ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
読み逃しにご注意下さい。
(2022.4.2 PM19:00)
盾は消滅した。…役目を失った、左手側から伸びる絵の具を回収する。
他のレンプライア個体とは明らかに違う反応。
何故?どうして…この絵の具を受け入れれば、きっと…!
きっと…どうなるの?
「…あ…」
あの、巨大なレンプライアは…《虹の絵の具》で色を得て、その身を花びらへと変えて消えた。
何故?
…それが、絵の想いに応えるということだったから?
「花となって…楽園を飾る…」
レンプライアの本当の望みは、絵の想いに応え、作者の願いを叶える…”叶えなくてはならない”という狂気的な衝動。
なら…
あの子が、なるべき姿って…?
「ねえ、ネージュ…この絵に込めた想いって、確か」
「え…そ、そうよ。”理想の友達”が欲しい…ただそれだけ」
「じゃあ。じゃあ…それって———」
———誰の、友達?
「……”ネージュ”の…?」
「———おい、ドラゴン避けろ!来るぞ!」
———グルァアッ!
「キライ…キライ…!イヤ…!」
先ほどの笑い声から一転。
表情を憎しみで歪め、否定する声を発しながら、
…遠距離じゃない!
「ドラゴネア!もっと速く…!」
———グルゥ…ッ!
…ダメだ。
ドラゴネアより、速い…!
「好都合だ、近づいてくるなら———」
「こ、殺さないで!」
「———分かってる。大事なんだろ、アイツが」
…うんっ。
「キエロッ!」
その両手の指は長い鉤状の刃に変じて、エドを切り裂かんと迫る。
…が、しかし。
「その程度…!」
ガキン、ガキン、ガキン!
硬質な刃と槍が三度切り結び、金属がぶつかり合うような音が高空に響く。
ただ、その刃の振りはがむしゃらな素人の動きだ。ただ力任せに振り回すような、幼稚な動き。
エドも、もう武芸の達人だ。そんな動きの相手に遅れは取らない。…足場さえしっかりしていれば。
「ドラゴネア、できるだけ安定して飛んでね…速さはもう落としても良いから」
やや、戦場の移動が緩やかになる。
竜の背の上、柳の枝のように槍を翻し、エドは危なげなく攻撃を捌き続ける。
…やっぱり、エドは強い。頼もしくて、素敵だ。
「———ッ…!キエロ!キエロキエロ!キエロオオオオオオッ!」
「っ、なんだ?急に激しくなったな、おい」
突然、更なる激昂。
「…今、何かに反応した?」
「ネージュ、何か気づいたの?」
「何か、今…あの子、ただ怒り出しただけじゃないような気がするのよ」
…確かに。
イヤだ、嫌い、消えろ。…ただ笑っていた時とは違い、少し意味のある言葉を叫んでいる。
消えろ、というのは…現状から、エドに言っている、のか。
でも…何が”イヤ”で、何が”嫌い”なんだ。
「…”叶えるもの”!イヤってなに!キライって、なんなの!?」
「無駄よ、今の彼女は———」
「…やってみないと分からない!」
聞くんだ。
言うこと、聞くこと。
言葉が無ければ、私たちは分かり合えない。
「お願い、教えて!貴方は、どうなりたいの!?」
「キエロ!キエロ、キエロッ!…ゥ、ア、アアッ…!」
…まだだ。
「その願いを教えてよ!”叶えるもの”!そうしたら…!」
「ウア、アアアアッ…!」
「こいつ…泣いてるのか…?」
反応はある。聞こえてる。
何度だって、呼びかけるんだ。
「私たちが…っ」
———違う。
———その言葉じゃない。
「私が!貴方を、助けるから!!」
「アアアアアア…ッ!ナゼ…ッ!ドウシテ!」
「オマエガ…ッ!ワタシハ…ッ!」
“どうして、お前が、私は”…?
「どうしてって…何が…」
何の、ことなのよ…っ!
“お前”って、誰なの?エドが気になるの?
いったい、何を読み取ればいいの…!
分からない、分からないよ。
絵に書いてあることは分かるのに…今の貴方の言うことは、何も分からない。
ねえ、私だって聞きたいよ。
どうして?貴方の望みはなに?
