ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
「くっそーッ!あのヤロ好き勝手しやがって!」
死んでたまるかと叫びながら地を這い回る。
獲物を追う蛇のように、背後から炎が唸り来る。熱を背中に感じて右へと体を倒しながら飛び込めば、間一髪、炎は俺のすぐ近くを通り抜けて行った。竜があと少し、ちょいと首を傾げれば俺は丸焼けになっただろうが…竜はそれをせずに炎を途切れさせた。
飛び上がってから数分。地上での攻撃が効いたのか、ヤツは一度も着地せずに飛び続けながら、時折このように炎を吐いて攻撃してきているのだ。
竜が俺たちを本気で倒そうとしていないわけではない。あちらはあちらで俺たちを仕留めきれない、とある理由があるのだが。
しかし、こうも散発的に、避けないわけにはいかない程度の攻撃を繰り返されるのはストレスだ。体力も無限ではない。
———ああくそ、あのハネトカゲ!空から延々と炎吐いてんじゃねぇぞ!へタレ!
「キリがない…!パール、最初のもう一回できないの!」
「…ごめん、竜巻はもうムリ!光の方はもうちょっと低く飛んでくれたらイケるけど、弱くするだけで飛ぶのは防げない!」
「パール口調!口調戻ってる!」
「声だけ野太くて口調がそれだとなんつーか…」
「むー!あんなにびゅんびゅん飛び回られたらいくら
空を自在に飛び回りこちらに息吐く暇も与えず攻めてくる戦法に打つ手なしかと思われたが、これを一度は打破したのがフィリスさん。というのも、その矢は
これを利用してドラゴンに一泡吹かせはしたんだが…。
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悠々と空を飛び、炎を撒き散らす竜。
追い縋る矢が尻尾を突くが、全くダメージが無い。竜の鱗は硬く、後を追って飛ぶ矢では当たっても勢いが足りなかった。
しかし、そこで諦めないのが錬金術士である。
「フィリスさん、これを」
「え、これ、
「はい。その追尾する矢なら、あの高さにも当てられますよね?」
「…!。へへっ、いいよ。やってみるね!」
フィリスが心得た、とばかりにニマリと嗤う。放たれた矢は括り付けられたクラフトと共に魔法のように竜に吸い込まれ、青と白に美しく飾られた体表に
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結果は上々。パールの力も借りて作られたというあの爆弾は予想以上の威力でもってドラゴンの尾をズタズタに引き裂き、今度こそ痛打を与えた。半ばほどから先端にかけて無数の深い裂傷を負った尻尾は、動かすだけでも酷く痛むだろう。
それは良かった。が、問題はその後だ。
それまで矢をどこ吹く風と気にせず飛んでいた竜も流石に警戒し、より速く飛ぶようになった上に飛ぶ高度も上がってしまった。おかげでフィリスさんの追尾矢を持ってしても、命中より前に失速してしまって届かない。
代わりに、尻尾を傷つけられたせいか飛ぶ軌道が単純な円になった。攻撃も疎らになり、おかげで俺たちも少しは落ち着いて戦えている。
しかし体力でも耐久力でも劣る人間にとって数時間単位での持久戦は不利。息の続くうちに、なんとかして次の一手を考えなければ負けだ。
負けたら、ここで俺もパールも、ティトラも死ぬ。そして恐らく、巻き込んでしまったフィリスさんも。
それでも臆するな、エドワール。
親父も言っていた、いつだって人間の道を切り開くのは知恵と勇気だと。勇気ならある、足りないのは知恵だ。頭を絞れ。
今、誰に何ができる?
俺にできること————盾になる。槍を振るう。
飛び道具をほとんど持たない俺の仕事は、時間を作ることだ。俺たちには錬金術がある。準備と時間さえあればあらゆる可能性を生むこの力があるなら、思考する時間はそのまま俺たちの有利につながる。
ティトラにできること————爆弾を投げる。薬を使う。道具を使う。
パールにできること————よく分からない。多分魔法は使えるけど、最初に使った
あと、俺たち3人は採取した素材を持ってる。
ケモノの時と違って逃げながら戦ってたから、荷物は全員背負ったままだ。
そして、フィリスさんにできることは————変わった矢を射かけること…それと…他には?
