ЯeinCarnation   作:酉鳥

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4:8『アベル家の茶会』

 

 翌日の昼頃、私とキリサメはお茶会へ参加をするためにアベル家の屋敷まで歩いていた。小腹が空いているのか、キリサメは右手で腹部を(さす)りながら、辺りをきょろきょろと見渡す。

 

「下品な男だ。茶会で菓子を食い荒らすつもりか?」

「ちげーって! 初めてのお茶会だからかなり緊張してんだよ!」

「そうか。情けない男だな」

 

 アベル家の屋敷は位置を知らなくとも、街中をそれなりに歩いていれば自然と辿り着く。

 

「こ、ここがジェイニーさんの屋敷……なんかすげぇ威圧感」

「趣味が悪いな」

 

 何故ならそれほどまでに目立つから。金の十字架で(いろど)られた派手な門に、ドレイク家の館より広い敷地に、屋敷の隣に建てられた神聖な教会。いかにもアベル家の人間の住処らしい。

 

「お前、あんまり失礼な発言するなよ……?」

「なら"センスが無い"とでも言っておく」

「それも駄目だっつーの!」

 

 私たちが立ち止まればゆっくりと門が開く。屋敷の方角から歩いてきたのはジェイニー・アベル。服装は茶会用であろう洒落(しゃれ)たワンピースだった。

 

「ご機嫌よう、アレクシアさんにキリサメさん」

「お、おう! こ、こんにちはだなジェイニーさん!」

「そう緊張しなくてもよろしくてよ。今日はお茶会を是非楽しんで」

 

 私たちはジェイニーに屋敷の中を案内される。アベル家の血筋を継いだ者たちは信仰心の高さを取り柄としているため、屋敷の至る個所に金の十字架や神らしき存在が描かれた絵画などが飾られていた。

 

「こちらがお茶会の会場ですわ」

「あっ、デイルはもういるんだな」

「お、おはよう二人とも……」

 

 茶会の会場は屋敷の裏庭。中央には真っ白なテーブルクロスが掛けられた円卓の机。その周囲には四つの椅子が並べられ、既にデイルが座って私たちのことを待っていた。

 

「さぁお掛けになって。お茶会を始めましょう」

「そ、そうっすね!」

 

 四人分の席が埋まるとアベル家の使用人がキャスター付きのワゴンで紅茶や洋菓子を運んでくる。

 

「この紅茶は?」

「アベル家特製の茶葉に、ベルガモットの香りづけをしたアールグレイティーですわ。アレクシアさんのお口に合わなくて?」

「冷めてなければいい」

 

 ドレイク家で出された紅茶も香りづけはベルガモットだった。この大陸では紅茶に柑橘類の香りづけが常識となっているのだろうか。

 

「ピーナツバターもありますわよ」

「いらん。私の口に合わない」

「あらそう、それは残念ですわ」

 

 私は目の前に置かれたピーナッツバターを机の中央へ移動させ、ティーカップを口元まで運ぶ。キリサメはぎこちない動作でティーカップに口を付けていた。

 

「そういやジェイニーさんやデイルは派遣任務が近いんだよな?」

「ええ、数日後には"ジェイラ"へと出向く予定ですが」

「ジェイラ……?」

「グローリアの位置から最南端の街の名前ですわ。メンバーはクレア・レイヴィンズさん、クリス・オリヴァーさん、ロイ・プレンダーさんと一緒ですのよ」

「あー! ロイと一緒なんだな!」

「ロイさんは距離の詰め方が強引なので少々そりが合いませんの」

 

 ロイ・プレンダーに対して苦言を呈するジェイニー。キリサメはその話を聞いて「いつも通りだな」と苦笑していた。

 

「デイルさんの派遣任務はどちらへ?」

「えっと、"マスカトラ"に行く予定だけど……」

「あら、私たちとは真逆の最北端の街でしたの。同伴する方々は?」

「確か……イアン・アルフォードくんと、ナタリア・レインズさんと、アリス・イザードさんだったかな」

「あぁアリスが一緒なのか!」

「うん、アリスさんやイアンくんは優しいから良かったんだけど……ナタリアさんは行動と発言が読めなくてちょっと怖いかな」

 

 無能なアリスに、気弱なデイルに、異端児のナタリア。イアンがこの三人をまとめるのに苦労する姿が容易に想像できる。

 

「皆さん、よろしければそこの洋菓子もお食べになって。私がお茶会のために今朝作りましたの」

「へ~! ジェイニーさんって料理もできるんだな!」

「勿論、料理も淑女の嗜みですもの」

 

 三段のケーキスタンドに並べられているのはクッキーやマカロン。ジェイニーが手作りしたと聞き、私たちは各々でそれらを口にしてみる。

 

「ん~、美味い! さっすがジェイニーさんだ!」

「ふふっ、お口に合って何よりで──」

「平凡だ」

「……はい?」

「平凡すぎて印象に残らん。一度目ならともかく、二度目は口にしたいとは思わないな。特にこのマカロンは」

 

