ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:5『ルーナ・レインズ』

 

「そう、私は十戒」

 

 伯爵や子爵共を始末した後、私が出会ったのは八ノ戒Luna(ルーナ) Raines(レインズ)。この女は静かにこちらを見つめてくる。

 

「私を追いかけてきたのか?」

 

 逃亡者である私を投獄するために姿を見せた可能性が高い。私はルーナを見つめ返しつつ、どのようにやり過ごすかを一考した。

 

「何のこと……?」

「……惚けているのか」

「胸騒ぎがして、この町に来た。私は、あなたを知らない」

 

 小首を傾げながら惚けた表情を浮かべるルーナ。私は装っているのだろうと警戒し、町の方角へと視線を移す。

 

「ルーナ様、町の中に紛れ込んでいた吸血鬼は排除しました」

「そう」

 

 町から駆けてきたのはリンカーネーションの制服を着た一人の男。小麦色の髪を雨に濡らしながらも、ルーナのことを慕うように平然と泥水の上に片膝を付いた。

 

「そちらの状況は?」

「一体の伯爵と数匹の子爵。もう灰になってる」

「流石ルーナ様。ソニア様にも劣らず、腕が立ちますね──」

「灰にしたのは私じゃない。その子が、灰にしたの」

 

 第一印象は浸透した誠実さと、ルーナに対して過剰な忠誠心持ち合わせる堅苦しい男。この男はルーナからの言葉を聞くと「信じられない」と言いたげな顔で半目になる。

 

「誰だお前は?」

「先に名乗るべきは君の方じゃないか?」

「……誰だお前はと聞いている」

「生意気ですね、君は。……ルーナ様、無礼な口を利く不届き者に処罰を与えましょうか?」

 

 不機嫌な様子を醸し出す堅苦しい男を無言でルーナは静止する。そして首を傾げながら私にこう問いかけてきた。

 

「あなたは、私と同じリンカーネーション……どうしてここに? グローリアから派遣されたの?」

(……この女、何も知らないのか?)

 

 脳裏を過ぎるのは情報が行き届いていないという可能性。思い返してもみれば、セシリアは『例の動画が流れるスマホをグローリアにばら撒いた』としか述べていなかった。この一帯には散布していないのだろうか。

 

「……お前たちに手を貸してこいと派遣された」

「グローリアから派遣された? 僕らR機関は派遣要請なんて出していませんが……」

 

 最前線で吸血鬼共と死闘を繰り広げるR機関。主導者はRaines(レインズ)家の人間。ナタリアやソニアの姿が脳裏を過ぎる。

 

「上の話など知らん。私は命令に従い、顔を出したまでだ」

「機関名と階級は?」

「T機関、銀の階級。ティア・トレヴァーから命令された」

 

 ならばと私はこの場をやり過ごすための嘘を吐いた。例えあの狐の女に事実確認をされても、どうにか口裏を合わせてくれるはずだと。

 

「ティア様が……にわかに信じられませんね。あの方が君のような生意気な人材を派遣するなんて」

「だがあの女なら生意気な人材を地獄(ゲヘナ)へ落とすことすら躊躇わんぞ」

「『R機関まで派遣されるのは地獄(ゲヘナ)送りだ』……と主張しているように聞こえますね」

「そう言ったつもりだが」

 

 この男は私の発言を疑いつつもルーナへ判断を下すよう視線を送る。ルーナは特に疑う様子もなく、私の前までゆっくりと歩み寄り、

 

「この子は嘘、ついてない」

「ですがルーナ様、ティア様からの事前の伝令もありません。この者の言葉は信用に値しないかと……」

「……私は言葉を信じたわけじゃない」

「では何を根拠に?」

「この子が──青髪(・・)だから」

 

 雨に濡れた髪を右手で触れてきた。理解の及ばない返答に堅苦しい男は「またか」と呟きながら、片手で額を押さえる。

 

「ルーナ様、またその理由ですか……?」

「青髪に、悪い子はいない」

 

 心なしか僅かに喜ぶルーナ。左手で自身の髪を弄りながら、同じ髪色という共通点に対して、好奇心と仲間意識を持つかのように、ただ私の髪に触れる。

 

