ЯeinCarnation   作:小桜 丸

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5:1 Kresnik

 ロストベアへ上陸した私とキリサメが合流したのは、過去に孤児院で共に暮らしていたイアン・アルフォードとクレア・レイヴィンズ。私を見つけるなり、手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「イアン・アルフォード、クレア・レイヴィンズ。時間通りに到着していたようで何よりです」

「ロザリアとロストベアを行き来が可能なのはこのシメナ海峡だけだと聞いていた。あの二人も迷宮の霧を抜けてきたのか?」

「その逆です。迷宮の霧で海峡が塞がれる前にロストベアへ上陸していました」

「……何だと?」

 

 この女の言葉の意味を汲み取るに私たちがシメナで伯爵と遭遇したあの日、イアンとクレアは安全な船旅で楽々ロストベアへ辿り着いていたことを表す。私が不信感を表に出せば、ティア・トレヴァーはこちらへ振り向いた。

 

「気に入りませんか?」

「当然だ。あの二人と共にシメナ海峡を安全に渡れたという事実が気に食わん。つまり私たちはシメナで面倒事を押し付けられた挙句、迷宮の霧で散々な目に遭わされた。しかも故意でだ」

「そうなりますね」

「お前は何を企んでいる? ……いや、あの皇女に何を命じられた?」

 

 私はそう問い詰めるがティアは口を閉ざすと、狐の面に手を触れながら海上へ視線を逸らす。

 

「命じられていません。私自身の判断です」

「お前自身の判断?」

「人々を困らせていた伯爵騒動に異界の霧……。私が今回の貴方たちの送迎(そうげい)を利用して、解決することにしただけのことです」

 

 この女は明らかに嘘をついている。自身の判断ではなく、あの皇女……もしくは別の誰かにそう命令されていた。私たちが"眷属"と出会うように仕向けと。

 

「ん? アレクシア、ティアさんと何を話して──」

「アレクシア、久しぶり~!」

 

 キリサメが私とティアの会話に気が付く瞬間、走ってきたクレアが私に抱き着いてきた。

 

「私もお前もアカデミーの生徒だろう」

「でも全然声掛けてくれなかったよね? というより、私とイアンのこと避けてなかった……!?」

「……知らんな」

「絶対に避けてたよ!」

 

 暑苦しいクレアを軽く押し退けると溜息をつく。確かに私はこの二人を避けていた。同じ孤児院育ちだがどうもそりが合わないと。

 

「落ち着けってクレア。アレクシアのことだからなんか考えでもあったんだろ」

 

 イアンは落ち着かせるようにクレアの右肩に手を置く。ティアはそのやり取りを目にすると、わざと咳払いをして注目を集めた。

 

「感動の再会は後にしてください。今は貴方たちのこれからについて説明をします」

「あっ、ご、ごめんなさい……!」

 

 素直に謝るクレアをティアはじっと見つめ、クルースニクへの入り口へ視線を移した。

 

「吸血鬼の情報を手に入れるにはクルースニク協会の一員となるのが最善策です。まずは一員となるために、クルースニクの中心部にある"廃れた教会"を目指すことを考えてください」

「……他に情報は?」

「以上です」

 

 たったそれだけ伝えると話をすぐに切り上げたティア。キリサメは微小な情報量にしばらく呆然とし、すぐ我に返るとこう尋ねた。 

 

「えっ、以上って……それ以外になんか情報はないんですか?」

「あります。ですが貴方たちには必要ありません」

「いやいやいや! クルースニクは無法地帯なのに、事前情報がないとか普通に考えて危険すぎますよね!?」

 

 私は声を荒げるキリサメを静止させ、ティアを細目で見つめる。

 

「情報を与えないのは……失言を抑えるためだろう」

「失言を抑えるって?」

「私たちはスパイだ。変に情報を頭に入れておくとどこかで失言する。私はともかく、お前のような男がな」

「理解が早くて助かります」

 

 潜り込む上で事前知識は武器となる。だがキリサメのような人間にとっては失言の原因となる起爆剤に過ぎない。ティアはそれを考慮し、敢えて情報を与えないことにしたのだろう。

 

「私たちが必要とするのは原罪や公爵(デューク)の情報です。滞在期間は一ヶ月とします」

「ここに一ヶ月もいないといけないのかー……」

「では、幸運を」

 

 ティアは私たちに背を向け、宿屋へと足早に歩いていく。今この瞬間、私たちはクルースニクで暮らしていく無法者となった。

 

「あー……えっと、俺の名前はカイト・キリサメだ」

「うん、知ってるよ」

「おう、知ってるぜ」

「えっ? もしかして、俺ってそんなに有名人……?」

 

 何とも言えない空気の中でキリサメが自己紹介をすれば、イアンとクレアが口を揃えて「知っている」と頷く。その返答にキリサメが目を丸くすると、二人は私の方へ視線を移した。

 

「だってアレクシアといつも一緒に歩いてたもん」

「そうそう! よく見かけるし、色々と巻き込まれてることも知ってるからなー!」

「……二番手ということだな」

「ははっ、全然嬉しくねー……」

 

