ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

33 / 60
1時間前に前話を更新しています。
お見逃しにご注意下さい。


運命を超えろ

 

 

 

 

「…我の手番だ。控えよ、無象ども———ッ!」

 

 

 …貫かれたドラゴネアが光となって縮んでいき、《威圧する火龍の像》の姿でファルギオルの足元に転がる。

 

 メタモルミックスで生物化した存在が破壊された時、元の道具がどうなるのか———今まで確かめられていなかったことだ。幸いにも、見る限りでは道具としての機能は失われていないようだった。

 

 何とか、回収したい、けど…!

 

 

「だ、ダメだよティトラちゃん!」

「…分かってます。今は、近づけない…っ」

 

 

「うおおおおおおッ———!!」

 

「リディーちゃん、後ろに!」

「は、はいっ!」

 

「———消えろ…ッ!」

 

 

 大きく振り抜かれた金色剣から雷の魔力が斬撃となって飛翔し、ソフィーさんの元へ向かう。

 

 

「ソフィー先生っ!」

「だい、じょう、ぶっ!」

 

 

 握った片手に、添えられた片手。横向きに構えられたソフィーさんの杖の前に輝く魔法陣が現れ、防壁(バリア)となって斬撃を受け止めた。

 

 

「まだだ…滅ぶがいい!」

 

 二度、三度、四度…絶え間なく雷神は剣を振りながら、一歩ずつソフィーさんの元へ近づく。十字を切って振われる刃から次々に雷撃が放たれ、その全てが杖の防壁に降り注ぐ。

 

「もう!しつこいよ…!?」

 

「ソフィー先生に近づかないでっ!」

 

 見かねたフィリスさんが矢を放つ。私とフィリスさんは今隣り合わせ。そして位置関係は、ちょうどソフィー先生の反対側となる場所…つまり背後からの攻撃になる。

 

 ソフィー先生を攻撃しながら対処できる状況では無い。残った左翼に直撃した錬金術製の矢が爆発を起こし、ファルギオルはよろめいた。

 

 

「チ…負け犬が」

「な、なにをーっ!」

「貴様は無象では無かった、それは認めよう…しかしだ」

 

 

 言葉の途中、ファルギオルは間をおかずに、今度はこちらへと雷の斬撃を飛ばしてきた。

 

「ティトラちゃん!?」

「盾になります!」

 

 少量なら、まだ《黒の絵の具》を出せる。足元から噴出させた泥に両手を突っ込んで操り、薄く広げて盾にする。

 

 斬撃を受け止めた泥の盾は、大きく波打って揺めきながら、何とか攻撃を耐えた。

 

「一度屈した相手に、貴様は何も策を講じたわけではあるまい」

「そんなことないもんっ!わたしだって毎日頑張ってるんだから!」

「”頑張った”…だと?」

 

 再びの斬撃。先よりも大きく、右肩まで振り被った一撃は、当然先よりも強烈な雷を纏って鋭く盾に突き刺さる。

 

 今度の一撃には、耐えられない…!

 

 揺らぐ泥は弾け飛び、電熱が手を焦がす。辛うじて泥に相殺された雷撃は炸裂し、その衝撃が私とフィリスさんを吹き飛ばした。

 

「「きゃああああっ!?」」

「その程度の覚悟で…この雷神に挑む、己の愚かさを知るがいい!」

 

 激痛———両手のひらの重い火傷と裂傷。耐え難い痛み。気が遠くなり———歯を食いしばって耐える。

 

 こんな所で気絶して良い訳、ない…!

 

 大きく吹き飛ばされ、床に転がる。そうだ、追撃が来る!

 

 もっと泥を———。

 

 

「し、しまった…!」

 

 吹き飛ばされ転がった先の床は、私には灰色に見えた。———私には。

 

 

 本来の色は、きっと凍てついた氷の色———ここは、『黒の色彩』じゃない…っ!

 

 

 

「己が未熟故に、往ね」

「くっ…」

 

 体格差ゆえの距離感の違い。

 

 ソフィー先生の方へと寄っていたファルギオルは私たちからは離れている———その温い感覚を裏切るかのように、ファルギオルは人馬(ケンタウロス)のような疾走で剣を引き絞りながら接近する。

 

 

 剣など———近づかれるだけで、稲妻に打たれるのなら———どうすればいいの!?

