ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:7『死者の町』

 

 ネクロポリスまでの道のりは然程険しいものではなかった。丸一日馬車に揺られているだけで辿り着ける距離。

 

「いやぁ~、長旅でしたなぁキリサメ氏。腰もバキンバキンですよもう」

 

 唯一の問題はこの女が無駄なことばかりを喋る点。同じルーナ班であるノーマンやティムの二人が口を開こうとしないのは、変に絡まれるからだと私は悟り無視をしていたが、

 

「そ、そうっすね……」

 

 キリサメは何度か返答をしてしまい、ララに目を付けられている。延々と会話を持ち掛けられ、ネクロポリスに辿り着いた頃には疲弊した様子で両肩を落とす。

 

「ほうほう、ここがネクロポリス……。んー、シスターばかりが住んでる町ですなぁ」

 

 馬車から降りてネクロポリスを一望してみればララの言葉通り、顔を白のベールで隠した修道女たちが町の中を歩き回っていた。ゼンツァで見かけた一般的な町の人間は見当たらない。

 

「このネクロポリスまで足を運んでいただき、感謝します──神の遣い様方」

 

 馬車から降りた私たちを出迎えるのは一際目立つ宗教服を身に纏う女。その宗教服は小さな鐘で装飾が施されている。町の中を歩いていた修道女たちは、その女へ敬意を示すように無言で祈りを捧げた。

 

「失礼ですが、あなた様は……」

「……」

「……? 失礼ですが、あなた様は一体──」

「私はKampana(カムパナ)。我が主から与えられた天命の元、このネクロポリスを守護する司祭です」

 

 Kampana(カムパナ)と名乗る女。アランの問いに対して数秒ほど返答が遅れながら、胸元で両手を合わせる。

 

「ご丁寧にどうも。早速ですが『腐蝕』についてお話を伺いたいのですが……」

「……」

「あの……『腐蝕』についてお話を伺いたく──」

「はい、私が存じていることであればすべてお話します。ですがまずは町の教会まで足を運んでは頂けませんか?」

「分かりました」

 

 やはり数秒ほど返答が遅れるカムパナ。アランも含め、私たちは怪訝な表情を浮かべながら町の教会まで案内をされる。

 

「カムパナさん。失礼なことをお伺いしますが、先ほどから返事が遅れているのは何故ですか?」

「……」

「……先ほどから返事が遅れているようですが、何か理由でもあるのです──」

「私は耳に病を患っており、物音や言葉などがやや遅れて聞こえてくるのです。不快な思いをさせたのでしたら申し訳ありません」

 

 カムパナは返答が遅れる理由を歩きながら説明する。私はその会話を耳にしつつも、こちらに向けて祈りを捧げている修道女たちを眺めていた。

 

「そうでしたか。大変な身の上で、司祭としてこの町に住む人々を導いてきたとは……とても頭が上がりません」

 

 カムパナに同情をし持ち上げようとするアラン。その二人を他所に私の隣までキリサメが歩み寄ってくる。

 

「なんでシスターの人たちは顔を隠してるんだ?」

「知らん」

「じゃあそういう宗教とか……この世界にあったりするのか?」

「知らん」

 

 あしらうような返答にキリサメは苦笑交じりに「そ、そうか」と足早に離れていく。私は溜息をつきながら町の中を見渡し、三本の白い塔が町の隅にそれぞれ建っているに気が付く。

 

(……鐘塔(しょうとう)か)

 

 銀で作られた鐘が吊られた鐘塔。建てられた方角は東、西、北の位置。南の方角だけ鐘塔は見当たらない。

 

「いやはや、独創的な町並みですなぁ。大きな鐘もキララーンと光ってますし、シスターたちが集う花園という感じです」

「ララ、あまりウロウロとするんじゃない。迷子になっても俺は面倒を見ないぞ」

「チッチッチッ! ノーマン氏の手を借りずとも、新しく入った若人二人が迷子の私を探してくれますよ! ですよね、アレクシア氏にキリサメ氏?」

「迷う前提で話を進めるな」

 

 ノーマンへ自信満々に語りながら、こちらを見つめてくるララ。私は嫌気が差したため、そう吐き捨てわざと視線を逸らす。

 

(……ここが教会か)

 

 案内された場所は町の中央に位置する教会。銀の装飾が施された外見は、陽の光を僅かに反射していた。十字架が飾られているであろう場所には、代わりに銀の鐘が吊り下げられている。

