ЯeinCarnation   作:酉鳥

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5:13『真似事』

 ~本名:偽名~

アレクシア・バートリ:Joker(ジョーカー)

キリサメ・カイト:Gloomy(グルーミー)

イアン・アルフォード:Knight(ナイト)

クレア・レイヴィンズ:Virgin(バージン)

 

────────────────────

 

 私たちは更衣室で聖装と呼ばれる衣服に着替え、魔女の元へ繋がる地下通路があるとされる大聖堂へと向かっていた。

 

(……見向きもしないな)

 

 こんな堂々と顔を出して歩いていても問題ないのかと疑問を生じていたが、すれ違う信者たちはこちらに見向きもしない。

 

「ほぉーらよっと!」

「フードは被らん。何度も言わせるな」

 

 メルは余程私にちょっかいをかけたいのか、背後からフードを掴んで強引に被せてくる。その度に冷めた眼差しを送るのだが、まったく収まる気配がない。

 

「メル、お前も子供じゃないんだからやめろよ」

「クスクスッ、被せられるものがあると気になって歩けねぇのさァ」

「……仕方がないか」

 

 この女の思うようになるのが気に食わないが、手間がかかるとフードは被ったままにする。メルは感心しながら私のことを指差す。

 

「見てみな色男ォ。ジョーカーが猫を被った(・・・・・)ぜェ」

「はぁ、お前はほんとに緊張感がないんだな……」

 

 下らないやり取りを交わしていれば、廊下の雰囲気が変わった。先ほどまでごく普通の壁紙が貼られ、カーペットが敷かれていたのに対し、私たちが今歩いている場所は鉄製の壁に鉄製の床。

 

(……血の臭い?)

 

 そしてどこからか血の臭いが漂ってきた。突然不気味さを増した廊下にキリサメたちも辺りを見渡す。

 

「この場所は、早く通り抜けた方がいいわ」

「なぜだ?」

「あなたたちは、アイツらのことなんて知るべきじゃないからよ」

 

 ミネルヴァはそう呟くと早歩きで廊下を突き進んだ。私たちも言われた通り、廊下を早く抜けようとしたが、メルだけは全く関係のない鉄製の扉に手を掛ける。

 

「おい、何をしてんだよ」

「あんなこと言われちまっちゃあ、ちっと気になるだろ?」

「やめた方がいいって……! そうやってテキトーに扉とか開けて、他の信者に怪しまれたらどうする──」

「ごかいちょーう」

 

 止めようとするキリサメを無視して鉄製の扉をゆっくり開いた。

 

「──あ?」

 

 が、その向こう側を目にした瞬間、私たちは数秒間だけ呼吸を忘れる。手術台、肉切り用の研がれたナイフ、床や壁に飛び散る血液。しかし最も惹き付けられたのは中央に吊るされている──

 

「う、うあぁあぁーーッ!?!」

「ひっ!?!」

 

 ──胸から下腹部にかけて開帳された人間の肉体。キリサメは悲鳴を上げてその場に尻餅をつき、クレアは口元を押さえながら後退りをした。

 

「何だこれは……?」

 

 私は部屋の中へ足を踏み入れて、人間の肉体を観察する。性別は男。ナイフで肋骨を脊椎から切り離され、肺を体外に引きずり出されている。まだ本体と繋がっているのか、広げられている姿はまるで"翼"のようだった。

 

「どうしたの?! 何があっ──」

「ミ、ミネルヴァさん……」

「だから、だから言ったじゃない! アイツらのことは知るべきじゃないって!」

「ミネルヴァ様よォ、こいつァどういうことだァ?」

 

 情けない声を上げたキリサメや私たちに怒声をぶつけるミネルヴァ。メルの顔からはニタニタとした笑みが消え失せると、やや不機嫌な様子を見せながらミネルヴァを睨みつけた。

 

