TITANIA   作:宇宙の正面

16 / 22
今回から第4巻(最終巻)が始まります。
世にも少ないマスターフォース小説ですが、
最後までお付き合いいただければ幸いです!

―第4巻あらすじ―
サイバトロンと決別したホーク達は、
次第に自我を侵されていくフェニックスを追う。
スターセイバーは〈サイコ〉を討つ為に全戦力で挑むが、
そんな中、アグネスが目覚め…




TITANIA第4巻#1

 

―1100 million years ago―

 

 余りにも突然に、独立内乱は終息した。

 トランスフォーマーを一種族として創造主たるクインテッサの手から解放し、奴隷制に終止符を打とうと唱えて立ち上がった指導者A‐3とその直近を固めた同朋達が、セイバートロン星の表層施設に立て篭もって抵抗を続けていた最後のクインテッサ星人の一団を惑星外に退却させたと、全土に向けて発表したのである。

 A‐3に賛同して各地で連鎖的に起こった反乱は勝利と敗北の繰り返しであり、一時は泥沼化の様相を呈してもいた。ましてその間もクインテッサは奴隷としての使役をトランスフォーマーに強いていたし、反乱と言う名の抵抗運動は単なる噴火のようにこの先も永遠に続くのだろうと、ほとんどの奴隷達が内心諦めていた矢先のことであった。

 当初、実際にA‐3と行動を共にしていなかったほとんどの者達は、この発表を信じられずにいた。まず疑いが先に立って、喜びに諸手を上げるより不安が広がったのである。

 遥かな年月、権勢を欲しいままにしてきた創造主がそれほど簡単に負けるものだろうか?逃げたと見せかけて、このセイバートロン星ごと破壊する腹積もりではないのか?

 報復を恐れて、多くのトランスフォーマーは自らの共同仮設に閉じ篭もった。だが待てど暮らせど、クインテッサ達は戻ってこない。その間にもA‐3の命を受けた義勇軍の将達が各地の共同仮設を回り、トランスフォーマーは奴隷の楔から解放された真の鋼鉄種となったのだと説明して、怯える同族達を少しずつ外へと導き出していった。

 そしてA‐3の独立宣言から数日後、ようやくセイバートロン星に、暴虐な主から自由を勝ち取った歓喜と勝利の声が満ち溢れたのである。

 セレブロスは―その頃、フォートレスはまだそう呼ばれていた―A‐3や彼の片腕として軍を指揮した名将サープリスを讃える人々で溢れ返った街区を、自身が働いていた表層の研究施設へとひた走っていた。視界を過ぎる誰もが、種族を救った英雄の下へ集おうと大きなうねりを作りながら道という道を突き進んでいく。熱狂的なその流れに逆らいながら駆け続けるフォートレスに目を留める者は一人もおらず、膨れ上がった熱の底に押し流されているようだった。

 フォートレスもまた、奴隷として使役された一人である。永劫に解けないものと思っていた屈辱的な戒めから解放された喜びが無い訳ではない。己の意思と無関係に、いつ振り下ろされるかもしれない遊興の為の「死」。その理不尽に怯え続けなければならなかった奴隷という業。しかしフォートレス自身が身を置いていたのは、クインテッサの〝死の商人〟としての側面を支える為の忌まわしい開発研究であった。今こうして狂騒的に解放を喜び合えるような、単純作業や肉体労働に酷使された奴隷達とはあまりにも遠く隔たった世界―楔を失った身体にまず這い上がってきたのは、これまで己がしてきたことへの嫌悪と恐怖だった。

 内乱によって、クインテッサがそのままに放棄した様々な施設は、恐らくまだほとんどが手付かずで残されている。研究要員として仕事を与えられていたフォートレスら十数人の他は、その一つがクインテッサの研究施設だということも知らないだろう。だが自由になった今、セイバートロン星は一旦隅々まで調査の手が及ぶ。その過程でA‐3達の知るところとなれば、未だ施設の中に残されている研究のデータも成果も、そして拒否する権利すらなかったとは言えそんなものに長く手を染めたフォートレス達もまた、どんな憂き目を見るか知れない。仕方なかった、などという弁明が通じるような所業でないことは解り切っている―それを実感してまず思い至ったのは、あの研究データを施設ごと葬らなければならない、という一事だったのだ。

