ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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プロローグ
錬金術にも魅入られて



 

 来客を知らせるベルが鳴り、アトリエの扉が開く。

 店内を見渡し、お父さんの姿を見つけた顔見知りのお爺さんは、笑顔を浮かべて足を進める。

 

 

「邪魔するよ」

「いらっしゃいませ…おや、アルベルトさん。今日はどうしました?」

「ああ、おかみさんが少し腰を痛めたようでね…湿布を3枚ほど頂けないだろうか」

「それでしたら…」

 

 

 お父さんが、うちのアトリエのお得意さまに応対してる。

 アルベルトさんは近所に住む老夫婦。揃ってガーデニングが趣味で、きっと鉢植えをいじっている時に腰をいじめてしまったんだろう。

 

 街の人々から頼られて、立派に道具を作ってて。

 お父さんの背中は私の憧れの一つ…なんて、こんなの男の子が言うようなことだけどね。

 けれど、お父さんに惚れたお母さんから産まれたのが私なんだから、私だって当然お父さんに惚れ込むものだ。

 …普通は違うのかな。よく分かんないや。

 周りの友達はみんな、お父さんとうまくやってる子たちばかりだし…。

 

 

 しかし、まあ。

 そのお父さんに比べて、私はまた…。

 

 

「んー。この色はダメかな多分。よいしょっと」

 

 

 かき混ぜ棒で釜の底から何かを持ち上げる。

 

 本来ならそれは、《クラフト》と呼ばれる爆弾*1になるはずだったのだけど…ぐにゃっとした感触のそれは、到底、完成とは呼べない出来そこないだ。

 

 というか、なんだこれ。すっごく妙な…手にフィットする手触りというか、なんだこれ。

 にぎにぎしていたくなるっていうか…いや仮にも爆弾なんだし、だめだけど…ああにぎにぎしたい。別の意味で危険なものを生み出してしまった。なんだこれ。

 

 いや、いけない…さっさと仕舞おう。

 

「…あーもーどこがいけないのかなぁ。ここは合ってるでしょ、で、ここも合ってるじゃん。最後も…合ってるよね?じゃあなんでさー」

「ティティ、お客様がいらっしゃるんだからあまり騒いじゃダメだよ?」

 

 ゔっ。

 

「はい、ごめんなさいお父さん」

「い〜や、いいんだよティティちゃん。おじさんも、うちのばあさんも応援してるからね」

「あはは…ありがとうございます」

 

 でも、今日はもうダメだ。煮詰まった。

 もう休んで、また明日頑張ろうかな。

 

「お父さん、ちょっと気分転換に母さんのアトリエに行ってくる」

「ん、わかった。邪魔はしちゃダメだよ?」

 

 分かってる。

 言うまでもない共通の認識を儀礼的に確認し、2階のもう一つのアトリエに向かう。

 

 

「…おやじさん、ティティちゃんはどうなんだい?」

「才能はないことはない、と思うんですけどね。なかなか…」

「そうか…。毎日頑張ってるのにねぇ」

 

 何も聞こえない、フリをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 息を殺してお母さんのアトリエに入る。

 窓の向こうに見えるマール海の水面は空を映して茜に染まり、くすんだ白の部屋もまた同じ色に満たされていた。

 

「……」

 

 お母さんの息遣いと、筆を動かす腕が起こす微かな衣擦れ。

 ()()を走らせ、()()()()を携え、私など見向きもせずに()()()()()を見つめている。鷹のような目は夕焼けの一片も見逃さず、筆は時に激しく、時に優しく、キャンバスに茜色を走らせる。

 

 描く姿そのものが一枚の絵に見えて、素敵で。

 気が滅入ったり、落ち込んだりした時はお母さんの絵描き姿を見ると、不思議と落ち着いてくる。

 

 お母さんは画家だ。

 

 とても有名で素晴らしい絵描きなんだよ、とお父さんがよく我が事のように自慢しているけど、実際、全く誇張じゃない。王族の肖像画を依頼されたこともあるんだとか。

 

