ЯeinCarnation   作:酉鳥

106 / 287
4:10 Family Photo ─家族写真─

 災難に巻き込まれる羽目になったジェイニー・アベルの茶会。その翌日、私とキリサメは屋敷の前でもめていた。

 

「離せ、私は帰る」

「いーいーかーらぁー! お前も行くんだって!!」

「一人で行け」

 

 本来の目的は食糧の買い出し。私は目的を達成したため、このまま帰宅しようとしたところ……キリサメが狙っていたかのように私の左腕を掴み、門の前で引き止めてきたのだ。

 

「ジェイニーさんが心配じゃねーのかよ!」

「殺そうとした相手を気に掛けるヤツがどこにいる?」

「ああ"でも"言えばこう言うなお前は!?」

「"ああ言えばこう言うだ"」

「あっ、そうだ、間違えた……っておい?!」

 

 独り言を呟いているキリサメの拘束を振り払い、アベル家の屋敷を通り過ぎる。キリサメは私を追いかけようと手を伸ばした。

 

「アレクシアさん、キリサメさん」

 

 その時、頭部に包帯を巻いたジェイニーが門から顔を出す。寝間着姿で姿を見せたことから今さっきまでベッドで寝ていたのだと推察できる。

 

「ジェイニーさん、どうして外に出て……!」

「屋敷の門からアレクシアさんとキリサメさんの声が耳に届きましたの。随分と騒がしくしていらっしゃったけど……」

「あ、あははっ……すいません、うるさかったですよね……」

 

 苦笑しながら謝るキリサメ。私は溜息をつくとその場を早く去ろうと試みた。

 

「アレクシアさん」

「……」

 

 が、ジェイニーがそれに気が付き私の名を呼んだ。振り返ることもなく、私はただその場で背中を見せ続ける。

 

「手を、抜きましたわね?」 

「……」

「アレクシアさんは覚悟を決めた私に生き恥を晒してほしくて?」

「……」

 

 私が問いに何も答えずにいれば、ジェイニーも気が立ってきたのかこちらへズカズカと詰め寄ってくる足音が聞こえ、

 

「アレクシアさん、お答えになって……!」

 

 淑女を崩さぬように静かな怒声を上げ、右肩を力強く掴まれた。手に持っていた買い物カゴが大きく揺れる。

 

「お前は……」

「……?」

「お前は、過去の私に似ている」

 

 私はゆっくりとその場で振り返り、ジェイニーの瞳を覗き込むように見つめた。未だ汚れていない金色の瞳。その瞳に懐かしさを覚える。

 

「淑女らしく高貴に振る舞い、曇りのない自分に底知れぬ自信を持ち、自身の血筋に誇りを持つような……お前はそういう女だろう」

「は、はい……?」

「お前のような女は現実を突き付けられると、地の底に落ちて路頭に迷う。そして考えた結果……『生き恥を晒さず命を絶つ方法』を模索し始める」

 

 私に図星を突かれ、真意を汲み取られたジェイニーは一歩だけ後退りをした。逃げさないように今度は私からこの女へ詰め寄る。

 

「教えてやる。私が手を抜いたのはお前に同情したわけでも、お前に生きろと伝えたかったわけでもない」

「ならどうして……!」  

「私が手を下さずともお前はいずれ戦場で死ぬんだよ。……そうだな、今のお前なら一週間後に控えた派遣任務が命日になる」  

「……!」

 

 ジェイニーは唖然とした様子でまた一歩後退りをする。距離が離れないように私はまた一歩前進した。

 

「お前は私に決闘を申し込んだのは恐怖に打ち勝つためだとか言ったな?」

「え、えぇ言いましたわ! アレクシアさんなら私を本気で殺してくれる! だから──きゃッ!?」

「ジェイニーさん!」

 

 言葉を返そうとするジェイニーの肩を突き放すように押せば、固いレンガの地面へと尻餅をつく。キリサメはすぐさまジェイニーへ駆け寄るとその身を案じた。

 

「食屍鬼や吸血鬼に挑まない時点でお前は恐怖から逃げている。馬車の中で恐怖の対象に"半分当てはまる私"という都合の良い相手を見つけ、下らん感情や下らん私情を決闘で解決しようとしたはずだ」

