手にしていた銃の名を『ディスラプターα』と説明すれば、シャーロットは先ほどグリップに挿入した"入れ物"を取り出す。
「……手動の操作が一切必要ない銃か」
「その通りだとも。ディスラプター零式から大きく進化を遂げたのは『"排莢"や"次弾装填"を自動化』と『素早い弾倉の交換』が可能になったのだよ」
「そうか。その手に持っているのが弾倉なんだな?」
「うむ、九ミリの銀の弾丸が十五発入る弾倉だ」
クリスが興味を示すようにまじまじとディスラプターαを見つめると、シャーロットは武装が置かれた台の方へ視線を移した。
「君たちに命令が与えられたと聞いてね。折角ならばこのディスラプターαを実戦で試用して欲しいのだよ」
「俺たちなんかが試用させてもらってもいいのか?」
「構わないとも。既にヘレン君から許可は貰っている。試しに触ってみてはどうだい?」
「ああ、言われなくてもそうさせてもらうよ」
クリスは足取り軽く台に置かれたディスラプターαを手に取れば、グリップやら弾倉やらを細かく観察し始める。その瞳には『新しく与えられたおもちゃを手にした童心』が垣間見えた。
「これで敵を殺すんですかぁ! これだけ固いと敵を殴り殺せそうですねぇ!」
ナタリアもドタドタとディスラプターαまで駆け寄り、乱暴に握りしめながら周辺を走り回る。
「そうか、ここで反動を制御してスライドしたときに薬莢を吐き出す……バレルはこのスライド部分に隠されてて……照星はここか」
私はそんなナタリアを横目にブツブツと呟いているクリスの隣に立った。キリサメとティアはその場から動かず、何かを話しているようだ。
「……なるほどな」
ディスラプターαを右手に、銀の弾丸が詰められた弾倉を左手に持ち交互に視線を向ける。
「装填はこれで終わりか」
装填はグリップの底の部分に弾倉を挿し込むだけ。一弾ずつシリンダーに込めていたリボルバーよりもかなり簡易化されている。私は試し撃ちをするために両手で構えると、カカシへ銃口を向け、弾丸を全弾撃ち尽くした。
「お前さん、腕がいいな」
最初に頭部へ七発、次に心臓へ四発、最後に両手両足へ一発ずつ……と撃ち込めば、クリスが驚いた様子で私の顔を見る。
「見てないでお前も撃ってみろ」
「そんなプレッシャーを掛けてくれるな」
クリスは溜息をつきながらもディスラプターαを両手で構え、カカシへ狙いを定めた。そして間髪入れずに弾倉の弾丸を撃ち尽くす。
(これがオリヴァー家の狙撃能力の高さか)
最初に両手両足に二発ずつ、次に胴体へ四発、最後に心臓へ三発。この順番で弾丸を撃ち込むと、クリスはグリップの底から空の弾倉を取り出し、私に「満足か?」と言いたげな視線を送る。
「ほう、二人とも素晴らしい適応力。まだ手にしたばかりだというのにそこまで扱えるとは」
「ああ、構造さえ理解できれば俺は扱える」
「どうだね? 試し撃ちをしてみて気になった点などがあれば是非とも教えてくれたまえ」
シャーロットから意見を求められた私はディスラプターαから顔を上げ、
「「反動が軽い」」
隣に立っているクリスと意見が被った。私とクリスは顔を見合わせる。
「ふむ、いい意見だ。ディスラプターαは"扱いやすさ"をコンセプトにしている。反動を最小限に抑えることで誰でも簡単に扱えるのだよ」
「確かにディスラプター零式よりこっちの方が扱いやすいな」
「他には何かあるかね?」
更に意見を求められた私とクリスはしばらく考える素振りを見せたが、
「「懸念するのは弾詰まりぐらいか」」
再び意見が被り、お互いに「またか」と顔を見合わせた。
「お前さん、腕だけじゃなくて目も利くんだな。幼少期に訓練でも積んでいたのか?」
「さぁな」
曖昧な返答をしているとシャーロットが私たちの側まで歩み寄る。台に置かれたディスラプターαを手にし、慣れた手つきで分解を始めた。
「二人ともよい着眼点だ。このディスラプターαは"扱いやすさ"がコンセプトが故に欠点も生まれてしまっている」
「それが弾詰まりか?」
「正確には『構造上の弾詰まりのしやすさ』と『口径の縮小による威力の減衰』の二点なのだよ。実際にヘレン君は扱いやすさのαよりも改良した零式を愛用している」
弾丸や杭が消費しない不失の加護が与えられたあの皇女からすれば、簡易的な装填や弾丸の多さなどはどうでもいい。純粋に威力の高さと強度があるものを選び抜くのだろう。
「アレクシア、お前さんならどちらを選ぶ?」
「威力の減衰はどうでもいい。どうせ銃は牽制程度にしか使えん。弾詰まりに関しては問題となるが……頼りすぎなければいいだけだろう」
「ふむ、つまりアレクシア君はディスラプターαの方を選ぶのかね?」
「現状の話だ。実戦で試用してから考える」
