ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
修正以前にお読みになられた方で気になるという方は、お手数ですが該当ページをご確認ください。
(2022.3.30 PM13:08)
父親の意地
メルヴェイユの、小さな、古いアトリエに暮らすあたしたちの家族。
家族みんなで一緒に支え合って、あたしたちは国一番を目指しているんだ。
いつか、その夢が叶う日が来るって、信じて。
そんなあたしたちにも、お父さんがいる。
「お父さーん。素材、採ってきたから。約束通り、調合して届けてあげてよね」
「あー、それか…すまん。気が変わったんだ。お前たちでやっておいてくれ」
「はぁ!?お父さんがやるって約束だったじゃん!依頼の期限、明日だよ!?」
依頼を受けては、私たちに丸投げしたり。
「あれ!?金庫…カラになってる…!?」
「え?ほ、ほんとだ。どうして…ハッ」
「ギクッ」
金庫から生活費を使って、画材を買ったり。
「どわああああああああっ!?」
「お父さん!?また釜を爆発させたの!?」
「す、すまん!すまんが…後片付けは任せたっ!それじゃっ!」
「もーっ!このバカ親父!」
ダメダメなレシピで調合しては、釜を爆発させ、その片付けを嫌ったり。
…どーしよーも無い、バカ親父。
だけど…そんなお父さんを、どうしても嫌いにはなれない。
お母さんは、お父さんのことが大好きだったから。
あたしたちだって、お父さんのことが大好きだから。
———約束だ!家族みんなで…国一番のアトリエになろう!
———結婚してくれ、オネット。
———ずっと…その言葉を待ってたのよ?
———お父さんは、最後にはゼッタイ、約束を守ってくれる人だから。
カッコ良かった頃のお父さんを、あたしたちも知っているから。
———こちら、品物になります。…はい、ご利用ありがとうございます!
———ほーらリディー、スール!これが錬金釜だぞぉ!キラキラで綺麗だろー!
お父さんが、どうしてあんなダメ親父になってしまったのかは、あたしたちは覚えてなかったけれど…いつから、なのかは良く知っていた。
———リディー…スール…元気でね…。
———お母さん!いやだ!いやだよ!
———行かないで!どこへも行かないでよぉ!
浮かぶ記憶。
蘇る、慟哭。
———どうしてだ!
———こんな薬…何度だって作った!何度だって売った!
———どうして、どうしてこんな時だけ上手くいかないんだよ…!
———錬金術なんて…錬金術なんて…ッッ!
過去を呼び起こす絵画、『エテル=ネピカ』で、あたしたちはその真実を知った。
———ちくしょおおおおおおッッッ—————-!!!
けど、その悲しいって気持ちが、あたしよりも、リディーよりも、ずっと強くて、深いってことは。
元から、とても良く知っていた。
———————————————
—————————————
———————————
「「…お父さーん!ただいまー!」」
「あのね、お父さん!…お父さん…?」
「あれ…これ。書き置きと…お金…?」
———二人へ。
———しばらくアトリエには帰らない。
———生活費はこれを使うこと。
———ロジェより。
「「———」」
お父さんが、居なくなったあの日。
まさか、そんなことになるなんて、そんなことをするなんて思わなかった。
その少し後から、家に帰っても、居ないことが増えて。
「どういう、こと…?」
「す…スーちゃん!探しに行こう!」
「…う、うん…!」
(嫌だ。嫌だ!)
(お父さんが、居なくなっちゃうなんて、絶対に…嫌だよ!)
