ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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Filling(塗りつぶし)


 

「どうだ、ファルギオル!」

「わたしたちの、とっておき…効いてるみたい!」

 

 

 

 身体が…熱い。

 

 息が荒くなる。動悸がする。

 

 心臓が…痛い。胸を抑えても、抑えても…収まらない。

 

 

 

「今なら行ける!ついて来いお前ら!」

「うん!前は任せたからね、マティアス!」

 

 

 何かが…何かが、溢れる…。

 

 私の、中、から…!

 

 

 

———それが「力」よ。

 

 

 誰…貴方は何…!

 

 

———貴方の望んだ「力」。

 

———貴方が貴方を認めるための「力」。

 

———誰とも比較され得ない、世界に唯一の「力」。

 

 

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———広がっていたのは、二値化されたモノクロの風景。

 

———空は灰色に澄み渡っている。雲一つない晴天だ。

 

———目を閉じれば、黒々と伸びゆく草の香りが鼻をくすぐる。

 

———荒ぶる魔神を鎮める、森の聖櫃。

 

 

 

 

 

 

 

 

———貴方の望みを、私は知りたい。

 

 

———だから、代わりに。

 

———その力を頂戴?

 

 

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———さあ、思い出した?新しい(コア)

 

———『黒の色彩』(名もなき絵画)は、貴方のものよ。

 

 

 

 

 

 

 そうだ。ああ、思い出した。

 

 これは私の…力だった。

 

 

 

 

 

「え…ティティ…さん?」

「なんだ…!?下がれリディー!ルーシャ!」

「な…なんですか!?あれは…!」

 

 

 ドプリ、ドプリと影から溢れ出す《黒の絵の具》。塗り替えられた世界を()()()()()、全ては灰色に変わる。

 

 

 凍りついた床も、荘厳な柱も、美麗なシャンデリアも、黒く色づいていく。ああ、綺麗だなあ。こんな色だったんだ。

 

 青くて、白くて。煌めいて。こんな世界を旅してきたんだ…着いて行ったら良かったかな。

 

 

 でも、そうしたらこの力は得られなかった。

 

 

 世界に広がるかという勢いで私の足元から溢れ出した《黒の絵の具》は、実際のところ、リディーとスーが作り出した『凍てし時の宮殿』を半分ほど染め上げた辺りで勢いを止めた。

 

 

 

「…何の真似だ?小娘」

 

「ファルギオル…お前を倒すための布石よ」

 

 

 今、私たちを覆う空間の…半分。

 

 その黒く染め上がった半分は、あの黒い絵———『黒の色彩』の中の世界だ。

 

 

 あの時…『黒の色彩』の中で、落書きのような物体に吸い込まれた後、私は”叶えるもの”を名乗る何者かと取引をした。

 

 “叶えるもの”がもつ力を得るために、私が対価として差し出したものは”色”…つまり、”色覚”だ。

 

 素材のもつ願いを曲げる私の体質を利用し…私はあの黒い世界に色を与えた。…与えた、というよりは、”やっていいよ”と許可したら絵の方が勝手にやってくれたという方が正しいけれど。

 

 昨日、アトリエで目を覚ましてからずっと目が霞んでいるような気分だったのは、これが理由だ。霞んでいる———より正確に言うならば、色がわからない。

 

 

 私は、画家としての命とも言えるものを対価に差し出して…この力を手に入れた。

 

 

(その代償は、副次的なもの。いずれは解決できる可能性はあるわ)

 

 

 取引をして以降、外の世界でも時折響くこの優しげな声———”叶えるもの”が言う言葉によれば、そうらしい。

 

 

(『黒の色彩』が、本来の色を取り戻せば。または、貴方がその力を手放すのなら。貴方は私たちに色を与え続ける必要は無くなる。…いいえ、本当なら与え続ける必要なんて無いわ。貴方はただ、私たちの核になってくれれば良かったのに)

 

 それじゃあ不公平でしょう?

 

(あの世界が私のものになると言うなら、私はその面倒を見るわよ。それが責任ってものだと思うから。…それに、結局あの灰色の状態じゃ外には出られなかった。どの道、手段はあれしかなかったのよ)

 

 

 私が色を与え続ける限り、『黒の色彩』は《不思議な絵》としての機能を取り戻す。その機能の中には、「世界への出入り」も含まれる。

 

 私はあの世界を、色覚という、私の一部をあてがって復旧することで脱出したのだ。

 

 

 その復旧方法が原因か、未だ私にしかその本来の色は見えないけれど…リディーとスーがそうしたように、私も現実を塗り替えることができる。

 

 

 だから、この世界なら———。

 

 

()()()()()()()()———《威圧する火龍の像(ドラゴネア)》!」

 

———グルゥオオオオオッ!

