TITANIA   作:宇宙の正面

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TITANIA第1巻#2

 

―2029/7/4 20:32 California―

 

 重い腰を上げて、ようやく次の論文に取り掛かろうとした矢先、仕事部屋に駆け込んできたキャンサーが血相を変えているのに気付いて、ダイバーは手にしていた本をバサリと爪先に取り落とした。

 この十年でぐんと背が伸び、すっかり大人びてはいても、東洋人特有の顔立ちにまだ以前の幼さを色濃く残したキャンサーは、一つに編んで背に垂らした長い黒髪を振り乱しながら、開け放したドアに縋りついたまま搾り出すように言った。

「すぐ来て、ダイバー!今ニュースで‥‥ッ」

 聞き終わるより早く、弾かれたように部屋を飛び出したダイバーを慌てて追って、キャンサーもテレビの置かれたリビングルームに駆け戻った。

 食卓にはキャンサーが途中で放り出した遅い夕食のトレイが残され、テレビ画面からは、先ほどからほとんど内容の進展しない臨時ニュースが繰り返し流れ続けている。白髪のベテランキャスターが身を乗り出すようにして画面横の中継映像に目をやりながら、手元の原稿を読み上げていた。

〈―この崩落により、現在もマンハッタン島の地下鉄は全線不通の状態で、独立記念日を祝う花火大会は急遽、主催側の意向ですべて中止となっています。では、構内崩落が起こった現場から、ダイアナ・リジーに伝えてもらいましょう〉

 画面が切り替わると、赤毛のレポーターが緊迫した顔つきで現れた。その遠景に地下鉄の出入り口と、群れを成して停車した消防車やパトカー、周囲を駆けずり回るレスキュー隊員達の切迫した姿が映る。赤色灯とサイレンを残して急発進する救急車の傍には、搬送を待つ大勢の怪我人が担架に乗せられ、路上の夜気に晒されていた。道路に座り込み、介抱されている者達もいるようだ。レポーターの声は極力冷静にあらましを伝えていたが、横から他の報道機関の声まで入り込み、現場の混乱を増長した。

〈―といった状態で、負傷者の正確な人数はまだ確認されておりませんが、およそ二百人ほどに上ると思われます。負傷された方々は一様に、今回の事故原因について「巨大なトランスフォーマーが突然ホームに現れた」と話しており、これを裏付ける映像が先程―〉

「そんな、馬鹿な‥‥」

 月の第一方面軍本部基地で、トランスフォーマーの無断侵入は走査されているはずではないか。

 思わず呟いたダイバーの腕を、引き寄せるようにキャンサーが摑んだ。

「ほらこれ、この映像見てッ」

〈では、ホームに設置されていた監視カメラの映像をご覧ください〉

 画面いっぱいに、乱れたモノクロの映像が流れ始めた。何かの衝撃を受けて傾いだ画面は、濃い粉塵に遮られながらも、上りホームの最も端から地上へ伸びるエレベーターの残骸の一つを中心に捉えていた。激しいノイズと幾度も途切れる映像は見難いが、そこに映り込んだものの巨躯は、一目でそれが機械の肉体―トランスフォーマーであると判別できるほどに無慈悲な気を放って存在していた。

 天井や壁が巨体に押し広げられ、連鎖的に崩落している足元に、逃げ惑う人々も映っている。やがて画面の中で、それまで微動もしなかった巨躯が左手を動かしたかと思うと、むしり取った枝のように何かを持ち上げた。

 不自然な格好に拘束されたそれは、人だ。ぐったりとした全身から精気は感じられない。

「‥‥‥あれ、フェニックスだよな?そうだよな?!」

 キャンサーの声が、飲み下す呼気を凍えさせた。ダイバーはそれを打ち払おうとしたが上手くいかない。縋りつくキャンサーの指と、現実を伝えるキャスターの言葉が重なった。

「今日、ニューヨークに行くって言ってたんだろ?!」

〈未確認の情報ですが、エスカレーターの最後尾に取り残された親子を庇った若い男性一人が、このトランスフォーマーに連れ去られた模様で―〉

「ダイバーッ」

〈―身元は判明しておらず、警察は市民からの情報提供を呼びかけて―〉

 不意に、緊急を知らせるコール音がダイバーの左手首で起こった。通信機の小さなモニターが点滅し、早く応えろと急かすように鳴り続ける。ダイバーはただ反射的に手首を引き寄せ、モニターを覗き込んだ。その向こう側にランダーの強張った顔がある。まるで怯えたような声で、ランダーはきっぱりと告げた。

