TITANIA   作:宇宙の正面

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今回を含めて残り2回の掲載となりました!
またもや切れ目が見つからず、
少し短めになっておりますが、
最後に向かってホーク達の活躍をお楽しみください。



TITANIA第4巻#6

 

―2029/7/8 14:12 Washington,D.C―

 

 危機感を煽り立てるような実況の金切り声を聞いていると苛立つばかりで、キャンサーはテレビの音量を消してしまうと、無音の画面に映し出される戦闘の映像だけを食い入るように見つめ続けた。

 二時間ばかり前、独占スクープだの生中継だのと長ったらしい自画自賛を前置きして始まった衛星中継は、サイバトロンと、ニューヨークの地下鉄を破壊した件のトランスフォーマー、〈サイコ〉とが大西洋上で繰り広げている派手な戦闘の様子を伝える、報道という名を借りた娯楽番組だった。

 動画サイトに流された素人撮りの映像が半日あまりで億というヒット数を稼いだことが、テレビ業界に嫉妬を招いているらしい。視聴率が稼げる素材なら飛びつかない手はない、というような安易な理由で、これまで表立って報道されないように配慮されてきたトランスフォーマーの行動が、今では〝地球を滅ぼす宇宙人達の正体〟として槍玉に挙げられているのだ。

 画面には黒煙を噴いて燃え上がる緑の草原に覆われた丘陵地帯と、〈サイコ〉との接近戦で墜落したサイバトロン戦士達の様子が、上空から撮った大映しの絵になっている。草原にぽつぽつと突っ立った黒い石像に混じって手足の吹き飛んだ者の姿が映る度、キャンサーはそれがダイバー達でないことを確かめてほっとし、そんな見方をしている自分の心根に苦悶した。大多数の地球人が、影響が及ばない限り無関係な存在だと見なしても、キャンサーにとってトランスフォーマーは遠い世界の異星人などではない。一度はトランスフォーマーの一部として生き、今は身寄りのない自分を育ててくれたダイバーを本当の父親のように感じている身なのである。

 彼等はあまりにも身近で、あまりにも鮮やかな現実だった。それがこうして見世物にされている。いや、悪者に、か。

「どんな具合だ?キャンサー」

 リビングのある二階に、階下のバイクショップを早仕舞いしていたブルホーンが顔を出し、横からテレビを覗き込んだ。ダイバーの元を離されたキャンサーを案じて、わざわざメキシコから駆け付けて来た友は、昔から変らない左頬の創痍を油で汚れた無骨な手で撫でながら、大柄な身体をソファに沈めて軽く唸る。

 音を断っても、テレビ画面から溢れる一方的な情報量だけで、事態が芳しくないことは予測がつくようだ。

「これ、どこだ?島?」

「イースター島の、ラノララク山って辺りだって‥‥ずっと戦い続けで、南米を横切っちゃったんだ」

 大西洋からブラジルの領空へ、アマゾン川に沿って盆地の奥へ移動した時に戦闘は一旦小康状態に陥ったように見えたが、結局、密林の一部を燃やして更に太平洋側へ動いてしまっていた。地上部隊の迅速な消火活動で大規模災害は食い止められているが、恐らく人的被害も出ているはずだ。

 積乱雲ほどにも思えるサイバトロンの戦艦二隻がバリヤを張り巡らせて死角を作っているせいで、激しい爆発が起こった直後や戦闘場所が大きく移動を始めた時の僅かな隙にしか、実際の〈サイコ〉の姿は窺い知れない。

 そしてその一瞬、垣間見える戦いの渦中に、傷を負いながらサイバトロンと〈サイコ〉両方を相手に目まぐるしく善戦を続けるビクトリーレオ達の姿があった。マキシマス戦艦は被弾しているのか、船体を大きく傾けながらも間断なく主砲を駆って、バックパックを背に不慣れな空中戦を演じながら〈サイコ〉に接近を試みるライトフット達の前後を護る。そのライトフット達に更に守られるようにして、ホークとダイバーの機影が舞っていた。

 理由を知る者以外は、目に止めることもないちっぽけな姿。〈サイコ〉へのサイバトロンの追撃を防ぎ、同時にフェニックスを引き離す為に〈サイコ〉自身を叩く―そんな絶望的に勝ち目のない戦いを投げ出そうとせずに食らい付いている彼等を、テレビはひと括りの悪にしてしまうのだ。