「それに、今はNecroPolice(ネクロポリス)のことで手が足りないでしょ?」

「その通りですが……。手が足りなくとも僕らだけで解決が──」

「あっ、見つけましたよ! おーい、ルーナ()~!」

 

 堅苦しい男の声を遮る声。手を振りながら駆け寄ってきたのは、黒縁(くろぶち)の丸眼鏡をかけた黒髪の女。リンカーネーションの制服を身に纏い、黒髪の長髪を揺らしながらルーナと男の顔を交互に見る。

 

「……おや? そこの超絶美少女ちゃんはどちら様ですかな?」

 

 そしてこちらの顔をじっと見つめてきた。私はどこかで見かけた顔立ちだ、と口を閉ざしたまま、その女と視線を交わす。

 

「真偽は不明ですが、僕らR機関の力になるように……とT機関が派遣してきた人員です」

「ふむふむ、なるほどなるほど。それでは彼もT機関から派遣された人員ということですね」

Lara(ララ)、彼とは誰のことを……?」

「この変な坊主だよ」

 

 黒髪の女が走ってきた方角から声を掛けてきたのは、金色と茶色が混じった髪色、刈り上げの短髪、両耳に銀のピアスをつけた男。その隣にはくせ毛が目立つ薄い紫色の髪を持つ若い男が立ち、

 

「何をしている?」

「あははっ……なんかすまん」

 

 背後で歩いていたのは、申し訳なさそうに視線を逸らすキリサメ。町の人間を避難させた時にルーナの仲間に見つかったのだろう。

 

「T機関から二人も派遣されたとは聞いていませんが?」

「誰も『一人だけ派遣された』とは言っていないだろう」

「それでは再度確認しますが、派遣されたのは二人で間違いないですね?」

「あぁ。T機関から『R機関に手を貸す』ように派遣されたのは私とあの男だけだ」

 

 敢えて声量を上げながら説明をすれば、キリサメがこちらの意図を汲み取り、小さく頷いた。

 

「二人の名前、教えて」

「私はAlexia(アレクシア) Bathory(バートリ)。あの男はKaito(カイト) Kirisame(キリサメ)だ」

「……そう」

 

 他の者たちが半信半疑に陥る中で私が名乗れば、すぐにこちらへ背を向けて仲間たちを一望する。

 

「二人を加えて、明日の朝にネクロポリスへ向かう」

「ルーナ様。このLuna(ルーナ)班に身元の保証もない者たちを招き入れるなど……」

「まーまー、落ち着きたまえよAlan(アラン)()。私とNorman(ノーマン)氏だってO機関の人間でしょうよ」

「ララやノーマンは別です。Elena(エレナ)様から直々に伝令もあったではないですか」

 

 後方支援に特化したOliver(オリヴァー)家が主導者となるO機関。黒髪の女と刈り上げの男は、どうやらO機関から派遣されてきたらしい。

 

「ちょびっと頭を柔らかくして考えましょうアラン氏。あの吸血鬼よりも恐ろしいと謳われるティア氏の名前を、こうも勝手に使えると思いますかね?」

「そ、そうかもしれませんが……」

「それにR機関のルーナさんとO機関の私たちにプラスして、T機関の二人が加われば……課題解決能力もぐぅーんと上がるに決まってるでしょうに。いつもいつもアラン氏は石頭で──」

 

 ララと呼ばれた女に詰め寄られ、苦笑しつつも後退りをするアラン。キリサメはその様子を横目で眺めながら、こそこそと私の側まで歩み寄る。

 

「……これはお前の杭か?」

「あ、あぁうん。あの子が俺のところまで来てさ。『その杭を渡さないとケンカに負ける』って必死に訴えてきたんだよ」

「そうか」

 

 ジョスが投げ渡してきたこの銀の杭はキリサメが所持していたもの。無駄に浪費した、と私は小さな溜息をつく。

 

「明日の昼、十二時にネクロポリスへ向かうから……。今日はもう休んで」

「先ほど『手が足りない』と言っていたが、ネクロポリスとやらで何があった?」

 

