ある無名のアトリエ 〜名もなき絵画の錬金術士〜   作:メルヴェイユ市民

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幕間
双子の調査レポ①:エレン・メルロー



 

 アダレットの王都、メルヴェイユ。

 

 貴族や富豪が多く住まうこの街は、しかし封建的な風土ではなく、むしろ開放的なほどに陽気だ。

 

 皆が皆思い思いの服装で歩くため、街を歩く人々のうち誰が上流階級の人間かなど見て判るものではなく、すれ違えば片手をかざして「やあ」と言って終わりだ。

 

 この気安さの()()は何なのかと住人に問えば、間違いなくこう返ってくるだろう。

 

「王族たちのおかげさ」と。

 

 

 

 王城は日中すべての民に向けて開かれ、その一階部分にはこの街の事務を取り仕切る役所が設けられている。

 

 「かわいく陽気なミレイユさん」と自称して憚らない受付嬢はこの役所の名物看板娘と化して久しいが、その正体がこの国の第一王女だなどと誰が思うだろうか。

 

 過保護な現王の方針で成人まで城から出たことがなく、その姿と名前はあまり市井に知られていないが、彼女は間違いなく(あらゆる意味で)王族の筆頭なのであった。

 

 

 

 さらに言うならこの王女、休日には気軽に街を散策しているのだ。

 

 市場へ出向いては食器を買い、酒場では飲んだくれ、仲のいい街の者の家にも遊びに行くなど、自由奔放そのものだ。

 

 もちろん放蕩娘ということではなく、むしろ人一倍仕事ができる人間なのだが。

 

 

 

「それでね、マティアス(※弟で第一王子)ったらまたナンパの指南書なんて買ってきて読み耽ってるのよ?全くあんな本に書いてある知識に頼ってるから女も捕まらないのよ!」

 

「あの子も懲りないな。昔は気弱な坊主だったと言うのに、どこで変わったのか」

 

「えー?今も大体同じよう、同じ。本に頼るのも自分に自信がないからに決まってるわよ」

 

 

 

 王女は今日も街中の散策中にばったり会ったエレンとカフェで駄弁っている。

 

 歳は20半ば、対面に座る一児の母と比べれば幾分も若いが、その話ぶりは旧知の友と話すように軽快だ。

 

 

 

「そうだ、今度また絵を描いてくれないかしら。最近知り合った双子がいるんだけど、その子たちがほんと可愛くてね?ぜひ調合風景を絵画に残したいのよ」

 

「調合…錬金術士か。待て、双子で錬金術士というと…もしやマーレンの?」

 

「あら。知ってるの?」

 

「昔馴染みだ。しかし父親が名うての画家のはずだが」

 

「まあ、そうだったの?エレンが褒める画家なんて、双子ちゃんもすごいお父さんがいるじゃない。どうして話に出さないのかしら」

 

「いや…うむ。人には事情がある」

 

「?」

 

 

 余談だが、リュンヌ通りのアトリエの双子の家計事情は近所では割と知れた話である。

 たまに森などで川釣りをしている様子を見れば、大抵の者が「ああ、また金欠か」と察するものだ。そして次の日には何かしらの差し入れが届く。暖かい街だ。

 

 今回の仕事話も、かの男に振れば家計の助けになるだろうという打算がエレンにはあるのだろう。

 

 

「まあ、つまり(ロジェ)に頼む方がいいだろうという話なのだが」

 

「うーん、そうね。一度その人の腕も見てみたいし、あなたの紹介だもの。頼んでみることにするわ。ありがとうエレン」

 

「ああ」

 

 

 さて。

 

 突然だが、このカフェは恵まれた立地にある。

 2つの主要な通りを結ぶ橋にほど近く、多くの者が行き交う場所に設けられたテラス席は洒落た外観と合わせて人の目を惹きつける。

 

 片や美姫、片や麗人。傍目に艶やかな2人の会合は通り過ぎる視線を男女の区別なくチラチラと引きつける。

 

 時を同じくして、まさにこの通りを歩いて王城前広場の掲示板へと向かうは話題の双子。

 好奇心旺盛な姉といたずら盛りの妹、まして知り合いのプライベートとなれば…

 

 

「ねえリディー。あれミレイユさんとティティのお母さんだよね」

 

「うん…なんだか親しげなような?ミレイユさんなんて、まるで同い年に話すような口調だし」

 

「前々からティティの家って裕福だとは思ってたけど…お姫様と親しいなんて、実は只者じゃなかったり…?」

 