 期待していたのか両肩を落とす。そんなキリサメを励ますようにイアンが勢いよく肩を組んだ。

 

「俺はイアン・アルフォード! これからよろしくな、カイト!」

「……」

「おーい、カイト?」

「えっ? あ、あぁ! よろしくなイアン!」   

 

 キリサメはやや呆然とするとイアンに肩を組み返す。恐らく本試験で食屍鬼に殺された伊吹圭太のことを思い出したのだろう。イアンはどこかあの男と似ている。

 

「私はクレア・レイヴィンズ。カイトくん、よろしくね?」

「お、おう! よ、よろしく!」

 

 クレアと握手を交わし、若干頬を赤くするキリサメ。私は呑気に会話する三人を置いて、クルースニクまで歩き出す。

 

「おい! 待てってアレクシア!」

「ああいうとこはやっぱり昔と変わんねぇなぁー」

「そうだね。アレクシアはいつも独りでどっか行っちゃうし」

 

 私の後を追いかけてきた三人と共にクルースニクへと足を踏み入れ、街の人間を一人一人観察した。酒に酔い潰れ道端で転がっている者や、私たちの方へチラチラと視線を送ってくる者たちが目に入る。

 

「おいおい見ろよ、"(かも)"の集団がいるぜ」

「しかも女を二人連れてやがる。こりゃあ"獅子(しし)"か"(おおかみ)"に食われて(しま)いだ」

「……なぁ、俺たちのことを鴨って言ってるけどさ。どういう意味なんだ?」

 

 クルースニクに住む者たちは私たちを見かける度に"鴨"という名称で呼んだ。危機感を持たないキリサメが呑気に辺りを見渡す。

 

「おうおう、ちょっと待ちな御一考さんよぉ」

「えっ……?」

 

 廃墟の側で暇を持て余す男の集団。その近くを通り過ぎると、私たちが逃げられないように周りを取り囲んだ。クレアは辺りをキョロキョロと見渡しながら動揺する。

 

「何の用だ?」

「鴨が寄り添って楽しそうじゃねぇか。俺たちも一員に混ぜてくれよ?」

「……クルースニク協会はどこにあるか教えろ」

「おいおい、口がなってないぜ?」

 

 酒臭い吐息に葉巻の臭いが染みついた衣服を纏った一人の男。馴れ馴れしく私の腰に手を回してきた。

 

「おぉ、鴨の割にイイ身体してんなぁ。(つる)になれば大儲けできるぜ?」

「もう一度聞く。クルースニク協会はどこにある──」 

「きゃっ!? ど、どこ触ってっ……!」

「ひひっ、こっちはうぶな鴨だぜおい」

 

 右隣に立っていたクレアは別の男に突然尻を触られ、小さな悲鳴を上げる。

 

「お前ら何してんだよ!?」

「おいアレクシアに触るな!」

 

 見兼ねたキリサメがクレアに絡んでいた男を、イアンが私に絡んでいた男を突き飛ばした。それを合図にヘラヘラとしていた男たちの表情が険悪なものへ一変する。

 

「……何も分かってねぇみたいだな? 俺らはとせーっかく仲良しこよししてやろうとしたのによォ」

 

 拳を鳴らしながら私たちを睨みつける男たち。イアンとキリサメは私とクレアを守るように男たちへ立ち向かおうとしたが、

 

「道を開けろ、狼共」

 

 向かい側から強面の屈強な男が歩いてくると、取り囲んでいた男たちへ声を掛け一望する。

 

「し、獅子の旦那……!」

「その鴨は俺が頂く。お前たちは山羊(やぎ)でも喰い漁れ」 

 

 狼共と呼ばれた男たちは獅子の男を見るとジリジリと後退していくが、逃げ出さずに私たちと獅子の男を交互に見た。

 

「お、俺らが先にツバを付けた鴨だ──」

「俺は"強奪"でもいいんだぞ?」

「ひ、ひぃーーッ!? お前ら、ここは撤退だ!」 

 

 素直に引き下がらない狼の男たち。獅子の男は殺意を込めた目つきで睨みつければ、あっという間にその場から逃げ出してしまった。

 

「……俗物共が」

 

 威圧だけで退けた獅子の男は、逃げていく滑稽な背中を見てそう吐き捨てる。

 

「あ、あの、ありがとうございました! 何てお礼を言ったらいいのか!」

「黙って俺に付いてこい、鴨共」

 

 キリサメの礼の言葉などに受け取るつもりもないようで、私たちへたったそれだけ告げると背を向けながらどこかへ歩き始めた。

 

「えっと、どうしよう? あの人はついてこいって言ったけど……」

「んー、俺たちのこと助けてくれたからなぁ。信じてついてってみようぜ」

 

 クレアにそう返答したイアンは呑気に獅子の男に続く。私たちは行く宛もない為、イアンの言う通りに後を付いていくことにした。

 

「入れ」

「うっ、酒臭い……」

 

