ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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第四話 塗りつぶす影と決戦の(いかずち)
再出発



 

 なんだか…長い夢を見ていた。

 

 長い長い…暗い世界の夢を。

 

 

 

 そんな気がする。

 

 

 

「あ、れ…わたし…」

 

 

 どうやら、自室の床に倒れて寝ていたようだ。

 

 視界が霞む。どれくらい寝ていたんだろう。

 

 

「どう、なって…あ、そうだ」

 

 

 確か、黒い絵を調査しようとしていたんだっけ。

 

 ええと…あれ?

 

 

 

「黒い絵…じゃない?」

 

 

 自室のテーブルに乗せていたはずの黒い絵はいつの間にか消え去り…代わりに、春夏秋冬を思わせる自然豊かな絵が乗せられていた。

 

 

「いや、でもこの額縁は…あの黒い絵に使われていたものだ」

 

 朽ちかけた豪奢な額縁。やはり、この絵があの黒い絵なのだろうか。

 

 

 

 

 どうも、記憶がはっきりしない。

 

 何か大切なことを忘れているような気がするんだけど…。

 

 

「い、いや。それどころじゃない!ファルギオル、アイツはどうなったの!?」

 

 

 外では未だに雷が鳴っている。それも、数秒おきに。

 

 自然のものにしては、数が多すぎる。やはり、まだ倒されてはいないのだろう。

 

 

「でも、私が行ったとして、何ができるの…?」

 

 

 そうだ。あんな化け物相手に、私ができることなんて…。

 

 

 …?

 

 

 

「なんだろう…この感じ」

 

 

 怖くない。…全く、怖くない。

 

 何故だろうか。あれだけ強大で、絶望的だったのに…怖くない。

 

 対等に戦えるのではないか?———そんな予感さえするほどだ。

 

 

 

 悩んでいる時間は無い。戦えるなら戦える。それでいい。

 

 

 コンテナから、一番良くできた爆弾———《フラム》と《レヘルン》の数珠繋ぎをひっつかみ、ポーチの中の錬金術製お菓子類を軽く確認する。よし、だいたい食べられそうだ。…《素朴な焼き菓子(クッキー)》だけは散々な有様だったけど。

 

 一階に降りる。キッチンに常備してあるポットから水筒に紅茶を注いで、塩を一さじ手に取って呷る。うぅ、しょっぱ苦い。

 

 振り子時計をちらと確認する。…帰ってきてからだいたい20時間。うう…結局、倒れてしまっていて何にも新しい対策はできていない。心残りではあるけれど…行くしかない!

 

 それから家に鍵をかけて———準備、よし。

 

 

「行ってきます!」

 

 

 

 

 

 身体が軽い。心も。

 

 きっと、今回は上手くいく。

 

 

 

 なんだか目が霞むけど…今は気にしないでいいや。

 

 

 

 

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 アダレット王城、エントランス。

 

 

 私が扉を開けて中に駆け込んだとき、リディーとスーはちょうど画廊から出てきた所だった。

 

 あれ、どっちがリディーでどっちがスーだっけ…。

 

 

「あっ…ティティだ!ねえ、大丈夫?なんか身体おかしかったりしない?」

「え?なんともないけど。そっちこそ大丈夫なの?帰ってきた時はいつに無く落ち込んでたし…」

「ううん、それはもう大丈夫!あたしたち、メルヴェイユのみんなのために頑張るって決めたから!」

「うん!ファルギオルを倒す鍵も手に入れてきたんだよ。ほら、これ!」

 

 

 そう言ってリディーが取り出して見せたのは、見慣れた形の道具…パレットだ。

 

 指を通して持つための部分が、なんだか無惨なことになっているみたいだけれど…不思議な力を感じる。きっと、ただのパレットではないんだろう。

 

 ううん、でもあのパレット、色使いが変だなあ。あんなに似た色ばっかり乗せてどうするんだろ。

 

 

「今から直してくるところ。ちょっと待っててね!」

「すぐに戻ってくるね!」

「うん、待ってる」

 

