ЯeinCarnation   作:酉鳥

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4:16 Sea Anemone ─シーアネモネ─

 シーアネモネとは思えない巨体がズルズルとこちらへ近づいてくる。その威圧感にキリサメは思わず後退りをし、ナタリアは瞳を輝かせ鞘から剣を引き抜く。

 

「ギチッ、ギチギチギチッ……」

「お前さん、シーアネモネの殺し方を知ってるか?」

「知らん」

「それは殺してみれば分かりますよぉ!」

「待て」 

 

 こちらの言うことを聞かず、二刀流の構えで無鉄砲に突撃するナタリア。私は軽く舌打ちをすると剣を握り直す。

 

「後方支援は俺が担当する」

「誤射するなよ」

「……お前さん、運はいい方か?」

「いや、むしろ悪い方だな」

「そうか、なら大丈夫だ──」

 

 弾倉を慣れた手つきで一瞬にして入れ替えると再び構える。私はそのタイミングでナタリアの後に続き、シーアネモネに向かって駆け出した。

 

「──俺の弾は運が悪い奴ほど当たらない」

 

 誤射された時は運が良い。そう表現するほどに自信があるクリスの腕は確かなようで、私とナタリアに向かってくる何十本もの触手を一瞬にして撃ち落としていく。

 

「私に合わせろ」

「無理ですねぇ? 私は蹴って斬って殴って、斬って蹴って殴ってを繰り返すだけですよぉ?」

「お前には攻撃手段がそれだけしかないのか」

 

 指示を無視して本体へと二本の剣を突き刺すナタリア。私は大型のシーアネモネを挟み込む形にしようと壁を蹴って、獲物を捕食する大口を飛び越える。

 

(……体内が見えるな)

 

 飛び越えている最中、体内を観察してみれば大口には小さな牙が何百本と生え、その奥には獲物を溶かすための消化液が待ち構えていた。私に何本か触手が伸びてきたが、クリスがすべて撃ち落とす。

 

「ギチギチッ……ギチチッ……」

「なるほどなるほどぉ! 殴っても蹴っても全然効きませんねぇ! このビクビクとしているのは筋肉でしょうかぁ?」

「なら斬り刻むしかない」

「そうですねぇ!」

 

 向こう側から聞こえてきた鈍い音が肉塊を引き裂く音に変わる。ナタリアが叩きつけるように剣を振るうのに合わせ、私はねじ込ませるようにして剣を突き刺した。

 

「ギチッ……ギチギチギチッ……」

「おやおやぁ? お前はクソみてぇに傷が治るのが早いんですねぇ!」

(……決め手がない)

 

 突き刺した剣ごと取り込むようにして再生しようとする肉壁。私はすぐさま剣を引き抜き、一定の距離を取ると辺りを見渡す。

 

「お前さんたち、手短に頼むぞ! 長引けば弾が持つかどうか怪しい!」

 

 クリスは再生を繰り返す触手を何度も撃ち抜きながら声をそう上げた。血涙の力が通じるかどうかを試したいところだが、ナタリアとクリスの前で見せられない。

 

「アレクシアッ!」

 

 策を考えていると、今まで黙っていたキリサメの声が通路に響き渡る。私は剣を一度振り払い、付着した粘液を払いながらその声に耳を傾けた。

 

「ギチッ、ギチッ、ギチギチギチッ……」

「そいつの身体のどこかに"神経の核"があるはずだッ! そこを潰せばそいつは動けなくなる!」

「神経の核ですねぇ! はい、覚えましたよぉ!」

「……神経の核か」

   

 通常の大きさであるシーアネモネは散在神経(さんざいしんけい)。人間でいう熱湯に触れた際の反射のみで生きているようなもの。通常は核など存在しないはずだが、この大型には核があるらしい。

 

(なら話が早い)

 

 私は手っ取り早く神経の核を潰す手段を思いつき、もう一度だけ本体の肉塊へと剣を突き刺す。

 

「ギチギチギチッ……」

(──フラクタル)

 

 そして血涙の力を発動し、剣の斬り込みから植物の蔓を体内へと一瞬にして這いずり回らせた。密着すれば今のナタリアとクリスの位置からは私の姿は見えない。

 

("こいつ"が神経の核だと?)

