『peace―享受する者』
「早くご飯食べちゃいなさいね」
「うん」
その日もその日とて平和だった。
10歳の割りにしっかりした滝川ユウは、親に起こされる前に自分でセットした目覚ましで起き、二度寝の魔力に屈することなく、朝食を食していた。
姉と兄と妹と弟が一人ずついるというなんともレアな少年は、姉を除いた家族と共に食卓についていた。
普段から多忙な姉は、ニュースキャスターの仕事の為には、早朝に出ていってしまった。
小学校低学年である弟妹は、まだ眠たいのか、えっちらおっちらと船漕いでいた。
ユウの朝の仕事は二人にご飯を食べさせて、母親の洗い物をスムーズにしてやることだ。
兄は非常に健康的な生活を送っているため、寝起き特有の倦怠感などには悩まされていないようだ。
ちなみにこの家庭に父親はいない。
「ユウ君はしっかり者だなあ。その調子で
からからと、とても楽しそうに笑う兄を尻目に朝食を弟妹たちに食べさせる。
いつもの光景だ。
余談だが、兄はニート予備軍と名高いポケモントレーナーである。
「兄さんの心の頑強さは、ユウも見習うべきだと思ってるよ、いやホントに」
「はっはっはっ。ガンキョウってどういう意味?」
言いながら、テレビの電源をつけて、ニュースに番組を合わせるユウ。
ちょうどニュースキャスターをやっている姉が画面に映し出された。
「お、ハルじゃん」
「そうだね。姉さん、ニュースキャスターになるって頑張ってたから」
「ニュースキャスターって、『報せの魔術師』だけど、ハルって魔術師だったの?」
「うん。兄さんを黙らせる手腕は魔術と呼んで差し支えなかったね」
この兄弟の会話が噛み合っていないのも、いつも通りである。
というよりも、兄の最終学歴は小卒なので、知能レベルは12歳のユウと同じ。
いや、むしろ使ってないブランクがある分だけ、兄の方が阿呆かもしれない。
その上、ユウは小説を好むので、語彙力では兄と会話が成立しないほどの圧倒的な差があった。
だが、一人称が自分の名前である辺り、ユウも子供と言っていいのかもしれない。
兄を若干、罵倒しつつも弟妹たちに朝食を食べさせて、食器を流しに持っていくユウ。
本人も食べ終わっているが、時間的余裕はあまりない。
流石にご飯を食べて、意識は覚醒した弟妹たちも、各自学校に行くための用意をする。
「さて、俺も出る準備をすっかねえ」
そう言って、リビングを出ていく兄。
ニート予備軍と言っても、ポケモントレーナーは実際に存在する職業であり、その活動も明確化されている。
ポケモンマスターを目指して、ポケモンをせっせと闘わせること。
より強いポケモンを手に入れ、より強いトレーナーを撃破する。
ポケモンマスターとは、ポケモン協会という公的機関の役職の一つであり、世界各地に存在している。
ポケモンマスターの数は少なく、各国に二桁以下しか居らず、何名までという制限がある。
日本の場合は、2名までである。
アメリカが7名、ロシアが5名であることを考えれば、単純な面積や人口でないことは明らかだが、その基準ははっきりとは公表されていない。
言ってしまえば、ポケモンマスターは超難関であり、倍率だけなら、東大の医学部と法学部を同時合格する並みに難しい。
ならば、ポケモントレーナーは実は物凄い職業なのかと言えば、全くない。
むしろ、ポケモンマスターが大きな存在であればあるほど、ポケモントレーナーは軽視されやすい。
子供がパイロットやサッカー選手になりたいと言うのと同じことなのだ。
ポケモントレーナーは、何かを生産している訳ではないので、当然、給料は出ない。
いい大人がニートでパイロットを目指していたら、駄目だこいつと思うのが普通だろう。
とはいえ、全員がニートで構成されているのが、ポケモントレーナーなのかと言うと、そうではない。
ポケモンは今の世の花形だ。
それを扱うポケモンブリーダーを筆頭として、ポケモン関連の仕事は人気の集まる職業である。
その中で、どうやってポケモントレーナーが稼ぐのかと言うと、その方法は単純で
有名なトレーナーはアイドルと同じような知名度があり、テレビでの露出も増える。
そこで、色々な企業から仕事をもらって、番宣したり、イメージパーソンになったり。
そのようにして、ポケモントレーナーは意外と世間で認知される職業である。
では、何故ニート予備軍としても名高いかと言うと、ポケモントレーナーの社会復帰率の悪さにある。
ポケモントレーナーは言ってしまえば、成功するかどうかも分からないことに精力を注ぎ込んでいるフリーターである。
それも法律に守られた究極のフリーターである。
ポケモントレーナーになるに当たって、条件はたった一つしかない。
10歳以上になること。
しかも、なってしまえば、義務教育を受ける義務がなくなり、正真正銘、自由の身となる。
だが、これはポケモントレーナーたちに義務教育を受けさせず、いつ叶うとも分からない夢に向かって放り出すのと同じである。
幸いにも、ポケモントレーナーたちによる犯罪はほとんど起きなかった―――ポケモンと触れあうことでモラルが補填されたと考えられている―――が、ポケモントレーナーを諦めて、他の職に就く際、彼らは圧倒的な弱者であった。
最終学歴小卒―――大体の人間は小学校を卒業してからポケモントレーナーを目指す―――というのは、弱者というよりも、もはや論外である。
どこの企業も雇わないどころか、国の公的機関ですらもまともに取り合わないまである。
成功する者が日本どころか、世界でも100人もいない職業で、失敗したら社会からドロップアウトしてしまう。
それがポケモントレーナーなのだ。
ユウの兄は、小学校を卒業すると同時にポケモントレーナーとなった。
当時のユウはポケモントレーナーという職業に対する知識はなく、ただポケモンを連れていた兄と遊んだという記憶しかない。
だが、年を重ねるにつれ、ポケモントレーナーという職業に対する世間の目や考えを知ってしまった。
何度も止めるように言ったが、聞く耳持たない兄に対して、ユウはもう何も言わないようになった。
なにより、兄は実は成功した部類のポケモントレーナーなのだから、余計に何も言えない。
ポケモンマスターでこそないが、ユウの兄はポケモン協会でも有名なトレーナーで、15歳でありながら、すでに家に金を納めている。
口では、兄を否定してしまうこともあるユウだが、その実、兄が大好きなのだ。
ポケモンは、その大好きな兄を奪っていったと言ってもいい。
だからといって、ポケモンに対して憎しみを向けることは、お
テレビは変わらず、姉を映し出して、姉の声を垂れ流していた。
その折り、あの事件―――○○○市占拠事件。
つまり、メタモンによる大事件が起きたのである。