ЯeinCarnation   作:酉鳥

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4:5『新しい家族』

 キリサメと共にサウスアガペーの街中を歩く。酒飲みたちが酒場で大声で笑い合い、私が働いていた花屋は相も変わらず盛況していない。

 

「あー、帰ってきた感じがするなー!」

 

 私の隣で街の雰囲気を懐かしむキリサメ。そうして淡々と歩いていれば、シーラが住んでいる家、もとい私たちの居場所に辿り着いた。

 

「シーラさんー?」

「……」

 

 キリサメが扉を何度かノックすると向こう側からドタバタと駆けてくる足音。私は扉から距離を取る。

 

「アレクシア、どうして後ろに下がっ──」

「お帰りなさい~!」

「うおぉおぉッ!?!」

 

 すると扉がバタンッと開くと同時にシーラがキリサメに抱きしめるように突進した。キリサメは受け止めきれず、そのまま背中を地面に打ち付ける。

 

「カイトくん~! 久しぶりね~!」

「……こういうことだ」

「それ、もっと早く言ってくれないすか……?」

 

 私は倒れ込んだ二人に手を差し伸べることもせず、先に家の中へ足を踏み入れ、白ワインが入ったバスケットを机に置く。

 

「アレクシアちゃんも久しぶり~!」

「……そうだな」

 

 扉の方へ振り返ればシーラがぎゅっと抱き着いてきた。余程会いたかったのか、抱き着く力がやや強い。

 

「シーラさんがいつも通りで安心したっす」

「えぇ私はいつも通り元気だったわよ~! さっきパンも焦がしちゃったしね~!」

「はぁ……確かにいつも通りだな」

 

 調理場からパンの焦げた臭いがすると私は呆れ、キリサメは苦笑いをする。シーラは気にも留めていないようで、私が置いたバケットを見て「まぁまぁ~!」と喜びの声を上げた。

 

「アレクシアちゃん、これはお土産かしら~?」

「あぁ、アルケミスで作られたシャルドネの白ワインだ」

「とっても素敵じゃない~! 今日は御馳走にしましょ~!」

 

 バスケットを持ってくるくると回るシーラ。白ワインを落としかねない喜び方をしているため、キリサメは何かあった時の為に両手で支える準備をする。

 

「あっそうそう~! 二人に大切な報告があるのよ~!」

「大切な報告ですか?」

「ええ! 二人にとって嬉しい報告になるわ~!」

「……それで報告の内容は?」

 

 シーラはバスケットを机の上に置くと二階へ続く階段まで歩み寄り、

 

「ちょっと用があるから降りてきて~」

 

 と二階にいるであろう誰かに声を掛ける。私とキリサメは顔を合わせ、階段を一歩ずつ降りてくる足音を耳にした。

 

「二階に、誰がいるんだ?」

「知らん」

「まさか新しい旦那さん……とか?」

「知らん」

 

 そして階段を降り切り、私たちの前に姿を現した人物。

 

「は? どうしてここに?!」

 

 その人物は私たちが派遣任務で出会った使用人の少女。

 

「お久しぶりです。館の件では、お世話になりました」

「……お前は」

 

 ──ウェンディ・フローレンスだった。

 

「嬉しい報告は~……ウェンディちゃんが私たちの新しい家族になったのよ~!」

「か、家族? ちょ、ちょっと待ってください! そもそもなんでウェンディがここにいて……!」

「グローリアで保護された後、私の里親になってくれる引き取り先を探されて……そうしたら、シーラ・ブレイズさんが私のことを引き取ってくれたんです」

 

 グローリアへ帰還してからウェンディの姿を見かけないと思っていたが……まさかシーラがウェンディの里親になっているとは。

 

「シーラ、お前はまた勝手なことをして……」

「いいじゃない~! 家族が増えるのは嬉しいことでしょ~?」

 

 シーラは不機嫌な表情を見せた私の両肩に手を乗せる。

 

「もう一つ嬉しいこともあったのよ~」

「……期待はしない」

 

 棚の前に移動し、ガサゴソと引き出しを漁り始めたシーラ。ウェンディへ一瞬だけ視線を向けると申し訳なさそうに俯く。

 

「この手紙を見て頂戴~!」

「……あの女からか」

 

 シーラが見せてきたのは一通の手紙。差出人は皇女のヘレン・アーネットだ。私は手紙の内容を黙読する。すぐ隣ではキリサメやウェンディも内容に目を通そうとしていた。

 