「訳は違っても、みんな必死にあいつを街から遠ざけようと戦ってるのに、何で誰も彼もトランスフォーマーが元凶だなんて言うんだろう」

 その問いにブルホーンは、項で括った赤茶の髪を掻きまわしながら、判りきったことだと言うように嘆息してみせた。

 表通りに面した窓の下から奇声のような大合唱が響き渡る。

 店の片付けを終えてリビングに上がってきたワイルダーが皮肉めいた笑みを作って顎をしゃくり、

「サイバトロンへの反戦デモだとさ。ったく、馬鹿馬鹿しい」

 心底軽蔑し切った声音で吐き出す。

「エリカや子供達は?」

「とりあえず、マーガレットに任せて地下室に下ろした。今は対岸の火事でも、いつアメリカ本土に入ってこないとも限らないからな。用心するに越したこたぁない」

 にしても‥‥と、熱に浮かされた者達がシュプレヒコールと共に流れを成して通り過ぎるのを窓辺から見送って、ワイルダーはごちた。

「つくづく、俺達ってのは護られる価値があるのか判らなくなるな。街中がこの馬鹿げた番組をスポーツ中継か何かと勘違いして楽しんでるかと思いや、ちょっとズレた奴等はああして的外れな正義感を振りかざしてる。本当にここが火の海になるかも、なんて事は考えちゃいない」

 誰かのせいにしてしまいたい。

 自分は悪くないと思いたい。

 他者の痛みは知りたくない。

 自己満足で、利己主義な地球人。己の醜悪さから目を逸らし続けて、やっと生きていられる脆弱な生命体。

「〈サイコ〉を倒せば、終わりなのかな‥‥?」

 不安げに画面を見詰めたまま、ぽつりと漏らしたキャンサーの頭を、ブルホーンの手が手荒く掻き回した。

「大丈夫さ。ダイバーはお前とエリカの結婚式、楽しみにしてんだろ?終わらせて帰ってくるって」

 励まそうとしてくれているブルホーンの優しさに笑みを返しておいて、キャンサーは微かに首を振る。想像を現実にしてしまう気がして言えなかった言葉が、か細く零れ出た。

「でも‥‥あいつを止めても、フェニックスが戻ってくれなかったら、ダイバーはきっと帰って来ない。ホークも、ランダーも‥‥一緒に行っちゃうんじゃないかって思う」

「馬ッ鹿、キャンサー!んな訳、」

「だって、一人だけ欠けるなんて辛過ぎるだろ。ずっと一緒にいたんだから、最後まで一緒にいたいはずだよ」

「―なら、目ぇそらすなよ、キャンサー」

 どんな決着でも受け入れる覚悟が出来ているのなら。

 そう断じるような口調でワイルダーは告げると、痛みを抱える気もない温み切った窓外の一団に一瞥をくれて、どっかりとキャンサーの隣に腰を下ろした。

 

 

―2029/7/8 12:15 Easter Island―

 

 上がった息が元に戻らない。

 墜落しそうになる身体を辛うじてマキシマス戦艦の後脚に引っ掛けて倒れ込むと、ホークの姿は無意識の内に擬体へ転化していた。それでも肉体と同化しているはずのプリテンタースーツが重く、両の膝を落としてしまうと立ち上がることすら苦痛だった。

 どうしても〈サイコ〉に近づけない。その焦燥が身体を縛りつけ、引き倒そうとする。抗えば一層疲労が増し、徒労の二文字が忍び寄ってくる。遠くから声を枯らして何度呼びかけても、〈サイコ〉の胸郭にアグネスを抱いて収まったフェニックスは目を開ける気配すらなかった。

 紛れもなく〈サイコ〉は強い。まったく別の意味で強くなってしまった。スターセイバーを軽々とあしらい、ジンライをいなし、血眼になって追撃してきた者達が敵わずに歯噛みする無様な姿を心から楽しんでいる時の、あの満ち足りた笑顔。これまでは毛筋ほども揺るがなかった冷厳な面貌の劇的な変化は、フェニックスという『感情』を手に入れたからこそ備わったものなのだろう。

 だが、フェニックスはこんな風に、戮辱を与える一方の戦闘を楽しんだりしない。誰も傷付けずに済むならそうしたいと、いつだって望んでいた。だからこそ、地球でのデストロンを追う必要のない暮らしがどれだけ救いになっていたか。アグネスとの出逢いが、どれほど幸福だったか。

