ЯeinCarnation   作:酉鳥

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4:24 Masquerade ─マスカレイド─

 青色の心臓を剣で刺し潰せば、生命力が底を尽きたスキュラの肉体は破裂する。私は最後の力を振り絞り、その場から飛び退くと陸で背を打ち付けた。多量出血と右肩の欠損。これ以上は身を動かせない。

 

(……無理をし過ぎたか)

 

 岩壁やらに張り付いていた大型のシーアネモネは、スキュラの生命力が尽きたことでボトボトと海中や地面へと落下していく。その光景を横目に荒げていた呼吸を整える。

 

「アレクシア!」

「大丈夫か、お前さん!」

 

 洞窟の天井に垂れ下がる鍾乳石(しょうにゅうせき)を仰向けになって見つめていれば、私の身を案じたキリサメとクリスが急いで駆け寄ってきた。

 

「応急手当しないと……って、どこから手を付ければいいんだ?」

「お前さん、右肩はこのまま蔓で止血できるか?」

「……私が意識を保てればな」

 

 スキュラが吐き出したワームの丸い口によって貪られた左肩の肉。キリサメは私の上半身を支えると、クリスが自身の制服を破り、左肩の止血を施した。

 

「ずっと気になってたんだが……」

「何だ?」

「お前さんがその怪我で戦えたり、あんな奇妙な力が使えたのは……お前さんが生粋の人間じゃな──」

 

 クリスがそう言いかけた途端、私たちの側で重量のある物体が鈍い音を立てて転がる。その物体を投げたのはナタリア。遊び道具を見つけた子供のように私たちの元まで走ってきた。

 

「お前たち、クソみたいに"大きなイカ"を見つけましたよぉ!」

「これって……"ダイオウイカ"だよな?」

 

 転がっていたのは二メートルを優に超える巨大な烏賊(イカ)。数本の触腕を痙攣させながら、目玉をぎょろぎょろと四方八方に動かしていた。

 

「お前さん、こんなイカをどこで……?」

「はいはい、あの野郎が爆発したときに身体の中から吹っ飛んできたんですねぇ!」

 

 スキュラの体内から弾き出された巨大な烏賊(イカ)。私は細目で烏賊の目玉をじっと見つめ、

 

「……貴様がスキュラか?」

 

 静かにそう尋ねてみれば、巨大な烏賊は一本の触腕を地面に叩きつけ、

 

「──そうよ」

 

 掠れた声で返答する。キリサメとクリスは私の介抱をしながら唖然とし、ナタリアは首を傾げながらその場にしゃがみ込んで、烏賊の胴体をペチペチと何度も叩いた。

 

「スキュラのほんとの姿は……ダイオウイカだったのかよ」

「その"ダイオウイカ"って名前で呼ぶの、ヤメてちょうだいっ……ワタクシは、"アルキテウティス・デュクス"よ……」

「アルキテ……なんて言ったんだ?」

「"アルキテウティス・デュクス"っ……!」

 

 スキュラが苛立ちを隠せず、二本の触腕を地面に叩きつける。キリサメは突然跳ねた触腕に驚き、身体をビクッと震わせた。 

 

「そ、そんなに怒ることか……?」

「フン、アナタのような人間は何も分かってないわっ……!」

「分かってないって……何を?」

「"海の花"を象徴する美しいシーアネモネをっ……"イソギンチャク"なんて、美しくもない名前で呼んだり、ワタクシをダイオウイカなんて美しさを微塵も感じられない──ちょっと、アナタ何をしてっ!?!」

 

 私は左手の人差し指に切り傷を付け、流暢に喋り続けるスキュラの触腕の奥へと手を忍び込ませ、

 

(ラミアと同じように血を飲ませれば……)

 

 口の中へ突っ込み、私の血を飲ませた。

 

「ヒッ、ギグッ……アッアァアァアァアァ……ッ!!」

 

 するとスキュラは触腕を地面へ何度も激しく叩きつけ、苦痛に歪んだ声を上げる。私たちはそんな姿をしばらく眺めていると、

 

「美しきっ……バートリ卿っ……?」

「……バートリ卿に仕えていた頃の記憶を思い出したか?」

「あ、あぁっ……この哀しくも心が躍るような思い出はっ……バートリ卿の……」

 

