青い小鳥が
「んんー……」
「何をしている? 早く引け」
ゲーム内容はジョーカーゲーム。ジョーカーを最後まで手札として持っていれば敗北する単純なルール。キリサメは一枚の手札を握りしめ、私の二枚の手札を睨むように観察していた。
「こっちか? いやでも、こっちの可能性も……」
「優柔不断な男だ」
私の手札はジョーカー一枚に、ハートのクイーンが一枚。つまりキリサメはハートのクイーンを引けば、私に勝利することができる。
「よし、決めた! こっちのカードを引くぜ!」
キリサメが引いたのは私から見て左の手札。私は思わず鼻で笑う。
「外れだ」
「んなっ?! マジかよ……!」
ジョーカーのカードに驚愕すると机の下で自分の手札を隠し、私に見られないようにシャッフルした。次は私がハートのクイーンを引けば勝利できる立場。
「ほら選んでいいぞー!」
「私の勝ちだな」
「選ぶの早くねぇか?!」
私が間髪入れずに選んだのは右の手札。予想通りハートのクイーンが揃い、机の真ん中へセットで捨てる。
「これで十勝目だ」
「くっそぉー! 何で勝てねぇんだよ……!」
キリサメは残されたジョーカーを握りしめ机に突っ伏した。目の前にあるキリサメの後頭部を見つめ、私は頬杖を突く。
「お前は分かりやすい」
「そんなにか……?」
「視線が手札へ何度もチラついていた。まるで『ジョーカーはこっちにある』と言わんばかりにな。お前では私の遊び相手にもならん」
私の言葉にキリサメがショックを受けるように肩を落とせば、誰かが訪ねてきたようで、ノック音が三度ほど聞こえてきた。私は席を立つと扉を開く。
「誰だ?」
「ご機嫌ようアレクシアさん。ジェイニー・アベルですわ」
扉の向こうに立っていたのはジェイニー・アベル。普段通りに淑女らしい素振りで挨拶を交わす。
「何の用だ?」
「アレクシアさんとキリサメさんにお茶会のお誘いをしに来ましたの」
「……茶会?」
「ええ、明日の昼頃にどうかと。デイルさんも参加の予定ですわ」
「私は茶会に興味がない」
私は誘いを断りジェイニーに背を向けると、引き止めるようにして右腕を力強く掴んだ。妙に力が込められた手に違和感を抱き、その場を振り返ってみれば、
「アレクシアさんも──是非ご参加を」
向けられた視線に"敵意"が込められていた。私とジェイニーがお互いに視線を交わし、不穏な空気が漂い始めたが、
「あっ! お茶会ってさ、俺たちも菓子とか買っていった方がいいのか?」
「……その点はご心配なく、アベル家特製の洋菓子を用意しますわ。お二人は手ぶらでお越しになって」
呑気なキリサメが不穏な空気を吹き飛ばす。ジェイニーも穏やかな表情へ切り替え、キリサメにそう返答する。
「それでは明日の昼頃、アベル家の屋敷でお待ちしておりますわ」
ジェイニーはそれだけ言い残し、街中へと優雅に消えていった。
「なんか、お茶会楽しみになってきた。ああいう貴族とかのお茶会って漫画やアニメでしか見たことがなくてさ!」
「私は外出する」
「は、はぁ? 急にどうして……」
「用事を済ませてくる」
あの女の視線からするに茶会という名の戯れとはいかない。もし当日に顔を出さなければ、恐らくは私の正体を明かすつもりでいるのだろう。
「留守番はどうすんだよ!?」
「お前一人でしろ」
「んなこと言われても流石に俺一人じゃ暇すぎて──」
「そこらの本を読んで学を積めばいい」
扉をバタンッと力任せに閉め、街中へと早足で赴く。明日に済ませようと考えていた用事を今日済ませるしかなさそうだ。
(……面倒な女だ)
済ませるべき用事は二つほど。まずは一つ目を済ませるためにとある一軒家へと訪れ、扉を三度ほどノックした。
「はーい、どちら様……」
「私だ」
「げっ、お前かよ!?」
「久しぶりだな"臆病者"」
扉から顔を覗かせるスコット・フェルトン。こいつは孤児院で私を強姦しようとし、仮試験や本試験について私に教えた男だ。
「んだよ、今は奥さんがいるから家には入れられねぇぞ?」
「ここで構わん。これを渡しに来ただけだからな」
私が手渡した絹袋。この男は受け取ってから袋の中身を確認すると「何だこれ!?」と大声を上げる。
「この量の金貨、どうやって集めたんだよ?」
「盗んできた」
「盗んだ!? 一体どこで盗んで……」
「ドレイク家の館だ」
寄生型の食屍鬼が徘徊する館内には金貨が何十枚と落ちていた。あくまでもドレイク家の人間の弔いをした報酬として私有していたものとしている。