 保身の為。他者から見ればそうなるだろう。フォートレスも否定はしないつもりでいた。知られて蔑まれるのは恐ろしい。そしてそれ以上に屈辱があった。奴隷であるが故に、持って生まれた頭脳を主達に搾取されなければならなかった自分が。歓喜に沸き返る今なら、あの闇のような過去を無かったことに出来るのだ。そう思うだけで、フォートレスの気は急いた。

 人波を縫い、大きく迂回して街区を外れ、人影も絶えた表層の工場地帯にようやくの思いで滑り込む。ありふれた小さなプラント群に偽装された研究施設は、幸い戦禍も受けずに、研究員達の帰りを待つような態でじっと鎮座していた。

 どれほどの被害が出ているだろうと案じていた分、拍子抜けするほどに建物は綺麗なままで、恐る恐る踏み入ると内部も外観と同じようにほとんどが無傷らしかった。ただ、エネルギーの供給が寸断されているのだろう、熱感知式の照明はどれも反応せず、長い通路はほんの数メートル先から漆黒の幕を張ったように黒く視界を遮った。僅かに非常用の薄青い誘導灯がちらちらと等間隔に瞬いて、深海じみた世界に一本の筋道をつけてくれる。

 視覚の感度をいっぱいに上げ、フォートレスは壁を手で探りながら進んだ。通路の両側にはいくつも重々しい扉が並んでいる。進むうち、最初は変わらないように思えた施設の内部が、随分と荒らされていることにも気付いた。と言っても、義勇軍に踏み込まれたのではない。フォートレス達にも出入りが許されなかった幾つかの部屋の扉が半開きになり、中から飛び出した荷物が床に散乱しているのを見ると、A‐3の進軍を恐れたクインテッサ達が慌てて逃げ出した様子がよくわかる。

 あれはこんなに弱いものだったのか。

 何故か踏みにじる気にもなれず、創造主であった者達の遺物を跨ぎ越しながらフォートレスは自嘲した。

 惨めだ、と感じる己に対する嘲りだと理解しながらも、歩みは止まらない。その矛盾を振り払うように通路の半ばを過ぎると、最奥にあたる広々とした共同ラボが見えてきた。普段は扉で通路と仕切られていたが、ここも開けっ放しになったまま壊れてしまっている。

 ラボ内は更に無残な荒れ様だった。個々の研究員が並行して別のものを開発するよう与えられていた八つのコンソールは、瘤のような格好で壁面に取り付いていたはずだが、引き剥がされてしまったものか影も形もない。ものになりそうな開発中のデータを抜き出したついでとばかり、A‐3達にデータが渡るのを惜しんでクインテッサが破壊したのだと思われた。本当ならデータのみならず、ここに従事した奴隷達をも一掃してしまいたかったに違いないが。

(殺されなくとも、誰ひとり口外する訳がない‥‥)

 ここでの行いを口にすれば、身の破滅だ。施設自体がなくなったところで、散り散りになった同僚の誰もがその闇を抱えて生きていくしかない。

 フォートレスはしばらくの間、無残な姿に変わったかつての仕事場を感慨もなく眺め回した後、非常停止の操作盤を探して壊れた壁に近付いた。

 これまで使用する機会は無かったが非常停止とは名ばかり、それは施設爆破装置に他ならない。実験中に何らかの対処不可能な事態が起こった場合は、連帯責任として死を引き換えに速やかに消滅せよ、とフォートレス等は常にクインテッサ達から命じられ、その場所を幾度も確認させられている。

 取り払われたコンソールの左手側から三つ目と四つ目、その間に一箇所だけ色の違うパネル板が嵌め込んであった。継ぎ目に指を入れて引き剥がすとバコンと薄い音で外れ、パネルが床に落ちる。現れたのは、指令を発してしまえば引き返すことのできない、ただ爆破を許すだけの黒いボタンが一つ。

(数秒―せめて数十秒あれば―)

