私たちは孤児としてあの二人に保護された。乗せられた馬車の類は、若者たちが孤児院へ訪れる際に乗っていたものと同じ。
(……"
私たちを保護したあの二人。生き残った若者から簡潔にだが話を聞いていた。
「なぁ、今からどこに連れてかれんだ?」
「えっと……どこなんだろ……」
「私たちは今から人間たちが住む"
(ヘレン・アーネット。リンカーネーションと人間を治める皇女。その強さは――この時代の最高峰か)
年齢は十六歳。皇女という立場でありながら自ら最前線に赴き、吸血鬼共と死闘を繰り広げている。真っ白な衣服を纏うのは誰よりも目立ち――吸血鬼共からの標的を買うため。
(吸血鬼の返り血を浴びて生還することから異名は"血染めの皇女"。公爵を倒せる"人類の希望")
「……何か考え事でもしているのか?」
「どうだろうな」
皇女の左脚のホルスターには
(
吸血鬼共を粛正する宿命を神に与えられたとされるアーネット家。何千年も前からアーネット家は存在したが、ヘレンという人物に関する記憶はない。
(ノア、お前も吸血鬼共に負けたのか?)
私が知っているアーネット家の人物。
それはこの血筋の始祖でもある――"
(もう一人がカミル・ブレイン。年齢は二十歳。アーネット家に忠誠を誓い続ける家系。この男がヘレン・アーネットに仕えているのか)
「何を見てんだ?」
「……気に食わないのか」
「お前に見られると胸騒ぎがする。あんま見るんじゃねぇ」
このカミルという男は、私を常に警戒している。ただの少女として見ていない。恐らく、私が何かを隠していると勘付いた。
「さぁ、グローリアに到着したぞ」
一時間も経たずして馬車の動きが止まる。私たちは馬車から降ろされると、グローリアと呼ばれる街の景色を目にした。
(これがグローリアか)
まず目に入った建物は、街の象徴として勇ましくそびえ立つ城。その周囲は頑丈な城壁で囲まれている。
「小さいな」
「お、おいおまっ!!」
口から洩れた期待外れの一言。若者が私の発言に焦り出すが、皇女であるヘレンは特に気にしていない様子だった。
「当たり前だよ。ここはグローリアの一部なんだ」
「一部だと?」
ヘレンは私たちに説明をするため、城がそびえ立つ方向から時計回りに指し始める。
「ここから北の方角には"
(……確かに町があるな)
「南の方角には"
東西南北の方角を眺めていれば、ヘレンは最後に私たちの足元を指し示す。
「そしてここがグローリアの中心の"
「これだけ離れている街の呼び名をなぜ一括りにした?」
「単純な話だ。東西南北にある街の中心地と、俺たちが立っているこの城の位置。経度と緯度が同じ位置にある。これを繋げると――」
カミルが足元に転がっている石ころを拾い、地面に中心地である"アルケミス"の地点から、東西南北の街の位置まで一本の線で繋げる。
「――"十字架"になる」
「おおっ、本当に十字架になった!!」
地面に描かれたのは十字架。アルケミスを中心に東西南北で直線が伸び、十字架の形が構成されている。それを見たイアンは「すげぇ!」と声を上げた。
「神はあの高き空から人間を見守っている。だから私たちは"女神ヘメラ"様の祝福を受けられるように、グローリアを十字架の形とした」
(……神と十字架か)
「何か気に食わないことでも?」
視線を逸らしつつも、しかめっ面を浮かべた私に気が付いたカミル。鋭い目つきで睨みながらワケを追及してくる。
「そうだな。私たちの待遇が聞かされないことぐらいか」
食って掛かるのも後々面倒なことになると適当に話を逸らした。カミルは舌打ちをすると、ヘレンへ視線を送る。
「私が君たちの引き取り先を手配する。引き取り先が決まるまでは、この城で過ごすといい」
「おいヘレン、本当にいいのか?」
「この子たちは"生粋"の食屍鬼でも吸血鬼でもないだろう。それに私は目の前にある命を見捨てることなんてできない」
カミルのみが気に食わない様子だったがヘレンは意見を押し通すと、素直に引き下がり承諾した。
「あぁ忘れていた。孤児を守ってくれた君」
「は、はい!」
「君はこの子たちの命を守り切った。階級を"石の十字架"から"鉄の十字架"まで上げるように、後で私が君の"機関"に報告しておくよ」
「あ、あ、ありがとございます! 俺、これからも頑張ります!」
若者は昇級したようで何度もお辞儀をして、感謝の言葉をヘレンへ述べる。
「カミル、この子たちを城まで連れていくぞ」
「あぁ分かった分かった」
二人がクレアとイアンを連れていく。私はわざと歩く速度を落として、若者へと声を掛けた。
「約束は覚えているか?」
「わかってるって! お前が吸血鬼や食屍鬼を倒したことは誰にも話さない、だろ……!」
私は男爵を灰にした後、地下牢でクレアたちや若者と合流した。その後しばらく地下牢で身を潜めていれば、あの二人がやってきた……という流れだ。
「でも流石にバレるだろ……」
「明らかになることはない」
「いやいや! まずお前が俺の剣を持ってたし、お前が皇女様に状況説明しようとしてただろ! 俺があの場面で、どれだけ必死に飛び出したか分かるか?!」
必死に訴える若者を私は鼻で笑う。すると若者は「出たよそれ」と片手で額を押さえながら、私のことを指差した。
「後それどうにかしろよ! 少女とは思えない上から目線の喋り方! あの金髪の子みたいに喋れないのかお前は!?」
「この喋り方が染みついているだけだ」
「せめてもうちょっと幼さを出せよな! 絶対にお前の正体バレてるって!」
「……それもそうか。喋り方を変えてみるのも賢明だな」
私は「あーあー」と声の調子を整え、年齢相応の喋り方を意識してみることにした。城内であの二人に愛想よく振る舞えば、疑念を晴らせるかもしれない。
「わたし、十二歳の少女です! 名前はアレクシア・バートリっていいます! よろしくお願いします! ……どうだ?」
「――」
「何だその顔は?」
若者は口をポカーンと開いたまま、この世の終わりを見たかのような顔をしていた。そんなに私の演技が上手かったのだろうか。
「……やっぱ、今までの喋り方でいいよ」
「何故だ?」
「お前の演技が酷すぎて流石に誤魔化せねぇ。ていうかその振る舞い方、なんかムカつくし」
「そうか」
ほぼ同じ身体で記憶を引き継ぎ、何度も転生しすぎたせいで、他の誰かを演じることができなくなったのかもしれない。男性らしさや女性らしさが混雑し過ぎた結果だろう。
「……とにかくだ臆病者。私のことは内密にしておけ」
「臆病者じゃねぇ! 俺には"
「そうか」
若者はそう名乗ると溜息をつきながら南の方角へと歩き出したが、
「あぁそうだ。伝えることがあった」
何かを思い出したかのようにその場で立ち止まる。
「何だ?」
「孤児院の一件は、その、悪かった。お前たちに、あんなこと強要させようとして……。あの金髪の子や茶髪の少年にも、悪かったって伝えてくれ」
「あぁ分かった」
「後、助けてくれてありがとな。お前がいなかったら、俺は食屍鬼の餌になっていた。この借りはいつか必ず返すよ」
スコットはこちらを振り向かず、言いたいことをすべて吐き出してその場を去っていく。あの男とはもう会うことも無いだろう、と私はアルケミスにそびえ立つ城を見上げる。
「
始まりの予兆と不吉な予感。それを示唆するかのように、私の左脚に刻まれた「ЯeinCarnation」紋章が少しだけ疼いていた。