———けれど。
都中を駆け回って、聞いて回ったけれど。
その夜、お父さんは…どこにも見つからなかったんだ。
その再会が、まさか…あんな事になるなんて。
この時のあたしたちは、全く思いもしなかった。
———ねえ、ルーシャ。ティティ。
———あたしたちのこと、見ててね。
———————————
—————————————
———————————————
アルトさんのアトリエで、エド、アルトさんとの会合を果たして、十数日後。
アルトさんから、1つのレシピが送られてきた。エドのアイデアも受けて改良された形跡があり、とても緻密に、様々な状況が考慮されていることが窺える。もっっのすごく字が汚くて読みにくかったけど。
《万物不和剤・黒》。そしてその調合のために必要な、《万能中和剤・虹》…いずれも調合難易度はかなり高い。
これを作れれば、一流の錬金術士…とはいかないが、アトリエを開くには十分な能力があると言えるレベルの道具ではある。
《万能中和剤・虹》についてお父さんに聞いてみたところ…。
「ああ…あれか。僕も重宝しているよ。とても便利だから、ティティも作れるようになったらぜひ使うと良いよ」
「あ、作れるんだ…」
「そりゃあね!…でも、それくらいまでかなぁ。僕も《賢者の石》*1に憧れたことはあったんだけど、残念ながら《原初の灰》*2の出来損ないを作るのが精一杯だったから」
…とのこと。
ただ、実物を見せて貰ったり、実際に調合する様子を見せて貰ったりした所…今の私にも、必ずしも不可能ではないと思える内容のようだった。
《万物不和剤・黒》はまだ無理でも、《万能中和剤・虹》ならば…練習次第で届くかもしれない。
兎にも角にも、難しいレシピに挑戦しなくては技術はいつまでも未熟なままだ。
《アルケウス・アニマ》とイメージ能力の合わせ技はちょっとした
ちなみに、『夜明けの大地』での調合がどれだけズルかったかを、調合難易度を例にとって大小関係で示すと、次のようになる。
…錬金術士として、多用すべき技では無いのは間違いない。
これも”都合のいい力”かもしれないけれど…これはパールの時くらいに特別な時じゃなかったら使う気にはなれないかな。
さて、今日はいつもの朝市。ちょっと遠出して王城前まで来てしまったけど、必要な物は揃ったし、そろそろ帰ろうかな。
今日は路地裏の露天でいい《甘露の実》を買えたから、帰ったらフルーツケーキを作ろうか。冷やしておいて、明後日あたりエドを誘ってパールの所に持って行ったら喜んでくれるかな———。
———お…おじさま!考え直して下さい!
———そのつもりは無い。俺は本気だぞ、ルーシャ。
…ん?
この声、ルーシャと…ロジェさん?
何か言い争ってるような…。
———ウチを…アトリエ・ヴォルテールを、乗っ取るだなんて!
———。
———は?
———2度も言わせるな、ルーシャ。
———おじさま!
慌ててアトリエ・ヴォルテールの玄関に駆け寄り、耳を近づける。
まさか。何かの間違いだ。
あの優しいロジェさんが、そんな…。
———頼む。ひと月でいい。
———おじさま、でも…。
———…頼む。
———………〜〜っ、はあ〜〜〜……。
静寂。無言。物音。
しばらくして、足音が近づいてくる。
…出てくる!
慌てて身を翻し、玄関横の壁に背中を当てる形でピタッと張り付く。ついでに『黒の色彩』も最小限の範囲で出す。白黒なら少しは目立たなくなるはず…!
———ガチャン!
———カラン、コロン…。
「…見損ないました。失礼します!おじさまっ!」
———バタン!…。
「……はぁ。」
………。
私は壁、私は壁、私は壁…。
「私は壁、私は壁、私は———」
「…何してるんですか?ティティ」
「きゃっ!?」
———————————
—————————————
———————————————
敢えなく発見された私は、家なき子となったルーシャに付き添って、ひとまず双子が居るであろうリュンヌ通りのアトリエを目指して歩いていた。
「…その。大丈夫?ルーシャ…」
「大丈夫です!…と言いたい所ですが…はあ。…流石に堪えました」
一度は気丈にいつもの高飛車な笑顔を見せたルーシャだったが、すぐに意気消沈し、ため息をついてしまう。
「あ、ご、ごめん…」
「なんで貴方が謝るんですか…。ほら、落ち込まないで下さい。ね?」
…逆に励まされてしまった。
「ねえ、何があったの?」
「…聞いていたんでしょう?どこからかは知りませんが、お聞きの通りですよ。わたしのアトリエが、ロジェおじさまに乗っ取られたんです」
「そんな…でも、どうして?」
「何故かは分かりませんが…錬金術で、看板をかけて勝負を挑まれたんです。面子もあり、受けて立ったのですが…予想より遥かに凄腕で」
アトリエの乗っ取り…聞いたこともない。
代替わりで主人が変わったりすることはあるけれど、全くの他人が道場破りのようにアトリエに勝負を挑んで、事もあろうに乗っ取るとは。
「ああ、おじさまは他人ではありませんよ」
「え?そうなの?」
力なく微笑むルーシャ。素がとても美人だから、とても様になる。
いつもなら、ここでスケッチを取るところだけど…いくらなんでも、この状況でそれは頼めない。
「おじさまは、お父様の弟ですからね。若い頃に家を出て、おばさまと駆け落ちしたのです」
「か…駆け落ち…!?」
ってことは、おじさま、おばさまって…!
