アマイマスクの弟 作:アマクマスイ
Z市で開催する環境対策決起集会。これは愚かな人類に対する私からの最終通告だ。私の声を聞き、環境問題に真摯に取り組むことができるのであれば、近い未来に人類が自ら身を滅ぼすことも無くなるかもしれない。だが、ワクチンマンから続く凶悪な怪人の連続発生を疑問に思わず、放漫に富を消費し続けるならば、その代償を支払うことになる。
「くくくくく。怒りを通り越して笑えてくるな」
残り10分。参加希望者は0。最低でも100人は来ると思っていたが、私はまだ人類を過大評価していたようだ。もはやどれほど愚かなのか想像することもできん。0ということは、平均や中央値の概念もなく際限なく愚かである可能性があるからな。ネットで告知しただけゆえ、私とて全ての人間に情報が届くなどとは思っていない。だが、この環境汚染が進み怪人が溢れる現在の環境、このおかしさに疑問を持てば、簡単にたどり着けたはずだ。1人辿り着けたなら口コミで周りも誘えばいい。それができないのであれば連帯責任だ。もちろんネットを扱えず言葉も理解できない子どもに罪があるかと言えばないのだろう。だが、先祖の罪で子どもが死ぬなどありふれた話だ。先祖が築いた富をただ享受できるものではないのだ。そのような生き方をするならば、悲劇もまた、受け入れるしかない。
「すみませーん。遅れましたー」
ん? しまった思考にふけっていたせいで人の反応に気付けなかった。私としたことが恥ずかしい失敗だな。
「参加希望者か。よく来たな」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「ん?」
わ、若い。驚いた。高校生くらいじゃないか? しかもイケメンだ。肉体的に非常に優れてもいる。
こんな才能溢れる子が、環境の集会などという堅苦しいものに参加するとは思わなかった。……いや、むしろ逆だということか? 選ばれた人間だから、ここに辿りついたということか。彼は『答え』を理解しているのかもしれないな。
「E市の高校に通っているボンボンです。よろしくお願いします」
「ほう、15歳の高校1年生か。君のような若者に来てもらえて、私もうれしいよ」
「僕もびっくりしました。サイコスさん研究者というよりモデルみたいですね」
「ふんっ。今更あのような連中と比べられたくはないが」
褒められて悪い気はしないがな。
「ああいえ、スタイルだとかがモデルみたいってだけで、知性だとかそういうのは、全然違いますよ! もちろん!」
「いいさ。そのような無駄話をする場所ではない」
「は、はい。そうですか。ありがとうございます」
ふむ。若い子に慕われるというのは、悪い気はしないな。彼からは知性も感じるし、身体能力にも非常に優れている。ヒーローであればA級は間違いないだろうな。きっと高校ではモテモテだろう。だが、自信に満ち溢れているようで、少し暗い感情も見える。満たされない何かを求めている。私であれば、それを与えることができるだろう。いいさ、たっぷりかわいがってやる。
「時間だ。どうやら参加希望者は君だけのようだな」
「たった1人ですけど大丈夫なんですか? もしや中止になったり」
「私は自分が言い出したことをやめるのは嫌いでな。1人でもやるさ。希望者がいるのならな」
「そうですか。ありがとうございます」
「ふむ。それでは資料を配ろう。軽く目を通すだけでいい。スクリーンで映像を見せながら説明するからな」
「はい」
少年はパラパラっと資料に目を通していく。その表情からは、生き生きとした知的好奇心が感じられる。かわいいやつめ。
「よし、ではスクリーンを見ろ。基本から説明してやる。まずは現在のシステムの成り立ちからだ。大昔に人間はいくつもの国という概念を持っていた。今で言う市の権力を拡張し、完全に自由化したようなものだな。結果国ごとの争いは激化し、戦争や無意味な環境汚染を生み出していたという。人類は自身の行いによって世界を穢し、生存範囲を狭められ、その数を減らしていった。そこで第一の変革が起こる。人類は言語と政府を統一し、争いを無くそうとした。しかし環境汚染は止まらなかった。次に第二の変革が起こる。人類は住み辛くなった偏狭の地や島を捨て、この超大陸に一斉移住した。ここまでは教科書で習うだろう。だが、おかしいとは思わないか? 超大陸もまた汚染されていたはずなのだ。何故移住できたと思う」
「……超大陸にあった汚染物質を、偏狭の地に押し付けたのでしょうか?」
「ふっ、正解だ。政府は隠しているが調べれば簡単に分かったよ。ま、調べずとも予想はできたことだがな。そしてこれは、過去の話ではない。現在もまた、処理しきれない汚染が起こる度に、人類の文明圏から離れた土地に捨てている。だが、その処理にも限界が来ている」
「先日の蚊の大量発生が、それでしょうか。捨てるという発想では、生態系の調和は不可能」
「ま、そういうことだな。だが調和を乱す存在は、自壊するのものだ。稲穂を減らしたバッタが餓死するようにな。それが生態系の基本原理というものだ。これを見ろ」
私は災害レベル鬼、竜の発生頻度を示したグラフを表示する。ワクチンマンの発生を前後に、ペースが上がり続けている。
「怪人は、人類の天敵と言われていますね。しかし天敵ではなく、自壊と捉えていると」