「…”叶えるもの”…そう、そうなのね」
「おい、ネージュ。何か分かったのか」
「貴方は自分で選んだのね、私とは違って…」
「…ティティ!色を塗りなさい!」
「え?で、でも…!」
「虹色じゃないわ!貴方がそうと思う色…」
「”叶えるもの”のための色を、ティティが選んで、塗ってあげるの」
ふ、と息を零して、ネージュは続ける。
切なさと、少しの羨望が混ざった吐息。
「もう、この絵はティティのもの。この絵の願いは、ティティのものになった」
「願いが、私の…」
「決めてあげるのよ。あの子じゃなくて、わたしでも無い。…ティティが決めるの。それが、あの子が望むことのはず」
ネージュのその、切なくも迷いの無い表情は、まるで”叶えるもの”を理解したかのようだった。
そして、”叶えるもの”がネージュ自身をモデルに生み出されたというのなら…それは事実、そうなのだろう。
「友達の証を、与えるの。…あの子に、友情を…信じさせてあげて」
「………」
「ぐっ…、こいつ、攻撃が重く…!」
「キライ…!イヤダ!」
夕暮れの燃ゆる瞳が、見開かれ、エドを睨んでいる。
その存在を否定して…何もかもを壊したいかのように、憎しみを宿して。
あの子の願いが、私のもの。
私の願うことを、あの子もまた、願う。
友達…理想の、友達。
「エドが、そうだと…」
ネージュの独白を聞いた時、一度はそう感じた。
でも…私にとって、エドは親友で…確かに忠実で…でも、”理想”なんかじゃない。
エドはエドの意思で…エドとして、私を助けてくれている。それはエドの自由だ。
そこを私がどうこうすることはできない。
エドは私のために動いてくれる、けれど私の思い通りにはならない。
だからこそ、私はエドが好きなんだ。
うん…綺麗な感情じゃない。
とても趣味の悪いことに、私はどうやら、従順な人が好みだったらしい。
支配じゃない。もっと傲慢で悪辣。ああ、そうだ!
自分から私に尽くしてくれる人、それを求めているんだ。
どす黒い。とてもどす黒い欲望。
人間、どこまでも純粋ではいられない。でもそれでいい。
汚く見える色だって、時には必要だ。
そういう自分も含めて、愛していいと言ってくれたのは、”叶えるもの”なんだ。
「ゼンブ、キエロ!キエロオオッ!」
レンプライアは、負の感情と衝動に支配される。
“叶えるもの”の負の感情。
それが何なのか、ようやく分かった。
それは”裏返し”だ。その感情は、塗り替えてはいけない。
それもまた、彼女の心。肯定してあげるんだ。
その感情をも受け入れると示す、消えざる証を…彼女の色を、あの子にあげる。
…いや。それは、もうあげてあった。
“叶えるもの”は、もう無色の存在なんかじゃない。たとえ、それが本能だとしても…あの子自身が、自分で選び取った色が、もう、ある。
だから、私からも…それがあの子の色だって、決めてあげるんだ。
そして。あの子がもう人間なんだってことを、私が決めつけてやる。
その為の準備は、もう出来てるから。
「分かった。…ありがと、気づかせてくれて」
「…友達だもの。当然よ」
…よし。覚悟、できた。
「…ドラゴネア。湖に向かって、高度を下げて」
忠実に指示に従い、ドラゴネアが高度を下げる。…良い子ね。
「…”叶えるもの”、こっちを見て」
「アア、アアアッ!!キエロ!キエロ!!ミンナキエロォッ!」
…へえ。
駄々っ子みたいに暴れて、そんなモノ振り回して。
友達を無視するなんて、酷いと思うなあ。
「ミンナキライ!ミンナ———」
「こっちを見てよ。…素直なほうが好きだよ、私」
「———キエ…ミンナ……?」
ああ。やっと向いてくれた。
そう、そうだよ。もっと私を見て。
こんな汚い欲だって、貴方に見せてあげるから。
「ア…アハ…ッ!ミテル、ミタ、アハハハハッ!」
「っく…」
再び両の手のひらがこちらに向けられ、あの黒い光線が放たれる。
お互いに竜の上。至近距離。
風防代わりに広げていた2つ目の虹の盾を、ギリギリで滑り込ませる。
危なかった。来ると分かっていなければ、間に合わなかった。
「イヤダ!ドケ!ワタシヲ…ミセロォッ!」
「ぐ…」
さらに追撃。
両手の爪、10本の刃による乱れ斬り。広さより厚さを重視して虹の盾を変形させていくけれど、どうしても液体、強度が足りない。
少しずつ絵の具は飛び散って、その体積を削られていく。
「…虹よ!」
最後の絵の具。
左手から繋がるように、大きな球体を成形する。
目眩がした。
…もう、これ以上の絵の具は出せない。
別にいい。どうせきっと、チャンスは一度きり…あ、そうだ。
「エド!…《不和剤》の皮袋ってある!?」
「あるぞ、念のため持ってきた!」
「さすが!ちょうだい!」
「おらよ…っと!」
私と”叶えるもの”の攻防を飛び越え、降下中の風の抵抗すら計算に入れて、液体入りの皮袋が上から飛んできた。
エドって、本当にすごいよね。
学者になりたいって人が、こんなに強くなるなんてこと、あるかな。
お父さんへの憧れ?
