アマイマスクの弟 作:アマクマスイ
「に、兄さん、やめてくれ」
「何を言っている? これは指導だ! 喜べ!」
「バースト! ビュウトが泣いてるのが分からないの!」
「女は黙ってろ! これは男の問題だ!」
バースト兄さんは生まれながらの天才。その屈強な身体は父さん譲りで、頭脳や超能力は母さん譲り。見た目もイケメン。対して、ビュウト兄さんは一般人より少し強い程度。2人の苦手分野を譲り合ってしまったらしい。見た目も言っては悪いけど不細工。ベーグル姉さんは中間くらい。僕? まあバースト兄さんと同じくらい才能はあると思うよ。でも年齢の差がね。
「おいボン、何を見ている? お前も連帯責任だ。腕立て100万回! 今日は寝させんぞ!」
「はいはい」
100万回腕立て。僕の腕の長さが40cmとして、自由落下にかかる時間は、0.4=0.5*9.8*t^2だから、ええーっと、t = √(0.8/9.8) = √(4/49)=2/7、で凡そ0.286秒か。つまり100万回やると落下だけで28万6000秒かかる。時間に直すと約80時間。ふつうのやり方では寝ることもできないな。
「よっと」
床を、指でつかんで、落ちる方に加速。そして上がる方にも加速。
「ふんふんふんふんふんふんふんふんふん」
こうも早い動きだと、リズムが重要だ。少しでも乱れると姿勢が崩れてしまうし無駄に疲れてしまう。本当は無心でやりたい。だけど、数を数えるのにちょっとだけ意識を割かなくちゃいけないから。
僕は視線でバースト兄さんを見る。
「ちっ。分かってるさ。数ぐらいは俺が数えてやる。ズルできんように監視する必要もあるしな」
バースト兄さんは超能力があるので視線だけで理由を察してくれる。それに僕には少し甘い。だけど他の兄さんや姉さん、特にビュウト兄さんには厳しい。
「ビュウト! まーだ100回しか行ってないぞ! 何疲れてやがる! お前はそんなだから強くなれないんだ! もう100万回追加だ!」
「ぐ、ぐう。もう、無理だよ」
「バッキャろう!」
「ガハッ」
ビュウト兄さんは、本気でやっていると思う。だけどバースト兄さんはそんなものは認めない。できないと諦めたらそこで終わってしまうが、そこで諦めず、その先を信じ続ける事で、壁を乗り越えられると信じているから。実際に、バースト兄さんはそうやって強くなってきたらしい。僕もバースト兄さんの修行で強くなった。だけどビュウト兄さんは、人間の壁を超えられていない。
僕も人の心配ばかりしていられない。自分の腕立てに集中しなければ、リズムが乱れてしまう。できるだけ無心で、無意識で、流れに任せるように、かと言って情熱は失わずに、厳しさに負けないように、耐えていく。
こうやっていると、時の流れが止まったような不思議な感じがする。この感覚は嫌いじゃない。むしろ好きだ。バースト兄さんの修行は、ビュウト兄さんやベーグル姉さんには不評だけど、僕のような人間からすると楽しい。
「おいボン、もう300万回超えてるぞ」
「え? あれ? そんなに?」
「ああ。寝させないつもりだったんだが、100万回は2時間で終わってしまったな。残り200万回を同じ2時間でやってしまったし、お前の成長スピードは俺も驚かされる。ひょっとしたら俺より強くなってしまうかもな」
「またまたあ。負けるなんて思ってない癖に」
「ふふふ。まあな。よし、お前はもう寝ていいぞ」
「うん。そうする。お休み」
「ああ。お休み。って、ビュウトォオオオオオオ! なーに休んでやがる! お前まだ1000回しか行ってないだろうがよォオオオオ!」
「ぎゃああああ!」
兄さんの怒声と悲鳴を尻目に、僕は自分の部屋に戻る。時間があるから勉強でもしておこうかな。勉強しないと父さん怒るからなあ。兄さんも恐いけど父さんはもっと恐い。
