ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
来客を知らせるベルが鳴り、アトリエの扉が開く。
店内を見渡し、お父さんの姿を見つけた顔見知りのお爺さんは、笑顔を浮かべて足を進める。
「邪魔するよ」
「いらっしゃいませ…おや、アルベルトさん。今日はどうしました?」
「ええ実は…またおかみさんが腰を痛めたようでね…」
「ええ、またですか?分かりました、湿布3枚ですね。でもお大事になさってくださいよ?」
お父さんの応対を背に、今日も錬金釜を混ぜる。
この近所に住む老夫婦は、たびたび趣味で腰を悪くしては、こうして湿布を買いに来る。
お父さんの湿布は、それはそれはよく効くんだけど…あんまり繰り返すとクセがつくだろうから、本当に大事になさって欲しい。
「えーと、腰痛に効くのは…これかな。はい、どうぞ。合わせて600コールになります。一枚で丸一日は持ちますし、それでばっちり治りますから、温くなっても慌てて取り替えないで大丈夫ですよ。期限は1年です」
街の人々から頼られて、立派に道具を作ってて。
お父さんの背中は私の憧れの一つ…だった。
けど…今は、そうでもない、かも?
「混ぜ混ぜ〜…おっ、できたかも」
かき混ぜ棒で釜の底から何かを持ち上げる。
丸底のガラスの
良い香りだ。
本当は目が覚める香りになるんだけど、今回はアレンジして反転させてみた。
気分が落ち着く。微睡む心地よさ。
全身からふっと、力が抜けて…まぶたが…おも、く……。
———バタッ。
「お、お嬢ちゃん!?どうしたんだい!?」
「ティティ!?…あれ、これは…」
「ぐう」
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目が覚めると、そこは自室のベッドの上だった。
掛けられている毛布を持ち上げ、身を起こし、伸びをする。
「ぅ、うーーん………はぁ。あれぇ?私…」
確か、調合をしていて、それが終わって…あれ?
その後どうしたんだっけ…。
「…ん、ティティ?起きたのかしら」
「あ…うん」
全てを飲み込むように黒い髪。
燃え立つような夕暮れの瞳。
…
幼なげに少女が頬に触れる指は、風に揺れる野花の茎のように、細く、たおやかで、瑞々しく。
次第に、目の端、額、と顔をなぞり、髪を撫でる。
「おはよう、ティティ。気分はどう?」
「うん…まだちょっと眠い…。ぁ、おはよう———シャンディ」
シャンディ———
かつての名は…”叶えるもの”。
古の錬金術士が生み出した、友となるべき無形の存在———でも、それも昔。
今はただの、この家の同居人だ。
まあ、その身体は、普通の人間とはちょっとだけ違うんだけど…。
「ティティったら、自分で作った睡眠薬で眠っちゃうんだから」
「ふぇ?…あっ、そうだ」
「今更思い出したって顔ね?…可愛い」
「え、あの、シャンディ?」
紅潮した頬、細められた目。
吐息を感じる。
顔が、近い———。
———ペロッ。
「ひゃぃ………っ!?」
「ふふっ…!美味しい…」
「す、ストップ!シャンディ、ダメ!落ち着いて!」
「ええ?残念ね」
あ、危ない…!
ふう、これだからシャンディとの会話は気が抜けない。というか休まらない。
でも、不思議とリラックスして、力も抜けるから不思議だ。
まるで、狩りの獲物が、少しずつ毒で痺れていくような…。
いや、考えるのはやめよう。シャンディは友達だ。
「…だよね?」
「ええ。そうね…今はそう」
関係が昔より進展したってことだよね!そうね、仲良くなった!
あー!目が覚めたなあ!ちょっと散歩に行こうっと!
