ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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勉強会


 

「うっ…ごめんね…!っ、ごめんねスーちゃん…リディーちゃ…っぐ」

 

 泣き崩れる私。うろたえるリディー。

 背中を優しくさすってくれる、スー。

 

 大量の《うに》が転がるアトリエで、3人の少女はただ混乱する。

 

 ことの発端は、今から数時間か前のことだった。

 

 

 

 

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 時を遡ること幾ばくか。

 

 先日計画した勉強会の当日。太陽が昇り切るまでまだいくらか猶予があろうという時間に双子は我が家にやってきた。

 この日は丁度、母さんも父さんも近くの(おそば)森に絵の資料集めと採取のため出かけていた。

 

「それじゃティティ、早速だけど調合見せて?」

「うん、やってみるね…」

 

 教本を片手にいつも通りの調合。材料は《うに袋》、《インゴット》、《中和剤・赤》。どれも品質上昇の特性を継承させてある。釜のかき混ぜ方も…速すぎず遅すぎず…。うぅ、かき混ぜ棒が重い…っ!

 

「うーん?特に問題ないよね。早速このままイケるんじゃない?」

「うん!ティティさん、その調子です!」

 

「よ、よぉし…ここから強火にして!」

 

 釜は虹色の輝きを放ち…そして元の星空のような水面に戻る。

 火を止めて…よかった、爆発はしなかったみたい。

 

 

「あれ、中々取り出せない…おりゃ、そこっ…あ、あれ?」

 

 水面の下、転がる成果物を、ヘラ状のかき混ぜ棒が捉えられない。

 

 待てこの…っ、よし捕まえた。このまま引き上げて…っ!?

 

「…なにこれ」

「あ、あれ…トゲがないね…」

 

 出て来たのはツルっとした茶色のボールだった。

 そりゃ取りにくいのも納得だわ。何処にもひっかかるとこないもん。

 

 いや、これなに?

 

「えっと、その…とりあえず投げてみましょう!ちゃんと爆弾かどうか調べないと!」

「そだね。海辺でなら危なくないっしょ。こういうとき浜が近いって便利だよね」

「いやいやいや…え、大丈夫なの?」

「じょーぶじょーぶ、あたしたちもたまに使ってるもん!」

 

 双子のお墨付きに従って裏手から砂浜へ出た3人。しかし放られたクラフト(球)が爆発することはなく、ポスっと砂浜に埋もれてしまった。また失敗か。

 

 まあ、この程度の失敗なんて、いつも通り!

 さあ、次の調合の準備だ。切り替えよう。

 

「次!」

「…逆じゃない?」

「トゲが茶色で本体が銀色ですね」

 

 まだまだ!

 

「次!」

「インゴットだけ出てきた!」

「触るとさらさらしてます…うにみたい」

 

 ま、まだ!

 

「次っ!」

「中和剤にクラフトが入ってる!?」

「フラスコの口よりクラフトの方が大きいのに…!?」

 

 まだ…も、もう一回…。

 

 

 

 その後も数回、調合と試用を試したけど全て失敗。ヘンテコなものができ続け…。

 

「次で最後…!」

「あれ、この反応って…」

「ダメですティティさん!ええと、中和剤の緑を…あっ!」

 

 そして、釜は爆発し———冒頭へ戻る。

 

 

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 普段なら、こんな程度で泣いたりなんて、しない。

 でも、今は…2人が見ている今は、どうしても耐えられなかった。

 

 何度も失敗して成長の見えない私の情けなさに、悔しくて悔しくて涙が溢れる。年下のリディーにもスーにも慰められて…。

 

 

 2人に負けるのは仕方がないことだ。彼女たちは元から、ロクな指導者もないのにとりあえずの調合ができるだけの才覚があったのだ。努力を正しい方へと導ける人が現れた今、彼女たちは最早私のことなどとうに超えていて当然だ。それはいい。

 

 しかし、その2人の前で泣き出して、それを慰められるのは、あまりにも惨めで、何より、情けなかった。

 

 

