ЯeinCarnation   作:酉鳥

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4:17 Earl ─伯爵─

 涼しかった潮風は冷たさを増し、辺りの空気はどんよりと濁っていく。私たちはこの男に対して警戒態勢へと切り替わる。

 

「誰だ貴様は?」

「名乗るほどのものではありません。私は"とある裏切り者"を探していましてね」

 

 牙を覗かせる不敵な笑みと潮風に揺らぐ白の長髪。コートを羽織った男は一枚の写真をこちらへ見せつける。

 

「こんな顔の吸血鬼、見かけませんでした? ……粛清者の皆さん?」

(……追手か)

「あの愚か者は町中で息を潜めていると踏んでいたので……血を撒いたり食屍鬼を徘徊させたり、と細工をしたのですが姿を見せないのです」

 

 写っていたのはロストベアから逃亡してきた子爵の男。『吸血鬼が紛れ込んでいる』というトラブルの原因はあの男。私は眉間にしわを寄せながら、ルクスαの鞘へと手を触れた。

 

「お前さんには悪いが、そいつの顔は見たこともないな」

「ほぉ、そうですか。粛清者の癖して役に立ちませんね」

「役に立たなくてすまんな。違う場所を探してみるのはどうだ?」

 

 ここまで流暢にペラペラと喋れる点からするに爵位は伯爵。クリスはその威圧感にただの吸血鬼ではないと気が付き、この場をやり過ごそうと嘘をつく。

 

「そうですねぇ……粛清者の皆さんには役立ってもらいたいので、一つご提案をさせて頂きましょうか」

「提案だって?」

「そこのお嬢さんだけ置いて町へお帰りなさい。そうすれば他の粛清者の皆さんは見逃してあげますよ」

 

 コートの男は生えた牙を覗かせながらニヤリと笑みを浮かべ、私のことを指差した。こちらへ向けられた視線には「どう血を啜ってやろうか」という色欲が含まれている。

 

「私だけを指名するのか」

「お嬢さん、私には"こだわり"がありましてね。性的興奮を抱ける女性のみを吸血します。色白な肌、細身の肉体、そして踏まれたいかどうか……これが"こだわり"です」

「"こだわり"というより"拗らせすぎた性癖"だな」

「ククッ、誇りにしてくださいお嬢さん。偏食な私に選ばれたことを、そして私にその身体を捧げることを」

 

 吸血鬼共があの裏切り者を殺すために送ってきた追手。しかも性癖を拗らせている。私は伯爵への嫌悪感を抱くと共に、剣を引き抜いて左手に銅の杭を二本持つ。

 

「お前たちは下がれ」

「いいや、悪いが俺は見逃してもらうつもりはない。お前さんの護衛を任されているからな」

「そうなんですよぉ! あの野郎はクソみてぇな襲撃者ってことですよねぇ! ではでは殺しても問題ないということです!」

「お、俺だって、自分だけ助かりたいとは思わねぇよ!」

 

 やり過ごせないと覚悟を決めたクリスは銃を二丁構え、ナタリアは二刀流の構えで中腰になる。キリサメも険しい顔つきでルクスαを握りしめた。

 

「クククッ……あぁ哀れな粛清者の皆さん、私からの慈悲を無下にするなんて──」

「来るぞ」

 

 伯爵はクリスたちの返答を嘲笑うと写真を懐に仕舞い、側に生えた一本松へと右腕を突き刺し、

 

「──最期の選択を誤りましたね」

「避けろ!」

 

 怪力で引き抜くと私たちへ投げ飛ばしてきた。クリスが声を上げながら左に飛び、キリサメが右へと必死に転がる。私はその場にしゃがみ込み、ナタリアは大きく飛び上がった。

 

「アレクシアさん」

「何だ」

「すぐ目の前まで野郎が来てますよぉ」

「一発目はどちらから来る?」

 

 一本松を粉砕しながら私の目前まで迫りくる伯爵。細かい木の皮が視界にチラチラと映り込むため、ナタリアへ左右のどちらから伯爵の腕が伸びてくるかを尋ねる。

 

「右ですねぇ」

「お前は右左(みぎひだり)も分からないのか」

 

 ナタリアは降下中に二本の剣で伯爵の背後から斬りかかり、私は左から迫りくる伯爵の爪をルクスαで受け止めた。足元が草原、粘液の付着、この二つが助長する形となり丘の隅まで吹き飛ばされる。 

 

「おやおや、お前の身体は硬いですねぇ?」

「勿論硬いですよ──お嬢さんの"頭蓋骨"より、ね」

 

