ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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想定外の使用による各種の不具合につきまして


 

 

 エドの古本屋にて。

 

「…う、うーん…」

「おい…何かまずかったのか?」

 

 青く光る巨大な爪楊枝のような槍を見て、うんうんと唸り声をあげる少女がいた。

 

 私こと、ティティなのだけれど。

 

「まずくは無いんだけど…」

「じゃあ…何が問題なんだ?」

 

 この槍、《重力牙(グラバイト)》は、《グラビ石》と《シルヴァリア》の合金である《グラビニューム》を素材として、私が錬金術で作り出した武器だ。

 

 そこに持たせた特別な機能はたったひとつ。この槍は、普段は《グラビ石》の反重力作用によって軽量となり、振る速さに応じて元の重さを取り戻す。

 

 つまり、非常に軽く持ち運べ、かつ速く振ることで威力を増す、使い手さえ伴えば優秀な槍、なんだけど。

 

 逆に言うと、それ以外の機能は全く付いていないはずなんだ。

 

「どう考えても、あんな…空間をすり抜けて敵を貫いたり、重力の渦で空気を押し出したり、なんて事、できるとは思えないんだけど…」

「でも出来ちゃったんだから仕方ないだろ」

「そうなんだよねぇ…エド、一体何したわけ?」

「特別なことは、特に…」

 

 『天海の花園』での、巨大レンプライア戦。そして、シャンディの前身、”堕ちた願望機(ミニングレス)”戦。

 それぞれで見せたエドの槍の使い方は、とうてい私の想定した使い方じゃない。

 

 それで、槍の方を点検も兼ねて調べてみたのだけれど、何も出てこなかった。特別なタネがあるのなら道具に応用できないかと思ったんだけど、どうやら難しい。現状、あれらの現象はエドの熟達した槍のセンスと物理現象への理解が合わさって生まれた、“職人技”だと考えるしかない。

 

 ただ…ひとつ、気になる事があった。

 

「ねえ、エド…この槍、最近どう感じる?」

「実は…ちょっと、振った時の感覚がおかしい気はしていた。()()()が悪いというか、金属の粘りが弱くなってるというか」

「やっぱり…」

 

 《グラビニューム》の反重力作用は向きを持っており、実際には反重力というより”引・斥力干渉作用”と呼ぶべきもの…ってエドが前に言っていた。

 その時の解説によると、どうやらこの世の全ての”重さ”をもつ物体には、重力が働いているらしく、この合金はそれと同じ力を向きを問わず発生させる力があるらしい。

 その向きがどのように決まるのかは分かっていなかったけど、エドはそこを、武術に用いる場合のみ、カンで解決できたのだろう。

 

 ただ、この力は物体をその形に留めておくための力とも同質であり*1…。

 それを頻繁に、かつ想定外の方法で利用し続けたことで、この槍は内部から脆くなってしまっているようだ。

 

「あの使い方を続けるつもりなら、いつ折れてもおかしくないと思う」

「うーん…残念だな。この槍、すごく俺に合ってて、気に入ってたんだが…」

 

 “気に入っていた”…か。

 

 そんなの、”作り手”に向かって言われたら…もう、殺し文句でしょ。

 仕方ないなあ。…本音を言うと、改良案も思いついてて試してみたいと思っていたし。

 

「エド。この槍、しばらく預けてくれない?もっと強化しようと思うの」

「強化?それで、直るのか?」

「もう一度調合し直すから、少なくとも最初の状態までは回復するはず。…改良案が失敗したら分からないけど」

「まあ、いいぞ。元々ティティが作った槍だ、任せるならティティしか居ないだろ」

 

 よし来た。

 

「それじゃ早速やってみるね。明日か明後日には出来ると思うから、待ってて」

「ん、分かった。頼むぞ、ティティ」

 

 

 

 

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 普段、絵の具やメタモルミックスで戦う私は、武器や防具を調合することが殆どない。

 武具についての発想や理解が乏しいので、その形状と機能は自然とシンプルなものになる。余計なものをつけてとっ散らかるくらいなら、無骨でも持ち味を伸ばした方が良い。

 

 この《重力牙(グラバイト)》も、その方向性で強化するつもりでいる。

 