「アイツらは『信じて仰げば、異境より迎えが来る』って言葉を信じてる。だから成り代わろう(・・・・・・)としてるのよ」

「成り代わるって、何に成り代わろうと──」

異世界転生者(トリックスター)にか」

「えっ……?」

 

 キリサメの言葉を遮りながら私はハッキリとそう述べる。ミネルヴァは目を瞑り、ゆっくりと頷いた。

 

「よく思い出してみなァ色男ォ。クソな聖域の名前がスクランブル交差点。んでもって、あたしらがそこでやったのは"歩きスマホ"の真似事。おまけにあんだけの衣服があるとなりゃあ……」

「ま、待てよ。もしかして、ここで吊るされてるあの人って……」

「そう、異世界転生者(トリックスター)よ」

 

 震えた声を上げて項垂れるミネルヴァ。そして魔女の馬小屋についてぽつりぽつりと語り始めた。 

 

「魔女は『吸血鬼が存在しない平和な世界が存在する』と訴え、信ずるものはその世界から迎えが来ると民衆に伝えたわ。その為には異世界転生者に成り代わる必要がある。だから"儀式"を行わないといけないの」

「儀式だと?」

「二つの儀式。一つ目はその世界の言動や知識を身に付ける──"社会の儀式"。あなたたちも見たでしょう? 聖域で神機を弄ったり、聖装でこの辺りを歩き回ったりするアイツらを」

 

 奇妙な行動に、奇妙な恰好。ミネルヴァがスマートフォンについて知っていたのも社会の儀式を行っていたからだろう。

 

「二つ目の儀式は"循環の儀式"」

「その儀式はどういう──まさかだとは思うが……」

「ご想像の通り。自分で選んだ異世界転生者(トリックスター)を殺すのよ──その血肉を取り込むためにね」

「どう取り込む?」

「簡単、食べればいいの。皮も、臓器も、肉も、髪の毛も……日数をかけてすべて喰らい尽くす。そうすれば、異世界転生者(トリックスター)に成り代われると信じてるから」

 

 異世界転生者(トリックスター)を食らえば異世界転生者(トリックスター)になれる。単純かつ分かりやすい方法だからこそ、視野が狭まり信者となってしまう。

 

「特にこの世界に来たばかりの異世界転生者(トリックスター)はアイツらにとって都合のいい獲物。抵抗もせず、素直にこの村までついてくるから」

「抵抗しない? こんな明らかに危険な場所までどうして……?」

「初々しい異世界転生者(トリックスター)に共通するのは『満ち溢れた自信』と『死を恐れない度胸』があること。まるで"何が起きても解決できる"……そんな顔でここに来るの」

「最強・チート・魔法・無双・不死・ハーレムを異世界として棚に上げてりゃあ、あっという間に"プロタゴニスト"を気取ったバカが出来上がる。そこのそいつみてぇになァ」

 

 メルの発言にキリサメは横目で吊るされた異世界転生者(トリックスター)とされる男をチラチラと見つめる。

 

「……成り代わるためには信者一人に異世界転生者(トリックスター)一人が必要。だけど数が足りない。だから血眼になって今も探しているの。あなたたちのような異世界転生者(トリックスター)を」

異世界転生者(トリックスター)はどれだけ犠牲になった?」

「分からないわ。でも、信者の数からすれば……三百人、いえ五百人は……」

「う、嘘だろ……?」

 

 顔を青ざめながらフラフラと立ち上がるキリサメ。私たちは数秒間だけ沈黙していると、 

 

「あッ……しゅー……」

「……生きているのか?」

 

 肺を取り出されているのに吊るされた男が掠れた声を出した。

 

「た、助けようぜ!」

「いや、無駄だ。この状態ではもう助からん」

「でも、こんなところに置いていくなんて──」

「ひー……る……」

「……え?」

 

 ふと男が呟いた一言に私たちは会話を止める。 

 

「ひーる……ひーる……」

「ひーる?」

「か、かいふぐ……じな……いど……」

「──!」

 