「あぁそういえばもう廃墟になったんだっけ……って、普通にアウトだからな!? やってること墓荒らしと変わらねぇぞ!?」
「それがどうした? 私は自身を善人だと名乗った覚えはない」
「はぁ……そんで、どういう思考でこんな呪われてそうな金貨を俺に渡したんだよ?」
スコットは満更でもない様子で金貨の入った絹袋を懐にしまう。
「"銅の杭"の借りを返すためだ」
「あぁ、そういやあの銅の杭は役に立ったのか?」
「紛れ込んでいた子爵を一匹始末できた」
本試験に対して嫌な予感がした私はこの男から銅の杭を貸してもらっていた。その結果として予感は的中し、本試験では銅の杭のおかげで子爵を一匹殺すことに成功した。
「マジ? あの話、本当だったのかよ」
「……本試験での事件、真偽があやふやなのか」
「だってよく考えてもみろよな。この平和の街グローリアで吸血鬼が、しかも子爵が紛れ込んでるなんて誰も信じないだろ」
「呑気な連中だ」
異世界転生者の件のようにあの皇女が隠蔽しているのか。私は考える素振りを見せながら、ふとあることが脳裏を過る。
「お前はどの機関に所属している?」
「俺が所属しているのはP機関だぜ」
「なら知らないだろうな」
「知らないって、何がだよ?」
「シビル・アストレアとレイモンド・ワーナーが派遣任務で戦死したことだ」
「……は?」
スコットは慌てるようにして外へと飛び出してくる。アーサーはこの男と友人だと以前に語っていた。
「シビルとレイモンドが、やられたのか?」
「ああ、私はこの目で死ぬ瞬間を見た」
「……」
「お前もあの男たちと同期なのか?」
「同じDクラスだったさ。シビルとはあんま関わりなかったけど、レイモンドとは一緒にバカやってた友人だった」
悲しみと悔しさに満ち溢れた表情。しばらく経つとスコットはハッとし、私に詰め寄ってくる。
「アーサーは大丈夫なのか!? 実習訓練と派遣任務で立て続けにこんな辛いことがあったら……!」
「私は派遣任務から帰還後、あの男の姿を見ていない。エイダ・アークライトも心配していた」
「……! ちょ、ちょっと待ってろ!」
スコットはドタドタと家の中へと駆け込み、数分ほどで身支度を整えてきた。
「俺、アルケミスまで行ってくるわ!」
「急だな」
「あいつが辛い想いをしてんのにこんなとこで話してられねぇよ! 親友ならこういう時こそ側にいてやらねぇとさ!」
「……そうか」
「ほんじゃあな! まぁお前も元気にやれよ!」
軽く手を振りながら馬車の停車場まで全力で駆けていくスコット。私は次なる用事を済ませようと、過去にアカデミーの仮試験を受けた会場まで向かう。
(やはりここにいたか)
視線の先に立っているのは花束を抱えたアーロン・ハード。あの男はヘレン・アーネットが過去に所属していたAクラスの担任だったと聞いている。二つ目の用事というのはヘレンに関する情報を収集することだ。
(……どこに行くつもりだ?)
アーロンは会場の裏側へと歩いていく。私は見失わないようにアーロンの後を追いかけた。
(随分と歩かせてくれるな)
裏道を歩いてどこかへ向かうアーロンをしばらく尾行してみる。その先は街からそれなりに離れ、十字架の道を逸れている場所だ。
(……庭園墓地か)
辿り着いたのは故人を弔うための庭園墓地。アーロンはとある墓標の前で立ち止まると花束をそっと優しく置いた。
「私に何か用でもあるのかね?」
こちらの気配に気が付いていたようでアーロンに声を掛けられる。私は隠れるのを止めこの男の側まで歩み寄り、墓標に刻まれた名前を目にした。
「
「……」
「アーネット家の人間がアルケミスではなく、この街の墓地で眠っているなんて不自然だな」
アーロンは墓標の前で片膝を付くと紳士用の白い手袋を外し、墓標に手を置く。その表情は"悲観"と"後悔"に満ち溢れている。
「彼女はA機関へ所属していた銀の階級。私よりも剣術などで腕が立ち、アカデミー生活での同期。お互い共に過ごし恋に落ち──私が愛を"誓うべきはずだった"お方だ」
「愛人か?」
「そうとも呼べるが、私にはそう呼ぶ資格などはない」
「なぜ?」
「それは私が、愚か者だからだろう」
「……何があった?」
アーロンは眉間にしわを寄せると、墓標に置いた右手を力強く握りしめた。
「十年、二十年以上も前、グローリアへ吸血鬼が襲来した。爵位は伯爵や子爵、神の街アルケミスだけに留まらず、このサウスアガペーやノースイデアにも……そのうちの数匹が紛れ込んだ」
