ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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やることメモの絵筆を届けに行く話。


幕間
双子の調査レポ②:クレメント・メルロー


 とある日の午後、マーレン邸にて。ティトラたちがグルムアディス大沼林から帰還する前日の話である。

 

 国一番のアトリエを目指す2人の新米錬金術士は、この日も忙しく調合に取り組んでいた。

 

「スーちゃん、次中和剤入れて」

「はいはーい。ほーれ、いっといでー」

 

 トクトクトク…。

 

「うんうん、いい感じ…よしっ!なかなか上手にできたみたい!」

 

 リディーがかき混ぜ棒で取り上げたのは、木の平たい持ち手の先に細い毛が束ねられた道具。

 

 《夢の絵筆》である。

 

「どうどう?品質ばっちり?」

「うん!『出来が良い』も付いてるし、これならエレンさんにも認めてもらえるはず!」

 

 この街の錬金術士の標準的な営業形態は、受注生産だ。錬金術で作成できるものはそれこそ星の数ほど多岐に渡り、また人によって様々に出来上がりが異なる。そのため、商品を店頭に並べて置くよりも、依頼を受けてそれぞれの要求にあった品物を引き渡す方式が主流となっている。

 

 まだまだ先の時代の話ではあるが…大量生産・大量消費の時代が訪れたなら。その時は錬金術士という職人たちもまた、違った生き方を見つけることになるのかもしれないが…閑話休題。

 

 この双子も、まさに現在ひとつの依頼をこなしている最中なのだった。

 

 

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《やることメモ》

 

『ミレイユさんに質の良い絵筆を届けよう!』

 

 

お父さんに絵を頼むつもりのミレイユさんに

そのための絵筆を頼まれちゃった!

鑑定役のエレンさんを満足させるような

絵筆を作ってミレイユさんに渡そう。

 

⚠︎期限は一週間!

 

 

□・特性「出来がいい」付き、品質100以上の『夢の絵筆』をエレンさんに見せる

□・エレンさんの合格を貰った『夢の絵筆』をミレイユさんに届ける

↑わたし怖くないもん!スーちゃんのばか!  リディー

↑こわくないこわくないみんなこわくないごめんなさい  スー

 

 

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「それじゃ、早速届けに行こうよ!」

「待ってスーちゃん、道具くらいは片付けてからにしないと」

「もー!報酬があたし達を待ってるんだよ!…くふふ♪絵筆が納品できたら、今度はお父さんに絵の仕事がくる!報酬の二重取り!あぁ…甘美な響き…!」

「はいはい、準備できたから行くよスーちゃん」

 

 

 

 

 

 所変わってメルロー邸。1階部分はまるまる錬金術のアトリエとなっており、接客もこの場で行われる。

 少し前までは良く爆発音が響いていたのだが、最近ではすっかり静かになった。近隣住民は胸を撫で下ろしつつも、少々寂しく感じているようである。

 

 普段はもっぱらティトラが釜につきっきりなのだが、今回は居ない。

 

「すいませーん」「お邪魔しまーす」

 

「おや?双子じゃないか。いらっしゃい。すまないね、ティティは今ちょっと出かけてるんだ」

 

 アトリエの主、クレメント・メルロー。このティトラの父親の密かな楽しみとは、訪れた客との談笑である。

 

 初めて来店した客にすら人当たり良く接する彼の店に、常連や旧知の者が訪れた時などは、決まって最初の用件を忘れかねないような雑談が始まるのだ。

 

 本人もその傾向を自覚しているが故に、来客との会話の結びではかならず用件を聞くように心掛けているという。

 

「そうなんですか?確かに見当たりませんけど…」

「あ、もしかして採取に?」

「そうなんだよ。今回は遠出でね、もう24時間も会っていないんだ…もうお父さん寂しくて死んじゃいそうだよ」

「いや、それ嘘でしょ。1日くらいならよくあるじゃん」

「おや、バレてしまったか。しかしね、寂しいのは本当なんだ。君たちもあまり、ロジェさんを心配させてはいけないよ?」

「「はーい」」

「うん。で、今日はどんな用で来たんだい?」

「ええと、エレンさんに見てもらいたいものがあって来たんです」

 