 スキュラの身体に流れていた原罪の血が薄れ、バートリ卿に関する記憶を思い出した。私はスキュラの口から左手を抜き、粘液を地面へと擦り付ける。

 

「アナタは、バートリ卿の……?」

「あぁ、私はバートリ卿の子だ」

「バートリ卿……無事に"二人目"の我が子を逃がせたのね……! それで、バートリ卿はどこに……?」

「バートリ卿は公爵(デューク)に殺された」

 

 歓喜していたスキュラは私のその一言で跳ねさせていた触腕を地面へとゆっくり降ろした。そしてぎょろぎょろと動き回る目玉から、青色の血の涙を伝わせる。

 

「あぁバートリ卿……どうして、そこまでして、人間たちに美しい愛を捧げようとっ……やはりワタクシには、理解できませんっ……」

「お前が仕えていた原罪は誰だ?」

「ワタクシの主は……四ノ罪リリアン・トレヴァー様よ」 

「……またあの"虚言癖"か」

 

 裏切り者を始末するための追手として私たちの前へ姿を現した伯爵。あの男もリリアン・トレヴァーに仕えていた。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。

 

「アナタは……ケルベロスやラミアに、会ってきたの?」

「……あぁ、既に引導を渡しているが」

「そう、そうだったの……もう、いないのね……」

 

 スキュラは悲しそうに呼吸をすると青色の血の涙に一本の触腕を触れさせ、私の口元まで伸ばしてきた。

 

「……飲めと?」

「ええ、ケルベロスやラミアもアナタにそうしてきたでしょう?」

 

 私は左手の指先で触腕に付いた青色の血の涙を(すく)い上げ、目を細めながらしばし口を閉じる。

 

「私は確かにバートリ卿から生まれたが、お前たち眷属が知るようなバートリ卿の愛や慈悲深さなど持ち合わせていない」

「……」

「人間を愛するどころか信じることすらできん。吸血鬼共との共存なんて論外だと考えている。私はバートリ卿とやらの甘い理想に付き合うつもりもない。ケルベロスやラミアはこんな私にバートリ卿の意志を継ぐよう求めたが……お前も求めるものは同じか?」

 

 そう問われたスキュラは黙ったまま目を瞑り、こちらに伸ばしていた一本の触腕を私の頭の上に乗せた。

 

「いいえ、ワタクシがアナタに求めるのは──この世界を美しく生きていくことよ」

「……どういう意味だ?」

「バートリ卿はワタクシの母で、娘のアナタはワタクシの家族……。ラミアやケルベロスはアナタにバートリ卿の意志を継いでほしいと思うわ。けどワタクシは……アナタにこの世界で傷ついてほしくないの」

 

 ぎこちない動作で頭を触腕で撫でるスキュラ。私は指先の乗せていた青色の血の涙をじっと見つめる。

 

「人を信じられるようになって、愛する人を見つけて、新たな命を授かって……戦いとは無縁の"美しい世界"で……幸せに、強く生きてほしいわ……」

「……そうか」

 

 スキュラが頭から触腕を下ろすと、私は青色の血の涙を口にした。瞬間、肝臓が押し潰されるような苦痛が駆け巡り、左手で右の脇腹を押さえる。

 

「お前さん、右腕が……」

「おやおやぁ、これはこれはぁ……!」

 

 欠損していた右腕。触腕の吸盤で剥がれていた皮膚。肉を抉られた左肩。あらゆる怪我が苦痛と共に再生し、私は身体をぐったりとさせ大きく深呼吸をした。クリスとナタリアはその光景を目の当たりにし、目を見開きながら驚く。

 

「……今、思い出した。ラミアは最期に『バートリの子はオマエ以外にもいるかもしれない』と言っていたが、何か知っていることは?」

「少しだけ、知っているわ……」

「少しでもいい」

 

 スキュラは閉じていた眼球を再びぎょろぎょろと動かし始めると、二本の触腕を私の両手に乗せた。

 