 

 剣と共に肉壁へ取り込まれていく右腕。そこから伸ばした蔓が発見した神経の核らしき部分。それは──食屍鬼の頭部(・・・・・・)。肉塊と肉塊に挟まれながら奇声を上げている。

 

「貴様がどういう過程でそこにいるかは知らんが──」

 

 私は深く考える前に伸ばした蔓で食屍鬼の頭部を包み込み、

 

「──失せろ」

 

 右手を力強く握りしめると同時に食屍鬼の頭部を粉々に砕いた。瞬間、大型のシーアネモネは一度だけ大きく震えあがり生命活動を停止する。私はすぐに血涙の力を解除し、剣を肉塊から引き抜いた。

 

「……終わったのか?」

「恐らくな」

「おやおや、もう終わりですかぁ? もっと頑張ってくださいよぉ!」

 

 ナタリアが停止したシーアネモネを何度も殴るがピクリとも動かない。私たちは始末することに成功したと胸を撫で下ろす。

 

「にしてもお前さん、よくあのデカいのから神経の核を見つけられたな」

「ただの偶然だ」

「それにカイトもあのデカいやつの弱点がよく分かったもんだ」

「あ、あはは……それは、まぁ、勘っていうかさ……?」

 

 クリスはしばらく沈黙すると「そうか」と納得する素振りを見せる。私はシーアネモネの残骸に背を向け、先ほど奥から聞こえてきた声の主に、

 

「こいつは始末した。お前の姿を見せろ」

 

 そう呼び掛ければ、向こうから駆け足でこちらへと近づいてくる。

 

「あぁ良かった! お前ら何とか無事だったんだ──」

貴様(・・)……」

「なっ、どうして粛清者共がここに……!?」 

  

 その男の正体は鋭い牙と青白い肌を持つ吸血鬼。白髪にボロボロのコートを羽織っている。ナタリアが朝方に見かけた人物はこの男だろう。

 

「爵位は子爵か。なら今の武装で事足りるな」

 

 私は右脚に巻かれたホルスターの銅の杭へと左手を伸ばし、右手に構えた剣の矛先を向ける。

 

「ク、クソッ!」

 

 その場から逃げ出そうとする子爵の男。私が後方に控えたクリスへ視線を送ると、すぐさま銃を構えて両膝を撃ち抜き、

 

「うッ、ぐぁッ!?!」

 

 子爵の男は前のめりに転倒した。私は間髪入れずに剣を胸元へと突き刺し、身動きが取れないように片足で背中を踏みつける。

 

「吸血鬼共に魂を売ってその(ざま)とはな。愚かな男だ」

「ま、待ってくれ……ッ! お、俺はアイツらから逃げてきたんだ!」

「私は貴様の命乞いに耳を傾けるつもりはない」

「ウ、ウソじゃねぇよ! ほ、本当だ! 俺はお前らが殺したアイツに襲われてたんだぞ!?」

 

 そう主張する子爵の男をキリサメたちも取り囲むようにして歩み寄った。そして顔を見合わせながら男の主張を聞き入れるかを一考する。

 

「この子爵は私たちの気を引こうと戯言を口にしているだけだ」

「けどさ、あのイソギンチャクから逃げるように俺たちへ叫んでたろ? 本当に敵意があるならあそこまで必死になるか?」

「お前は何を言ってるですかぁ? こいつは吸血鬼の野郎ですよぉ? 殺してしまってもいいじゃないですかぁ!」

「子爵と言えど吸血鬼だ。お前さんがそうやって剣を突き刺してるのに抵抗すらせず、話し合いを持ち掛けてくると思うか? 俺は聞いてみるだけなら損はしないと思うぞ」

 

 すぐに殺すという意見を述べる私とナタリア。逆に話を聞いてみるべきだと反対するキリサメとクリス。私たちの間で二対二という意見で分かれると子爵の男が「わ、分かった!」と声を上げる。

 

「お前らに俺らの情報をやる! それで信用してくれるだろ!?」

「……例えば?」

「吸血鬼内の情勢についてだ! 俺が知ってることなら何でも話してやるよ!」

「……」

「ガハッ……?!」

 

 私は胸元から剣を引き抜き、代わりに左手に握りしめた銅の杭を突き刺した。心臓へは到達していないが、少しでも力を加えればすぐにでも貫ける状態。

 

「妙な行動を起こせば灰にする」

「わ、分かった……」 

「なら問わせてもらおうか。まずは吸血鬼共の今の情勢を話せ」

「お、お前ら粛清者()は知らないと思うが……い、今は情勢が大きく変わりつつある! こ、公爵の勢力がより強大になってんだ!」

「どう強大になっている?」

「公爵が、アイツと"血の契約"を結んだんだよ!」 

 