 

「この場所は『(かね)教会(きょうかい)』と呼ばれています。救いを、鐘の音(・・・)を求める子羊たちの楽園。……さぁ、どうぞ中へ」

 

 カムパナを先頭に教会の中へと足を踏み入れれば、私たちはその光景に思わず天井を見上げた。

 

「わーおわーお! すっごぉーい量の鐘がぶら下がってますね!」

「こりゃあすげぇな……」

 

 紐や糸が天井に張り巡らされ、そこに吊られているのは様々な大きさの鐘。ララは感激するように両腕を広げ、ノーマンは信じられないといった様子で天井を眺める。

 

「カムパナさん、何故このように多くの鐘を教会内へ飾っているのですか?」

「……」

 

 カムパナのすぐ後ろを歩きながらそう尋ねるアラン。教会内で数秒ほどの沈黙が続くと、カムパナは祭壇の前に立ち、こちらへと振り返った。

 

「私たちは永鐘教(えいしょうきょう)を信仰しております。これらの鐘は我が主(・・・)へ祈りを届けるために必要な手配です」

「永鐘教、ですか?」

「……」

 

 祭壇の上に乗せたのは小型の(たる)程度の大きさを持つ銀の鐘。カムパナは鐘を愛でながら、アランの問いに対し数秒遅れでこう返答する。

 

「昔、このネクロポリスは『生者(しょうじゃ)の町』と謳われておりました。しかし吸血鬼の侵攻により町の人々はその命を弄ばれ、人の(むくろ)のみが残る町……『死者の町(ネクロポリス)』と呼ばれるようになったのです」

(逆に言えば……まだ吸血鬼共の侵攻が止まっていた時代もあったということか)

 

 ネクロポリスよりも南に位置する無風の渓谷。眷属のヒュドラや変異種の食屍鬼共は長い期間住み着いているようだった。つまりカムパナの『昔』という言葉が指す時代は、ヒュドラたちが無風の渓谷に住み着く前、更に遠い過去の話となる。

 

「襲い掛かる絶望に打ち(ひし)がれた人々と町。私は我が主から救済の命を与えられ、この町を支配する吸血鬼を鐘の音(・・・)で退けたのです」

「鐘の音で……?」

「鐘の音は生者へ祝印を与え、死者へ呪印を与える……と、永鐘教(えいしょうきょう)ではそう教えを説いています。吸血鬼は死者の肉体。我が主からの呪印を恐れ、この町に近づくことはないのです」

 

 司祭カムパナは永鐘教がネクロポリスで広まった要因。私は吸血鬼共が鐘の音で逃げていくとは思えず、不信感に満ちた顔つきで天井を見上げる。

 

「神の遣い様、このお話が信用できませんか?」

「う~む、信じ難い話ですからなぁ。鐘の音と言ってもキーンコーンカーンコーンって鳴るだけでしょうに。あっ、これから鐘の音を真似すれば吸血鬼を追い払えるのでは?」

「失礼ですよララ! ……すみません、不快にさせてしまったのであればどうかご容赦を」

 

 好き勝手言い放題のララをアランが一喝するとカムパナは銀の鐘を撫でながら、私たちと同様に天井を見上げ、数秒遅れでこう返答した。

 

「構いませんよ。誰でも最初は信ずる心を持ち合わせてはくれませんでした。ですが鐘の音を聞き、我が主を知り、教えに耳を傾けるうちに、自然と永鐘教へと入信をしましたから。……そこに立っている貴方様でも」

「……」

 

 全て知っているとでも言わんばかりにこちらへ顔を向けるカムパナ。目を凝らしたところで布に隠れた素顔がどのようなものか見当すらつかない。

 

「神の遣い様、このネクロポリスを脅かす腐蝕の正体。それは自分自身を生者だと思いこんだ亡者たちです」

「亡者ですか?」

 

 カムパナはそう断言すると祭壇の上に乗せていた銀の鐘から手を離す。そして私たちを一望し、遅れながらも眉を(ひそ)めるアランにこう返答する。

 

「この町が生者の町と謳われていた頃、生者ではない死者の亡骸は……町の外で供養するという掟がありました」

「町の外で……?」

「死者の亡骸は遥か南東に位置する墓地Necro(ネクロ)へと馬車で運び……それが災厄である腐蝕を起こす契機(けいき)となったのです」

 