 爆破は他の建物への被害を最小限度に収める為、地下施設から連鎖反応的に起きる仕掛けだ。上手くすれば―運というものがまだ残っているのなら、逃げられるだろう。

 フォートレスはボタンに凍え切った指先を押し当て深呼吸をし―ふと、弾かれたように壁際から飛び退いた。

 気配?いや、どこからか微かな風が‥‥

 身を竦めながら辺りを再度見回して、気付く。

「‥‥?」

 壁の一面を埋めた一際大きな、地下へと伸びる扉の前だけが、天井からの赤い非常灯を浴びて床面に美しいパープルのグラデーションを生んでいる。人ひとり分だけ丁寧に押し開かれたその扉の内に、ちらりと何かの気配が動く。

 フォートレスは足音を忍ばせながら中へ滑り込んだ。緩く傾斜した真っ暗な短い通路を下るとすぐ、深部が目の前に広がる。格納庫とも呼べそうな巨大な円形の室内は、非常灯を稼動させているのかうっすらと明るい。それでも物の輪郭をなぞるだけでやっとの心許ない灯の下で、この地下施設の中枢とも言えるメインコンソールの前に人影が二つ動いていた。

 ぼんやりと浮かんだその姿を確認して、フォートレスは咄嗟に声が出なかった。

 息を呑んだフォートレスの気配が廃墟の内に伝わったのか、二人がパッと弾かれたように振り返り、立ち竦む。コンソールを庇うような格好の中老の男性と、一抱えもある円筒形のカプセルを大事そうに胸元へ抱えた女性。

「セレブロス―」

「―バルサー‥‥貴方か‥‥?」

 驚きを含んだ互いの声が交差した。

 バルサーは、フォートレスがこの施設での強制従事を命じられる以前から研究員として働いていた最古参の一人であり、後から加わった若いフォートレスが唯一、尊敬の念を口にできる相手であった。そしてバルサーと共に居る女性は、この施設で出会い、彼が生涯の伴侶として選んだルシータ。施設が放棄されて以降、多くの混乱もあってぷっつりと音信が途絶えていたが、どちらもフォートレスの良く知る相手である。

 フォートレス同様、良い思い出など一切無いはずの場所に二人があえて戻ってきた理由は、聞かずとも解った。この地下は元々、バルサーとルシータの研究実験施設として使用されていたものだ。そして同時にクインテッサが最も期待をかけ、価値のある『商品』がいくつも生み出された場所。

「‥‥同じ事を考えたようだね」

 バルサーがぽんとコンソールを叩いてみせると、モニターにうっすらと光が宿っているせいか、手の形がくっきりと影を作った。非常電源をどうやって切り替えたのか、コンソールは低い唸りを上げて稼動を続けている。

「自己壊死アルゴリズムを注入したから、データはこれで誰の手にも渡らないはずだ。クインテッサ達も随分いじったようだが、こっちにはプロテクトを施していたからデータは一つも盗られていないよ。よほど歯噛みしたろうが‥‥君もそれが心配で来たんだろう?」

「ええ、どうしてもそのままにはしておけなくて。データもそうですが、何よりこの地下を‥‥」

 応じて、フォートレスの視線は不安げに床を這った。照明がないせいで黒く墨を流したような色に沈んでいる床面は本来、この下に造られた巨大な半球型の育成槽の天井部、つまり蓋の役目を成している。

 不意に踏み付けているものから爪先へと恐怖が駆け上がり、フォートレスは振り払うようにバルサーへ目を戻した。バルサーもまた床を見下ろしていた目を上げ、首を振る。

「セレブロス。気持ちは汲むが、あれをどうにかなんて今の私達には出来ない。君も気付いているだろう?『あれ』はどこかおかしい。私が考えていたものとはあまりにも違う、かけ離れた怪物になってしまった。まるで何者かが―」

 がらんとした空洞に、戦慄を飲み下す音がする。

 何者か―名も知らぬその存在の耳を恐れるように、バルサーは首を振った。

「‥‥もう放っておくしかない。第一、硬化外装だけではこの先どうなる訳でもあるまい」

「いえ、放置する方がよほど危険です。何の弾みで覚醒するかわからないようなものをセイバートロンの地下に置き去りにするなんて、少し考えればどう言う事かおわかりになるはずだ、貴方らしくもない。こんな決断をしなければならない私だって、心が痛みます。ですが研究はもう放棄されたんです。残らず、今の内に死なせてやった方が―」