 さて、今回の調合は3ステップに分けて進める。

 《グラビ結晶》の調合。

 より強靭な《グラビニューム》の調合。

 そして、それらを使った《重力牙》の強化だ。

 

 

 まず最初に《グラビ結晶》の調合。使う素材は大量の《グラビ石》に水に燃料。

 

 錬金術の反応を利用して《グラビ石》を溶かす。

 

「おおー…光ってる」

 

 事実上のマイナス比重を持つ反重力成分は、溶液の上層に素早く溜まっていく。薄い紫色を帯びて輝く上澄み液は、見ているだけでも綺麗だ。

 

 《グラビ石》が溶けきったら、この上澄み液の部分だけを回収し、別で火にかけている鍋の中に移し、錬金釜の残りの液は捨ててしまう。《グラビ石》の不純物にも使える成分はあるのだけど、上澄み液が冷める前に錬金釜に戻さないといけないので時間が無い。

 

「ぃ、よい、しょぉぉぉっ……!」

 

———ザバァー…。

 

———ドスン。

 

「くはぁっ!おっも!」

 

 

 この、水が大量に入った重い錬金釜を持ち上げて、桶に移し替える作業のために、錬金術士にはやっぱり筋力が必要になる。

 どう見たって、私の体重よりは重いでしょ、これ。

 

 さて、錬金釜に紫色の上澄み液を戻して…使うのは、釣り糸。

 

 錬金釜の火を消して、釣り糸を溶液に垂らす。

 そうして、しばらく待っていると…。

 

 なんと、釣り糸の先に、小さな結晶が生まれるのだ。

 

 溶液が紫色なのに、結晶の色は深い青色。

 《グラビ石》の色も青なので、不思議なのは溶液の色だ。どうして溶かすと紫色になるのか、エドなら理由が分からないかな。

 

 と、考えごとをしていると、どんどんと結晶は大きくなる。本来、結晶を作る時はこんなに早く出来上がることは無いんだけど、忘れてはいけないのが、これが錬金術の調合であること。

 錬金釜内部にかすかな虹色の霧となって充満するエーテルが、その反応を促進するのだ。さらに、溶液に含まれる結晶成分は、冷えて溶け切らなくなった分だけでなく、全て無駄なく結晶に変わってくれる。

 

 

「よし…こんなもんかな!」

 

 《グラビ結晶》、完成!

 錬金釜から掬い上げて手に取ると、途端に反重力の特性を発揮し始め…うわぁっ!?

 

「ちょっ…ちょっと強っ、強すぎ…っ!?」

 

 そ、そうだ。確か《グラビ結晶》の浮力は馬車や船すら浮かべるほどに強い。

 私が掴んだところで、持ち()()られる筈が無い。

 

 

(くっ…ふふ…っ)

 

(シャンディ!見てないで助けてよぉ!)

(ごめんなさい、足をバタバタさせて浮いていくティティが面白くて)

(バカ!こっちは必死なの!)

 

 落ちたら私が錬金釜に入っちゃうのよ!

 人を錬金釜に放り込むバカが居ますか!

 

 

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「はっくしゅん!…すまない」*2

「アルトさん、風邪引きました?」

「そういえば、最近冷えてきたね…リディーは寒く無いのか、その服で」

「ふ、服のことはその…」

 

 

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「っくしゅん!」*3

「ソフィー?大丈夫ですか?」

「…なんか、急に昔のプラフタを思い出しちゃった」

「ああ…懐かしいですね」

 

 

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 …いないよね?

 

(貴方…私の生まれを忘れたのかしら)

(いや、まあ、シャンディはほら、身体は人間じゃなかったし)

(もう…はい、これで大丈夫?)

 

 

 

 ぎゅっ。

 

 

「あっ」

「私が抱きしめておけば、浮かび上がったりしないでしょ…?」

「ひゃっ———!?」

 

 わざわざ耳元で囁くな!

 

 …確かに、自力で空中を動けるシャンディが抱きしめてくれたら浮かび上がらなくて済むけど。

 

(この結晶を持っていてくれたら、一番助かるんだけどなー…)

(ふふ…で、次はどうするの?)

