ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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小説情報の末尾にて注意事項を更新しました。この作品の内容に関わることではありませんので、気になる方のみどうぞ。


双子の調査レポ③:オーダリアの肖像

 

 

 メルヴェイユの王城は1階部分が一般開放されている。エントランス奥の受付は役所となっており、普段はミレイユたち受付嬢があくせくと書類や来訪者を捌いている。

 

 そしてエントランスから左に続く廊下を進むと、そこには錬金術士たちに公開されている画廊があり…その奥には、知る人ぞ知る神秘の絵画が展示されている。

 

 《不思議な絵》———内部に世界を内包する、奇跡の芸術。

 

 分かりやすく言うなら、中に入れる絵だ。

 

 絵の前に立ち、拝むように念じれば、不思議な絵は観客をその中の世界へと誘う。絵画の中では描かれた内容に即した世界を体験できるだけでなく、質の良い各種の物品を外へと持ち出せる。尽きることのない資源とも言うべき代物であり、産業においても他に代え難い価値をもつ金の卵。

 

 いま、このアダレット王国は国家を挙げた一大プロジェクトとして、この不思議な絵を収集している。

 

 そして、プロジェクトを主導するミレイユ直々の指名により調査役を務めているのがあの双子、リディーとスール…そして幼い頃からの知己、ルーシャ・ヴォルテールなのだった。

 

「1枚だけでもそうそうお目にかかれない不思議な絵…2枚も同時に見られる場所なんて、この画廊くらいというものですね」

「そこに一足先に調査に行ってるなんて、ひょっとしてわたしたちって…」

「とってもラッキーだよね、リディー!」

 

 今は2枚目となる不思議な絵『氷晶の輝窟』の調査を一時切り上げてきた所だ。

 

 14歳の子供2人だけでの絵の調査は危険だということで、調査には護衛役として王国騎士マティアス、師匠の友人である錬金術士フィリス、そしてルーシャが同行している。

 

「すっごーく寒かったけどね〜…ううう、今でも身体が震えてるよ…へくちっ」

 

 フィリスが両手を腕に回し、しきりに(さす)って温めている。

 

『氷晶の輝窟』はその題名から分かるように、氷に覆われた洞窟が描かれた絵画だ。従って、その内包する世界もまた極低温の銀世界となっている。まず間違いなく肌を露出して突入するべき環境ではない。

 

 しかし、そんなことは錬金術士にとって知った事ではなかった。

 

 多くの錬金術士にとって弱点となるのが気温、特に寒さであろう。錬金術士はほとんどが薄手の格好をしており*1、旅装とは思えぬほど飾りがついた、露出の多いデザインになっている。そのため防寒能力が低いことが度々問題となる。リディーなどはその最たる例で、なんと体の側面に全くと言って良いほどに布がない。寒さ以前に、街中に出ることも躊躇われるような服装である。

 

 何故錬金術士たちがそんな服装で冒険に出るのかは分からないが、錬金術士の習性なのか、理由は様々ながら、彼らは頑なに機能重視の服に着替えようとはしない。

 

「なあ、お前たちはそんな格好で寒くないのか…?特にリディーとか。ルーシャちゃんはまだ暖かそうだけどよ」

「多分大丈夫なんじゃないですか?昔っからそんな格好ですからね」

「だ、大丈夫です!これはわたしたちのアイデンティティなので…!」

「そうそう。お母さんが作ってくれた大事な服だもんね」

「ええっ!?そ、そうなの?お母さん、とても器用だね!」

「ぁ…はい。世界で一番の、自慢のお母さんです!」

 

 あれこれとお互いについて話しながら、5人がエントランスまでやってきた時のことである。

 

 フィリスが呆然と立ち止まり、1枚の絵を見つめている。

 

「おや…?どうかしましたか?フィリスさん」

「ぇ……?あ、ああ!ごめん、ちょっと見入っちゃって」

「見入る?一体何のことですか?」

「あの絵です、ほら…」

 

 スタスタと歩きだしたフィリスが、エントランス奥の階段横に飾られた1枚の絵画へと近づいていく。

 