 言いかけたフォートレスの視線が、バルサーの陰へ隠れるように後ずさったルシータの、怯え切った眸とぶつかった。

 なぜ考えが及ばなかったのだろう。

 ああ、それは仕方のない事だ、と。

 ルシータの薄い胸と両腕が、母親にしか備わらない堅い勇気を振り絞って決して離すまいとしている物体を、フォートレスはこれまで何度も見、そして知っていた。それがバルサーとルシータにとってかけがえのない、研究物としての枠を越えた愛情の対象であることも。

 愕然とするフォートレスの沈黙に目を背け、バルサーは妻と、その腕の中にあるものを守るように片腕で抱き寄せた。

「殺してしまうのは簡単だ。だが、罪のない命じゃないか。罪は私達にこそあるのに、どうしてこの子に背負わせていい理屈がある?」

「しかし‥‥ッ、それは―」

「きっと私が責任を持つ。いつかセイバートロンからも連れ出して、二度と再び、一つには戻さないと約束する」

「バルサー、それは違う。貴方が構築した組成プログラムですよ!引き離すだけでは、むしろ永劫に危険が付きまとう事ぐらい御存知のはずですッ。ここで生まれた者に他の居場所なんてない―この〝二人の苗床〟以外に!」

「わかってくれッ」

 悲鳴のように迸り出たバルサーの叫びは苦痛に歪んだ。夫の身体に半身を預けて、ルシータはただ小さく震えている。それでもきつく結んだ腕の力が弱まることはなく、フォートレスの胸郭に理由の付け難い淡い敗北感を穿っていった。

「何もかも終わったんだよ、セレブロス‥‥苗床はもう、終わったんだ‥‥」

 フォートレスは両の拳を堅く握り締め、挑むように己の爪先を見下ろし続けた。

 逃げるような二つの足音が傍らを行き過ぎ、気配を追うことも出来ない知らぬ場所まで、遠ざかってしまうまで。

 

 

―2029/7/7 18:47 The Moon―

 

「‥‥してやられたな‥‥」

 ブレイバーがそうぼやくまでもなく、ブリーフィングルームに落ちた絶望的な沈黙がそれを肯定していた。

 スターセイバー以下、主要な将官がざっと二十人近く。戦艦タンクレディ内の仮本部にようやく顔を揃えたと言うのに、円卓中央で展開するディスプレイに映し出された映像を見た途端、全員が石になってしまった。

 ワジを挟んだ両岸全体に布陣を張るサイバトロン軍の全景。

 飛来する金色の獅子。

 空中で戦端を開く焔色の戦闘機。

 そして―展開される戦闘。

 火と砂と風と。

 望遠の映像だということは、視界が岩場から岩場へ移動していく過程での画像の乱れで判断できるが、距離までははっきりしない。地上面で十キロ、いや二十キロは離れているだろう。あの場所で飛び交った多くの怒号と悲鳴の音が入っていないことだけが、画の中の唯一の救いに思えた。

 これはなんだと誰かに説明を求めるまでもない。三時間前、地球の動画サイトに突如アップされたこの映像は、瞬く間に世界中の電子の網を通じて人々の目に晒された。『政治的判断』の解釈を以って画像が削除されるまで、およそ五分。だが、その数分の間にダウンロードされた映像は次々と違法に増殖し、今現在でも右肩上がりに億を超えたアクセス数を伸ばし続けている。

「トルコ政府に周囲五十キロの領空を封鎖してもらっただろうッ。軌道上の衛星も全部退避させたはずだぞ、それをどこから―」

 テーブルの端を力任せに叩いて思わず喚いたブラッカーの、治療半ばで放り出された傷ばかりの身体を溜息と共に見やって、ブレイバーはどちらかというと感心したような口調でモニターを指差した。