 生者の町は生者のみが住まう町。死者は受け入れられないという妙な掟によって、町の外まで遺体やらをわざわざ運び出していたらしい。

 

「鐘の音を恐れた吸血鬼は墓地から亡者たちを甦らせ、侵攻させようと企てております。腐蝕がこの町まで徐々に迫っているのもそれが理由でしょう」

「なるほど……。ではカムパナさん、腐蝕を止める方法などはご存知ですか?」

 

 アランに腐蝕を止める方法を尋ねられるカムパナ。その数秒後に地図を懐から取り出し祭壇に広げた。私たちは自然と地図の周りへ集合する。

 

「判然たる方法は存じ上げませんが……『腐蝕の楽園』にその手掛かりがあるかと」

 

 カムパナがゆっくりと指差したのはネクロポリスから南東、ゼンツァから北東に位置する箇所。腐蝕の楽園から更に南東へ進むと先ほど話に上げられていたネクロと呼ばれる墓地がある。

 

「腐蝕の楽園はネクロから侵攻する亡者たちの、腐蝕の根源とも呼べる場所。腐蝕を止める手掛かりはここにあるはずです」

「ここに手掛かりが……カムパナさん、情報提供ありがとうございました。僕らで腐蝕の原因を突き止めて見せます」

 

 アランの言葉に対し数秒遅れでカムパナが頷く。すると教会の隅で控えていたのか、一人の修道女がカムパナの側まで歩み寄る。

 

「そろそろ陽の光も沈む頃合いでしょう。神の遣い様方が休めるように部屋をご用意させて頂いております。窮屈な部屋かとは思いますが、どうか羽を伸ばしていって下さい」

「ご厚意感謝いたします。では明日に備えて身体を休ませて頂きましょうか」

「いっえーい、久々にフカフカのベッドで休めますぞぉ!」

 

 控えていた修道女の後を付いていく為に私たちはカムパナへ背を向けた。どこからか風が吹いたのか、天井に飾られていた小さな鐘が音を鳴らす。

  

「"あぁ鐘の音よ、生者の我らに祝印を与えたまえ"」

「……?」

 

 カムパナがぼそりと呟いた一言。私は気掛かりに思い、振り返ってカムパナの姿を視認してみれば、

 

(あの鐘は……)

 

 右手に摘まんでいた小さな鐘を小刻みに揺らしていた。見送るように、幸運を祈るように、小さな鐘の音を鳴らす。

 

「うっわーお、ベッドがフカフカですなぁ」

 

 鐘の教会を後にし、私たちが修道女に案内されたのはベッドが三つ並ぶ部屋。ルーナ、ララ、私の三人部屋だった。配慮として女性と男性で部屋を分けたらしい。

 

「ベッド、アーちゃんの隣にする」

「あぁっ、ずるいですぞルーナ氏!? アレクシア氏は私のベッドで寝ると約束してました!」

「した覚えはない」

 

 私は扉から最も遠い位置のベッドへ腰を下ろす。よりにもよって同室が『何を考えているのか分からん女』と『何も考えていない女』だ。そこに騒がしさも加われば、食屍鬼共と変わらん鬱陶しさになる。

 

「お前はおかしいと思わなかったのか?」

「……おかしいって?」

「この町で見かけるのは修道女の姿だけ、それに永鐘教という信用ならん宗教。腐蝕を拡大させる要因は、この町にあってもおかしくないだろう」

 

 吸血鬼共が亡者を甦らせたとカムパナは語っていた。だがその話が仮に真実だとして、このネクロポリスを攻め落とす価値はあるのか。どうも気掛かりなことが多い。

 

「……何も思わなかった」

「そうか」

「けど、怪しいと思うならこの町を調べて。アーちゃんに調査の許可を出す」

「言われなくてもそうするつもりだ」

 

 私はベッドから立ち上がり、ルーナの横を通り過ぎる。会話を理解していないララは首を傾げつつ、閃いたように私の腕を掴んだ。

 

「アレクシア氏! 修道女の皆様と優雅な談笑をするおつもりなら、私もお付き合いいたしますぞ──」

「ダメ。全員で動いたら私たちが怪しまれる」

 

 的外れな内容を喋り出すララを静止させたルーナは、こちらへ静かな眼差しを送ってくる。私は無言でララの腕を振り払うと部屋を後にした。

 

 

 

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