ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
灼熱。まさに灼熱。
まさに文字通り、灼けるほど熱い。
———ぼんっ
———がらららら…ぼちゃっ
———しゅうううう…
「きゃっ…また《カーエン石》の爆発なの?」
「ああ、そのようだ。…極度の高温環境では自然に爆発し、落石を引き起こすこともあると本で読んだことはあるが…実際に見るのは初めてだな」
「ボクたちはここを、”アルバリア参道”って呼んでます。道によっては溶岩の滝が見れますよ!」
先程の音は、歩いている岩場に含まれる
着水…いや、
「うう…やめやめ、ゾッとすることは考えない…」
「あ、貴方も考えました…?」
「ってことは、ルーシャも?」
「ええ、あの岩が私だったなら、と…うう、恐ろしい」
「こ、怖いこと言うなよルーシャ嬢!…もうちょっと内側歩こ…」
火山地形を緩やかに上り続け、しばらくの時間が過ぎた。
足場は十分に広いし、溶岩の海に面しているのは一部分だけ。落下を気にしなければならないほど不安定な訳ではないのだけれど…だからと言って気を休めることは難しい。”厳しい世界”が描かれているだけあって、現実世界のそれよりもダイレクトに精神を揺さぶるような効果があるのかもしれない。
「あっ、水場がある!なんかパチパチ泡が出てるよ!」
「本当だ…こんな熱い所なのに、よく蒸発しな…ってぇ!?お魚さんがいるぅ!?」
「何を驚いているんです?水があるんですから、魚だっているに決まってるじゃないですか…ねー、フィリスー?」
「そうだねー、フーコちゃーん」
いやしかし、本当に懐いたなこの子。
さっきはスーちゃんからお菓子なんて受け取って、初めは警戒してたのに一口食べたらパクパク食べちゃうし。
———おいしい!もっと、あるだけください!
———わ、わ、あげる、あげるから服を引っ張らないでぇ!
ううん、さすが子供。無敵だ。いや、私だって子供なら双子だって子供なんだけども。
水場に驚く女性陣から少し離れた遠くで、アルトさんとマティアスさんが何やら話している。
「おや、これは…ふむ、ちょっと離れていてくれ」
「アルト?どうしたんだ、岩なんて見つめて…うおわっ!?ば、爆弾!?敵か!?」
「慌てるなよ、確かに爆弾だけど戦闘用じゃない。…よし、それっ!」
聴き慣れた轟音が響く。といっても、私はまだ爆破採取にちょうどいい威力の爆弾は作れないのだけど。
そう、採取だ。あの岩は私も気になっていた。
…というか、この絵に入ってからやけに勘が効くのだ。道もすいすいと分かるし、どこを進めば安全か、どの場所から何が採れるか、見ただけで…いや、場合によっては見る前から分かるような気がする。
恐らく、今爆破した岩から取れたのは———。
「《アイゼン鉱》*1、《クプルフ鉱》*2、あとは…《サファイアス鉱石》*3…?」
「んん?…どうして分かったんだい?」
「いや、何となく…この絵に入ってからずっと、勘がいいみたいなんです」
「ほう…それは興味深いね。ああ、採れたものはまさにそれだよ。特に《クプルフ鉱》が多かったみたいだ。…それで、何か心当たりはあるのか?」
まあ、一つしかない。
このメンバーの中で私だけがもつ特徴といえば…。
「私が人並外れた画家の才能を持っていること、ですかね?」
「おおっ、大きく出たな。ティトラ嬢、そんなキャラだったか?」
「まあ、事実ですから。お母さんの名誉にかけて、ここで謙遜することはできません」
「ふむ。その口ぶりから察するに、君の母親も画家なんだね」
「も、というか、母親だけです。私はまだ合格は貰えてないので…」
慣らしも兼ねて、画家のつもりの意識を持って動いているけれども、客観的に見てまだ絵を売ったことがない私を画家というのは、少し違うだろう。強いていうなら、画家のタマゴだろうか。
「絵の才能と、《不思議な絵》か…リディーくんが聞いたという声といい、《不思議な絵》は実に謎が多い。いいね、ワクワクしてきたよ」
「研究熱心だなあ、お前」
「いいだろ?お、あっちでもフィリスが爆破するみたいだよ。試してみようか、ティトラ」
「あ、はい」
———どっかーん!おおー、大漁だー!ほら、見てみてフーコちゃん!
———すごいですフィリス!錬金術士はこんなことができるんですね!