 ナタリアの降下斬りは伯爵の肉体にやや食い込む程度。伯爵は振り向きざまにナタリアの頭部を掴むと、草原へ手加減なしで叩きつけた。私は吹き飛ばされる最中、ルクスαを地面に突き刺し、何とか体勢を立て直す。

 

(……特有の硬さと怪力は前の時代と変わらんな)

 

 原罪や眷属やらのせいで、この時代の戦い方に適応しなければならなかった。だが伯爵を一匹相手にするのは前の時代のやり方と何ら変わりないだろう。

 

「……? これは銅の杭……」

 

 伯爵は自身の胸元に銅の杭が突き刺さっていることに気が付き、私の方へと視線を送ってきた。

 

「なるほど、お嬢さんが私の一撃を受けたのはこれが狙いでしたか」

 

 本来ならば伯爵の一撃を受け止めることはしない。それでも敢えて受け止めたのは、こちらからも一撃叩き込み、心臓まで杭が届くかどうかを感触で確かめる必要があったから。

 

(……あの男は銅の杭に気が付いていなかった。つまり杭が途中で捻じ曲がったか、それとも私の想像以上に肉体が頑丈か)

 

 視界が塞がれた状態で私は銅の杭を伯爵の胸元へ刺し込んだ。肉を引き裂くような感触はあったが、どうやら杭は心臓まで到底届いていないらしい。私は左手に握りしめていたもう一本の銅の杭を構える。

 

「素晴らしい、素晴らしいです……! 私のこだわりの一つでもある細身の身体では、人間のメスなど強く在り続けることは不可能。ですがお嬢さんは細身の身体だというのに、この私へ銅の杭を突き刺した!」

 

 伯爵は自身の胸元から銅の杭を引き抜くと右手で粉々に握り潰した。銅の杭によって流血していた傷痕は瞬く間に再生していく。

 

「点数は百点満点中、百点……いえ、百二十点、百五十点、二百点!」

 

 標的である私に風を切る速度で接近する伯爵。私は見据えながら逆手持ちに切り替えると、振り下ろされた右腕の爪を横に飛び退いて回避する。

 

「お嬢さん、私は傷つけることすら恐ろしくなってきましたよ!」

「恐ろしいか」

「えぇ今の私はかつてないほどに興奮を抑えきれない! あぁ恐ろしい! お嬢さんを、お嬢さんをつい殺してしまいそうですから……!」

 

 距離をどれだけ取ろうが、伯爵は絶え間なくこちらへ幾度も腕を伸ばしてきた。全力で斬りかかれば、確実に剣は折れる。私は加減をしながら受け流し、回避し、隙を見せるタイミングを窺う。

 

「お嬢さん──足元にご注意を」

「……!」

 

 右脚の踵が草原に突き出ていた石に引っ掛かり、体勢を崩しながら後方へと倒れていく。その隙に伯爵はこちらの顔に右の手の平を近づけてきたが、

 

「させねぇよ」

「ほうほう、この射撃の腕は……?」

 

 クリスが撃ち出した何発かの弾丸によって伯爵の右手には風穴が空けられ、ボトボトッと地面へ崩れ落ちた。

 

「貴様にくれてやる」

 

 伯爵の首に剣を突き刺してからコートの裾を右手で掴む。そして左手に持った銅の杭を大きく振りかぶりながら、心臓付近へ深々と突き刺す。

 

「ククッ、素晴らしいプレゼントですが──」

「……!」

 

 銅の杭の半分も肉体へ刺さらない。伯爵は余裕綽々な態度を見せつけると、負傷していない左手で私の首を掴み上げ、

 

「──銅の杭では私にとって力不足のようですね」

 

 草原の上を引きずるようにして投げ飛ばした。私を余程傷つけたくないのか、明らかに加減された怪力。私は難なく受け身を取り、崖際寸前で着地をする。

 

「お嬢さん、とても臭いますよ。素直に私へ身を捧げることを決めて、先に海で汚れを落としてきてはいかがですか? その合間に他の人間は始末しておきますから」

「虫唾が走る提案だ」

「ククッ、良ければ私がその身体を綺麗にして差し上げますよ?」

「その前に(けが)れた貴様を綺麗な灰に変えてやる」

「私は灰に美学を感じませんのでお断りさせて頂きましょうか」

 

 首に突き刺さったルクスαを抜き捨て、こちらへと飛びかかってくる伯爵。私はホルスターからディスラプターαを一丁だけ右手に持ち、飛び退きながら発砲する。

 