 

 

 この力も、使える!

 

 

 

「火を吹け、ドラゴネア!」

「グルゥ———」

 

 

 

 

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 見知った少女…一度は弟子に取ることすら考えた少女の、その姿。

 

 その影から、黒い液状の何かがどろどろと溢れだしている。おぞましい、何かが。

 

 床を、壁を、はたまた空間そのものまでを介し、世界を侵食するように灰色の世界を広げた黒い泥は…害あるものとしか思えない。

 

 

「火を吹け、ドラゴネア!」

 

 

 危うげな少女だと、思っていた。

 

 才能の枯渇、劣等感、焦り、徐々に短絡化する思考———そして、一線を超える。

 

 過去の自分と重なる彼女は、もしかしたらその後を追うように…同じ道筋を辿るのではないだろうか、と。そう危惧していたというのに。

 

 やはり、そうなってしまうのか。

 

 彼女は———何を捧げてしまったのだろうか。

 

 

「…気づいていて、止められないとはね」

 

 

 その機会はあった。僕がティティを弟子に取りたいと願った、あの時———僕があと一握りの勇気を持てていたなら。過去に縛られずにいられたなら…僕は、あの子を導けたかもしれない。

 

 きっと。あの時のアイツも、僕を見てこんな気持ちになっていたんだろう。どこかで止められなかったのか、と。

 

 

 …いいや。僕とアイツはもっと付き合いが長かったから、もっと酷い気分だったかもしれないな。

 

 

「あれって…何なんですか、アルトさん…」

 

 さっきの満ち満ちた自信はどこへやら、リディーがしおらしく僕に聞いてくる。

 そうか、双子にとっては十分親交のある人物だったな。ティティは。

 

「僕の知る限り、あんな魔法や道具は見たことがない」

「大丈夫なんですか?あれ」

「さあね。ただ、こうして見る限り…制御はできているようにも見える」

 

 

 実際はどうなのか。精神に影響は無いのか。それは分からないけどね。

 

 まあ、だいたいそんなものだろう。都合のいい力というものは、最初は甘い顔をして近づいてきて、そのうちズブズブと沼にはまって抜け出せなくなる。

 

 そうして最後には目的も忘れて…いつしか、その力を振るうことが目的に成り代わってしまう。

 

 

「この場は利用するしかないが…さて。どうしたものか…」

 

 

 僕自身、克服できたとは言い難い過去だ。そもそも、本当にあの力が悪いものなのかも分からない。

 

 …こんな時、アイツらが姿を現したのは…偶然にしては出来過ぎだね、本当に。

 

 

 

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 火を吹かせてから気がついたんだけど。

 

 

「ぎゃああああっ!あっつい!あついあつーい!なになになに!?」

「あっづううう!?はあ!?何が起きてんの!?」

 

 

 先に突っ走ってった2人が前に居たんだっけ…。

 

 

「だっ…大丈夫!?ごめん忘れてた!」

 

 

 慌ててスーとマティアスの元へ駆け寄る。ファルギオルの相手は、一旦ドラゴネアに任せる。体の大きさで言ったらファルギオル以上、耐久性も抜群。”とりあえず”で前に出せる、やはり安心安定の壁役だ。

 

 

「これ食べて。即効性だから」

「何こ…わあーっ!《プニゼリー》*1だ!」

「錬金術の道具*2か、貰うぜ」

 

 両手で一つずつ差し出したゼリー入りの陶器(カップ)のうち、ひとつをマティアスが取って一口にちゅるんと飲み下した。

 

「あーっ!躊躇いなく飲んだ!プニをーっ!」

「うるせー、食べなきゃ意味ないだろ…うお、すっげえ美味いなこれ」

「どれどれ…はむっ」

 

 続いてスーが、やや恐る恐るゼリーを口に運ぶ。

 

 このゼリー、味はいいんだけどどうしても食べづらいというか…見た目が可愛すぎるんだよね…。

 たい焼きを食べるのがツラい人なんかにはオススメできない一品だったりする。

 