『シーラ・ブレイズ様

 身寄りのない子を引き取ろうとする慈母のようなお方だと常々噂は聞いております。そんな貴方様を是非とも財産面で支援をさせて頂きたく存じ、このような形で手紙を送付させて頂きました。もし支援を許して頂けるのであれば、返事の手紙を貰えると嬉しく存じます。ではこれからも慈母のようなお心で、身寄りのない孤児たちを包み込んで頂けるよう祈っております。

 グローリア皇女 ヘレン・アーネット』

 

 皇女直々に『財産面で支援をさせて欲しい』という内容。孤児たちの子育てに全面的に協力してくれるらしい。どうりで喜んでいるわけだ、と手紙をシーラへと返す。

 

「良かったじゃないっすかシーラさん! これで今までよりも楽な生活ができるってことですよね?」

「えぇそうよ~」

 

 シーラは眩しいほどの笑顔で手紙を棚の引き出しへと戻すと、バスケットに入った白ワインを手に取り、調理場へと持っていく。

 

「……返事の手紙は書かないのか?」

「書かないわ~」

「当たり前だろ! 返事は書かない……えっ? シーラさん、今何て言いました?」

「返事は書かないって言ったのよ~」

 

 もう一度聞き返すキリサメに迷わずそう答えるシーラ。返事を書かなければ財産面の支援を拒否することになる。

 

「な、何で断るんですか?! 今まで苦労してきた財産面で支援してもらえるのなら、断る理由なんてどこにも……!」

「ん~……カイトくんの言いたいことも分かるわよ~。一番苦労してきたのはやっぱり生活費とか食費とかだから~」

「じゃあどうして……」

「でもね、私が苦労しているのはそこだけ。他は何の問題もないのよ~」

「だったら尚更支援してもらうべきです! そうすれば何の苦労もなくなって──」

「何の苦労もない子育てなんてないの。苦労をするから子育てになるのよ」

 

 鉱石のように固い信念は揺らぐ様子がない。私は援護を求めるキリサメへ「無駄だ」と伝える素振りを見せる。

 

「それに支援をしてあげるのは私じゃなくて、他の里親にしてあげてほしいわ~! そうすれば私みたいに子供たちを引き取ってくれる里親も増えるでしょ~?」

「そうだな」

「なら決まりね~!」

 

 シーラは調理場へ白ワインを置き、空のバスケットを持つと、

 

「じゃあ、私は買い物に出掛けてくるわ~! 良い子にして待ってるのよ~!」

 

 夕食の買い出しをするために街中へと駆けていった。家の中に残された私たちはしばし沈黙の時間を過ごす。

 

「……ほんとに支援を断っていいのかよ?」

「私たちの里親はシーラで、私たちに支援の有無を決める権利はない」

「けどさ……!」

「シーラにもシーラなりの考え方がある。それを受け入れてやるのが私たち"子供"としての役目だ」

 

 沈黙を破ったキリサメに私はそう反論しながら、木の椅子へと腰を掛けた。

 

「それに……」

 

 手紙が仕舞われた棚の引き出しを見つめ、私は机で頬杖を突く。

 

「そもそも断るつもりだったのなら、あの手紙をわざわざ私たちへ見せる必要はない。黙っておけば良かったはずだ」

「──!」

「となれば、敢えて私たちへ手紙の内容を見せて断ろうとする意志を示したことになる。私たちから反対される覚悟でだ」

「じゃあさ、シーラさんはどうして俺たちにあの手紙を……?」

「それは本試験のときにお前が自分で言っていただろう」

「本試験って……」

 

 本試験で子爵と交戦したあの時。子爵の正体がシーラの夫だと発覚し、

 

『どこからどう見ても出来損ないだろうがぁ! 子供たちの面倒も見れねぇのに、何が母親だってぇ!? あんなやつが里親なんかできるわけねぇだろうがぁ!!』

 

 母親であるシーラを子爵自身が侮辱した。

 

『出来損ないはてめぇだろぉ!! シーラさんを裏切って、子供たちまで裏切って……!! シーラさんはてめぇみたいに逃げねぇよ!! てめぇみたいに――子供たちを裏切らねぇ!!』

 

 それに対してこの男が放ったあの言葉。キリサメは頭の片隅に残っていた記憶を思い出すと私の顔を見る。

 

「シーラは里親として……いや、"母親"として私たちに隠し事はしたくなかった。何を言われようと私たちから逃げず、母親として向き合おうとしているからこそ、あの手紙のことを伝えてきたのだろう」