「ホーク、大丈夫かッ」

 しゃがみ込んだまま動けずにいるホークの姿に気付いて後脚部に舞い降りたダイバーは、潜水艇から人型へトランスフォームを解き、所構わず周囲を包む爆風から守るように手で壁を作った。差しかけられたセイバートニウム金属の掌には無数の疵が走り、〈サイコ〉を相手にする厳しさが滲んでいる。友を庇いつつ、視線は常に〈サイコ〉の動きを捉えて離さないダイバーを見上げて、ホークはその険しい横顔に限界が近いことを悟った。

 ほぼ無尽蔵なエネルギー量を誇る〈サイコ〉に比べて、純粋なトランスフォーマー種の多くは適切な補給がなければいずれ武器の実体化すらできなくなる。エルミニアとタンクレディの間に残っている者達を見回せば、スターセイバーの麾下は地上からの援護に回ったブラッカーの部隊を除いて、すでに千名前後まで数が減っていた。ジンライ達を受け入れたゴッドマスターは人超魂が戻ったことでまだ暫く動けそうだが、それも何時までとは判らない。どの道、〈サイコ〉を減退させるほどには保たないだろう。

 ホークはふらつきながら立ち上がり、ダイバーの指に縋って眼下に広がるイースター島の丘陵地帯を見渡した。

 ラノララク山は島の西側にあり、島内唯一の市街とは距離がある。山頂は小さなカルデラ湖を有した窪地になっていて、なだらかな斜面は眩しいほどの緑の衣を被せた、波打つ草原に覆われていた。モアイ像を切り出していた山だけあって、海側の裾野には作業途中で放置された石像が傷を負って転がるサイバトロン戦士達を間に墓標のように立っている。その一帯を舐める炎と黒煙はタンクレディが撒いた消化剤で沈静していたが、見るも無残な焼け跡に変わり果てていた。

「―ダイバー、〈サイコ〉に可能な限りでいいから近付いてくれないか?」

「そりゃあ、何とか‥‥どうする気だ?」

「ガラタでもそうだったが、このサイズの方が奴の懐へ接近するのに有利だと思う。胸部のポッドに取り付ければ、フェニックスを傷付けないように攻撃はしてこない」

「外装に飛び移る気か?!あの時とは違って、今の〈サイコ〉はまともな状態だ。それに飛び回ってるんだぞ」

「だからこそ、逆に集中力が分散して対応が遅れるはずだ。フェニックスの傍に行けさえすれば、きっとまた声が届く」

 ダイバーは必死に言い立てるホークの気勢に圧されて反駁の間を逃すと、

「聞いてたか、ジンライ?」

 と、問いを通信機の向こうへ投げた。風を切り、ぴたりと艦側に獣身のジンライが寄り添う。獅子の鼻面をホークへ突き出して、ジンライは声を潜めた。

「隙なら確実に一度は作れる。スターセイバーが白兵戦を挑むと〈サイコ〉は残った片腕で応戦するから、いつも前面ががら空きになる。そこを俺が捻じ伏せれば」

 ただしスターセイバーの白刃が弾かれるまでの時間も、これまではほんの十数秒しかない。タイミングがずれれば、〈サイコ〉の反撃を真正面から受けるのはジンライとホークになる。そして同時に、〈サイコ〉を庇うような格好になるジンライの背を、スターセイバーが諸共に強襲することもあり得た。

 逡巡は一拍分。ホークが頷くのを見届けて、ジンライは高く飛翔する。ダイバーは両手でホークを救い上げると、マキシマス戦艦の前脚部に移動した。

「グランド、ジンライの援護を頼む」

「了解した。踏ん張れ、前進するぞ!」

 エンジンを最大に噴かした船体は、前を駆けるジンライの背に付いて爆炎の続く戦闘の只中へと突進を開始した。

 

 不意に慌ただしくなったゴッドマスター達の動きは、攻めあぐねていたスターセイバーの視界に否応なく飛び込んだ。

 ライトフット達は、〈サイコ〉を攻め立てるサイバトロンへの防戦一方で、〈サイコ〉が誰彼構わず撒き散らす攻撃を避けてはいたが、決して砲口を向けようとはしなかったが、ビクトリーレオの獣身が飛び出してきた刹那、その道筋を固めるように一斉に体勢が〈サイコ〉へ向き直ったのである。