 

 

 

「あたしを忘れないでよね!」

 

 横合いからの発砲音。瞬間的な6連射。スーの放った弾丸は、またしても精密に、ファルギオルの頭部を打って怯ませる。

 

「ぬぅ…っ!またしても!…鬱陶しい無象どもめ!」

 

 トドメの一撃の阻止が度重なり、ファルギオルは苛立ちを露わにする。

 

 

「大丈夫ですか!?2人とも!」

 

 封を開けた《そよ風のアロマ》に火を焚いて、ルーシャが私たちの元へ駆け寄ってくる。

 

 見る見るうちにレモン色のアロマは減っていき…拡散した香りを吸えば、雷撃で焼け切れた手のひらが少しずつ、しかし目に見えて回復する。比較的軽傷だったフィリスさんの方も同様に回復しているようだ。

 

 《そよ風のアロマ》は香りによって錬金術の薬効を拡散させる。複数人を同時に治癒する、錬金術士のマストアイテムだ。

 

 私も作れれば良かったんだけど…残念ながら、私にはまだ作れない。

 

 

「ルーシャさん…助かりました」

「いいえ、礼は結構!この戦いは、みんなの戦いですからね!」

 

 

 みんなの戦い…。

 

 

 そうだ。そうだよね。ここにいるみんな、ファルギオルを倒す為だけじゃない…メルヴェイユを守る為に戦っているんだ。

 

 みんなで一丸になって助け合えば、負けるわけ、ない!

 

 

 

「おいこら!ファルギオル!むぞーだかむどーだか知らないけど!人のこと、バカにしたらダメなんだから!」

「童の理屈を!…ぐ、その豆玉をやめろッ!」

 

 続け様の射撃。ファルギオルが雷の神なら、スーは射撃の女神なんじゃないだろうか———走りながら引き金を引かれる二丁の拳銃から放たれた弾丸は、その全てが正確にファルギオルの頭部を撃ち抜く。

 

 ダメージはさほどでも無いだろうけど…あれは分かる、すごく鬱陶しい。

 

 雨の中、傘を刺さずに全力疾走すると顔に雨粒が当たって目を開けていられないし、邪魔でムカつく。それと同じようなものだろう。

 

 気に障る———気を引く。一瞬でファルギオルの注目を集めたスーが、持ち前の素早さで相手を振り回しながら駆け回る。

 

 

「そうだよ子供!わたしたち、子供で悪い!?…スーちゃん!アレやるから!」

「分かった!任せといて!…そっちこそ、勝手に出てきて勝手に暴れて!少しは人のこと、考えてよね!」

 

 

 隙と見たリディーが何やら準備を始める。取り出すのは、《アルケウス・アニマ》と《フラム》…例の、『バトルミックス』という技?

 

 いや、それにしてはアニマの量が多すぎる。手のひらより大きい《フラム》を、まるまる覆ってしまうほどの量のアニマが宙に浮かんでいる。

 

 

 もちろん、阻止しようとファルギオルはそちらに意識を向けようとするが…スーの射撃がそれを許さない。

 

 

「ぬぅ、ぐ、おおおっ!鬱陶しい!好きにはさせんぞ!」

「やっちゃうもんねー♪ほーら、捕まえてみなよ!おへそだって見せちゃうんだから!よゆーよゆー♪」

 

 背面撃ち、宙返り、側転、果ては何の意味があるのか分からないけど、おへそを見せて挑発までしている。

 

 あまりに身軽。スー、運動神経いいなとは思っていたけれど、まさかこんなに動けたとは。大道芸を見ている気分だ。

 

「馬鹿にする…!ぐ、視界が…」

 

「行けるよスーちゃん!」

「よーし、タイミング合わせて!」

 

 最後に宙返りを一つ。ピッタリとリディーの元へ降り立ったスーも合わせ、双子は宙へ浮かぶ銀色の《アルケウス・アニマ》の塊へ手を翳し、叫んだ。

 

「「せーの…『()()()()()ミックス』———!」」

「うおおおおおッ!!」

 

 僅かにアニマの内側から発される虹の煌めき。弾ける———その予感の直後、勢いよく飛び出した《フラム》よりも禍々しい模様の爆弾が、まさに襲い掛からんと飛び上がったファルギオルの胴へと直撃する。

 

 

「「———《コスモフラム》!」」

 

 

 

 たった一つの爆弾。そこから広がった爆発は、無数。広がる爆発はまさに小宇宙(コスモ)の星の如く瞬き、ファルギオルを四方から幾度となく打ちつける。

 

 口惜しい…!ここが『黒の色彩』の領域内だったら、あの光景の色を見れたのに!

