アマイマスクの弟 作:アマクマスイ
「兄さん、サイコスさんを嫌い過ぎでは?」
「いいや、俺の勘は間違っていない。やつは人道に反する実験をしている」
確かに僕も、サイコスさんから黒いオーラを感じている。だけど、それ以上に美しい純粋な思いも感じているんだ。兄さんもそれは同じなはずだ。
「僕はヒーローなんだ。サイコスさんが何かに苦しんでいるというのなら、それも助ければいいだけだ」
「一理ある。一理あるが、お前では力不足だ」
兄さんが強い思念を僕に向けてくる。本物の殺意。恐ろしい殺意。昔の僕なら完全に心が折れてしまっていただろう。だけど、マルゴリとの戦いを経て、引かない心の強さを知った僕には、効かない。
「脅しても無駄だよ。恐いからって逃げるようじゃ、ヒーロー失格だ」
兄さんは少し驚いたような顔をして、殺意を解いた。
「ふむ。これは俺がお前の覚悟を見誤っていたようだな」
「なら!」
「俺は長男としてお前達弟妹を守ると誓った身。今のお前を行かせることは賛成できん」
「ぐっ。でも僕は、行くよ。ここで止まればヒーローではなくなってしまう気がするから」
「ふっ、落ち着け。今はと言っただろう? これから一ヶ月、みっちり合宿をしてお前を鍛え上げる。それからは、自由にするといい」
一ヶ月、か……。それくらいなら、いいかな?
「じゃあ、お願いするよ。でも、ヒーロー活動の依頼が来た時は……」
「修行と民衆の命のどちらが大切か、それくらいはわきまえているつもりだ。だが、俺が協力してすぐさま依頼を終わらせるぞ」
「うん。じゃあ、よろしくお願いします! 先生!」
「ああ! 途中で根を上げるんじゃないぞ!」
「はい!」
いい感じに、話は纏まった。兄さんの後ろでタマノさんとコシさんが、兄さんを恨めしそうに見ているのが見えた。謎だ。サイコスさんとマッコイさんには一ヶ月修行に出かけると伝えた。マッコイさんには僕が行けない代わりに兄を頼って欲しいとも。2人とも快く了承してくれた。
合宿初日。ランニングで超大陸の端まで移動する僕達。具体的には、兄さん、姉さん、弟子達、僕、父さん。そう、珍しく父さんが有給を取ってついて来たのだ。しかも初めて見るヒーローマントの姿をして。ヒーローの真似事をしたことがあるとは言っていたけど、けっこう本格的だったんだね。
「プロヒーローになろうとは思わなかったの?」
「ああいうものは、仕事にするべきではない。真っ当に働いて、ヒーロー活動は趣味で行うべきだ。今でもそう思っている。お前達に強制しようとは思わないがね」
「そうだったんだ……」
本当は、ビュウト兄さんにもプロではなく趣味でやって欲しかったのかな。その割には兄さんがヒーロー試験に合格したと聞いて、喜んでいた気もするけど。
港には木彫りの中くらいの船があった。オールが10個ついている。兄さんや父さんくらいのパワーがあれば石油のエンジンより自分で漕いだ方が速いのだ。これは修行なので、僕達が扱くんだけども。
船の行き先は、暗黒大陸、チバ。暗黒大陸とは超大陸に移住した人類が環境汚染を押し付けた土地である。つまり環境汚染が進んでおり怪人の巣食う魔境になっており人類の生存には適していない。が、それが修行にはちょうどいい負荷になる。こんな方法は、災害レベル竜でも簡単に倒せる父さんや兄さんがいなければ取れないんだけどね。