 私の発言に空気が凍り付く。キリサメとデイルは顔を見合わせ、冷や汗を掻いていた。ジェイニーは持っていたティーカップを机に置くと私を睨みつける。

 

「アレクシアさん、私にそのような発言は失礼だと思わなくて?」

「失礼か。お前には言われたくないな」

「あら、私に何かご不満でも?」

「この茶会へ強引に参加させ、真の用件は未だに明かさないまま。私からすれば時間が無駄なうえ、お前の策略に不満しかない」

 

 ジェイニーを睨み返し、私も机にティーカップを置く。しばらく四人の間で沈黙が続けば、ジェイニーが閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

 

「……お茶会を楽しむつもりはないと?」

「私は茶会で戯れるつもりはない」

「非常に残念ですわ。本当はアレクシアさんにこのお茶会で色々とお尋ねしようと、準備していたのですが……」

 

 席から立ち上がり、裏庭の入り口で控えていた使用人に左手を挙げて合図をすると、使用人は一度お辞儀をし何かを取りに屋敷へと入っていく。

 

「こちらの方がアレクシアさんの性に合うようですね」

「……どういうつもりだ?」

 

 使用人が運んできたのは仮試験や本試験で使用していた二本の黒い剣──ルクス零式。ジェイニーは使用人からルクス零式を二本とも受け取ると、私へそのうちの一本を手渡してくる。

 

「"あの件"を片付けるためですわ」

 

 昨日、馬車内で知られた『私に身体に吸血鬼の血が流れている』という一件。やはりジェイニーは茶会でケリを付けようとしているらしい。

 

「アレクシアさん──あなたに決闘を申し込みます」

「決闘だと?」

「ええ、決闘の終了合図はどちらかが"命を散らすこと"」

「そのルールでいいんだな」

「ええ、あなたにとっても悪い話ではありませんわ。だって私を殺せば……この口から"あの件"は公になることはないですもの」

 

 私はルクス零式を受け取り刀身の部分を確認してみれば、そこらの模擬刀ではなく相手を殺めるために刃が磨かれ実戦用。

 

「隠蔽されるとしてだ。私に人殺しの肩書でも与えるつもりか?」

「その点はご心配なく。私がここでアレクシアさんに殺されようと罪に問われることはありません。私の死は不慮の事故として扱われますわ」

「お、おいおい、ちょっと待てって! ジェイニーさん、何でそんな危険なことをする必要が──」

「キリサメさんは黙っててくださる?」

 

 ジェイニーの瞳は本気。お遊びで決闘を申し込んできたわけではないようだ。その証拠に剣を持ってきた使用人もどこかへ消え、裏庭には私たちしか残されていない。

 

「アレクシアさん、決闘のお返事は?」

 

 私は返答する代わりに裏庭の広い場所へと移動をし、腰付近に左手で持った鞘を添える。

 

「アレクシア、お前まさか受けるつもりなのかよ?!」

「死人は喋らんからな」

「け、けどさ……!」

「アレクシアさんならそうおっしゃると思いましたわ」

 

 ジェイニーは私の向かい側に立てば、ルクス零式を鞘から引き抜いた。その瞳には殺意が込められている。

 

「手加減は無しでよろしくてよ」

(はな)からするつもりはない」

「あらそうでしたの」

 

 アベル家の剣術を振るう態勢へと変えたジェイニーに対し、私は大きな構えを取らずその場で棒立ちをしていた。ジェイニーはその様子にやや不機嫌な表情を浮かべながらも、

 

「では──」

 

 左手で構えていた剣先を上に向け、

 

「──お覚悟を」

 

 こちらに向かって勢いよく駆け出す。私は果敢に斬りかかろうとするジェイニーを見据えると左腕を振り上げ、

 

「うぐッ!?」

「……」

「や、やりましたわね──かはッ!?」

 

 鞘の先でジェイニーの鳩尾を強打し、反撃する隙も与えることなく鞘を脇腹へとめり込ませる。

 

「このぉッ!!」

 

 空いている手で脇腹を押さえ、アベル家特有の剣術を繰り出した。剣先による鋭い突きやら、振り抜く速度が早い剣の連撃。

 

「──ッ!?」

 

 だが完璧ではない剣術などに手こずるほど私も鈍っていない。すべてを鞘で受け流し、現実を突きつけるようにしてジェイニーの胸倉を右手で掴み上げ、

 

「きゃあぁッ!?」

 

 石の床へと全力で叩きつけた。背中を打ち付けられたことで、吸い込もうとしていた酸素が逆流し、ジェイニーの口から僅かに溢れる。

 

「ぐっ! まだ私は戦え──」

「黙れ」

 

 起き上がろうとするジェイニーの髪の毛を雑に掴み、石の床へと後頭部を叩きつけた。

 