 この戦火の中で作戦行動をこなすのは至難の業だ。作り出された間隙は、攻撃に転じる絶好の好機に映った。

《?彼等の動きは、陽動―》

「行きます!」

 ウルトラマグナスの言葉を振り切り急旋回したVスターが、エルミニアの船底を掠めて急降下に転じる。〈サイコ〉の意識がビクトリーレオとマキシマス戦艦に引き付けられた僅かの間、スターセイバーはセイバーブレードを正眼に付け、Vスターと共にその頭上へ斬り込んだ。

 刀刃が火炎の赤を吸って一閃する。

 〈サイコ〉の双眼がスターセイバーの動作をなぞり、隻腕が矢のような俊敏さで振り上がる。耳障りな金属の叫呼。〈サイコ〉の腕に止められた刃が滑り、押し切ろうと寄せた鍔ががりがりと振動する。この外装の強固さはどれほどなのだ。

(また無理かッ!)

 振り払われる前に離れなければ危ない―後退する方向を見定めようと目線を回して、スターセイバーは息を呑む。

 真横をビクトリーレオが過ぎった。獅子から人型に転じた身体が、スターセイバーによって唯一の腕を封じられた〈サイコ〉の胸へ躍りかかる。力任せに突き倒した衝撃が貫き、もつれ合って二人の全身が傾ぐ。

 虚を衝かれた格好の〈サイコ〉は反応できなかった。

「―ホーク!!」

 スターセイバーを置き去りに墜落を始めたジンライは〈サイコ〉の胸郭に手をかけると、唸りを上げて外装の一方を毟り取り、剥き出しになったポッドの面に指を這わせて叫んだ。

 追うマキシマス戦艦の突端で、ダイバーが両手を高く差し上げる。天を向く掌の上に腰を落として構えたホークは次の瞬間、ビクトリーレオの背へ自らを投げ落とした。プリテンダースーツのバックパックが切れ切れに火を噴いて減速をかけ、二つの巨躯が生む風圧の中をビクトリーレオの上に着地すると、ポッドに伸ばされた腕を伝い〈サイコ〉の胸部へと滑り降りていく。

 ジンライは〈サイコ〉の巨体を捕らえたまま両翼のブースターを全開にし、視界を埋める戦艦タンクレディのシールドを避けるように落下の角度に修正をかけた。限界まで張り付けば、艦側を掠めて〈サイコ〉を地上に落とせる。

(それまでにフェニックスを‥‥ホークッ)

 ポッドの丸い表面に降り立つと、面食らった顔の〈サイコ〉が間近でホークを眺めていた。ぽかんとした子供じみた表情は昔のフェニックスに似ているようで、ただ眸の緋だけが見知らぬ他人のものだった。

 フェニックスは、アグネスを抱いて眠っている。膝を折ってポッドに屈み込むと、ホークは溶液の底にそこだけの閉じられた世界を育んでいる二人の姿を覗いて、胸の締め付けられる思いがした。

「フェニックス‥‥アグネス‥‥」

 これは一つの幸いなのだ。誤った道を示された果ての幸い。

 這わせた両手が無意識に拳を作り、持って行き場のない悱憤を吐き出すようにポッドを打った。

「目を開けろ、フェニックス!私を見てくれ!私を―戻ってくれさえすればいい、それしか望んでいないんだ、私も、ダイバーもランダーも‥‥皆が、」

 二度、三度、叩く力が増す度に、震動が伝わった溶液に無数の気泡が踊る。ホークの頬を急かすように風が叩いた。

 あと何分、いや何秒残されているのだろう。フェニックスの耳にもうこの声が届かないのだとしたら、自分は何に縋ればいいのだろう。何に―誰に。

「―アグネス、どうか連れて行かないでくれッ」

 それは、永い夢から覚めるようだった。

 押し付けられた拳を哀れむように伸びてきた少女の細い腕が、手が、指が、そっとポッドを撫でた。睫毛を震わせながら薄く開いた瞳に、まるで泣き出す寸前のホークの面差が映り込み、柔らかな唇が綻ぶ。