「イッチ、ニッ、イッチ、ニッ、イッチ、ニッ」
声に合わせ、オールを漕ぐ。チバまでは距離にして1000km強。かかる日数は、このペースだと3日で着くだろうか。僕が本気で漕げばもっとスピードが出るんだけど、他の弟子9人合わせても僕とつり合う力を出せないからね。そもそも、僕が本気を出すとオールが折れてしまうので、出せないんだけど。中途半端な力だから逆に疲れるよ。主に精神的に。
不意に、船の前方、水面が盛り上がる。そこから飛び出る巨大な魚。エイのような姿の怪獣だ! が、警戒する必要はない。これは既に死体。
「今日の食糧は、こいつでいいだろう。怪人化しているが、食べられる部分もある。調理方法も教えるから覚えるように。私が仕事に戻った後も食いっぱぐれないようにな。もっとも、バーストならばそのまま食べても腹を壊すことはないだろうがな」
父さんの仕事は、暗黒大陸の環境調査。及び調査に伴う環境整備や資源の確保。だから、怪獣化、怪人化した動植物の食べ方も心得ている。
「怪人は多種多様だ。どこが食べられる、というような法則はない。だから自分の目で、鼻で、舌で調べるんだ。目で見て濁っている場所はたいてい食べられないから、分かりやすい。例えばこの青い血が溢れている場所はダメだな。この内臓もだめ。このヒレの先の方は、全部食べられる。寄生型怪人が湧いている場合もあるから、心配なら熱処理をするといい。これは生で食べられる」
父さんは豪快にヒレに齧りつく。コリコリと、軟骨が砕けるような音を立てて、噛み潰して行く。不意に、一部を千切り、僕の方に投げた。食べてみろということだろう。
「では、いただきます」
少し不気味だけど、思い切ってかぶりつく。えっ……、美味い! びっくりした。怪獣がこんなに美味しいなんて。ふつうの刺身と同じ、いやそれより美味しいんじゃないか?
「驚いたか? 超大陸の外にも栄養に富みむしろ超大陸よりも清潔な場所もある。そして怪獣化したゆえのエネルギーの豊富さもある。全てがそうではないが、超大陸の中より美味しい食材もあるんだ」
「へー」
「こんなことを教えたくはないから、調査員同士の秘密にしているがね」
父さんはにやりと笑う。へー、こういうズル賢い所もあったんだ。堅物とばかり思ってた。
「でも、美味しい物もあるって教えたら、皆外に興味を持って、もっと外の世界を大切にするかもしれないのに」
と、弟子の1人が質問する。
「彼らが興味を持ち、乱獲してしまえば、また環境破壊になってしまう。徒に欲を刺激するべきではないんだよ」
「あっ、そっかあ。そうですよね」
その後も船は進んでいく。外の世界は怪異が蠢き、ただ移動するだけでも危険なはずだが、兄が超能力で事前に敵の場所を察知し、排除または追い払うので、敵の襲撃はなかった。
ずっと舟を漕いでいると、オールを漕ぐのにも慣れていき、また筋力トレーニング的なパワーアップもあり、船の速度はどんどん上がって行った。そして、2日と少し経った頃、ようやくチバ大陸が目前に迫った。
大昔の人の文明と思われる船着場は、少しだけ人工的なコンクリートの構造物が見える。しかし、森と大量のわかめに囲まれており、船を止めるのは難しい。
「おーい。いるかー! ナイトゥー!」
父が誰かを呼ぶ。まさか、こんな場所に住んでいる人がいるのかな?
海面にブクブクと泡が出る。まさか、水中に住んでいる人、というか人魚?