 ふむ。とやや大仰に手を顎に当ててクレメントが答えを返す。

 

「エレンか…今は絵に集中しているだろう。2人は、この後の予定などは大丈夫かい?」

「大丈夫です!」

「絵筆が合格なら、そのままミレイユさんに渡しに行くつもりで居ましたから」

「そうかい?そうしたら、しばらくここでゆっくりして行くと良いよ。彼女の休憩は気まぐれだ。すぐに降りてくるかもしれないし、夕飯まで来ないかもしれない」

 

 既に午後。エレンとの面会を断念して採取に出かけるには遅い。せっかくなので、双子は現役で錬金術士として働くクレメントと話をすることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 緑茶と飴玉を持ってクレメントがテーブルに着く。飴玉は金魚鉢のようなガラスの生き物にごろごろと入れられており、持ち歩くときの振動でカランコロンと音が鳴っていた。

 

「よいしょ…飴は好きに食べてね。緑茶は濃いめに入れたから、お口直しにするといいよ」

「あひはほう、ふれへんほはん!」

「スーちゃん!食べながら礼を言わない!ごめんなさい、うちの妹が行儀悪くて…」

「ははっ、いいんだよ。ほんと、家だと思って寛いで欲しいからさ。僕にとっても君たちは娘みたいに可愛いんだから」

「あー!今のティティに言っちゃおうかな…くふふっ」

「ちょっと!ティティには内緒で頼むよ、あの子あれで嫉妬する所あるから…ね?」

「分かってます。じゃあ、代わりに…そうだ、エレンさんについて教えて下さい」

「あ、わたしも気になっちゃいます」

「おや?リディーちゃんもかい?そうだなー、それじゃ…僕らの馴れ初めとか、どう?」

 

 話は弾む。元々人懐っこい双子に、話好きの店主。特に双子は恋バナなどに色めき立つ年頃である。仲の良い近所の夫婦の馴れ初めともなれば、それはもう、興味津々である。

 

「「聞きたいです!!」」

「ははは!食いつきがいいねえ。あれは、そう…20年くらい前のことだったかな」

 

 

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 紫碧の水晶に彩られた、黄土色の世界。

 

 渇いた風とともに、草の塊がころころと転がってゆく。

 

 何かに引き裂かれたような谷の底には、巨大な怪鳥が群れをなす。

 

 あちこちに石の人工構造物が散在する様子からは、かつてこの地に人の文明が築かれていたことを感じ取れる。

 

 

 雷に焦がれる大地、ブライズヴェスト。

 

 今より20年前、クレメントはこの地を訪れた。

 

「ふう…やっぱり渇いているなあ。定期的に水を飲んで、喉を潤しておかないと」

 

 杖に、ポーチ。大きなリュック。旅装にしてはややカジュアルな衣装。錬金術士らしい出立ちのこの青年は、当時17歳。錬金術士ではあるが、ようやく調合にも手慣れてきたという程度の若輩だ。

 

 この荒廃した地域は魔力を帯びた鉱物の産出が多く、彼のような段階にある錬金術士にとっては正に宝の山である。もちろん彼の目的も、そうした採取だった。

 

 転がる石を見れば手に取り、大きな岩や水晶を見れば爆弾で破砕し検分する。モンスターと見れば、爆弾を投げつけて素材にする。錬金術士として模範的な採取風景を繰り広げる彼がかの女画家と出会ったきっかけは、女性の叫び声のような甲高い音だった。

 

————キァアアアアアアッ!