「最近の玩具ってのは性能が格段に良いんだ。ちょっと手を加えればこの通り、スパイ衛星並みのレベルに持っていける。しかも遠隔操作で」

 ブラッカーは面食らった顔でブレイバーを凝視し、呆気に取られた調子で問い返す。

「じゃあ、何か?これは一般市民の単なる録画機器だって?」

「でなければ俺達が発見してるさ。おそらくはリモコンが利くのもせいぜい十キロだ。南側の一番近い街辺りか国道からでも地上すれすれを飛ばせば、短波のままで充分いける。大体、この映像を最初から狙っていたかどうかも疑わしい状況だぞ。あの谷にはこの時期だけ群を組んで移動する野生動物も居るって話しだし。ほら、出た」

 画の右端に、皿のような黒い孔から吐き出される〈サイコ〉の真白い巨体が現れた。レンズの位置が左寄りに固定されているためか、ワジに沈んだ〈サイコ〉の姿は画面から見切れて、その周囲で何が起こっているのかほとんど撮れていない。

 数分後、そのワジに向かって天空から一直線に閃光の柱が落ちた途端、巨大な地震に襲われたように地面が波状に隆起し、跳ね上がったカメラの映像は横倒しになりならが真っ暗なノイズの嵐に飲み込まれた。そこですべてが途切れる。

「撮ろうと思ってたなら失敗作だが、ただのビックリ映像としては面白い。アップした人間はそれくらいの軽い気持ちだったんじゃないのか?」

 映像を動画サイトに気安く投稿しているのだから、指摘されるまでもなく、政治的な意味も軍事的な意味も持っていない地球人の軽挙が引き起こしたことなのだという事実は明白なように思われた。それが解るからこそ、先程から一言も発しないでいるスターセイバーは、投稿者の特定を早々に止めさせてしまっている。粛然としたその態度には、この先に来るであろう結果のみを甘んじて受け入れる覚悟が滲んでいた。

 地球各国政府との間には、国連を通じた非報道協定が布かれいる。これはトランスフォーマーという招かれざる種族が地球上で効率的に行動でき、かつ地球人に与える畏怖を最小限に留める為に結ばれたものだが、あくまでも報道機関に限って遵守されるべき約束事である。前世紀末から急速に発展した電子世界は、テログループやそれに類する過激な団体のサイトを除けば特別な監視もなく、それぞれの管理者の見識に頼って運営されている状況で、最近のトランスフォーマーの動向はほとんどがこういったサイトの書き込みや動画の投稿で世間に知られることが一般的になりつつあった。

 しかし、正規のルートを外れた情報過多という事態は逆の側面を持つ。つまり、悪意と憎悪の増長。

「総司令官―」

 緊張した声が、モニターを逐次確認していた末席の将官から上がる。スターセイバーが頷いて促すと、円卓のディスプレイ画面が複数のモニター画像に切り替わる。

 小さな画面に映し出された各都市の一角と思しき大通りは、昼と夜とに関わらず、手に手に即席のプラカードや横断幕を掲げた人々の列で埋め尽くされていた。判で押されたようなシュプレヒコールは英語、フランス語、中国語、ギリシャ語‥‥その他の様々な言語で同じ台詞を繰り返している。

―出て行けトランスフォーマー―

―地球に戦争を持ち込むな―

 聞き飽きた単語の羅列だ、とブラッカーは画面から目を背けて吐き棄てた。ブレイバーは、オリジナリティが無いなと皮肉混じりに追従して、座に満ちる緊迫感を追い払おうとしたが、スターセイバーの横顔に目を止めた途端、総司令官の憂いを悟って口を噤む。

 スターセイバーはゆっくりと首を二度振り、画面を撫でるように見やっただけで視線を外すと、卓の上に組んだ両手を固くした。一拍置いて、その顔がぐっと持ち上げられる。刹那の気迫は、一様に将官達の背筋を震わせるのに充分だった。

「非報道協定は生きている。ガラタの谷での一部始終がネットに流れたとしても、ここまでの騒ぎなら予想の範囲内だ。我々が動揺していては、これからの作戦が萎縮してしまう」