—————本当に、それだけか?
フィリスさんは一人でこの森を歩いていた。ドラゴンを見ても最初は全く怯みもしなかった。
ドラゴンの強さを見てちょっとびっくりしてたけど、それはつまり相手の強さを冷静に捉え直して状況を判断できるってことの現れだ。自分の能力を過信しているような人じゃない。
そんな人が、ただ不思議な弓と矢を使えるだけで、人里離れた森の中を一人で歩いているわけがない。
俺たちは何か、フィリスさんの力を見逃している…?
————もしかしてティトラちゃんも錬金術士だったの?
————もしかしてティトラちゃん
…まさか?
「フィリスさん!もしかして貴方も錬金術士なんですか?」
「え、あ、うん!言ってなかったっけ?」
「ええ!?魔法使いじゃなくて!?」
マジかよ!
通りで矢が曲がって飛んでったり爆発したりするわけだ!
「じゃあもしかして、ドラゴンに効く爆弾とか…」
「ごめん、今はちょっと持ち合わせが無くて…。元々、ここには弓の試し撃ちと慣らしのために来てたんだ。だから最低限の爆弾と薬しか持ってないの」
当然か。錬金術士なら自分の
いや…待て。自分の手札じゃないなら?
ここには錬金術士が3人も——。
————はい、痛いの痛いの飛んでけー
あー……。えっと。
…錬金術士が2人もいる。それとパール。
それなら、この3人に考えさせるべきだ。視野も、手の内も俺とは違う。
「ティトラ、パール!フィリスさんと一緒に考えてみるんだ!」
俺にできるのは、その時間を稼ぐことだ。
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エドの指摘で、初めて気づいた。
フィリスさんも錬金術士だったなんて。杖も無いし、弓を使ってるから全然そんな風には思わなかった。ちょっと珍しいけれど、魔法使いか何かだと思っていた。
あいにく持ち合わせの道具にこの状況を解決できるものはないらしいけど、それでももし彼女が錬金術士なら、少なくとも私なんかよりはすごい錬金術士のはず。さっきの氷の棘もきっと錬金術だったんだろうし、あんなの私じゃ作れない。
「フィリスさん、あの氷のヤツってもう一度撃てますか?」
「さっきの…アズライトレインのこと?申し訳ないんだけど、あれ使い切りで…何処かで落ち着いて準備しないともう撃てないんだ。他の属性のならあるんだけど」
「あの竜にも効きますか?」
「うん、それはもちろん!でも、火とか氷とかを使った後じゃないとあの矢は使えないんだ」
エドが竜からの攻撃を引きつけにかかる。派手に走り、敢えて目立つ動きで回避する姿につられ、竜の炎がエドに集中し始める。
この時間を使って、なんとしても解決策を見出す!