 今もエントランスに飾られているというその絵を、私も見たことがある。草原を駆け回る王子と王女の絵は、肖像画というより、”人物を含む風景画”というべきだと思ったけれど、心を惹きつけてやまない魅力があった。

 今にも動き出しそう、というのは月並みな言葉だけど、本当にそう思えた。

 

 もしかしたら、あの絵の中で本当に動いているのではないかとさえ…。

 

 

「……ん…っはぁ……ここまで。…む、ティティ?」

「あ、お母さん。もう終わり?」

「ああ。ティティは?」

「うーん…私も。ちょっと疲れちゃった」

 

「そうか…こっちに」

 

 お母さんはあまり口の多い人じゃないから、たまに言葉が足りない。

 手招きしてるし、「こっちに来て欲しい」ってことかな?

 

「ん…」

「あっ…」

 

 

 えへへ…。

 

 抱きしめて撫でてもらっちゃった。

 いつも、暗い気分の時はこうやって分かってくれるんだよね。お母さん大好き。

 

「気分は?」

「えっ…あ、もう大丈夫!」

「そうか」

 

 手は頭に置いたまま、私の背に回されていた腕がほどけるのを感じて少し寂しくなる。

 

 もうちょっと甘えたかったかな…。

 

「無理は良くない。作業効率が落ちる」

「うん。分かってる」

「描くか?」

 

「…うん。ちょっと、簡単に描きたい気分」

 

 頷いて、お母さんは新しい大きな《ゼッテル》や画材を用意してくれる。

 引き出しの場所とかは分かってるんだけど…私に触らせたくないというよりは、多分絵の()()としての矜恃とかこだわりとかがあるんだろう。

 

 よし。描くものはもう決まってるし…パッと描いちゃおう。

 

「ありがとう、お母さん」

「ああ。見ている」

 

 近くで見ててくれる、ってことかな…?

 相変わらず、言葉が少ないなあ。

 

 

 

 

 

 

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 画家、エレン・M。

 アダレット*2をはじめ、近隣諸国で絵画の世界に生きる者ならきっとこの名を知らない者はない…かもしれない。

 実際のほどは分からない。しかし私が絵描きの旅を止めて旦那(クレメント)と共にここ(メルヴェイユ)に落ち着いた理由は、旅先で私の名をうっかり口に出せなくなって来た、ということを感じ取ったからだ。

 

 幼くから描き始めて30年と少し。

 積み上げてきた技術と経験、培った感性は私を名画家と呼ばれる立場にまで引き上げた。

 

 しかし、私の娘は…画家として天才だ。

 

 (よわい)は今年で15にして、既に技術面では私と同等だろう。感性も、表現力こそ発展途上なものの、感受性ならばやはり私に並ぶ。

 もしもこれから何かしらの経験を積むことがあれば———例えば旅に出るなどすれば、私など越えられてしまうだろうという確信がある。まあそれ自体は何ら不思議はない。私と旦那(アイツ)の子なのだから。

 

 そんな我が子ティティは今日も絵を描いている。

 息抜きを兼ねた遊びの絵と言っても、一端(いっぱし)装丁(そうてい)された文庫本の挿し絵にもなろうか、という程度には出来の良いものになることは鉛筆の下書きで既に解る。

 

 パレットに用意した色は…オレンジと青、それに…濃い茶色?

 なるほど。確かに今は夕日と海がよく映える時間だが…茶色か。

 

「ここは…こっちのがいいかな」

 

 ティティはよく独り言を言いながら作業する。口に出すことで考えをまとめているのだと言っていた。一理ある。

 私は集中すると全く口を開かないから、これはアイツのクセが移ったんだろう。ちょっとうらやましい…。

 

 

 描き始めて30分ほど。早くも大分出来上がってきた。

 …ああ、私の姿も描いているのか。今日は茶の服を着ていたからな。

 

 描かれている光景は繊細で写実的。風景を切り取って写しとったような精巧さ。

 

 さて、私はいつまで娘を導く師匠であり続けられるものだろうか。

 無論そうそう負けてやるつもりはないが。

 

 

 

