ЯeinCarnation   作:酉鳥

18 / 287
1:6 Exam Preparation ─試験準備─

 

 仮試験の前日となる夕食後。私は本試験でのサインを貰うために、シーラと一対一で話し合うために、張り詰めた空気の中で向かい合っていた。

 

「シーラ、私が話したいことは分かるだろう」

「……」

「私はアカデミーへ入学する。その為に仮試験を突破し、本試験を受けなければならない」

「……」

 

 シーラは黙り込んだまま、口を頑なに開かない。話す気力すらまるで感じさせず、ただ俯きながら机の模様を見つめているだけだった。

 

「私が本試験を受けるには契約書にシーラのサインが必要になる。だからその時はサインをして――」

「嫌よ」

「何故だ?」

「嫌なものは、嫌なのよ」

 

 どれだけ追及しても否定をするシーラ。拒む理由も答えようとはしない。このままでは話が進まないと私は溜息をつく。

 

「……私はこの三年の間、シーラの考えを尊重し続けてきたつもりだ」

「……」

「だがこれだけは私も譲れない。お前が母親として向き合うつもりなら、私は子として正面からぶつかり合うぞ」

 

 私が揺らぐつもりはないと固い意志を示せば、物寂しそうな表情を浮かべたシーラがこんなことを聞いてきた。

 

「どうして、アカデミーに入りたいの?」

「吸血鬼共を殺すためだ」

「ふふっ、吸血鬼……やっぱりそうなのね。"あの人"や"あの子たち"と同じように、みんな……」

 

 私の返答を聞いたシーラは渇いた笑い声を上げ、ぼそぼそと静かに自身の過去を語り始める。

 

「数年以上も前の話よ。私の夫は銅の十字架のリンカーネーションだった。吸血鬼や食屍鬼から、弱い人たちを守り続けてきたの」

「……」

「けどね? ある日、突然帰って来なくなっちゃった。私と二人の子供を置いて、死んだのか、生きているのかも分からないまま――二度と会えなくなって」

 

 シーラは一枚の古ぼけた写真を私に見せてきた。そこに写っていたのは二十代前半のシーラと、正義感に満ちた男性。そしてその間には十歳にも満たない少年と少女が写っていた。

 

「だから私はあの子たちをアカデミーには入れないと心に誓った。もう二度とこんな心が引き裂かれるような想いはしたくないから……って」

「だがこの家で子の顔は見かけていない。つまりそれは──」

「えぇそうよ。私はあの子たちを本試験に送り出してしまったの」

 

 シーラは俯いたまま目を強く瞑ると肩を小刻みに震わせる。その顔には後悔と哀しみと自分に対する怒りが垣間見えた。

 

「なぜだ? なぜ誓ったのに、送り出した?」

「あの子たちを、信じたからよ」

「……信じた」

「あの子たちは私が止める度にこう言ってきたの。『必ず戻ってくる。戻ってきて、アカデミーに入学して、お父さんを探してくるから――信じて待っててほしい』って」

 

 固く閉ざした瞼から何粒もの雫が溢れ出し、シーラの両頬を伝わっていく。天真爛漫に振る舞っていたシーラが、こうして涙を流す姿を見るのは初めてだ。 

 

「私は、信じてしまったのよ。あの子たちは必ず帰ってきてくれるって。あの子たちは私を置いていかないって。心から、信じてしまったの」

「……」

「私が信じなければ、あんなことにはならなかった。信じなければ、止められたのよ。信じなければ、私はっ……」

 

 私は机の上に置かれている四人家族の写真を手に取った。自然と惹き付けられたのは、幸せそうに映り込んでいる二人の子供。

 

(……本試験は目立つ行動をしなければ、死ぬことはないとあの臆病者が言っていた。本試験の内容は未だ不明だが、シーラの子供たちは何か目立つことでもしたのか?)

 

 写真から容姿を汲み取るが、シーラの子供たちは"目立ちたがり"だとは思えない。内気な少年少女という言葉が似合うだろう。

 

「だから私はあなたを行かせないわ。もう何も失いたくないのよ」

「シーラ」

「分かってほしいわ。アレクシアちゃんが大切だからこそ、引き止めていることを――」

「私を見ろシーラ」

 

 シーラは未だに俯いたままだ。この話を始めてから一度も視線が合わない。私は立ち上がり、向かい側に座るシーラの右肩を掴んだ。

 

「私が死ぬと思うか?」

「……」

「私は吸血鬼共を死滅させるまで永遠に生き続けるつもりだ。この言葉が、お前には偽りに聞こえるか?」

 

 私はシーラの顔を覗き込みながら強く揺さぶり強引に視線を合わせる。

 

「どうして、危険を冒してまで吸血鬼と戦いたいの? ここにいれば、ずっと安全なのよ?」

「始末しなければ増え続けるからだ。だからこそ安全な場所なんてものも存在しない。このグローリアが一生安全だという保障がこの世界のどこにある? そんなものは、どこにもないだろう」 

 

 私の真剣な瞳を見つめ呆然とするシーラ。残酷な現実を突きつけてしまったことで、シーラの表情は着実に曇り始めていた。

 

「この時代は吸血鬼共が優勢だと聞いた。もしこの状況が続けば、人間は吸血鬼共に敗北する。奴隷となり人としての生涯を終え、二度と人として生まれ変われなくなるはずだ」

「アレクシアちゃん、あなたは一体……」

「……今まで黙っていたが、私は千年以上も前から吸血鬼共を殺し続けてきた転生者だ。この紋章がその証拠になる」

 

 左脚に巻いた包帯を解き、転生者の紋章をシーラへと見せつける。紋章を目にした瞬間からシーラの表情は一変し、口を半開きにしたまま、私の顔を見上げてきた。

 