『ニュース、見たな?』

 推測ではなく確認の言葉。ダイバーは頷いて、手短に主語を省いた。

「ああ。まだ行ってないんだな?」

『その途中だったんだろ』

「間違いないのか?」

『こっちで、別の映像でも確認した。連れ去られたって奴はフェニックスだ。何度かコールしたが、反応が無い。位置も特定できない』

「だが、どうして?何であんなものがニューヨークに出る」

 その問いには応じず首を振って、ランダーは悪態をつきながら特徴的なプラチナブロンドの髪を掻き回す。

『ホークに知らせたか?』

「いや、俺も今見たばかりだ。すぐ知らせる」

 一瞬の沈黙が、空しく互いの隙間に落ちた。

『どうする、これから。あの映像を見る限りじゃ、あいつの怪我は相当‥‥‥』

「とにかくホークに知らせないと。対策はそれからでないと立てられん。それに」

 と、言いかけてダイバーは躊躇うように口を噤んだ。その言葉尻をランダーが汲み取る。

『第一方面軍、か。問いたださん訳にはいかんだろうな。どう考えたって、これは失態だ』

 それも明らかな。それでも、第一方面軍司令官を勤めるブレインマスター・ブラッカーと対等の席に着けるのは、ホークだけだ。ここで非難しても始まらない。

「今はフェニックスの無事を祈るしかない。すぐこっちに来れるか?ランダー」

『なるべく急ぐ』

「そうしてくれ。俺一人じゃ、手が回らん」

 慌ただしく通信を切ると、ダイバーは思わずしかめた顔を片手で覆い、冷え切った長い呼気を吐き出した。できるならこのまま、へたり込んでしまいたい。だが、一時に圧し掛かったこの重荷を振り払っても、立ち塞がる障壁を越えて行くための身軽さを取り戻せる訳ではないことくらい解っていた。

 ダイバーは指の間から、傍らで強張った真っ直ぐな視線を向けてくるキャンサーを見やると、その肩に手をやった。

「俺はホークと連絡を取らなきゃならん。その間、他の対応を頼めるか?」

 ニューヨークであれだけの事件が起こったとなれば、こちらが第一方面軍を通して規制をかける前に、あの映像は瞬く間に世界中へ配信され人々の目に触れる。テレビの向こうで大多数が粗い画面に映ったトランスフォーマーの偉容に目を奪われても、その手に捕われた者の姿をジンライやシュータ、他の近しい者なら簡単に見極めてしまうはずだ。いや、この瞬間にも知ってしまったかもしれない。知れば黙って見過ごせる訳もなく、ここへ駆けつけてくるだろう。だが―

「‥‥‥ダイバー、平気か?」

 気遣わしげな呼びかけに驚いて、ふっとキャンサーの肩先から手を引き戻しながら、ダイバーは「ああ」と頷いた。

「大丈夫―少し、混乱してるだけだ」

 そして懼れている。どこから吹き降ろしてくるのかも判らない凍えた風が、ずっと胸の奥底を掻き乱しているのを。まるで、真の闇しか訪れない荒れ野を彷徨い歩く者を押し潰そうとするような、この不安を。

 通信機に指を這わせたまま、ダイバーはもう一度深く息を吸い込んだ。

 

 北極と南極、二点を中心に展開されたレーダー探知用モニターを隅々まで見回してから、駄目だ、と自分に言い聞かせるような声で吐き出して、ブレイバーは両脇に立ち尽くしたラスターとブラッカーを、やや濃い青で彩られた眼で交互に見やった。

「熱源まで完全にロストした。現実問題、これ以上は追えない。単体で、しかもあれだけの質量で、こうも完璧にレーダーから存在を消せるなんて大したもんだよ」

 感心するようなブレイバーの言い様が気に障ったと見えて、苛立たしげに肩を怒らせていたブラッカーは派手に舌打ちし、モニターを睨んだ。

「最後のポイントはどこだッ?」

「ニューヨークの地下鉄構内の次がヒューロン湖上空。2秒後にユカタン海峡へ移動。更に0.5秒でチリ海溝の真上に出たけど、そこで消えた。‥‥‥おい、太平洋総ざらえする気じゃ無いよな?」

「俺はそこまで馬鹿か」

 ブラッカーは豪放磊落な性格をそのまま引き写したような、赤と黒のコントラストで強調された身体を豪快に捻って壁を蹴りつけると、第一方面軍筆頭司令官の肩書きなど忘れたように悪態をついた。

「で、ニューヨークに送った救護隊は?」

 憤懣やるかたないリーダーを横目に、ラスターが引き取って問うと、コンソールに走らせた指を戻して、ブレイバーが頷く。

「ああ、救助は粗方終わってる。死亡者が出てないのは幸いだな。ブラッカー、ニューヨーク州知事から今回の被災について説明が欲しいと通達が来てる」

「説明?!こっちが欲しいくらいだってのに、何を話せって?」

「俺に当たるな。問題はそっちの説明より」

 目顔で示したもう一面のモニターに大写しされた映像は、地上で放送されたノイズ混じりの不鮮明なものとは違い、光学処理されたおかげで崩落の始終とその原因を生み出した中心とがくっきりと判別できるようになっている。未確認の巨大なトランスフォーマーと、顔だけは何度か見知っているフェニックスの、地球人としか思えない傷ついた姿。