「い、いえ……そ、それは……」

「この場でハッキリさせておこうか」

 

 尻餅をついたジェイニーへ私は見下すような視線を送る。ジェイニーは私を見上げながら目を見開き、僅かな恐怖心を抱いていた。

 

「イブキという男が殺されたのはお前が"淑女"にこだわり髪を切らなかったから」

「や、やめっ……」

「成績不振なのは根拠もない"過剰な自信"のせいで周囲を見下し、過去に努力を怠っていたから」

「やめてっ……」

「実戦で手が震えるのはお前が名家としての"誇り"だけしか持ち合わせていないから」

「やめて……!」

「分かるだろう? お前は今まで肯定され続け、甘やかされ、何一つ危険や不自由のない生活をしてきた世間知らずの箱入り娘だ。いや、"箱"から出ようともしない卑怯で臆病で見栄を張る卑しい女──」

「もうやめろよアレクシアッ!!」

 

 徐々に声が小さくなると、顔を真っ青にさせ俯いていくジェイニー。それを見兼ねたキリサメが勢いよく立ち上がり、代わりに私へ怒鳴り散らしてくる。 

 

「そんなに言う必要ないだろ!? ジェイニーさんだって必死に考えて、アカデミーで頑張って、自分を変えたいって……お前に決闘を申し込んだんだぞ!?」

「お前にこの女を庇う理由がどこにある? こいつはイブキという男に命を救われた。だがその救われた命を下らん決闘で下らん覚悟で……捨てようとしていたのだろう?」

「……!」

「何もかもが中途半端で甘い女に同情する理由も庇う理由もない。この女はどうせ派遣任務で野垂れ死ぬ運命だ」

「お前……!!」

 

 右拳を握りしめ、怒り心頭に発するキリサメを私は鼻で嘲笑う。

 

「気に入らないなら殴ればいい」

 

 有無言わずして殴り掛かるキリサメ。私は半身で迫りくる右拳を回避し、立ちながら足払いを仕掛けキリサメを転倒させる。

 

「お前も野蛮になってきたな」

「くっそぉ……!」

 

 悔しがるキリサメを他所に尻餅をついたジェイニー・アベルの真横を通り過ぎ、

 

「私のことを密告したければしろ」

「あなたは……私が密告したら殺して……」

「お前に密告されようが殺すつもりはない。どうしようがお前の勝手だ」

 

 それだけ伝えると、キリサメの方へ振り向き、

 

「お前は先に帰れ。買い忘れたものがある」 

「おい、待てよアレクシアッ!!」 

 

 買い忘れた食材を買いに戻るため、再び街中に向かって歩き出した。

 

 

────────────

 

 

 夕食を囲み終えれば、ウェンディとキリサメが食器を運び、私とシーラで食器を洗う時間が訪れる。私は普段通り夕食を摂っていたが、キリサメはジェイニーのこともあって、少し口数が減っていた。

 

「そういえばアレクシアちゃんとカイトくんにお手紙が来てたわよ~!」

「手紙ですか?」

「そうそう~! 引き出しにしまってあるから読んでみたらどうかしら~?」

「私はまだ手が離せん。その食器を運んだらお前が読め」

「はいはいー」

 

 最後の食器を運んできたキリサメにそう命令すれば、シーラが手紙を貯めている引き出しから、未だに封がされてある一通の手紙を取り出す。キリサメは封を剥がし、中の本文に目を通した。

 

「内容は?」

「あー……何か『明日の十五時、アカデミーの研究室へ召集するように』って書かれてあるぞ」

「アルケミスへ帰ってこいだと? 帰還する理由は?」

「んー、詳しく書かれてないんだよなぁ。ただの"召集命令"って感じでさ」

「そうか」

 

 手紙に召集される理由が書かれていない。つまり外部に知られてはならない話なのだろう。私は食器をすべて洗い終えると手を拭いて、キリサメが持っていた手紙を奪い取る。

 