「どうしてその紋章を? アカデミーに入学しないと、紋章は刻まれないはずなのに……」

「お前が知る者たちの紋章はすべて偽物だ。本物の紋章は人の手によって刻むものではない。選ばれた人間の体に自然と浮かび上がる」

「本物に、偽物? ごめんねアレクシアちゃん。私、気が動転しちゃって……」

 

 理解ができずに片手で額を押さえるシーラ。私はシーラの隣まで歩み寄り、今度は両肩を掴んで、こちらに身体を向かせた。

 

「シーラ、お前はキリサメの件も含めて優しすぎる。その優しすぎる性格が故に、子供たちの死も、自分の責任にしようとしているのだろう」

「だって、私が止められなかったからあの子たちは戻ってこなくて……」

「違う。戻ってこなかったのはシーラの責任ではない。お前はただ自分の子供たちを信じただけだ」

 

 私は持っていた四人家族の写真をシーラに返す。その写真にはまだ家族を信じることが出来たシーラが写り込んでいた。

 

「信じないのは簡単だが、誰かを信じることはとても難しい。だがお前は子供たちの為に、難しい選択肢である"信じること"を選んだ。それは母親としてあるべき姿だろう」 

「アレクシアちゃん……」

「シーラが私を信じて本試験へ送り出し、もし帰ってこられなかったとしても……。私はお前を恨まない。期待に応えられなかったことを私が来世で悔やむだけだ」

 

 母親として子を信じるという選択は正しい。私はそう訴えかけてから、シーラの両肩からゆっくりと両手を離した。

 

「信じて、いいの?」 

「私を信じろ」

「……分かった。私はアレクシアちゃんを――信じるわ」 

 

 返答を聞いたシーラは大きく深呼吸をすると、私の両手を自身の手で包み込み、決心した表情で頷く。

 

「あ、あのー……」

 

 シーラが信じると決心した丁度のタイミングで、酷く汚した紳士服を着ているキリサメの姿が横目に映り込んだ。

 

「カ、カイトくん~!」

「うおぉーーっ!?」

 

 数日ぶりに姿を見せたキリサメにシーラはすぐさま飛びつく。私は帰ってきたことにやや驚きながらも、キリサメに歩み寄った。

 

「私、心配してたのよぉ~!?」

「す、すんません! 仕事を探すのに必死で……!」

「……空気が読めない男だ」

「え? 空気が読めないって何だよ?」

 

 砂と土に汚れた紳士服。ぼさぼさの髪の毛。みっともない恰好をしているが、最後に見かけた情けない面は浮かべていない。

 

「……お前の帰る場所はアベル家だろう」 

「あ、あぁ……! もしかして俺とジェイニーさんが話しているのを見たのか?」

「偶然な」

 

 キリサメは「うーん」と少し照れ臭そうにしながらも、私に苦笑交じりの表情を見せてきた。

 

「やっぱここがいいなって」

「……アベル家の方が待遇はいいぞ。働かなくてもいい、食事も豪勢。お前が気にしていた不平等もなくなるはずだ」

「確かにあっちの方がいいかもしれないけどさ。俺には俺に合う場所があるんだって気が付いたんだ」

 

 私たちの会話など微塵も聞こえず、ただ泣きじゃくるだけのシーラを見て、キリサメは静かにそう微笑んだ。

 

「イブキはきっとあっちの方が合うんだと思う。でも俺はおっちょこちょいなシーラさんがいて、鬼のようにスパルタなお前がいるこっちの方が合うんだ。なんか息がしやすいっていうか……」

「働く場所を見つけていなければ何も変わらん」

「それに関しては大丈夫だ! 何度も何度も頭を下げに行った酒場の店主に『ここまで根性のあるやつは初めてだ。その根性を認めてやる』って言われたからな!」

 

 どうだと言わんばかりに親指で立てているキリサメ。私は窓際まで移動すると、繁盛している酒場を眺めた。

 

「……あの酒場の店主は自分の仕事に異常なほどに誇りを持つ。中途半端な根性で働かせては貰えんだろう。実際、あの酒場は仕事を求めていた私を唯一厄介払いした場所だ」

「そ、そうだったのか……!? お前でも厄介払いをされたのかよ!?」

「だがお前は認められた。どうやら私以上に根性があるようだな」

 

 私も働く場所を見つけようと様々な場所を訪れたが、酒場の店主だけはこちらの話すら聞いてもらえなかった。一方的に言われたのは『お前には気合いと情熱が足りねぇ』という言葉のみ。

 

「後は好きにしろ。私は明日に備えて部屋に戻る」

 

 しかしキリサメはその粘り強さを認められたらしい。私はキリサメの胸元を右拳で軽く叩くと、明日の仮試験の準備を進めるために二階へ向かう。

 

「あ、そうだった! ついでに俺も明日の仮試験に参加するからよろしくな!」

「……なぜ受ける?」

「何事も挑戦だなって。落ちたら落ちたで、酒場で働きながら生活していくつもりだからさ」

「そうか」

 

 調子のいい男だ、と背を向けたまま大きな溜息をつき、私は二階の部屋に続く階段を一段ずつ上がっていく。

 

「まずは身なりからだ」

 

 自室に置かれた三面鏡の台。その引き出しから私は無言でハサミを取り出す。

 

「見えにくいな……」 

 

 三面鏡に映り込む私はどれもが半透明。私は鏡を見つめながら、生まれた時から伸ばし続けていた長い青髪に触れ、

 

「……髪は命か。下らん戯言だ」

 

 そんなジェイニーの言葉を思い返しながら、長い青髪に切れ込みを入れた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。