「……シーラさん」

「シーラの意思を汲み取ってやれ」

 

 私は木の椅子から立ち上がるとキリサメの胸元を左拳で叩き、側で傍観しているウェンディへ視線を向けた。

 

「それでお前はどうするんだ?」

「あの、どうするというのは……」

「お前は何の役にも立たないまま、シーラの家で養ってもらうつもりかと聞いている」

「それは"働け"ってことですよね……?」

「そう聞こえたか」

「そうとしか聞こえません……」

 

 ウェンディの返答に苦笑しているキリサメ。私はもう一度キリサメの胸元を左拳で叩いた。

 

「この男ですらアカデミーへ入学する前は酒場で働いていた。お前が何の役にも立たないことをシーラは気にも留めないと思うが、私はただでこの家に住まわせるつもりはない。働く場所の一つぐらいは探してもらう」

「えっと、いつまでに探せば……?」

「今日中にだ」

「きょ、今日中ですか……!? そんなすぐに見つかるはずが……」  

「死に物狂いで探してもないのになぜ見つからないと言い切れる?」

 

 呆然と立ち尽くしているウェンディに顎で街中へ出ていくよう促す。キリサメは同情するように哀れみを込めた視線をウェンディへ送りながら、

 

「その、まぁ、ファイトだウェンディ!」

 

 胸の前で右拳を握りしめ、鼓舞するような素振りを見せた。

 

「は、はい……頑張ってみます……」

 

 ウェンディはしょんぼりとした様子でとぼとぼと街中へと消えていく。私は後ろ姿を見送ることもせず、調理場で放置された焦げたパンの前に立った。

 

「……意外だな」

「あー……意外っていうのは、俺がウェンディを助けようとしなかったことについてだよな?」

「あぁ」

「そりゃあ働かせてもらう場所を探すのってすげぇ大変だし、ウェンディもまだまだ子供だろ? だからあんな無茶ぶりを命令するアレクシアを正直悪魔だと思った。ほんとはウェンディをフォローしてあげたかったよ」

 

 パンの焦げた部分をナイフで切り取り、焦げていない部分を木製の皿へと移す。キリサメは私の後方で窓の外を眺めている。

 

「けどな、俺もこの街の酒場で働いて分かったことがあってさ」

「それは何だ?」

「……労働は誰もが経験しないといけないんだなって」

 

 私は削った焦げの部分を廃棄すると、食べられそうなパンを移した木製の皿を机まで運び、椅子に腰を下ろした。

 

「俺さ、あんまり初対面の人と話すのは得意じゃなかった。どうしても距離を取っちゃうっていうか、器用に喋れなくて」

「……だろうな」

 

 キリサメは酒場で働いた経験をアカデミー生活を歩んでいく中で徐々に活かせるようになっている。その証拠にアカデミーへ入学する前はデイル・アークライトを『デイルくん』と呼んでいたがつい先ほどは『デイル』と呼び捨てにしていた。

 

「酒場で働き始めてからは初対面でもそれなりに喋れるようになったし……何よりもああいう仕事を簡単にこなしたり、どんな辛い時でも笑っていた店主とかが……すげぇかっこよく見えたんだ」

「それで?」

「最初は吸血鬼たちと戦うことだけがかっこいい世界なんだって思ってた。でも戦う場所は人それぞれにある。どんなに泥臭く働いている人も、かっこいい世界だってさ」

 

 窓の外を眺めていたキリサメが私の方へ澄ました顔を見せてくる。

 

「アレクシアは遠回しにそれを教えるために、俺とかウェンディを働かせようとしたんじゃないか?」

「……」

「ウェンディは使用人だったけど、館での待遇はあんまり良くなかったみたいだし……本当の意味で働かせて、色々と気づかせたり経験させたりしようとしてるんだろ?」

「……どうだろうな」

 

 視線を逸らしてから立ち上がり、二階に続く階段の前まで移動した。キリサメは素っ気ない態度を取る私に、思わず笑みをこぼす。

 

「そういう気遣いの仕方をさ、もう少し分かりやすくしてみるといんじゃね?」

「数日前に情けない面を見せた男が私へ助言をするとは随分と偉くなったものだな」

「それは、そのぉ……」

「そぐわない男だ」

 

 項垂れるキリサメを他所に、私は二階にある自分の部屋に戻ることにした。

 

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