ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:1『ゼンツァ』

 無風の渓谷を抜けてから丸一日が経過した。私とキリサメは無風の渓谷から北北西に位置するSenza(ゼンツァ)と呼ばれる町を目指しながら、果てしない旅を続けている。

 

「フィユッ、フィィィヨッ!」

「お前の方まで誘導した。仕留めろ」

「わ、分かった……!」

 

 食糧を求め、狩りを行った初日。野生の女鹿(めじか)を私が誘導し、待ち伏せするキリサメがルクスで仕留める手立てで、食糧を確保しようとしたのだが、

 

「し、仕方ない、仕方ないよな。生きるためだから──」

「ゲゲッググッ!!」

「うおっ!?」

 

 女鹿の威嚇に驚いたキリサメは思わず尻餅をつく。その隙に森の奥へと駆け抜けていく女鹿。私は腰を摩っているキリサメに呆れつつも歩み寄った。

 

「何をしている?」

「ご、ごめん! なんかさ、いざ仕留めるってなると……思うように手が動かなくて」

「……交代だ。今度はお前が誘い出せ」

 

 よく考えてもみれば、キリサメは野生の獣すら殺めたことがない。この世界に多少なりとも適応したかと思ったが、生き延びるために必要な『命を奪う』という行為に関しては全く適応できていない。

 

「明日の昼には町へ辿り着くはずだ。夜の見張りは私が負う」

「いやいや、見張りなら俺でもやれるし交代制でも──」

「私が警戒しているのはグローリアの人間だ。仮に後を追いかけてきた者たちが動術の一つ、静動を習得していれば……容易く接近される。鈍いお前に見張りは務まらん」

 

 結局、狩りの対象となった獲物は私が仕留め、キリサメは音を立てて誘導するだけ。日が沈んだ後、私たちは焚火を囲みながら女鹿の肉を焼いて口にする。心なしかこの辺りは肌寒い。

 

「……なぜ私に構う」

「ん? 構うって……?」

「お前は魔女の馬小屋の一件で理解したはずだ。私の隣に立てば命を落とすと。下らん奇術で救われた命を……お前は無駄にするつもりか?」

 

 ミネルヴァが抱いたキリサメへの殺意。面倒事を引き起こす原因は、すべて私が継いだバートリ卿とやらの血筋だ。この肉体も姓名も血涙もすべてが呪われている。

 

「確かにお前と一緒にいると変なことばっか起こるよな……。実習訓練とか派遣任務とか、後はシメナ海峡での船旅とか」

「今なら引き返せるぞ?」

「いや、俺は引き返さないよ。お前に役立たずって言われても、お前に邪魔だって言われても……。ここまで来れたのはアレクシアのおかげだしさ。放っておけない」

 

 焚火の灯りが消えていくが、火種となるものが側にない。私は無言で蒼色の獄炎を焚火に炎上させ、灯りを再び取り戻した。

 

「私が吸血鬼となったとしてだ。それでもお前は私の隣に立つつもりか?」

「んー、それは……そこにアレクシアがいるなら、俺はお前の側にいると思う」

「……そうか」

 

 吸血鬼共を粛正するための加護が通じ、人外の力である血涙を継ぐ肉体。このまま眷属共の血の涙を飲み続ければ、私はいずれ吸血鬼になるのではないか。そんな最悪の事態を懸念していた。

 

「そういや、その獄炎ってアレクシアが触っても熱くないんだよな?」

「あぁ」

「じゃあさ、あんまり寒さを(しの)げてないんじゃ──」

「私は視野を開くために火を灯した。寒さなど知らん」

 

 蒼色に燃え上がる焚火を見つめながらそう返答すると、キリサメは無言で立ち上がり制服の上着を脱ぐ。

  

「ほら、これでちょっとは温かいよな」

「……何のつもりだ」

 

 そしてその上着を私に羽織らせてきた。私は妙な行動に疑念を抱きつつ、キリサメの顔を見上げる。

 

「俺だけ温まるのは不平等だろ?」

「私がいつ不服を唱えた? 求めてもいないことをするな」

「あ、あはは……ま、まぁお前は何も言ってはないけどさ。俺としてはこんぐらいはしてあげたいなぁーって……」

 

 期待していた反応と異なっていたのか、苦笑交じりに頬を引き攣るキリサメ。私は羽織っている上着を左手で掴んだ。

 

「早朝にはここを離れる。それまでに目を覚まさなければ置いていくぞ」

「えっ? 起こしてくれたりとかは……?」

「私はお前の御守りをするつもりはない」

「りょ、了解っす。ちゃんとアラームを三重に設定しておきます……」

 

 キリサメはスマホを何度か指先で触れ、焚火から少し離れた場所で横になる。私がしばらく蒼色に発光する炎を見つめていると、キリサメの寝息がこちらまで聞こえてきた。

 

「……私に何の用だ」

 

 狩りをしている時から感じていた何者かの気配。私は後方に位置する木の陰に潜む人物へそう声を掛ける。

 