フィリスさん曰く、さっきの氷の棘の矢はパールが氷の元素を空間に用意してくれたから発動したらしい。同じように、各属性に対応した元素が無いと他の属性の矢の起動条件を満たせないとのこと。さらにフィリスさん本人は弓の狙いをつけるので手が埋まるため、属性を用意するのは別の誰かじゃ無いといけない。
明かされた手持ちは火、風、雷のあと3つ。さっきの効き具合から見て、これらを有効に当てられれば勝機はある…というか、現状まともに効く攻撃がそれとクラフトくらいのもの。パールも、今までの得体の知れない感じから何か隠し球でも持ってるんじゃないかなとは思うけど、多分絡め手だ。今まで見た技からして有効な火力があるようには思えない。
「火属性なら、私のフラムがあります」
「じゃあこれ、わたしのドナーストーン。雷を起こす爆弾だけど、使い方は分かる?」
「はい、本で見たことがあるので」
「風の魔法なら使えるぜい!任せとけ!」
これで、フィリスさんの矢を撃つ準備は整った。後はどうやってあの竜に矢を当てるか。
エドのおかげで手が空いたパールを混ぜて3人で話し合う。
そもそも、当たらない理由は高度と速度だ。矢を射った後、あの高度に届くまでに1秒ちょっと。加えて…これは狙ってかどうかは分からないけど、ドラゴンが旋回するように飛んでいるせいで、誘導矢の軌道が定まらずに速さが殺されてしまっている。実際に同じ高度で誘導できている時間は、せいぜい半秒もない。
それでも矢が落下を始める直前までは距離は縮まり続けていたから、矢の方が速いことは確かだ。本当にあと少し初速が有れば届くはず。
先の一撃の傷で尻尾がだらりと垂れている。たしか、空を飛ぶ生き物にとって尻尾は姿勢を安定させるために重要な部位のはずだ。さっきから円を描くばかりで飛び方が変わらないのは、恐らくこのせいで停止や加速を織り交ぜた複雑な機動を行う余力がないから。もう一度クラフトを当ててバランスを崩してやれば、今度こそ姿勢を保てずに不時着する…はず。
「あ、そうだ!パール…ちゃん、でいいんだっけ?」
「お、おおう!そそそれでいいぜぃ!」
…パール、一体フィリスさんとどういう関係なんだろう…。
あ、ダメダメ!今はドラゴンに集中しないと。
「パールちゃん、さっき風の魔法を使ってたよね。わたしたちの頭の上からドラゴンまでの間の空気を抜くことってできないかな?」
「えっと…2、3秒だけなら多分できるぞ!」
「充分だよ!合図するからお願い!ティトラちゃん、さっきのクラフトもう一つちょうだい?」
「空気を…?あ、はい!これでクラフトはあと2つです」
「ありがと!このクラフトすっごいよく出来てるよね。後でお話聞かせてよ!」
「え"っ」
「いいですね、私もフィリスさんに聞きたいことが沢山あるんです」
シフォンケーキも作りたい、パールを絵に描きたい、他にも色々、色々やりたいことあるんだもの。
こんなところで負けていられないってのよ!
「みんなごめん、そろそろ限界だ…!準備できたか!」
「いいよ、エド!一旦下がって!」
「分かった、任せたぞ!」
下がってきたエドに
手元には
エドが攻撃に耐えて走り回っていた場所は、もはや一面火の海だ。木々は焼け、岩は砕け、地面は抉れ、元の静謐な自然の光景は見る影もない。いずれは自然の偉大な再生力によって元通りになるのかもしれないけど、それは暫く先のことだ。
あんなに綺麗だったのに、まだスケッチすらしていなかったのに、もう観察することもできない。
「これ以上、好き勝手させないよ!」
「はい。…せめて引き摺り落として描き尽くしてやる…!」
「うん、その意…あれ?ティ、ティトラちゃん…?」
そうだよ、ドラゴンなんて滅多にお目にかかれないじゃない。
精緻な自然を焼き払って黒染めにしてくれた代償は、その身体で払ってもらおうじゃないか。
「ヤって下さい、フィリスさん」
「ひゃい!撃ちます撃たせて頂きます!」
「ティトラに恐怖と怒りを同時に与えてはいけないな…」
「準備いいよー♪」
———今ッ!
掛け声の直後、パールの魔法で押しのけられた空気が風となって頬を打つ。間髪入れず放たれた矢はさながら天に落ちる雷のように竜を捉えんと駆け上がる。
これまでの矢を上回る気迫を感じたか竜も身を捩るものの、傷ついた身では精彩を欠き、意味もなく————。
爆音、悲鳴。
恐れを抱かせる咆哮とは違う、明らかに苦痛を滲ませた声。
姿勢を崩した竜は身を捩った不安定な体勢のまま私たちの眼前に墜落———翼をその巨体の下に敷いた。何か、硬質な物体が折れるような、嫌な鈍い音が周囲に響き渡る。竜は、翼を失ったのだ。
好機———。
「ゴアァアアァア————ッ!」
「うっ…!?」「ひっ…!」
「きゃあっ…!」「また…!もう!」
本能に訴える恐怖の咆哮に全身が硬直する。
苦し紛れのそれが、私たちにとっては致命的な
ここで…ここで動かないと…!
