ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
あの勉強会から1週間。
調合の合間、気分転換のために海岸を散歩していた。
結局、私はあれ以後も《クラフト》の調合に成功していない。
根を詰めてはいけない——分かってはいるけど、それでも焦らずにはいられない。
そりゃ、私はまだまだ若い。時間はたっぷりとある。
しかし、今この時なんだ。
アトリエランク制度が施行され、錬金術が活気付いているこの時こそ、錬金術士として大きく成長するチャンス。この波に乗れなければ、大きく出遅れる。
…あの双子にも、もうずっと置いてかれたままなのに。
「あれ?ティティじゃん。お散歩中?」
「え?あ、ああ。スーちゃん…うん。気分を変えようとね。リディーちゃんは一緒じゃないの?」
「家で読書中。あたしは本読むのダメだからさーんぽっ」
「あははっ…スーちゃんは変わらないね?」
私の言葉に、少しむっとした顔になる。
「なにをー!これでも結構、成長してるんだからね!あたしたち!」
「そうなの?」
「もちろん!イル師匠の弟子であるあたしたちに、停滞の2文字は許されないのだー!」
「…そっか。いい師匠なんだね、その…イルさん?ってヒト」
「うん!世界一!なんたって、最初からアトリエランクCなんだから!」
「初めからランクC…!?すごいね!」
うちはランクEだっけ。あんまり身を入れて商売してないから、これ以上は上がんないだろうなぁ。
「あたしたちはまだランクFまであと少しってくらいだし…もっと頑張らないとなあ。国一番を師匠に越されちゃうよ」
…!
「そ、そうなの?ロジェさんはまだあの調子なんでしょ?ほとんど2人だけで…」
「その通り…。お父さんさえ本気を出してくれれば、もう1つくらいはランクも上がるはずなのに」
ダメだ。
ダメだ…ダメだ。
こんなんじゃ、ダメだ!
「スーちゃん、ごめん!なんか、アイデア浮かんできたから忘れないうちに帰るね!じゃ!」
「あ、うん!上手くいくといいね!」
嘘だ。どうすれば調合を成功させられるかなんて、まったく分からない。
————双子がわたしよりずっと、錬金術士として上達してるのは分かってた。
けど、このままじゃ…追いかけることもできないくらい離される…
もっと…そうだ、もっと頑張らないと!
それから、私はひと月以上かけた調合の特訓を始めた。
平日はひたすら調合を繰り返して、週末には素材を集めに行く。寝る間も惜しんで本を読み込み、また調合を繰り返す。
それでも私の錬金術はちっとも進まなかった。
閃きが足りない。才能が足りない。努力はもっと足りてない。私に素質がないなら…それは、努力で補わないといけないから。
対照的に、その間に双子はどんどん進んでいった。
見る間に沢山のレシピを作って、どんどん道具も精巧になって、もう…今の私じゃ…ううん、まだ。
まだ、私だって…!
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最近、ティティの様子がおかしい気がする。
「ねぇリディー。昨日の買い出しのときティティのこと見た?」
「え?ううん。わたしは見なかったけど…スーちゃんも?」
「うん…このところ、全然会わないな…って思って」
ティティはお父さんに似てしっかり者。
週始めと週終わりの市場はお買い得なものが沢山あるから、必ず来ていた。さすがに毎回鉢合わせたりはしないけど…やっぱり、こんなに会わないなんておかしいよ!