「バートリ卿は人間と愛を育み、二つの命をお腹に授かったのよ……。すぐに二つは二人となって、この世界に産まれた……それが公爵(デューク)の元で育てられた"あの子"とアナタよ」

「それで?」

「バートリ卿は公爵(デューク)との戦いに敗れた後、公爵からの襲撃を受けた。そこでバートリ卿は我が子を一人奪われて……もう一人の我が子であるアナタを逃がすために、人間の夫へ託し──」

「待て」

 

 私はスキュラの話に引っ掛かる点を見つけ話を止めさせる。

 

「私は『吸血鬼共に襲われた母体が搬送され、赤子の私を助け出すために手術をした』と話を聞いている。その話は矛盾しているだろう」

「アナタは自分の出生(しゅっしょう)を……誰から聞いたの?」

「私は孤児院の神父から話を──」

 

 そう言いかけ私は口を閉ざす。そして深夜に孤児院を徘徊し、書庫室で自身の戸籍を確認した孤児院での記憶が蘇った。

 

『名前はアレクシア・バートリ、生まれた時代もあの時から千年後。予定通りに転生したのは間違いないが……母体と男体の名前すら書かれていないのか』

 

 神父からは『母体が搬送された先で産まれた』と聞いていたが、戸籍には搬送された先の名称も書かれていない。ただ産まれた年が『五千五百三十九年』と記載されているのみだった。 

 

(……私に黙っていたな、あの神父。食屍鬼共の餌にする前に問い詰めるべきだった)

 

 孤児院で暮らしていた幼少期は出生よりも、この時代についての情報収集を優先していた。あの頃の私は気にも留めていなかったのだろう。そんな過去の記憶を思い返していると、スキュラが私の両手に乗せた二本の触腕を肘まで巻き付けてくる。

 

「"あの子"には……気を付けて」

「バートリ卿のもう一人の娘か?」

「そうよ、あの子はアナタと同じ血涙の力を扱える。けど考え方も振る舞い方もアナタとはまったく違うの。きっと分かり合えない。それにワタクシは、バートリ卿の子供たちが殺し合う姿なんて……見たくないわ」

 

 スキュラがそう願うように巻き付けた触腕に力を込めた。私は願いに答えないまま、スキュラの眼球を見つめていると、

 

「っ……お次は何だ!?」

「はいはい、クソみたいに揺れますねぇ!」

 

 辺りが大きく揺らぎ始める。降り注ぐ落石や亀裂の入る岩壁。私たちはすぐに"この場所は崩壊する"と察した。

 

「今のワタクシではこの迷現の狭間を維持できない。アナタたちは今すぐあの通路から逃げるのよ」

「だがお前さん、俺たちには船がない! ここを脱出するための術を持って──」

 

 スキュラは私から二本の触腕を離すと、その内の一本を通路へと向ける。しかし迷現の狭間を脱出するための船は既に壊されてしまった。クリスがスキュラにそう訴えかけたその時、

 

「こっちだ、坊主たち!」

「ジョニーさん! 無事だったんですね……!」 

 

 スキュラが指し示した通路からジョニー・フィッツロイが顔を出し、私たちに呼びかける。キリサメはその姿を目にすると歓喜の声を上げた。

 

「話は後だ! 俺が船の出航準備を進めておいた! こんな場所はさっさとお(いとま)しちまおうぜ!」

「あぁ、こんなところで一生を過ごすのは御免だ!」

「ではでは、行きましょうかぁ!」

 

 クリスとナタリアはすぐさまジョニーの元まで駆け出す。私は後に続こうとその場に立ち上がれば、キリサメが制服のコートを私に羽織らせた。

 

「……何のつもりだ?」

「いやさ、その恰好は流石にまずいだろ?」

 

 私は改めて自身の恰好を確認してみる。スキュラの体内で溶かされ、死闘の末に破れた制服。所々肌を曝け出す穴の空いたソックス。怪我で気が付かなかったが、私はほぼ半裸の状態で戦っていたらしい。

 

「必要ない」

「いやいや、絶対に着といた方がいいって!」

「私は気にしない」

「俺や周りが気にすんだよ!」

 

 サイズの合わないコートを羽織らされ、邪魔だと脱ぎ捨てようとしたがキリサメに止められる。仕方なくこのまま通路へ向かおうとしたが、キリサメは誰かを探すように辺りを見渡していた。

