ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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ひとり娘の思うこと


 

 

 入り込む余地のない、気迫と気迫をぶつけ合いながら、リディーとスーはルーシャを連れてアトリエへと帰って行った。

 

 ひとり残された私は、場違いな土俵に上がりこんだような気分でそそくさと退散することしかできず。

 

 ルーシャもまた、戸惑いを隠せないまま引き摺られるようにして店を出て、リュンヌ通りへと消えて行った。

 

 

 

 

 ……私は、何を見たんだろう。

 

 

 トボトボと、買い物袋をぶら下げて歩く私の頭には、ロジェさんの般若のような笑みが焼き付いて離れない。

 

 

———リディー、スー。俺と勝負をしろ。

 

 

 ……。

 

 家族は、家庭それぞれだ。

 

 けれど。”父とは”、そして”母とは”…そういった、変わらないものは確かに存在する、と思う。

 

 私のお父さんも…あんな姿になることがあるのだろうか。

 

 だとしたら…”娘とは”。

 

 あの場で、ただ竦んで動けなかった私は…その時、どうするのだろう。

 

 

 

———受けて立ってあげる。

———勝てると思わないでよね。

 

 

 私に、その覚悟はあるのだろうか…?

 

 

「……」

 

 

 私と双子、その間には、錬金術の腕だけじゃない、明確な”差”がある。

 

 そう…それを、私は———ただ、ひしひしと、感じ取ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなら、この辺りで「やめやめ!」と頭を切り替える所なのだけれど…。

 

 今回は、この悩みだけは、捨て去ってはいけない気がする。

 

 私は、この、私自身の未熟さと、どう向き合えばいいのか。

 

 

 

 拓けたように見えた道に、突然、見えて居なかった大きな壁が現れた。

 

 そして、それは越えなければならない壁だ。決して迂回することのできない、巨大で、堅牢な壁。

 

 惑える私は、ただひとり、その場で立ち竦んでしまうのだった。

 

 

 

 

 

———————————

—————————————

———————————————

 

 

 

 

 たった一人の(わたし)にできることは、あまりに少なく、小さい。

 

 その日の夕飯、家族3人が揃った時。

 私は早々に、私の頼れる両親に、あの事件と共にこの悩みを打ち明けた。

 

 

「そうか…ロジェはその道を選んだんだね」

 

 

 お父さんもお母さんも、双子たちの事件には驚いていないみたいだ。

 ただ、お父さんが予期していたかのように頷いているのに対して、お母さんは怪訝な顔をして首を捻っている。

 

 

「知ってたの?お父さん」

「うん。ティティがいない時に、あの子たちが訪ねて来たんだ。ロジェが何処にいるか、知らないかって」

 

 そんなことがあったんだ。

 けど、折角家まで来て聞いてくれたんだし…。

 

「教えてくれたらよかったのに…」

「ええ?でも、とても忙しそうにしてただろ?」

 

 うん、まあ。

 エドと採取に出かけるのが楽しくて、もし言われても耳に入らなかったかも…いやいや。流石にこのニュースを聞き逃すことはないって。

 

 

「…私には分からん…わざわざ娘を置いて…」

 

 お母さんはまだ首を捻っている。

 私も同じ気持ちだ。双子たちのことを思えば、あんな選択は取れないと思ってしまう。

 

 

「はは、まあ二重の理由でエレンには分からないと思うな」

「む…分かるのか」

「ん、何となく?ほら、僕だって”父親”だもの」

 

 やっぱり…そうなんだ。

 お父さんだって、”父親”。

 お父さんも、何がきっかけがあったら、あんな風になっちゃうんだ。

 

 

「あ、でも。多分、同じ状況でも、僕は勝負なんて挑まないと思うなあ」

 

 

「えっ!?」

「そこまで驚かれると、なんか不安になっちゃうなあ…でも、多分そうだと思う」

 

 

 ち、違うの?

 じゃあ、どうしてロジェさんは…あんなことをしたんだろう。

 父親、っていう理由じゃないなら…なんで?