「ですが、デモの規模が広がるようでは‥‥」

「各国には取り締まりの強化を要請しよう。我々の最終目標はあくまでも〈サイコ〉の脅威を地球上から排除する事であって、デモを行う一部の人々の望みを叶えてやる事ではない。我々が去ろう去るまいと、〈サイコ〉には何の影響も与えないのだから。今更―私達がこの肉体を厭うてどうなる?」

 スターセイバーの厳しい断じ方は彼らしくないという以前に、作戦を完遂させられなかった己への嘲りに満ちていた。

 トランスフォーマーが鋼鉄族として在る限り、脆弱な肉体しか持たない地球人に「機械」に抱く以上の友愛を求めるのがそもそもの間違いなのだと嘯く者は、実は多い。それを言ってしまったら、デストロンのように地球人を愚かしい下等生物と切り捨てるよりも、真の相互理解など得られないと感付きつつも接する方が偽善なのかもしれない。

 似通った姿なら信じられて、少しでも違えば信じない。地球の歴史を眺めれば面白いほどにその繰り返しだ。国の違い、宗教の違い、肌の色の違い。差異を見つけて攻撃することで、己の側を正当化しようとする。映し出されたデモ行進の人波に加わっている一人一人がまた、そうなのだ。他者が恐ろしいから主張しているだけ。隣人は非難できなくても、画面の向こうから出てこない機械の異星人なら声高に非難できる。

 ブラッカーは唇の端を歪め、身体に走るものよりも大きな疼きと痛みを無言の内に耐えた。

 ホーク達は地球人の身内に流れるその忌まわしくも悲しい性を、嫌と言うほど知っていただろう。だからこそ容姿を彼等に近付けていったのではないか。トランスフォーマーにすれば瞬く間に過ぎるほどの、ほんの少しの時間でいい。真実の愛や友情を得ようとして。だが、そんな想いに反して彼等こそがこの禍の中心に導かれてしまった。

 〈サイコ〉の胸部外郭を剥ぎ取った時、溶液に満たされたポッドの中に見たもの。フェニックスと共に漂っていた地球人の少女としか思えない者を、あの時ホークは、アグネス、と呼んでいた。驚愕を込めて。

 タンクレディに戻されたフォートレスを待って、スターセイバーと共にそう報告はしたが、果たして良かったのかどうかブラッカーは釈然としないままだった。フェニックスと〈サイコ〉―その二つの間に、何か想像もつかない闇が横たわっているような気がするのは、単に勘繰り過ぎなのか。

 知らない事が多すぎるのは、ただ空しい。すべてを知れば正気でいられなくなるとしても、知らないよりはましだとブラッカーは歯噛みした。

『―結局これが、最善の策というものかね?』

 氷柱を抱え込んだような冷徹で鋭利な声音が、画像を裂いて卓の中央に突き立った。

 大河のようなデモ行進の映像を残らず押し退けて伸び上がったウィンドウに、端座した老人の姿が現れる。ひたとスターセイバー一人に投げられた視線の奥に反駁を許さない高圧的なものが潜み、室内は水を打ったように静まり返った。

 滅多なことで宇宙軍総司令官とその近習以外の前に顔を出さない元老院最長老は、怒りと嘲弄に皺深い顔を歪めていた。

『 “ヴァーチャーズ”スターセイバー。よく見たまえ、貴卿の愚策が引き起こした最悪の事態が、これだ』

「トランスフォーマー種へのデモは日々、宇宙のどこかで起こっています。すべて気にしていてはきりがありません」

 返ったスターセイバーの声音に、密やかな刃が含まれる。ブラッカーはぎくりとし、腰を浮かしかけたが思い直した。生身でない相手との間に自分が割って入ったところで、言葉の応酬が止まる訳ではない。どちらがより思慮深くいられるか、この醜態の結末はそれに賭けるしかないだろう。

 スターセイバーの思わぬ反抗に、最長老はやや色を失っているようだった。

『問題なのは、この群集心理だ。それも局地的ではない、大規模な行動そのものがだ。いいかね、地球人は彼等自身が作り出した狂騒を止める術を知らない。だからこそこちら側に付けておかなければならんのに、これでは逆効果だ』