―サ・ガ・シ・ニ・キ・テ―

 聞こえるはずのない音節がアグネスの言葉をそう紡ぐ。

 吹き寄せる風が不意に高く唸った。

「ジンライさん、下ですッ!」

 放たれたライトフットの警告は、地上からの集中砲火を後背に浴びて仰け反った〈サイコ〉の咆哮に破られた。

 落下地点にいち早く部隊を結集させたブラッカーが、ジンライと共に墜落してくる〈サイコ〉への要撃態勢を取りつつ、身動きのままならない落下中に狙いを取って攻撃をかけていた。一点に絞られた火力が無防備に晒された〈サイコ〉の背を舐め、突き上げる。

 その反動が、ジンライの身体を跳ね飛ばした。〈サイコ〉の胸郭に掛けた指先が滑り、宙を掻く。慌てて差し伸ばした腕の中から〈サイコ〉の巨体が遠退いた。呆然とポットに取り縋るホークをその胸先に乗せたまま。

「ホーク、飛べッ、トランスフォームしろ!!」

 ブラッカー達の要撃に巻き込まれたら―それより墜落の巻き添えを食ったら、プリテンダースーツだけで耐え切れるはずがない。地上は目の前に迫っていた。

「―撃てぇッ!!」

 ブラッカーの怒号が響く。銃口と砲口が一斉に火を噴き、〈サイコ〉を襲った爆発が周囲の鮮やかな原野を駆逐するように緋に染めた。

 一瞬の閃光が視覚を麻痺させ、時間を止める。

「ホーク‥‥―」

「応答してくれ、ホークッ」

 ライトフットが呆然と、そしてダイバーが叫ぶように名を呼ぶ。ジンライは短く吼えて黒煙に突っ込むと、地表へ駆け下った。

 それは四散した炎の下に現れた。炭化した草原の若葉を薙ぎ倒して横たわる〈サイコ〉の巨躯。ブラッカーを先頭にした地上部隊が、その身体からやや離れて凍り付いたように立ち竦み、目を剥いている。視線の集まる先、臥した〈サイコ〉の脇に燻る噴煙を払って人影が立った。

 地球人よりは遥かに大きく、トランスフォーマーにしては小柄な‥‥白銀と黄と赤を織り上げて作った筋標本のような隆とした剛健な体躯は、腕に抱えていたホークを軽々と地面に降ろすと、仮面劇に用いるフルフェイスのそれに似た静謐な白い面輪に、にやりと自信たっぷりの笑みを刻み込んだ。

「今度もぎりぎり間に合ったな。やっぱり王子様の登場はこうでないと面白くない、だろ?」

「―ラン、ダー‥‥?!」

 ホークは信じられない思いで、自分を解放した三メートルほどもあるその肉体を見上げる。プリテンダースーツでもなく、本来の姿とも違う、遥か以前の鋼化筋肉体に近いその容姿はこの中にあっては奇妙で、美麗な彫刻のようだった。

 ランダーはホークの眼差しに苦笑を返して囁く。

「頼むから、顔の良し悪しは言ってくれるなよ。ここまで戻すのが限界なんだ」

「お前どうして―あれだけの怪我を、」

「?‥‥じゃあ、お前じゃないのか?俺の傍に居たのは」

 ランダーは狐につままれた顔をして、抉り取られた部分を綺麗に塞いだ腹の辺りをもう一度確認するように撫でた。

 ホークを爆発の炎から救い出したランダーの姿を地上に見止め、奮い立ったように降下していくジンライやマキシマス戦艦を追うのも忘れて、スターセイバーは傍らに浮遊するウルトラマグナスを振り返った。

 唐突に、確信でしかない問いが口を突く。

「ウルトラマグナス様、彼を叡智のお力で―」

 赤と青の入り混じった霊威が揺らぎ、ええ、とウルトラマグナスはその真意を肯定した。

《私の耳に届くほどの叫びを上げていたのは、フェニックスだけではありません。彼は傷付きながら己の救いを求めず、友と仲間の無事を命の引き換えにしようと決めていた‥‥とても誇り高い心の持ち主です》

 タンクレディの艦橋で感じた慨きの声は、カリン島の洞窟で眠るランダーの元へとウルトラマグナスを呼び寄せ、その手負いの魂を満たす慨きをすべて伝えようとしたのだ。

 救えるものなら何もいらない。

 肉体も命も、愛する者達の記憶に留まる権利すらも。

 それが真実、『死』というものでも。

《マトリクスは、彼を救うべきだと私に告げました。フェニックスを救うには、まず彼を救わなければいけないと》

「それがご意思なら、彼にもまだ役目があるという事ですね」

《フォートレス・ロードからお聞きになった言葉を覚えておいでですか。運命の星が消える‥‥星の色は指先で変わる、と。フェニックスの心に触れる「指先」は彼等しかいない。恐らく、彼等が揃わなければいけなかったんです》

