ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
岩を砕いて、隕石が降る。
地を覆う草花を焼いて、凍らせて、魔力が災害となり荒れ狂う。
消え去った少女と再会を果たしたはずの私たちは、なぜか…未曾有の大天変地異の只中にいる。
「やっ…やめてぇっ!?無理!無理だからぁっ!?」
「ほらほらー!どんどん行っちゃうよー!」
「はは…ははは……隕石が…空が落ちて…」
「エドーっ!?しっかりしてーっ!?」
なんで!?
どうしてこんなことになってるの!?
『夜明けの大地』は…聖域なんじゃ…っ!?
「ほーら、頑張って避けないと終わっちゃうよー?戦闘ごっこ!」
「これは”ごっこ”じゃなーいっ!」
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———時は、数分前に遡る。
「会いたかったよー!ティティ!」
「パール…パール!どうして!?」
「えっ?何が?」
神々しく現れたパールと再会を果たした私は、一番の疑問について問い詰めた。
「貴方、だって…ファルギオルに…その。殺されてしまったんじゃ…」
「ああ、あれ?えっとね、あれは本体じゃないんだ」
「…はい?」
まるで、身体がいくつもあるかのような言い草。
まさか、いくらパールでもそんな…。
「旅をしたくて、特別に作った身体なの。ほら、こんな風に」
パールが右手を自身の真横に向けて翳すと、そこから光の粒がシャワーのように溢れ出し…その粒の一つ一つが集まり合わさって、足元から物体を形成していく。
足、膝、もも…少しずつ露わになるその
「これはただのハリボテだから、あの身体みたいに動かす事はできないんだけどねー」
人体の、錬成?
いや、さらっと…とんでもない離れ業というか、え、これ…。
「…レンキンジュツ?」
「ううん。もう隠さなくてもいいし、言っちゃうね?」
フワリと重力を無視して浮き上がったパールは、どこからとも無く現れた、足のない
「パール…パールシェルっていう名前は、ウソなの。ごめんね。…本当の名前は、パルミラ」
「パルミラ…?」
「……は、はっ!?マジで!?」
エドがひっくり返りそうな勢いで驚いた。
「うんうん、マジもマジ!本当だよ♪」
「おいおいおい…予想以上だぞ…」
「ね、ねえ。エド?パルミラって、何?」
「あ、ああ。知らなくても不思議じゃないか」
え?そんなにすごい人だったの?パールって。
「パルミラ…始まりの乙女。創りし者。精霊女王。様々な呼び名と逸話を持つ、正真正銘の…神さまだ」
「か…かみ、神って…神ぃ!?」
パールが!?
このちょっと暴走気味で、少し向こう見ずで、素直だけどわがままな娘っ子が…神さまなの!?
っていうか、やっぱり錬金術士じゃない!
「その存在への敬意と畏れから、ほとんどの書物で名前が記されていない。だから別の呼び名だけが、それぞれの逸話と結び付けられて一人歩きしているんだ。直接、神話の原文なんかを見ないと名前までは分からないだろうが…一番有名なのはやはり、世界を創ったという逸話だな」
「読んだことあるんだ…」
あの古本屋、2〜3階部分の倉庫の在庫まで含めるとかなりの蔵書量らしいから、写本くらいはあっても驚かないなあ…。
「エドくんすごーい!物知りだ!そういうの好きなの?」
「ま、まあな。…当の人物からそう聞かれるのは妙な気分だけどさ」
「じゃあ、もう一つ教えてあげる。実はわたし、神さまって言われてるけど、本当は精霊なの。神っていう存在はまた別に居るよ」
「そ、そうだったのか…!すごい、どの本でも読んだことが無いことだぞ、これは…」
これってさ。ある種、神託って呼ばれる出来事なんじゃないかな…。
教会に話したらエドが聖人扱いされちゃったりして。…無いか。
「あ、そうだ。ティティ、おめでとう!」
「え、私?何かあったっけ?」
誕生日ならもう少し先だけど。
「ほら、その力だよ。使えるようになったんだよね?あの黒い、どろっとした…なんだっけ」
「なんでその事を…いや、知ってて当然なのかな?」
なんと言っても、神さまだし。
未来が見えたり、全知全能だったりしそうだよね。
「まっさかー!そんなこと無いよ!」
「喋ってないのに!?」
「気のせい気のせい…それでね?せっかく強くなったんだから…ちょっと、一緒に遊ぼうよ———」
遊びって…いいけど、それと『黒の色彩』になんの関係が…。
「———“戦闘ごっこ”で!」
「「…は?」」
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そうして、私たちは唐突に、その神の力の一片を見せつけられることとなった。
…一方的に。
「せーの!どぉん!」
「ばっ……かじゃないの!?」
パール…パルミラ?今はパールと呼ぼう。
パールが座っていた杯のような台座が、その主によってぶん投げられ、轟音を立ててすぐ横の地面を爆砕した。
台座は硬質で、いかにも重量がありそうな質感。大きさも私よりずっと大きいし、アレに潰されたら…うう。
「し、死ぬ!私の方が死んじゃうって!」
「大丈夫!手加減はしてるから!」
「絶対に嘘だぁっ!」
今のに当たって無事で済むわけないでしょ!