 

 

「じゃあ…どうしてお父さんには、理由が分かるの?ロジェさんがリディーやスーと勝負をしたのは、いったいなぜなの?」

「うーん。そうだなぁ。僕はロジェじゃないから、本当の所は分からないけど…」

 

 

 それでも、私はその気持ちが知りたい。

 父親が、娘の前に立ち塞がる、その理由が知りたいの。

 

 

「きっと、意地と、心配かな」

「心配…?」

「そう、心配。心を配る、シンパイだね」

 

 

 …ますます分からない。

 心配なら、リディーとスーだって心配だったんだ。

 どうして家出なんてしたのよ。

 

「分からん。心配なら、一緒に居てやればいいだろう?」

「そうじゃない。…送り出すことへの心配さ」

 

 送り出す…リディーと、スーをだろうけど。

 でも一体、どこに?…いや、どこから?

 

 あの2人は、はっきり言って、ずっと前から自立していた。その2人を、何から送り出すっていうんだろう。

 

 

「僕も、ロジェの異変には気付いていた。あの雷神の一件から、ロジェはあまり飲みの誘いに応えなくなったし、元気がなかった。…不安になったんだよ。自分の手を離れつつある娘たちと…自分のことが」

 

 

 自分の…もしかして。

 

 ああ、もしかして…違う、そうか。

 送り出せるつもりになっていたんだ。それを認めたくなくて…。

 少し前の私と同じなんだ。双子が、遠くになりすぎて、見えなくなる…それが怖かったんだ。

 

 

「ああ。…ロジェは、ずっとオネットのことを引きずっていて、歩き出せずにいた。人間として、そして錬金術士として置いていかれたようで、怖かったんだと思う」

「…そうか。あの男、あれでプライドの高い所があったな」

 

 

 公認、という肩書き。

 ヴォルテールという家の、次男という生まれ。

 

 それで、”意地”…。

 

 

「僕みたいに軟弱なのとは違って、彼は高潔だったからね。自分の現状も含めてずっと溜まってたものが、今、噴き出したってのもあるだろう」

「軟弱?お前がか…?」

「なんだよ。エクトルにはいつも背中を叩かれてただろ?軟弱者が嫌いなんだよ、ヤツは」

 

 

 

 

 でも、それじゃ…心配の方はなんだったんだろう、

 気になる。

 

「そ、それで?送り出す心配って、なんなの?」

 

 

「ソイツは簡単さ。この先に進みたければ、俺の屍を越えていけーっ!…ってことだよ」

 

 

 

 ええー…こんなに引っ張って、そんな風に言われても。

 

「ふざけているのか?」

「何を。これは間違い無いって。自信あるよ、僕は」

 

 

 うーん…父親である自分の手を離れつつある、リディーとスー…それを認めるための、試練。そういうことなのかな。

 

 

 

 

 

「だからね、ティティ。君が感じた、双子との”差”っていうのは、そのまま僕とロジェの差でもあるんだよ」

「ええっ?」

 

 う、嘘だあ。

 

 だって、自分でも分かるくらい、その…思春期って感じじゃん。この悩み。

 どうしてお父さんが出て来ちゃうのよ。

 

「ロジェはなんだかんだでずっと、双子に自分の強さを見せ続けて来たからね。男手一人で娘二人、そして自分は本調子になれない…それでも、彼は画家も錬金術士も諦めなかったし、その姿をずっと双子に晒して居た」

「あ…」

「錬金術士として高潔だった彼が、その高潔さすら擲って、自分たちを育てようとする姿、その精神は…きっと、あの子達にも伝わっていた」

 

 あの双子は逞しく育った。

 それは、与えられた環境の厳しさもあったんだろうけど…何より、お父さんとお母さんの姿を見て手に入れた芯の強さがあってこそなのかも。

 

「…じゃあ、お父さんには、それが無いの?」

「そうかも———」

「———-いや、断言しよう。コイツこそ真の頑固者だ」

 

 あれ。今のお父さんの説が全否定されたんだけど。

 

 

「えっ?エレン?」

「忘れたとは言わせんぞ。お前が、どういう理由で私を助けたか」

 

 そういえば、あの双子はお父さんとお母さんの馴れ初めを聞いたんだっけ。

 こう、目の前で話されると気になるなあ。今度聞いてみようか。

 

 

「あ、あー…いやでも、それは」

 

 

 …ん?