 四人が、ただ一つに。

「ガラタの谷でのように―?」

 難解な説明を与える必要もなく、スターセイバーはウルトラマグナスの憶測が何を示すか理解した。

 フェニックスの危急を三人は助けようとする。〈サイコ〉から、サイバトロンから、彼等自身を虐げる者達から。その刹那、フェニックスの自我は〈サイコ〉を拒絶し、友の声を受け入れる。記憶が薄れても―愛した者達の声ならば。

 セイバーブレードの柄を固く握り込んだ指が、へし折らんばかりの力で強張る。スターセイバーは、投げ出した四肢を地上に吸い付けられた〈サイコ〉の傍へと、マキシマス戦艦からまろぶように身を躍らせたダイバーの姿を目で追った。続けてジンライが敏速にブラッカー達との間に割って入り、攻撃の火線を塞ぐ。

 ダイバーはもつれる足で、ランダーとホークの元へ駆けた。名を呼ぼうとする機先を制してランダーがひらりと手を挙げ、

「よう、出戻ったぞ」

 と、皮肉にもならない言葉で友を迎える。ダイバーは呆れたように顔を覆い、お前‥‥と呻いて跪いた。それだけで大概の心の内は解るほどに付き合いは長い。済まなかった、と口には出さず、ランダーは動かない〈サイコ〉を肩口に見やると、ホークの腕を引いて顎をしゃくった。

「あいつを起こして来い、ホーク。ここは俺達が止める」

「―わかった」

 地を蹴って一足飛びにホークが〈サイコ〉の胸郭まで飛び上がるのを背に庇い、ランダーとダイバーは、ビクトリーレオと睨み合うブラッカーたち地上部隊に対峙した。頭上でマキシマス戦艦が艦首を反転し、ライトフット、レインジャー、ロードキングをそれぞれ脇に、高みに浮かぶスターセイバーへ相対する。

 ゆっくりと、スターセイバーは剣先を下段に付けた。眼下に、〈サイコ〉のポッドを必死に叩き続けるホークが見えた。

 通信回線を開け、一度、呼気を殺す。

「ブラッカー―〈サイコ〉を、」

 これが為し得る最良の選択なのだ。

 私達が彼等を脅かす敵であり続けること―それこそが。

《彼を呼び戻す唯一の、》

 ふっと途切れて、ウルトラマグナスの気配が凍った。その芯を前触れもなく駆け下った悪寒が、エルミニアの艦橋から迸り出た怒号を連れて来る。

『―上空三五〇〇〇キロ、熱源感知!!』

 エルミニアの艦底を覆ったコートノジュールが霧のように散開し、巨大な幌を広げるように翻って上部に再構築する。

 瞬間、嘲笑うようなけたたましいブースト音を響かせて天を穿ち、実体弾の奔流が滝のごとく襲い来た。無数の弾頭が一つ目を剥いて雪崩落ちてくる。そこにある大地もサイバトロンの一群も、〈サイコ〉を仕留める為になら消し飛んでしまおうと知ったことではないと言わんばかりの残虐さで。

『これは、デストロ―』

 報告をすべて聞き取ることは出来なかった。

 ホークを胸先に乗せたまま、ミサイルの吐く赤火に満ちた空を掴み取ろうとするように〈サイコ〉の左腕が伸び上がる。拘縮していた指がぎこちなく開き―

 スターセイバーが〈サイコ〉の背中から同心円に広がる黒い染みを見止めた時、視界は真の闇に閉ざされた。

 

 

―1726/6/19 15:48 London―

 

 アレクサンダー・ポープはその琥珀を薄く伸ばしたような鳶色の瞳を無邪気に輝かせて、ホークが分厚い原稿の束に目を通すのをしばらく黙って見守っていたが、ついに待ちきれず一人掛けのソファから身を乗り出すと、