「あ、待って。私も行くわ」
「う、うん。一緒に…行こうね。うん」
「手、繋ぎましょ」
ひゃあ…にぎにぎされてる…。
あったかくて気持ちいいけど、大丈夫かな…。
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『新たなる四季』での騒動から、1ヶ月。
“叶えるもの”と一緒に転生の門へと飛び込んだ私は、メタモルミックスでその黒い身体と白く輝く絵の具を”調合”し、シャンディとして転生させた。
《不思議な絵》の生物を取り出せないのなら、外へ持ち出せる物体———輝く絵の具で身体を作り直して仕舞えばいい。
そういう発想を、ぶっつけ本番で行った。
結果は…8割方成功、って感じかな。
どうやら、その
「ふふっ…」
「ね、ねえシャンディ。その、近くない…?」
「そう?…もっと近くてもいいと思うわ」
「ううん!これで丁度いいと思う!」
以前の落ち着いた雰囲気は面影を残しつつ、感情のタガが緩くなり…こちらへの好意をまるで隠さなくなった。
つまり、”押せ押せ”。
相手に”尽くさせる”性質であることを自覚した私ではあるけれど…。
抑圧と孤独の反動なのか、あんまりに押しが強くてちょっと引き気味になっている。
今だって…肩が、腕が、脇腹が。右腕に、ぴったりと当たっている。
もちろん、シャンディの腕も私の脇腹に密着していることになる。
あ、熱い。最近は季節も肌寒くなってきたはずなのに、今すぐにコートを脱ぎたいくらい熱い。
幸い…なのかどうなのか分からないけど、体格差があるので私の肩はどこにも当たっていない。唯一の放熱箇所だ。コートに覆われているけど。
だいたい、私は女の子にドギマギする趣味ではない。
そのはずなのに、何故かシャンディはそれを飛び越えて私を困惑させてくる。おかしい。
「あ!ティティ!…と、シャンディ!」
「おはようございます。ティティさん、シャンディさん」
「あ、2人とも」
橋に差し掛かった時、向こう岸の通りから渡ってきたリディーとスーが話しかけてきた。
やっぱり、いつも一緒にいるなあ、この2人。
「…その、おはようでいいの?今って」
「えっ?た、たぶん…?」
「えっと、どうしたんですか…?」
「えへへ…その、お恥ずかしいことに…」
《子守りのアロマ》*1でどのくらい眠ってたのか分からないんだよね…。
まだ明るいから、朝か昼かなって思ってたんだけど、どうやらまだ朝みたいだ。あんまり長く寝てなくてよかった。
「…ってことがあってね」
「可愛かったのよ、ティティの寝顔。…ああ、そういえば貴方たちも見たことあったわよね?」
「あはは、そうですね!そういえば、あの時の絵はまだ花園のアトリエに飾ってありますよ」
「あー、あれかぁ…お母さん、あれずっと見ててさぁ。”あたしたちとルーシャの寝顔も描かせて、コンプリートするんだ”って張り切っちゃってるんだよね…」
「いいじゃない。折角だから、4人でお泊まり会でもしたらどうかしら」
「あっ!名案だ!」
「やめてぇ!?恥ずかしいの!」
双子の母、オネット・マーレン。
3年前に亡くなったはずだったんだけど、その残留思念は『天海の花園』という《不思議な絵》に留まっていた。
私たちが『新たなる四季』で大立ち回りしている間、双子たちもまた、死闘を演じていた。
『天海の花園』あるもう一つの双子のアトリエに出現した黒い絵『黒の地平線』。
そこに巣食うレンプライアを駆逐するため、そのコアとなる強大な個体、『黒き絵画の魔核』と戦っていたのだ。
その戦いは熾烈を極め、一時はあわや全滅という危機にも陥ったというが…。
———これが私たちの…っ!
———全力、だぁあああああああっっ!
