ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
《万物不和剤・黒》の調合に成功した日の、翌日。
私はいつものように、エドを連れて王城の画廊へと向かおうとしていたのだれけど…その道すがら、声をかけてきた人物がいた。
「あ…っ!いた!ティティーっ!」
「ティティさーんっ!待ってくださーい!」
「え?…スーにリディー!どうしたの?こんな街中で会うなんて奇遇だね」
リュンヌ通りの双子。今や王都に名を響かせる、マーレンのアトリエの錬金術士。
都中の者が、2人の活躍を知っている。もちろん、私も。
「ね、ね!ティティ!明日って空いてる?」
「なんか嬉しそうだね?…エド、明日はお休みでもいい?」
「ああ。…あ、例のヤツは来週でいいんだよな?アルトさんと一緒に」
「うん、それでお願い。…ということで、明日なら空いてるよ。何をするの?」
「会って欲しい人がいるんです!ふふ、きっと驚きますよ?」
「ルーシャもいっしょだよ!…あ、迎えに行くから、外に出るつもりで準備しておいてね?」
外に?ピクニックにでも行くのかな…。
いや、会わせたい人がいるって言うし、違う?
「うん、分かった!楽しみに待ってるね?」
「やったぁ!くふふ、本当に驚かせちゃうんだから。おむつの準備した方がいいかもよ?」
「ちょ、ちょっとスーちゃん!エドさんも居るんだよ?」
「お、おう…まあ、覚悟はしておいた方がいいんじゃないか?ティトラ」
「いや、何の覚悟よ…」
流石に、この年になってそんな理由でおむつのお世話にはならないから…。
「そう言うことだから。よろしくねー♪」
「スーちゃん待って!…じゃあ、ティティさん、また!」
「はーい。またねー!」
ということで、ひとつ約束をして双子とは一旦分かれ、この日は予定通りエドと絵画の探索を楽しんだ。
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さらに翌日。
今日はスーとリディーが私を迎えに来てくれるという約束の日。
特に時間は聞いていなかったけど、外まで出るというから朝のうちに来るだろう。そう考え、早めに起きて身支度をして待っておくことにした。
「…早いな」
「あ、お父さん、お母さん。おはよ」
降りると、お父さんとお母さんも下にいた。
早く支度をしたとは言え、服を選んだりする時間があったから、2人よりは遅かったみたいだ。
「おや、こんな早くからお出かけかい?」
「うん。マーレンさんの所の双子が迎えに来てくれるみたい」
「へえ、そうなんだ。どこに行くって?」
それが、教えてくれなかったからなあ。
「うーん、分かんない。秘密みたいだよ」
「ふ〜む、そうか…ま、気をつけるんだよ。最近、何か頼もしくなったようだし、多分大丈夫だろうけどね」
あ、嬉しい。
「「ごめんくださーい」」
「おや…どうやら、噂の双子が来たみたいだ」
「いらっしゃい2人とも。準備はできてるよ」
「あ、ティティさん!クレメントさんも、おはようございます」
「おはようございます!」
この2人、そういえばいつも同じ紫と黄色の格好なんだよね…。
何着か同じのがあって、着回しているみたいだけど。何か思い入れがあるのかな。
「じゃあ、行こっか。ルーシャがまだみたいだから、次はアトリエ・ヴォルテール?」
「そ!それじゃ、ティティ連れて行きますね。お邪魔しましたー!」
「お邪魔しました!」
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それから、元の主を取り戻したアトリエ・ヴォルテールへ立ち寄ってルーシャを回収し———。
「ちょっと!人を荷物みたいに言わないでください!」
「えへへ、ごめんごめん。冗談だよ」
「そうそう、もし本当にルーシャが荷物だったら重すぎるもん」
「お、おもっ…!?」
「ああ…ルーちゃん、着痩せするよねえ。…やっぱり、食べてるものが違うのかな」
「良いもの食って太ってるとでも言いたいんですか!豚ですか私は!」
「いや、どちらかというと…」
———もとい、連れ出し。
行き先が分からないまま、私たちが連れられてきた先は…まさかの、双子たちのアトリエだった。
「では、邪魔させて頂きますけど」
「お邪魔します…あの、何か忘れ物したの?」
「ふふー、違うんだなぁ。こ、れ、が!」
「うわ、むかつきます。その顔」
「あはは…でも、本当に合ってますよ。どうぞ、こっちに来てください」
「地下…?」
このアトリエには地下室がある。玄関を入ってすぐ左の壁際、そこに降り階段があって、そこから降りていくことができる。
ただ、私は入ったことは無い。
どうやら、双子は入らないようにとロジェさんに釘を刺されていたようで、小さい頃の私たちも入れては貰えなかったのだ。
地下室へ降りていくと、扉がある。その扉も開けると…。
「まあ…素晴らしい絵画です」
「わ…なんて緻密…」
そこは、ロジェさんの作業室と思われる部屋があった。入って右側にはキャンバスやイーゼルといった見慣れた画材が置かれ、描きかけの絵もある。その奥にも部屋は続いており、「コ」の字の形の部屋になっているようだ。
しかし、やはり目を引くのはこの、一枚の絵画だろう。
雲の上…だろうか。天上に島々が浮かび、色とりどりと思われる花々が咲き乱れている。
そこには、アーチや石畳のような人工物も描かれており、花畑というよりは、花園のよう。
「お父さんの描いた絵です。綺麗ですよね…わたしも大好き」
「ふふん、でも驚くのはまだ早いんだから」
え?