 

「何をしている?」

「キャプテン・ダッチマンがどこにもいないんだ。さっきまで近くにいたのに……」

「キャプテン・ダッチマン……? 誰だそいつは?」

「は? アレクシアも見ただろ? 俺の隣でずっと戦ってくれて──」

 

 私は溜息をつくと戯言を抜かしている男の左腕を掴み、強引に通路まで向かう。するとスキュラが「待って」とキリサメへ呼びかけた。

 

「……気を付けなさい」

「気を付けるって?」

「アナタのような"よそ者"は公爵やストーカー卿に認知されているわ。だからストーカー卿は"よそ者"の思い通りにいかないよう、眷属の欠点や利点を改良しているの」

「欠点や利点の改良を……?」

 

 ストーカー卿や公爵がキリサメのような異世界転生者を認知している。スキュラの心臓が隠されていたのも、迷宮の霧の構造が違ったのも……すべてはケルベロスやラミアの件で吸血鬼共に予測されていたから。

 

「この先、アナタたちは新たな眷属たちと出会うけど、アナタの"その知識"を活かせるとは限らないわ。気を付けなさい──"トリックスター"」

「トリックスター? 待ってくれスキュラ、それってどういう意味なんだ……?」

「何してんだ嬢ちゃんたちッ!? 早くこっちに来いッ!」

「……行くぞ」

「待ってくれアレクシア! スキュラにはまだ聞きたいことがあって──」

 

 そろそろ限界が近づいている。ジョニーが張り上げる声を耳にした私は、スキュラと会話を続けようとするキリサメの左腕を力強く引き寄せ、脱出するための通路まで駆け出した。

 

「……よぉ、久しぶりじゃねぇか」

 

 アレクシアたちが通路へと消えていく姿。それを眺めているスキュラの側に一人の男が歩み寄る。

 

「やっぱり、あの子に手を貸していたのはアナタだったのね──"ダッチ"」

 

 その男はフライング・ダッチマン。スキュラは動かしていた眼球の瞼を閉じた。

 

「すまねぇな、本当はすぐにでもお前の目を覚まさせてやらねぇといけなかったのによ。けっこう、かかっちまった」

 

 ダッチマンはスキュラの大きな胴体を楽々と抱え上げる。

 

「……重いでしょ?」

「いいや、軽すぎて胴上(どうあ)げしちまうところだった」

 

 逃げ道である通路は落石によって塞がれてしまうが、ダッチマンとスキュラはその場から一歩も動き出そうとはしない。

 

「あの子と行かなくていいの?」

「ガキんちょのことなら心配いらねぇ。俺様の若い頃と似ているからな」

「フフッ、若い頃って……何百年前の話よ」

 

 スキュラはダッチマンへ少しだけ微笑むとすぐに意気消沈する。

  

「……ダッチ、ごめんなさい。あの日に交わしたアナタとの約束、守ることができなかったわ。『美しい姿を見せる』って交わした、アナタとの約束を……」

「おいおい、何を言ってんだ? お前は守ってくれたじゃねぇか」

「守ってくれたって……えっ?」

 

 烏賊(イカ)だったスキュラの姿は少しずつ人の形へと変わっていく。長い白髪、純潔さを印象付ける白いドレス、青色の瞳。スキュラは美しい女性に変化した。

 

「どうしてこの姿に……?」

「さぁな、それは俺様にも分からねぇ」

 

 ダッチマンは照れ臭そうに顎の白髭を弄りながら、ゆっくりと口を動かしスキュラへ最期にこう伝え、

 

「今のお前は美しいぜ──アルキテウティス」

「……ええ、ありがとうダッチ」

 

 二人きりの空間は瞬く間に崩壊してしまった。

 

 

────────────────────

 

 

 落石が続く迷現の狭間。

 私たちは駆け足で海上に漂う船へ乗り込むと、ジョニーがすぐさま船を出す。進行する方角は僅かに光が灯る洞窟の出口。

 

「坊主たち! 振り落とされんじゃねぇぞ!」

 