 

「うーん、こうした方がいいかな…でも…」

 

「ティティ」

「あ、お母さん」

「そこは、この方が」

「えっと…あ、たしかに!ありがとうお母さん!」

「ああ」

 

 

 あと10分もすれば描き上がるだろう。

 頭の中に正確な完成図があり、それを維持できなければこうも速くは描けない。

 

 さすがは私の娘だ。素晴らしい。

 

 ただ、まあ。

 だからこそ少しもったいないというか。ちょっと悔しいことに、ティティは(絵描き)だけを見てはくれないのだ。母親として、父親に嫉妬を感じずにはいられない。

 

 ふ、なんだか意地悪な気分になってきたな。

 採点、少し厳しくしてやろうかな。

 

 

 

 

 

 

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「うん…うん!よし、描けたよお母さん」

 

 “絵を描くお母さん”の絵だ。

 一枚の絵みたいだったから、本当に絵にしてみた。そこそこ満足、かな?80点くらい。

 

「ふむ。いい出来だ。75点だろうか」

「えー…80点かなって思ってたんだけど」

 

 いつだったか、お母さんにお願いして採点してもらうようにしたんだけど…90点以上をとった試しがない。

 ぐぬぬ、手厳しい。いや、それでこそお母さんか。

 

「概ね問題ないが、少し写実的すぎる。もっと見せたい物体を強調した方がいい」

「そうなんだ…じゃあつぎ描くときはお母さんをもっと綺麗に描くね」

「あ、ああ。そうするといい」

 

 あれ。なんか一瞬たじろいだような。

 どうしたんだろ?まあいいか。

 

「この絵どうしようかな。丸めて棚に入れてもいいけど…」

「いや、今日のは良く描けていた。部屋に飾りたい」

 

 “良く描けてた”———-お母さんに褒められた!

 

「うん!是非!飾って飾って!」

「ああ。ティティは画家としては既に一人前だな」

「えー、まだまだじゃないの。お母さんから100点貰ってないし」

「一人前程度で100点をとれるものか。私はまだまだ抜かされる気はない」

「え、100点の基準ってお母さんそのものだったの?」

 

 そりゃ無理だよ。お母さんの絵はすっごいんだから!

 そこらのお屋敷や会館で、雰囲気作りに置かれているのとは訳が違う。見る人みんな、前に来たことのある人だって、その絵の前に立ち止まっていくくらい。

 

 “ひと目見れば魅了され、再び見れば目新しく、三度見ても別の顔”…あの論評本を書いた人はわかってる。お母さんの絵には、ただ風景を写すだけじゃない()()がある。

 だから、私はお母さんのことも…。

 

「ティティ、画家で生きていく気はないのか」

「う…」

「私を抜かせずとも、既にお前は…」

「ごめんお母さん!私…やっぱり」

 

 だって錬金術*3もやりたい!

 絵を描くのも好きだけど、私が憧れた姿はお母さんだけじゃないもの。

 そのはず…そのはずだ。

 

「…そうか」

「絵も好きだよ!ずっと続けていくつもり…でも、錬金術も好きだから」

 

 なにより、お父さんにも追いつきたいから。

 お父さんとお母さん、どちらにも並び立ちたい。

 

「すまない」

「ううん、いいよ。自分でも分かってる、から」

 

 私には絵の才能がある。それは確かだ。

 (おご)りじゃない、と思う。お母さんは大陸でも有数の画家、そんな人に一人前と認められてるんだから、むしろそうでないとお母さんに失礼だろう。

 それに単なる技術ではもうお母さんに並んだ自覚がある。

 

 でも、錬金術の才能は…。

 全くないわけじゃないはず。《うに袋》だって、《リフュールパット》だってできた。赤や青の《中和剤》もできたし…調合ができるなら、0じゃない。

 

 けどやっぱり、厳しいのかも…いやいや!