「あらあらお気づきでいらしたの?」

「貴様は全身紅色だ。嫌でも目に入る」

 

 姿を現したのは四卿貴族の一人──Scarlet(スカーレット)卿。貼り付けた笑顔のまま、私のすぐ背後まで歩み寄ってきた。

 

「ワタクシはこう見えて控えめな性格ですのよ」

「自分を客観視したことがないのか」

「おほほ、紅色は控えめな色ですわ」

「なるほど。単に(こじ)らせているだけか」

 

 最後に会ったのはドレイク家の洋館。私の前世である『Hybris(ヒュブリス)』の名を認知している四卿貴族。私は後ろを振り返らず、ただ蒼色の炎を見つめる。

 

「あらあらまぁ、派手な蒼色をしていますわね。バートリさんと同じ色を好んでいますの?」

「……」

「おほほ、これが反抗期と呼ばれる時期……心地良い響きをしていますわね」

 

 スカーレット卿は私の横を通り過ぎると、焚火の側に屈んで右手を蒼色の獄炎に突っ込んだ。当然のように右腕ごと炎上するが、表情一つ変えていない。

 

「……なぜ後を付けていた?」

「貴方にお尋ねしたことがありましたの。是非ともこちらをご覧になって」

 

 そう言って私に見せつけてきたのは一台のスマホ。画面に映し出されたのは私が罪人として仕立て上げられた動画とやら。

 

「ワタクシは女の子(・・・)についてお話を聞きたいですの」

「この女は……」

 

 停止した画面に映っていたのは使用人姿のウェンディ。スカーレット卿は画面を指差して、貼り付けた笑顔をこちらに向けてきた。

 

「ワタクシはFlorence(フローレンス)家の血を継いだ人間を探していますわ。ここに映り込んでいるのはフローレンス家に生まれた人間……やっとのことで見つけましたの」

「なぜ探している?」

「おほほっ、フローレンス家は芸術の類に長けていますのよ。特に音楽の分野で楽しい方々ばかりですわ。ですのでワタクシの為に一曲奏でて貰おうかと思いまして♪」

 

 期待に胸を膨らませているスカーレット卿。私は不信感を抱きながら、スカーレット卿の貼り付けた笑顔を睨みつける。

 

「……そういうことか」

「あらあら、どうしましたか?」

「ウェンディ・フローレンス……。あの女の両親を殺したのは貴様か」

「えぇそうですわ。何か問題でもありますの?」

 

 スカーレット卿は悪びれた様子もなく平然とそう答えた。

 

「なぜ殺した?」

「ウェンディちゃんの両親は、お金に目が眩んでしまう楽しくない方々でしたのよ。お歌の上手なミアちゃんもお金に変えようとしてたので、ワタクシが殺しましたわ」

「……」

「おほほっ、それにしても隠し子がいたなんて最期に楽しいことをしてくれましたわ。これでまた心地の良い音を聞いて暮らせ──」

「貴様に教えることは何もない。失せろ」

 

 私が厄介払いをした途端、スカーレット卿が持っていたスマホの画面に亀裂が入る。貼り付けた笑顔に一瞬だけ殺意が込められた。

 

「……あらあらまぁ、楽しくないお返事だこと」

「貴様に徘徊されるのは迷惑だ。その女を探すのなら自分で探せ」

「おほほっ、バートリさんとは似ていませんね。やはり貴方の中身は未だにヒュブリスのままですわ」

 

 スカーレット卿は持っていたスマホを他所へ投げ捨てると、軽い足取りで私の後方へと去っていく。

 

「おほほっ、良かったですわねヒュブリス──貴方がバートリさんのお子さんで」

 

 最後にそれだけ伝えるとスカーレット卿は忽然と姿を消した。私は大きく深呼吸をし、夜空に浮かぶ半月を見上げる。

 

「あの女、何が目的だ?」

 

 私たちの後を付けていたのはウェンディの居場所を聞くためだけではない。何か別の目的があって私の前へ姿を現したのだろう。その証拠に敵意は一切感じさせなかった。

 

「……まぁいい。今は明日のことだけ考えるか」

 

 しかしスカーレット卿の真の意図は読めないまま。私は考えるのを止め、夜の見張りを続けることにした。

 

 

―――————————————

 

 

 スカーレット卿と遭遇した翌日。私たちは北北西を目指し、再度歩き始めていた。キリサメは欠伸をしながら私の隣を歩いている。

 

「運が良い」

「ん? 運がいいって?」

「雨が降り出す前に町へ辿り着いた」

「おぉ、ほんとだ! 町が見えてきたな!」

 

 顔を上げれば雨が降りそうな空模様。運が良いことに降り出す前に町の景色が視界に入った。遠目からでも分かるほど、牛や羊などが飼われた農場や風車小屋が多く建設されている。

 

「……ここがSenza(ゼンツァ)か」

「なんか、あれだな……丘の上に牧場とか草原がある町、みたいな」

「何を言っている?」

 

 ワケの分からないことを口走るキリサメ。私はそんなキリサメに冷めた眼差しを送りつつ、町の中へと足を踏み入れた。

 