 血の契約。

 前世で何度か耳にしたことがある。強大な勢力を持った吸血鬼同士が同じ目的を元に集結し、条約を結ぶ際の儀式。お互いに手の平へ切り傷を付け、流血した状態で握手を交わし、互いの血が混ざり合う。それが血の契約。

 

「誰と結んだ?」

「四卿貴族の──ストーカー卿だ」

 

 四卿貴族の一人と呼ばれるストーカー卿。キリサメたちは四卿貴族の存在自体を知らないが、私はドレイク家の館の跡地でスカーレット卿と出会い、その言葉を耳にしたことがある。

 

「契約を結んでどう強大になる?」

「そ、そうか、お前らは知らねぇんだな……ストーカー卿の恐ろしさを……」

「何が恐ろしい?」

「お前らもさっき見ただろ、あの狂ったバケモンを! あのバケモンはストーカー卿が眷属と手を組んで創り上げた実験体だ! アイツらはその辺にいる食屍鬼や俺ら吸血鬼を材料にバケモンを創りやがる!」

「……それで追われていたと?」

「あ、あぁ! 俺と同じように逃げ出したヤツもいたが、あのバケモンに飲み込まれて……!」 

 

 道中で見かけた吸血鬼の白骨化した死体。大型のシーアネモネから逃げ切れずに捕食され、消化液で溶かされた。そう考えれば死体の不自然な状態も納得がいく。

 

「その実験体の中に寄生型の植物はいたか?」

「あ、あぁ、いたよ! 食屍鬼共に寄生花っていう実験体を植え付けたヤツが!」

(……やはりか)

 

 ドレイク家の館で見かけた寄生型の食屍鬼。あの化け物もストーカー卿とやらがラミアに手を貸し、私たちが対処できない"化け物"を創り上げようとしていた。

 

「次だ。原罪について知っていることを話せ」

「げ、原罪のことは何も知らねぇよ!」

「嘘をつくな。灰になりたいのか?」

「ウ、ウソじゃねぇよッ! 原罪と深く関われるのは伯爵の連中だけで、俺ら下っ端は何も教えられねぇんだ!」

「……公爵についての情報は?」

 

 原罪の次に公爵について尋ねると、吸血鬼の男は「ひ、一つだけなら」と私たちへ公爵についてこう語る。

 

公爵(デューク)は、正真正銘のバケモンだ」

「……何が言いたい?」

「お前ら人間()が百人、千人、一万人といようが敵わねぇ。十戒が集まってもだ。公爵は、人間()が敵う相手じゃねぇよ」

「……」

「だ、だけどな、詳しいことは分からねぇが公爵(デューク)は……血染めの皇女を恐れているぜ。逆に『血染めの皇女さえどうにか殺せば恐れるものは何もない』ととも言っていた」

 

 私は公爵についてある程度の話を聞くと、子爵の胸元から銅の杭を雑に引き抜き、血を服の袖で拭いてホルスターへとしまう。 

 

「次はお前について聞かせてもらおうか。なぜ公爵から逃げてきた?」

「た、耐えられなかったんだよ! ストーカー卿と公爵が血の契約を結んでから、下っ端の俺らが実験体にされるんだ! あんなバケモンになるために吸血鬼になったわけじゃ──ごほッ!?!」

 

 その言葉を耳にした直後、私は子爵の脇腹を加減無しで蹴り上げる。

 

「なら何故貴様は吸血鬼共に魂を売った?」

「……!」

「呪われた力で人間を蹂躙したいからか? 永久(とわ)の命を手にしたいからか? 貴様が吸血鬼として人間を殺してきた罪は消えない。私が同情すると思うな、反吐が出る」

「だ、だから俺も心を入れ替えようとしてんだよ! 人間()と敵対する公爵じゃなくて、中立の立場に位置するスカーレット卿の傘下に入るため、ロザリアまでやってきたんだ!」

 

 四卿貴族の傘下に入れば例え公爵と言えども手を出せない。他勢力の吸血鬼共に手を出す行為自体が問題となるから。

 

「だが貴様はシメナで問題を起こしているはずだろう」

「は、はぁ? 俺は何もしてねぇよ」

「町の人間によれば『深夜に聞こえる呻き声』と『屋根が一晩で血塗れになる』というのを根拠に吸血鬼が紛れ込んだ……と気が立っているが?」  

「お、俺のことじゃねぇ! 俺はロザリアまで逃げてきてから、ずっとこの古井戸に住んでるんだ! 町には一度も姿を見せたこともねぇよ!」

 