「こちら側、ですか」

 呟きの底へ殺した感情に、微かな蔑みがある。スターセイバーは首を振った。

「地球人の感情に、こちらもあちらもない。彼等は我々全体を―トランスフォーマーを恐れているのです。それくらいの事実は御承知でいらっしゃるはずだ」

「総司令官ッ」

 言葉が過ぎれば叱責では済まない。慌てて遮ろうとしたブレイバーを厳然と片手で止め、ウィンドウを射るように見返したスターセイバーの眸は勇敢なほどだった。

「彼等の母星だ。出て行けと言う者達のどこに非があります?彼等の土地を荒らしたのはデストロンだけではない、サイバトロンも荒らしたんです。同じだけ、同じ脅威で踏みにじった。罪を―犯した」

『それを嘆くのは偽善と言うものだ』

「ええ、そうです‥‥偽善です。私自身が命じて、部下達にその罪を犯させた訳ですから」

「よせッ!」

 怒声がブラッカーの口を突いて出、座を薙いだ。スターセイバーは咎められたことが意外な風に瞠目し、数拍分の呼吸を殺した後、友の直情的な反応に苦笑する。元老院の頂を成す人間の前で臆せずこんな言い様が出来るブラッカーが羨ましくもあり、上官として見れば危なっかしい事この上ない。

 お前が睨まれる必要はない、と目顔で告げて、スターセイバーは言い足した。

「今回は明らかに私が戦況を読み違いました。御叱責をどのように受けようと謝罪の言葉もございませんが、今一度、猶予をお与え下されば―」

『あの怪物どもを捕える必要などない、と申し上げたはず』

 最初から殲滅を命じたはずだと、将官の耳を憚って明言こそしなかったが、スターセイバーには振り下ろされた鉄槌の冷たさでその意図が違わずに通じた。

 映像の反対側に端座した老人の顔に逃げる様子もなく注がれた双眸が、翳りを帯び、闇を呑む。

 一人の命で万人を守れる、だって?

 そんな台詞は戦争屋の馬鹿げた弁解だ。元老院にとってはこの地球が、犠牲になっても仕方のない一人分の命の価値しかないと言われたも同然なのに、自分は噛み付くどころか従うふりをするしかない。同胞の多くに傷を負わせ、生死の境に突き落としながらも尚、矛盾だらけの場所に爪先立ちしてバランスを失わないように堪えているしか。

 いっそ理想主義者だと嘲られても、利己主義者よりはましな生き方だとスターセイバーは吼えたかった。

「‥‥〈サイコ〉は捕えます。息の根を止めてでも」

 今一歩の境界で踏み止まれたのは、そう吐き出した途端に胸郭を抜けていった業火の為だったろうか。最長老を笑みと共に眺めやると、スターセイバーはきっぱりと言い放った。

「地球人達に追い出されるなら、それも結構。我々が持ち込んだ騒乱の種さえ駆逐できれば、私は喜んでここを去ります。この惑星上に居続けなければならないと、誰が決めた訳でもないのですから」

『 “ヴァーチャーズ”スターセイバー!』

 迸り出たのは狼狽だったはずだ。しかしスターセイバーは無視して端末に手を伸ばし、叩き付けるように回線を遮断すると、溜め込んでいた呼気を絞りながら吐き切った。

 フフッ、とブレイバーが咽喉を鳴らして笑う。笑い事じゃない、とブラッカーは一瞥をくれたが止めようとはしなかった。ただ天井を仰いで嘆息する。

 誰が決めた訳でもない、の一言は、元老院の逆鱗に触れるには充分な一撃だったことだろう。

 天の川銀河の端、超銀河の体系からすれば辺境と言って差し支えない太陽系惑星群をサイバトロンがこの数十年重視してきたのは、ひとえに、かつての宇宙軍総司令官コンボイの想いに拠る所が大きい。かの伝説的英雄が永年の睡眠状態から目覚め、一部の尊敬に値する地球人と育んだ信頼と友情とが、自分達が持ち込んだデストロンとの戦禍から彼等を守るという使命感を生んだのだ。