 草原を駆け回る幼い男女が遠目に描かれている。風に舞う木の葉と柔らかく差す陽光が、絵全体に穏やかな風景の印象を与えている。

 

「この絵、すごいなあって思って」

「ああ、この絵か。確か、姉貴も気に入ってたな」

「んん?なんかこの絵、どことなく見覚えがあるような気がするけど…ぬぬぬ、分からん…!」

 

 フィリスの言葉にマティアスとスールが応じる。

 

 マティアスの姉とはミレイユである。ミレイユがそうであるように、マティアスも王族の血を引いている。つまり王子である。

 

「あ、そっか。マティアスもミレイユさんも王族だからこの絵のこと知ってるんだ」

「おう。なんてったって、この絵に描かれてるのは俺と姉貴だからな。俺はあんまり覚えてねーけど、親父が言うには新緑のオーダリア*2で遊んでる所を描いて貰ったらしいぜ。なあ、姉貴?」

 

 マティアスが受付のカウンター内にいるミレイユに呼びかける。

 

「そうよ。っていうか、あなた覚えてないの?エレンに抱きついたりしてたじゃない」

「…エレン?エレンってひょっとして…あのエレン・ミュラー!?」

 

 ミレイユの言葉に、フィリスが驚愕して声を上げた。

 

「エレンミュラー?誰ですかそれ」

「ミュラー、ミュラー…どこかで聞いたような…」

「スーちゃん、エレンさんだよ!ティティさんのお母さん!クレメントさんに聞いたじゃない!…あ、ほらここ。角の方にサインがあるよ」

「ほんとだ。エレン・(エム)…ミュラー、なのかな」

 

 画家、エレン・M(ミュラー)。画家としての彼女を現在の名(メルロー)で呼ぶ者は少ない。

 

「へー…この絵、ティティのお母さんが描いたんだ。そりゃ見覚えがあるわけだ」

「ええ、その通り。双子ちゃんは知っているでしょうけど、フィリスさんはよくご存知ですね」

「旅の途中で、画家さんと話すことが何度かあって、そこで聞いたんです。凄い有名な画家だって!」

 

 フィリス・ミストルートは旅を好む錬金術士だ。どうしてもひと所に長く留まって居られないほどに旅を愛しており、それには彼女の生い立ちが影響しているのだが、それはまた別のお話だ。

 

 彼女は多くの旅を通して様々な人間と出会い、その度に多くを学んできた。気楽で軽快な人柄からは想像が難しいが、フィリスは非常に博識で多才な人間である。

 

「あれえ?ルーちゃん?もしかして…知らなかったのー?」

「なっ!?も、もちろん知っていましたよ?ただ、ちょっとド忘れしてただけです」

「えー、本当かなぁ?」

「本当です!ヴォルテールの人間は芸術の世界にも詳しいものですからね!例えば…そう、この絵が彼女の作ではないはずだから、思いつかなかったんです!」

 

 え、と驚いた声が5つほど重なる。

 

「み、みんな揃ってキョトンと…いいですか?エレン・ミュラーは確かに高名な画家でしたが、それは19年ほど前までの事で———」

 

 ヴォルテールの若き主曰く。

 

 エレン・ミュラーは19年前、ここメルヴェイユでのわずかな記録を最後に活動が途絶えており、新たな作品は発見されていない。

 

 また、エレン・ミュラーの描いた作品には生物が描かれておらず、忠実に地形の情報から表される風景のみが描かれている。

 

 さらに、エレン・ミュラーは作品に署名(サイン)を残さない。そのため、画風を知る者か、絵を直接取引した者でなければそれが本物であると判らない。

 

「ですが、この絵にはマティアスさんとミレイユさんが描かれていますし、サインもあるじゃないですか!それに…ミレイユさん。この絵は何年前に?」

「そうねえ…確かマティアスが6才の頃だから…17年前かしら」

 

 つまり、ルーシャによれば…その頃にはもう、エレン・ミュラーは絵を描いていないことになる。

 

「ほぅらご覧なさい!私がいつでもあなたたちに手玉に取られると思ったら大間違いですからね!おーほっほっほっ!」

「ほえー…ルーちゃんが物知りなの、意外だなあ」

「意外とはなんですか!意外とは!」

 

