ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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流浪のレンキンジュツシ


 

 鮮烈な嵐が、紫電を塗りつぶした。

 

 ふと、頭に浮かんだ表現。

 

 一歩遅れて、なるほどその通りなのだと自分の脳に納得する。

 

 

 

「ほら、お帰り?この子はもう、あなたの獲物(オモチャ)じゃないよ」

 

 

「…」

 

 

 

 渋々と、しかし()()れるような目をして、兎が踵を返した。

 

 

 呆然とする私とエドの前で、腰まで届こうかという白い長髪の少女が振り向く。

 

 

 

「大丈夫?怪我はない?」

 

「あ…え、エドが!あの、エドが雷に焼かれて!」

 

「いや大丈夫だ。もうなんともない」

 

 

 エド!?

 

 

「立てる、の?」

 

「ああ…さっきは痺れてうまく声が出なくってな。動けないのは確かだったから、逃げろって言ったんだが…」

 

「あ…ごめんなさい…」

 

「いや、生きてたからいいさ。で、助かったよ。その…名前は?」

 

 

 こちらを楽しそうにニコニコと見つめる謎の少女に話題を向けるエド。なんだろう、浮世離れした不思議な雰囲気の子だ。

 

 

「わたしは……うーん、どうしようかな。あ、そうだ!決ーめたっ!」

 

「うん?…いきなりどうしたんだ?」

 

「いーからいーから!わたしはパール。パールシェル=アルミラージ!」

 

 

 パールと名乗るその容貌は、その名の通り真珠のような無垢を思わせる。

 白に金の刺繍をあしらったような特異な服装は本人の神秘性と相まって、絵画にすればよく映えるだろう。

 

 

「それよりさ、わたしも()()()()ちゃんに付いて行っていいかな?」

 

「へっ?い、いいですけど…パールさんって何者ですか?」

 

「何者…そっかーそれ聞いちゃう?」

 

 

 なんだこの人。

 

 …いやいやいや!恩人!命の恩人だから!

 なんかこう、ノリが軽くて不思議ちゃんだから…だめだめ。

 

 

「う、うん。怖い兎も逃げてったし、只者じゃないなって…メルヴェイユの人?」

 

「める…?ううん、違うよ。わたしはね、冒険者なの!それでえっと、レンキンジュツをするんだ!」

 

「冒険者…?え、1人で?」

 

 

 いや、強いのは分かるけど…こんな私くらいの娘が1人で?

 それに錬金術士って、釜も持ってないし。発音も怪しいし。

 

 うーん、気になる…けどあんまり詮索するのは…うーん。

 

 

「ね、ね、それでどう?ついてっていいんだよね?」

 

「あー、えっと、もちろん。命を助けてもらった恩を返したいですし、いいですよ。冒険者ってことはつまり、旅人ですよね?」

 

 

 それならウチで泊められるかもしれない。何日滞在するつもりかは分からないけど、お父さんやお母さんが断るような予感はしない。

 何しろ、ウチには来客用の部屋があるくらいだ。元々階ごとに貸家になっていた建物を買い切って改装しただけあって、お父さんのアトリエとお母さんのアトリエ、そして私の部屋と倉庫部分を除いてもまだ余裕がある。

 

 

「やったー!それじゃ早速行こうよ、その…め、めるめ…?」

 

「メルヴェイユ?」

 

「そうそれ!いざメルヴェイユ!」

 

 

 もしかして、メルヴェイユを知らないのかな。一応、この王国の王都なんだけど…。

 

 ああ、そうだ。ちゃんとお礼を言わないと。

 

 

「えっと、エド」

 

「ああ。パールさん…助けてくれてありがとうございます」

 

「私も。本当にありがとうございます」

 

「ふふ、いーのいーの…ああ違った。こういう時は確か…どういたしまして!」

 

 

 ————これが運命という言葉さえ褪せる、最大最良の出会いであることを、この時の私はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!いた!いたよリディー!こっち!こっち早く!」

 

「ゼェ…ゼェ…待っ…カヒュッ…待ってスーちゃ…ゥッ…ヒグッ…速…」

 

 

 えっ?双子ちゃん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞けば、双子は他ならぬ(ティトラ)を探していたらしい。

 

 最近の私の様子に危機感を覚え、どうにかしなければと飛び出してきたんだとか。

 

 …私、色んな人に心配かけてるんだなあ。

 でも、自分でもどうにもならない。この焦りが無くなる時は、自分の錬金術を成長させる術を見つけるか、それとも…私が諦めてしまうか。そのどちらかでしかあり得ないんだから。