「では、ティトラ。あの粉々に爆破された結晶の塊には何が入ってたか分かるかい?」
「ええと…」
やはり、何故かピンとくる。
「《ルビナイト鉱石》*4、《灼熱の溶鉱石》*5、それと…うわっ」
「ん?どうかしたかい」
「お、《黄金色の岩》*6、です」
———くちゃいよぉ…!はにゃが、はにゃがまがっひゃうよぉ!
———ばたん、きゅう……。
「………しばらく、あちらには近づかない方が良さそうだね」
「………はい…」
———くっさ!?な、なんなんですかこの臭いは!もう、傘に臭いがついたらどうするんですか!
しかし、ルーシャはどうして火山探検に傘なんて持ち込んだんだろう…?
さらに私たち8人———調査隊の6人に、お試しの私、そしてフーコ———は奥地へと進み…いつしか溶岩の海は見えず、黒色の岩壁に挟まれた細い道が現れた。
「そろそろ、”アルバリア参道”を抜けます。この先は…”メリメール・デプス”。竜の住処です」
「なるほどな、それで”参道”ってわけだ。竜にお参りでもしてたのか?」
「アルバリア参道には断片的に未知の文明の遺跡や、竜のものと思われる骨があった。…まあ、絵の中の世界だから、そこに歴史を求めるべきかは分からないが…察するに、竜は昔からこの火山に現れていたようだね」
「はい。ただ、その度にこの辺りまで来てみんなで竜を鎮めていたんですが…今回は上手くいかなかったんです」
「この辺りまで…ってことは、この先の道は分からないんですか?」
「一応、行ったことはありますけど…あまり詳しくは案内できないです」
———!
わ、分かる…まただ。また、あの…得体の知れない勘が、私に告げてくる。
「あの、皆さん…この先の道、分かる…かも、しれません」
「ティトラちゃん…?」
絵の才能…果たして、それだけでここまでのことが分かるのだろうか。それとも、《不思議な絵》と私に何かつながりがあるのか。
ただ一つ確かなことは…今、私には、この先の道筋と…そこに何が待っているのかが、全て
「着いてきてくれませんか?私、案内します」
「ど、どうする…みんな…?」
「僕は信じていいと思う。ここまでの道中で彼女は何度か《不思議な絵》に対する超能力的な洞察力を示してきた。理由は分からないが、2度3度と続いた以上は偶然じゃない」
「俺も同じだ。ティトラ嬢はここまで冷静だったからな、根拠もなくこういうことはしないと思うぞ」
「わたしも。共闘した仲だからね、信じるよ!」
「フィリスさんが信じるなら、ボクも大丈夫だと思います!」
アルトさん、マティアスさん、フィリスさんは賛成してくれた。
フーコちゃんは…まあ、賛成でいいのかな?
「私は…保留しますわ。絵の世界からは願えばすぐに出られるとは言え、ここは火山地帯。あまり無駄に歩き回ると体力が無くなってしまいます。竜も近づいている以上、慎重に決めるべきかと」
「ルーちゃん…ううん。私たちなら大丈夫だよ」
慎重論を唱えたルーシャに対し、リディーとスーが優しく声をかける。
「ルーちゃんは、わたしたちのことを考えて慎重になってくれてるんでしょ?ありがとう、ルーちゃん」
「でも大丈夫!あたしたち、これでも成長してるんだからね。リディーなんてこの前ようやく《インゴット》*7を両手でなんとか持てるようになったし!」
「それは本当に大丈夫なのか…?」
「ま、まあ?私があなたたちのことを心配したとかそういう話は知りませんけど?見たところ過半数が賛成票のようですから、ティティに着いていくということでいいんじゃないですか?ええ!それだけですとも!」
「あはは…分かりやすいなあルーちゃん…」
「ということで、あたしたちも賛成ー!ティティ、最初にも言ったけど、頼りにしてるからね!」
「リディー、スー…ルーシャ。…うん。任せて!」
昔からそうだった。双子はルーシャを、ルーちゃん、ルーちゃんと本当の姉のように慕っていて…ルーシャは何度も泣かされながら、本当の妹のように双子を可愛がっていた。
いつだってルーシャは、2人の本当のお姉さんだった。それはきっと…双子と、その父ロジェさん、母オネットさんという4人の穏やかな家族に憧れていたからなのだろう。
オネットさんがいなくなって、その家族の次に悲しんでいたのは、きっとルーシャだった。
っとと…考えが逸れちゃった。今は火山に集中しないとね。