 

「実際のところ、どうなんですか?ミレイユさん」

 

 フィリスが当事者に尋ねる。

 

「…まあ、そうとも言えるって感じかしら。けど、1つだけ保証できることがあるわ」

「それは?」

「アダレット王国の審美眼は、贋作をエントランスに飾っておくような節穴ではないわ。この絵は間違いなく()()の絵、それだけは確かよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 王城前の広場で解散し、アトリエへの道を歩く双子。そこに、帰り道が同じだからとフィリスが着いてきている。

 

 3人とも考え込みながら思い思いのポーズをとっており、会話が全く無い。

 

「やっぱり、あの絵のこと考えてる?」

 

「そりゃそうですよ!だって、エレンさんは画家で王城からも仕事を受けたことがあるって聞いたことがあるんです」

「うん…なのに、あの絵はエレンさんの作品じゃないって…どういうことなんでしょう」

「えっと…もしかしてなんだけど、リディーちゃんとスーちゃんって…その、エレン・ミュラーと知り合いだったりするの?」

「はい!友達のティティって女の子の、お母さんなんです」

「たまに遊びに行ったり、遊びに来たりしてます」

 

———ティティ…ティティ…どこかで聞いたような。

 

「ただ、今はミュラーじゃなくてメルローっていう名前みたいですよ」

「あ、じゃあ”メルロー”ってクレメントさんの方の名前じゃん!」

「そうだよ?スーちゃん気づいてなかったの?」

「むむむ…だって”ミュラー”だなんてちょっぴりしか言ってなかったじゃーん!」

 

 スールが悔しいという感情を全身を使って主張する横で、フィリスは再び考え込む。

 

「わたし、そのティティって名前も聞いたことがある気がするんだ」

「ティティのことを?でも、ティティはまだ画家として仕事してるわけじゃ…」

「ううん。画家じゃなくて、もっと身近に…」

 

 

 

 

「あれ…?フィリスさん?」

 

 

 

 唐突にかけられた声に一同が前を向く。

 

 そこには、肩掛けのトートバッグを携えベレー帽を被ったティティの姿があった。やや早足になり、3人の方へと駆け寄ってくる。

 

 

 

「あ、()()()()ちゃ———」

「ティティさん!こんな時間に外に居るなんて珍しいですね」

「———“ティティ”?」

 

 リディーの言葉に、フィリスが目を見開く。

 

 

 

 フィリスの反応についての読者の困惑をここで解いておくと、間違いなく、ティティとフィリスは以前に会ったことがある。グルムアディス大沼林にて、ドラゴンを相手に共闘した際のことだ。

 

 しかし、その時フィリスは彼女を”ティトラ”と呼んでいたのだ。

 

 その場にいた者で愛称の”ティティ”の方を用いていたのはパールのみであり、そのパールも状況も影響してあまり名前を呼ばなかった。そのため、フィリスの中では”ティティ”の名の印象が薄かったのであった。

 

 

 

「ティトラちゃん!そっかぁ、ティトラちゃんのことだったんだ!」

「ふぇ?もしかしてフィリスさん、ティティと知り合いなんですか?」

「うん!ほら、わたしたちが初めて会った時、わたしがドラゴンを倒してたでしょ?あのちょっと前に別のドラゴンを一緒に倒したんだ」

「ええっ!?ティティさんがドラゴンを!?」

 

「いやいや、ほとんどフィリスさんのおかげだったじゃないですか」

 

 ティティ、エドワール、パールの3名も戦ってはいた。パールに関しては交戦直後にドラゴンを縛り付けるなど大きく貢献していたし、他2人も見せ場と言えるような活躍はあったが、ドラゴンに与えたダメージのほとんどはフィリスの弓によるものだ。

 

 ただ、弓の試用のために爆弾を多くは持っていなかったあの時のフィリス単独では、属性を帯びた攻撃を条件とする特殊な矢を用いることは難しかったのも確かである。まだ弓と矢の扱いに慣れていなかったフィリスは、爆弾と弓を単独で運用するつもりで持ってきていた。

 