「どうだい、感想は?」

 と、急かすように問うて、ホークの苦笑を誘った。

 共通の友人である某貴族のサロンで出会ってから五年ほどの付き合いになるが、十代から才能ある詩人として上流階級層に知られた人物であるにもかかわらず、三十の半ばも過ぎたアレクサンダーには子供のような人懐っこい面がある。見た目だけで言うなら年下のホークにも心安く、今日も今日とて、紹介したい相手がいるからぜひ遊びに来てくれ、とわざわざ馬車を寄越されて、ポープ邸へ招かれた次第だった。

 図書室のフランス窓から見渡せる手入れの行き届いた品のいい庭園を眺めて、ホークは膝に乗せた大量の原稿用紙に眼を戻した。一番上の用紙には几帳面な文字で、この長大な物語を書き記した人物の署名が入っている。

 レミュエル・ガリバー。

「そうだな、諷刺小説としては一級品だよ。皮肉が行き届いているし、こうして読み進めると、自分が人間で居ることに疑問が湧いてくる。特にこの最後の小篇はいいね」

「やっぱりかい!フウイヌムのくだりは私も好きなんだ。我々人間よりも遥かに知性と教養に飛んでいる種族が馬の姿にそっくりだなんて、逆に説得力があると思うよ」

「それで、アレク?私に紹介したいのは、この〝ガリバー船長〟かい?」

 からかい混じりの問いかけに気付いたアレクサンダーは、やれやれと両肩を竦めると白い頬に朱を散らして白状した。

「君はそれが事実の記録だとは信じないんだな。ああ残念、もっと興味をそそられるかと思っていたのに。著者は二十年来の友人で、ジョナサン・スウィフトというアイルランド人なんだ。随分長くロンドンに来られなかったんだが、三月ほど前からロンドンに滞在してる。この原稿を持ってきてね、今、出版の段取りを取っているところだよ」

 もちろん、レミュエル・ガリバーという男の回顧譚としてね、と付け加えるのも忘れず、秘密めかして微笑むと、アレクサンダーはサイドテーブルに用意させたポートワインを二つのグラスに注ぎ入れ、原稿を繰るホークの傍に来て、ソファの背もたれ越しに覗き込んだ。ホークは笑って、

「日本には行った事があるからね。それに南海も。こんな楽しい国々があったのなら、通り過ぎてしまうはずがないよ」

「君ときたらどれだけ博学なんだい?時々、百年も千年も生きているんじゃないかと疑いたくなる。‥‥そうそう、作品の中にも出てきたね、〝不死人間〟」

 それは当たりだ、と声には出さず拍手を送り、ホークはそのページへ指を進めた。

 第三篇の一章、架空の国家ラグナグ国を書き留めた箇所に、その〝不死人間〟―ストラルドブラグの説明が詳細に連なっている。不死がいかに不毛で忌まわしい宿命であるか、哀れみと怖れに彩られた巧みな表現は、これまで数多あった物語にあまり見られない現実的な問題を突いていた。

 不死とはただ老いや病をずるずると託ちながら生き続けるだけの、死のない牢獄だということを。

「〝彼らは、国中のあらゆる種類の人々から軽蔑され、憎まれている〟―この言葉に関しては正しいよ」

 ホークは一節を諳んじて、ふと柳眉をひそめ、字面に置いた指を離した。

「言葉は違っても、これは『さまよえるユダヤ人』だな。主が再び現れるまで、お前は地上を彷徨い続けるがいい‥‥不死なんてまったく酷いものだ」

 おや、と敬虔なカトリックの家に育ったアレクサンダーは、遠回しに神の御業を否定する言葉に意外そうに目を丸くした。

「ぞっとしないね、君の言い方は。でも、自分がさまよえる不死人にされたとしたら、きっとそんな考えに取り憑かれるのだろうな。愛する者達が自分を置いて砂のように朽ち果てていく世界から解放されるなら、一刻も早く終末の喇叭が聴きたい、とね。‥‥うん、私は生きていられそうにないな」

 言ってから、アレクサンダーは自らの失言を笑い飛ばしてワインを煽った。もう一つのグラスをホークの手に押し付けると、跳ねるような足取りで図書室のどっしりとしたオーク材の扉へ歩み去る。

「さあさあ、そういう不敬な話題はジョナサンとしたまえ。今からここへ呼ぼうじゃないか」

 肩越しに、例の鳶色が瞬いた。

「今夜は楽しい食事ができそうだ、最後の審判までにはまだまだ時間がありそうだしね」

 

 

《続く》

 

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