ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜 作:メルヴェイユ市民
最近になってようやくメルヴェイユに戻ってきたパールだけれど、その姿を見る機会は、初めて会った直後よりも減っている。
それもそのはず。改めて身体を作ったパールは、私の家への居候を止め、なんとメルヴェイユに宿をとって暮らしているのだ。
なぜそんなことをするのかというと、今回の身体では、その身の上に別の設定を与えたようで…。
今の彼女は冒険者として、生計を立てるつもりらしい。
———プニ…?へー。プニの依頼…。
「受付おねえさん!これ、わたしに任せて!」
「はい、分かりました〜。あと、”おねえさん”じゃなくて、”おね〜さん”です」
王城前の広場には、大きな掲示板が置かれている。
そこには、街の住人たちが王城へと申請した様々な困りごと…”依頼”が沢山貼り付けられており、錬金術士や冒険者などの多くは、ここから依頼を受けて収入を得ている。私もたまに入り用なものがある時は、ここから依頼を受けてお小遣いを稼いでいたりする。
そして今も、一人の少女が、側に立つ”受付おね〜さん”に依頼を受ける手続きをしに行ったらしい。
「一人で大丈夫ですか〜?」
「うん。わたし、とっても強いから」
「なるほど〜。でも、無理は、ダメですよ〜」
「はーい!じゃあ、さっそく行ってくるね!」
あれは…どう見てもパールだ。
何やってるんだろ。
「おーい、パール?何やってるの?」
「あ、ティティとシャンディ。今ね、依頼を受けた所だよ」
「へえ…パール、最近どこに居るのかと思ったら、そんなことしてたのね。楽しいのかしら?」
「楽しい!いっぱい身体動かせて、いっぱいありがとうって言って貰えるんだ!」
なるほどね。
確かに、人からの感謝を直接受けられるのは錬金術士や冒険者の嬉しい所だと思う。
「そうだ、一緒に行く?すぐそこだよ」
「すぐそこ?一体どこなの?」
「ぐるぐるの沼!」
ん、んん?
どこのこと?ええと…。
…あ、もしかして。
「グルムアディス大沼林?」
「そう!」
「今のを良く復元できたわね…さすがティティだわ」
言葉の復旧は専門外なんだけどなあ。
まあ、今の私なら《旅するカプセル》がある。パールとシャンディは飛べるから、本当にすぐいける距離だ。
世界は狭くなったものだ。同時に、広くもなったのだけれど。
「うん、わかった。一緒に行かせて」
「やった!じゃ、着いてきてね」
「待ちなさい。門から出るのがこの街のルールよ」
「あっと…そうだった。てへへ、忘れてた…」
ナイス、シャンディ。
またミレイユさんに怒られる所だった。
「じゃあ、先ずは門まで行こうか。今回の目標は?」
「ええと…すーぱーぷに、だって。せいたいけいってヤツを壊してるらしいよ?」
へえ。プニが生態系を?
珍しいこともあるものだね。
「…あはっ、乱暴なプニは根絶やしにしないとね!」
…えっ。
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———『グルムアディス大沼林』。
野生の息吹が木霊する、生存競争の世界。
『夜明けの大地』とは、やはり違う。ここでは常に、生き残りを賭けた戦いが繰り広げられている。
そんな森の生態系を崩す、屈強な魔物。それは———っ!
「ぷにぃぃぃいいいいっ!」
「いや、プニじゃん」
「プニね。ただのプニ」
張り詰めた空気に似つかわしく無い、虹色に輝く可愛らしいプニが、苔むした大岩の前に佇んでいた。
「まあ、さっさと倒して帰ろ———パール?」
…パールが何かの呪文を唱え始めた。
何だろう、この…声、なのかな、これ。
歌っている…?
「…分かんないや。シャンディ、聞き取れる?」
「いいえ…何かしら。綺麗な歌だけれど」
やはり、何かを歌っているような呪文。民俗調でありながら、神秘的な曲調だ。
パールの声はよく通るから、こういう歌にも良く合うけれど…歌詞の意味はまるで分からない。全く耳に覚えのない言語だけれど、どこの言葉なんだろう。
「…準備よし…!2人とも、下がって!」
「へっ?どうしたのパール…」
「…何をする気なのかしら」
「ふふっ…消えちゃえ…!」
金色の魔法陣の上に浮かび上がり、パールが片手を空へと突き上げる。
「…ぷに?」
すーぱーぷにも、釣られて上を見上げる。
直後。
「ぷ゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛っ!?!?」
天から突き立った真っ白な光の柱が、すーぱーぷにを焼き尽くした。
…って、いやいやいや。
「何それーーっ!?」
「ふ、ふふ…!プニ、プニ、プニプニプニ!消え去れぇ!」
「ああ、白い柱の中で、プニの影が消えていくわ…」
明らかにパールが正気じゃない!?