「世論が相当騒ぐだろうな。どう見たってこの状況じゃ、彼は『地球人』の被害者だ」

「地球人だろうがトランスフォーマーだろうが、被害の重さは変わらん」

「だが、公表できない事実は無意味だろう」

 ブレイバーの論旨はあくまでも冷静だ。言われるまでもなく、地球に在住するプリテンダーの存在を公にしていないサイバトロンにとって、この事件の被害者はトランスフォーマーなので安心しろと発表する訳にはいかない。被害者がトランスフォーマーだと知らせれば逆に地球人全体の不信を招くだけでなく、不安感をいっそう煽ることになる。トランスフォーマー間の争いが、再び持ち込まれたのではないか、と。

 どのみち、状況は最悪だ。何一つ解決への手立てがない。

「無能だな。まったく」

「雁首揃えて、俺達全員がな」

 吐き出したブラッカーを睨め上げてブレイバーが冷たく付け足す。ブラッカーは失言だったと認めるように肩を竦めて、すまん、と呟いた。

「とにかく、地球上くまなく走査をかけてくれ。逃げた奴の居場所を特定したい。ニューヨークにやった一個小隊は探索に回せ。基地内で手が空く者も、ヨーロッパ、アフリカ、アジア‥‥‥全地域に降下させろ」

「了解、俺が指揮を執ろう」

 ラスターが応じて踵を返し、いち早く司令室から飛び出していく。その背を送って、ブラッカーは思いつく限りの指示を口にした。

「それから防衛システムのプログラムを洗い直せ。あんなデカブツが易々通った理由が知りたい」

「それは俺がやる」

「頼む。よし、これまでの経緯をスターセイバーに―総司令官に報告する」

「今つなぐ。アセニアで会議の最中だから、都合がいい」

 失態を報告するのに好都合もなにもあったものでは無いが、ブレイバーの言い様はむしろ、長年同胞としてやってきたブラッカーの気概を見越した冷却剤代わりに働いた。

 モニターの中央にサイバトロンの紅いマークが現れ、数秒のラグで切り替わった空間にスターセイバーが顔を出す。戦闘時の形態と違い、同じブレインマスターとしての外装に留められた姿は一見すると温和そのもので、総司令官という肩書きを知らぬ者なら研究者か医者とでも見間違う事だろう。

 その深い藍を含んだ柔和な双眼が、敬礼を施すブラッカーを見つめて困惑に揺れていた。

『―ブラッカー、今さっき大まかな一報はあった。どういうことだ』

「こちらもまだ、現状をお伝えするしか出来ません。未確認のトランスフォーマー一体が、現場に居合わせたプリテンダー一人を拉致して逃走。現時点で地球飛来の目的、行動ともに不明。第三勢力との接触も未確認。走査に全力を挙げていますが、残念ながら‥‥‥」

「映像を送ります。ご覧になってください」

 ブレイバーが言って端末に指示を与えると、例の地下鉄構内で撮られた唯一の物証がアセニアに転送された。スターセイバーの周囲でどよめきが起こる。画面からは外れて見えないが、会議を中断してその場に回線をつないでくれたのだろう。おそらく各宙域の優秀な司令官クラスが居並んでいるはずだ。

 激戦区と言われる地球での戦闘がスターセイバー自身の手で終結してから四年あまり、ここ最近はデストロン残党や前線遊撃隊(プレダコンズ)の太陽系外での台頭が著しい。宇宙軍総司令官として本部に戻って以来、スターセイバーが地球に赴くのは年に一、二度。それだけ外域での衝突が激しいのだ。そこにきて、未確認のトランスフォーマーが地球に単身で乗り込んできたとなると、かなり逼迫した事態と考える方が自然である。スターセイバーが一番に信頼を寄せるブラッカー達に一任している地球が手薄ということはないが、隙を突いて攻め寄せられれば、常駐騎士の数から言ってかなり危ない。

「映像から推測する限り、能力は未知数ですが、あの巨体ですから‥‥‥破壊活動が始まれば地球への被害は甚大です。増援をお願いできればと思いますが」

『最悪の事態まで想定せざるを得ないか、ブラッカー』

「―勘、ですが」

『君の勘はよく当たる』

 本来、同種のブレインマスターとして長く軍籍にある二人だが、ブラッカーの戦績はスターセイバーを遥かに凌駕している。誇り高く強固な騎士であろうとし、敵陣の前面に立つことを良しとして前線に向かい続けてきたブラッカーにスターセイバーが並々ならない信頼を置くのは、ひとえにその豊富な経験と培われた戦いの勘が並外れているからだ。実際、ブラッカー独自の「勘」がスターセイバーの窮地を救ったことは少なくない。