 

 

 

 

 すぐに戻ってくるとは言っていたけれど、錬金術の道具を直すなら調合を行うはずだ。きっと2〜3時間は最低でもかかる。

 

 既に再出撃してしまっていたらまずいと思って急いで来てしまったけれど、時間があるようだから荷物の再点検をしておこうかな…。

 

 

 

「ふむ……」

 

「…あの?」

 

 

 アルトさんがじぃっと見つめてくる。

 

 な、なんだろう。ほとんど着の身着の儘で出てきちゃったし、そもそも帰ってから着替えた記憶無いし、ひょっとしなくても変な匂いとかしそうだからあんまり近づかないで欲しいんだけど…。

 

 

「いや、すまないね。何か雰囲気が変わったような気がしたんだ」

「雰囲気?」

「なんでもないよ。気にせず、準備を続けてくれ」

 

 

 それだけ言って、アルトさんは外へと出て行った。

 

 なんだったんだろう…?

 

 まあ、いいや。今は持ち物だ。

 

 

 

 

 やはり、爆弾の威力には不安が残る。

 

 今度こそ決戦だ。ソフィーさんが助けに来てくれたような奇跡は、2度は起こらない。

 

 だって、今回は…パールが居ない。

 

 ファルギオルの一閃の下に、彼女はその身体の一片すら残さずに消しとばされてしまった。

 

 

———夜明けの大地で…待ってるから!

 

 

 

 あの、言葉。

 

 それがどういう意味なのか、今となっては知る術もないけれど…。こんな所で焼き尽くされてやるわけにはいかないんだ。

 

 パールの遺した言葉の、真意を知る為に。パールと交わした約束を守る為に。なんとしても私は、自分の力で夜明けの大地まで辿り着かなくちゃいけない。

 

 そして、精霊の女王を倒す。

 

 

 それが、今の私の”目的”だ。

 

 

 

 雷神なんか、踏み台にしてやる…!

 

 

 

 

「あっ…!ソフィーさん!ファルギオルの様子は…」

「まだ健在です。すみません、道具が尽きちゃって…今はプラフタとイルちゃんが頑張ってくれてます」

 

 

 ソフィーさんが王城に帰ってきた。どうやら、再び現れた雷神に対して時間稼ぎをしてくれていたらしい。

 

 戦場のブライズヴェストまでの道のりは徒歩で1日。私たちがメルヴェイユに戻ってきてから、まだ1日も経っていないのだから…すごい移動速度だ。

 

 フィリスさんも《空飛ぶホウキ(スカイフリーカー)》を持っていたし。錬金術士が強くなる為には、移動手段の確保も欠かせないのかもしれない。いつまでも徒歩じゃ、行ける場所も広がらないし。

 

 

「3人でなんとかって感じだったので…2人だけだと、もうそれほど持たないかもしれません。何か、手がかりは見つかりましたか?」

「間一髪ね…ちょうど今、双子ちゃんが何かの道具を見つけてくれたみたいなの。壊れちゃってるから、それを直しに行ったところよ」

 

 

 凄いなあ…私たちはフィリスさんがいても蹴散らされてしまったし、騎士団だって歯が立たなかったのに。たった3人でこんなに…。

 

 

「いや…錬金術士の高みっていうのは凄いもんだねえ…あ痛ったたた」

 

「お、お父さん!?どうしてここに!」

 

 

 松葉杖をついて、お父さんがエントランスまでやってきた。お母さんも寄り添っている。

 

 足を痛めたと聞いたけど、やっぱり怪我は足だけじゃないみたいだ。左脚は曲げられないように添え木で固定されて包帯巻きになっていて、他にも松葉杖を握る右手にも湿布が貼られている。左腕も、首から下げた布で支えるように固定されていて、骨折という単語が一目で想起される。

 