「ちょっとだけ…ちょっとだけ待ってね、すぐに泣くの止めるから…もう一度やってみるから…」

「…んーん。ティティ、今日はもうやめよう?ごめんね、何も出来なくて…」

「えっと、そうだ!今日はホットケーキ焼いてきたんです!だから、休憩しておやつにしましょう?ね?」

「…うん。ありがと」

 

 

 …あーあ。

 やっちゃったなー。どうしてそこで泣くかな、私。どうして失敗しかできないのかな。空気読みなさいよ、私。

 

 折角2人が勉強会なんて提案してくれて、教えてくれてるのに。

 そこはほら、2人のおかげで何か掴めるものがあって…それで、やったできた!ありがとう2人とも!ってなるところでしょうに。

 そうはならないのが、私の向いてないって証拠なのかな。

 

 私には、才能なんて、無いのかもしれない。

 心が、折れそう。

 

 

 

 

 

 

 

 …ここで、すっぱり辞められた方が良かったのかもしれないけど。

 

 諦められないから(諦めるのが怖いから)

 もう少しだけ…頑張ろう。

 

 頑張らなくちゃ。

 

「ねぇティティ」

「…なぁに、スーちゃん?」

「無理はダメ。分かった?」

 

 …頑張らないと。

 

「あはは、無理なんてしてないよ」

「ううん、してる。お母さんが言ってたもん、頑張ってる人が泣いてる時は誰かがそばで支えてあげないといけないんだって」

 

「…いつもの、お母さんとの約束?」

 

 彼女は首を横に振る。

 いつ座ったのか、うずくまる私の横で、片手は背に添えたまま片膝を抱えていた。

 

「でも、お母さんから貰った、宝物の一つ」

 

 ほんと…ほんとに。

 この子は、お母さんに似たんだな…。

 

 

「…昔はよくルーシャちゃんのこと泣かせてなかったっけ?」

「そっ、それはほら…だってルーちゃんだし!」

 

 今でこそ立派に女店主をやっている、私たちの年長、ルーシャだけれど。

 昔、この4人で遊んでいると、決まってこの双子に泣かされていた。

 いじめ、というより…からかわれて、悔しくてって感じ。じゃんけんで勝てなかったり、くじ引きでハズレを引いたり、追いかけっこで全く追いつけなかったり。

 

 ついた呼び名は、泣き虫ルーシャ。

 今の風格ある姿からは、全く考えられない。

 それは、幼馴染である私たちだけが知っている、彼女の素顔なんだろう。

 

「えぇー」

「うっ。いやその…おっ、お母さんとの約束その17!『たまには見て見ぬフリもしろ』!」

「いやその使い方は最低だと思う」

 

 泣かせといて見て見ぬフリはいかんでしょ。

 あの人何教えてるの。

 

「と、に、か、く!無理しちゃダメだからね!あたしたちとか、それこそお父さんお母さんとか!辛かったらちゃんと言わなきゃダメってこと!それだけ!」

「…でも」

「”でも”も”しかし“もダメ!ほら、返事は?」

 

 押しが強い…。

 こんな所まで、あの人にそっくりなんて。

 

「は、はい」

「よーし、花まるあげる!リディー、ホットケーキ準備できたー?」

「はーい、できましたよー!」

「あ、ありがとうね?その、後で材料費は払うから…」

 

「あぁいえ、それは現物(原材料)でくれると助かります」

 

 あ、はい。

 2人とも、私なんかよりよっぽど大人かもしれないや、これ。

 

 

 

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 おやつを食べ終え、少し日差しも傾いてきた頃。

 2階の母のアトリエを借りて勉強会絵画の部が始まった。

 

 錬金術は散々だったけど、こちらは得意も得意。ひとつ、年上という所を見せてやらなくては。

 

 

「「ティティ先生、お願いします!」」

「はい、じゃあまずは…これと、これ」

 

 用意した2人分の机の上に、葉書程度の紙と鉛筆を置く。

 

「2人にはまず小手調べとして、自分の手を描いてもらいます!」

「て?…って、お手手のことですか?」

 

 はいその通り。

 