「茶番は止してくださいお嬢さん。そんな鉛玉がこの私に致命傷を与えられるとでも?」

「……」

 

 しかし伯爵の肉体に与えられるのは軽傷程度。弾倉に入った十五発をすべて撃ち切れば私は銃のホルスターごと取り外し、クリスの足元まで投げ捨てた。

 

「私の銃と弾を好きに使え。お前の残弾も少ないだろう」

「すまん、助かる。お前さんはこれを使ってくれ」

 

 私はクリスが投げ渡してきたルクスαを掴み、鞘から剣を引き抜いて右手で構える。

 

「今から"お前たち"に指示を出す」

「って……俺にもか?」

「あぁ、さっきから何もしていないお前にもだ」

 

 剣を構えるだけの人形と化しているキリサメ。私は視線の先に立っている伯爵を睨みながらこう指示を出した。 

 

「それで、俺たちはお前さんをどう援護すればいい?」

「援護はするな」

「援護をするなって、なら俺たちはどうすれば……」

「残弾をすべて使い切れ。とにかく"空"でも"あの男"にでも撃てばいい」

「──!」

 

 私が一瞬だけキリサメへ視線を送れば、意図に気が付いたようで小さく頷く。

 

「お前さん、弾が切れれば俺たちは援護できなくなって──」

「クリス、アレクシアに言われた通り撃ちまくるぞ!」

「だがな……!」

「俺とアレクシアを信じろ!」

 

 反発するクリスはキリサメにそう説得をされ、納得がいかない様子で舌打ちをすると、

 

「どうなっても知らんぞ!」

  

 伯爵に向けて二丁拳銃を連射した。キリサメも持っている銃で慎重に狙いを定めて、"空"に向けて発砲する。 

 

「ククッ、自棄(やけ)になりましたか? それとも"絶望的な終幕"を迎えることに興奮したりするのでしょうか?」

「……"絶望的な終幕"か」

「ですが安心してください。お嬢さんは私にとって二百点の女性。絶望する表情を眺めるという選択肢もありますが、悪いようにはしませんよ」

 

 弾丸を正面から受け止めながらペラペラと喋り続ける伯爵。私は一呼吸おいてから逆手持ちへと切り替え、

 

「──"絶望的な終幕"とやらを迎えるのはどちらだろうな」

 

 ブーツの底で地面を強く蹴ると、その勢いのまま伯爵を斬り上げる。半分の肉体が吸血鬼と言えども、伯爵相手となれば圧倒的不利な近接戦。

 

「……っ」

「おっと危ない!」

 

 伯爵の鋭い爪が左頬を掠め、私の血が宙に飛び散る。伯爵は焦りながら腕を引っ込め、こちらの剣を敢えて肉体で受け止めた。

 

「危うくお嬢さんの顔を吹き飛ばすところでしたよ」

 

 私は一歩間違えれば致命傷。対して伯爵は日光を浴びさせるか、心臓に杭を突き刺さなければ、どんな怪我であろうと一瞬で再生する。割に合わないとはこの状況を表している。

 

「ぶっはぁーーッ!!」

「おや?」

「なるほどなるほど、お前は中々に強い野郎なんですねぇ!」

(……死んでいなかったのか)

 

 すると今まで地面に顔を(うず)めていたナタリアが、額から血を流しながらガバッと顔を上げる。特に痛がる様子も見せず立ち上がると、二本の剣をその場で素振りした。

 

「クックッ……元気なお嬢さんですね?」

「イカれているだけだ」

 

 迫る爪を弾き返し、伯爵の肉体を剣で斬り裂き、何事も無かったかのように再生される。何度も同じことを繰り返すしかない。

 

「はいはい、なるほどなるほど……!」

 

 私と伯爵の一進一退の攻防。その光景をナタリアは右手で頭部を激しく叩きながら傍観していた。数十秒ほどで今度は左手で頭部を激しく叩き、最後に再び右手で頭部を叩く。

 

「ククッ、そうでしたか……! 狂ったような思考に、女性に相応しくない肉体……あのお嬢さんはレインズ家の人間で、射撃能力に優れたあの坊やはオリヴァー家の人間ですね?」

「だったらどうした?」

「いえ、私は大変幸運だった……と、つい歓喜の声が湧いてしまいましてね。まさか未熟な名家の人間を殺せる上に、お嬢さんのような上物を出会えるとは……」

 

 コートの懐から取り出したのは革の拘束具。伯爵は私の剣を加減無しの怪力で弾き飛ばすと、私の右手首を掴み上げ拘束具を強引に装着させようとする。

 