「そうだ。これら怪人は、全てではないが、人類が自らの行いによって生み出している。環境を浄化するために現れたワクチンマン、力を欲する余り怪人化したマルゴリ、おそらく人工生命体であるモスキート娘」
「えっ。蚊の大量発生って、農薬でクモを殺したせいじゃなかったんですか?」
「もちろん調和を乱す農業が虫の大量発生を招き結果食中毒や餓死を招く例は多々ある。だが今回は、怪人の影響だな」
「しかし、サイコスさんよく調べられましたね。死体を調べるだけでこんなに分かるものなんですか?」
「ふっ。お前も使えるのだろう?」
私は超能力を使い、軽く椅子を浮かして見せる。
「僕は人の気配をつかめるだけですよ。こんなことはできません。ひょっとして、死体から記憶を見られるんですか?」
「サイコメトリーと呼ばれているな。もっとも、私が得意な超能力はこれじゃないんだが」
「へー、どういうやつですか?」
「それはまだ教えられん」
「えー、いいじゃないですか」
「欲張るな。私は秘密主義なんだ」
「そうなんですか。神秘的でいいですね」
「くくく。そうだろう」
その後も私は人類の犯した罪、乱された調和、その結末を語っていく。少年は真剣な顔で最後まで聞いていた。
「つまり、どうあがいても人類は滅ぶということだ。このままではな」
「確かに。そうみたいですね」
「ほう。ショックではないのか? ヒーローを志していると聞いたが」
「問題があるのなら、解決すればいいだけです。それがヒーローっていうものじゃないですか?」
くくっ、青いな。
「だが、政治と経済を握っているのは欲に溺れた老人達だ。言葉で変えられるものではない。問題に気付かず、いや気付いていながら現在の富を享受するだけで行動しようとしない民衆達も同じ。どう解決する?」
答えを知っている選ばれた人間には、もどかしさしかない。彼等の無能により、自分も巻き込まれるなどということは。
少年は私の問いに悩んでいる。ここまで説明すれば分かっているはずだ。権力者と敵対し打倒することで民衆を従え、解決するしかないと。だが、まだ別の道を探したいのだろう。それが若さであり甘さである。少年はまだ人類を信じてしまっている。この心を完全に折らない限り、戦うという選択肢は取らないだろう。だが、私は特に何もする必要がない。こんな少年は、人類に絶望するに決まっているからだ。そうすれば勝手に私の同士となるだろう。私があえて何かをするならば、その瞬間が早まるように、ちょっとだけ現実を見せてやるだけでいい。
「とりあえず、ヒーローとして有名になってみようと思います。僕の声が、より多くの人に聞こえるように」
「そうか。だがそれが失敗した場合はどうする?」
「失敗しないように、頑張ります」
「ふっ。若いな。だがその意気やよし。私も少し協力してやろう。ほら、これが私の連絡先だ」
この連絡先は電波に私の超能力を合わせることで、私の位置情報が割り出せないように工夫している。
「ありがとうございます。ですが、いいんですか?」
「ご覧の通り、この集会に来てくれたのは君だけだ。貴重な仲間を無下にはせんよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「では早速計画を立ててみようか。君がヒーローとして有名になっていく方法。そして、その後民衆をどう導くのか」
「今、ですか?」
「もちろんだ。時間が惜しいからな」
「では、ヒーロー方から考えましょう。これはまず何より、強くなることですよね。そのために今は、兄とクロビカリさんに特訓を付けてもらっているのですが、何かが足りないと思っています」
「ほう? 君の兄は知らないが、クロビカリでも満足できないのかね」
「はい。このまま修行を続けても、そこそこ強くなるでしょう。しかし、兄やクロビカリさんに近づけても、追い抜くことはできないと感じています。それに時間がかかり過ぎる」
「壁を越える方法を、知りたいのかい?」
「そうですね。兄も、クロビカリさんも、それぞれの方法で壁を越えたのでしょうが、僕はその真似をするだけではダメだと感じています」
ほう、種としての壁の存在にまで気付いていたのか。ますます優秀だな。そしてその方法を模索していると。……つれるか?
「実は私も、人が壁を乗り越える方法について研究していてね。力になれるかもしれない」
「えっ、本当ですか!」
「専用の研究施設がある。クロビカリの言う先端科学よりも、さらにずっと先に進んでいると自負しているよ」
「それは、興味あります」
「そこの施設なら毎日来てくれても構わないよ。ただ、準備する時間が欲しい。今はとっちらかっていてね」
怪人や人間の死体を、掃除しておかないとな。今の彼には刺激が強すぎる。
「ああそれと、君のお兄さんの修行というのは、見せてもらっていいかな? 私も興味がある」
「はい。ぜひそうしてください。きっと喜びます」
「クロビカリの方は、しばらく続けた方がいいかもしれないな。急に辞めると心象を損ねるかもしれない」
なあんて、本当はヒーロー協会幹部のきな臭い動きを調べたいだけだがね。計画の支障になるとは思わんが、この子のように有望な若者がいるというのなら、引き抜くのも吝かではない。