やっぱり、錬金術のことかな。
ずっと悩んでたみたいだったし、変なこと考えなきゃいいけど…。
「よし!ティティん家に行こう!元気にしてるか見に行く!」
「うーん…」
「あれ?リディー、なんか乗り気じゃないの?」
「あ、違うの。何というか…ううん、何でもない!」
「…わかってるよ、リディー。多分あたしも同じこと考えてる」
「やっぱりそう、かな」
こないだ絵を教えてくれた時のティティの目はすっごいキラキラしてた。その時だけじゃなくて、今までも…ティティは自分のお父さんとお母さんに憧れてるって楽しそうによく話してくれた。
けど、勉強会の時の調合は、なんだか苦しそうで…必死だった。
そりゃ、あたしたちも必死で錬金術頑張ってるけど、それとは別の必死さっていうか。
きっとティティは焦ってるんだ。
だから無理するなって言っても聞いてくれない。
「でもスーちゃん。そしたらわたしたちが行って、その後どうするの?邪魔しちゃうだけじゃない?」
いや、それは違うよリディー。だって…
「リディー、お母さんとの約束その5、だよ!」
「あ…『悩むよりも前に行動すべし!』。そうだよね!ごめん、わたし考えすぎてた。行こう、スーちゃん!」
「よーし、待ってなよティティ!こっちには秘密兵器だってあるのだ!」
「え?なにそれ?」
ふっふっふ。このいたずら魔王が策もなしに突撃すると思ったか!
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「なんで…なんで。なんでよ…!どうして…?」
もうダメだよ…なにも手応えがないよ…。
考える限りの工夫は試した。ひたすら練習して、もう本なんて読まなくてもレシピは全部覚えた。
そして、まったく進歩がない。
「うぅ…もう一度…もう一度だけ…」
あ、もうインゴットがないや。
石、石…あ、もうない。燃料もないや。
拾ってこなきゃ…失敗しすぎたなあ。
…一度落ち着こう。
すぅー…はぁー…。
「おかーさーん。採取に行ってくるねー」
「どこまで行くんだ?森か?」
「うん。『おそば森』」
「そうか。1人では…」
「分かってるって。あいつも連れてくから」
「よし」
適当に薄手のコートを羽織ってリュックを背負う。
父さんが作ってくれたこのコートはすべすべしているから、すぐに脱げるしちょっとした刃物くらいは
目的地はすぐお隣、リュンヌ通りの古本屋。
さてと…何してるかなあいつは。どうせまた暇してるんだろうけど。
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「おーい、エドー?エドワールいるー?ひまー?」
「はいはい。いらっしゃい、いらっしゃい。暇じゃないけど暇だよ」
エドワール・オードラン。
同い年の15歳、古本屋の息子。騎士志望でもないのに筋トレが趣味の変わり者。
おしゃべりが好きな付き合いのいいやつで、よくよく採取に付き合ってもらってる。まあ、気の合う友人かな。
「店番?」
「そ。古本屋なんてそうそうくる人いないから、話しの相手も居やしないのさ…で、採取に行くんだろ?」
「うん。いいかな?」
「おうよ、ちょい待ってな…オヤジー!ティトラが採取に行くから付いてきたいんだけどー!」
すると、店の奥から太い声が響いてくる。
————おーう。いったれいったれー。
「ありがとうございますー!」
————いーぜー、どうせ客なんて嬢ちゃんくらいのもんだしなー。
それでやってけるのかなぁ…まあいいや。貧乏ってわけでもないみたいだし。
「これと、これと…あとこれかな。よし、いいよティトラ。そば森だよな?」
「そそ。あ、魔物もなるだけ倒してくつもりだからよろしく」
「おう!」
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————一方、ティティが街を出た頃…。
「こんにちはー!」「おじゃまします」
「おや、君たちはロジェのとこの。いらっしゃい。あー、もしかしてティティに用事かい?」
「はい。最近元気ないなーって思って!」
「それで、様子を見にきたんですけど…2階ですか?」
「いやーちょっと間が悪かったね。ちょうどさっき、森まで採取に出かけたところなんだよ」
「えぇ!?そんなぁ…」
「予定も聞かないで来たもんね…スーちゃん、どうしよっか」
「決まってるでしょ!あたしたちも追いかけるの!」
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エドを連れて歩くこと数時間、もう足繁く通って慣れきった場所に到着。
通称、『おそば森』。多分ちゃんとした名前もあるんだろうけど、みんなそう呼ぶもんだから私は知らない。
出てくる魔物はちょっとしたケモノに赤青緑のプニ、それとお花の子。どれも逃げるのは楽だけど、お花はちょっと倒すのに苦労するかな。
日差しもあるし、風通しもいい。そんなに深くもないから、やんちゃな子供の遊び場になったりもする。もちろん、魔物は危ないし、見かけたら家に帰すけど。
私たちも子供ではあるけど、まあそこは、自衛手段もあるし例外ってことで。
「さて、とにかく手当たり次第に採取採取っと…」
「今日の目当てはなんなんだ?」
「石類と燃料類かな〜…沢山あっても困らないから目についたものは何でも採るけど、荷物あふれたらそれ優先でお願い」
「りょーかーい…お、早速プニだ。そうだ、ちょっと実験してみよう」
「プニィ!?*1」
あーまた始まった。エドの癖。
彼、本読むの大好きなんだよね。で、得た知識を実践したり、疑問を実地で確かめるのも好き。今回の犠牲者はプニか…ご愁傷様。
「うーん?斬ったら斬れるけど、石は取り込んで溶かす…水も油も混ざる…プニの体ってどうなってるんだ?」
「プニー!プニ、プニー!」
「あ、こら!暴れると変なとこ切れるぞ!」
「プニ…ッ⁉︎」
お、いい感じの《うに》みーつけた!