 

「悲鳴…!?」

 

 この頃から人の良かったクレメントはその悲鳴を聞くや否や、すっくと立ち上がり走り出す。悲鳴は谷の底から聞こえた。

 

 谷———地溝とも呼ぶべき地面の細い窪みへと滑るように走り込んだ先、今にも嘴を地に突き立てんと降下する怪鳥の行く先には一人の長髪の女性。身構える姿は明らかに不慣れで、とても戦えるようには思われない。

 

 故か、それはほぼ反射であった。

 

 ポーチから適当な爆弾を掴み取り、駆ける勢いのまま掛け声一喝、放られたそれは稲妻の速さで襲撃者へ命中。その屈曲した形状が示す通りの…正しく稲妻の電撃を発し、怪鳥の赤い翼を黒焦げにした。

 

 突然の襲撃と雷撃。怪鳥は降下中に翼を攻撃され墜落、悲痛な叫びを上げた。

 

 

「キァアアアアアアアアッ!?」

「あれっ?」

 

 

 どうやら悲鳴の正体は怪鳥であった。

 

 

 

 

 

 

 地溝は怪鳥———コカトライスの巣である。群れをなす一匹が返り討ちに遭ったことで殺気だったコカトライス達から逃げ出す時、クレメントはなんとか女の手を引きながら息も絶え絶えであった。一方で九死に一生を得た筈の女画家は無表情ながら不思議がるような素振りで泰然としていた。

 気がつけば夕方。2人は共同してテントを設営し火を焚いた。

 

 

「ふむ、どうやら助けられたようだな」

「は、はあ…その、お節介でしたか?随分と落ちついてますけど…」

「いや。君が来なければ危なかった」

「そ、そうですか」

 

 依然として泰然。動じず、感じず、慌てず。言葉が本当かどうか疑わしいほど、襲われた瞬間から今までの間で動揺が見られない。

 

「ありがとう。私は画家のエレン。君は?」

「え?あ、クレメントです。メルヴェイユで錬金術士、やってます。一応は」

 

———いきなりだな…。

 

 エレンがあまり文脈を考えずに端的に話すのはこの頃からであった。

 

「そうか。案内を頼めないだろうか」

「案内…えっと、何処にですか?」

「メルヴェイユだ。さっきの戦いで方位磁針(コンパス)を失くしてしまった」

「ああ…いいですよ。旅の方ですよね?」

「そうだ」

「じゃあ、案内する代わりに旅について聞かせてくれませんか?そういう話を聞くの、好きなんです」

「話…ええと、絵の修行をしていたんだ。各地の風景などを見歩き、絵に描くなどしている…いや、していた」

「ふむふむ…え?して()()?過去形なんですか?」

 

 エレンは頷いた。

 

「旅を終わりにしようと思っている」

 

「へえ、メルヴェイユで…それはどうして?もちろんメルヴェイユは良い街ですし、芸術も盛んですが」

「私も、名が売れてきてしまった。”画家エレン・ミュラー”が来たと衛兵が知れば、殆どの街で貴族や豪商に囲われそうになる。芸術に理解のある王都メルヴェイユであれば、多少は他の画家に埋もれることができるだろう」

「そういうことですか」

 

———僕と歳はそう変わらないだろうに、すごい人だなあ。

 

 声には出さずとも、クレメントは羨望の心持ちであった。この時、クレメントは17。対するエレンは19である。

 

 19にして、画家として成る。全く驚異的なことであろう。

 

「どういう絵を描くんです?僕、絵の界隈は不勉強なもので」

「待て、今見せる」

 

 エレンはリュックからスケッチブックを取り出した。意外にも安物で、羊皮紙でこそ無いが、紙質もそれほど良くは無いようだった。

 

「これだ」

「どうも…!?」

 

 それは余りにも写実的で、手を差し込めばそこに実在するのではないかとすら錯覚する———ブライズヴェストの風景画だ。

 

 荒涼とした岩石の風景。現実とは異なり、そこには全く動物は描かれていない。大自然というには、それが余りにも冷たく感じられた。

 

 息吹無き荒野。現実とは似て、しかし対極となる世界。スケッチブックの中に、風は吹いていなかった。

 

 そして…絵など興味もなかった青年がこれほどの感銘を受けるほど、この絵は秀逸だった。

 

「これ…絵ですよね」

「見れば分かると思うのだが」

「や…ええ、そう、そうですね。いや凄い。勉強になりました」

「?…君は錬金術士だろう?」

「人生の勉強です。不思議な力を感じました」

「そうか…そういうものか」

 