 そのブラッカーが、今回の一件を本能で警戒している。

 思案顔にしばらく指を添えて、スターセイバーは、よし、と首を縦にした。

『すぐに地球派兵の人員を割こう。指揮は任せる。今こちらで抱えている任務が終わったら、私も地球へ向かう事にするから、それまでに何とか状況を―』

 そこまで言って、と、スターセイバーの視線が画面の外に引き寄せられた。横から何事か急を告げられた様子で、不意に結ばれた口元が強張る。周囲のざわめきが嘘のように静まり、モニター越しのブラッカーとブレイバーまでを静寂が包んだ。

『―わかった、ここへ回線を開けてくれ。ブラッカー、君達にも関係のあることだ。このまま』

 スターセイバーの意を汲んで無言の内に目礼すると、一筋走った切れ目を押し広げるようにしてモニター上にもう一つのウィンドウが立ち上がった。知らず、誰もがはっと息を呑む音が聞こえたように、ただならぬ緊張が張り詰める。その、奇妙に薄暗い画面の内側に悄然と晒されていたのは、顔面のほぼ上半分を爛れさせた死人のようなトランスフォーマーの顔だった。溶けて崩れかけた表皮の下に辛うじて穿たれた緋の色が、デストロン特有の赤いアイグラスの名残だと判るものの、それが今でも視覚の役割を担っているのかと言えば、そうではあるまい。醜怪に近い異貌からは歳すらも推し量ることが出来なかった。ただ一点、この回線がサイバトロンの上層部と直結された特異な状況だという事実だけが、相手の地位が高官、もしくはそれに準ずるものだと言うことを物語っている。

『話を聞こう。私は―サイバトロン宇宙軍総司令官、スターセイバーだ』

 穏やかな呼びかけに、画面のデストロン兵がぴくりと肩を震わせた。やはり目は見えないのだろう。機械的に真っ直ぐ顔を向けたまま申し訳程度に首を下げ、男は苦しげに口を開いた。

『総司令官閣下の寛大なるご好意、痛み入ります』

 割鐘を引っ掻くような耳障りな声は芝居じみてすらいたが、おそらくはその異貌に変じた原因と関係しているに違いない。スターセイバーはそこには触れず、口調に不快を混じらせることもなく問うた。

『貴殿の名は告げずとも結構。後顧の憂いもあることだろうし‥‥長い間、閉じられたままで来たアセニアとジャールの緊急回線を使うからには、余程の重大事と見受けるが、何事が生じたのか説明を願いたい』

 ブラッカーは、そうかと得心した。スターセイバーがこの場にわざわざ回線を開けて地球側も同席させたのは、モニターの向こうがデストロン軍の本拠、ジャール星だったからなのだ。確かに、遥か以前の話ではあるが、アセニア星のサイバトロン統合本部とジャール星にはホットラインが結ばれていたと聞いている。ただし使用された事実は記録されていないが。

 沈黙の後、二度息苦しさに呻いて、ひび割れた言葉が続いた。

『地下幽閉施設より‥‥‥脱走者が出ました』

『脱走、か。追手を?』

『本部内で捕獲を試みましたが、失敗し―』

 と、言葉を途切れさせたのは、呼吸が上手くいかなかったためだろう。深く喘ぐ両肩が不自然に動いた。

『―およそ三百名が死亡。負傷は千名に上る見通しで、追跡を断念せざるを得ませんでした』

『千‥‥‥と言うと、ほぼ、』

『ジャール駐留兵士の九割を失う計算です』

 敵陣の内情は諜報機関などの情報で大方把握しているが、さすがにスターセイバーも呆気に取られた様子で二の句に窮した。ちらりとブラッカーに目をやったのは、事態の全体像が見えているかどうかの確認だったろう。

『それで、こちら側に助力を求めてきたと言う訳か』

『恥を承知で』

 呟くような一語を吐いて、ふと、男の醜悪な顔に苦笑がよぎる。自嘲とも言い切れないその笑みは、ぞわりと見る側の胸郭を粟立たせた。まるで、最初から正しい結末など望めないと知っている、諦観のような笑み。

 その不自然さに気付かないスターセイバーではないはずだが、今度もモニター越しの空疎な不審に触れようとはせず、根本的な問題のみに話を引き戻した。

『なるほど、サイバトロンに膝を折ってまで捕獲したいか。だが、デストロン内部の揉め事に我々が干渉する利はないと思う。意趣を晴らすためだけに是が非でも捕えたいと望んでいるなら、助力を頼む相手を間違えている』

 一拍の間を置いて、いかにも感心した風に男の潰れた眸が瞬いた。

『利、ならありましょう。放置されればおそらく、今までにない規模の戦乱が起こります。それだけの強大な力が、奴には戻りつつある。我等にとって戦乱とは日々の糧に必要な手段だが、サイバトロンの上つ方々にとっては好ましからざる事態のはず。我等の考えがどうあれ、見過ごされる道理が無い』