 

 離れる気はないらしい。諦めて次の調合に移ろう。

 

 次は《ハルモニウム》の調合…と言いたいんだけど。

 

(残念ながら私には作れそうに無いので…仕方なし、かな…)

(あの双子に依頼して作って貰ったのを使うのね)

(うん。さすが、質がいいよ。これ)

(…量も凄くないかしら)

 

 《ハルモニウム》は魔法の金属。名前を変えて、神話にも登場するという、伝説級の逸品だ。

 お父さんにも作れないから、これはもう一流の錬金術士の手を借りるしか無い。リディーもスーも、大きくなったものねぇ。

 

(ちょっと…おばあちゃんみたいよ、それ)

(誰がおばあちゃんよ!まだ15…いや、16よ!私は!)

 

 この間、ついに誕生日を迎えた。…寝込んでいる間に。

 治ってから祝ってもらえたけど、少し勿体ない気分になった。むむむ。

 

 でも、過ぎたことは仕方ない。

 切り替え切り替え。次の調合、始めますか。

 

「《ハルモニウム》と《グラビ結晶》の合金…時間かかりそうだなあ」

(ずっと抱きしめていられるわね)

(まあ、いいけどね?)

 

 

 

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 出来た…!《グラビ結晶》の合金…!

 

 途中、食事を挟みながら、実に15時間。

 錬金術士には良くあることとはいえ、長かった…。

 

 日は沈み、夜も明け、空はうっすらと白くなっている。

 

 

 あと。

 

(シャンディは本当にずっと抱きついてたね…)

(当たり前じゃない。いくらでもこうして居られるわ)

 

 シャンディの身体は睡眠を必要としない。眠ること自体はできるけれど、眠気というものは本来は感じないらしく。

 私が感じる眠気———睡眠への欲求を共有して、隣で眠るのが、彼女の睡眠だ。

 

 それもあって、徹夜をするような時はいつもこうして一緒に居てくれる。

 

 ただ、シャンディの体温が高いので、抱きつかれているこっちが眠くなって…その度に、耳元に息を吹きかけられて飛び起きる羽目になった。

 

(可愛かったわ…)

(私は気が気じゃなかったよ…)

 

 釜が爆発しなかったのは、私の成長の現れだろう。

 最近は、滅多にガラクタも作らない。

 

 …あ。

 今の私なら、あの懐かしのフニフニした《謎クラフト》、作れるかも。

 後で試してみよっと。

 

 

「で、このまま槍の強化にかかるの?」

「ううん。急ぎじゃないし、ちょっと一眠りしてからかな」

「じゃ、運んであげる。力抜いて」

 

 あー、これすっごい楽…。

 

 干された布団のように脱力した私を抱えて、浮遊したシャンディが階段を上がり、私の部屋へ入る。

 イーゼル、パレット、描きかけのキャンバス。そして『新たなる四季』。私の部屋はそう広くはない。いつ見ても、ごっちゃりと画材が広がっている。落ち着く空間だ。

 

 シャンディはこの部屋を見るたびに、くす、と困ったように笑う。

 

 そして、朝の日差しが差し込むカーテンをシャッと閉め、私をベッドへと横たえて…。

 

「……」

「……んぇ?…ねない、の…?」

 

 じっと、こちらを見つめている。

 

 眠くて呂律が回らない。目も、とろんと半開きになっている気がする。

 どうしたんだろう。早くしないと先に寝てしまう。

 

「え、ええ…そうね。寝ましょうか。ええ」

「どうしたの…」

「何でもない。気にしないで」

 

 何か、感情が伝わってくるけれど…眠くて眠くて、何だか分からない。

 シャンディは眠くないのかな…。

 

 あ、あくびが…。

 

「あふ…」

「………」

 

 真顔になったシャンディが毛布の中に潜り込んでくる。

 あったかー…。

 

(こんな欲求、抱くように作られていたのかしら…)

(…?)