 お父さんは錬金術士としては珍しく、盾を使う。利き手は道具を使うために必要だから、反対の左腕に固定して使っているのだけれど…恐らく、その上から強烈な一撃を貰ったんだろう。それも、盾では防ぎきれないような範囲の一撃を。

 

 

「いやー、何とか首から上は守ったからね。命からがらってところかな」

「……はぁ……」

 

 

 お母さんの視線が熱いようで冷たい。呆れ半分、不安半分、心配も合わせて感情2倍と言った所か。

 

 お父さんの右側から、左肩を抱くようにして体重を受け止めているようだ。お母さん、お父さんより背が高いからなあ。

 

 

「ティティが帰ってきたっていうから見にきたら、もう家に行っちゃったっていうじゃない?それで、来たら教えてくれってエドくんに頼んでおいたのさ」

「ご、ごめんね…お見舞いにも行かなくて。焦っちゃってて…」

「いいんだよ。良く無事に帰ってきたね…と言いたいけど、ティティ。アドバイスしたのに逃げなかったでしょ」

「うっ…だ、だって…」

「だってじゃありません。…もう、ソフィーさんが来なかったら危なかったらしいし、本当は送り出したくないんだけど…行くんだよね?」

 

 

 もちろんだ。その為に私は、捧げたんだから。

 

 

 

 

 …あれ?捧げたって…何のことだっけ。

 

 うーん…本当に、何かを忘れている気がするんだけど…。

 

 

「ティティ」

「あ、お母さん…なに?」

「…無理をしていないか?」

 

 

 いや…この間の《クラフト》の一件と違って、今回は本当にそんな気はしない。

 

 今の私は…何故かは分からないけれど、絶好調だ。ちょっと目の調子がおかしいくらいで、身体も心も軽い。

 

 

「無理…いや、何ともないと思うけど…どうして?」

「…分からない。何となくだ」

「大丈夫、心配ないよ!むしろ、戦いに行く前よりも元気なくらいだもん」

「そうか…ティティ、これを持っていけ」

 

 

 唐突にお母さんが、右肩のトートバッグから何かを取り出した。

 

 それは、一本の絵筆。刷毛(ハケ)と呼ばれる種類の、ブラシのような広い毛先を持つ筆だ。新品ではなく、毛先は黒ずんでいる。それは、沢山の絵を描くのに使われて、色んな色を吸って、描いてきたことの証だ。

 

 白いキャンバスに、最初の色を塗りたくるための。または、そこにある色を(ぼか)すための筆。

 

 

「私の愛用の刷毛だ。御守り代わりにやろう」

「え?い、いいの?お母さんの絵筆なら、結構いいものなんじゃ…」

「代えはある。金もある」

 

 さっぱりしてるなあ。

 

 でも、お母さんらしいや。

 

「ティティの側には居てやれん。私の代わりは、絵筆しかない」

「…お母さん」

 

 ズキリ、と。何故か胸が痛む。

 

「ありがとう。大事にするから」

「何かの身代わりにでもなってくれれば嬉しいのだが」

「もう!そんなことしたら壊れちゃうじゃん!」

 

「はは…前回は渡す機会も無かったからね。随分と心配していたみたいだよ?」

「貴様もだ、クレメント。貴様はまた私に相談もなく…」

「あっ。やばい。逃げられない。助けてティティ」

「むーり。まずは自分で実践してよね、アドバイス」

 

 お父さんだって、そんな風にボロボロになって…お互いさま、だよ!

 

「ああ、こりゃ手厳しい…うわあ!」

「おい。聞いているのか」

 

 

 何日かぶりに家族での会話に気を休めていると…時間は飛ぶように過ぎていく。

 

 そして、遂に。

 

 

「「お待たせしましたーっ!」」

 

 

 この戦いの鍵を持って、双子が王城の扉を開けた。

 

 

 

 

「じゃあ…行ってくるね。お父さん、お母さん」

「ああ」

「うん。必ず帰ってくるようにね。オムレツの材料、揃えておくから」

「あっ!それは絶対に食べなくちゃ…!」

 

 

 大好物のオムレツ…!こうしちゃいられない。

 

 さっさと雷神をしばき倒して、帰ってこないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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《目的メモ》

 

『決戦の雷』

 

ファルギオルとの再戦。

双子が持つ《虹のパレット》があれば、

きっと次こそ勝てる。

私はもっと強くなるんだ。

こんな所で止まってられない!