 今の私には、『黒の色彩』が侵食した空間からでなければ、周りの色を認識できない。…それでも、今の爆発は大迫力で心を震わせる美しさがあった。

 

 

 

 翼、脚、腕、剣…ファルギオルの身体を覆う硬質な銀の甲殻が、その大爆発の連鎖の中で少しずつ砕けて飛び散っていく。

 

 『エクストラミックス』…『バトルミックス』の、さらに先。素材ではなく、すでに完成した道具をさらに強化する錬金術。

 

 この短期間ですら、この双子は成長していたんだ…!

 

 

 

 

 

 

 爆煙に包まれ、ファルギオルの姿が隠れる。

 

 周囲には甲殻の欠片が散り散りに転がり、大きなダメージを与えたことは間違いない。

 

「くふふ、どうよ!これでファルギオルだってイチコロ———」

 

 

 

 

 

 

「…舐めるな……ッ!」

 

「———えっ」

「危ないっ!」

 

———ドゴッ…。

 

 

 響く、鈍い音。

 

 ファルギオルは、煙の中から姿を現した。

 

 その振るった剣の先には、紫陽花(アジサイ)色の双子の片割れ———。

 

 

「っは…あぐ…っ!」

「きゃっ…リディーっ!?」

 

 

 爆発で剣が欠けていたのが不幸中の幸いだった。

 

 スーを庇い、ファルギオルの剣に背中から殴られたリディーの小さな身体は、スーともども勢いよく吹き飛んで氷の床に転がった。

 

「やってくれたな…童ども…!」

 

 

 その姿、数多に傷つき、尚も健在———油断だった。

 

 ファルギオルは、炎に強い———!

 

 

 

「うおおッ!」

 

 さらに剣を振りかぶり、金色の刃を飛ばそうとするファルギオル———そこに、青く輝く氷の錬金剣が襲いかかる。

 

「そこまでだ」

 

 白い髪の少年が立ち塞がる。———アルトさんだ。

 

「そこを、退けぇッ…!」

 

 弱点である氷の攻撃にも怯まず、気迫のままに剣を振り抜こうとするファルギオル。その視線は双子では無くアルトさんに向けられている。

 

「食らえっ!」

 

「ぐううううッ…!」

 

 しかし、更なる追撃。

 

 アルトさんと挟み撃ちとなる向きから飛んできた紫色の妖しい光弾は、片方のみ残されていたファルギオルの翼…右翼に直撃し、炸裂。翼をその根本から弾き飛ばした。

 

 

「き、貴様…」

「あたしだって言ったよ。”させない”って!」

 

 

「…ソフィー…」

 

 何か、含みのある視線でアルトさんはソフィーさんを見つめる。

 

 

 

「フィリスちゃん!あの子たちをお願い!」

「は、はい!先生!」

 

 地面に倒れてもがくリディーの元へフィリスが駆け寄り、何かの薬品を用いて治療を始める。

 

 

(チャンスじゃない?我が(コア)。アイツ、弱ってるわよ)

 

 

 叶えるものが、囁く。

 

 確かに…ファルギオルは明らかに苦しんでいる。

 

 耐性があるであろう炎の爆弾ですら、あれだけのダメージを与えた『エクストラミックス』…手元の《レヘルン》と《アルケウス・アニマ》を双子に渡し。もう一度あの一撃を、氷の魔力を乗せて食らわせれば…今度こそファルギオルを倒せるかもしれない。

 

 乗せるべき最後の一筆は、もう見えている。…けれど。

 

 

「リディー、大丈夫?」

「いっ、たい…ぐ、あぅっ…!」

「これ…骨が折れてる。頑張って、すぐに治るから…!」

「は、い…ぅあっ…」

 

 いま、リディーとスーは動けない。

 

 彼女たちが…もう一度、双子が立ち上がるまでの、僅かな時間を稼ぐ。それでこの戦いは、終わる…。

 

 

 ここが…正念場だ…!

 

 

 

「う、お、おおおおおおおおおッッッ…!!」

 

「きゃあっ…まだ何かあるんですか!?」

 

 いや、違う!

 

「もう後がないんだよ!…悪あがきだよ、こんなの!」

 

 

 動けるのは、ルーシャに、アルトさん、ソフィーさん、そして私。

 

 

 

 さらに、近くから声が上がった。

 

「そうだぜ…アイツ、弱ってる!」

「マティアスさん!もう動けますか?」

 

 もう一人…マティアスさんも動けるなら。

 

「ああ!…ティティ、何か考えがあるんじゃないか」

 

 …さすが、王族。目敏い。

 

「それなら、この爆弾と、アニマを。あの双子に届けて下さい。あの子たちが立った時…それが、私たちの勝利です!」

 

「よし、分かった。すぐ戻る!」

 

 

 マティアスさんに《レヘルン》と《アルケウス・アニマ》を渡し、自分は『黒の色彩』の領域(エリア)へと戻る。

 

(魔力や精神力を回復する手段は無いの?)