あ、この木…よし、《植物油》が採れそう!
この浜辺、よく《アブラ木の実》とかが落ちてて助かるんだよね。
「あっと、リュックがもう一杯じゃん。今日はこんな所かな」
「もう帰るのか?こっちのリュックも一杯だもんな」
エドにはほんと助かってる。私よりずっと力持ちだし、おかげで沢山持って帰れるもん。
「いつもありがとね、エド」
「ああ、気にすんなって。こっちもこうやって外に出る口実ができて助かってるしな…ただ」
「うん?」
「いや…ティトラ、最近やけに焦ってるというか。無理すんなよ?」
あー、エドにまで言われてしまった。我ながら重症だなあ、こりゃ。
「あはは…気をつける、つもり」
「つもりってお前…はぁ。分かったよ、採取行く時はこれからも声かけろよ。今のティトラを一人で動かすのは危なっかしくて見てらんないから」
「うん。ありがとね、エド」
「んじゃ、帰るとすっか———ティトラァッ!」
ドッ———と、鈍い音。
それが突き飛ばされた音だと理解する前に、視界に飛び込んで来た光景が私の思考を奪う。
前触れなく巻き起こる紫電の渦。
肉が焼かれる焦げた匂いと空気の爆ぜる匂いが鼻を擽り、痛みか、或いは電流を流された筋繊維の反射か、見知った少年の体がビクビクと魚のごとく跳ねる。
一角の兎が———倒れ伏す彼を———嘲るように見て———!
「エド…?」
「ティ…ト……に、げろ…」
「いや…いや、なんで…なにが…」
"落ち着け"。"冷静に考えろ"。
ただその言葉が頭を空回りして、思考が進まない。
———そうだ、回復を…《
あ、ああ!前回の探索で使っちゃって…ロクな効果じゃないのしか…
「私、わたし…ぁ…っ!?」
ゾッと、背筋が引きつる。
倒れ伏した
「ひっ…来るな…こないで…来ないでよぉっ!」
幸か不幸か、培った錬金術士としての時間が、私に武器の存在を思い出させる。
なんでもいい、爆弾を…投げる、投げないと…早く。
早く!
そう、振りかぶって…!
「このぉッ!」
————結果から言うならば、これは明らかに悪手だった。
投げた爆弾は《フラム》。私が問題なく作れる数少ない種類の爆弾の中では威力も高く、そして特に弾かれることもなく兎をあっさりと魔力の炎に包み込んだ。
しかし、毛の一房を焦がすこともなく…むしろ兎は、獲物をいたぶる目で、私を睨めつけた。
かつて。
古く、「賢き者の使い」と呼ばれた化け物は、並の錬金術士では太刀打ちできない魔法の兎だ。
その毛は魔力に優れた耐性を示し、特に電気をよく弾く。
そして何より不幸なことに、
その存在を誇示せず、人の警戒をすり抜けるほどに賢かった。
だから、本来なら。
どこにでもある、不運な悲劇の一つとして、真相を知られることもなく、私は死んでいたのだろう。
「おっと、だめだめ!その子はまだまだ面白くなるんだから!」