「……」
「その者共を始末する役目を負わされたのが彼女。この街を守るため、吸血鬼の残党を粛正しにたった一人で戦った」
「たった一人だと? 加護は与えられているのか?」
「与えられていない」
「ならば無謀だな。銀の階級であろうと加護を持たない時点でただの人間。仮に伯爵が紛れ込んでいないとしても、子爵を数匹相手にする時点で命を捨てる行為と同等だ」
ゆっくりと頷いたアーロンは顔を上げ、墓標に刻まれたセリーナの名前を見つめる。
「彼女自身も分かっていたことだろう。だが彼女は……果敢にも無謀な戦いを挑んでしまった」
「なぜ?」
「彼女はアーネット家の血筋を継ぎ、銀の階級の中で頭一つ抜けている。故に然るべき期待を、人類の希望を背負わされたのだ。私たちなど足元にも及ばない……皇女殿下のような雲の上の存在だった」
「生き急いだということか」
「だからこそ、私は愚か者だ」
「お前と何の関係がある?」
アーロンは静かに立ち上がり、私と向かい合う。互いの間でそよ風が吹き、真っ白な花びらが私の目の前を横切った。
「──遅すぎた」
「何が?」
「私が彼女に追いつくまでが──遅すぎたのだよ」
墓標に置いてある花束が突風でやや傾き、アーロンは私と視線を交わす。
「彼女への尊敬は想いとなり、気が付けば恋へと変わっていた。そこまでは順調だった。だが恋から愛へと変えるためには……私に不足している要素があったのだ」
「……"力"か」
「その通り、力だとも。私ではアーネット家のお方とは不釣り合いだった。愛を認めてもらうには、彼女と釣り合う実力が必要となる。地位もない私にはそれのみしか……残されていなかったのだよ」
外していた紳士用の白い手袋を装着しながら淡々と過去を語るアーロン。確かにアーネット家は神に愛されている血筋として、一般家系の血筋と比べれば必ず優劣が生まれる。
「彼女は私の想いに勘付くと剣術や武術を指導してくれた。自身と釣り合うようにと、愛を認めてもらうようにと」
「……」
「しかしあまりにも遅かった。彼女の元まで手が届かないまま……私の傍から去ってしまったのだ」
アーロンの努力は虚しく、その実力が届くことはなかった。愛を認めてもらうことができなかった。先ほど見せていた"悲観"と"後悔"に満ちていたアーロンの表情。私は悲観が"セリーナの死"に、後悔は"届かなかった"ことに対してだと気が付く。
「彼女は吸血鬼と死闘の末、この街を守り通したが……私は彼女の命も彼女への愛も守れなかった」
「なるほどな。お前が老いた肉体で銀の階級を務めているのはそれが理由か」
ぱっと見ではアーロンの年齢は五十代後半、もうすぐ六十代になる頃合いだ。肉体は鍛え上げられているとは思うが、吸血鬼共と戦うには"老体"は多大なリスクとなる。
「例え老体であろうとこの肉体が朽ち果てるまで……彼女が命を散らしたこの街で私は戦い続けるだろう」
「……」
「……長話を失礼した。そういえば、私に何か用でもあったのかね?」
「あぁ、お前は過去にアカデミーのAクラスで──」
アーロンが墓標に置いた花束に視線を移してみれば、その花束は白色のカーネーションだった。私は皇女の過去を尋ねようとしたとき、
「アーロン?」
「……皇女殿下」
私服姿のヘレン・アーネットが街の方角から歩いてきた。私の姿を確認すると「何を話していたのか」とアーロンへ目配せをする。
「少々、彼女についてお話をしておりました」
「あぁセリーナ様のことを話していたのか」
「皇女殿下はこのような場所へ一体何を?」
「暇だったものでな」
「……そうでしたか」
「それとだアーロン。皇女殿下などと堅苦しい呼び方をするなと言っただろう? 私とお前の仲だ。ヘレンと呼んでくれていい」
ヘレンはアーロンに優しく微笑むとセリーナの墓標の前に立ち、ゆっくりと片膝を付いた。
「君はアーロンと何を話そうとしていた? まさか私の過去でも聞こうとしたのか?」
「……どうだろうな」
「ふふっ、あの時に交わした約束は守ってもらうぞ」
実習訓練でヘレンに背負われながら交わした取引。それはお互いに質問し合い、嘘をつかずに回答をするというもの。私はヘレンとアーロンへ背を向け、
(まさか、あの男から過去の話を聞き出そうとしていることを知って……)
失敗したと軽く舌打ちをし、撤退するように帰宅することにした。