(…ある。《スウィーティー》*1が水筒に)

(使っておきなさい。多少は霊魂の回復も早まるから)

 

 

 …この世界であれば、私もまだ戦える。

 

 

 あと何秒か…あるいは何分か。この5人で稼ぐ。稼いでみせるんだ!

 

 

 

 

「驕るなッ…この我に…ファルギオルに勝つだとッ…」

 

「…勝ちますとも。ええ、私たちならば!」

「錬金術に不可能なんてない。ここまでだよ、ファルギオル!」

 

「そうさ…お前程度、錬金術士の敵じゃない」

 

 アルトさんの左手のひらに浮かぶ魔本…ファルギオルに向けて開かれたページはバラバラと何枚も捲られ、次第に纏う光が増していく。

 

「驕ったのはお前…そして、裁かれるのもお前だ」

 

 現れるは巨大な2本の錬金剣。凍てついた宮殿の中でなお冷たく、霜を纏って術者を囲う。

 

「———行けっ!」

 

「なに、をおおおおお———!!」

 

 

 驚嘆すべきは宙を舞う双剣の剣士(あるじ)なき剣舞か、それとも満身に傷を受けてなお全ての斬撃を捌く雷神の技巧か。

 

 巨剣と巨剣がぶつかり合い、その度に氷が砕け、黄金が散る。

 

 

———この雷神に、更なる攻撃を防ぐ余力は無い!

 

 

「食らいなさい!」

 

「ぐおおっ!?」

 

 

 すかさず放り込まれた爆弾———《シュタルレヘルン》*2。これまで攻撃せず潜伏しながら、相手の弱り目は逃さない。ルーシャらしいやり方だった。

 

 《レヘルン》を大いに上回る強烈な冷気がファルギオルの上半身を包み込み、伝導が発生。宙へと紫電が放出され、一時的に紫電の鎧が消滅する。

 

「私だって、アトリエを抱える錬金術士…!嘗めると痛い思いしますからね!」

「そこだ———切り刻め!」

 

「があっ…!?何故だ…我が、我が…!」

 

 

 その隙を見逃すことも無い。

 

 アルトさんの一対の巨剣が砕け散りながら、その身を犠牲にファルギオルの胸部を交差して切り裂いた。

 

 3本の斬線、堕ちた両翼…もはや、ファルギオルに当初の威容の面影は無い。

 

 

「あの、双子さえ…」

 

 

 ついに追い詰められたファルギオルは、最後の大勝負に打って出た———欠けてひび割れ、今にも折れそうなその剣が、最大の雷光を纏う。

 

 

「あれは…!」

 

 三度(みたび)フラッシュバックする記憶。忘れるものか、あの雷光…あの大雷火。

 

 古の都市を焼き尽くし———かつての『黒の色彩』を塗り潰し———そしてパールを消し去った、あの雷神の一閃。その前兆…!

 

 

「あれさえ屠れば…貴様らなどに…!」

 

「そんなの撃たせないから!」

 

 

 ソフィー先生の妨害。

 

 青、赤、黄、緑の巨大な光球が虹のような軌跡を描いて飛翔し、ファルギオルに命中、炸裂。

 

 

「———…」

 

 しかし———止まらない。

 

「嘘でしょ!?」

 

「屈するか…屈するものか…!」

 

 

 雷鳴は轟く。

 

 

「我は…雷神!雷を呼び、地を裁く、魔神!」

 

 

 雷鳴は、未だ轟く。

 

 

「この雷火を以って———全てを灼く。それこそが、我が望み…!我が存在!」

 

 

 雷鳴は、尚も轟き続ける。

 

 その存在を世界に誇示する。我ぞここにあり、万物よ首を垂れろ。

 

 我こそは()を灼く稲妻なり、と。

 

 

 

「天象が…天雷が———」

 

 

「滅ぶかあああああああ————ッ!!!」

 

 

 

 

 

 ついに解き放たれた暴威。

 

 迫り来る魔神の雷火の前に———私は、立ち塞がる。

 

 

 あの時と同じように双子を庇って———。

 

 

———あの時とは違う、力を携えて。

 

 

 

(叶えるもの。どれくらい行ける?)