「差出人は……ティア・トレヴァーか」

「えっ、あの人が俺たちに手紙を?」

「益々奇妙な話だ」 

 

 手紙の裏面に書かれた差出人は『Tear(ティア)Trevor(トレヴァー)』だった。私とキリサメが不審な点ばかりだと首を傾げていると、

 

「あら~……二人とも帰っちゃうのね~?」

 

 寂しそうに微笑みながらシーラが近づいてきた。机の上を拭いているウェンディも帰還する話を聞くとすぐに歩み寄ってくる。

 

「そうっすね。ほんとはもっとここにいたかったんですけど……シーラさん、これから大丈夫そっすか?」

「私のことなら大丈夫よ~! 二人が帰っちゃうのはちょっぴり寂しいけど……困っている人がいるならその人たちの力になってあげてほしいわ~!」

「……お前は?」

「大丈夫です。シーラさんと支え合いながら頑張りますので。お二人はご自身のことだけ考えてください」

 

 サウスアガペーに残る二人はわざわざ気に掛ける必要もないほど清々しく笑っていた。キリサメはそんな二人を見て「そうだ!」と何かを思いつき、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「シーラさん、四人で写真を撮りましょう!」

「写真?」

「はい、俺とシーラさんとアレクシアとウェンディの……四人の家族写真です!」

「いいわね~! 私は撮りたいわ~!」

 

 手を挙げて喜びながら賛成するシーラ。ウェンディも小声で「家族……」と嬉しそうに呟き、写真撮影に賛成気味だった。

 

「私は撮りたくな──」

「アレクシアちゃんも賛成よね~?」

「……あぁ」

 

 シーラは私も乗り気だと思っているのかこちらの肩に手を回して、撮影の準備を着々と進めようとする。私も断るに断れず、やむを得ず参加した。

 

「よし、ここにセットしてっと……もうちょい右に寄ってくれ」

「シーラ、お前はこの椅子に座れ」

「それじゃあ失礼しちゃおうかしら~?」

 

 私は木製の椅子を中央へと一つだけ移動させ、シーラをそこに座らせる。

 

「あの、私はどこに……?」

「お前の立ち位置は知らん」

「おーい! 俺の場所も空けといてくれよ!」

 

 キリサメがスマートフォンを机の上で立て掛け、器用に画面を何度かタップしながら私たち全員が画角に入るよう調整していた。その間に私はシーラの右後ろへと立つ。

 

「えっと、私は、どこに……」

「お前はもうここから動くな」

「あっ……」

 

 右往左往しているウェンディに呆れ、私は自分の前へ強引に立たせる。するとスマホのセットが終わったのか、駆け足で空いているシーラの左側へと立った。

 

「撮影はいつ始まる?」

「ピピッ……って音がした五秒後に撮影するように設定した!」

 

 しばらく待っていればキリサメの言った通り、スマートフォンからピピッという機械音が聞こえてくる。

 

「家族写真を撮るのは何年ぶりかしら~」

「もうすぐ撮影するんで、あの丸いレンズを見るようにしてください!」

「お前の口元にソースが付いているぞ」

「マジで!? やべッ、早く拭かないと──」

「嘘だ」

「嘘かよ!」 

「ふふっ……」

 

 瞬間、何十回も辺りに鳴り響くシャッター音。キリサメは撮れた写真を確認するため、スマホまで駆け寄って画面をスライドさせる。

 

「綺麗に撮れたかしら~?」

「はい、今撮れたのは一応こんな感じっすね」

 

 私たちへ見せてきた画面に写っていたのは、シーラの幸せそうな笑顔、ウェンディの静かな微笑み、キリサメの焦った表情、そして私のいつも通りの真顔だった。

 

「いいじゃない~! みんなとってもよく撮れてるわ~!」

「俺だけちょっとおかしい気もするんすけど……」

「ふふっ、キリサメさんらしくていいと思いますよ」

「俺らしいって、これただの事故写真だからな!? ……ていうかウェンディ、何でお前までアレクシアみたいなことを言って──」

 

 私は盛り上がるシーラたちを静かに傍観しながら、

 

(……家族、か)

 

 自身の右の手の平をじっと見つめていた。 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。