「しかも、会話から察するにあの後もう一回ドラゴンと戦って勝ったんでしょう?」

「そりゃあ、公認錬金術士の資格は伊達じゃないから。ちゃんと実力を出し切れる準備があればちょちょいのちょいだよ」

 

 

 ところで、と話を切り替える。

 

 

「ティトラちゃんのお母さんって、画家さんなんだよね?」

「はい、そうですけど」

「そうだった。ティティ、王城のエントランスに飾ってある絵って、エレンさんが描いたものなの?」

 

 ああ、と声を漏らし、ティティは頷く。

 

「そうらしいよ?前に一度お母さんと王城に行った時に話してくれたから」

「で、でもエレンさんって絵に人は描かないし、サインもしないって話じゃ?」

「ええ?おっかしいな…私が知ってるお母さんの絵と言ったら、人物を主役にした風景画なんだけど。サインだって毎回書いてるみたいだから、私も真似して書いてるんだよ?…ちょっと待ってて、スケッチブック出すから」

 

 

 話の途中で肩掛けのカバンに手を入れるティティ。錬金術士が手頃な爆弾を常に持ち歩くように、風景を描く画家もまたスケッチブックを常備しているものだ…というのがティティの持論である。

 

 余談だが、つまり今の彼女のトートバッグの中にはスケッチブックの他に爆弾の類いも入っているということになる。

 

 

「えーっと、分かりやすいページは…これかな。ほら!」

「うわ、達筆な字だ。なになに、”ティトラ・M”…ティトラ・メルローってこと?」

「そ。お母さんなら、エレン・メルローだから”エレン・M”になるね」

 

 

 エレン・M。エントランスにあった絵と見かけ上は同じとなる。

 

 

「そっか、旧姓がミュラー(Muller)で今はメルロー(Merleau)だから、どっちも”エレン・M”になるんだね」

「へえ、お母さんって元々ミュラーって苗字だったんだ」

「あれ?ティティが知らないの!?」

 

 うーん、と考え、やはり首を振った。

 

「うん。聞いたことないかも。お母さん、あんまり昔のこと…いや、昔のことに限らないけど、そんなにお喋りじゃないからさ」

「えー?気にならない?お父さんとお母さんがどういう風に知り合ったかー、とか」

「気にしたことないなあ…ほら、我が親ながら、時たま鬱陶しくなるくらい仲が良いから…」

 

 ティティはややげっそりしたような面持ちで語る。

 

「事あるごとにハグしたり、キスしたり、惚気たり、ケンカするほど仲が良いっていうけど、ウチのはケンカしてても仲が良いし…」

「う、うわぁ…ちょっと大変かも…」

「正直なところ、なんで弟や妹ができないのか疑問なくらいで…」

 

「あはは…あっ、もしかしてクレメントさんがわたしたちに昔のこと聞かせてくれたのって、娘のティティさんが全然聞いてくれないからじゃ…」

「あぁ、パパ…恥ずかしいから他の人には惚気ないでって…うぅ」

 

 

 

 苦笑いで様子を眺めていたフィリスだったが、逸れていく話題を修正にかかる。

 

「ええとつまり…あのエントランスの絵は”エレン・ミュラー”じゃなくて、”エレン・メルロー”が描いたかもしれないってことになるんだよね」

「そうなりますね。多分、”メルロー”になった後だと思って良さそう…でも、どうして特徴が変わったのかな?」

「さあね…っていうかフィリスさんも、ずいぶんとあの絵のことを気にしますけど、何かあったんですか?」

「あ、ああいやいや、ううん。大したことじゃないから気にしないで」

「「…?」」

 

 

 

 ところで、フィリスがメルヴェイユを訪れ、留まっているのにはとある理由がある。それは彼女の師匠、ソフィー・ノイエンミュラーと同じ、重大な”目的”なのだが…。

 

 

———あの絵…少しだけ、()()()()()()ような気がしたんだよね…。

 

 

 それが明らかになるのは、今しばらく先のことである。

 

 

 

 

 

 

*1
もとから寒冷な地方に住む錬金術士などはしっかりと着込んでいることが多い

*2
王都近郊の草原。水場が多く自然豊かで、近くには農場もある。

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