「パール!パール!!落ち着いて!何が貴方をそんな風にしちゃったの!?」
「消えろぉおおおおおっ!!」
「あら、ちょっとシンパシー。気持ちいいわよね、その叫び」
「そんな感想!?」
綺麗な円形の焼け跡が大沼林の草地に残る。
すっかりすーぱーぷには跡形も無くなり、焼け跡には焦げた草すら見当たらない。
というか…黒く見えているから焼け跡だと思ったけれど、これ違うわ。
「穴だ…すごい、底が見えない」
縁にしゃがみ込み、覗き込む。
どこまでも真っ暗。今いる場所は日光もしっかり差しているけれど、その上で全く光が反射してこない。
「…見てきましょうか?気は進まないけれど…」
「やめとこうか…」
何を掘り当てているかも分かったものじゃ無い。
それこそ、可燃性のガスとか…。
「…落ち着いた?パール」
「うん…ごめんなさい」
「や、まあ、謝られることでもないけどさ」
とんでもない剣幕だった。
あの頼れるパールがあそこまで取り乱すなんて。
一体、何がパールにあそこまでさせたっていうの。
「その…メルヴェイユに来る途中でね?」
「ふむふむ」
「青いプニに…襲われて…」
「青プニ?…雑魚じゃない。そんなのにやられる貴方じゃないでしょう?」
「いや、青プニじゃないの。青は青でも、違う青っていうか、すっごく強いプニでね?」
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「♪〜♪〜」
ああ、クラーデル平原は今日もいい天気。
新しい身体も、とっても調子がいいし。
この調子で行けば、来週にはメルヴェイユに着けるかな?
「…ん?あっ、プニだ!おーい!」
「…
「そう、キミキミ!最近のこと、聞かせて欲し———」
「
「———えっ?」
「
「
「
「
えっ、えっ!?
プニってこんなに好戦的じゃ…。
しかも、すっごい強いような…!?
「「「
「やめてーっ!?」
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「『夜明けの大地』に居る金プニと同じだと思って、気軽に話しかけたら…」
「ボコボコにされた、と」
「怖かった。とっても怖かったよ!真っ青で!プニプニで!!沢山群れてきて!!!」
「そんなにかしら…?」
「されてみれば分かるよ…息もできないほど埋め潰されて…うぅ、思い出したら震えてきた」
うわ、そんなに多く来られたら流石に怖いかも。
「それであんなにプニを目の敵にしてたわけね」
「でも、こんなにふっかーい穴を作っちゃうなんてね」
「ああ、それ…新作なの。”トドメっ!”って感じの技が無かったから、何とかこの身体に積めるように色々考えてみたんだけど」
ふーん…パールも、好き勝手にモノを作ったりはできないんだ。
すっごく進化した錬金術、みたいな力なのかも。
「絶対に人には撃たないでね?大事件だから」
「分かってるよ!あんまり撃つと、地面が穴だらけになっちゃうもん」
ほんとかなあ。王都周辺にもプニは沢山いるんだけど…。
「とにかく、依頼は完了でしょう?用が無ければ、メルヴェイユまで帰るわよ」
プニ恐怖症に罹ったことが発覚したパールを連れて、私たちはできるだけパールの意識を逸らすように会話を続けつつ、メルヴェイユへと飛んでいった。
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———王都正門前、メルク庭園。
紅に咲き誇る
ここの景色を見ると、ああ、帰ってきたという実感が湧く。
見渡せば、立ち話に興じる市民に、水辺の
管理された美しさのみならず、市民たちの生活感も、この名所を形作る要素の一つだろう。
王都から出かける際には必ず通る場所でもあるため、ここを通ると良く知り合いに出会うのだけれど…。
今回も、見たことのある顔が、門にほど近い出店の店主と立ち話をしているようだった。
「やあ。綺麗なお嬢さん…今日のキミも、どのバラよりも麗しいね」