 あれ?お父さん…?

 

「言い訳は要らん。…褒めている」

「うっ…うー…あー…」

 

 

 え、お父さんが顔赤らめてるの初めて見た。

 あの何言っても飄々としてるお父さんが…。

 

「す、スケッチしなきゃ…」

「やめて!?あー、暑い暑い…水飲んで冷まそ…」

 

 しまった…驚きのあまり覚え損ねた。

 くそう、一生に何度も見れない光景だったよ、今のは。

 

「心配は要らん。私が描く」

「ちょ、ちょっと…!?」

「舐めるなよ?これでも私は”天才画家”だ」

「もっと使い道あるよね!?その才能!」

 

 うひゃー…あっついなー。ほんといい夫婦。

 

 私も水、飲もっと…。

 

「ティティ。これが答えだ」

「…っぐ、ごほっ、ごほっ!?…え、なに?どういうこと?」

 

 咽せた。

 

 お母さん、だからいきなり過ぎるんだって。

 

「お前はクレメントに良く似たからな。クレメントを見れば、お前も分かるだろう」

「……?」

「…そういう鈍さまで…いや。”鈍いフリ”まで似たか。…面倒な娘め」

 

 え、なに。お母さんに何が見えてるの。

 私とお父さんが似てる、って言うのは嬉しいけど、どこが?

 

「自分を騙すな。ティティ」

「…?」

「お前は、もう強い。私たちは試練など与えずとも、もうお前を信じている」

 

 あ…え…。

 

「双子の覚悟。それがお前に”差”を感じさせたのかも知れん。お前を見て、弱いと、間違っていると思う奴もいるかも知れん。だがそんな事は無い」

 

 ど、どうして?

 なんか、嬉しいはずなのに…喜んでるん、だけど…。

 

 喜んでるんだけど…!うううっ…!

 

「そ、その…やめて…」

「お前は強い。誰と比べることも無い。私がどう、クレメントがどう、じゃない」

 

 

 待って!

 これ以上は待って、待ってったら!

 

 心が…そう。心が追いつかないだけ!

 いきなり褒められて、びっくりしてるだけなんだから!

 

 

「その芯の強さと、見極める目は、もうお前のものだ。お前は、何処へでも、何処までだって行っていい」

 

 

 だから、だからぁ…!

 

 ああ、もう…人が悩んでたことを、こんな簡単に吹き飛ばさないでよ!

 私、どうしたらいいのか分かんない!分かんないから!

 

 

「ティトラ・メルローは、自分を信じていい人間だ。私が保証する」

 

 

 か…壁が。

 壁が崩れる…。

 

 

 

 …み…。

 

 

 

「水ちょうだいっ!お父さん!」

「待って、僕も飲みたいから」

「ダメっ!私が飲むの!」

「ああっ、そんなあ…」

 

 

 そんなに褒めないでよ!

 私…いや、別に!照れてなんてない!

 

 ないったら!

 

 

 

 

 

 

 

(ねえ。貴方のお母さんの言う通りよ)

 

 “叶えるもの”まで…。

 やめてよ、そんなこと言われても。

 

(私の力が無くたって…貴方は自分に胸を張ってよかったの)

(貴方が感じた壁は、貴方が作り出したものなんだから)

 

 

 …そうなのかもね。

 けど、一つだけ付け加えないといけない事があると思う。

 

 

(それは何?)

 

 

 私は貴方を手に取ったこと、間違って無かったって…そう思ってるから。

 

 

(…ありがとうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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