『〝奴〟―一人か。確かにどうも厄介だな』

 初めてスターセイバーの口調に苦いものが混ざった。

 一人、と、対峙する存在が明確である以上、事実は遥かに急を要する。ジャール星の駐留部隊をほぼ全滅させた者が一個体であるなら、それが持つ戦闘能力の高さは実証済みということだ。枠組みも枷もない完全な個としての殺戮兵器が放たれたままで、サイバトロンに傍観する余裕などない。

 ブラッカーは無意識に、硬く拳を握り込んでいた。符号などという安易な言葉で片付ける訳にはいかない確信に近いものが、あの映像に映し出された巨大なトランスフォーマーの姿と重なる。恐らく、スターセイバーの胸中も同じ暗黒に覆われているに違いなかった。

 何か、自分達の与り知らぬ場所で発した火種が、地球上に持ち込まれたのだ、と。

『これだけ、確認しておきたい。追えないのか、それとも‥‥‥追わないのか?』

 長い間を置いてスターセイバーが紡いだ核心への問いは、その深刻さにも係わらず、やはり穏やかで聞き逃してしまいそうなほどに柔らかかった。ただ声音そのものが、聞きそびれる事を許さない威厳と威力に彩られているだけで。

 拒否を認めない問いに、画面の奥の崩れた顔がニヤリと笑う。表現は低俗そのものだが、それは明らかな「敬意」と読み取れた。

―さすがに、一筋縄ではいかない―

 と言う様な。

 やがて、平行線を辿る必要はなくなったとでも続けたげに、男は笑みを浮かべたまま言った。

『‥‥()()に再び会いまみえたいと望む馬鹿がいるなら、そいつはただの狂人だ』

 追う訳がない―追う気などさらさら無い、と滑らかな舌が残酷な本心を曝け出す。瞬間、スターセイバーの双眸がその身に負う決意と威儀に燃え立つのを、ブラッカーは確かに見届けた。

 久しく忘れていたが、その同じ顔を幾度と無く見てきたのではなかったか。前線に降り立つ、あの刹那の静寂と緊張の中で。

 背筋を駆け抜けた「本能」に近いものが、ブラッカーを奮い立たせた。スターセイバーが射る様に発した声が、追うように頭上から注がれた。

『全軍に通達せよ!これより、第一方面軍太陽系宙域を一級厳戒区域と定め、未確認体の捕獲、また掃討を最優先事項とする!』

 

 

―four milion years ago―

 

 伸ばした指先は、無情にも瓦礫の山に阻まれた。

 地表との間に残された僅かな空隙に目を凝らせば、まだ生体反応を残した老躯の肩先や捩れた首筋、押し潰された傷だらけの顔がすぐそこに見えるというのに、どれだけ一杯に差し伸ばしてもダイバーの手が相手に触れる事は叶わなかった。

 デストロンの無差別な空爆によって倒壊した何棟分の瓦礫か知らないが、この加重ではほどなく、下に閉じ込められている者達には圧死の運命が待っている。だがダイバー一人が足掻いても、サイバトロンからの警告を受けて無人の状態になった周囲には助け手も、瓦礫を取り除く術すら見当たらない。

 ここは非戦闘区域だったはずだ。少なくとも、ほんの数十分前までは。つまりはデストロンの気まぐれな兵士達が形ばかりの協定を遵守していた間は。

 ダイバーは噛み殺した怒りの声を呻きと共に吐き出して、厚く砂礫を被った地面を掻いた。十指の筋が、かつては白銀の照り返しを誇って街区一と景観を謳われた、セイバートロン星でも指折りの輝きを露にする。

 内戦が悪化の一途を辿るうち、一般市民は追い立てられるようにそれぞれの街区から地下深い避難シェルターへの移住を余儀なくされ、この一年ほどは各シェルターや家族単位で艦艇を仕立てて母星を脱出するという苦肉の選択が主流化していた。すでに、二百万人の民間人を乗せたエリン船団や、若い科学者をリーダーに据えた移民団体がセイバートロン星を去っており、宇宙港はどこも、デストロンの強襲に怯えながら移民船の席を確保しようとする者達でごった返している状態だ。そして運良く席を得た者は、辛うじて非戦闘区域と発表されている街区に入って身の回りの品を揃えにかかる。

 かく言うダイバーがこの街区に足を踏み入れたもの、数時間後の出航が決まった払い下げの輸送艦に当座の携帯食料を持ち帰るためだった。そして多分、瓦礫の下で死に逝こうとしている、この老人も。

「助けを―助けを呼んできます!気をしっかり持って!」

 体のいい気休めだと歯噛みしながらも、ダイバーに言えるのはそれくらいだった。呼べる助けがあるならとっくにそうしているし、サイバトロンの救援がまだ到着しないのは、他の戦闘区域に足止めされているからに違いなかった。土台、この惑星上全てをサイバトロンのみで防御するなど不可能に近いのだ。圧倒的に数も足りない。デストロンという悪辣で「手軽」な気概に染まる者は、日々増殖していくだけだというのに。