 

 

 あと、リディーが見抜いてくれたから気づけたけど、エドはやっぱり重傷だった。たしかに命に関わるようではなかったけど、全身を通電させられたことで身体のあちらこちらを火傷している。

 

 平気だと言うし、実際まともに立って喋れるんだから内臓の心配はないかもしれないけど、軽く見ていい怪我じゃない…んだけど。

 

 

「もう!わたし、レンキンジュツシなんだから。頼ってくれていいのに!はい、痛いの痛いの飛んでけー」

 

 

 …パールちゃんがエドの額に手を当てると、金色の光のようなものがエドの全身の至るところから———おそらく火傷のある部分から———溢れるように湧き出て、フワリと溶けるように浮かんで消えていった。

 

 

 魔法かな?あ、違うの。錬金術。へー。

 

 

 …そっか。そういうものなんだね!よくわかった。わからないってことが。

 

 

 

 いや、与太物の本に載ってるような道具にはもっとすごいのもあるし、もしかしたら本当に錬金術で実現できることなのかもしれない。

 でも、そもそも道具を使ったようになんて見えなかったのよね。

 

 うん。考えるのやめよう。

 

 

 

 

 その後、メルヴェイユの入り口にある大きな門で「後でまた驚かしに行くから待っててね!」との犯行予告を残して双子は走り去り、エドは私を家まで送ってから帰っていった。

 

 エド、治ったとはいえ全身火傷になった後なのに優しいというか、おやっさんの教育がすごいというか。こういう所は尊敬する。

 

 パールちゃんの性格と、見慣れた街並みに感じる安心のためか、命の危機を逃れた後とは思えないほど緩やかな空気の中、私はようやく家の扉を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————

————————

——————————

 

 

 

 

 朝。

 

 あれからしばらく経ちました。

 

 今も釜の前に私はいます。

 

 私は錬金術士です。

 錬金術士は調合をするんです。

 くすり、爆弾、その他もろもろを作ります。

 断じて、素材をガラクタに変える私のような職業ではありません。

 

 そう、私のような。

 

 

「……ハァ…あ、朝…」

 

 

 もう諦め…いやだ…でも何も……もうただ棒を回してるだけ……。……でも諦めるの…やだなぁ……。ああ腕が重い…。

 

 

「もう…すこしだけ…」

 

「ティティーッ!おっはよーっ!」

 

「がはぅぐ…ッッ!?!?」

 

 

 

 お…ご…徹夜の…錬金術士…腰…ダメ…ぇ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

———十分後。

 

 

「あぅ…ごめんねティティ。わたし、レンキンジュツシの腰がそんなに大変だなんて知らなくて…」

 

「大丈夫…ぁあいたたた…っ」

 

 あー…湿布(リフュールパット)効くぅー…。

 

 錬金術の調合って、大きな釜に身を乗り出して何時間もかけて全身で身の丈ほどのかき混ぜ棒を回すから、どうしても腰に負担がね…。

 

 

 …あの事件から1週間。

 事のあらましを聞いたお父さんとお母さんはものすごく心配して、エドと私を助けたパールちゃんに感謝していた。

 彼女が旅の人でそれなりに長い期間滞在するつもりであること、そのため泊まるところを探していることを知ると、思った通り、快く迎え入れてくれた。

 

 私は怒られるかな、と思ってたけど…そんなに怒られなかった。

 

「親を心配させるのは子供の特権だ。存分にやりなさい。私は、ずっと見ている。お前のいる景色を。それが私たちの幸せだ」

 

 なんて、珍しく長い言葉で気恥ずかしくなるようなことを臆面もなく言って…ちょっとしがみついて泣いてしまった。私ってこんなに涙脆かったかな…。

 ただお父さんは思うところあるらしく、これから危険な敵への対処法をみっちりと仕込み直すと言われた。うん。これで当然というか。むしろ私からお願いしたかったくらい。

 

 

 あと、親子連れでエドの家にも謝りに行った。行ったんだけど、その返しがまさかの

 

 

「とんでもねぇ、うちの坊主の鍛え方が足りねぇのが悪かった。良かったらまた連れ出してやってくれねぇか」

「ああ。俺からも頼む、次はこんなことにはしない。オヤジ、稽古つけてくれるよな」

「当然だ!女っ子置いて倒れるたぁお前、情けねぇったらねぇぞ!たっぷり鍛え直してやっから覚悟しやがれよ!」

 

 