 キリサメは鉄製の壁にドンッと勢いよく背を付け、片手で頭を押さえ込んだ。その顔は絶望に満ちている。

 

「さいきょう……なんだ……。いぜかいで、あだらしッ……じんぜい……」

「あ、あぁあぁッ!」

「びッ、びしょうじょ、ひろいんッ……はーれむ、どごにッ……」

「やめろ、それ以上は何も言わないでくれぇえぇッ!!」

 

 混乱するキリサメは声を荒げ、吊るされた男に訴えかけた。

 

「そ、ぞろそろッ……のう、りょく……づかえ、るはずッ……」 

「使えない、使えないんだよこの世界じゃあッ! チート染みた能力も、どんな怪我も一瞬で治せる回復魔法もッ!!」

「な"、な"に"……いっでッ……」

「俺たちの考えが甘かったんだッ! 異世界なんて、転生なんて、小説のように甘くないんだよッ! 最強の魔法なんて使えないし、ハーレムなんて築けないッ! だから、だからもう、現実を、この世界の常識を──ちゃんと受け止めてくれぇッ!!」

 

 哀れみか、それとも怒りか。

 どちらか判別のできない感情を剥き出しにして必死に言葉を紡ぐキリサメ。しかし私からすれば、その行動はどこか自分に言い聞かせるように見えた。

 

「う、ぞづくなッ……お"まえはッ、まもの"……だなッ……?」

「違う、違うんだよッ……魔物はいないんだ……いるのは吸血鬼だけで……ッ」

「だ……お"じでやるッ……しゅやぐのッ、お"れがッ……ま"ほうでッ、の"うりょくでッ……さいぎょうのッ、チードでッ──」

 

 私は吊るされた男の心臓へノクスを突き刺し、薄汚れた右頬へ手を添える。

 

「どんな形であれ、お前はこの世界を生きていた。このどうしようもない世界をな」

「おれのッ……いぜがい、ライフッ……」 

「いつの日か誇ってもいい。だが今は己の不運を恨め。この異世界は外れだったと」

「お"れのッ……ひろいッ……んッ……」

「この場にいるヒロインとやらは──お前を見捨てたと」 

  

 ゆっくりと心臓の鼓動が止まる。私はノクスを引き抜き、付着した血液を手術台に置かれた布で拭き取った

 

「ジョーカー。ごめん、俺……」

「気にしなくてもいい」

「こんなことになったのは俺たちが甘えたせいだよな。俺が住んでいた世界のそういう文化のせいで──」

「それは違う」

  

 キリサメが住んでいた世界とやらの責任だと言おうとしたが、私はその言葉を遮る。

 

「でもさ、異世界に対してそういうイメージを持っているのは間違いなく……」

「"異世界転生"とやらを書いている者たちのせいだと言いたいのか?」

「そ、そこまでは言わないけどさ。イメージがこんなに固まってるのは、やっぱり作品を書いてる人が──いッづッ?!」

「それは違うと言っている」

 

 そう言いかけたキリサメの右頬へ平手打ちを食らわせ、私はそのまま冷めた眼差しでキリサメの顔を見上げた。

 

「作者が人生を浪費して創り上げた作品を人殺しの道具や理由にするな。甘い異世界ばかりを書いているから異世界転生者が死んだ……というのは自分に都合のいい情報だけを集め、自己の先入観を押し付けているだけに過ぎん」

「ご、ごめん……」

 

 私は『貴族の元で宗教画を描く職人』として歩んだ前世を思い出す。三日三晩かけて描いた一枚の絵画を、権威を持つ貴族の男が気に入り自室へ飾った。……だが、その男は体調を崩し、一週間も経たずに息を引き取る事態が起きたのだ。

 

(……あの人生も、つまらなかったな)

 

 貴族の一族は『絵画は呪われている。だからお前は呪術師だ』などと絵空事を喚いた。その結果、私は国から追放され行く宛もなく餓死する。しかし私は知っていた。あの亡くなった男は心臓に持病を抱えていたことを。