 せめて何か、崩落を食い止める手立てになるものはないかと身を起こしかけたダイバーは、と、隙間を這って漏れ出た老人の弱々しい声に引き戻された。

「何、なんです?」

 もう一度、ほとんど地面に寝そべる様にして覗き込むと、老人は捩れた喉を振り絞って囁いた。

「‥‥妻は‥‥無事ですか‥‥?」

 はっとして、ダイバーは息を呑む。横たわった老人の更に奥、瓦礫が完全に地表を覆い尽くした闇の中から、細い左手が救いを求めるように突き出していた。だが、その指先にはダイバーがここに駆けつけた当初から何の反応も見出せない。

 老人の位置からはおそらく何も見えない。そして、空隙に差し込む外界の光に反応するだけの双眼は、視覚そのものを失っていると思われた。

 これは幸いなのだろうか。

 ダイバーの内にあった逡巡は長く続かず、また嘘が口を突いて出た。

「―大丈夫、無事ですよ。貴方もすぐに助けますから」

「私は‥‥よくない‥‥」

「何を!」

「助かり、ません‥‥頼みます‥‥息子が‥‥」

「え?」

 掠れ始めた語尾を聞き取ろうと、ダイバーは耳を隙間に押し付けた。

「息子が‥‥宇宙港で‥‥どうか遠くに‥‥‥」

 切れ切れの呼吸の下で音声回路が狂い始める。声は二重三重にひび割れ、聞き取るのがやっとの雑音に変わり始めていた。

「この星から―遠く―遠くへ連れて―‥‥‥」

 逃がして、と、最後の言葉は悲鳴に近かった。ダイバーは叫び返すように、消えかかる老人の意識に取りすがった。

「ええ、約束します!息子さんの名前はッ、名前は何ですッ?!」

「―〝振り返らずに〟と―」

 死の淵から搾り出されたそれが果たして人の名を指すのか、置いて行く息子への遺言なのか、ダイバーには判別しかねた。しかし、それきり絶えた生体反応が二度と持ち直さない事を見届けると、ダイバーはようやく瓦礫の傍らを離れ、一番近い宇宙港へ向かって飛び立った。いまわの際に託されたたった一つの懇願を、叶える為に。

 

 

―2029/7/4 23:28 California―

 

 血の気を失ったホークの横顔は、地球人でもそうないほど整った秀麗な容貌だけに、一層冷え切った彫像のごとく見えた。

 リビングのテレビモニターを前にソファーの一角を囲んだダイバーとホーク、ランダーは、しばらくの間、互いに顔も見合わせず黙り込んだまま、それぞれに一点を凝視していた。

 夕方から繰り返し流れ続けている映像の録画を、もう一度確認するかとダイバーが訊ねても、ホークは手を振って制したきり何も言わない。沈黙の長さを取り繕うように煙草を吸い始めたランダーは、結局、丸々三本分の吸殻を灰皿へ押し付ける事になった。

 ほとんど無意識に四本目をくわえて、意匠の無い燻銀のジッポーに手を伸ばす。だが火をつける前に気付いて、それは灰皿に投げ捨てられた。

「―で、こうしてたって始まらんだろ、ホーク」

「わかってる‥‥‥」

「って態度じゃないな。おい、ダイバー」

 煮え切らないホークの返答に溜息をついて、ランダーは煙草とジッポーを上着の内ポケットに戻しながら言葉尻をダイバーへ振り向けた。

「第一方面軍基地から連絡は?そろそろ一言あってしかるべきだろ。詫びにしろ、探りを入れるにしろ」

「探り?」

 今度は弾かれたようにホークがランダーを見返す。信じられないものを眺めやるような視線を、ランダーは平然と受け流して続けた。

「そりゃ当然、あちらさんは疑うだろう。こっちは潔白だと確信してても、あれだけの奴がどうやって哨戒を潜り抜けてきたか、って話になれば、まず間違いなく手引きした奴がいると踏んでくる。最初に疑われるのは、組織に組み込まれてない存在だ。今の俺達みたいな、な」

 宇宙軍総司令官スターセイバーと破壊大帝デスザラスの、いわゆるビクトリー戦争が終結した直後、地球居住のホーク達プリテンダーは特例の形で正規の軍務を解かれ、二次予備役兵に『降格』されている。本来なら二次予備役兵とは軍規違反や失態のために下される処置で、二年の間に常備兵へ復帰できない場合は自己退役となるのだが、四人は仮のその地位にすでに数年、立場を留められていた。これはプリテンダーの『地球人そのもの』でしかない特殊な容姿と、この数千年の間に培われた要人達との親交が、同盟を維持する上で軍にとって重要な要素になっているからであった。