「何と、この絵は…《不思議な絵》なのだーっ!」
…はぇ?
「え、えええええぇぇーーっ!?おじ、おじさまが《不思議な絵》を描いたんですかぁ!?」
「うん!そうなんだよルーちゃん!」
「び、びっくり…ロジェさんが、不思議な画家…」
た、確かに。ロジェさんは錬金術士で、画家だ。私の憧れの人でもある。
けれど、まさか…描き上げるなんて。
「一体、何を想って描いたの?並大抵じゃ、《不思議な絵》なんて…」
「焦っちゃダーメ♪ほら、入るよ!リディーも!」
「うん!それでは皆さん、どうぞ来てください!」
そう言って、2人は絵の世界へと飛び込んでしまった。
「え、えっと…どうしよう、ルーシャ」
「どうもこうも…行くしかないでしょう?外行きの準備というのはこういうことだったんですね、もう」
困惑と驚愕の中、私とルーシャも双子を追って絵の世界へも入り込んだ。
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その絵の中の世界の光景は、一言に尽きた。
「絶景、だね…」
「ええ…さすが、おじさまです」
絵画として見るだけでも、見るものを惹きつけて離さない魅力があった。
世界として体験すると…もはや、この世の景色ではない。
実際、現実とは異なる世界ではあるけれど…そうではなく。
この光景を、人が作り出したとは思えないほど…そこは楽園のように祝福されていた。
まるで、天国のよう。
「おーい!こっちだよ!」
「ついてきてくださーい!」
遠くで双子が呼んでいる。見れば、そっちの方にまだ道が続いているようだ。
私たちは、さらに双子の後を追った。
この世界は、あらゆる場所が草や花で満ち溢れている。
足元を見れば、《三つ子トーン》や《セイタカトーン》のような薬効の高い薬草類が生い茂り…その葉を滴る露などは、仄かに甘く
アーチに囲まれた巨木の元には、なんと《ドンケルハイト》…不老不死の伝説を持つ朱の花の、その蕾があった。
その全てが、あまりにも生気に満ち溢れていて、それでいて儚い。
降り注ぐ光は、希望というより、ただ優しく照らし出し、見守るようで、柔らかく。
そう…天国という形容は、あながち間違いでは無いのかもしれないと、そう感じた。
「遅いよー!もっと急いで!」
「もう…はしゃぐ気持ちも分かりますが、もう少しゆっくり見回しても良いんじゃありませんか?リディー」
「あはは…でも、実はわたしも同じ気持ちなの。この先に、とっても、とーっても、会わせたい人がいるから」
「リディーも…」
誰なんだろう…そんなにも双子の気を逸らせる人って。
「あ…見えてきたよ!ほら、あそこ!」
「えっ…アトリエ?」
長い階段を登り、幾重にも重ねられた、花が咲いた白いアーチ。
その石畳の先、この世界の最奥にあったのは…双子のアトリエ。
小さな、古い、この家族のアトリエ———。
「い、行こう?2人とも…!わたしも待ちきれなくなっちゃった!」
「あ、リディー!」
アーチをくぐり、紫陽花の姉と向日葵の妹が笑顔を振りまいて駆けていく。
花々は、花のような双子を迎え入れ、その祝福は彼女たちのためにあるかのよう。
風そよぐ天海に浮かぶ花園、その最奥。
私たちを誘うその先に、誰が待っているのか。
予感めいた胸の高鳴りを、私とルーシャは、きっと共に感じていた。
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そして、アトリエの扉をくぐった私たち2人は、それぞれに、目の前のその姿に驚いた。
私は、手に持っていたトートバッグを落とした。
ルーシャも、口を開けたままずっと固まって。
だって、私たちは、奇跡を見たんだ。
この世界に咲いた、一つの奇跡を。
「「お母さんっ!ただいまっ!」」
「まあ!おかえり。リディー、スー。そんなに急いで、怪我はない?」
オネット・マーレン。
リディーとスーの、お母さん。
そんな、そんな筈は、ありえないんだ。
だって…だって。だって…!