「ひぎッ、あぐッ、うっぐッ!?!」

 

 何度も何度も石の床へと叩きつける。ジェイニーの頭部が流血しようが、石の床へヒビが入ろうが、私は手を止めない。

 

「アレクシア、もうやめろッ!!」

 

 たまらずキリサメが私を止めに入ろうとする。だが背後まで迫った瞬間に鞘で足払いを仕掛け、その場に転倒させた。

 

「おい、何をして──うッ!?」

 

 再び止めようとするキリサメの首に私は鞘を突きつける。

 

「この女が決闘のルールを決め、私に申し込んだ。お前の助けに入ろうとするその行為は、この女の覚悟を踏みにじる侮辱と変わらん」

「……っ!」

 

 キリサメが必死になるのを他所にデイルは私たちを傍観するのみだった。やはりあの男は合理的な性格なのだろう。

 

「まだ……」

「……何だ、まだ喋れるのか」

「まだ私はっ……生きてっ……」

 

 私の手を引き剥がそうとジェイニーは震えた手で抵抗するが、慈悲も与えず殺すつもりでジェイニーの後頭部を石の床へと叩きつけた。整えられていた金髪は乱れ、本試験の時のように血塗れだ。

 

「殺す前に一つ尋ねようか」

「うッ……がッ……」

「この決闘の目的は"あの件"じゃない。お前は関係のない"私情"を持ち込んでいるのだろう? お前は何がしたいんだ?」

「それ……は……ッ」

 

 ジェイニーは弱々しい手で私の腕に触れる。

 

「恐怖に、恐怖に屈する……弱い自分を殺すため……ッ」

「……」

「あなたなら……私を本気で殺す……だから……あなたと決闘を……ッ」

「……その目は」 

 

 呼吸を荒げ朦朧とした意識の最中で、ジェイニーの金色の瞳がやや光を灯す。私が瞳に灯った光を見つめ、それが何かを探ろうとした瞬間、

 

「主よ、私の大切な妹をこのように虐げたこの者に罰を与えます」

(この女、いつの間に……)

 

 すぐ隣でシスターらしき女性が、手に持った聖書を読んでいた。気配も足音もしなかったため、デイルやキリサメは呆然としている。

 

「迷える子羊をそちらへ導けなかった私目を、どうかお許しください」

「……」

「それでは──」

 

 シスターらしき女性はパタンッと開いていた聖書を閉じると、温厚に満ちた笑みを浮かべながら、

 

「──エイメン」

「……ッ!!」

 

 私の顔面に向かって聖書で薙ぎ払ってきた。見た目に似つかない怪力。私は何とかルクス零式で聖書を受け止めたが、その馬鹿にならない怪力で裏庭の隅へと吹き飛ばされる。

 

(何だあの女は……?)

 

 ルクス零式は鞘ごと真っ二つに折れていた。そのおかげで何とか負傷は免れたが、全身に伝わった衝撃により、身体の節々がやや痛む。デイルはその様子を目にし、急いで屋敷の中へと駆け込んだ。

 

「誰だ貴様は?」

「私は五ノ戒フローラ・アベル。貴方が虐げていたこの子のお姉ちゃんです」

「……十戒か」

「貴方の魂が導かれる先は……ここから下の方角はいかがでしょうか?」

「地獄とでも言いたいのか」

「いえ、そのようなことは一言も」

 

 ジェイニーは気を失っているようで指先一つ動かしていなかった。このままではこの"怪力女"と一戦交えなければならない。

 

「ま、待ってください! これにはちゃんとした理由があるんです!」

「おや、迷える子羊がもう一匹いましたね」

「へっ?」

「主よ、この者にも私の大切な妹を虐げた罰を与えます」

「は、話を聞いてください!」

 

 話を聞いていないのか、キリサメへ聖書を振りかぶるフローラ。私は折れた刀身をフローラに向けて投擲すると、その場から駆け出した。

 

「それでは──」

(馬鹿げた女だ)

 

 折れた刀身を空いている手で虫を払うかのごとく叩き落とし、振りかぶった聖書を振り下ろそうとする。

 

「こ、これを見て!」

 

 その瞬間、屋敷内へと駆け込んだデイルが一枚の手紙を持ってフローラへ見せつけ、聖書を振り下ろそうとした手が止まる。

 

「これはすべてジェイニーさんの意思なんだ! この手紙はジェイニーさんの遺書だよ! もしこれでも信じられないなら使用人に聞いてみて!」

「……」

 

 フローラはデイルが持っていたジェイニーの遺書に目を通した。

 

(……落ち着いたか)

 

 遺書に目を通せば通すほどフローラは表情を険しくさせていく。その光景に私とキリサメが顔を合わせていれば、

 

「あの……」

 

 おどおどとした様子で私とキリサメの前まで歩み寄り、

 

「本当にごめんなさい!」

「え?」

 

 精一杯に頭を下げてきた。

 

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