【ティトラ】

 

□・『ブライズヴェスト』でファルギオルを倒す

↑気負い過ぎないようにね。一歩引いて見るくらいがベストだよ 【パパより】

↑パパなんてもう呼ばないから。呼ばないから! 【ティトラ】

↑いつまでそう呼ばせる気だ 【エレン】

 

 

 

 

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 翌日。ブライズヴェスト、焦雷風穴。

 

 数日前、雷神と戦い、敗れ、パールを失った…因縁の場所。あの日と同じように、雨が降っている。

 

 今回、エドは連れてこれなかった。彼は来たがっていたけれど、やはりあれだけ痛めつけられた分の負担が身体に残っていること、そして自前の盾も槍も、鎧も壊れてしまっていることから、足手まといにしかならないと自分から辞退したのだ。

 

 

———俺は、ここで親父と、ティティんとこのお父さんを看てるからさ。

———エド…。

———だから、頑張って来いよ!…絶対負けるなよ!

 

 

 …悔しかっただろうな。再戦の機会すらないなんて。

 

 泣きそうなエドの顔なんて、見たくはなかったよ。

 

 

 

 遠くには、大きなクレーターが見える。…あの、パールが消えた時の一撃で出来た傷だ。見ればはっきりと分かる。

 

 もしかしたら、パールはまだ生きているかもしれない。その亡骸を見たわけでもないし、あの子のことなら何が起きてもおかしくない。

 

 …いや、夢を見過ぎかな。

 

 

 それに、どちらにしても———。

 

 

 

「また、貴様らか」

 

 

 私の友達を、みんな傷つけた。

 

 ———こいつは、許してはおけない。

 

 

「そうだよ。今度こそ、お前をとっちめてやるんだから!」

 

「ふん。何度来ても変わらぬ。消し炭にしてくれるわ」

 

「そんなことない。この間とは違う!ソフィーさんも居る…ネージュちゃんだってついてる。いまのわたしたちは、みんなが一緒だから!」

 

「いくよ、リディー。あたしたちのとっておき!」

「うん、スーちゃん!」

 

 

 

 ポーチからリディーが《虹のパレット》を取り出し、《夢の絵筆》で掬い取った絵の具をサッと宙に振るう。

 

 

「何っ…まさか、ネージュの…!」

 

 

 飛び散るのは、二色の絵の具。

 

 輝き、広がり、世界が塗り替わる———。

 

 

 

「おお…こりゃすげぇ…!」

「すごい…すごいよ2人とも!」

 

 

 

———『凍てし時の宮殿』。

 

 

 情報が流れ込んでくる。

 

 感覚が、感性が、研ぎ澄まされていく。

 

 これは、まるで…。

 

 

「《不思議な絵》の、世界…」

 

 

 

 間違いなく、ここは現実の世界だ。

 

 けれど、今だけは…ここは《不思議な絵》の中。

 

 

「小賢しい…!小賢しいぞ…人間んんんんッ!」

 

 

 ファルギオルを縛り付ける、凍てついた世界の中になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ドクン…。

 

「あ…ぅ…?」

 

 




 今更ではありますが、感想・評価は大歓迎です。規約に違反しない範囲でなら批判的な内容でも歓迎です。一人で書いていると、どうしてもフィードバックが少ないのが悩みどころなので…。
 尤も、私の能力でそれを活かし切れるかは分かりませんし、返信も確実ではありませんが、どうかそこは寛大にご容赦頂きたいです。

 この点で、ハーメルンは文章特徴量での分析ができる所が素晴らしいですね。上位作品との指標値比較まで出来るのは本当に嬉しい。

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