 船体が左右に激しく揺らぎ、私たちは甲板の上で海へ落ちないよう持ちこたえる。落石が帆柱へ直撃、もしくは水面下に隠れた岩礁(がんしょう)による座礁(ざしょう)。どちらかが起きれば"詰み"となる可能性が高い。

 

「後少しだ! 辛抱しろよぉおぉッ!!」

 

 落石や座礁の被害を受けることもなく、船は順調に出口の前まで辿り着く。光が近づけば近づくほど、キリサメたちの表情は徐々に緩んでいくが、

 

「……ッ!! ここまで来たってのに、冗談きつすぎるぜッ!!」

 

 出口を目前にして落下してきた巨大な岩石が立ち塞がった。ジョニーは突然の出来事にぶつける相手もいない怒声を上げる。

 

「くそっ……お前さん、どうにかならないのか!?」

「こうなったら他の出口を探す! このまま旋回して、最初に入ってきた場所まで戻るぜ!」

「そんな時間はないだろ! あの巨大な岩をこの船に乗せた砲台で破壊するしかない!」

「おいおい、そんな立派なもんはこの船についてねぇぜ!」

 

 クリスとジョニーが口論する最中、私は船首へと移動をし呼吸を整えた。

 

「アレクシア、まさかスキュラの力を……」

「あぁ、お前は力の名前を考えろ」

 

 キリサメへそう指示を出すと、私は左手で顔の左半分を覆い、指の隙間から紅の瞳で巨大な岩石を睨みつける。

 

(……この仮面は)

 

 その動作に反応するように顔の左半分へ"女性の仮面"が装着される。左目の部分だけに穴が空き、額から両頬にかけて金色の装飾が施された仮面。

 

『アナタの命は散らせない。だってワタクシの家族だもの』

(……家族か) 

『分かるでしょ? さぁ、ワタクシに新たな名を授けるのよ』 

 

 脳裏に過ぎるのは烏賊(イカ)の姿をしたスキュラ。キリサメは新たな名前を思いついたのか右後ろに立ち、私の右肩へ手を置いた。

 

「今回は脳が働いたか」

「まぁな、その仮面を見たらすぐに思いついたんだ」

「……教えろ」

「あぁ、その力の名前は──」

 

 私の背後に浮かび上がるのは巨大な影。キリサメは私が聞き逃さないようにゆっくりと力の名前をこう述べた。

 

「──"マスカレイド"だ」

(……"マスカレイド")

 

 脳裏に映し出されていたスキュラは美しい白髪の女性へと姿を変える。

 

『フフッ、美しい名前ね。その独特な言葉選びはバートリ卿が"愛した人間"と似ているわ』

 

 女性へと姿を変えたスキュラはこちらまで歩み寄ると、私の左頬へと優しく手を触れた。そして青色の光となり、私の顔へと少しずつ吸収される。

 

『ワタクシの名前は"マスカレイド"。主の名はアレクシア・バートリ』

(……)

『バートリ卿の血筋に囚われなくてもいいの。アナタは平和に、幸せに、自由に──』

 

 脳内に響いていたスキュラの声が遠のき、映し出されていた姿も薄れていく。それでも尚、スキュラは美しく微笑み続け、

 

『──美しく、この世界を生きていくのよ』

 

 静かに耳元で囁いた。その瞬間、青色の光が視界を包み込めば意識は現実へと呼び戻される。私は顔の左半分を覆っていた仮面越しに、再び紅の瞳で立ち塞がる巨大な岩石を睨み、

 

「──"マスカレイド"」

 

 そう呟けば金色の装飾が蒼色へと発光する。それを合図に私の背後に浮かび上がる巨大な影から次々と"仮面を付けた女の頭部"が飛び出し、巨大な岩石へと突進を始めた。

 

「これはスキュラの……」

 

 一分も経たずして破壊される巨大な岩石。キリサメが呆然と眺めていれば、ジョニーは「今しかねぇ!」と船を真っ直ぐ出口の向こうまで進ませ、

 

「よぉっしッ! 何とか切り抜けられたぜ!!」

 

 迷現の狭間から無事に脱出することに成功し、太陽の光に照らされた大海原が私たちの視界に広がった。

 


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