 口論するアランとララを放置し、私とキリサメに出発時刻を伝えてくるルーナ。私は自身の髪に触れているルーナの右手を退け、ネクロポリスについて尋ねる。

 

「……腐蝕(ふしょく)が近づいてる」

「腐蝕?」

「植物や生物を腐らせるおかしな自然現象のこと。ネクロポリスの方角へ少しずつ少しずつ浸食してる」

「お前たちはその問題を解決するためにこの町へ来たのか?」

「……違う。この町の方角を向くとムカムカ(・・・・)したから、少し寄ってみただけ」

 

 腐蝕による被害。ルーナ班はこの問題を解決するために、ネクロポリスへ向かっている最中だったようだ。

 

「腐蝕とやらは吸血鬼共の仕業か?」

「分からない。だからネクロポリスの人に聞く」

 

 ルーナは私たちにそう答えると、口論しているアランとララの仲裁に入る。

 

「……まだ終わってない。血の臭いで食屍鬼が集まってこないよう、ここの死体を埋葬する」

「しょーちしましたルーナ氏! ほらアラン氏、口より手を動かせですぞ!」

「はぁ、よく喋るのは君の方ですよ……」

 

 アランとララが命令された通り、村長の死体を埋葬しようと準備を始めれば、残りの二人も顔を見合わせ、後処理をし始めた。

 

「明日からよろしく。カイトに、アーちゃん(・・・・・)

「……何だその呼び名は?」

「仲良くしたい子とは、あだ名で呼び合うって聞いた。あなたも私のことはルーちゃん(・・・・・)って呼んで」

「下らん」 

 

 私がルーナから視線を逸らしその場を去ろうとすると、キリサメが「あれ、俺とは仲良くしたくないってコト……?」と呟きながら後を追いかけてくる。

 

「ていうかさ、ほんとにあの人たちと行動して大丈夫なのか? T機関から派遣された……なんて嘘もいつバレるか分からないだろ?」

「銀の杭は残り二本。目的地のアダール・ランバまではまだ距離がある。道中で吸血鬼共に遭遇すればトドメを刺せない。だがあのルーナ班とやらと行動することで、その課題も解消できる」

「あー、それもそうだな。もしバレたら全力で逃げようぜ」

「能天気な男だ」

 

 呑気にそう述べるキリサメに呆れていると、リディが泥水の上を必死に駆けながら、

 

「おねーさん……っ!」

「今の私に触れると汚れるぞ──」

「おねーさん、すごかった! こわい吸血鬼をぜんぶやっつけて、すごいかっこよかった!」

「……そうか」

 

 勢いよく飛びつき、瞳を輝かせながら私の顔を見上げてきた。その後方でジョスと母親がこちらまで歩み寄ってくる。

 

「ま、まぁまぁやるじゃねーか! おれよりは全然ケンカは弱いけどな!」

「お前の評価など求めていない」

「んなっ!? 何だとこのやろー!?」

「やめなさいジョス」

 

 ジョスを静止する母親。私が視線を移すとこの女は頭を深々と下げた。

 

「改めて、ありがとうございました。私やこの子たちの命だけでなく、この町まで救って頂き……」

「お前はクロウデル家の人間か?」

「はい、私はManon(マノン) Claudel(クロウデル)と申します。あなた様のことは先代のクロウデル家の人間が残した書物から伺っております──英雄Hybris(ヒュブリス)様」

「……どうやら本物のクロウデル家らしいな」

 

 口に出したヒュブリスという名、クロウデル家の面影。この二つが正真正銘のクロウデルの人間だと再認識させられた。

 

「まだ夜も長いことですし、どうかおもてなしをさせて下さい」

「あー……えっと、俺はその辺で時間でも潰した方がいいか?」

「……私が吸血鬼共を始末できたのは、町の人間がこの場にいなかったからだ。気を遣う必要はない」

「ん? それって『町の人たちを俺が避難させたから助かった』っていう意味なのか──」

 

 そう言いかけたキリサメを無視し、次にジョスへ視線を移す。

 