「叔父さま、叔母さまってこと!?」
「ええ。オネット叔母さまはわたしの憧れでした…」
そ、そうだったんだ…リディーとスーって、ルーシャと血縁関係があったんだ…。
…あれ?私…お邪魔?
「何を”私はお邪魔虫ー”みたいな顔してるんです」
「また読まれた…」
私分かりやすいのかな…。
「…心配しなくても、双子もこの事は知りません。確かに、血の繋がりが無いのは貴方だけですが、それで仲間外れになんてしませんよ。わたしも、あの子たちも」
「そ、そっか…なんか、私の方が励まされてばっかりだね」
「ふふ。わたしはお姉ちゃんですからね…でも、助かりました。貴方と話していると気が安らぎます。お陰で、あの子達に情けない顔を見せずに済みそうですよ」
うん…少しでも力になれたなら、良かったけど…。
「実は、少し前からおじさまは失踪していたんです」
「えっ」
「それが、こんな形で帰ってくるなんて…何を考えているんでしょう、おじさま…」
知らなかった。
この所、朝から晩まで色んな絵画の世界に出ずっぱりで、家族の他はほとんどエドとしか会って居なかったから…。
「…あ、着いたね。リディーとスーのアトリエ」
「ええ。…どうします?わたしは、事情を伝えて双子の所でしばらく厄介になろうと思っていますが」
「私も入るよ。一応、事情は聞いちゃったし…」
ルーシャと同じくらい、あの2人も心配だ。
まさかロジェさんが失踪していたなんて…なんだかんだで2人ともロジェさんに懐いていたから、どうなっているか。
「では、わたしから…2人とも!大変ですよ!」
いきなり行くなあ…。
———————————
—————————————
———————————————
「…来たか。お前たち」
アトリエ・ヴォルテール。
双子にロジェさんのことを伝えた瞬間、2人とも弾かれた様にアトリエを飛び出してしまった。
後を追えば、やってきたのは当然ここ。
早くも、私とルーシャは出戻ることとなったのだけれど…。
「今まで何処に居たの!?あたしたち、すっごく心配してたんだから!」
「ねえ、一緒にアトリエに帰ろう?」
「心配させたことは悪かった。だが…アトリエには戻らん」
この調子だ。ロジェさん、どうしてなのかアトリエに帰らないの一点張りで。
どうしよう…。やっぱり喧嘩になっちゃうのかな…。
「お父さん、公認錬金術士だったんだよね?他にも色々、聞きたいことがあるんだよ!」
「絵の世界を旅してたこととか!お母さんのこととか!」
公認…ロジェさんが、フィリスさんと同じ…。
…ううん。納得だ。
だって、私のお父さんが良く言っていたもの。ロジェと一緒に飲んで、酒代を錬金術の知恵比べで賭けると、決まって負けてしまうんだって。
ロジェさん、本当に、凄い錬金術士だったんだ。
「『国一番』のアトリエになるんでしょ…?お父さんがいなかったら、それじゃ…」
「お父さん、お願い。帰ってきてよ…わたしたち、寂しいよ。寂しくて…もう…お父さんまで居なくなったら…」
「リディー。スー。…———」
あの、適当なロジェさんは、今はここには居ない。
ここに立っているのは、例えるなら、鬼だ。
「俺と、勝負をしろ」
意地か。執念か。
取り憑かれた様に、”父”は娘たちの前に立ち塞がる。
「アトリエ・ヴォルテールと、お前たちのアトリエ。早くランクを上げた方の勝ちだ。お前たちが負けたら———」
親と子の、真剣勝負。
賭けるものは、互いにとって”命”とも呼べるもの。
「———アトリエは、廃業だ」
「…いいよ。受けて立ってあげる」
「簡単に勝てると思わないでよね。…お父さん」
そこに、他人が入り込む余地は無く。
錬金術を巡る因縁は、避けられない宿命となって、私たちの前に渦を巻いていた。
しかしその効力は本物。形は不定、性質は未定。あらゆる物質になり得る可能性を秘めており、中和能力こそ無いものの調合を大いに助ける素材となる。また、反応を促進する触媒としても優れており、大量の素材を用いるレシピにおいては、錬金釜のキャパシティを拡張して素材の全ての要素を無駄なく活用するために重要な役割を果たす。