「……っ!」

 

 抵抗するために左手で銅の杭をホルスターから抜き、伯爵の眼球に突き刺そうとしたが、左手首を掴まれ力技でねじ伏せられてしまい、

 

「ククッ、これで動けませんね」

「アレクシア!」

 

 両手首が完全に拘束され、キリサメが焦りのあまり声を上げる。このまま易々と拘束されるわけにはいかない。私はすぐさま右脚の膝蹴りを顔面に叩き込もうとする。

 

「……!」

「お嬢さん、実はまだ用意してあるんですよ?」

 

 しかし予測されていたかのように右足首へ拘束具をはめられ、地面へと怪力で押さえ込まれてしまう。抵抗も虚しくそのまま両足首すらも拘束され、身体をよじらせることしかできない状態となってしまった。

 

「貴様……」

「お嬢さん、後で首輪を付けてあげましょう。何故ならこれからお嬢さんは、一生私の"ペット"なんですから」

(やむを得ない。血涙の力を使うしか──)

「はい、覚えました!」

 

 私が血涙の力を発動しようかと考えたその時、ナタリアがそんな一言と共に剣の矛先を伯爵へと向け、無鉄砲にも突撃する。

 

「お前、今度は私と戦いましょうよぉ!」

「ククッ、凝りませんね」

「止せナタリア! お前さんを援護できる弾丸はもう残ってな──」

 

 誰もが伯爵からの一撃目を受け、ナタリアは致命傷を負わされると思ったのだが、

 

「……?」

 

 伯爵がどれだけ爪を振るってもナタリアの身体へは届かない。そのすべての攻撃を二刀流で捌き切り、機敏な動きで回避していた。

 

「なぜ、なぜ当たらない……!?」

「おやおや、どうかしましたかぁ?」

 

 対してナタリアの振るう剣は伯爵の肉体を幾度も斬り裂く。すぐに肉体は再生するものの、明らかに劣勢な伯爵はやや動揺を隠せずにいる。

 

「実はですねぇ、私はこう見えても記憶力はいい方なんですよぉ」

「記憶力……!?」

「はい! なのでクソみてぇにワンパターンなお前の攻撃は、さっき見ながら覚えました!」

 

 一分、二分、三分……と続くナタリアと伯爵の攻防の隙に私は手足を封じられた身体で、クリスとキリサメの元まで転がっていく。  

 

「お嬢さん、逃がすわけには──」

「おやおやぁ、お前の相手は私で、私の相手はお前ですよぉ?」

「──ッ!!」

 

 伯爵が行かせまいと私に手を伸ばそうとするが、ナタリアが立ち塞がると伯爵の顔面に二刀流で斬りかかり眼球を潰す。

 

「お前さん、大丈夫か?」

「今、その拘束具を切るからな!」

 

 何とかクリスたちの元へ辿り着けば、キリサメが持っている剣で革の拘束具を斬り捨てた。私は立ち上がると、ナタリアと伯爵の交戦へ視線を向ける。

 

「あの女、伯爵と正面からやり合えるのか」

「俺もあそこまでやれるとは思っていなかった」

「す、すげぇな……ナタリアって……」

 

 ナタリアは実習訓練でケルベロスの弟分であるオルトロスを殺したと言っていた。私ですら手間取った眷属をどう始末したのか謎だったが、あそこまで戦闘能力が高ければ、眷属と言えどもいずれは殺せるはずだ。

 

「調子に乗るなぁ! 人間のメス風情がぁ!!」

「いいですねぇ! もっと楽しく殺し合いましょうよぉ!」

 

 思うようにいかず怒りを露にする伯爵。ナタリアも喜びに満ちた表情で剣を振り回そうとした瞬間、

 

「どこへ消えたかと思えば──」

 

 ある人物が丘の上へ静けさを引き連れて姿を見せた。

 

「──貴方たち、ここにいましたか」

 

 その人物は四ノ戒ティア・トレヴァー。私はこの女が現れたことで微笑する。

 

「お前さん、どうしてここが分かって……?」

「あれだけ銃声を鳴らせば誰でも分かります」

「……なるほど、お前さんが俺たちに『残弾をすべて使い切れ』と言ったのはこれの為か。カイトもこの意図を汲み取って……」

「あぁ、俺たちは実習訓練で"空"へ、派遣任務で"敵"に向けて銃を撃った。けどさ、どれもが"合図の為"だったんだ。だからアレクシアが"空"とか"あの男"とかって言った時に『合図を送りたい』って考えが伝わったんだよ」