それとも私を守るため?
どっちでもいい。その一途さが好きだ。
その素直さが好きだ。
お腹の前で輪っかにした腕に吸い込まれるようにして、皮袋は落ちてきた。
「よし、お見事」
皮袋を開け、その腹を持ち上げ、《万物不和剤・黒》を空中にぶち撒ける。
それを、さっき作りだした《虹の絵の具》と———調合する。
高エーテルの2つの物体が混ざり合い、淡く、しかし強く輝き出す。
眩しさを感じない白光。《虹の絵の具》の球体は輝きに染まり、その色は見えなくなった。
そう、何色でもない絵の具。何色にもなれる絵の具———《
———グルゥアアッ!
ドラゴネアの短い咆哮。
湖面が———転生の門が近づいてくる。
すれ違うまで、後数秒———。
「エド、ネージュ。このドラゴンをお願いね」
「はっ?何を…」
「…分かったわ。行きなさい、ティティ!」
これが私の方法だ。
白く光る絵の具に…目の前の虹の盾も継ぎ足す。
「ア…キャハッ!アハ、アハハァッ!ミエタ!ミテル!———ミナイデヨォッ!」
当然、障害物が無くなれば…
それでいい。
私も着いていってあげる。
「さあ、いっしょに行くよ」
力を振り絞り、身を起こし、斬られる前にその身に抱きつく。
そして白く輝く絵の具で…私ごと、ドラゴネアの上から押し流す。
その向かう先は、チタンの門。
それは、かつて私も通り抜けた、魂に干渉する転生装置。
「ア、アハ、アハハ、アハッ———ティティ!ティティッ!」
背中から黒の両腕が回される———爪が脇腹を裂き、血が溢れる。
激痛、疲労、霊魂の消耗。意識が急速に遠のく。
決して…離すものか!
貴方も私の、大切な人なんだ!
「ここに居るよ…私も、貴方も!」
さながら、門を成す絡み合う神々のように。
私と”叶えるもの”は輝きの奔流の中、抱き合ってその門を潜り抜ける———でも、このまま門を通ってもダメだ。
絵の中の住人は、普通は絵の外には出られない。
するべきことは、分かってる。
その為の画材も、素材も、ここにある。
私は画家で、錬金術士。
そして、お父さんとお母さんの娘。
だからこそ得られた、力がある———。
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———羨ましかった。
…”叶えるもの”。
———自分を乗り越えた貴方に愛される、あの男の子が。
分かるよ。
だから、エドにあんな目をしたんだよね。
———嫉妬、だった。
———どうして、私はそこに居ないのって。
同じだね、私と。
———違うわ。
———貴方は本物よ、ティティは本物の人間なのよ。
———その愛も、欲も、苦悩も、願いも、全部本物。
———世界に許された、価値のある本物。
———でも私は
———ネージュが作り出した、ネージュの贋作。
……。
———この愛、欲、苦しみ、全て…。
———そう作られているだけの贋作。
———私は価値のないニセモノなのよ!