 私たちは『吸血鬼が紛れ込んでいる』というトラブルの原因は出会った時からこの子爵だと思い込んでいた。だが完全に否定をされ、クリスたちは表情を険しくさせる。

 

「お、俺じゃねぇけど……もしかして……」

「何だ?」

「俺を殺そうと、追手が町中を探し回ってるんじゃ……」

「そうか。貴様が死のうがどうでもいい」

 

 この子爵を捜索している追手。先ほどのシーアネモネ以外にも町の付近で身を潜めている。日が完全に沈んだ今の時間帯ならば、そろそろ行動を起こすはず。

 

「それよりもだ。この古井戸の抜け道を教えろ」 

 

 怯えている子爵の男。私は同情するわけもなく、蔑むような視線を送りながら古井戸の抜け道を問いかける。

  

「ぬ、抜け道ならこっちだ! こっちに来い!」

 

 すると壁に手を付けて立ち上がり、通路の更に奥へと案内を始めた。焦燥感に駆られている姿からするに『こいつらをさっさと追い出したい』とでも考えているのだろう。

 

「そ、その階段を上がれば外に出られる!」

(なるほどな。あの大型のシーアネモネはここを通れずにいたのか)

 

 一人分だけ空いた岩の細い隙間。そこを通り抜ければ、子爵の男が暮らしている住処が目に映る。住処の隅には壁が削られ、階段らしきものが作られていた。

 

「は、話すことは話した! お前らの気が変わる前に出て行ってくれ!」

「おやおや、私はまだ物足りない──」

「お前さんが先頭を歩け。この階段を上がれば強者がいるかもしれないぞ?」

「はいはい、確かにそうですねぇ! ではでは、お先に失礼しますよぉ!」

 

 クリスの嘘に騙され、階段を駆け上がっていくナタリア。私たちもその後に続いて階段を一段ずつ上がる。

 

「……」

 

 キリサメが軽く会釈をして上っていく後ろ姿を目にすると、私は最後尾で少し立ち止まり子爵の方へ振り返る。

 

「……一つだけ気になった点がある」

「な、何だよ?」

「貴様は私たちのことを人間()と呼んでいたな」

「あ、あぁ……それがどうしたんだよ?」

「忠告だけしておこう。逃亡だけして何も変わらない貴様はこの場で殺されなかったことを──必ず後悔する」

 

 そう吐き捨てた。子爵の住処に作られていた階段をそのまま登り切れば、そこは朝方に私とナタリアが訪れた一本松の生えた丘の上。

 

「はぁ、何とか脱出できたな……」 

「あんな場所に迷い込むのはもう御免だ」

 

 キリサメとクリスが丘の草原に安堵しながら座り込む。ナタリアは辺りを駆け回り、未だにクリスの嘘を信じて強者とやらを探していた。

 

「私は宿屋に戻る」

「お前さん、一息つかないのか」

「こんな(ざま)で一息つけると思うか?」

 

 大型のシーアネモネと間近で交戦したことで、粘液やら返り血やらが制服、肌、髪にベトベトに付着している状態。薄汚れた捨て犬のような(ざま)で夜空を眺めても月に一笑されるだけだ。

 

「それもそうだな。俺も宿屋に帰って、飯を食って、さっさと寝るとする」

「けどさ、あそこで走り回ってるナタリアはどうすんだ?」

「放っておけ」

 

 私たちが呼び掛けたところでナタリアは宿屋に戻るつもりなど微塵もない。あの女は衣服が汚れていようが気にしないうえ、暴れ回る体力は十分に有り余っているからだ。

 

「はぁ、俺が一応声を掛けておく。……おい、お前さん!」

「はいはい、どうかしましたか?」

「俺たちは先に帰るぞ」

「はいどうぞ! 私はここに残りますよぉ!」 

 

 クリスは良心が痛むのか、ナタリアへ念のために宿屋へ戻ることを伝える。するとその場に立ち止まり、これから運動でもするのか屈伸をし始めた。

 

「ほらぁ! クリスさんの言う通り、あそこに強そうな野郎もいるじゃないですかぁ!」

「お前さん、悪いんだがそれは真っ赤な嘘で──」

「ククッ……この丘で月夜を楽しんでいれば、とんだ巡り合わせもあるものです」

 

 申し訳なさそうに謝るクリスの言葉を遮る男の声。私は一本松へ視線を移すと、黒色のコートを羽織った吸血鬼らしき男が、夜空に浮かぶ月を見上げていた。

 


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