あ~‥‥明日は来ますよ。今日は先客があるんで、遠慮してもらってるんです」
「先客?私ではなく?」
転属日の挨拶に自分が出向くことくらい、コンボイにも分からないはずがなかろうにと、ウルトラマグナスは首を傾げて問い返した。と、アイアンハイドの人懐こい表情に悪戯っ子の笑みが重なる。
「俺達のアドバイザー兼、地球の先生って感じですかね。お会いになれば納得しますよ。―さあ、どうぞ」
ついと脇に身を翻して、アイアンハイドが道を開けた。
暖色系に彩られた通路からどこまでが一繋がりなのか、開放されたままの扉の向こうは同じ色彩に統一された艦橋になっており、前面を占める巨大な全方位モニターに向いたオペレーションシートが数席、この艦が探査船として稼動していた当時の場所に残されていた。司令官用の指揮席は全体を見渡すために一段高く据えられるが、その部分はブリーフィング用と思しき長方形のデスクに変わっている。コンボイらしいといえば、まったくらしいリフォームだ。
その一辺に両手をついて身体を傾けながら、熱心に何か聞き入っていたコンボイが、現れたウルトラマグナスの姿に気付いて顔を上げた。
「ウルトラマグナス!良く来たな」
通信越しでない懐かしい声が、波のように打ち寄せて聴覚器官を満たす。その懐かしさと同時についぞ覚えることのない感動が胸を熱くし、ウルトラマグナスは柄になく言葉を詰まらせた。
「コンボイ司令―」
「到着を心待ちにしていたよ。これで千人力だな。来てくれ、こっちへ」
快活に振り上げられた腕で手招かれ、コンボイの傍へ歩み寄ったウルトラマグナスは、と、デスクの手前ではたと踏み止まった。
先程までコンボイが身体を不自然なほど低く傾けていたデスクの一辺に、トランスフォーマーから見れば半分の高さにも満足らない人の輪郭がある。気付かなかったのはデスク自体が高すぎて、肩先から上がやっと出るような状態だったからだ。
予備知識としてアセニアを出る前に詰め込んだ知識から、その人物の姿を正確に捉える。ダークブラウンを基調にした仕立ての良い、スーツと呼ばれる衣服。真っ白のワイシャツにモスグリーンのネクタイ。ワンポイントにあしらったプラチナのタイピンは、上品な人柄を表す小道具として効いている。こういった場に現れる格好としては少々堅苦しい感も与えるが、礼節に則っていると言っていい。
情報通りならば、そこにいるのは正しくウルトラマグナスの知る典型的な『地球人』だった。美醜の点も考慮すれば大分、美しい顔立ちの部類の。
相手は穏やかな微笑を湛えて礼儀正しく分を弁え、自分に会話の矛先が回ってくるのを待っている。
ウルトラマグナスが戸惑った様子で視線を流すと、コンボイはようやく意味を悟って、ああ、と少しばかり笑い声を滲ませた。
「そうだ、紹介が先だったな。ウルトラマグナス、彼とその友人達には私達の地球圏での慣れない生活を、全面的にサポートしてもらっているんだ。文化についての教師役でもある」
「お目にかかれて光栄です、サー・ウルトラマグナス。メタルホークと申します」
言って、真っ直ぐ向けられた眼差しの奥に隠れた、同族への畏敬の念。
ウルトラマグナスは瞠目した。
報告書にあった一文は頭に入っていたはずなのに―コンボイ達が覚醒した直後、その傘下に真っ先に馳せ参じた、太陽系第三惑星に於ける先住組。地球人の姿をほぼ完璧に模倣し、擬態しているという‥‥
「―プリテンダー‥‥」
これだけの人員を揃える軍にいてすら目にすることも無いに等しい希少種の一人は、ウルトラマグナスの不躾とも思える凝視に、ただ微笑んでいた。
《続く》