「まあ!嬉しいわ…貴方も中々カッコいいじゃない。良く似合ってるわ、その白い服」
金髪。白い服。そこそこに高い背丈。
気障ったらしい甘い声は、非常に聞き覚えのある響きだ。
…というか、
「…何やってるのかしらね、あの王子様は…」
シャンディの目が冷たい。
「へえ、なんか意外かも。シャンディ、ああいうの乗り気なタイプだと思ってた」
「はぁ?…あのね。私のこれは、貴族社会の色が濃かったネージュの時代の影響なだけよ。あんなに似合わないナンパは嫌い」
「に、似合わない…」
まあ、確かに見ているだけで歯が浮くような、背筋が痒くなるような…。
「パールはどう思う?……パール?」
「………」
あれ?どうしたんだろ。
「…フーッ…フーッ…ダメ…あれはヒト…あれはヒト…」
「えっ」
「…プニじゃない…プニじゃない…!」
ぷ、プニ?伝書プニでも———。
「…おや?ああ、ティトラ嬢!久しぶりだ———」
「プニはいやぁーーーっ!」
「ぐはぁっ…!?」
「マティアスさーん!?」
「あ痛ててて…」
「大丈夫ですか?その…お腹に思いっきり…」
「大丈夫だ。団長のしごきに比べたら、これくらい…痛ったたた」
「ご、ごめんなさい…その、怖くて」
パールはすっかり怯え上がった様子で私の後ろに隠れている。
「な、なあ…俺、どうしてそんなに怖がられてるんだ…?」
「分かりません…ねえ、どうしたの?」
「プニ…」
えっ。
「プニに、見える…この人…」
「プニ?…いやいや、マティアスさんは次期国王で…」
「…あー…もしかして。なあ、キミ。プニが怖いのか「怖い!」…そっかあ」
マティアスさんが、プニに見えるって…どういうことなのよ。
ツンツンした金髪だし、そもそも人間なんだけど…。
「その、な。前に、ルーシャのヤツに、プニになる薬を飲まされたことがあるんだ」
「はぁ!?」
プニに!?
王族を…次期国王を、プニにしたの!?
何してるのルーシャ!?
「す、すみません!ルーシャが失礼を…!」
「ああいや、別にいい…いや、良くはないんだが、アレでルーシャは悪いヤツじゃ…いや、うーん…」
悩んでるよ。そりゃ悩むよ。
ルーシャ、まさか貴方もスーみたいなイタズラっ子になったの…?ルーシャは止める側で居てくれると思ってたのに!
「と、とにかくだ。心当たりはそれと、プニの仮面被らされたことがあるくらいだ。プニの気持ちなら、たぶん分かる」
「どうしてそんなことしたんですか、王子様」
「弟ってのは、ツラい生き物なんだよ…」
ミレイユさんか…。
「まあ、そういうことだろ。怖がらせて悪かったな、その…」
「パール、だよ…パールシェル」
「パールシェル、良い名前じゃねーか。できたらその、よろしくな?近く、王様になる予定だからさ」
じゃ、と軽い調子で手を振って、マティアス王子はお腹をさすりながらメルク庭園を後にした。
「うう…ニンゲンだって分かってたのにぃ…」
「つ、次は頑張ろう?ね?」
「うん…頑張る…」
「…大丈夫かしら、この街で…」
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それからというもの。
「受付おね〜さん、依頼を…いやぁっ!」
「落ち着いて〜!?それは伝書プニですからぁ〜っ!」
「
「よっし、作業おわりっ!おやつでも食べ———」
「遊びに来たよー…ひぃっ!?」
「あ、《赤プニゼリー》…」
「プニっ!」「プニ?」
「あ、そんな出てきたら…」
「いやあああああああっ!?」
「「プニいいいいいいいっ………」」
街の内外を問わず、プニと見れば逃げ回る白い髪の女の子は、ちょっとした名物冒険者としてメルヴェイユで密かな話題となるのだった。
「ティティは絶対飼わないよね!?手乗りプニなんて!」
「ま、まあね…うち散らかってるし…」
「うう…プニ怖い…プニ怖い…」
まさか、神さまがプニを怖がる日が来るとは思わなかったなあ…。
折角なので、詠唱呪文は同ブランドから…
あちらもかなり好きなタイトルです。