「どうなんだろう…スーちゃん、もうちょっとみていこ!」

 

「うん!2人のカンケイ、このかわい子探偵スーがバシッと暴いてやる!」

 

「…スーちゃん、また変な漫画読んだでしょ」

 

 

 いかにも怪しい隠れ方でバレバレ…などという愚は犯さず、いっそ不自然なほどに慣れた様子で、違和感なく橋のたもと、落下を防ぐ柵にもたれかかる双子。

 

 視線も外し、時折り他愛のない会話を繰り返しながら、しかし耳は決して会話を聞き逃さない———カフェと双子を人の往来が遮っているにも関わらず———その様子はさながらプロの諜報員といったところか。

 

 無駄な隠密能力を発揮する紫色(リディー)黄色(スール)に気づくことなく、王女と絵描きの談話は続く。

 

 

 

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「それでね、マティアスったらこないだ料理人に”もっと辛いペペロンチーノが食べたい”だなんて言って!」

 

「マー坊の辛党も極まったものだな…」

 

「しまいにはやけになった料理人が真っ赤っかなパスタを持ってきたのよ、しかもマティアスはぺろっと食べちゃうし。しばらく厨房は目と鼻に危険だからって立ち入り禁止になるし!その後に作られた私のパスタもフライパンに唐辛子の辛味がついたのかとっても辛くって!」

 

「まて、フライパンは洗ったんだろう?一体どんな唐辛子を使ったんだ?」

 

「たしか、ジョウロ…じゃなくて、ジョキジョキ…?なんかそういう名前だって聞いたわ」

 

「もしやブート・ジョロキア*1…」

 

「ああ、たしかそんな名前だったわ!それでジュリオ(騎士団長)に言ってやったらね…」

 

 

 

 

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「マティアス…なにしてるのさ」

 

「洗っても落ちない唐辛子…うぅ、想像しただけで目が痛い」

 

「でも、エレンさん、マティアスのことマー坊って呼んでたよね。まるで大人が子供を呼ぶみたいな呼び方だけど」

 

「もしかして、王族のお世話係とかだったのかな?」

 

「えー…でも、そうだとしたらそれって私たちが生まれるくらいの頃でしょ?ティティも同じくらいに生まれてるんだから、そのお世話もしないといけないのにそんなこと出来るかなぁ?」

 

「あ、そっか…」

 

 

 

 

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「最近、よく出かけているようだが。外には慣れたか?」

 

「全然よ。幸い、変に物怖じせずには済んだけど、私も弟も全く世間のこと分かんなくって」

 

「ふむ」

 

「今食べてるこのケーキだって、メニューが無かったら何コール*2かかるのか全く分かんないのよ…ほんと困っちゃうわー」

 

「それほどか…一度、ウチに泊まってみるか?貯め込んでいるといっても少しは裕福な暮らしをしている。慣らしにはなるだろう」

 

「ホームステイってやつ?そうね…やっぱり、実際に暮らしてみないとわからないこともあるし、考えてみようかしら」

 

 

 

 

 

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「エレンさん、なんだかいつもより喋ってないかな?」

 

「そう?ティティにはあんな感じだと思うよ?」

 

「いや、それってつまり実の娘と同じ距離感ってことなんじゃ…」

 

「…ああっ!?」

 

 

「「むむむ…気になる…」」

 

 

 

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———ん?この子達何してるんだ?

 

———最近は大丈夫そうだったのに、またお腹を空かせているのかしら…。

 

 

 頭を捻る双子。

 

 初めこそ洗練された隠密で完璧に気を逸らしていたものの、そこはやはり子供と言うべきか、疑惑が深まり思考に没頭するにつれて警戒も疎かになる。

 

 少しずつ通行人が微笑ましい視線を向けるようになり…ついに。

 

 

 

 

 

 

「……ね。あれ、双子ちゃんよね」

 

「そのようだな」

 

「全く…おーい、双子ちゃん!こっちにいらっしゃーい!」

 

 

 

「うぇっ!?」「ぴぃっ!?」

 

 

 

 御用改め。

 盗聴と不穏思想の罪状で折檻いたす。

 

 年貢の納め時は随分早いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をこそこそしてるのかと思えば…盗み聞きなんて行儀が悪いぞー?2人とも」

 

「はい…ごめんなさい…」

 

「わたしも、ごめんなさい…」

 

 

 

 お説教されて、双子がしゅんと項垂れる。

 