立ち止まってる場合じゃない、私が爆弾を投げないとフィリスさんが続けない!
動いてよ、私の足も、手も!
身を固めた私の目の前…偶然か、運命か、こちらを向いて落ちた竜の顎門に炎がチラつく。
スローモーションに見える世界、走馬灯のようにフラッシュバックする、つい先日のトラウマ。
ここで死ぬ…?
「俺の、前で…!」
槍を握り、腕を引き絞る。
「やらせるかぁああアアアッ!」
「グ、ァガッ!?」
身の丈程に開かれた大顎の奥。
渦を巻く炎に左腕ごと突き込み、竜の喉を突き刺したのは———。
「エド!?」
「行けェッ!みんなッ!」
————この、中だ!
即座に槍を引き抜き、アゴが閉じないように垂直に突き立てた後にエドが飛び退く。
「へぇ…カッコいいじゃん♪」
————[アクティブスキル:エアロアシスト]
悶える竜の口の中に、緑に煌く風元素の粒子がどこからともなく湧き出す。
「ほら、ティティの番だよ?」
「…うん!」
もう動ける…いける!
「これで、終われッ!」
《ドナーストーン》が弾け、《フラム》が爆ぜ、3属性の魔力が満ちる。
「フィリスさん!決めて!」
「任せて!…ひとつ!」
————[フォロースキル:セラフィストーム]
吹き荒れる暴風が竜を裂く。
「ふたつ!」
————[フォロースキル:パイルスナイプ]
劈く雷鳴が竜を貫く。
「みっつ!…うわぁっ!?」
「う、おあっ!?」「すごい衝撃…!」
————[フォロースキル:イグニッションアロー]
灼熱の爆炎が竜を焼く。
混ざり合った3つの暴威が1つの猛烈な破壊となって竜を蹂躙する。
余波が強風となり、衝撃波となり、私たちも絶えきれずに吹き飛ばされた。
「どう、なったの…?」
吹き上がった砂と爆弾の煤が煙となって巨体を覆い隠す。
音は聞こえない。あの恐ろしい声も、聞こえない。
竜が息絶え、戦いに決着が着いたのか———それとも煙の向こうから、こちらの隙を伺っているのか?
お願いだから…これで、終わって…!
煙が晴れる———。
余談ですが、原作の通りこの世界には属性同士のすくみのような優劣関係はありません。代わりに、個々の魔物や装備品がそれぞれの属性に対して耐性を持っていたりいなかったりします。
今作ではゲームとは違って水は電気を通しやすかったり氷が炎で溶けたりするかもしれません。
Q.なに?プニの体が水なら電気への耐性が低いのではないのか?
A.調整中。
《初使用スキル解説》
○アクティブスキル
・『エアロアシスト』
効果:
風属性の小ダメージを与え、1ターンだけ風耐性を大きく下げる。
次に発生する風属性のダメージを増加させる
○フォロースキル
・『セラフィストーム』(原作登場スキル)
条件:
敵単体に風属性ダメージを与える
効果:
【回数制限:1】
敵全体に風属性の大ダメージを与える
・『パイルスナイプ』(原作登場スキル)
条件:
敵単体に雷属性ダメージを与える
効果:
【回数制限:1】
敵全体に雷属性の大ダメージを与える
・『イグニッションアロー』(原作登場スキル)
条件:
敵単体に炎属性ダメージを与える
効果:
【回数制限:1】
敵全体に炎属性の大ダメージを与える