 

(無理よ。貴方が昏睡するほど無理をしても、無理なものは無理)

 

(分かった)

 

(…まったく、無茶な乙女を(コア)にしちゃったわね)

 

 

 

「湧き出せ、《黒》よ!」

 

 

 床から、天井から、そして私の影から。濁流の如く湧き出した《黒の絵の具》が、渦を巻いて盾となり、雷火を受け止めるべく待ち構え———衝突した。

 

 

「あ、ぅ…だめ…っ」

 

 ふらつく。

 

 目眩、そして強烈な眠気。これが、霊魂の消耗が引き起こす症状…。

 

 倒れまいと、眠るまいと、必死に唇を噛み、今にも泥を食い破りそうな金色の波を睨みつける———それでも。

 

 

———だめ…だめ……。

 

 

 頭がぼんやりする…名前を呼ぶ誰かの声が、遠くて…視界が、ゆっくりと暗くなって…。

 

 

 少しずつ、意識が遠くなる…。

 

 

 

 

「———ごめんねっ!」

「ひゃあっ!?」

 

 

 突然、頭から何かの液体をどばっと被せられて、(にわか)に目が覚める。

 

 

「《ラアウェの秘薬》*3だよ!…頑張って、ティティちゃん!」

「ソフィーさん…はい。…絶対に…!」

 

 

 癒えた分の、全ての力を込めて———《黒の絵の具》を!

 

 

 

 

「馬鹿な…馬鹿な、あり得ん…我が雷火を…」

「はは…!」

 

 全てを踏み潰してきた力の権化、魔神ファルギオル———こいつが()()()()()を味わったことなんて、無かっただろうね!

 

「苦しい!?ねえ、苦しいでしょう、雷神!」

 

「やめろ…何故抗う…!何故!」

 

「これが才無き私の…凡人の足掻きだ!」

 

 徐々に、黒い泥のかたまりが、大雷火を飲み込み、押し戻していく。

 

 このまま、押し切る———!

 

「魂を賭けて、手に入れた力!お前が無象と見下した者の力で———お前は滅ぶんだ!」

 

 

———抵抗が、消える。

 

 

 

 雷火の全てを飲み込んだ泥が、噴き出す勢いをそのままにファルギオルの全身へと殺到し、纏わりつき、その動きを封じる。

 

 

「ぐ…泥が…泥がぁ!」

 

 

 

「さあ…やっちゃってよ!リディー!スー!」

 

「うん!もう一度…!」

「いくよ!リディー!」

 

 

 私の背後———ついにその傷を癒したリディーが、スーと共に私を越えて前へ出る。

 

 手には私の《レヘルン》と、ありったけの《アルケウス・アニマ》。

 

 

「これが私たちのっ!」「錬金奥義!」

 

 

 それは次第に宙へと浮いて、蠢き。

 

 

「「『エクストラミックス』…」」

 

 

 やがて、虹色の煌めきを孕んで———。

 

 

「「《クリスタルレヘルン》!!」」

 

 

———氷山のような、氷の爆弾を射出した。

 

 

 

「馬鹿な…!この我が…こんな、無象どもに…童なんぞに…!」

 

 

 着弾。

 

 

「復讐も果たせず…人間も滅ぼせずに———!」

 

 

 絶対零度の冷気の霜はファルギオルの全身を覆い———パキ、パキ、と。

 

 その足元から、氷に覆われていく———。

 

 

「——母よ———パルミラ———我は———我は———」

 

 

 脚、腰、腹、胸———少しずつ、少しずつ凍りつきながら、ファルギオルは天へ身を捧ぐように両腕を伸ばし———。

 

 

「——なに———ゆ、え—————」

 

 

 ついにはその全身を氷塊の中へと封じられ———。

 

 

「——————」

 

 

———ガシャン、と。

 

 硝子(ガラス)が砕けるような、意外なほどに儚い音と共に。

 

 その全身を砕け散らせ。

 

 

 

 

———ドスッ…。

 

 

 床へ突き刺さった、折れた剣身だけを残して…雷神の身体は、自らが灼いてきた者共と同じように、跡形もなく消え。

 

 

 

 

 ファルギオルは———300年の時を超え、現れた古の魔神は———。

 

 

———その命を、終えた。

 

 

 

 

 

 

 

*1
砂糖をたっぷり使ったお茶。錬金術製で、長時間、アツアツの温度を保つ。飲むと精神鎮静、および集中力を回復する効果があり、熱くして飲むと効果も高まる。飲み過ぎるともちろん太る。

*2
《レヘルン》の上位互換となる冷気爆弾。調合は難しく、2流の錬金術士では調合中に釜を爆発させて自分の部屋を氷漬けにするのが関の山。

*3
非常に貴重とされる材料と特別な工程を経て調合される秘薬。傷はたちどころに癒え、病は治り、心や精神、果ては魂すらも癒すという。ただし、使われる側にも一定の()()が求められ、未熟な者がこれを服用すると酩酊状態となる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。