「あっまーい!しかも冷たい!スーってする!」

「スーだけにってか?」

「「うわっ…」」

「…ごめんなさい」

 

 …寒い発言は置いておくとして。

 

 ゼリーの調合にはミントを加えた。甘みたっぷり、かつ戦闘中でもスッキリ食べられる、一口サイズの回復薬なのだ。

 

「で…あれはティティのドラゴンだよな?確か、前にも見た…」

「『アンフェル大瀑布』ですね」

「あ、そっか!絵の中の世界を《虹のパレット》で再現した、か…ら…」

 

 スーが周囲の光景を見回して固まる。

 

 無理もない。意気揚々と世界を塗り替えて飛び出したら、いつの間にかその半分はこの世のものとは思えぬ黒の世界になっていたのだから。

 

 今の私には、その黒にこそ色がついて見えるのだけれど。

 

 スーの視線が私の背後の光景から私へと戻り…次いで、私の影へと落とされる。…未だ《黒の絵の具》を溢れさせ続ける、私の影へ。

 

「これ…ティティがやってるの?」

 

 その視線に宿った”色”は今でも分かる。

 

 不安…そして心配。

 

 仕方のないことだ。私だって、初めてこの黒い世界を見た時、吐きそうなほど気持ち悪いと思ったから。

 

 けれど、この黒の本質は違う。これは本来、恐れる必要のないもの。

 

 

「グルォオオオオオ———ッ!」

 

 

 色さえ与えれば、こうして再び奇跡を起こすことだってできる、《不思議な絵》の残滓なのだ。

 

「怖がらなくていいよ、スー」

 

 大丈夫。この力があれば。

 

「《黒の絵の具》があれば、ファルギオルにだって負けないんだから」

「『黒の、絵の具』…それって…」

 

「おい、そろそろ戦闘に戻るぞ!いくらファルギオルが弱くなっても、流石にあのドラゴン1匹じゃ倒せないだろ」

「あ、はい!…行こ、スー!」

「う…うん。わかった…」

 

 

(ねえ、ネージュ…『黒の絵の具』って、なんなの…?)

 

 

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 私の”塗りつぶし”とドラゴネアの登場によって戦場はやや混乱したが、現在の戦況は結果的に良好だ。

 

 

「それそれー!どんどん行くからね!」

「わたしも…それっ!」

「よくもパル…パールちゃんをいじめたな!全部お返ししちゃうんだから!」

 

 

「ぬ…ぐっ…!邪魔だ、トカゲめ!」

 

「グルゥ…!」

 

 

 ドラゴネアが攻撃を受け止め、その横から錬金術士組が爆弾を投げるなどしてダメージを稼ぐ。そのドラゴネア自身も、宙から炎を吐いてファルギオルの行動や視界を妨害する。

 

 しかし、炎によるダメージはあまり大きくないようだ。やはり大きな打撃を与えるには、氷または風の力を使った攻撃で弱点を突かなければならないのだろう。

 

 

 《虹のパレット》が空間を塗り替えた影響でファルギオルは相当に弱体化しているようだ。雷撃や剣撃の威力は明らかに落ちている。それでもドラゴネアの《竜のウロコ》を突き抜ける程度の攻撃力はあるようだけれど、まだしばらくはこの戦い方を続けられそうだ。動きも(にぶ)っているようで、フィリスさんの矢を切り落とすようなこともしてこない。

 

 また、攻撃力だけでなく、防御力まで落ちている。

 

 

「———猛れ!」

 

 

 アルトさんの、錬金剣。

 

 前回は、ファルギオルに命中してもその防御を貫けずに砕けてしまっていたが…今回は。

 

「チィ…!」

「効いている…やはり弱っているようだね」

 

 その刃は、浅くではあっても確実に、ファルギオルの体表を傷つけている。

 

 前回のような、絶望的な戦いではない。———勝てる!

 

 

「調子に…乗るなァ!」

「っ、降りて!ドラゴネア!」

 

———グルァァッ…!?

