ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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大ネタバレ注意回です。
この小説自体が重度のネタバレを含む作品ではありますが、特に今話については、もし原作第6話『いにしえ』をプレイする予定のある方は先にそちらを攻略されることを強くお勧めします。








断章・『凍てし時の宮殿』
双子の調査レポ④:????/前編


 暗く、暗く、森の奥深く。そこには、ある美しい少女を閉じ込めた城があるという———御伽噺には度々見かける舞台設定。そこにはもう一つのお約束がある。

 

 

 白雪姫、或いはラプンツェル、そのまた或いは———今となっては、この枠組み(フレームワーク)には有名無名、多くの物語が当て嵌められており、それらの全てには”王子様”の役を担う存在が欠かせない。

 

 

 多くの少年が童心に思い描いただろう、謎めいて儚い理想のお姫様との邂逅。

 多くの乙女が幼心に夢見ただろう、勇敢で美麗な理想の王子様の登場。

 

 ボーイ・ミーツ・ガール、またはガール・ミーツ・ボーイである。

 

 

 かつては物語の終わりとして用いられた”運命の出逢い”というイベントは、今や物語の始まりとしての役割を持つようになった。

 

 少年と少女は出逢い、そこから運命の物語が、世界を巡る騒乱が幕を開けるのだ、と。

 

 

 翻って、この世界。

 

 樹氷に覆われた、白き森。ひっそりと佇み、訪れる者を拒絶する氷の館。

 

 なるほど、うってつけである。

 

 一見無人のように見える広々とした『薄氷のエントランス』ではあるが…宮殿である以上、そこには主となる住人も居ると考えるべきだろう。

 

 

 となれば。

 

 

 この、白き森に聳え立つ薄氷に覆われた宮殿にも、自分を救い出してくれる王子様を待つ少女が一人、ロマンスを夢見て、またはルサンチマンに駆られて、閉じ込められているのかもしれない———。

 

 

 

 

 まあ、しかし。

 

 

 

 

 

「ふぁ…ふぁ…ぶぁっくしょい!!」

「うっわバッチいなあマティアス…くしゃみするんなら向こう向いてよ!もう!」

「ううううるせえ!あーくそ、どうしてどの絵の世界もこんなに寒くなるんだよ…」

「そんなこと言って、見た目ほど寒くないでしょ!気のせいだよ、気のせい!」

「はぁーあ…現実の王子様は全然ロマンチックじゃないなあ…」

 

 

 

 世の王子という立場の男性が魅力的(ロマンチック)であるとは限らないのが現実というものである。

 

 

 

 

 

 

 ここはアダレット秘蔵の一枚、『凍てし時の宮殿』の中に広がる世界。

 

 打倒ファルギオルを掲げ、その対抗策を求めて、リディーとスーを中心とした6名の調査隊はこの凍りついた宮殿の世界へとやってきた。

 

 

 

「すみませーーーん!誰か、いませんかーーー!」

 

 

 そしてやってくるや否や、赤い少女は玄関口で大声をあげ始めた。

 

 

「ちょ、ちょっとルーちゃん!失礼だよ!」

「いいじゃありませんか。どうせ無断かつ土足、しかもいつの間にやら宮殿とやらの中に立っていたのです。さっさと家人を見つけるのが先というものでは?」

「確かにそうかも!よぉし…ごめんくださーい!お邪魔してまーす!」

 

 

 魔女ルーシャの呼び名は伊達ではない。純朴なフィリスもそそのかされ、2人は住人を大声で呼び始めた。

 

 気の弱いリディーとしては、数で負け始めると弱気になってしまうもので。

 

「う、うう…わたし?わたしが間違ってるの?」

 

 

 

 

 

「いいえ。貴女は正しいわ」

 

 

 

 その正しさを口では肯定しながら、けれど身をもって否定する形で———彼女の登場で事態は進展した———絵の世界の住人は忽然と現れた。

 

 

 

 その姿、深い紺の髪、純度の高い氷のように透き通った青の瞳。面持ちは硬く、傾いだ腰に手を突いた立ち姿は年齢の割に大人びた妖しさを漂わせる。

 