「鉛筆で自分の手の、輪郭、しわ、指の腹の模様など…可能な限り細かく描いてください。ただし制限時間5分!」

 

「「ええっ!?」」

「はい始め!ほら急いで急いで!」

 

 2人の父は、錬金術士であり、画家。

 幼い頃からその姿を眺めてきた2人なら、きっと上手に出来るはず。

 

 

 ふんふん…さすが、絵描きの娘だけあってそれなりに描けて…

 

「……んん??」

 

 いや、待って。リディーさん?あの、貴方それ、自分の手を描いてるんですよね…?えぇーっと…まあ5分待とうかな。

 

 …手、なの…?それ…。

 

 

 

 

「…えー、はい!5分です手を止めて!」

 

「え、うそ!あーまだ指が途中なのにー」

「……うん………はぅ…」

 

 よし、評価に入ろう。

 

 まずスーちゃんは、まあ描けてるね。平均スコアの2割増しって感じ。ちゃんと全体の輪郭をとって、手の平の模様、指の関節…って感じで順序立てて描いてるけど、小指だけ真っ白なのは間に合わなかったのかな?

 

 絵を練習したことはあまりないって聞いたことあるけど、それでもいい見本が身近にあると違うのかも。

 

 ……いや、でも。でもだ。

 

 それを言ったらリディー画伯も同じ条件のはずなんだけど…これは一体。

 辛うじて5本の突起があるけど…すごい形容しがたいというか…指の長さとか太さとか以前に、なんで渦巻きみたいになってるの…?

 

 いや。ダメダメ!今日の私は先生、なんとしても彼女に絵のイロハを教え込むんだから!

 

「うっ、うん!大丈夫!大体わかった、オッケー!じゃあまずこの絵を描かせた意味なんだけど…」

 

 

 

 それから、私は双子に全力で絵を教えた。

 形を正確に捉え、出力すること。

 色の濃淡と陰影の違いと表現の仕方。

 人の顔や体を描くコツ。その他もろもろ…。

 

 この数時間で教えられる限りの、コンパクトな基礎をこれでもかと教え込んだ。

 

 

「先生、このリンゴのテカッてる部分って…」

「ああ、そういうところはリンゴの赤に捉われずに…」

 

「先生!うさぎ描けました!」

「どれどれ…よ、よし。目が耳より下にある、足もある、体も大きすぎない…上出来!その調子でもう一回、別の角度から描いてみようか!」

 

 残念ながら…リディーの絵は、最後までうさぎには見えなかった。

 お母さん。人に教えるって、難しいね…。

 

 

 

 

 

「2人とも、もう遅いし家まで送ってくね」

「ありがとうございます、せん…ティティさん」

「あっはは!今日はありがとう、ティティ先生!」

 

 お礼を言うのはこちらの方だ。

 本当なら、謝るべきですらあるかもしれないけど…それは、2人が欲しい言葉じゃないと思うから。

 

「こちらこそありがとうね。調合、もうちょっと頑張ってみるから」

「無理はダメってこと、忘れちゃダメだよ?」

「そうですよ。今回は力になれなかったですけど…」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

 確かに最近、思いつめていたというか、無理をしていたんだと思う。

自分自身、泣いてしまうなんて思ってもなかったし…2人が居てくれてよかった。

 絵の勉強会の方も、賑やかで気分も晴れたし。

 

「さてと…ここだよね、2人のアトリエ」

「うん。お父さんただいまー!」

 

 あ、スーちゃんもう暗いから走ったら危ない…まったく、変わらないなあ。

 

「お、帰ったか!おかえり、スー。リディーは…」

「帰ったよ、お父さん。ただいま」

 

「お邪魔します、ロジェさん」

「ああ、ティティちゃん。お見送りありがとうございます」

「いえいえ、そう遠くありませんから」

 

 双子の…マーレン一家のアトリエは同じリュンヌ通りにあるから本当に近い。

 正直、ウチのアトリエが海近くで路地に面していなければ、商売敵もいいところだった。住み分けは大切だ。

 

「んん…?ティティちゃん、また大きくなりました?」

「そうですか?自分だとあまり…あ、でも最近ちょっと服が動きにくいかも」

 