「更に銀の杭も足りなかったが、それを察したお前はホルスターを取りに向かった。今回は……私一人の手柄とは言えん」

 

 血液によって紅く濁る泥水をじっと見つめながらそう呟くと、マノンが唖然としてしまう。

 

「何を驚いている?」

「いえ、その、書物に記されていた人物像と少しかけ離れていたもので。私が知る情報だとヒュブリス様はもっと──」

「私は構わんが、ここで話を続けるつもりか?」

「あぁ申し訳ありません! すぐに私たちの家まで案内します!」

 

 リディとジョスを交互に見ながらそう伝えれば、マノンは我に返った様子で私とキリサメを灯りのともった一軒家へと案内した。

 

「まずは雨で濡れた身体を温めて下さい。その間に食事を用意しますから」

「おねーさん、わたしもいっしょに入りたい」

「お前は……」

 

 引き剥がそうにも離れないリディ。私は溜息をつき、マノンへと視線を送る。

 

「も、申し訳ありませんヒュブリス様! すぐにリディを……」

「引き剥がしたところでどうせ後を付けてくるだろう。気に食わんが今回だけ面倒は見る」

「ありがとおねーさん。ジョスもいっしょにはいろ?」

「ば、ばか! おれは一人で入れるっつーの!」

「だめ、ジョスもいっしょに入るの」

 

 一体私は何をしているのか。そう言わんばかりに額を押さえながら、脱衣所へと向かっていくアレクシアたち。キリサメはその光景を傍観しつつ「苦労人だな」と苦笑する。

 

「……あなたは、ヒュブリス様とはどういうご関係なのですか?」

「え? あー、まぁ協定結んで行動を共にしてる知人みたいな関係です」

「そうでしたか。私はてっきり契りを交わした(つが)いの関係なのかと」

「い、いやいやいや!? アレクシアとは全然そんな関係じゃ……!」 

 

 マノンへ必死に否定をしていた時、ふとキリサメの脳裏に過ぎるのはとある疑問。

 

「あの、マノンさんはアレクシアの、ヒュブリスの過去を知っているんですか?」

「全てではありませんが……書物に記されていた情報なら」

「良ければでいいんですけど、ヒュブリスについて教えて貰えたりしませんか?」

 

 キリサメがヒュブリスの過去について尋ねると、マノンは動かしていた手をピタッと止める。

 

「……何故知りたいのでしょうか?」

「えっと、何故っていうのは……?」

「『Hybris様の情報を求める者には必ずそう尋ねろ』という家訓です。私はあなたからその答えを聞かねばなりません」

 

 考える素振りを見せるキリサメ。しばし雨音が二人を包み込めば、考えが纏まったのかキリサメは顔を上げる。

 

「……アレクシアを支えたいからです」

「それだけですか?」

「だって俺なんかじゃアレクシアが背負っている過去は……多分背負えないと思います。それにあいつはそういうの嫌がるだろうし」

「……」

「でも側まで歩み寄って、肩を貸すぐらいはできると思うんです。歩き続けられるように、支えることぐらいは。その為には知ることが、歩み寄るための第一歩なのかなって……」

 

 キリサメの答えを背中で聞き終えると、マノンは強張らせていた頬を緩めた。

 

「あなたは、変わっていますね」

「えっ、答え方がおかしかったですか?」

「いえ、そうではありません。ただそうですね……あなたが何故あの人の隣に立っていられるのか。その答えがよく分かりました」

「あ、あぁー……そう、なんですかね?」

 

 答え方を誤ったと一瞬だけ冷や汗を掻いたキリサメだったが、その場を振り返ったマノンの穏やかな表情を見て、僅かに安堵する。

 

「……私が知っていることであればお教えします。ですがあの人には内密にしてください」

「はい、俺も聞いたことは喋らないようにするつもりです。もしバレたら多分殴られますし」

「ふふっ、口を滑らせたら殺されますね」

「はははっ……マジで絶対に喋りません」

 

 張り詰めていた空気は和やかなものへと一変し、降り注ぐ小雨は霧雨となり、今度は心地良い雨音が二人を包み込んだ。

 

 

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