「お呼びですか。ブラック様」
出てきたのは、ワカメの甲冑で全身を覆った何かだった。たぶん怪人だと思う。
「紹介しよう。私の息子、バーストとボンボン。そして、弟子達だ」
「おお、これはこれは。わたくし、ワカメナイトゥーと申すものです。わかめが好きすぎてわかめを守る騎士になってしまいました。人間の頃の名前は内藤です」
「そうだったのですか」
珍しいな。ここまで怪人化しておきながら、すごい理性を保っている。
ふと、父さんがこちらを向く。
「わかめを無闇に荒らすなよ。彼がとんでもない怒り方をする」
あっ、やっぱ怒るんだ。
「ふふふ。少量なら食べても大丈夫ですよ。わかめもまた生物。生態系の中の一部ですからね。かく言う私もわかめが大好物でして」
ワカメナイトゥーさん、口調は穏やかだが闇を感じる。たぶんこの人の前でわかめは食べないと思う。食の作法だとか食べ時にうるさそうだし。こういう人ほど怒ったら恐いんだ。エネルギーもすごい感じるし。たぶん竜クラスあるんじゃないかな。
「船は彼に任せておけば大丈夫だ。さあ、中へ進もう」
父さんはジャンプひとっ飛びで船着場の石の部分に着地する。距離にして1km弱。兄や僕なら真似できるが、弟子達はできない。わかめの海を泳ぐことになった。
「はあはあはあ。わかめおっも! しんど!」
弟子は男7人女3人。濡れた服は重く、修行になる。だから男は濡れた服のままでもいいが、女は、透けるからと着替えを要求した。だが、そこで父さんが動く。
ふっと、手でマントをひらめかせた。そして生まれる。爆風。
「うぉおおおお!?」
「きゃー!」
無茶苦茶だ。あんな小さな所作でこんな大きなエネルギーを生み出すなんて。
「これで乾いただろ?」
「ちょっ、ちょっとー。やるならやるって言ってくださいよー。びっくりするじゃないですかー!」
「はっはっは。これくらいで驚いていたら、後が持たないぞ」
これまた意外な一面。堅物な父さんが、ここまで砕けた反応をするなんて。ヒーロー活動をしている時は、意外とはっちゃけているのかな。
仕切りなおして。目的地へと歩き始める。少し行けば修行に適した開けた場所があるらしい。先頭は父さん、一番後ろは兄さん。僕と姉さんは真ん中。安全を考えてこの布陣になった。
「あのー、あの人って怪人ですよね?」
タマノが父さんに尋ねる。
「人間という範疇は超えているが、私は怪人ではないと思うな」
「え? どういう意味ですか?」
「怪人かどうかは、人間が勝手に決めているだけだ。本当は敵対する必要がないものまで、徒に」
「へー。なるほどー」
父さんは以前から人と違うだけで排斥することは嫌っていた。僕や兄さんや母さんは超能力者だし、父さん自身も人の範疇は大きく超えている。だからこそ、というのもあるのだろう。
ふと、父さんが止まった。
「気をつけろ、地面にいるぞ」
「え?」
地面? 咄嗟に気配を探ってみる。確かに、地面から何かが近づいてきている。人間大の大きさだ。エネルギーの感じで言うと、僕でも対処できるくらい。災害レベル鬼くらいかな?
僕が戦闘に体勢に入るのとほぼ同時、そいつは現れた。
「ひゃはあっ! これは珍しい。お前等人間ってやつじゃねえのかぁ? 長老から聞いてるぜ。そこそこ美味えんだって、なあ!」
ムカデのような身体に人間のおっさんの顔だけついた怪人。そいつは喋りながら、姉さんに突っ込んで行った。
僕が戦おうとするが、姉さんは手で僕を制する。
「ふん!」
「うっ」
姉さんの超能力で、怪人の動きがピタリと止まる。
「死にたくないのなら、そのまま巣に帰りなさい」
「ク、ク、クソガキがぁ!」
怪人は暴れようとするが、超能力の方が強く、動けない。そして観念したように、力を抜いた。
「クソが! 覚えてやがれ!」
姉さんが超能力を切ると、怪人は去っていった。
「トドメを刺さないの?」
僕は姉さんに聞く。
「無益な殺生はしたくないわ」
「でもあいつ、姉さんのことを恨んでたよ」
「ここで恨まれるくらい、別に構わない」
僕は父さん、兄さんの顔を伺う。当たり前だろ、みたいな雰囲気だ。弟子達は、僕と同じで怪訝な感じだ。
そういうものなんだろうか? よく分からない。