(何でもないわ。おやすみ、ティティ)

 

 もう限界だ。

 意識が、沈む———。

 

(おや、す……)

 

 

 

 

 

 

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 その翌日の朝早く。

 

 エドの古本屋へと向かった私の手には、形はそのままに、より深みを増した青の輝きを纏う白銀の槍が握られていた。

 

 なお、関係改善の一環としてシャンディを連れてきている。

 

「エド!槍ができたよ!」

「おお!待ってたぜ、ティティ!シャンディもいらっしゃい!」

「邪魔するわ…本を見にきたわけじゃないけど」

 

 

 早速、完成した槍を見せる。

 

 前回と異なる点は3つ。

 質量、強度、そして浮力。

 

 《グラビ結晶》と《ハルモニウム》の合金、《ハイ・グラビニューム》で全体を構成された槍は、飛躍的に性能が上がっている。

 

 まず、《重力牙(グラバイト)》の抱えていた最大の欠点は、その威力の限界だ。

 速く振ることで重量が増す、というコンセプト。

 しかし、その原理上、浮力を抜きにした元の重量より重くなることは決してない。

 既にエドは、この限界を引き出していた。これ以上速く振ることができても、《重力牙》は応えることができない。

 

 そこで、単純な発想———。

 

「元の質量を増やしたってことか」

「《グラビ結晶》の高重力で超圧縮した上に、元々の展性・延性が常識はずれな《ハルモニウム》だから、すっごいよ!」

 

 なんと圧縮率、驚異の10倍。《ハルモニウム》も大量に使った。

 何よりすごいのは、ここまでギュウギュウに圧縮しても、その粘り強さに変わりがないっていうこと。もちろん硬度も抜群。さすが魔法の金属。

 

「10倍…そりゃ凄まじいな」

「その分、振った時の重さの変化も大きいけどね」

「ティティに振らせなくて良かったわ…アレがティティの身体だったら、私どうしていたか」

「…何が起きたか、聞かない方がいいか?」

「一応聞いといて…シャレにならないから」

 

 

 私の代わりにシャンディが、軽く…本当に軽くこの槍を振ってみただけで…。

 

 何と、手が取れた。

 ぶちっ、て感じで。

 

 

———…あ、あら。

———きゃあああああああっ!?!?!?

———ええと…こういう事もあるのね、この身体…。

 

 

 シャンディの身体は、《絵の具》系の素材で作られている。

 本当は、あの儀式では人体になる筈だったらしいけど、それは失敗していた。その身体は、私が無視して調合を行った結果だ。

 そのおかげで、取れた手を持ってきてくっつけてあげたら、グニグニと動いて元に戻った。本当に良かった。

 

 

 生まれ変わったエドの槍、《超質量重力牙(オーバーマス・グラバイト)》。

 

 普段は羽のように軽いのに、振った瞬間に超重量。

 青い輝きの美しさと、透き通るような白銀、そして名前の一致から、非常に珍しい宝石である『マスグラバイト』*4の名をつけてみたけど…その名を裏切る凶悪な仕様だ。

 

 変幻自在な身体のシャンディだから、何とか事なきを得たけれど…もし深く考えずに私が試し振りをしていたら、どうなっていたか。

 

「あら、では済まなかったわね。確実に」

「これ、エドに振らせていいのかな…」

「私の身体は骨とかが無いから、その分だけ人より柔らかかったのでしょうけど…まるで抵抗なくスルッと取れた感じがあるから、相当な力がかかっていたと思うわ。細心の注意が必要ね」

「それは本当に武器なのか?」

 

 

 

 と、まあ。あまりの事例に懐疑的な態度のエドだったけれど…。

 

 その後、浜で試し振りをさせた時は、ものの数分で使いこなし、例の空気砲で砂を巻き上げていた。

 

 作っておいてこんなこと言うのも何だけど…。

 

「エド、それ人間の扱える道具じゃないと思うの…」

「そうか?意外といい調子だぞ!」

 

 エドがついに人間やめちゃった。

 これ、私のせい?

 

(きっとね)

(そっかあ…)

 

 

 

 

 

 

 

*1
 「この力が無いと、俺たちの身体だってバラバラの粒になって消えて無くなっちまうんだぜ」とはエドの言。これを聞いたティティはカウンターの向こうで震え上がっていた。

*2
(※経験者)

*3
(※前科あり)

*4
 淡く赤く色づいた、透明で美しい実在の宝石。希少な宝石であるターフェアイトの中から、さらに稀に発見されるという、底抜けな希少性を誇る。

 パワーストーンとしてのターフェアイトは逆境を跳ね除ける精神力や不運を好転させる幸運を授けるとされるが、マスグラバイトはあまりに希少すぎるため石言葉などがついていない。

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