最後の最後、双子が息を合わせて撃ち出した2本の
見事、双子たちはレンプライアの増殖を食い止め、『天海の花園』を守り抜いた。
「ねえ、どうやって撃ったの?あのビーム」
「えへへ。秘密、ですっ!」
「あれはあたしたちの奥の手だからね!」
実は、私たちはシャンディを助け出した直後、『黒の地平線』へと駆けつけ魔核との戦いに参戦していたのだ。
ネージュは「生前に行ったことのない絵の世界には行けないの…」ということで不参加だったが、私、エド、そして新生したばかりのシャンディの3名がその決戦に後から加わった。
…いや、まあ。加わったといっても、実際のところ…私たちが着いた頃にはほとんど終わっていたのだけれど。
「ほとんど、行っただけになっちゃったわね」
「ホントにね…」
「いやいやいや!?アレが無かったら今ごろあたしたち…」
「あの時は誰も動けなかったんです!何か、変な黄色い呪いを掛けられて、身体が重くなって…」
あら、そうだったんだ。
まあそれでも、私とエドが何もしていないのは変わらない。
やったのは、シャンディ。生後数十分にして、大殊勲だ。
辿り着いた時、リディーたちが何やら危なそうだと感じたシャンディは、突然空へと飛び立ち、両手からあの爪の刃を生やして魔核へと切りかかった。
その一瞬、予想だにしない方向からの襲撃に怯んだ魔核を、先ほどの双子ビームが撃ち抜いたというのが決着の顛末になる。
というか、私については「とりあえず霊魂だけは回復したし、とても眠くて怠いけど戦場に居さえすれば絵の具で援護できるかな」という至極寝惚けた思考をしながらエドにお姫様抱っこされていたので、まさに文字通り、お荷物だった。
いや、人間、寝ないとダメだね。
後で数えてみたら、4日も徹夜していたし。
その上で、あの”
案の定、私は体調を思い切り崩したし…その後3週間、つまり、今からほんの1週間前まで頭痛や怠さが抜けなかった。
エド?丸一日爆睡したらピンピンしてたよ。
やばいよ私の幼馴染。人間を超越しかけてる。頼むよ、私を含め、パールとシャンディも真正面から人間とは言い切れないんだから。そのままの君でいて。
「…」
「いっ…!?」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでも…」
(何で
(…ふんっ)
…今でも、私とシャンディはお互いに考えていることが分かる。
元々の理由は、
今のシャンディを”調合”した時、私は私の霊魂から生み出した直後の《虹の絵の具》を使った。それによって、直接の繋がりが生まれた…というより、現実におけるシャンディの霊魂はそこから補填して作り出した。
だから今、シャンディと私は全く同じ質の霊魂を持っている。
元々よりも強い繋がりになったおかげで…思考だけじゃなくて、なんと、そこより一段深く、感情や想起のレベルで、お互いを共有している。
なので、シャンディと居る時にエドのことを考えていると…。
(ティティって、いつもエドのことばっかりだったのね。本当に嫉妬しちゃうわ)
(ごめん!ごめんって!痛い!)
(じゃあ早く私に集中してよ。まだ考えてるじゃない)
そんなこと言われても!そもそもの候補が少ないの!
私の友達以上の関係なんて、双子とエドとシャンディにパール、そしてネージュくらいなんだから!あとルーシャ。
(…ん。これでどう?)
(〜〜〜〜!?)
街中で腕に抱きつかないで!?
「おお…これはおアツい…」
「す、スーちゃん!わたしたちだって負けてないよね…!」
「リディー?ちょっと、重いからもたれかからないで」
「ふんっ!」
メキィッ…!