無事で済まなかったのがエドなの!
気絶してるでしょ!…気絶で済んでるけど!
「攻撃しないの?負けちゃうよ?」
「こ、この…!」
ムカついた!
一回くらいはギャフンと…。
いや、せめて「きゃっ」とか「いてっ」とかくらいは言わせて見せるんだから!
「エド!立ってほら!」
「はっ…あれ、夢か…」
「現実!現実なの!目を覚まして!」
心ここに在らずという様子でへたりこんでいるエドの手を取って立たせ、頬をペチペチと叩いて目を覚まさせる。
「ふふっ♪楽しいなー!」
その様子を、パールはただ眺めて手を出すでも無くニコニコと待っている。
「余裕見せてくれるじゃん…!いいよ、そんなに言うなら…」
(行くよ!”叶えるもの”!)
(いいんじゃない?霊魂にも余裕あるもの、好きにするといいわ)
———トプン…。
影が波打ち、広がる波紋。世界は色を
「見せちゃうから!行け、《
すっかり本来の用途で使われなくなった火龍像を放り投げ、メタモルミックス。
光り輝き、頼もしい青き竜が現れ———。
「グルォ———クルゥゥン!」
「ちょっと!?」
すぐさま踵を返して私の後ろに隠れるように縮こまった。
「たっ、戦ってよ!私なんかじゃ隠れられないわよ!」
「クゥン!クゥゥゥン!!」
イヤイヤじゃないわよ!?
「ああ?真っ黒…?……やっぱり夢じゃんか…」
「しっかりしろって言ってるでしょ!もう!」
エドはエドでふにゃふにゃだし!
理解の限界を超えるとダメになるの、まだ治ってなかったのね!
「あっはは!大丈夫だよ、これは遊びだから!安心してかかっておいでよ!」
「クゥ…?」
「そうそう、一緒に遊ぼう!」
「クゥ———グルォォォオオッ!」
今更カッコよく吼えられてもなー…。
神さま相手じゃダメってことか。そりゃそうね。
「エド、いい加減しゃっきりしろっ!」
———バシィン!
「いってぇ!?…あ、ああ、ティトラ…?」
「目は覚めた?行くわよ、ほら!」
「あ、す、すまん!気が抜けてた」
気どころか魂まで抜けてたと思うんだけど。
とにかく、ようやくこちらの戦闘態勢は整った。
ここからが真剣勝負だ———。
「よーし!じゃ、今度はそっちから来てみて!受け止めちゃうから!」
———私たちにとっては!
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「えっへへ、私の勝ち!」
「きゅう…」
無理だ…勝てる気がしない。
常に降り注ぐ隕石、飛び交う炎と氷の魔法、おまけに雷の魔法…まだまだ手札は隠しているんだろうけど、今見えている分だけでも明らかに勝てない。
「そんなに強いなら本体で来れば良かったじゃん。ファルギオルにやられることも無かったんじゃないの?」
「わたしも出来ればそれがいいんだけど…わたしみたいなのがフラフラと出歩くと、みんな、びっくりしちゃうみたいなの」
ああ…さっきのドラゴネアみたいに。
当のドラゴネアは私のすぐ横で白目を剥いてひっくり返っている。息はしている。頭にでっかいタンコブついてるけど。
あの、台座の一撃が脳天を直撃したのだ。
———そお、れっ!