 

「……」

 

 

 エレンの視界で、リディーとスーの姿に彼女たちの亡き母親(オネット)の幻影が重なる。

 

 お茶目な彼女は時折りサプライズと称して様々な企てを仕掛け、看破されては縮こまっていたものだった。

 

 これが血か、と脳裏に浮かべ、ふと。

 

 

「ふ…そっくりだな」

 

「あ…えへへ、そうですか?」

 

「なんだか照れちゃうな〜…そっかぁ」

 

「…すまない、思い出させたか」

 

「いえ。あたしたち、お母さんのこと大好きだから」

 

「だから、似てるって言ってもらえて嬉しいですよ?」

 

 

———芯の強いところまで。ああ。退屈しない置き土産だよ、我が友人。

 

 

「君たちのような友人を持てて、ティティも幸せ者だ。これからも頼む」

 

「「はーい!」」

 

「だが、隠れて人のことを憶測するのは良くないことだ。反省すること。いいな?」

 

「「はい…」」

 

 

 

 

 

 折角だからと2人にもケーキと紅茶を注文する大人たち。

 

 かっこいいオトナの女性の姿に憧れを抱きながら、双子は嬉々としてご相伴に預かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、私とエレンの関係が気になるんだって?」

 

「はい。2人とも、とっても仲良さそうに話してるのが聞こえて…」

 

「ふむ。教えてもいいが…ただでというのも味気ないな」

 

「そうよねぇ?ということで、このミレイユさんとエレンが2人に依頼を出しちゃうわ!」

 

「依頼ですか?それはわたしたちも嬉しいですけど…」

 

 

 腕も上がってきたとは言え、双子はまだまだ半人前の半熟卵。

 

 難しい依頼は良い経験にはなるが、なんでもどうぞ、お任せあれ、とはいかない腕前を自覚しているので少し及び腰の様子。

 

 

「ミレイユ、ちょうどこの子らの父親…ロジェ・マーレンに絵を描いてもらう予定だろう?それに紐づけて、絵筆を作ってもらうというのはどうか?鑑定は私がしよう」

 

「いいわねそれ!じゃ、双子ちゃん。そういうわけだから、エレンに合格を貰えるような《夢の絵筆》*3を作って頂戴。期限は1週間、それができたら教えてあげるわ?もちろん、ちゃんとした報酬も出しちゃうわよ〜?」

 

「え、あの———」

「はいはーい!受けます!絵筆ならもう作ったことあるし、何とかなると思います!」

 

 

———レシピが分かってるなら楽勝楽勝♪

 

 スールの気安い宣言を受け、エレン(プロの画家)が不敵にホホウと笑う。

 

 迂闊にも鼻歌交じりで領分(テリトリー)へと踏み込んだ子猫に、(はし)光る猛禽が襲いかかる——!

 

 

「かつて世界を巡り、アダレット王室をも唸らせたこの私を満足させる絵筆を、果たして2人が作れるか…楽しみにしているぞ」

 

「エレンさん…?な、なんだか魔王みたいですけど…!?」

 

「ふふっ…うふふっ……!」

 

「こっちは怒ったリディーみたいでもっと怖い!?リ、リディー、あたし、とんでもない依頼を受けちゃったかも…」

 

「———スーちゃん、帰ったらお話があります」

 

「ヒィッ一番怖いぃ!?」

 

 

 お家帰る、と逃げ帰るスーを追って走り出すリディー。

 

 元気いっぱいの子供の姿を眩しそうに見つめる大人の午後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《やることメモ》

 

『ミレイユさんに質の良い絵筆を届けよう!』

 

 

お父さんに絵を頼むつもりのミレイユさんに

そのための絵筆を頼まれちゃった!

鑑定役のエレンさんを満足させるような

絵筆を作ってミレイユさんに渡そう。

 

⚠︎期限は一週間!

 

 

□・特性「出来がいい」付き、品質100以上の『夢の絵筆』をエレンさんに見せる

□・エレンさんの合格を貰った『夢の絵筆』をミレイユさんに届ける

↑わたし怖くないもん!スーちゃんのばか!  リディー

↑こわくないこわくないみんなこわくないごめんなさい  スー

 

 

 

 

 

 


 

 

*1
現実では北インドやバングラデシュで栽培される破滅的に辛い唐辛子。スコヴィル値100万。ハバネロの倍ほどの辛さ。

*2
通貨単位

*3
原作でも登場した調合アイテム。

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