「足がぁっ!?自慢の俊足がぁっ…!!」
片膝を抱えて飛び跳ねるスー、ぷりぷりと怒るリディー、真っ赤な私に抱きつくシャンディ。
女の子4人で何をやっているのやら。街中の人々に生温かい目で見られつつ、リュンヌ通りをゆっくりと当てもなく歩いていく。
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一通り話題も出尽くして、私の家のある路地に差し掛かったので、双子とは別れることになった。
時刻も昼時。お互い、お腹が空いてきた頃だ。
一緒にお昼ご飯でもどうか、と思ったのだけれど…。
「あ、今日は遠慮しとくよ。お母さんが料理作ってくれるって言ってたから」
「折角誘ってくれたのに、悪いです…」
「ううん!そんなことないよ!楽しんでね、2人とも」
「「はーい!」」
ということで、私も自宅へ…。
「…ん?」
「げっ…」
「こら、げっとか言わないの!こんにちはエド。何してたの?」
「はは…よう、ティティ。今日は海岸で調べ物だ」
「へえ…魚とか?」
「いや、波を見てた。護岸のために何かできないかと思ってさ」
帰ろうとした所、家の前でバッタリとエドに会った。
私の方が落ち着いたので、最近のエドは鍛錬や採取よりも勉強の方を頑張っている。
エドの将来の夢は学者。少なくとも今の時代、学者というのは言ったもの勝ちだ。つまり、認められるかどうかは人次第。
各地を巡り、見聞を深めたエドは、少しずつそれを実践することにしたらしい。
「折角、ティティっていう”
「長かったわよね、私が使えるようになるの…これからは存分に頼っていいから」
そういう目的で仲良くしてたんじゃあないけれど、錬金術士だと言うのだから、その腕に期待はしてただろう。
そういうことに気が付けるくらいには、私だって成長したんだ。
エドの期待には応えたい。私のためにね。
「はは…変わったよな、ティティ。頼もしくなったよ。今のティティも、まあ、危なっかしくはあるけど」
「でしょ?…逆に、エドはずっと私のこと守ってくれたよね」
「…そう、だな。守ってやってる、つもりだったんだが」
エド?
「何ていうべきかな。俺も…俺も、変わるべき所があったって、思うよ」
「…え?」
「お前が変わろうとしてる時…俺は、それを分からなかった。それどころか、止めようとしちまっただろ」
ああ…。もしかして。
「ふん…ティティが私を拾おうとした時のことかしら?」
「そうだよ、シャンドリエ。君なんだろう、ティティに自信をつけてくれたのは」
「…どうかしらね?」
「俺はそう思ってるからさ、ありがとな。本当に、心から…礼を言うよ。…ありがとう」
「どう…いたし、まして」
そうだね…。
エドは私の身だけじゃない。心まで全部、守ってくれていた。
今にして思えば、少し過保護なくらいに。
でも、そうじゃなかったら私は…あの、おそば森のウサギに会った時に、既に殺されていた。
エドが身代わりになってくれたから、あの時私は助かったんだ。
「だから、これからは俺も、ティティのこと、頼りにする。もっと信じる。…見損なったか?」
「やっと?って感じ。…まあ、これまでだったら、この感想こそ何様って言われちゃう所だけど…もう力になれるもの」
「…ありがとう、ティティ」
「私こそ。ありがとう、エド」
なんだか、むず痒い。
お互い、柄にもないこと言ったかな。
「私も…貴方には、まあ。感謝してるわよ」
「…シャンディが?意外だな…」
「エドだって、私のこと助けてくれたじゃない…。少しは、カッコいいなって思ってるのよ。ティティを預けられるくらいには」
保護者か。…保護者みたいなものかも。
「私がエドのこと苦手な理由は、貴方がティティに意識させてることと…私に、よりによって雷をぶち当ててくれたことよ…!」
「えっ?そこなのか?」
…あー、雷…そっか。
「貴方ね、ネージュから聞いてたでしょう…?私の絵に何が封印されてたか」
「あ、あー…すまん。でもあの時は他には…」
「ええ分かってる、実際
「うん…本当にすまん…」
もしかして、あの後空中で止まってたのって…トラウマを刺激されたから…。
うわあ、ごめんシャンディ…。
「…で。とっても…ええ、とっても不本意なのだけれど。エド、言いたいことがあったんじゃないの?」
「あ、ああ…その、言っていいのか?」
「好きにすれば?…言っとくけど、私もセットだから」
「はは、そりゃ当然だろ。仲間なんだから」
「っ…はあ…朴念仁め」
な、なに?2人で分かり合ったような話しちゃって。
「なあ、ティティ。まだ、まだしばらく先なんだが…」
えっ、えっ。
どう言う話?まだ先?