とりあえずセンター試験問題集でも解こうかな。
「ただいま」
と、その父さんが帰ってきた。いつもより早かったな。残業がすぐに終わったのだろう。
「お帰りなさい! お父さん!」
「バースト。またやったのか。ほどほどにしておけとあれほど言ったのに」
「しかし父さん、このままではビュウトは弱いままだ。自分の力で脅威に勝つ、父さんがいつも言っていることじゃないか。だから俺は長男として弟達を鍛えようと」
「お前の指導はビュウトに合っていない。修行はいいから教育の勉強でもしておけ。大丈夫か、ビュウト」
「と、父さん。ありがとう」
「父さん! そうじゃない! ちっ」
兄さんは強いけど、父さんには逆らえない。それほど隔絶した差がある。まあ単に強いってだけじゃなくて、人間的にも尊敬しているしね。だけど、その父さんが言っても、兄さんは自分のやり方を変えようとはしない。理由はよく分からないな。どうして厳しい修行に拘っているんだろう? 僕らの中では弱くとも、一般の人と比べたらビュウト兄さんも十分強い。それでも強くならないといけないような敵が、本当にいるのかな?
翌日、ムッとした圧力を感じて目覚めると、姉さんが上に乗っていた。
「早く起きなさい。父さんに怒られるよ」
「分かってるよ。はあ」
今はまだ7時。学校は8時から。本当はギリギリまで寝ても間に合うのに。
「30分前行動だ。そのためには今から朝食を食べないと間に合わない。いつも言っているだろう」
「分かってるよ」
僕なら1分もせず食べられるし、服も着替えられるし、学校まで移動できるけど、父さんはしっかり噛んで食べないと怒るし、歩いて登校しないと怒る。それがふつうだからだってさ。よく分からない拘りだ。まあ、姉さんの料理はおいしいから、よく噛んで食べるってのには同意してもいいけどね。
と、兄さん達が朝のランニングから帰ってきた。僕も来年から中学校に入るとあれをやらされるらしい。憂鬱だ。修行は楽しくても睡眠時間がね。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
「ちっ、たった10kmしか走ってないのにすぐ疲れやがって。ほら、朝飯食えよ。終わったら腹筋背筋スクワット100回ずつな」
「は、はい! ぜえ、ぜえ」
あれ? 常識的な数字だな。昨日反発していたから、ちょっとは厳しめに行くのかと思ったけど。
「じゃ、私、高校の部活があるから」
「ああ、行ってらっしゃい」
「俺もジムに行ってくる。今日は体験希望者が五人もいるからな。ピカピカに磨いておかないと」
「ああ、頑張れよ」
姉さんは弓道部の朝連に、バースト兄さんはジムに行った。兄さんは武道を習う道場をやってるんだけど、練習が厳しくて皆辞めちゃうから、今は健康ジムにしてるんだよね。主にお年寄りや運動が苦手な子を見ている。すごくストレスが溜まるらしい。そのストレスを、僕達にぶつけるのはやめて欲しいんだけどね。ビュウト兄さんは進学校に通っている。父さんのように一流企業の正社員になるのが夢なんだってさ。それって夢なのかな? 僕? 僕は身体を動かすのが好きだから、バースト兄さんみたいにジムか道場がいいかな。勉強も嫌いじゃないけど、スポーツに比べれば得意ってほどじゃないからね。
「行ってきます」
準備を終えて、僕も小学校へ向かう。父さんが言うから行ってるけど、正直勉強することなんてないんだよね。授業は退屈で仕方ない。体育も、僕が本気出したら片手でも勝負にならないから退屈だ。だからと言って寝ると怒られるから、先生の間違い探ししたり難しい質問したりして遊んでる。ごめんね先生。かわいくない生徒でさ。