 

「でも、でもね。その分頑張るよ!というかむしろ恵まれてるって!絵も、錬金術もって欲張ってるのに、もう絵はこんなに上手くなったんだよ?そうしたら、もう片方くらいは努力で補わなくちゃ雷神さまに怒られちゃうよ」

 

「そうか…ふふ、そうか」

「あ、笑った!」

「あ…すまない。おかしくて笑ったんじゃない」

「んーん、嬉しい!お母さんの笑った顔大好き!」

 

「……そろそろ夕飯だな。先に下に行ってなさい。片付けは、私がやっておくから」

「あー、ちょっと!隠さなくていいのにー」

「…ふむ。そんなに100点をとるまで絵を描き続けたいか。良いぞ、画材は十分にある」

 

 あっやばい。逃げよう。

 

「わーゆうごはんたのしみだなー!おかあさんさきにいってるねー!」

 

 

 

 

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「どう思う、クレメント」

 

 夜遅く。晩酌の途中、ふと話し出すエレン(愛しの妻)

 

「うん?今日も綺麗だと思うけど、エレン」

「とぼけるな。ティティのことだ」

 

 白ワインをひと口。

 

「あの子はまだ諦めてはいない。だが、少し折れかけている」

「うん。そうみたいだね」

「みたいって…お前」

「僕だって心配だよ。でも、こればかりは僕たちがどうこうできることじゃない」

 

 僕たちは親だ。親ってことは、娘のとっても近くに居る存在であって、つまり同じ人物じゃあない。あの子の選択はあの子だけのものだ。

 諦めるにしても、成し遂げるにしてもティティ(自分自身)の心次第。僕らはそれを後押ししたり助言したりは出来るけど、それだけさ。

 

「僕たちにできるのは、諦めない限り見守ること。それくらいだよ」

「…諦めなくても、たどり着けないかもしれない」

「そんなわけないさ」

 

 エレンは驚いた顔をした。

 

 多分、無表情すぎて僕にしか分からなかっただろうけどね!ああいや、どうかな。ティティも分かるかも。

 

「僕たちはやってのけた。そうだろ?」

「ふぅ…無責任なやつめ」

「えっ」

 

 あれ、そう返されるとは思ってなかったんだけど。

 

「昔からその賢しらな口調と見た目は詐欺だと思っていたが…彼女の時のような無理は、お前だから通せたんだ」

「あ、いやー。あっはっは」

 

 そんなこと思われてたのね…いやフクザツ。

 ()()()()()()()けどさ。うん。無理っていうのは嘘つきの言葉なんですよ。根拠は僕。

 

「だが、()()()()()()()。あの子はきっと諦めない。そして私もお前も見放したりしない。だから、いつかは出来るだろう。そういう家族だからな」

 

「……くくっ」

「?…何がおかしい」

 

「いや…僕たち家族だなあって」

 

「…?」

 

 

 

 

 

*1
 『アトリエ』シリーズにおける”爆弾”とは、錬金術で作られた使い捨ての攻撃アイテムの全般を指す言葉である。《クラフト》は投げると炸裂して硬質な棘を撒き散らす道具で、錬金術の品の中ではシンプルな部類の爆弾だ。

 中には、風の魔力で衝撃波を発生させたり、落雷を呼び起こしたり、はたまた「一度放たれると世界を焼き尽くすまで消えない炎」のような常識はずれの爆弾も存在する。

*2
 本作の舞台となる都、メルヴェイユを王都とする王国。精強な教会騎士団を抱えるなど大きく栄えている国だが、錬金術に対する理解は薄い。

*3
 “錬金術”とは、『アトリエ』シリーズの世界観の根底である。

 “錬金釜(れんきんがま)”と呼ばれる容器に複数の物品を投入すると、その中身が虹色に輝きだす。それを”かき混ぜ棒”を使ってかき混ぜることで、全く別の新たな品を作り出すことが出来る。この作業を”調合”と呼び、そのための技術を”錬金術”、その技術を持つ者を”錬金術士”と呼ぶ。

 錬金術は努力よりも才能に左右される神秘の技術であり、一生努力しても石ころ一つ作り出せない者も居れば、ものの数ヶ月で”賢者の石”と呼ばれる高度な調合品を作る者も居る。

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