「馬鹿なことを。フェニックスは拉致されたんだぞ。誰が見ても‥‥」

「だが証明はできない。今の段階ではな」

「ランダー。お前の言う事は最もだと思うが、極論だ」

 ダイバーはやんわりとホークに助け舟を出して、ランダーの舌鋒を押し留める。心情的には、ランダーが言わんとしている事態も想定範囲に入れるべきだと思うが、時として仲間内の誰よりも理詰めに物事を判断したがるランダーの言い様は高圧的に過ぎるのだ。ランダー自身もその点は長い付き合いの中で弁えていて、ダイバーが諌めると軽く肩を竦め、あっさりと非を認めた。

 数分、また沈黙が続いた後、ホークがようやく呻くように口を開く。

「こちらから‥‥連絡を取ろう。緊急回線のコードは知っているんだし、どう転ぶにせよ、今は少しでも情報が欲しい。フェニックスの居場所すら私達だけでは特定できない」

「俺は賛成する」

 すぐさま頷いて、ダイバーは黙ったままのランダーの表情をうかがった。ランダーは、同意する、と目顔で告げた。一言あるにせよ、およそそれがダイバー以外の相手に吐き出されることは稀だ。昔からそうだったが。

 ホークも、ランダーとの間に暗黙の合意があることは充分理解していて、ちらりと視線を投げただけに留めた。

「確かに思うところは違うかもしれないが、第一方面軍としても、私達を貴重な情報源と見るだろう。フェニックスが自力で戻る可能性も皆無とは言えない」

 無事に戻れるかどうかはともかく、第一方面軍も索敵なら正体不明の熱源を追うより遥かに、フェニックスの居所を探す方が近道だと考えるに違いない。拉致されたままなら敵の動向に直結するし、どこかに置き去りにされていても、救い出せれば有効な情報につながる。これまでの現状を見る限り、フェニックスはかなりな深手を負っているに違いないが、地球人のように簡単に死の世界へ連れ去られるほどにはトランスフォーマーの肉体は脆くない。無論、殺されていればそれまでだが‥‥「情報」を入手するという点だけなら、サイバトロンにとっては死体が戻っても構わないのだ。公には語られないが、死者から「情報」と称して記憶を取り出す手法は前線では珍しくない。その時、死者の人権と死を悼む近親者の心理は黙殺される。

 そこまで想像して、ダイバーは込み上げる吐き気に顔をしかめた。

 自分は、フェニックスが亡骸として戻ると思っているのか?まるであの日の―救えなかった彼の父親のように。

 目を上げると、眼鏡の奥からじっと見据えるランダーの視線と否応無くぶつかった。想像を見透かされたようでダイバーは僅かに頬を強張らせたが、一言告げる前に、小走りにリビングへ近付いて来た足音がその場の気まずさを断ち切った。

 遠慮がちなノックと共にキャンサーが顔を覗かせる。

「話してるとこ、ゴメン。ジンライが来たよ」

 そう言い終わらぬ内に、十年経っても相変わらずの、見慣れた濃紺のジャケットにジーンズというラフな格好に身を包んだジンライが、キャンサーの後ろから靴音を響かせて駆け込んできた。

「―どうなってんだよ、一体!」

 有無を言わせぬ噛み付かんばかりの怒声は昔より幾分低まったが、受ける精悍さはあの当時の無鉄砲な印象と少しも変わらない。確かに、見返した面差に溢れんばかりだった若々しさはもう無いが、代わりに月日が色濃く刻んだ落ち着きと鋭敏さが加わって、三人へひたと向けた真摯な眸を熾のごとく閃かせている。

 ゴッドマスターのリーダーとして、また指揮官として前線に立っていた時もそうだが、ジンライが時折垣間見せる直感力は純粋なトランスフォーマーであるホーク達も舌を巻いたほどだった。だからこそ、今の厳しい顔つきを見れば解る。客観的にも、自分達の置かれた状態が最悪に近いという事が。

 ダイバーは、空いた一人掛けのソファーにジンライを静かに促した。

「もう来るとはな。仕事はどうした?ジンライ」

「んなもん、うちの若い奴に押し付けてきたさ」

 ほとんど身を投げ出すように腰を下ろして応じると、ジンライは黒より少し明るい短髪を苛立たしげに掻き回した。

 六年前、運送会社の同僚だったジェルマンと長距離輸送専門の新会社を興し、取締役代表の肩書きと十数人の部下を持つ身分になっても、元来の性分から今でも自分でハンドルを握り、現場の労働に汗を流しているジンライなのだ。おそらく今夜の事件も、ハイウェイのインター辺りで休憩を取っていた時に耳にしたに違いない。中途半端に投げ出す事を何より嫌う大事な仕事を、取るものもとりあえず部下の一人に押し付けてきたというのは、本人にとって不本意な真実だろう。

