代わり映えのない日々。
自分で起きて、弟妹たちにご飯を食べさせて、兄の減らず口を聞いて、姉の出ているニュース番組を見て、学校行って。
だが、もはや、そんな日常は戻って来ないのだと。
ユウは血に濡れ、人の変貌した街を見て、ただそう思った。
最初はセールスマンだと思った。
学校から帰って、家に着くと、家の前に男が立っていた。
スーツを着込んだ男で、横顔から20代後半ぐらいに見えた。
インターフォンの前で男は固まっていた。
―――インターフォンは壊れていなかったはずだけどな。母さんがいないのかな。
「どうかされましたか」
男に対して、ユウが声をかけると、男は
「……………」
何も答えず、ただ首をぎこちなく機械のようにこちらに向けただけだった。
―――
ユウは何とも言えない不気味な雰囲気を感じ取っていた。
「………………」
男は無言で腕を振り上げた。
ユウは何だ、と男の手を見つめる。
ここで逃げる、問い掛ける、自衛する等の
大の大人であっても、普通は無理だろうが。
「いっづ………!?」
男の腕が降り下ろされて、ユウの肩は強打された。
いきなりのことで、痛みに顔をしかめつつ、後ろに後ずさってしまうユウに男は蹴りを入れる。
「――――っっ!!」
すると、肩の時とは比べ物にならないほどの痛みが腹に走り、気づくと
(―――なんなんだ、こいつ………!?)
しかし、痛みで頭が回らないユウは、意味のある思考までたどり着けず、ただ涎を垂れ流すだけしかできなかった。
いや、確かに意味のある思考は出来なかったが、何もしなかったわけではない。
というよりも、子供が不審者に襲われた時にとる行動としては、最善手をとっていた。
すなわち、叫ぶこと。
―――助けを呼ばないと。
ユウは不審者は助けを呼ばれたら、逃げ出すことを本能や無意識下で知っていたのだろう。
「ぁああああ、がっ――――っっ!!」
しかし、その叫びは中断されてしまう。
血混じりの唾液が撒き散らされ、ユウの身体が比喩なしで吹っ飛ぶ。
男の革靴が、ちょうど蹴りやすい位置にあったユウの顔面を抉ったのだ。
ちくしょうだとか、ヤバイなんて考える間もなく、ユウの意識は一瞬で刈り取られてしまった。
「……………」
男はゴミのように転がっているユウには、興味をなくしたのか、もはや目もくれない。
だからと言って、何をするでもなく、また家の前につっ立っていた。
気絶してしまったユウは知る
故に先程の叫びも無意味であった。
彼らの身体は、住宅地の人の目に触れない場所に置かれていた。
その中には全身の骨をバキバキに折られ、収納性を追求したオブジェのような身体にされ、隙間という隙間にねじ込まれた人もいた。
そういう意味では、自宅のガレージの物置に入れられただけのユウはラッキーだと言えた。
たとえ、収納する際に男が間違えて、左腕を折ってしまったとしても、命があるだけユウは恵まれた部類だった。
彼の唯一の不運は、家族と共に死ねなかったことだろうか。
物置には、冷たくなった家族が、先客として彼の横で眠っていたが、気絶したユウが絶望するのはもう少し後である。
街は静かだ。
建物が壊れているわけでも、燃えているわけでもないが、はっきりと死の臭いが街には充満していた。
実際、それは正しく、道路や路地には死体と思われるものが大量にあった。
そして、そんな死の街に一人の男が立っていた。
服装は自衛官のもので、手には拳銃が握られている。
だが、彼に助けを求める者はいない。
そんな者はすでに全員殺されている。
彼の足元には、銃弾で穴を空けられた人々が倒れていた。
「くそ………、お前がメタモン………。誰が……、なんで。嫌だ………、殺せば………。探そう……、仕方ないん……。やっぱり………」
その男はブツブツと意味があるのかないのか分からない言葉を垂れ流していた。
抑揚もなく、表情は真顔。
血に
彼に名前はない。
一応、その姿の元になった男、青木ジュウゾウという名前はあるが、それに何の意味もない。
彼の正体はメタモン。
それもメタモンの反撃を指揮しているリーダー格だ。
その性能は一般のメタモンを遥かに凌駕し、人間の言語を使いこなすまでに至っている。
先ほども自衛隊の小隊を部下のメタモンと共にほぼ全滅させてきたところだ。
予想通り、簡単に殺せたことと、武器という概念を手に入れたことに彼はご満悦だった。
とにかく大量に殺し、助けに来た奴も殺し、攻撃しに来た奴も殺す。
とにかく殺す。
彼はそのための作戦を考え、実行し、それらは
さらに技術の鹵獲も成功した。
拳銃という銃器はもちろんだが、なにより
住宅地を他のメタモンに任せてしまったのは、不安だが、単純作業をさせる分には彼らは優秀だ。
そうだ、メタモンは本来優良種なのだ。
あらゆる傷は変身能力の前では無意味であり、捕獲・拘束は困難を極める。
どんな牢であっても、僅かな隙間から出ることができるメタモンにとって、閉じ込めるという行為は意味を成さない。
唯一、その心―――出たいという意思さえあれば、メタモンは完璧になれるのだ。
それをもどかしく思うが、このマスターボールがあれば、それを成就できるかもしれない。
いや、できる。
はっきりとそのビジョンが彼の頭にはある。
人間社会にいる間に学んだことで覚えていることは多いが、その中でも印象に残っているのが表情だ。
彼が口角を上げると、口は三日月のように曲がり、目が通常ありえない形に変形する。
まさしく凶悪な顔をした彼は、足元の人間どもを足で払いのけ、メタモンたちに次の指示を出すべく歩き出した。
ユウとその家族は救助に来た自衛隊によって、物置の中から発見された。
事件が起きて一日後のことであった。
家の隙間に人間がねじ込まれているのが発見されたた
め、救助は住宅地の仔細に及んだが故に、ユウたちは早々に発見されることになった。
「―――見つけたぞ! 子供3人大人1人! 意識はありますか?」
最後は自分に向けられたものだったので、はい、と掠れた声で答える。
一瞬、自分の声の変わり様に驚くが、そんなことを考える気力すらないことに気づく。
「生存者あり! 担架持ってこい!」
また自衛隊員が仲間に向かって、なにやら言い始めた。
このまま意識を手放して、隊員に全てを任せてしまいたかったが、どうしても聞きたいことがあった。
力を出した自衛隊に手を伸ばす。
「4人だが、子供3人だ。とりあえず、担架で大通りまで運ぶぞ! ―――ん、どうしました?」
「か、ぞくは……?」
家族は生きているのか?
「大丈夫です。必ず助けます」
それは答えに成っていない。
直感とも言える不安が彼の脳裏をよぎる。
しかし、隊員に再び問う間もなく、彼は担架に乗せられてしまう。
揺れる身体がどこか遠いもののように感じた。
頭から意識が飛んでいきそうだ。
まるで自分を俯瞰しているみたいに、頭は澄んでいた。
ああ、やっぱり死んだのか―――
だから、絶望だって受け入れることができた。
時はメタモンをP4によって、殲滅してから数時間後のこと。
都市中央部には生存者が固められていたが、数ヵ所の住宅地では凄惨なる殺戮が行われた。
この滝川ユウの住む家も、不運なことにその一つだった。
そして、この住宅地で唯一の生存者である。
これは滝川ユウの原点の話である。