 連れて来られたのは酒場。

 薄汚れた机に今にも壊れそうな椅子。並べられた酒瓶を取り囲むのは獅子の男の仲間であろう女や男。私たちにニヤニヤとした笑みを浮かべ注目する。

 

「かったりぃ……今日のあたしはとことんついてねぇ」

 

 たった一人だけ、酒場の長机で葉巻を吸ってくつろぐ女がいた。この女だけ獅子の男とは無縁なのか、私たちへ見向きもしない。

 

(あの女の服はこの男と似ている)

 

 その衣服はどこかキリサメの紳士服と近しいものを感じる。試しに聞いてみようとしたが、獅子の男が薄汚れた机にわざとらしくふんぞり返ったことで、開こうとしていた口を閉ざしてしまう。

 

「俺はReive(レイヴ)だ。お前たちは、元(いぬ)共か」

「犬って、何ですか?」

「信仰神ヘメラを崇拝してる馬鹿どものことだ。お前たちのやけにシャレた服に、汚れてねぇ顔や髪。今日この街へ来たばかりだろ」

「は、はい。私たちは今さっきクルースニクに来たばかりです。クルースニク協会まで行きたくて、その、どこにあるか教えて貰え──きゃっ!?」

 

 クレアが受け答えをしているとレイヴと名乗った男が酒瓶を床に叩きつけて黙らせる。

 

「お前たちの目的なんてどうだっていい。まずは俺の傘下に入れ、鴨共」

「……傘下に入れだと?」

「喰うか喰われるかがこの街だ。俺はこのクルースニクで少数の獅子。俺の傘下になれば保身になる」

 

 レイヴは割れた酒瓶を拾い上げると鋭利な面をこちらへ突き付けてきた。助けに入ったのは傘下へ加えることが目的らしい。

 

「お前は片目に傷をついているのが惜しいぐらいにイイ女だ。そっちのお前も調教しがいがある。俺の五人目、六人目の女になれ」

「きゅ、急に何を言って……!?」

「男の鴨共は雑用。山羊共から金やら食糧やらを奪い取ってこい。殺しても構わない。ここでは何でもアリ(・・・・・)だからな」

「本気かよ? おっさん」

 

 クレアとイアンが不信感を抱き始めれば、キリサメは酒場の出口に視線を移す。しかし唯一の出口は、既にレイヴの傘下へ加わった男共に塞がれてしまった。

 

「首を縦に振るだけで命拾いする。こんな簡単な救いはねぇだろ?」

「救いか」

 

 レイヴは目の前まで迫りくると、獲物に脅しをかけるかのような捕食者の視線で私たちを睨みつける。傘下に入れば女の私たちは男共の性処理、男のキリサメたちは殺しを交えた雑用。傘下に入らなければ、この場で散々な目に遭うのだろう。

 

「……この街では何でもアリ(・・・・・)と言ったな?」

「ああ、クルースニクではルールなんて存在しねぇ。あるのは自由だけだ」

「そうか。なら考えるまでもない──」

 

 私はその返答を耳にするとすぐさまレイヴの懐に潜り込み、

 

「──失せろ」

「がはぁあぁッ!?!」

 

 右膝に力を込め股間を蹴り上げた後、そのまま流れるようにして腹部へ蹴りを放った。レイヴは激痛に悶えながら酒場の床へと倒れる。

 

「私はお前に興味がない」

「てめぇ、レイヴの旦那に何をしやがる!?」

 

 レイヴの傘下が酒瓶やらを持って私たちへ襲い掛かるのを合図に、クレアとイアンの目つきが変わり戦闘態勢へと入った。

 

「私はあなたたちみたいに、汚れた人にはなりたくない……!」

「ぐぁあぁッ?!」

「あぁその通りだぜ! 人殺しなんてできるかよ!」

「うぐぉッ!?」

 

 襲い掛かる男共をイアンとクレアは返り討ちにする。アカデミーで武術を学んでいたおかげか、素人を相手に劣らないようだ。

 

「このやろぉおぉッ!!」

「うおぉッ!?!」

 

 机の下に隠れていた坊主の男がキリサメへ酒瓶を振りかぶる。私は傍に置いてあった椅子を蹴り飛ばそうとしたが、

 

「ぐへぁッ!?」

「……え?」

 

 どこからか飛んできた酒瓶が男の頭部へ直撃し、床にバタンッと倒れ込んだ。

 

「クリーンヒィット! 夢ん中で念仏唱えてろ、坊主頭ァ」

 

 キリサメを助けたのは長机に座っていた既視感のある衣服を着ていた女。その場でガッツポーズをすると指先で私たちを誘う。

 

「あたしについてきな、猿公(えてこう)共ォ」

「ど、どうすんだ? あいつについてってみるか?」

「でも、今みたいにまた脅されたら……」

 

 酒場の店裏へ不敵な笑みを浮かべて消えていく最中、キリサメとクレアが表情を曇らせていた。

 

「あの女はロクなヤツじゃない。だがこの場においてはまだマシだ」

「そうかもな! あの人についてってみようぜ!」

 

 賛同するイアン。

 私たちはあの女の後を追いかけ、酒場から逃げ出すことにした。


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