 

 そう、クリスとキリサメに発砲させたのはティア・トレヴァーに居場所を特定させるためだ。時刻も時刻、必ず捜索していると推測した上での指示。

 

「賢いですね。その判断は正解です」

 

 ティアは伯爵をキツネの面越しに見つめながら、ナタリアの隣まで歩み寄る。

 

「ナタリア・レインズ、貴方は下がってください」

「おやおや、まだこの野郎と私との勝負はついていませんよぉ?」

「いいえ、私がここへ辿り着いた時点で貴方の勝利です」

 

 ナタリアを下がらせ、伯爵の正面に立つティア。十戒としての気迫に押され、伯爵は後退りをしてしまう。

 

「ティア・トレヴァー……ここで出会ってしまうとは大変光栄な限りですね」

「貴方の爵位は伯爵ですね。原罪の誰に仕えていますか?」

「私が答えてくれるとお思いで?」

「……そうですか」

 

 逃げられないと覚悟を決め伯爵は戦闘態勢に入る。ティアは涼し気な顔で右脚に巻いていたホルスターから、煙水晶の杭を一本だけ抜き取る。

 

「それでも構いません」

 

 大して構えずに歩き始めるティア。甘く見られていると両腕を振り下ろす伯爵。その鋭い爪がティアの頭部へと触れる寸前で、

 

「"鳴かぬなら鳴かせる"までですから」  

 

 忽然と姿を消し、伯爵の横をいつの間にか通り過ぎていた。その光景はそよ風がただ過ぎ去るようなもの。そして伯爵の背中に煙水晶の杭が深々と突き刺さる。

 

「なッ……にがッ……!?」

 

 心臓まで到達しているようでうつ伏せに倒れ込む伯爵。ティアは静かに振り返ると見下すような視線を伯爵へ送った。

 

「貴方は原罪の誰に仕えていますか?」

「クッ……ククッ……答える……わけッ」

「ならば鳴かせましょう」

「ぐッぎゃぁあぁッ!?!」

 

 煙水晶の杭を押し込むようにティアが右足を乗せれば、伯爵は丘の上に響き渡るほどに悲痛な叫びを上げる。

 

「リ、リリアン……様ですッ……!!」

「……リリアン・トレヴァーですね?」

「クッククッ……ええそうですよッ……あなたの、トレヴァー家の始祖……ッ」

 

 トレヴァー家の始祖は私が『虚言癖』と呼んでいた生意気な娘。伯爵はあの娘に仕えている。ティアは無言で考える素振りを見せていると、伯爵の視線が私の方へ向いた。

 

「お、お嬢さん……」

「……」

「さ、最後にッ……二百点、二百点の血を、恵んでくれませんか……ッ」

「……」

「その肌に……いえ、その脚に、踏まれながらッ……噛みつきたい……ッ」

 

 欲望丸出しの伯爵にキリサメとクリスが不快感を露にする。私は伯爵の側まで歩み寄り、ティアと同様に見下した。

 

「あ、あぁッ……そこにッ……そこにッ、理想的な、私の、二百点がッ──」

「私は貴様にこう言ったはずだ」 

「アグゥアッ……!?」

 

 伯爵が私の脚に手を伸ばそうとした途端、ティアは更に煙水晶の杭を押し込む。

 

「『絶望的な終幕とやらを迎えるのはどちらだろうな』……と」

「グギィィアァアァアァッーー!?!」

 

 そしてティアが杭を右足で力強く押し込みトドメを刺せば、伯爵は瞬く間に灰へと変わり、潮風と共に夜空へ散っていった。

 

 




 ~4:17 Earl Q&A~
Q.ナタリア・レインズは右と左も分からないのか?
A.その瞬間、アレクシアは伯爵の正面に、ナタリアは伯爵の背後にいました。伯爵が右腕で攻撃を仕掛けたとき、アレクシア視点では「左」から迫りますが、ナタリア視点では「右」から迫っています。
 恐らくですが、ナタリアは自分自身のことだけを考えているため、相手視点ではなく自分視点から見えた「右」という言葉を発したんだと思います。

Q.転生者のアレクシア・バートリは伯爵に勝てないのか?
A.勝てます。伯爵の肉体を貫ける銀の杭を所持していれば一瞬で葬っていました。最初の一撃で心臓に杭を刺して終わりです。ただ現状の武装ではアレクシアにとって役不足なため、伯爵相手に苦戦を強いられていました。


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