あらゆる武装は食屍鬼や吸血鬼を相手にしてやっと真価が分かる。私はディスラプターαを台に戻して、先ほどまで走り回っていたナタリアの方へ視線を向ける。
「クリス君はどうだね?」
「俺も同じだ。装填に時間が掛からないこっちの方を選ぶ」
「うむ、では是非とも船旅に持っていきたまえ──」
「なるほど、ああいう使い方もあるのか」
独りで呟いているとシャーロットとクリスがこちらを見てきたため、顎でナタリアの方を示す。
「おやおや、おかしいですねぇ? もう壊れてしまったんですかぁ?」
「ナ、ナタリア君ッ!?!」
ナタリアは発砲することはおろか、銃を構えることすらしていない。ただひたすらにディスラプターαを投擲物としてカカシにぶつけていた。シャーロットがその光景を目撃すると小さな悲鳴を上げる。
「な、なんて酷いことをしているのだね!? ディスラプターαはそのような使い方をしないのだよ!」
「あ、そうだったんですねぇ!」
「いいかね? 使い方はまずこの弾倉をここに入れて──」
「威力が上がりましたねぇ!」
「違うのだよナタリア君ッ!? 弾倉を入れて投げるのではない! 最後まで私の話を聞きたまえ!」
弾倉を入れて再び投擲するナタリアに声を上げるシャーロット。決して軽くはないディスラプターα。それを小石を投げるのと変わらない身軽さで、しかも剛速球で投げている。
「話は終わったようですね」
私たちが騒がしい二人を眺めているとティアとキリサメが近づいてきた。何を話していたのか、キリサメの表情がやや険しい。
「聞きたいことがあるんだが」
「何ですか?」
「俺とナタリアは三日後に派遣任務が控えてる。もし出航日に間に合いそうになかったらどうすればいい?」
「間に合いそうになければ途中で帰還を。指導役には私から事情を伝えておきます」
「派遣任務が無しになってくれるかと思ったが、立て続けに護衛任務に移るのか……それは"だりぃな"」
苦言を呈するクリス。ティアは訓練場に飾られた時計を確認すると私たちへ背を向けた。
「これで解散にしましょう。次に集まるときは当日です」
「私たちはどこに集まればいい?」
「一週間後の朝七時。アルケミスの停車場までお願いします」
日程や集合場所を伝えればティアは訓練場から去っていく。
「ナーターリーアーくーんッ!? だからそれは投げるのではなく撃つものだと──」
「俺はあの二人を見届ける。お前さんたちはどうするんだ?」
「私は寮へ帰る」
「お、俺もそうしよっかな!」
「じゃあな、当日は寝坊するなよ」
私たちはクリスと別れると訓練場を後にし、アカデミー内の廊下を二人で歩いた。
「……あの女と何を話した?」
「えっ? あー、それは、その……」
その最中、キリサメにティアと何を話していたのかを尋ねてみれば、困ったように
「話しにくいことか」
「そ、それなりに……」
「なら話さなくてもいい」
男子寮と女子寮の別れ道となるアカデミー入り口前に辿り着き、私はその場で歩みを止めた。
「だがこれだけは答えろ。あの娘が開発したディスラプターα、お前はあの構造の銃を知っていたか?」
ディスラプターαを目の前にしたとき、唯一キリサメだけが興味を示していなかった。まるで"何度も見たことがある"かのように。
「……まぁな、多分シャーロットは俺のスマホに保存してあったこの写真を見て、あの銃を作ったんだと思う」
スマホの画面に写っていたのはディスラプターαと酷似した形状の銃。排莢や弾倉などの構造もほぼ一緒だった。
「どうりで……」
「やっぱアレクシアは気付いてたんだな」
「零式とαはまったくの別物だ。あの娘がいくら博識で知恵が働こうと、あそこまで"正解が分かり切った"かのような武装開発は不可能だ」
口には出さなかったがディスラプターαはあまりにも出来過ぎている。何百回と転生を繰り返した私にすらあのような発想は生まれないだろう。私が思いつかないのであれば、ただ知恵が働くだけのあの娘が思いつくはずもない。
「あの娘がお前の世界に存在する武装を流用しようとしているなら……推薦状を渡したのも納得がいく」
「あれ、推薦状は俺じゃなくてスマホに渡したようなものじゃ……?」
「どうだろうな」
私は疑念を抱くキリサメを放って、女子寮の方角へ身体の向きを変える。
「気が向いたらお前の部屋に顔を出す。スマホとやらを万全の状態にしておけ」
「あのさ、俺の部屋にお前が来るんじゃなくて……どっか食堂とかに集まろうぜ? アレクシア、男子寮で変に注目を浴びてるしさ」
「スマホが他の人間に見られたらどうする? それに今更注目を浴びようが私は気にしない」
そしてキリサメの提案を即却下すると私はさっさと女子寮へ帰ることにした。