 太ったのかな、と思ってたけど…そっか。大きくなったんだ。

 

「ああやっぱり。いやなるほど、子供の成長は早いものだ」

「あ。ウチのお父さんも同じこと言ってましたけど、それなんだかオヤジ臭いですよ?」

「あっはっは!それはそうです。クレメントも私も、もういいオヤジです。そりゃオヤジみたくもなりますよ」

 

 ロジェさんとお父さん(クレメント)が近所の錬金術士仲間ということもあって、マーレン家とは家族ぐるみで付き合いをしている。2人はたまに酒を飲みに互いを誘うようで、そういう日はだいたい酔って帰ってくる。

 

 ちなみに、よく飲み代を賭けて錬金術の知恵比べをやるそうで。

 意外なことにロジェさんがかなり()()らしく、お父さんは大きく負け越している。まあ、あまり高い酒も飲まないみたいだし、そもそも2人とも酒豪というわけでもないから、お小遣いで足りてる。そう言うわけで、別に私もお母さんも気にしちゃいない。

 

 あと…錬金術で画家っていうのは私の理想の姿そのものだから、それを体現するこの人には、少なからず憧れている部分もある。…そうでない部分もあるけど。

 

 そんなわけで、会えばそれなりに可愛がってくれるロジェさんとは、結構、話が弾むんだよね。

 

「…ところで。こないだ双子がまたフラフラ飢えてるところを見ましたよ?」

「ギクッ!」

 

 まったくもう。

 …仕方ない、とは思うけど。ダメでしょ、お父さんなら。

 

「浪費するのは私が言うことじゃないですけど、双子の食い扶持を考えられるくらいは家計を知ってあげてください。まだまだ、食べ盛りなんですからね?」

 

 子供を飢えさせる父親、なんて…お母さんに胸を張れないでしょ?

 ロジェさんが2人のことを愛しているのは、分かってますから。

 

 早く立ち直って、立派なお父さんに戻ってくれないと。

 

「あ、ティティがいーこと言った!そうだよお父さん。うちに金庫以外の金なんてあるわけないんだから、これからはちゃんと考えてよね!」

「うっ…」

 

 スーの強烈なストレート。たまらず目を逸らすロジェさん。

 言葉に乗せられた痛恨の一撃が、ロジェさんの心に響いている。

 

 しかし、追撃はそんな、加減の入った生易しいものでは無かった。

 

「その節はありがとうございます、ティティさん。助かりました。…お父さん、ご近所さんにまでこんなこと言われるの、男として恥ずかしくないの?」

「がっ…はぁ…っ!?」

 

「 「うっわぁー、辛辣ぅー…」」

 

 例えるならそれは、ナイフ。

 心を刺し貫く殺意に満ちた、あまりにも鋭利な言葉の刃は、ダメさを自覚する父親に、あまりにも大きな苦痛を与えたようだ。

 

 たまらず膝を折り崩れるロジェさんに、さらに慈悲もない仕打ちが襲い来る。

 

「ほーら、お客さんの前で何してるのお父さん。立って!」

「待って、待ってくれリディー。今お父さん心の骨が折れてるから」

「そこにギプス当てるのなんて慣れっこでしょ。いいから、ほー、らっ!」

「クッー!娘が反抗期…」

 

 自業自得。まさにこの事だね。

 

 でもまぁ、前より持ち直した方、かな。

 …一人でも、頑張って。()()()()

 

 

 

 

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 双子を送って家に帰ると灯りが点いていた。

 

「ただいまー!あとおかえり、お父さん、お母さん!」

「む。ティティが夜に出歩いていた…そうか。もうそんな頃なのか」

「いや、双子のこと送ってただけだから。夜遊びとかじゃないから」

「えー、本当にぃ?ほらほら、何してきたのかお父さんに聞かせァイッダァイ!?」

 

 あぁもう!悪ノリしてくるお父さんは嫌い!

 

 どいつもこいつも、どうして父親っていうのはこう…一癖無いと気が済まないのよ!

 

 

 

 

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