 つまり、女の子である。

 

 囚われのお姫様というにも、やや幼さが目立つ齢の頃であろう。

 

 

「あ、えっ?誰、ですか?」

「知る必要はないわ。貴女たちはみんな、今すぐにここを出て行くことになるもの」

 

 

 その言葉に従うように、次々と魔物が現れ———3体の()()たちは主を守るかのようにその前に並んだ。

 

 青や黄緑色の、妖精のような可愛らしい体躯。しかし、握りしめた槍の穂先は全て違わず調査隊に向けられており、その敵意は明らかだ。

 

———マケナイゾ-!

———テリャ-!

 

「ま、魔物!?」

 

「ここはわたしの宮殿。邪魔者は……出ていきなさいっ!!」

 

 

 

———————————

—————————————

———————————————

 

 

 

———ウワ-!

———ソンナ-!

 

 

「わ、わたしの魔物たちが…」

 

 

 瞬殺だった。

 

 

 爆弾ひと投げ、妖精一殺。ぽん、ぽん、ぽんと無慈悲にも爆発物を投擲する錬金術士(爆弾魔)に対して勇敢にも立ち向かった兵士たちは、哀れ、光の粒となって消え去ったのだった。

 

 

「そうまでして、なんの用よ!」

「あたしたち、ファルギオルを倒さなきゃならないの。その手がかりを見つけるまで、ここを出るわけにはいかないよ」

 

 

 “ファルギオル”———その名前を聞いた少女の目が、かすかに細められる。

 

 

「へえ…アイツが、ね」

「え…何か知ってるんですか!?」

「…そんなこと、わたしには関係ない」

 

「そんな!」

 

「わたしはただ、静かに暮らしたいだけ。あなたたちをこの宮殿は決して歓迎しない。それでも出て行かないのなら…」

 

 

 容赦しない、と言い残し、彼女は現れた時と同様に忽然と姿を消した。

 

 

「ねえ、スーちゃん。今の子…」

「うん。ファルギオルの…外の世界のこと、何か知っているみたいだった」

 

 

 絵の世界の住人…『アンフェル大瀑布』で出会ったフーコは、外の世界のことは知らない様子であった。見たこともない菓子に釘付けになり、錬金術士のことも知らなかったのだ。

 

 

 開祖ネージュが手ずからに生み出した『凍てし時の宮殿』…その世界はやはり、他の絵とは一線を画す何かがある。そう感じた一行は、より警戒を強めつつ宮殿内の探索を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿内は一つ一つの空間が過剰なほどに広い。

 

 全体的に青を基調とした内装であり、先述の広さもあって、その光景には氷を抜きにしても寒々しい印象を受ける。

 

 しかし、凍りついている割にはそれほど気温は低くなく…金属鎧を着ているマティアスを除いては、それほど環境には苦慮せず探索ができていた。

 

 

「あの謎の少女がここで生活しているんだとしたら、それも納得できるというものだね」

「そりゃあ、な。いくらなんだって、凍え死んじまうような室温で生活しようっていうのは無茶だぜ」

「えー?そんなこと言ったらさ、こんな広いお屋敷に一人で住んでるのも無茶じゃん」

「あ……」

 

 

———ご飯を食べる時も、一人なのかな…。

 

 

 

 そうして、長く、これまた広い廊下を歩き続け…一行は本棚のある部屋へとたどり着いた。

 

 この部屋もまた広く、天井もそれに従って高い。その天井まで伸びる本棚が壁一面にズラリと並ぶ光景は壮観だ。

 

 

「はぁ…まだ出て行かないの?」

「あ、さっきの子だ」

「だから言ってるじゃん。ファルギオルの情報が欲しいんだってば。ねぇ、教えてよー」

「ふん…誰が。外の世界なんてどうにでもなってしまえばいいわ」

「あ、消えちゃった…」

 

 

 時折現れては、文句を言って消えて行く少女。対応にも慣れたのか、一行はどこか微笑ましい視線すら向けるようになっていた。

 