 

 逆袈裟に一閃。雷光に照らされた刃は灰色の世界に黄金の三日月を描きだし、ドラゴネアの左翼を大きく切り裂いて地へと落とした。

 

 危なかった。あの軌道、あと少し指示が遅れたら———首に当たっていたに違いない。

 

 しかし、これでドラゴネアは飛行手段を失った。地上から水平に炎を吐くと、さっきのように仲間もろとも焼いてしまいかねない…元々大したダメージも無い、諦めるしかないだろう。

 

「組みついて!格闘戦に持ち込むの!」

 

 しかし…恐らくもう長くは持たない。姿勢を安定させる4本の脚に加え、両腕を持ち、さらに左腕は剣となっているファルギオルは、地上での近距離戦闘に適した形態をしている。

 

 いちいち身体を後ろ足で持ち上げなければ前足の爪を使えないドラゴネアは、あまり格闘に向いているとは言えない。そもそもドラゴンは、同じ体格の相手と戦うことなど殆ど無いのだ。

 

「トカゲが!貴様のような(けだもの)など、(いにしえ)に数知れぬほど屠ったわ!」

 

 切り上げた剣を流れるように腰まで引き、ファルギオルは突きの体勢に移行する。狙う先は、足を振り上げたドラゴネアの、腹だ。《虹のパレット》によって速さは落ちていようとも、その動きに無駄は無い。

 

 ただ強大なだけじゃない。300年前の戦いの中で磨かれた技術。自らよりも強大なはずの竜や魔物すらも、雷光の下に斬り伏せ、灼いた。

 

 それが古より謳われる、雷神という神だった。

 

 

 

 

 だからって…むざむざとやらせるものか!

 

「《黒》よ!」

 

 

 何のために、わざわざこの場を黒く染め上げたのか。

 

 今お前がいる空間は、私の世界だ。

 

 

「オオオオオオオオ…」

 

「ぬっ…!」

 

 

 ドラゴネアの顎の真下ほど。黒く染まった床から噴水のように黒い泥が噴き出して宙に集まり、突き出された剣をズブリと音を立てて受け止める。

 

 そして…この泥は手や服に着くと取れなくなる———つまり特殊な粘性を持つ。

 

「奇ッ怪な…ぐ、取れん…!」

 

「その剣、手放せないよね…!」

 

 何せ、身体の一部なのだから。

 

 窮地、転じて好機。ドラゴネアが振り上げていた前足をそのまま下ろし、ファルギオルの左肩を押さえつけるようにして組みつく。

 

 剣を振って泥を落とそうとしていたファルギオルは…それを避けられなかった。

 

「ぐぅっ…小癪な…!」

 

 

 自分を上回る体格の竜にのしかかられ、ファルギオルは動きを封じられた。

 

 多分、これがドラゴネアが作れる最後の攻め時(チャンス)

 

「みんな!今だよ!」

「だったら俺が!」

 

 

 機を逃さずファルギオルに駆け寄ったマティアスが、剣を突き上げ、叫ぶ。

 

「限界を超えた力を———見せてやる!」

「マティアス…!?」

 

 騎士団の絶技か、それとも王族の血の神秘か。

 

 高く天を突いた剣身から、鮮烈、雷にも劣らぬ金色の光が巨剣を成す。

 

 

「これが、俺の!」

 

 

 威風は竜巻き、瞳は紅玉の輝き。全身と右腕の全ての筋と関節を限界まで使って捻られた剣は、逆手に持ったかの如き角度まで引き絞られ。

 

 

「全ッ力、だぁああああああーーーーッッ!!」

 

 

 虚無を越え、月すらも断ち割らんとする豪剣。

 

 爆発にも似た白紫の尾を曳いて振り抜かれた黄金光の刃は、上体を屈めた雷神の右肩を掠め———その片翼を断ち切った。

 

「ぐ、おおおおおおおッッッ!?!?」

 

「へ、へへ…どうだ、見たか…!」

 

 

 雷光の輝きを失った右翼が、ごとん、と重く硬い音を立てて床へと落ちる。その断面から血が出ることは無かった。根本的に、生物としての構造が違うのだろう。

 

 片膝を地に着けて肩で息をするマティアス。激痛か、両腕を滅多矢鱈と振り回して身悶えするファルギオル。

 

 

 この戦いは、間違いなく有利にすすんでいた。

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様…貴様貴様貴様…ッ」

 

 

 

 

———バリッ…バリバリッ…。

 

 ファルギオルの全身に、わずかな紫電が走る。

 

 

 《虹のパレット》による抑圧を押し退けて…雷神が、その身に再び、紫電を纏ったのだ。

 

 思い出されるのは殺到する電撃に身を焼かれたエドが倒れ伏す姿。

 

 完全にあの状態を取り戻したファルギオルに近づけば…即座に、雷撃が飛んでくる…!