そうなの?
———私は、彼女の寂しさを紛らわせるための道具でしかない。
———でも、別にそれでも良かった。
———「檻」にされて、都合よく使い捨てられた。
———それでも、私は良かった。
———だってティティに会えたから。
———ティティは私を受け入れて、世界を見せてくれた。
———それで幸せだったの。
———それで消えてしまっても良かったのに!
———もっと見ていたい、なんて思わなければ…。
———ティティを傷つけることも無かったのに。
…へー?
———…ティティ?
ねえ、私、頑張ってたよね。
———そ…そうよ。ティティは、大したものだわ。
この絵の復旧も、私、頑張ったよ。
———…そうね。…ありがとう。
でもね、”叶えるもの”。
私、何のために頑張って復旧させたと思う?
———それは…貴方の色覚のために…。
違うなー。
———えっ?
———じゃ、じゃあ…元の景色が見たくて…?
それも違う。
———えっと…じゃあ…。
———何のために?
ねえ、本当に分からない?
———……その。
———私の…ため?
いや、違うけど。
———じゃあ何のためなのよ!?
そういえば言ったこと無かったかな。
私ね、貴方に空を見せたいの。
———空を…?
そう、現実の、本当の色の空。
私の好きな色の空を見せたかったんだ。
———それは…私のためじゃないの?
そんなわけないじゃん。
私、自分勝手な性格なんだよね。
…その事にも、最近まで気づかなかったけど。
そんな私に、誰かのためだけに、なんて。
できるわけないでしょう?
———分からないわ…どういうこと?
そんなに難しい?
そんなに不自然?
好きな景色を、大切な友達と一緒に見たいって思うのは。
———そんな詭弁…えっ?
…そうだよ、”叶えるもの”。
貴方と私は友達なんだから。
助けてって言われたら、助ける。
見せたいものがあったら、見せる。
一緒にいたければ、一緒にいる。
そのために命を懸けたっていい。
———でも…私はもう、こんな…。
———…だめよ。こんな醜くなった私は、貴方と友達でなんて。
嫌なの?私と友達でいるの。
———い、嫌じゃないわよ!
ねえ、それなら…逃がさないよ。
———…え?
だって私、自分勝手な上に欲張りだから。
捕まえて良いんだよね?だったらもう…逃がさない。
貴方が私を好きでいる限り、私も貴方を離さない。
———でも、でも!
黒いのが嫌なの?
———そうよ。こんなに黒いのは嫌。
———真っ黒で不気味で、何色にもなれない。
———貴方を怖がらせてしまったこの身体が、醜くて嫌なの!
でも、さっき塗ってあげたのに。
貴方、嫌がって弾いたよね。
———そ、それは…。
ごめんね、意地悪な言い方しちゃった。
何色になれば良いか、分からないんでしょ?
貴方が選んだ色が、貴方の意思なのか分からない。
その色が”自分”でいいのか、分からない。そうでしょ?
———……そうよ。
それは仕方ないかもね。
その色をあげたのは私だもの。
ごめんね。
———謝って欲しくなんて…!
ううん。
だから…もう一度、塗ってあげる。
———で、でも。
ねえ、私のことが好き?
———え?
答えて。貴方の今の心で。
その心は貴方のもの。作られたものでも、育てたのは貴方。
だから答えて。
私のことは、好き?
———…うん。
———好きよ。私、ティティが好き。
———ティティの見る世界を一緒に見ていたい。
———でも、私、きっとまたその色を弾いてしまう…。
心配要らないよ。貴方は受け入れる。
———そう、なの?
私は、貴方を見つけたでしょう?
今度は、もう見つけてる。
私には、貴方の色が分かるから。
委ねなくていい。私を信じて?
———…お願い。
———私を…。
———私を、塗って。
———私に、外の世界を見せて———。
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目を開ける。
上も下もない世界。
現実と不思議な絵をつなぐ、不思議な空間。
白い輝きに包まれて、黒い少女はただ眠る。
その頬に手を当てて———私は調合する。
私とこの子が望む、色彩に溢れた虹の未来を。
———
———暮れの灯火…