 

「少し、言い過ぎたよ」

「……お前が言わんとしていることは分からなくもない。だが実際にこの男を殺したのは魔女の馬小屋という狂った教団だ。今は目の前にある事実だけを受け止めればいい」

 

 キリサメにそう告げれば、その場で静かに項垂れていた。あの死にかけていた男が最期の最期まで理想を信じていたのは、それほどまでに作品が心に刻まれていたkら。つまりキリサメの世界にはそれほどまでに、印象に残る異世界とやらを描く人物が多いのかもしれない。

 

「あーあ、かったりぃーぜ。二日酔いしたときよりも気分がわりぃ」

 

 キリサメと私を他所にメルはそう吐き捨てて部屋を出ていく。私たちもその後に続くと、イアンとクレアが廊下で待っていたようでキリサメへ歩み寄った。

 

「カイト、俺たちはあんま事情が分かんねぇけど……辛いことがあったら頼ってくれよ」

「イアンの言う通りだよ。私たちは仲間なんだから」

「二人とも……でも、今の二人は森で色々とあって──」

 

 そう言いかけた時、イアンとクレアはそれぞれキリサメの肩に手を置く。

 

「俺らはもう大丈夫! いつまでもくよくよしてられないだろ!」

「そうそう! 私ももう大丈夫だから!」

「あの、こんなこと聞くのもあれだけど……無理とか、その、してないよな?」

 

 しどろもどろになりながら尋ねるキリサメに対し、二人は顔を見合わせるとクスッと笑みを浮かべた。

 

「……辛くないっていえば嘘だけどさ。俺らはカイトの言葉を聞いて、少しだけ背中を押されたんだ」

「えっ? 俺の言葉?」

「うん、カイトくんは『この世界は甘くない』って『現実を受け止めてくれ』って言ったでしょ。私たちも、受け止めないとって思ったんだ」

 

 キリサメの言葉が心を動かしたと述べるイアンとクレア。私は黙ってそのやり取りを耳にする。

 

「カイト、異世界転生者(トリックスター)を助けるんだろ?」

「あぁ、もう犠牲は出したくない」

「うん、そうだね! 異世界転生者(トリックスター)の為に魔女を倒そう! 私たちも協力する!」

「ありがとう、二人とも!」

 

 話の区切りがついたのを確認すると、私はミネルヴァへ声を掛ける。

 

「案内を再開しろ」

「えぇ、今の騒ぎを気付かれたらマズいわ。駆け足で大聖堂まで向かいましょう」

 

 歩き出すミネルヴァ、その後に続くメルとキリサメ。私は最後尾に移動し、イアンとクレアの間の一歩後ろ辺りで歩く。

 

「……初めて人を殺した。しかもお前たち二人がだ。一時間程度で調子を戻すとは思えんな」

「……ははっ、やっぱお前には誤魔化せないよな」

「あの男に気を遣わせないためか」

「うん、私たちのことを気に掛けてくれてたけど……さっきの話を聞いたら、カイトくんに申し訳が立たなくて……」

 

 クレアは左手が、イアンは右手が少しだけ震えていた。必死に拳を作り、力を入れて震えを抑えようとしている。

 

「「──!」」

 

 私は右手でクレアの左手を、左手でイアンの右手を握った。

 

「お前たちの手はまだ完全に汚れてはいない。助けを求める誰かを救うことができるはずだ」

 

 そう声を掛けると少しずつ震えが収まり、手が開いていく。

 

「いつでも手を伸ばせるようにしておけ。殺すのではなく救うために」

「……ジョーカー」

「拳を作ってばかりだと──救いを求める手は掴めないぞ」

 

 私は二人の手を離すと背中を軽く押してミネルヴァの後を追う。

 

「……やっぱさ、アレクシアはいいヤツだよな」

「うん、本当にね」

 

 アレクシアの後ろ姿を眺める二人の表情は──先ほどよりも晴れやかなものへと変わっていた。

 

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