貴方は、今から3年前に…!
「え…お、お……おば、さま…?」
「…あら?今日はお客さんがいっぱいね?それも…懐かしい顔じゃない」
「おばさま…おばさま、おばさま…!」
駆けよったルーシャ。
そのルーシャを抱きしめる両腕は細くて、白くて、柔らかで。
その優しい笑顔があるだけで、どこでだって、みんなが笑顔になった。
「久しぶりに会ったのに、泣き虫なのは変わらないのね?」
「だって…だっておばさま!…貴方は、もう3年も前に!」
「そうよね…ありがとう、ルーシャちゃん。ティティちゃんも」
「オネット、さん…なの…?」
けれど、その身体は病弱で。
信じられないくらい元気で、活発な振る舞いとは裏腹に、彼女は病に蝕まれていた。
3年前、運命のあの日…。
彼女は流行り病のために、その命を召され、帰らぬ人となった。
それがどうして、ここに…居るの?
「リディーとスールの側に、ずっと居てくれて。本っ当に、ありがとう」
ああ…会わせたい人。
ずるいよ、こんなの。驚かないわけ、ないじゃん。
私だって、ルーシャだって…会いたかったよ。オネットさん。
ずっと、ずっと。
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オネットさんが、何故この世界にいるのか。
その答えは、私も既に知っている現象だった。
「残留、思念…」
「ええ。気がついたら、ここに居たの」
「俺たちがそのことを知ったのは、ほんの最近のことなんだ。…俺は、この『天海の花園』が《不思議な絵》になっているってことだって知らなかった」
アトリエには、ロジェさんも居た。
どうやら、あの真剣勝負にも後腐れはないらしい。
4人揃ったアトリエの様子なんて、本当に久しぶりに見る。
とても、暖かい。
「ケホッ、ケホッ…」
「オネットさん!大丈夫ですか…」
「ええ、大丈夫…ふぅ。神さまもケチよね?折角こうして生き返ったんだから、身体くらい丈夫にしてくれたって良かったと思わないかしら」
「いやいや…おばさま、こうして会えるだけでも奇跡というものじゃありませんか」
は、はは…オネットさん、相変わらず無茶な…。
「あっ、そうよ。ねえ、ティティちゃん。貴方は来ないの?」
「え?」
「遠慮しないで、飛び込んできてもいいのよー?ほら。ほーらっ」
うぇっ!?
で、でも、その…やっぱり、恥ずかしいっていうか…。
「……くふ♪」
「おやぁ、どうしたんですか?飛び込まないんですかぁ?」
こっ、この2人の前でそんなことできないよぉ!
「あら、ちょっと2人とも。そんな風に見てたらティティが素直になれないでしょ?わたしもみんなのこと抱きしめたいんだから」
「はーいっ。ほら、ティティ。勇気出して」
「仕方ありませんね。行きなさいな、ティティ」
「そ、そんなに言うなら…じゃあ、し…失礼します…」
恐る恐る、抱きついてみる。
座っているオネットさんの、その両膝の間に膝を突き。
少しずつ、上体を預け。
こちらに向けて開かれた両腕の下から、いそいそと背中に手を回す。
すると、すぐにオネットさんの両腕が私の背中と頭に当てられて。
ぎゅう、と、優しい圧迫が、柔らかに身を包んだ。
甘く落ち着く、太陽のような、花のような香り。
心のうち側がじんと暖かくなって、溶け出していくような。
(…恥ずかしいわ)
えっ…!
み、見てるの?
(ずっと居るって言ったじゃない。…貴方の母親とは、また別ね)
…うん。
私のお母さんも、結構な頻度で抱きしめてくれる。
その抱きしめ方、撫で方は、オネットさんとは違って、そっと触れるような、それこそ、美術品を扱うような繊細さを感じるやり方なんだ。
どっちも、大好き。
…あっ、頭…撫でてくれてる。背中も…。
(良いもの、ね…家族って)
(分かるの?感覚)
(そうしようと思えば、ね)
じゃあ、良かったねえ…。
(…眠いでしょ)
(うん…)
…家族に、なれたら…。
———…。
「…あら?もしかして…」
「…ふふ…ティティのこういう姿、珍しいかもしれませんね」
「わあ…気持ち良さそうな寝顔…」
「…あっ。良いこと考えた。おとーさん。こっち来てティティの寝顔描いてくれない?」
「ええっ?でも、女性の寝顔を勝手になあ…」
「いいじゃない、ロジェ。やってみなさいよ」
「よし。描くか」
何か、とても良い夢を、見た気がする。
誰かが家族になってくれる夢…。