 荒野の夜は冷える。火を絶やす訳にはいかない。

 

 サボテンに見守られながら、2人の眠らざる夜は明けていく。

 

「一体、何年くらい描き続けているんですか?」

「10…いや、11年になるのだろうか。8歳の頃からだ」

 

 初対面の2人。片方の語り口は端的ながら、もう一人の聞き出しを受け入れ続け…不思議と会話が止まることは無かった。

 

 火は、赤く2人の顔を照らし出す。赤く、赤く…。

 

 

 

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「とまあ、こんな感じでさ。あの頃からもう、エレンは画家として成功していたよ」

「じゅっ…19歳でですか!?」

「はは、凄い話だろ?自慢の奥さんなのさ」

「ほう。しかし、世の中には自慢の奥さんとやらの年齢をバラす見下げた亭主がいるらしいな?」

 

 

 静寂。

 

 

やっ…やあ奥さん!絵描きはもう良いのかぁい!?」

「ああ?」

 

 ひと睨み。蛇の眼光に射抜かれた蛙はピョンと飛び上がり手と膝を地につけて着地した。いわゆる土下座である。

 

「すみませんでしたッ!!晩御飯に好きなもの作るので許して下さいッ!」

「…今日はいい。明後日の昼にオムレツだ」

「かしこまりましたッ!」

 

 キッチンへと飛んで行ったクレメントを眺め、双子の目は冷ややかになっていった。

 

「明後日だと言ったのだが…ああ、相変わらず世話焼きな男だな」

 

「うわー…クレメントさんって尻に敷かれるタイプだったのか」

「はぁ。どこもかしこも、男ってみんなこうなのかなぁ…」

「いや、リディー?可哀想だからやめよう?ね?」

 

「ふふ。将来お前たちが料理のできる夫を捕まえた時は思い出すといい。こうすると時々、好きな料理を出して貰えるからな」

「あ、実はそんなに怒ってなかったり?」

「それはそうだろう。年月を経れば歳をとるのは当然の摂理だ。しかし、ティティが好物を食べている時の笑顔は見たい。…ところで、何の用事で来たんだ?」

「そうだ!エレンさん、絵筆が出来たので見てください!」

 

 リディーがポーチから取り出した《夢の絵筆》を受け取り、エレンはまじまじと見つめたり、毛先を触れてみたりして確かめる。

 

「ふむ。合格だ」

「本当ですか!やった!」

「そも、私に筆の鑑定など、せいぜいまともな道具かどうかくらいしか分からんがな」

「え…ええっ!?嘘だったんですか!?」

「鑑定するとは言ったが、技能があるとは言っていないぞ」

「うう…ずるいです」

 

 しかし、とエレンの言葉は続く。

 

「お前たちが全力でこの筆を作ったことはよく分かる」

 

 筆を双子に返しながら、エレンは1枚の紙を差し出した。

 

「この筆で良い絵を描けないなら、それは画家に不足がある。ミレイユに納品するに十分な品だと、私は判定しよう。この署名(サイン)を持っていくといい」

「あ、ありがとうございます」

 

「さて、もう夕方だ。予定が許すなら、夕飯も食べていくといい」

「いいんですか?」

「いいも何も…もうすぐクレメントが持ってくるだろうさ」

 

 その直後。1階奥のキッチンから、両の手と腕にいっぱいの料理皿を乗せたクレメントがやってきた。野菜炒めからは湯気が立ち上り、卵のスープからは香辛料の香りが漂う。豚肉のステーキも見受けられ、非常に食べ応えのある内容だ。

 

「ほらほら、座って座って。今日は確か予定空いてるって言ってたし、食べていくでしょ?」

「美味しそう…!じゃ、じゃあお言葉に甘えて…いいよね、リディー?」

「うん。甘えちゃおう!ありがとうございます、クレメントさんに、エレンさん!」

「どういたしまして。それじゃ…用意はいいかい?せーの…」

 

———いただきます!

 

 

 

 

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