 その想いは連綿とサイバトロンの根底に流れてきたが、元老院の見方は大きく異なった。

 元々、元老院はコンボイが生死不明となっている間に宇宙軍と各恒星系の民主政府をつなぎ、一手に切り回してきた機関である。大局を見定める事であらゆる均衡を如才なく保ってきた元老院にしてみると、地球などという―文明も種族も黎明期の―得にならない惑星に総司令官自らが目をかけるのは、甚だ忌忌しい事態だった。だがその一方で、地球に懸けるコンボイや、その跡を継いだロディマスの心理を巧みに利用し、巨大なサイバトロンという軍隊を一つの意志の元にまとめさせていたのも事実だったのだ。

 地球は目障り、しかし絶大な威力を持つ楔。

 元老院が使い続けてきたその駒を総司令官自らが切り捨てようと言うのだから、動揺するはずだ。もう言いなりにはならないと宣言されたようなものである。

「まさか―」

「地球を‥‥本当に‥‥?」

 一時の息詰まった緊張が解けた途端、ブラッカーは将官達の間に生まれた囁きが辺り一面を疑念の羽根で飛び交っている事に気付いた。

 元老院を牽制するだけなら良かったが、スターセイバーの言葉には総司令官としての―軍を統括する者としての―権力がある。公人として口に上せた単語は、ただの思いつきや冗談で片付くものではない。もし総司令官が地球からの撤退を示唆すれば、それは騎士達にとって至上命令なのだ。

 しかし地球勤務の長い者の中には、すでに地球人と非公式に交際している者も少なくない―

 ブラッカーの心配を汲み取ったのか、スターセイバーは席を立つと、不安げな視線を見交し合っている将官達に向かって穏やかに声をかけた。

「君達に無理強いはしたくない。私がこれから成す事のすべてが正義であるとは嘘でも言えないし、地球人達からは憎まれ、忌まれる事にもなるだろう。今にも元老院が私を更迭して新たな指揮官を送ってくる可能性もあるが、そうなれば私は私兵だ。地球から去らねばならなくなるだけでなく、罪を問われるかもしれない。それでも尚、私に付いて来てくれるという者があれば助かる。無論、残る者もまたそれでいい。思うとおりの選択をしてくれれば、それでいいんだ」

 一人一人を見渡して、その眸に透けた部下達の本心を確かめて満足すると、以上だ、と短く告げてスターセイバーは踵を返し、そのままブリーフィングルームを出て行く。

 急いでブラッカーが追って出ると、スターセイバーの背はドアの外に待っていたフォートレスの前で止まっていた。奇妙なことに向かい合った二人は、まるでその場にいる『三人目』に話しかけるようにそれぞれ壁側を見やって、神妙な面持ちをしている。

 瞬間のことだが、ブラッカーにもその誰かの輪郭が見えたような気がした。赤と青と―人ならぬ光輝の。

「ブラッカー?」

 振り返ったスターセイバーに呼ばれて視線がずれると、視野にはもう総司令官とフォートレスの姿があるばかりだった。追いかけてきてくれた友の様子に微笑んでいるスターセイバーを軽く睨んでおいて、ブラッカーはその輪に加わる。

「俺はこっちの頭数に入ってるでしょう、総司令官?これからどう動くか、次の作戦を聞かせてください」

「その前に怪我を治す方が先ではないかね、副司令?」

 フォートレスがブラッカーの傷だらけになった外皮を眺めてからかい混じりに言い、スターセイバーを見やる。ブラッカーは上官が友人としての忠告を言い出す前に、何故かちらりと鏡のように磨かれた壁の方を確認してから、懇願するように言った。この時ばかりは古い親友の一人として。

「セイバー、俺にも全部教えてくれ。フェニックスは‥‥彼は一体、何になろうとしてるんだ?それを知ってるから救いたいんだろう?」

 沈黙が長い尾を引いてスターセイバーの口を噤ませた。

「‥‥それは、私に説明の義務があるようだ。彼になら、構いませんでしょう?」

 フォートレスの発した承諾の問いがスターセイバーではない方向へ向けられていることに驚いて、ブラッカーは飛び退くように背後を振り返る。だがそこにはやはり、冷たい艦艇の壁が左右に伸びているだけだった。

 

 

《続く》

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。