「取り敢えずさ、どっか泊まれる場所を探そうぜ。例えば宿屋とか」

「……」

 

 町の人々から妙に注目を浴びている。どの視線も喜ばしいものではなく疎まれるものに近い。リンカーネーションの制服を着ているからか。それともよそ者だからか。

 

「あの、すいませーん! 俺たち、泊まれる場所を探してて──」

「し、知らない!」

「あっ、ちょっと待ってください……!」

 

 背を向けて農作物を仕分けしている男性へ声を掛けるキリサメ。しかしこちらに気が付いた瞬間、私たちから逃げるようにして家の中へと駆け込んでいく。

 

「あ、あの、ちょっと聞きたいことが──」

「わ、私、これから用事があるから!」

「ま、待ってくださっ……また逃げられた、何で逃げるんだろ?」

 

 キリサメは手当たり次第に声を掛けるが、町の人々はその場から逃げ出す始末。その後も誰一人として話を聞けず、ついには町の外にいるのは私たち二人だけになってしまった。

 

「……」

「アレクシア、どこを見てるんだ……ってあれは子供だよな?」

 

 首を傾げているキリサメを他所に、私が視線を向けていたのは風車小屋。顔つきが幼い少女と少年が、扉の隙間からじっとこちらを見つめている。

 

「あ、あのさー! 君たちに聞きたいことがあって──」

 

 キリサメが呼び掛けた途端、少年が扉の隙間から丸められた紙屑をこちらに投げ、バタンッと勢いよく閉めてしまう。

 

『このまちからでていけ』

「ははは……なんか、俺たち歓迎されてないっぽいな……」

「見れば分かる」

 

 どうしたものかと私は町全体を大きく見渡す。視界に映ったのは使われていないボロ小屋。

 

「どうせこの町には一日滞在するだけだ。あの小屋で一晩過ごすぞ」

「あ、あぁうん……」

「なぜ気を落とす?」

「そりゃあ、もうちょい歓迎されると思ったからさ。まぁ歓迎されなくても会話ぐらいはしてくれるだろうなぁって……」

「下らん妄想だ」

 

 私はキリサメを一喝し、ボロ小屋へと二人で顔を出す。(ほこり)っぽい上に蜘蛛の巣も張っているが屋根に穴は開いていない。雨を凌ぐことはできるだろう。

 

「なぁ、食糧はどうするんだ?」

「農場にある農作物やらを盗む」

「ま、待て待て! 盗むのかよ?! せめてそういうのは買ったりとか──」

「私たちは銅貨すら持っていない。どうせ盗む羽目になった」

 

 私はキリサメをボロ小屋で待機させると、目星をつけていた農場まで向かった。案の定、側にはパンなどが詰め込まれた食糧庫の小屋がある。

 

「……妙に数が少ないな」

 

 食糧庫でパンや干し肉やらを拝借する最中、農場などの数に見合わず、食糧が少ないことに違和感を覚えた。今の季節は冬ではなく夏の手前。過酷な時期でもないはずだ。

 

「う、うおらぁあッ!!」

 

 背後から男の雄叫びが聞こえ、振り返ってみればこちらに向かって棍棒を振り上げていた。

 

「邪魔だ」

「ごぉふ……っ!?」

 

 私は振り下ろされる棍棒を半身で回避し、男の胸倉を掴んでから地面に叩きつける。食糧庫の入り口へ視線を移すと、棍棒を持った別の男が三人ほど身構えていた。 

 

「何が目的だ?」

「い、いいか、殺すんじゃないぞ!? 三人全員で飛びかかって、あの女を捕まえるんだ!」

「あ、あぁ分かってんよッ!」

「……話が通じんな」

 

 生け捕りにしようと迫ってくる三人の男。私はパンやらを詰め込んだ袋を手放すと、

 

「退け」

「ぐはあぁッ!?!」

 

 先頭で棍棒を握りしめていた男の顔に回し蹴りを食らわせ、食糧庫の棚まで吹き飛ばす。その隙を突こうと二番目の男が棍棒で薙ぎ払ってきたが、

 

「……連携が取れていないな」

「うッごぉおッ!!」

 

 軸足を切り替えながらもう一度回し蹴りを男の顎へと放った。

 

「こんのやろぉおぉッ!!」

「後ろにいたのか」

 

 背後に回り込んでいた三番目の男が私を羽交い絞めする。掴みが甘かったため、男の腕から左腕を容易く抜くと、

 

「お前一人で何ができる?」

「ぐッほぉおぉおぉ……ッ?!」

 

 鳩尾に左拳を捻じ込ませた。私はうずくまる男たちを見下ろしながら、食糧が詰め込まれた袋を拾い上げ、食糧庫を後にする。

 

「……食糧を盗んだからではなく、違う目的で私を拘束しようとしていた。この町で何が起きている?」

 

 そして男たちが出てこられないよう食糧庫の鍵を閉めると、キリサメの待つボロ小屋まで早足で向かうことにした。

 

 

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