「皆さんも、ありがとうございます。…こっちです、行きましょう!」
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壁に挟まれた細い山道を進んでいくと、大きな二又の分かれ道にたどり着いた。
「道が分かれているな…ティティ、どっちが良さそうだ?」
「そうですね———」
まず、この2つの道は少し先の地点にある大広場で合流している。その合流地点に竜が陣取っているため、どちらを選んでも竜にたどり着くことができるだろう。
その上で、どちらを進むべきか…それは、悩ましい問題だ。
右の道は広くて近道だが、その分隠れる場所が無い。戦うには困らないだろうけど、竜との会戦は避けられないだろう。
対する左の道は狭くて曲がりくねっており、歩き難い。しかし、その分暗く、遮蔽も多い。竜に気づかれず、様子を探ることができるだろう。ただし、もし戦うことになれば、その狭さは命取りになる。
「———このような感じです。どうしますか?」
「ん…なんつーか、たしかに賛成したけどさ。ここまで細かく分かるって、ちょっとすげーな」
「えへへ…まあ、自分でもあまり理由は分からないんですけどね」
「でも、ここまでの道は合ってたみたいだよ。本当に聞こえるもの、竜の、息をする音が…道の先から」
フィリスさんが耳を澄ませるのに合わせて私も音に集中してみるが、私には何も聞き取れない。それは他の面々も同じだったようだ。
「…だめ、あたしは何も分かんないや。すごいですね、フィリスさん!」
「ふふん、リア姉に色々と狩りのことを教わっているからね。フィールドワークはお手の物だよ?」
「しかし、そうなると…どうしたものか。フーコ、その火竜は見たことはあるか?戦えそうか?」
「あります。すっごいブレスを吐く竜で…戦うなんて、ボクは考えすらしませんでした」
「つっても、フーコがどれくらい強いかが分かんないからなぁ」
「あー、言いましたね!ボクたちだって、その気になればドラゴンの1匹や2匹…!」
「戦えないって今言ってたろ」
「それは、そうでした…うぅ、ごめんなさいルゴット村のみんな…ボクは弱っちい虫けらです…」
子どもを論破していじめる我が国の第一王子の姿に少し幻滅しながら、話を進展させるべく少し口を挟む。
「竜の強さは分かりません…とても恐ろしい存在だということしか。けれど、フィリスさんは以前に私と共闘した時、攻撃力で言えば竜すら軽く倒してしまう程の強さを持っていました」
「うん。今回は万全の準備をしてきたから、並の竜なんかには負けないよ!…あ、でも…」
でも?
「イルちゃん…リディーとスーの師匠に止められてるから、本当にピンチになるまでは私は弓だけしか使えないや…ごめんね」
「ええっ!?師匠がそんなことを…!?」
「ぐぬぬ…スパルタだとは思ってたけど、本当に厳しい…でも、そうだよね。師匠はきっと、あたしたちの力で乗り越えて欲しいんだ」
なるほど、そんな制限が…。それじゃあ、竜と戦うのは厳しいかな?
「で、でも。アルトくんもルーシャちゃんも居るし、本当に危なくなったら全力で頑張って守るから!だから、そこはわたしの公認資格にかけて、安心してくれていいよ!」
「公認資格…そうか、フィリス嬢は公認だったな。それなら確かに安心だ」
公認…それって一体どういう資格なんだろう?
王族であるマティアスが安心というくらいだから、よっぽど凄い資格なんだろうけど。
「どうなんですか?マティアスさん」
「ええっと…たしか隣の国のライゼンベルグって街が主導している資格制度だったはずだぜ。この国にも何人か居るが、毎年1人が2人しか現れないっていう、とんでもなく難しい錬金術の資格だ。もちろん、資格の持ち主は凄腕の錬金術士ばかりらしい」
「調合だけじゃなくて、戦闘の腕も試される資格なんだ!だから、腕っぷしだってドラゴンには負けないよ!」
「いやいや、錬金術士が力でドラゴンと競わないでください。爆弾とか薬とかですよね?」
「へ?」
「…えっ?」
ま、まあ錬金術士たちの筋力事情は一旦忘れよう。一旦。
「まあ、そんなすごいフィリスさんがいるんだから、一度戦ってみない?」
「そうだね…ちょっと怖いけど、これも経験だよね…」
双子が覚悟を決めたことで、場の流れは決まった。
かくして私たちは竜との正面対決に挑むべく、右の道を進むのだった。