———ギャウッ!?…クゥゥン…
あれは、痛そうだった…。
「いてて…完敗だ完敗。しっかし、どうして”戦闘ごっこ”なんて始めたんだ?」
「え?錬金術士と仲良くなるには、”戦闘ごっこ”が一番でしょ?」
中々バイオレンスな友情観を持っているんだね、パールは…。
私そんな子だとはこれっぽちも思わなかったよ。
“神さま”ならではの視線の違いなのか、それともパールがただ天然なのか…。
「本当は、わたしと”戦闘ごっこ”で遊んだら友達だーってしてたんだけどね?分身で旅をすると、出会った子たち、みんな私のこと子供だと思ってあしらうんだもん」
パール、見た目だけだと完全に私よりも年下の女の子だからね。
分身だと人間にしか見えないし、戦ってくれる人は居ないでしょう、当然。
「やっと友だちになれたティティやエドとは、早く戦ってみたかったの!嬉しいなあ、ようやく遊べたんだ…!」
「お、俺もか?」
「あれ?友だち、なってくれないの?」
「いや…いいぜ。改めてよろしくな、パール。…んん?パルミラって呼んだ方がいいのか?っていうか、様とかつけた方が…」
「だ、ダメ!今までどおり、2人とも、私のことはパールでいいから!ね?」
まあ、つまり。この”戦闘ごっこ”とは、パールなりの友情の儀式なんだろうね。
杯を交わす、とか。一緒にご飯を作って食べる、とか。そういう感じ。
今ようやく、私たちとパールは、本当の友達になれたのかもしれないなあ。
「あ、でも。ティティ?私との約束、覚えてる?」
「約束…うん。覚えてるよ」
『夜明けの大地』で、精霊の女王———つまり、パールを倒す———。
…倒す?
「あっ…あのさ?その約束はもうちょっと待って欲しいかなって…」
「違うよ!それはまた今度!…もう!楽しみにしてたのに、忘れちゃったの?」
「え?別の?…ああ!」
シフォンケーキ!
そういえばそうだ!色んなことが起こりすぎて、すっかり忘れてた!
「…じぃ〜っ…」
う、うう…ジト目だ。とても冷たいジト目が私を凍らせようとしている。
どうしよう。あのキャンバス型のシフォンケーキ、《ケーキキャンバス》なら直ぐに作れるんだけど、釜とか材料とか持ってきて無いし…。
「…釜と材料があれば、作れるの?」
「え?う、うん。レシピは出来てるから」
「それなら…はいっ!」
パチン!と軽快に指パッチンをしたパールの周囲に、巨大な金色の魔法陣が何層にも重なって現れる。
初めて会った時のソフィーさんが見せた、あの魔法のような爆発の時にも、こういう魔法陣が現れていたけれど…。
今回のは、それよりも輝きが強く、そして数も多い。紋様も、その時よりもずっと緻密に描かれている。
(『黒の色彩』を出したままにしておいて良かったわね。今のパルミラ様、とても絵になるんじゃないかしら)
輝きは次第に、より強くなり、目を開けられなくなるほど眩しくなった、その時。
「えい、やっ…よいしょっ!」
解き放つような掛け声で全ての魔法陣は弾けて消え去り———なんと。
「えっ、すごい…」
「これが、神…始まりの乙女の力か」
さっきの”遊び”で荒れてしまった土や草、川辺の地形が全て元通りになっていた。
さらに、パールの目の前にはいつの間にか、馴染みのある形の釜がコポコポと音を立てて現れていた。
「えへへっ。これで、採取できるでしょ?」
「う、うん…そうだね。分かった!」
今、ここにある材料から、あの《キャンバスケーキ》を。
…ううん。あれから、私は成長したはず。
折角だから、前から思っていた欠点を改善した…更なる錬金シフォンケーキを、作ってみせるとも!
「それじゃ、久しぶりに!3人で採取、しよっか!」
「おう。あのパルミラの住む場所か…どんな素材があるか、尚更気になるな」
「そうだね、きっと今まで見たこともない素材もあるはず!」
予想だにしない再会と騒動が待っていた『夜明けの大地』。
果たして何が採れるのか。錬金術士として、心が躍る採取の時間がやってきた。