「‥‥そりゃ災難」

 ランダーが言葉尻におどけて肩を竦める。それが単なる上っ面の仕草だという事ぐらい判っていると言いたげに、ジンライは笑みも返さず、ぴしゃりと撥ね付けた。

「何が災難だって?話をすり替えるなよ、ランダー。あんな映像見たら、誰だってすっ飛んで来るに決まってるだろうが。そりゃ‥‥‥解ってるつもりだ。皆が一番不安だろうってのは」

「すまない、ジンライ。君にまでこんな心配をかけてしまって」

 素直に眉根を曇らせて、ホークが詫びを口にする。ジンライは憮然と首を振った。

「もうトランスフォーマーとは関係ないのに、って顔してるぜ、ホーク。でもあんた達は俺達の友達だ。友達を心配するのに、地球人もトランスフォーマーもないだろう?」

 確かに、と苦々しく言葉を重ねて、

「トランスフォーマーが絡んでる以上、今の俺達に何ができるかって言われりゃ、傍に居てやるくらいだけどさ。でも三人して難しい顔つき合わせてるよりゃ、マシになると思うぜ」

 そう言い切って胸を反らす。この自信がどこから来るのか解らないが、不思議と気分を楽にしてくれる。言うとおり、額を寄せ合ったところで解決する問題でないことはホーク達にも判り切っていた。むしろ堂々巡りを繰り返した挙句、どこにも辿り着けないままの公算が高い。それは彼等自身がトランスフォーマーであるという、現実的な枷のせいだった。

 一時期とは言え、その同じ『地球人でない』存在を体現していたジンライには、そのジレンマが痛いほど理解できた。地球人としての生活を営みながら、体内に宿る超人的な能力。それを隠す方が遥かに平穏な暮らしに結びついている現実。ホーク達は黙して語らないが、今まで幾度もその能力ゆえに忌まれ、恐れられ、危険に晒されて来たはずだ。だからこそ殊更に今、先の事態を危惧して止まない。フェニックスがトランスフォーマーだと世間に知られるような行動に出ることが、正しいのかどうか―フェニックス自身にとって。

 フェニックスには、すでに彼だけの生活圏がある。ホーク達にもそれぞれの暮らしがあるように、守らなければならない立場があるのだ。仕事、友人、地位‥‥幾度か失い、また年月をかけて築き直してきたそれに見合う代償はない。

「―結局、何をやっても後ろ向きってことには変わりないんだよな。いい加減」

 苦笑混じりのランダーの呟きは、正しすぎて反論できない。それでも、とジンライは力強く抵抗した。

「救わない、って選択は初めから無しだ」

 ホークの顔にようやく、僅かばかりの笑みが差す。

「君にそう言ってもらえると、心強い。当たり前のことなのに、それすら見失う所だった」

「できる範囲の協力なら惜しまないぜ、ホーク。ここに来る前、ライトフット達からも連絡が来たんだ。皆じきにこっちへ駆け付ける」

「それじゃあ、私達がいつまでも手をこまねいている訳にはいかないな―ダイバー」

 と視線を廻らすと、心得ているとばかりダイバーが頷いて立ち上がり、テレビモニターに近づいた。横のパネルをスライドさせると、小型の端末が現れる。いくつかキーを押すとテレビ画像はふつりと途絶えて、中心にサイバトロンのマークを抱いた別のウィンドウが起動した。地球に第一方面軍の守備がしかれてから、何かの時のためにと与えられた回線の一つだが、実際に使用するのは初めてだ。

 緊急用のコマンドを打ち込む指は、しかし突然、一方的にモニターから迸り出たコール音によって封じられた。

『そこにおいでなのですね?』

 見計らったようなタイミングの良さにぎょっとしてモニターを凝視したホーク達の眼前で、画面の奥に現れ出たブレイバーが確かめるような硬い口調でそう問うた。

『ご連絡が遅れましたことは、幾重にもお詫びを』

 ペールブルーで統一された色彩の外見を肯定するような、かっちりとした物言いは生来のものであるらしい。ジンライは生真面目なその面に目を当てる。ブレイバーはモニター越しの全員を平等に見定めた後、一言一句まで正しく発音した。

『この度の一件につきまして、宇宙軍総司令官スターセイバーは第一方面軍を一級厳戒区域と定めました。以後の軍議にはメタルホーク様も参集いただきたいとのこと。ご了解いただけますか』

 ホークはソファーから腰を上げ、敬礼ではなく目礼で返した。

「拝命いたします。すぐに月面基地へ飛びますので、」

 言いかけるのを、ブレイバーは軽く首を横にして制した。

『いや、失礼ながら、迎えの者はすでにお送りしました。まず先に、いらしていただきたい所がありまして』

「先に‥‥どこへでしょう?」

 訝しむホークの問いに、ブレイバーの顔が一瞬、暗い色を刷いた。

『―日本です』

 

 

《続く》

 

 

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