エドは何でそんな緊張してるの?
「俺と…俺と一緒に…」
…ドキドキする。
は、早く…早く言ってよ。
あ、あと3秒言わなかったら私、耐えきれずに引っ込んじゃうよ!
ほ、ほら早く。3…2…。
1…!
「一緒に、旅に出てくれないか!」
「ぜっ…えっ?」
「旅だよ。旅。採取旅行なんて、この地方だけの話じゃない。もっと遠く…フルスハイムって所に、行きたい所があるんだ。ここから、ずっと北の方」
ふ、フルスハイム…?聞いたこともない。
どれほど遠い所なんだろう。
「そこに、見聞院って場所がある。…冒険家たちが知っている情報を記録して、収集して、保存する…知識の宝庫なんだ。…いつか、行きたいって思ってた。俺の知識が、どの程度なのか…まだ知らないことがどれだけあって、俺に何が出来るのか。それを知りたい、そう思ってた」
「エド…」
「ティティにだって、悪い話じゃない。…知ってるだろ、ライゼンベルグの、公認試験」
公認…錬金術士の唯一の”認定資格”。
それは、錬金術士として、最高級の信頼に足る者であることを証明する資格。
アトリエランクがアトリエの看板に対する証明なら、公認資格は錬金術士本人の技能と人格に対する証明。
憧れはある。けれど、今の私でも、まだ…。
「…ふっふっふ」
…?
「何か、すごく似合わない上に芝居がかった笑い声が聞こえる」
「ちょっとぉ!?えぇ…?そんなにダメだった?今の笑い声…」
「フィリスさん!?どこから…」
「…私は!旅のある所、どこにでも現れる!そう、風来の錬金術士フィリスとはわたしのことっ!」
調子戻っちゃったか。早かったなあ。
「エドくん!旅をしたいというその気持ち、分かるよ!世界は広いから、絶対に沢山成長できるはず!」
「あ、は、はい…ありがとう、ございます…?」
「で、ティトラちゃん!」
「は、はい」
「…わたし、錬金術なんて5年くらい前まで知らなかったんだ」
…ええ、と。冗談?
…目が本気、だなあ…。
そんな、嘘だと…嘘だとしか思えない、けど…。
あ、でも。私も錬金術が上手くなったの最近だし…。
上手くなるときは、一気になるものなのかな。
「旅を始めて…いろんな人、物、街を見たの。そして、いろんな頼み事を聞いたよ。その度に、その時できる全力を尽くして、解決してきた。思いもよらないようなことを頼まれることもあったし、雑用みたいな頼み事もあった。…でも、そのどれもが私をいっぱい成長させてくれた」
成長…。
伸びゆく草は、まだ、その丘の外に広がる世界を知らないんだ。
(そうかもね。…私も、知らないことだらけ)
(あはは…シャンディなんて、花畑の方じゃない?)
(勘弁して。300才の赤ん坊になんてなりたくないの)
「今、ティトラちゃんに見えないことは沢山ある。自分についてのことも。…ね、挑戦。してみたくない?」
「…うーん」
「あ、あれ…?だめだった…?」
「あ、いえ。旅は魅力的だなって思います。でも…私は挑戦したいのかなって思って」
私、元々…錬金術も絵も、お父さんとお母さんの期待に応えようとして始めたんだったから。
今の私には、無理に錬金術士の資格を取る必要は無い。
けど、じゃあ、私がどうしたいのか…。
それはもう、ずっと前から決まっていることだ。
「…ねえ、エド。私、今まで沢山エドのこと振り回したでしょ?」
「まあ、なあ…思い出したら、それで本が書けるくらいに」
そのアイデアは是非死蔵しておいて欲しい。
「でね?私、次は貴方に振り回されてみたいなって思うの」
「…なるほど」
さあ、これを言ったら後戻りできない。
このマール海の光景も、旅に出たら見れなくなる。
お父さんにも、お母さんにも、しばらく会えないね。
…でも。どこまで行ってもいいって、お墨付き貰ったし。
私は、私の日常を守りたいなって思う。
「エド、次は貴方に私がついていくよ。エドの挑戦…そばで観ていてもいいかな」
「…ああ!ずっと…好きなだけ観ていけよ!俺の後ろは、ティティだけの特等席だ!」
「えへへ…それじゃ、きっといい旅を見せてよね。楽しみにしちゃうから」
「ありがとな…ティティ。俺、絶対に夢を叶えるから」
うん。エドならきっとできる。
もしできなくても、私はエドを観ているよ。だって、エドは諦めないだろうから。
(…プロポーズと逆プロポーズの殴り合いね)
(えっ!?いや、違うよ!?違う…違うよね)
(ま…好きにしなさい。私は私で好きなティティを貰うから)
(私って選べるの!?)