 

「やっぱりあの子、何か知って……す、スーちゃん?何読んでるの…?」

「ふむふむ…あ、これ?誰かの日記帳。誰のかは分かんないけど」

 

「うわあああああああ!?何でいきなり読んでるのよ!ダメ!読んじゃダメー!」

 

 

 突然の暴挙。

 

 あんまりである。あんまりにもあんまりである。

 誰のものか分からないとは言うが、この宮殿に住人は謎の少女以外いないのだから持ち主は一人しか有り得ない。

 

 突如、哀れな青い眼の少女はなんの予兆もなくプライベートを覗き見されることとなったのだった。それも前触れなく踏み入ってきた押し入り強盗同然の少女に。

 

 彼女は怒っていい。

 

 

 

「……はっはーん?これ、あなたのなんだ?」

「そうよ!だからさっさと本棚に…」

「さてさて、えっとぉ?あなたのお名前はなんですかーぁ?」

「あぁー!?ダメだってばぁ!?」

 

 

 繰り返すが、現在のところ調査隊の行動は押し入り強盗のそれである。

 

 

「ふむふむ、えーと、”ネージュ”…ん?ネージュって…」

「…え?それ、この絵の作者の名前…」

 

 

 日記の表紙。そこに記されていた名は、最近よく耳にする名前。

 

 Neige(ネージュ) Chintreuil(シャントルイユ)

 

 もう語るまでもない。それはこの絵の作者の名であり…。

 

 

 世に、《不思議な絵》を生み出した偉大な錬金術士の名である。

 

 

「……っ!もう…もう、許さない…!」

「ちょ、ちょっと…ネージュちゃん、いやネージュさん…?」

 

 

 寒さに満ちた空間でありながら、陽炎も見えそうなほどに怒りを露わにする少女、ネージュ。まさに、怒髪天を衝くというべき気迫。

 

 

 当然の怒りである。

 

 

 

「今すぐ出て行け!バカーっ!」

「また魔物ーっ!?」

 

 

 

 

———————————

—————————————

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「もう…!もう、知らないっ!」

「あっ、えっと、その…」

 

 

 例によって呼び出された魔物は瞬殺された。

 

 ネージュはもう半べそである。涙目である。何なら少し目尻のあたりから溢れている。

 

 

「ファルギオルでもなんでも、酷い目に遭っちゃえばいいわ!知らないんだから!」

 

 

 最後に一雫、キラリと光る何かを宙に残し、少女ネージュは再び消え去った。

 

 

「まいっか、続き読もっと」

「お前、ほんと容赦ねーのな…」

「遠慮なんかしてたらご飯は食べられないよーだ。えーと…」

 

 

 ここまで、ファルギオルの脅威を忘れようとするかのように和気藹々と進んできた調査隊一行。

 

 

 

 

 しかし、日記の内容はその空気を一変させる、苦悩に満ちたものだった。

 

 

 そこに綴られていたのは、この世界にずっと一人で暮らし続ける彼女の孤独な生活。

 

 孤独を受け入れたのも束の間、耐えがたい寂しさに苛まれ続ける苦悩が、端的に述べられていた。

 

 辞書ほどの厚さをもつ日記帳のページは、全て、変化のない日々から出来事を絞り出すようにして使い切られている。

 

 

 

 

 

 孤独とは、どのようなものだろう。

 

 双子にとって、大切な誰かとの別れは身に染みて分かる痛みだ。けれど、彼女たちには常に、父が居て、姉妹が居た。

 

 孤独がどれほど人を苦しめるものなのか、この双子には分からない。

 

 

 

「孤独…か」

 

「アルトさん…?」

「あ、ああ。すまない。何でもないよ」

 

「……あ、あの!皆さん!提案なんですけど!」

 

 

———ネージュちゃんと、お友達になりませんか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………コイツらも、どうせ…」

 

 

 

 そして、発案者リディーの指揮のもと、ネージュ侵攻…もとい、()()作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

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