 

 

 

「まずいですよ!今、足元には…マティアスさんが!」

 

 マティアスは今、あの斬撃の反動で動けない。

 

 この瞬間にあの紫電が復活したら、絶対に彼は逃げられない!

 

 

「こん、の…!世話が焼けるんだから!」

「スーちゃん!?」

 

 

 まさに紫電がその本来の勢いを取り戻そうとする最中、スーがマティアスの元へ駆け寄り、肩を貸してその身体を立たせる。

 

「はっ…はっ…すまねえ、スー…」

「後先…!かん、がえて…よね…っ!はぁっ…重いなあ、もう…!」

 

 

 

(のが)さん…!」

 

 自身の左側面から逃げ去ろうとする2人に向けて、ファルギオルが右手を向ける———!

 

 

「———させない!」

「読めたわ、小娘」

 

 

 咄嗟に天井から泥を噴き出させて視界を潰そうとしたものの…翼から発せられた雷電に迎え撃たれ、焼き散らされてしまう。

 

 

 …少し、目眩がする。

 

(使いすぎよ。今の『黒の色彩』にエーテルは無いの)

(エーテル?)

(願いを叶えるためのエネルギー。それが無い今、全ては貴方の霊魂から賄われている。短い間にあまり使い過ぎると昏睡するわ)

 

 この力も、万能じゃないってことね…まずい。

 

 ドラゴネアも、振り解こうと剣を叩きつけてくるファルギオルを抑えておくので精一杯だ。それも、紫電が復活すれば今度こそ保たないだろう。

 

 

 ファルギオルの右手に徐々に光が灯る。紫色の雷球が発する光は初戦の時に見せたものより弱くはあるが、十分に脅威となる火力を秘めていることは見て取れた。

 

 

「動くな。そこな(わっぱ)。その男を置いて行くがいい」

「な、何言ってんの!そんなことするわけないでしょ!」

「動けば、貴様ごと焼き払う。我はその男を屠らねば気が済まぬ」

 

 

 徐々に紫電は勢いを増している。

 

 もうじき、接触に反応した雷撃が始まるだろう。今の距離では、スーとマティアスは両方とも巻き込まれる。マティアスに肩を貸したままでは、スーは雷撃を避けられない。

 

 

 

 しかし、この場には私や、スー、マティアスだけではない———他の仲間がいるんだ。

 

「そんなの許さないよ、ファルギオル」

「…動くか。強き女!」

 

 

 今まで様子を窺っていたソフィーさんがここで動いた。

 

 魔力の輝きを放つ杖の宝珠から何本かの緑色の光線が放たれ、ファルギオルの右手へ向かって吸い込まれるように飛ぶ。

 

 

「む…成る程」

 

 

 ファルギオルの右手に緑光の線が纏わりつくと、不自然にも…輝きを増していた雷球が急速に萎んで行った。

 

 

「『ダウンスフィア』!…ふふ。悪いけど、それ。巻き戻しちゃうね?」

「ネージュもそうだった。貴様のようなヤツの手は読めん」

「それ。錬金術士には褒め言葉だよ」

 

 自分たちを狙う脅威が無くなったのを見て、スーとマティアスは雷神の近くから離脱していった。

 

「厄介な奴め。…しかし、我は言ったぞ」

 

 

 そして、ついに。ファルギオルはその身に、紫金の鎧を再び纏い———電撃に怯んだドラゴネアを横倒しに転がして。

 

「次に(まみ)えた時…必ず滅ぼす、と!」

 

 

「グル、ォ…ォォ…!」

「ドラゴネア…っ!」

 

 地へと突き立てられた雷電の金色剣が、ドラゴネアの胴を、今度こそ貫いた———。

 

 

 

「…我の手番だ。控えよ、無象ども———ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 プニの形をした可愛らしさ満点のゼリー。錬金術で作る他に、市販の型を使って作るやり方もある。発祥はむしろ通常の料理の方であり、民間でも3時のおやつとして広く親しまれている。

*2
 ただのお菓子に見える品でも、錬金術で作られたものには”薬効”と呼べる効果があり、また特有の風味をもつようになる。その為、錬金術士のいる戦場ではしばしば戦場らしくないお茶会(ティータイム)が突発的に開かれる。

 爆弾と薬、そしてお菓子は錬金術士の華と言えよう。




1時間後に次話を更新します。
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