「丸く収まった…のかな?お節介だった気もするけど…まあ、いっか!お幸せにね!2人とも!」
「違いますってば!」
「…?俺は幸せだぞ?」
分かって!勘違いされてるの!分かって!
ああ、もう…楽しいなあ。こんな日々って。
「じゃ、とりあえず…今日はまたな。まだ、旅は発想段階でしかないからさ」
「はは…うん。またね。エド」
「まあ、また会うんでしょうね。…また今度ね」
手に入れた日常と平穏は、かけがえのない宝物。
それを守り抜くことの、なんと難しいことか。
ただ、何が訪れたとしても、もう大丈夫だろう。
この街には、精強な騎士団がいる。
何かあったら、ミレイユさんが的確に指示を出してくれるだろうし…。
今度、戴冠するマティアスさんなら、きっと皆んなを導いてくれる。
そして、私たちの日常は…私たち自身が守り抜く。
私と、エド、シャンディ。旅路は、きっと楽しいものになる。
パールは…ちょっとお留守番かな?
でも、彼女は彼女の平和を守ってるし、何となく…ふらっと現れそうな気もする。
そして、これからどんな騒動があったって…また、泣いたり笑ったりして、乗り越えていけば、その度に強くなれる。
私の理由は…大好きな友達のため。
シャンディは、ひたすら私のため。
エドは、遠大な夢のため。
この大切な日常を、どこまでも、抱えていこう———。
本来であれば回復効果も反転し毒となっていたのだが、不眠に悩む人の依頼で作った道具のため、回復効果となるように調整が施されている。
まるで終わったかのような締めですが、
もうちょっとだけ続きます。
が、ここで物語の本筋としては決着となるので…蛇足ながら、執筆した感想を記させて頂きます。
実を言うと…。
当初、フィリスが師匠をやるはずでした。
ティティはルアードの「根絶の錬金術」に近い技術に手を染め、メタモルミックスという設定は当初まったく無かった。
何なら、ティティは人間ではない、という設定すら考えていました。
ただ、気がついた時には、その展開を描ける道は無かったんですよね。
この作品を執筆して、本当に実感したことですが、物語を執筆する時、作者は決してその世界の全能の神なんかでは無くて、どこかに存在する物語の世界を、文字という一次元のレンズで何とか覗き込んでいる。
私にできたことは、できるだけ多くの手がかりを拾い上げて、次に覗き込むべき場所を推理できるように準備し続けることだけでした。
自分自身、この作品が、私の覗いた世界を私の望むほど魅力的に記録できたとは言い切れませんが…それでも、この段まで書き続けることを許してくれた物語と、それに興味を抱いてページを見てUAやお気に入り、しおりを頂いた数千の方々には、とても感謝しています。
そして何より、偉大なる原作、『リディー&スールのアトリエ』及び『アトリエシリーズ』の全作品については、どれ程感謝しても足りないほどです。
この後もアトリエらしく後日談は続きますが、この場でどうしても述べさせて頂きたく、後書きに残した次第です。
皆様、本当にありがとうございました。