 というもの。

 後で店に寄ってその後のことを聞いてみたら、エドは事件の翌日から毎日の鍛錬を増やされたらしい。やることを増やしてしまって申し訳なく思っていたら、何と嬉々として自主的に筋トレメニューも増やしていた。あの人たち絶対ただの古本屋じゃないよね…すごいなぁ。

 

 

 

 

 何はともあれ、我が家にパールさん、いやパールが住み始めたわけだけど…。

 

 

 

 

 

「でもパール?腰じゃなくても、調合中の錬金術士に飛びついちゃダメでしょ?爆発したら大変なんだから!」

 

「えー!それはイヤ。爆発しても大丈夫だよ、死んだりしないよ?」

 

「お部屋!散らかっちゃうでしょ、色々と!」

 

「むー…」

 

 

 この子スッゴく人懐っこいのね。

 見た目は私くらいの年齢だけど、お父さんにもお母さんにもニッコニコ。お陰で2人ともデレデレしちゃってる。私には見ての通りだし、リディーとスー、エドにも見境なくグイグイいく。

 早々に敬語とさん付けをやめさせられて、たったの1週間ですっかり遠慮のない付き合いになってしまっている。一応、私より年上ではあるらしいんだけど。

 

 ただ、その懐っこさの割に人付き合いそのものは初心者というか、よく分かってない感じで…どういう生活してきたんだろ?

 

 

「でもさ、ティティも悪いんだよ!いっつも調合してて抱きつく隙もないんだもん」

 

「抱きつく必要はないんじゃないかなって思うよ」

 

「そんなにたくさん、何作ってるの?おくすり?バクダン?」

 

「残念、全部失敗ですー。夜中もずっと失敗続きです。ほら」

 

 

 百何十個か目の失敗作をパールに投げ渡す。どうせ爆発しないのは分かりきってるし、もう扱いも雑になってる。

 あー…爆弾をこんな風に扱ったら危ないんだろうけど、頭が働かない。寝不足過ぎておかしくなってるな、今の私。

 

 

「わっ、なに…なにこれ!?え、どうなって…」

 

「わっかんなーい!あっははー!」

 

 

 あー、徹夜たのしいなー。

 どうしてトゲを衝撃でバラまいて敵を粉砕する爆弾のはずが液体なのに個体っぽいスライムみたいな何かになるんだろー!

 

 

「…もうやだ」

 

「違うよティティ…これ、そんな失敗作っていうか…」

 

「…へ?」

 

 

 興奮した様子で目を輝かせてパールがまくし立てる。

 ついでに肩を掴まれて前後に揺さぶられ…うあっ、頭がガンガンする!

 

 

「まるで素材が傷つけることを嫌がってる…ような?ちょっと違う?爆弾になりたかった子もいるみたいなのにみーんな爆弾になろうとしないの!敵を倒す道具じゃヤダって!わたしが言っても変わらないなんて不思議!どうなってるのこれ!?」

 

「わっ私に聞かれても、ぉおぉおぉおー!?ダメぇ揺らさなぃたたた腰がー!首がー!」

 

「こんな風に作った覚えないんだよ!すごい、ティティ面白ーい!」

 

 

 何言ってるのー!やーめーてー!

 揺らさないでぇー!あ、あ、あっ?

 

 

 

 

 

 

 

———グキィッ…。

「おぅ”っ…!?」

 

 

「えっ、ティティ…?」

 

 

 15歳にして初ギックリ腰かぁ…。錬金術士って過酷だね、お父さん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか」

 

「はい。ごめんなさい…」

 

「私の腰、治せますか」

 

「えっと、その…腰って難しい部分だから、すぐには…」

 

「…」

 

「は、はやく治るようにするから!許して!お願いその目を止めてよーっ!」

 

 

 あ、ちょっと楽しくなってきたかも。

 もうちょっと見つめてみようかな———。

 

 

 

 

「あ、あと!あと!あの爆弾!わたしが手伝ったらちゃんと作れるかも!」

 

「……ぇ…?」

 

「あんな風になっちゃう理由、上手く言えないけど分かるよ。絶対できるようになるから!お願い!」

 

 

 

 

 

 え…?

 

 私が…?作れる…?

 

 

 

 あの爆弾を…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ…お願ぃっぎぃぁああアアッ!?」

「ティティ起きちゃダメー!?」

「どうしたティティ!何があった!」

「ああエレン待って絵の具が廊下にィー!?」

 

 

 

 

 

 …あわや病院という惨事になったものの、何とか寝込む程度で済んだ。

 パールの手当てのおかげで後遺症はない。パールありがとう。そしてごめん、私が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 


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